勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十二話 思い出を生きる

  • 2017.06.26 Monday
  • 13:17

JUGEMテーマ:自作小説
記憶というのは誰にでもある。
そして過去というものだって誰にでもある。
でもそれは、あくまで自分の記憶や過去であって、他人の記憶や過去を持つ人間はいないだろう。
しかし今、俺は自分の物ではない記憶を見ている。
そしてその記憶を体験している。
俺は有川悠一、他の誰でもない。
でも今の俺は「イー」という中国人だ。
ボロい家の中で、猫を抱いている。
病に罹り、床に伏せている。
結核だ。
胸が苦しく、ゴホゴホと咳が出る。
ここは1000年以上昔の中国。
当然ながら、結核の治療法などない。
俺はホワンという白猫を抱きながら、ただ天井を見つめていた。
外からは笹の葉が揺れる音が響き、窓からは光が射す。
目を閉じ、ホワンの体温を感じながら、いつ死ぬのだろうということだけ考えていた。
するとその時、誰かの足音が近づいてきた。
顔を上げると、家の前に女が立っていた。
旅人の恰好をしていて、大きな荷物を背負っている。
そして俺の元へ来て、大丈夫?と話しかけた。
どうやら俺を心配しているようで、荷物の中から薬草を取り出した。
湯を沸かし、その薬草を煎じて飲ませてくれた。
《漢方か・・・・。助けてくれるのはありがたいけど、これじゃ結核は治らない。》
苦いお湯を飲み干し、また床につく。
女は自分の名前を名乗った。
『イェン』
それが女の名前だった。
イェンはここに病人がいると聞いてやって来た。
では誰から聞いたかというと、猫から聞いたという。
俺と同じく、彼女も動物と話す力を持っていた。
《これが藤井の前世か。・・・・・そっくりだな。》
少し垂れた目、丸い鼻、そして芯の強そうな口元。
顔全体には愛嬌があるけど、でも決して大人しい感じではない。
目の奥には鉄のような信念を持っているのが分かる。
《まあ前世なんだから似てるのは当たり前か。
コイツが似ているということは、俺もそっくりなんだろうな。
鏡があったら見てみたいな。》
イェンは俺の名前を教えてほしいと言った。
『イー。』
そう名乗ってから、自分も動物と話せることを伝えた。
イェンは知っていると答える。野良猫からそう聞いたからと。
そしてホワンを見つめて、綺麗な猫だねと言った。
ニコリと笑いかけるが、ホワンは何も答えない。
あなたは化け猫なんでしょう?と聞かれると、プイっとそっぽを向いてしまった。
イェンはクスクスと笑い、その日はそれで帰って行った。
また明日も来ると言い残して。
そこでいったん記憶が途切れた。
そして映画のように場面が変わって、一瞬のうちに次の日になった。
おはようとイェンがやって来る。
どこかで薬草を調達してきたようで、新しい薬を作ると言った。
プチプチと薬草を千切り、何かの粉末と混ぜている。
それを煎じて飲ませてくれた。
《苦い・・・・・。》
思わず吐きそうになる。
我慢してどうにか飲み干したけど、でもこれではやっぱり結核は治らない。
《昨日よりだるいな・・・・。不治の病に罹るってこんな大変なのか。》
日に日に近づいてくる死の足音。
残念ながら、そこから逃れる術はない。
しかしイェンは必死に看病してくれた。
次の日も、その次の日もやってきて、やがては泊まり込みで看てくれるようになった。
俺たちは一つ屋根の下で暮らすようになって、お互いに惹かれていった。
まあ俺が惚れるのは当然だろう。
見ず知らずの俺の為に、ここまで看病してくれる。
家族は猫だけで、友達も恋人もいない。
ならば惚れない方がおかしいというものだ。
でもイェンが俺に好意を持っているのは、動物と話せる力があるからだ。
きっと初めて自分と同じ人間に出会ったに違いない。
