不思議探偵誌 第七話 忍びよる影(2)

  • 2010.07.17 Saturday
  • 10:18
 夜の道をサラリーマンやOLが足早に帰宅していく。
道路に立つ街灯は、暗い夜道を無機質に照らしている。
居酒屋やコンビニの明かりが街灯に混ざって夜の街に明かりを投げかけ、勤め人の歩く姿の後ろや横に影を作っている。
俺と由香利君は中野裕子さんという女性からストーカー被害の相談を受け、そのストーカーの正体を暴くべく、中野さんの会社から少し離れたビルの影に身を潜めていた。
時刻は午後九時半。
中野さんの勤めている旅行代理店のホエールカンパニーは午後九時までの営業だから、もうすぐ中野さんが会社から出てくるはずだった。
中野さんはいつも帰宅途中をストーカーにつけられる。
だから俺達は、中野さんをつけているストーカーをつけようとしているわけだ。
「そのストーカー、もう何処かから中野さんが会社から出てくるのを見張っているんですかね。」
頬を紅潮させた由香利君が尋ねてくる。
今回のストーカー被害の依頼を受けて、由香利君はとても怒っている。
「女性をつけ狙う卑劣な男は許せません。」
朝からそう息巻いて、何が何でもストーカーを捕まえることにやっきになっている。
「ストーカーがどの辺りから中野さんをつけているのかは分からない。
だから、俺達の存在を気付かれないように注意しないとな。」
「そうですね。
中野さんからは、ある程度距離を取って尾行した方がいいですね。」
昨日の中野さんの話しだと、そのストーカーはいつも一定の距離を保ってつけてくるという。
中野さんが走ればストーカーも走り、中野さんが止まればストーカーも止まる。
だから俺達はそのストーカー以上の距離を取って尾行しないといけないから、かなり中野さんからは離れて尾行しなければならない。
中野さんを見失わないように注意しないといけなかった。
「昨日の久能さんの話だと、以前中野さんの会社に来たオタクっぽい男がストーカーである可能性が高いんですよね?」
「ああ。
まだ断定は出来ないけどな。
けどその客はしつこく中野さんを食事や遊びに誘ってきたというし、ストーカー行為が始まったのも、その客が来てからだと言っていた。
可能性は高いだろうな。」
美人で可愛くて大人しそうな中野さん。
そんな彼女は今夜も怯えながら夜道を帰ることだろう。
だがしかし、今日はこの久能司がついている。
中野さん、安心して下さい。
あたなを不安に陥れる不埒な輩は、この俺が成敗してくれます。
心にそう思いながら、じっと中野さんの会社の入り口を見つめていた。
「そのストーカー、危ないやつだったら私に任せて下さいね。
私の空手で懲らしめてやりますから。」
俺は頷いた。
もしそのストーカーがイカれたやつで、中野さんに何か危害を加えようとしたら、俺だって中野さんを守ろうとする。
依頼を受けた身なのだからそれは当然だ。
しかし、こと格闘においてはどう考えても由香利君の方が上だ。
もし俺より強いやつだったら、情けなくはあるが、由香利君の力を借りるしかあるまい。
「あ、今出て来た女性が中野さんじゃないですか?」
俺がそんなことを考えていると、由香利君がホエールカンパニーの入り口を指差した。
由香利君に中野さんの特徴は伝えてあったので、一目で分かったのだろう。
中野さんは真っ白いスーツに身を包んでおり、辺りを窺うようにしてから俺達とは反対方向に向かって歩き始めた。
「由香利君、少し待ってから尾行するぞ。」
「はい。」
俺達は中野さんの姿を見失わない程度に離れて尾行を開始した。
夜道を何人かの人とすれ違い、吹きぬく風が顔に当たって目を細めた。
中野さんは真っすぐ歩いて、やがて一つの信号の前で立ち止まった。
俺達も距離をおいて立ち止まる。
信号は赤。
立ち止まっている間にも、中野さんは辺りを警戒していた。
やがて信号が青に変わり、先に進み始める中野さん。
「俺達も行こう。」
そう由香利君に声をかけた時、信号の曲がり角から帽子にサングラスをかけた男性と思わしき人物が現れた。
そいつは周りをキョロキョロと見回したあと、中野さんの歩いて行った方に進んでいった。
「あいつじゃないですか?」
由香利君が少し興奮したように言う。
確か中野さんは、つけてくる男はつばの付いた帽子を深く被って、サングラスをしていると言っていた。
だから顔が分からないのだと。
今信号の曲がり角から出て来たやつも、つば付きの帽子を深く被ってサングラスをしている。
「きっとあいつがストーカーに違いない。
気付かれないようにあとを追うぞ。」
黙って頷く由香利君を横目に、俺達は中野さんとストーカーの尾行を開始した。
中野さんの言う通り、ストーカーは一定の距離を取ってつけているようだった。