しかもお互いに若い男女で、うん・・・まあこれはやっぱり惹かれ合うだろう。
イェンは親身に看病してくれる。
だけど彼女と仲良くなればなるほど、ホワンが離れていった。
前は一緒に寝ていたのに、最近では外の茂みで寝ている。
ていうかイェンが家にいる間は、ほとんど入って来ない。
彼女はちゃんと餌をやってくれるが、ホワンは口にしなかった。
どこかでネズミでも獲っているらしく、イェンからは施しを受けようとしなかった。
《妬いてるんだろうな。》
イェンはたまに出かけていく。
町へ買い物に行ったり、薬草を採りに行ったり。
そういう時だけ、ホワンは俺の傍へやって来た。
そして人間に化けるのだ。
《なんか初々しいな。》
若い頃のたまきを見るのなんて初めてだから、すごく新鮮だった。
ホワンは俺の傍へ来て尋ねる。
イェンのことが好きかと。
俺は好きだと答えた。
だったら私はもう必要ないかと聞いてくる。
俺はそんなことはないと答えた。
ホワンは大事な友達であり、そして家族だ。
だからずっと傍にいてほしいと。
そう答えると、ホワンは悲しそうに目を伏せた。
じっと俺を見つめて、そっと手に触れてくる。
その時、小さな声でこう呟いた。
『イェンなんか来なければよかったのに・・・・・。』
その次の日、ホワンは姿を消した。
朝に出掛けたきり、戻ってくることはなかった。
イェンはホワンを捜してくれたが、どこにもいないと落ち込んで帰ってきた。
そしてこう言った。
ホワンはきっと、イーのことが好きだったのよと。
俺は知っていると答えた。
でもアイツは友達であり、そして家族だ。
何より俺は人間で、あいつは猫。
結ばれるわけにはいかないと。
イェンは首を振り、人間が人間以外の者と結ばれた例はあると言う。
人間と神様、人間と妖怪、そして人間と霊獣。
化け猫は霊獣だから、決して人間と結ばれないなんてことはないと。
でも俺は頷くことは出来ない。
例えそうだとしても、ホワンは俺にとってそういう存在ではないのだ。
アイツはたった一人の家族であり、そういう関係になることは出来ない。
愛してはいるけど、それは異性の愛とは違うものだ。
イェンは小さく頷く。でもやっぱりこのままではホワンが可哀想だと言った。
だから野良猫や鳥に声を掛けて、見つけたら知らせてくれるように頼んでおいたという。
でも結局ホワンは戻って来なかった。見つけたと知らせが入ることもなかった。
彼女が消えた代わりに、俺はイェンと二人で暮らすようになった。
病気は日に日に悪化して、医者に診てもらう金もない。
食べ物だってまともは物はないし・・・・前世の俺は相当な貧乏だったんだなあ。
イェンは懸命に看病してくれるけど、これ以上は悪い。
治る病気ではないし、一緒にいたらうつってしまうかもしれない。
だからもういいと言った。
俺のことはほっといて、旅を続けてくれと。
イェンは首を振った。
あなたが治るまで傍にいると。
そして出来ることなら、この先もずっと一緒にいたいと。
その気持ちはすごく嬉しかった。
だけどこれ以上はもう無理だ。
俺は立ち上がることすら出来ないし、イェンだって相当疲れてる。
だから言った。
俺の為に人生を無駄にしないでくれと。
もしイェンまで死んでしまったら、動物と話せる人間がいなくなってしまう。
そうなれば、君の助けを必要としている動物が困る。
だからもういい。
俺のせいで、イェンの人生を縛りたくはないんだと。
イェンは絶対に嫌だと言ったが、俺は彼女が頷くまで説得した。
そして陽が落ちる頃、ようやく頷いてくれた。
全然納得していない様子だが、これ以上ここにいたら、かえって俺を困らせると思ったようだ。
俺は今までのお礼にと、家宝の金印をあげることにした。
看病のせいで散々お金を使わせてしまったので、これからの路銀にしてほしいと。
部屋の右隅の床の、その下に金印を隠してある。
それを取り出すように言って、彼女の手に握らせた。
イェンはこんな大事な物は貰えないと言ったが、俺は強引に押し付けた。
もう死ぬ人間が持っていても仕方ないからと。
その日の夜、俺は初めてイェンと寝た。
寝たといっても俺は病気だから、そういうことをしたわけじゃない。
ただ手を繋いで、一緒に眠ったのだ。
そして次の日の朝、彼女は出ていった。
もし生まれ変わることがあったら、また会おうと言って。
俺に口づけを残し、一瞬だけ寂しそうに振り返る。
俺は頷き、ありがとうと言った。
イェンはまたねと言い、俺の元を去った。
足音が遠ざかり、孤独が家の中を包む。
もう誰もいない。イェンもホワンも・・・・。
看病もなく、食べる物もなく、でも眠ることも出来なくて、次の朝を迎えた。
その日も床に伏せたまま、ただ一日が過ぎた。
自分でも身体が弱っていくのが分かる。
視界がぼんやりして、全ての力が削げ落ちるような感覚だった。
・・・・・コツコツと死の足音を感じながら、命が終わるのを待つ。
その時、ふと誰かの気配を感じた。
目を開けると、そこには龍に乗った仙人がいた。
お前はもうじき死ぬ。
だが案ずるな。儂が良い所へ連れて行ってやる。
長い鬚を揺らしながら、ニコリと微笑んだ。
《ああ・・・・とうとうお迎えが来たか・・・・。これで・・・・楽になれる。》
怖いというより、ホッとしていた。
正直なところ、良い人生とは言えなかった。
貧乏だし、人付き合いも苦手だし、ようやく現れた運命の人らしき女も、病気の為に結ばれることはなかった。
・・・・でも、俺はずっと孤独というわけではなかった。
だって傍にはホワンがいたから。
子猫の時に拾ってきて、10年以上も一緒だった。
幼い頃に親を亡くした俺にとっては、たった一人の家族だ。
他の誰よりも長い時間を供にして、他の誰よりも言葉を交わした。
俺には動物と話せる力があったから、ホワンと過ごした時間は、いつだって孤独じゃなかった。
お互いの思っていること、考えていること、好きなことや嫌いなこと。
なんでもよく話したし、なんでもよく理解し合うことが出来た。
ある意味では、恋人や家族よりも深く、そして太い絆で結ばれていたと思う。
でもだからこそ、男女の関係になることは出来なかった。
もしそうなってしまったら、俺たちの絆が、別のものに変わってしまう気がしてならなかったから。
ホワンとの間にしか築けない絆、ホワンだからこそ生まれた絆。
だからホワンには悪いと思いながらも、彼女の愛を受け入れることは出来なかった。
・・・・・俺はもうじき死ぬ。
仙人と一緒に、ここではない遠い世界へ行く。
でも・・・・その前にもう一度だけホワンに会いたかった。
あの白い毛を撫でたかった、声を聴きたかった。
そしてありがとうとお礼を言いたかった。
ずっと一緒にいてくれて、心から感謝していると。
首を動かし、外を見つめる。
ホワン・・・・今はどこで何をしている?
俺はもうすぐ旅立つ。
その前に、もう一度お前に会いたい。
会ってこの手で抱きしめたい。
ずっとホワンのことを考えていると、仙人が言った。
もう時間だと。
杖を振って、龍に乗れと促す。
俺は仙人の後ろに乗って、空へ昇ろうとした。
でも・・・・途中で飛び降りた。
何しとんじゃい?と首を傾げる仙人。
俺は猫を待っているんですと答えた。
ずっと俺の傍にいてくれた猫なんです。
アイツにお別れを言うまでは、旅立つことは出来ません。
いやいや、出来ませんと言われても、お主の命はもう尽きとる。
見てみい、足元を。
息を引き取ったお主が寝転がっとるだろう?
仙人が杖を向ける。
俺の足元には、俺が横たわっていた。
目を開いたまま、ピクリとも動かない。
死んでいる・・・・そう思うと、少し怖くなった。
でも俺は首を振った。
もう一度ホワンに会うまでは、決して行けませんと。
てういか一緒にホワンを捜して貰えませんか?
仙人ならば、それくらい簡単でしょう?