後ろを振り返った中野さんがストーカーに気付き、遠目からでも分かるほどに身を震わせていた。
不安でしょう、中野さん。
でも安心して下さい。
今日は俺達がついています。
ストーカーに気付いた中野さんは足早になった。
それと同じようにストーカーも足早になる。
俺達も二人の姿を見失わないように歩みを早めた。
横目でチラリと見ると、由香利君は拳を握っていた。
顔は怒ったように目を吊り上がらせている。
「由香利君、顔が怖いよ。」
俺が言うと、由香利君はふんと鼻を鳴らした。
「私、もう腹が立っているんです。
だって中野さん、もう怖がっているじゃないですか。
そんな気持ちも無視してあとをつける男なんて、絶対に許せません。」
こりゃあ今日は血の雨が降るかもな。
ストーカーが痛い程度の思いで済むか、それとも病院送りになるかはストーカーの態度と由香利君の気分次第。
もしストーカーが何か危害を加えようとしたら、きっとそいつはしばらく病院生活だ。
中野さんは真っすぐ道を歩いて行く。
そして途中であったコンビニの角を左に曲がった。
ストーカーもそれをつけて左に曲がる。
姿を見失ってはまずいと、俺達は小走りになってあとを追った。
コンビニの角を左に曲がると、細い路地だった。
街灯も離れ離れに点々とあるだけで、ほとんど明かりはない。
後ろを気にしながら歩く中野さん。
それをつけるストーカー。
俺達は電柱の影に身を隠しつつ、慎重にそのあとを追った。
そして中野さんは細い路地の途中にある、街灯に照らされてクリーニング店と書かれた看板の角を右に曲がり、ストーカーもその角を曲がった。
俺達もその角に近づこうとした時、角の向こうから悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ!」
俺と由香利君は顔を見合わせ、次の瞬間にはお互い走り出していた。
中野さんに何かあってはまずい!
そう思いながら角を曲がると、中野さんが顔面を蒼白にして倒れていた。
近くにある街灯が倒れている中野さんの姿を照らし、中野さんはその手から血を流していた。
そしてその近くにストーカーの男が中野さんを見下ろすように立っている。
「中野さん!」
俺が叫ぶと、中野さんとストーカーが同時に振り向いた。
「お前、一体何してやがる!」
そう言ってストーカーに詰め寄ろうとして、俺は一瞬立ちすくんだ。
その理由は、街灯に照らされて、男の手にギラリと光る物が握られていたからだ。
ナイフだった。
それもかなり大きい。
先端には赤い液体が付いていた。
きっと中野さんの手を斬り付けた時に付いたものだろう。
ストーカーはチラリと俺を見ただけで、また中野さんを見降ろし、そのナイフを振りかざして襲いかかろうとしていた。
「この野郎!」
俺は叫びながらストーカーに突進した。
ストーカーにぶつかった俺の肩に衝撃が走る。
ストーカーともんどりうって倒れていく俺。
全てがスローモーションに見えた。
俺の体当たりで倒れてもなお、ナイフを手放さないストーカー。
そして今度はそのナイフを俺に向けて振りかざしてくる。
スローモーションに見える光景の中で、俺はストーカーの足元に石ころが転がっているのを見つけた。
咄嗟に眉間に力を集中させ、念動力でその石ころをストーカーの足の前に動かす。
石ころにつまずいて転びそうになるストーカー。
しかしすんでの所で踏みとどまり、体勢を立て直して再度ナイフを振りかざしてくる。
ああ、もう駄目だ。
スローモーションの映像の中、せめて中野さんだけでもかばおうと俺は体を大きく盾にした。
するとその時、俺の目の前に立ち塞がるように一つの背中が現れた。
由香利君だった。
俺は中野さんを引っ張るようにして立たせて、ストーカーからその身を遠ざけた。
ふうふうと息を漏らし、ナイフを構えるストーカー。
その正面に立ち、手を前に突きだすようにして構えている由香利君。
しばらく硬直状態が続く。
そして次の瞬間、ストーカーがナイフを振りかざして由香利君に襲いかかった。
危ない!
俺が叫ぼうとした時、由香利君は前に突き出して構えていた手を手刀のようにしてストーカーのナイフを叩き落とした。
そしてそのまま流れるような動作で、ストーカーのみぞおち辺りに見事な前蹴りを決めていた。
「ぐえええ!」
もがくような声を出して、ストーカーは身を屈めた。
由香利君はとどめの一撃とばかりに、下がったストーカーの頭に強烈なかかと落としを放った。
「ぐふ!」
低い呻き声を出してその場に倒れ込むストーカー。
俺は茫然としながらその光景を眺めていた。
気を失っているのか、ストーカーはもう立ち上がらない。
それを確認した由香利君はふうと息を吐き出した。
そして俺の方に向かってニコっと笑いかけた。
お、終わったのか?