ふん!小僧が何を言う。
儂は忙しいんじゃ。
今日だけで10件もお迎えに回らんといかん。
それに弟子の修行もあるし、龍に餌もやらんといかんし。
お主の猫に構もうとる暇なんぞないわい。
仙人はへそを曲げてしまった。
もうお前のことなんぞ知らん。
せっかく桃源郷へ連れて行ってやろうと思ったのに、そんなにワガママ言うなら好きにせい。
そう言い残して、龍に乗って去って行った。
俺は自分の傍に座り込み、ホワンが帰ってくるのを待った。
でも待てども待てども帰って来ず、こっちから捜しに行こうと立ち上がった。
でも家の外に出ることが出来ない。
まるで重りにでも縛られたかのように、外に出た途端に足が重くなるのだ。
一歩も前に進めず、家に引き返す。
ホワンはどこにいるのか?
もう二度と会うことは出来ないのか?
そう思いながら、何日も待った。
その願いが通じたのか、ある日ようやく戻って来てくれた。
人間の姿に化けて、俺の所へ帰って来てくれたのだ。
俺はホワン!と駆け出した。
よく帰って来てくれた!
俺はもう死んでしまったけど、でも旅立つ前にもう一度会いたかったんだ。
この腕で抱きしめて、お礼を言いたかった。
そう言ってホワンに手を伸ばす。
でもその手はスルリとすり抜けてしまった。
・・・・死人は生きている者に触れられない・・・・・。
今、そんな簡単なことに気づいた。
でも声なら届くはずと思い、ホワン!と呼んだ。
ここだ!俺はここにいる!
目の前で手を振って、大声で叫ぶ。
でもホワンは見向きもしない。
その代わり、金印のあった場所を捜して、ないわ・・・と唸った。
その後、じっと俺の死体を睨んでいた。
悲しそうな目で、そして憎そうな目で。
ホワンは膝をつき、俺の死体を抱きしめる。
そしてこう呟いた。
『イー・・・・傍を離れてごめんなさい。』
そう言って、そっと俺を寝かせた。
家の外に出て、一度だけ振り返る。
『・・・あの女、絶対に許さない・・・・。必ず仇を取る。』
猛獣のように顔が歪み、疾風のごとく去って行った。
俺はホワン!と追いかけたが、家の外には出られない。
これはまずいことになった・・・・。
ホワンは誤解をしている。
アイツはイェンが金印を盗んだと思っているのだ。
だから仇を取るなんてことを・・・・・。
いったいどうしたものかと、家の中でそわそわした。
するとその日の夜、イェンが戻って来た。
俺は驚き、どうして・・・・と呟く。
でももっと驚きだったのは、イェンには俺が見えていることだった。
・・・・生きている者に、死者は見えないはず・・・・。
化け猫のホワンでさえ見えなかったのに、どうしてイェンに・・・・・。
彼女はニコリと笑い、死んじゃったと言った。
ホワンを怒らせてしまい、その報いを受けたと。
・・・・俺は何も言えなかった。
ホワンはイェンを殺してしまったのだ。
彼女が金印を盗んだと誤解して・・・・・。
俺はすぐに謝った。
申し訳ない!ホワンのせいでイェンが・・・・・。
しかしイェンは首を振る。
悪いのは私だと言って。
ホワンはずっとイーの傍にいて、誰よりもあなたを愛していたはず。
なのに私が押しかけてしまったせいで、ホワンは居場所を失くしてしまった。
私が彼女の居場所を奪ってしまった。
居場所と愛しい人・・・・この二つを奪っては、報いを受けても仕方ない。
だからホワンを責めないでほしいと言った。
・・・・イェン・・・・。
頭を抱え、項垂れる俺に、イェンは言った。
あなたは待っているんでしょう?
またホワンが戻ってくるのを。
俺はそうだと答える。
イェンは俺の死体を見つめて、ギュッと目を細めた。
あなたの身体、もう変わり果てている。
それは死んでからかなり時間が経っている証。
それでもここにいたのは、ホワンを待っていたから。
私のせいで出て行ってしまった彼女を迎える為に。
そう言って、俺の隣に座った。
だったら私も待つ。
彼女に謝らないといけないから。
ニコリと微笑み、一緒に待とうと頷いた。
俺はいいのか?と尋ねた。
イェンは頷く。
それがホワンの為だと。
彼女は決して悪者じゃない。
時が経てば、罪の意識に苛まれ、きっと苦しくなるはず。
そうなった時、必ず戻ってくるはずだと。
そして私が謝罪を受け入れることで、その苦しみもなくなるはずだと。
俺は感心した。
自分を殺した相手なのに、救いの手を差し伸べようとするなんて・・・・・。
俺は彼女と共に待つことにした。
いつかホワンが戻って来るのを。
それから随分と長い時間が過ぎた。
俺の死体は骨になり、やがてボロボロに崩れ果てた。
家も同じだ。
茂みの草が伸びてきて、家のあちこちに侵入する。
床下からも草が生えてきて、数年後には完全に草木に覆われた。
それからさらに時間が過ぎて、骨も家も消えてなくなった。
あの時と変わらないのは、俺とイェンだけ。
草が茂った野原の中で、ずっと二人で待っていた。
ホワンが会いに来てくれるのを・・・・。
いったいどれほどの朝が来て、どれほどの夜が過ぎただろう。
数えきれないほどの陽を迎え、数えきれないほどの月を見送った。
気が遠くなるほどに、とてもとても長い時間だった。
俺たちは景色の一部と化したように、ずっとそこに座っていた。
言葉は交わさない。
手を握り、肩を寄せ合い、陽を迎えては、月を見送った。
永遠とも思える繰り返しの中、突然転機がやって来た。
月が顔を出し始めた夜のこと、あの仙人がやって来たのだ。
大きな龍に乗って、遠い空から飛んできた。
まだいたんかいな!
俺を見てびっくりしていた。
もしやと思って来てみたら、まだいるとはのお・・・と、鬚を撫でた。
俺は立ち上がり、お迎えはまだいいですと言った。
すると仙人は首を振り、ニコっと笑った。
お主の捜しておる猫の名前、確かホワンと言ったな?
はい。
真っ白な毛並みの化け猫だとな?
そうです。
ふむ・・・・ならば間違いない。あの妖怪のことじゃな。
妖怪?
しばらく前から、悪い化け猫の噂を聞くようになったんじゃ。
人を騙したり、物を盗んだり、時には暴れたりと、散々な悪さをしとるらしい。
はあ・・・・・。
その化け猫の名はホワンと言い、白い毛並みの猫だという。
まさか!
こりゃいっちょ懲らしめてやらねばならんと思ったんじゃが、ふとお主のことを思い出してのう。
そういえばあの若僧の捜していた猫も、白い毛並みの、ホワンという化け猫だったはずと。
ならばそいつを懲らしめる前に、お主に会いに行こう思ってな。
でも死んだのは100年前じゃから、とうに旅立っとるかもしれん。
まあ一応行くだけ行ってみるかと来てみたら、まだおったから驚きじゃ。
大きな声でがはは!と笑って、はて?と首を傾げる。
その女子・・・・確か見覚えが。
仙人はイェンを見つめる。
彼女は立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
いつぞやに迎えに来ていただきました、イェンという者です。
おお!やっぱりか。確か化け猫に命を奪われたのだったな。
あの時、せっかく迎えに来てくださったのに、私はそれをお断りしてしまいました。
その理由は彼と同じです。
・・・・ほう。というと、お主も猫を待っていると。
はい、私を殺した化け猫を。
なんと!
ホワンは私のせいで居場所を失ったのです。
むむ!お主の命を奪ったのはホワンなのか?
はい。でもそれは私が悪いのです。私さえ来なければ、彼女は何も失わずにすんだはず。
だからそれを謝りたくて、ここで待っているのです。
ふうむ・・・・自分の命を奪った化け猫をのお・・・・。
仙人は長い鬚を撫でながら、がはは!と笑った。
お主らは、揃いも揃って変わり者のよう。
可笑しそうに笑いながら、よっしゃ!と頷く。
では儂が一肌脱いでやろうかの。
・・・・と申しますと。
ホワンという化け猫に、改心の機会を与えてやろう。
改心ですか?