俺は恐る恐るストーカーに近づいてみた。
指でその体をつついてみるが、もうストーカーは動かなかった。
「もう大丈夫ですよ。
そいつ、完全にのびてますから。」
由香利君が屈んで俺に喋りかけてきた。
「はあ、怖かった。
ナイフを持った人間を相手にするなんて初めてだから、緊張しましたよ。
手加減せずに攻撃しちゃったから、結構ダメージを受けてるかも。」
由香利君はそう言ってストーカーを見下ろした。
「ははは・・・。」
俺は気の抜けたように笑い、またニコっと笑う由香利君の顔を見た。
「な、何なんですか・・・。」
突然後ろから怯えたような声が聞こえてきた。
そうだ、中野さん。
彼女は無事だろうか。
俺は中野さんの傍に駆け寄り、肩に手を置いてどこか怪我はないかと尋ねてみた。
「手・・・、手を斬られました・・・。」
そうだった。
中野さんは手から血を流していたんだ。
俺はハンカチを取り出して、その手に巻き付けた。
まだ顔面蒼白の中野さんに、俺は優しく語りかけた。
「もう大丈夫です。
あなたを狙っていたストーカーは完全に気を失ってますから。」
それでも中野さんはガクガク震えていた。
無理もない。
いきなりナイフで斬り付けられたのだ。
その恐怖は簡単に治まるものではないだずだ。
「怖かったでしょう。
ごめんなさい、助けるのが遅れて。
でももう大丈夫ですからね。」
そう言って由香利君が優しく中野さんを抱きしめる。
「わ、私、殺されるかと思いました。
わ、私、私・・・。」
そう言いながら中野さんの目から涙が溢れてきた。
由香利君は中野さんの背中を撫でながら、「大丈夫、大丈夫」と何度も慰めている。
俺は体当たりした衝撃で少し肩を痛めていた。
その肩を手で押さえながら、うつ伏せになって気を失っているストーカーを仰向けにし、帽子とサングラスを取った。
完全にのびている男の顔が露わになる。
「中野さん。」
俺はまだ恐怖から冷めやらぬ中野さんを呼んだ。
「気が動転している所を申し訳ないが、この男の顔を確認して下さい。」
由香利君に体を支えられながら、中野さんはストーカーの男に近づき、その顔を確認した。
「どうです?
以前あなたをしつこく誘ってきた客ですか?」
そう尋ねると、中野さんは体を震わしながらも頷いた。
「こ、この前のお客さんです。
間違いありません・・・。」
そう言った直後、ショックのあまりか中野さんは気を失った。
俺はふうっと大きなため息を吐き、その場にへたり込んだ。
気絶した中野さんの体を支えながら、由香利君が心配そうに尋ねてくる。
「久能さん。
大丈夫ですか?」
俺は「はは」と笑いながら頷き、気を失ったストーカーを見た。
中野さんを助けられてよかった。
「由香利君、君のおかげだよ。
伊達に空手はやっていないな。」
そう言うと、由香利君は微笑みながら言った。
「そんなことないです。
久能さんも格好よかったですよ。
必死になって中野さんをかばって。
私、久能さんのこと見直しました。」
由香利君は照れたように言った。
「だったら、俺も由香利君の手で介抱してくれ。
その鍛え抜かれた脚で、優しく俺を膝枕してくれよ。」
冗談でそう言ったが、今日は由香利君の拳は飛んでこなかった。
「ま、まあ膝枕くらいなら、あとでしてあげてもいいですよ。
今回、久能さん活躍したし・・・。」
顔を真っ赤にしてそう言う。
「じゃあついでにお尻も撫でていいかい?」
そう言うと、「そんなことしたら、後でお仕置きです」と言葉が返ってきた。
由香利君の相変わらずの言葉に俺はホッとし、どっと押し寄せて来た安堵の波に体を任せていた。
「そう言えば、今日は一度もエロ雑誌を読んでいないな。」
そう口に出すと、由香利君がニッコリほほ笑みながら言ってきた。
「こんな時に何を下らないことを言ってるんですか。」
そして急に真顔になって俺を睨んだ。
「あとでお仕置き確定ですね。」
はい、ごめんなさい。
俺は心の中で詫びた。
しかしそこで俺のドMな心が湧いてきて、「でもお仕置きはしてくれてもいいよ」と由香利君に聞こえないように呟いた。

                                   第七話 またつづく





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