あの化け猫・・・このままではいつまで経ってもお主たちに会いに来んじゃろ。
それでは永遠にこの場を離れることは出来まい?
まあ・・・・。
ねえ・・・・。
それに悪さをする妖怪を放っておくわけにもいかん。
だからいっちょ嘘をついて、改心のキッカケを与えてみるかの。
嘘・・・・・。
ですか・・・・・。
お主らの話を聞く限り、ホワンは根っからの悪者ではなさそうじゃ。
あいつは悪者なんかじゃありません。
本当はすごく良い子なんです。
うむうむ、だからこそ改心させてやらねばの。
お主には神獣の素質がある!だから心を入れ替え、修行に励むのじゃ!
・・・・とかなんとか言って。
そんなんで変わりますかね?
少し安直なような気が・・・・。
むうう・・・・なんじゃその態度は!誰の為に一肌脱ぐと思うておる!
プンプン怒る仙人。
わしゃもう帰る!と拗ねるので、慌てて謝った。
すみませんでした。
どうかお力をお貸し下さい。
じゃろ?そうじゃろ?
嬉しそうに笑って、儂に任せておけい!と胸を張る。
お主ら人間には分からんじゃろうが、獣にとって神獣とは神そのもの。
それに成れるというのじゃから、食いつかんわけがないわい。
がはは!と笑って、ほんじゃのと去って行く。
しばしここで待っておれ。必ずや会いに来させてやるでの。
俺たちはお願いしますと頭を下げた。
それから数日後、ホワンは本当に会いに来た。
地面に頭をつけて、ごめんなさいと謝る。
何度も何度も謝って、俺たちがもういいよと言った後でも、泣きながら謝っていた。
あの仙人・・・・本当に約束を守ってくれたね?
うん。あんな嘘で上手くいくなんて・・・・ちょっとびっくり。
なあ・・・・。
ねえ・・・・・。
ヒソヒソ話し合って、肩を竦める。
でもこうしてホワンが来てくれたのは嬉しい。
俺はありがとうとお礼を言い、イェンは恨んだりなんかしてないよと慰める。
でもホワンはまったく謝るのをやめないので、どうしたもんかと悩んだ。
これ、どうしようか・・・・。
すごく可哀想・・・・・・。
あの仙人に余計なことでも言われたかな?
・・・・・だとしたら、どうにかしてあげないと。
ヒソヒソと話し合って、これでいこう!と頷く。
ううん!・・・・ホワン、よく聞いてくれ。
私たちが死んでしまった今、動物と話せる人間はいなくなってしまったわ。
だから俺たちの代わりに、お前が困っている動物を助けてやってほしいんだ。
動物だけじゃなくて、動物のことで困っている人間も。
お前ならきっと出来る。なんたって神獣の素質を持ってるんだから。
ホワンなら、理不尽な目に遭う命を救ってあげられるはず。
だから顔を上げてくれ。
もう私たちのことで悩むのはやめて、前に進んでほしいの。
ホワンは顔を上げ、潤んだ目で見つめた。
『・・・イー・・・・イェン・・・・。』
俺はずっとお前を待っていた。俺のたった一人の家族だから。
でも私があなたの居場所を奪ってしまった。本当に・・・・ごめんなさい。
ホワンは俺にとって、一番大事な存在だった。だから今でも愛している。友として、家族として。
私たちはもういなくなる。でもあなたがいるなら、安心して向こうへ逝ける。
・・・・・・・・・・。
また頭を下げて、ごめんなさいと言う。
俺たちは傍に行き、ニコリと笑いかけた。
空からずっとお前のことを見守っているからな。
生まれ変わったら、また会えたらいいね。
・・・・・うん。
グスっと鼻を鳴らして、立派な神獣になってみせると頷く。
そして必ずや、多くの動物を助けてみせると。
俺たちは頷き、ゆっくりと傍を離れる。
じゃあなホワン、元気で。
ずっとずっと見守ってるからね。
ホワンはまた頭を下げる。
その時、俺とイェンの間に何かが降りてきた。
・・・・釣り糸?
みたいだね・・・・。
いったい誰がこんな物をと、二人して上を見上げる。
すると高い空に仙人がいた。
龍の上から釣り糸を垂らしている。
そしてその糸を掴めと、身振り手振りで伝えてくる。
・・・・なんだろ?
さあ・・・・・。
俺たちは釣り糸を掴む。
するとホワンが顔を上げて、さようならと言った。
『二人の意志を引き継いで、たくさんの動物を助けます。遠い空から見守っていて下さい。』
ああ、それじゃ。
さようなら、元気でね。
俺たちはニコリと頷く。
すると仙人が釣り糸を引いて、俺たちはシュルシュルと上に昇っていった。
ホワンはさようなら〜!と見送る。
俺たちは糸に引っ張られて、高い雲の中に消えていった。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
釣り糸を離し、あの・・・・と仙人を振り返る。
これ、なんなんですか?
どうして釣り糸なんか・・・・。
良い演出だったじゃろ?
え・・・・・・、
演出・・・・・?
ホワンは改心すると決めた。
そしてお主たちに会い、その心はますます強まったはずじゃ。
そこへこう・・・・バシ!っと感動の別れを持ってくれば、もう二度と悪さをすることはあるまい?
そう・・・・ですね。
ありがとう・・・・と言いたいけど、なんか釈然としないような・・・・。
なんじゃい!せっかくロマンチックに演出してやったのに。
西洋語は分かりません。
でも感謝します。手を貸して下さって。
俺たちは頭を下げる。
仙人はほっほっほ!と笑った。
これでもう思い残すこともなかろう?
ええ。
はい。
では旅立つか、桃源郷へ。
龍は高い空へ昇っていく。
山を越え、雲を追い抜き、風と一つになったみたいに、ビュンと進んでいった。
いったい桃源郷とはどんな所だろう?
期待を膨らませながら、イェンと手を握り合う。
・・・・あ、そうそう。
急に仙人が振り返る。
二つ忠告しておくことがある。
神妙な顔で言うので、俺たちは不安になる。
なんですか?
なんですか?
まず一つ、ホワンは二人に分かれた。
え?
え?
一人はさっき会った奴、もう一人はすごく執念深くて、多分来世まで関わってくる。
そんな!
そんな!
でもって、お主たちも来世で出会う。その時も愛し合うじゃろうが、上手くいかん。
どうして!
どうして!
呪われとるからじゃ。
呪い?
呪い?
お主らは動物と話せるじゃろ?ありゃ呪いが原因でそうなっとるんじゃ。
なぜなら前世で大きな過ちを犯したからのう。
前世で・・・・。
過ち・・・・・。
神獣を殺してしまったんじゃ。
ええええ!
どうして!
悪意はなかったんじゃがの。でも殺したことに変わりはない。
だからどうして!
教えて下さい!
よかろう。桃源郷に着くまでの間に話してやる。ちと長くなるがの。
仙人は呪いの原因について話してくれた。
俺とイェンはただ驚くばかりで、お互いに目を見合わせた。
お主らの運命は、呪いが解けるまで続く。
それまで結ばれることは出来ん。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
おそらく来世で呪いを解くのは無理じゃろう。
二世代で解くにはあまりに大変じゃからの。
なら・・・・・・。
私たちは・・・・・。
案ずるな、いつかは結ばれる。呪いさえ解ければな。
仙人はニコリと頷く。
俺たちは桃源郷へ運ばれて、そこで長い間暮らした。
いつでも花が咲いていて、水も空も大地も美しい、夢のような世界だった。
たくさんの生き物で溢れていて、ここへ来た人たちとも仲良くなった。
そして二人でホワンのことを見守り続けた。
アイツは神獣を目指し、いつでも修行を怠らなかった。
そして俺たちの意志を継いで、困っている動物や人間を助けていった。
何度も辛い目に遭い、何度も挫折しそうになっていた。でも決して諦めずに前に進んだ。
・・・・そして、いつしか本当に神獣になってしまった。
素質なんてなかったのに、努力と信念のみで成し遂げてしまった。
長い長い修行と、長い長い旅に鍛えられ、ホワンは立派な猫神になった。
すると仙人はこう言った。
ホワンはじゅうぶんに頑張った。
お主たちとの約束を守り、多くの動物や人間を救った。
しかも本当に神獣になってしまいよった。
これはホワンの努力の証、儂も驚いておるわい。
だから労いに行ってやれ。
もうじゅうぶんに罪滅ぼしは出来た。
これからは自分の為に生きろと。
そう言われて、俺たちはホワンの夢の中に降りた。
彼女の頑張りを褒め、努力を労り、そして自由に生きろと言った。
ホワンは嬉しそうに涙して、あの時みたいに頭を下げた。
『・・・・ずっと見守ってくれてありがとう・・・・・。』
俺たちはホワンの元を去り、また桃源郷に戻った。
仙人はほっほっほ!と笑って、これでもう心残りはないじゃろと言った。
これからもホワンの試練は続くが、それは奴自身の問題。
お主たちが関わることではない。
そして次に生を受けるまでの間、ここでゆっくり暮らすとよい。
来世ではお主たちにも試練が訪れる。
呪いを解く為の試練が。
それを乗り越えた時、お主たちは本当の意味で結ばれるのだ。
・・・それから何百年もの間、俺たちは幸せに暮らした。
何の苦しみもない、不自由もない、喜びと愛だけに満ちた、素晴らしい時間だった。
でもそれは、どこかふわふわとしていて、現実感のない幸せだった。
桃源郷は良い所だけど、ここは現世ではない。
だから・・・・本当にイェンと幸せになりたいのなら、呪いを解き、現世で結ばれるしかないのだ。
やがて生まれ変わりの時が来て、俺たちは再び現世へ旅立つことになった。
仙人は達者でな!と見送ってくれる。
・・・次は日本という国で生まれ変わる。
俺は有川悠一という人間に、イェンは藤井真奈子という人間に。
どちらも動物と話せる力を持っていて、その力を活かして、動物を助ける活動を始めた。
俺はだんだんと藤井に惹かれていって、勇気を出して告白した。
藤井も俺に惹かれていたらしく、俺たちは恋人同士となった。
すごく幸せな時間が続いたが、でも転機が訪れた。
俺たちは大喧嘩をしたのだ。もうやり直せないくらいの大変な喧嘩を。
でもまだ絆が切れたわけじゃなかった。
離れ離れになってしまったけど、また出会い、稲荷の揉め事なんてもんに巻き込まれて、お互いに危険な目に遭った。
その揉め事が終わる頃、俺たちはまた離れ離れになった。
俺は動物探偵をやる為に、藤井は海外で野生動物のボランティアをやる為に、袂を分けた。
俺はこの国で、藤井は遠いアフリカの大地で頑張っている。
今、俺たちは別々の道を歩んでいる。
だけどどこかで繋がっている。
歩む道が別でも、呪いのせいで結ばれなかったとしても、きっとどこかで繋がっている。
目に見えない絆で・・・・・。
俺は藤井に負けないように頑張った。
アイツだって頑張ってるはずだから、俺だって頑張った。
マイちゃんと動物たちと一緒に、動物探偵として依頼をこなしてきた。
でもそこへ、前世からの因縁が追いかけてきた。
・・・・もう一人のホワン、影のたまきだ。
1000年の時を超えて、生まれ変わった俺に会いに来た。
石よりも硬く、鉄よりも頑丈な愛を抱えて。
影のたまきは今、俺の腕の中にいる。
真っ白な猫になって、すりすりと頬を寄せながら。
「ホワン・・・・ずっと一人にして悪かった。長い長い間、ずっと寂しかったろうに。」
ギュッと抱きしめ、よしよしと撫でる。
綺麗な毛並みは流れるようで、撫でる度に尻尾が揺れる。
笑うように、喜ぶように。
「イー・・・・。」
目を閉じ、鳴き声のように呟く。
幸せそうな顔で、ウットリしている。
俺の腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

 

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