不思議探偵誌 第七話 忍びよる影(3)

  • 2010.07.18 Sunday
  • 10:25
 「先日はどうもありがとうございました。」
事務所の真ん中のソファに座って、美しくも可愛い女性が俺に頭を下げてくる。
俺はデレデレしながら、その美人を眺めていた。
今日俺の事務所にお礼の挨拶に来ているのは中野裕子さんという女性だ。
五日ほど前、俺と由香利君は、この中野さんに襲いかかるストーカーから守ってあげた。
中野さんはストーカー被害に悩まされ、その依頼を受けてのことだった。
「斬られた手の傷はどうですか?
まだ痛みますか?」
あの時、ストーカーに襲われて、中野さんはナイフで手を斬り付けられた。
今日はその手に包帯を巻いている。
俺が心配そうに尋ねると、中野さんは笑顔で答えた。
「はい、そんなに傷は深くありませんでした。
縫う必要もないほどの傷だったので、しばらくすれば治るだろうってお医者さんに言われました。」
「そうですか。
それは何よりだ。」
俺はその言葉に安心し、隣に座っている由香利君と微笑み合った。
あの晩、襲いかかってきたストーカーを由香利君が見事に撃退した。
そして襲われたショックで中野さんは気を失ってしまった。
その後、俺達は警察と救急車に連絡をした。
手を怪我し、気を失った中野さんは救急車で運ばれて行った。
そして俺と由香利君、気を失っていたストーカーは警察に行った。
やって来た警察に事情を説明している間に、ストーカーは気を取り戻し、慌てて逃げようとしたが、由香利君が足払いをかけて転がし、そのまま警察に逮捕された。
俺達はことの経緯を警察で説明し、その晩のうちに帰された。
中野さんも病院で気を取り戻してから、やって来た警察に事情を聞かれたと言っていた。
ちなみに、ストーカーを撃退し、見事中野さんを守った由香利君には、警察から賞状を贈られた。
そう、たしかにあの晩の由香利君の活躍はすごかった。
もし彼女がいなければ、俺も中野さんも命はなかったかもしれないのだ。
そのことで何度も由香利君にお礼を言うと、決まって恥ずかしそうにしていた。
「そんなに褒めないで下さい。
私だけの力じゃありません。
久能さんが身を盾にして守ろうとしたから中野さんは助かったんです。
私達のチームプレイのおかげですよ。」
はにかみながらそう言う由香利君に、俺は臨時でボーナスでも出してやらねばなと思っていた。
「探偵さん達のおかげで、これからは安心して毎日を過ごせます。
本当に、何度お礼を言っても足りないくらいです。」
中野さんは依頼の報酬と一緒に、俺たちに無料の旅行券を渡してくれた。
彼女は旅行代理店の社員なのだ。
今回のことで、よっぽど感謝しているのだろう。
「私達は当然のことをしただけです。
同じ女として、あんな男は許せなかったしね。」
由香利君が微笑みながら言うと、中野さんもつられて微笑んだ。
「でも、本当に大事にならずに済んでよかった。
中野さん、怪我が治ったらまた顔を見せにきて下さいね。」
「はい。必ず。」
由香利君と中野さんはそう約束を交わし、声をあげて笑い合った。
「でも由香利さんて本当にお強いんですねえ。
私はパニックになってあんまりあの時のことを覚えていないけど、それでも由香利さんがあのストーカーをやっつける場面は目に焼き付いてます。
何かやってらっしゃるんですか?」
そう尋ねてくる中野さんに、由香利君は「まあ、ちょっと」と恥ずかしそうに答えた。
「空手をやっているんですよ。
腕前はかなりのものですよ。
私なんか、いつも彼女に殴られたり、蹴られたりしています。」
「そうなんですか?」
中野さんが目を丸くして驚く。
「そ、それは久能さんが仕事中に下らないことをしたり、私のお尻を触ったりしてくるからでしょう。
乱暴女みたいに言わないで下さい。」
口を尖らせて怒る由香利君を見て、中野さんは「空手かあ」と呟いた。
「武道をやれば、女の人でもあんなに強くなれるんですね。
私も何か始めようかな。」
今の世の中、どんどん女が強くなる。
世の女性がみんな武道やら格闘技を始めたら、きっと全ての男たちは女の尻に敷かれるのだろう。
「いいですね、中野さんも何か習ったらいいですよ。
物騒な世の中ですからね。
護身術として何か身に付けておけば、そのうち役に立つかもしれませんよ。」
「そうですね。
考えてみます。」
これでまた強い女が一人増えるな。
そして尻に敷かれる男もまた増えるわけだ。
俺はお茶を飲みながら、武道の話で盛り上がっている二人を見た。
うーん、きっと100年後には男と女の立場は逆転する。
男が女に勝っているものなんて腕力だけなのだ。
それがひっくり返れば、世の男たちはみんな女に頭が上がらなくなるだろう。
俺はそんなことを想像してぶるっと身を震わせ、お茶に写る自分の顔に眉をしかめた。
「でも勝手なもんですよね、あのストーカー。
そんなに中野さんのことが好きなら、堂々と男らしく告白でもすればよかったのに。」
由香利君が宙を見ながら、呆れたように言った。
「まあ私は告白されても、あんな男一瞬で断りますけど。」
中野さんが即答する。
「ですよねえ。」
そう言ってまた二人で笑っている。
警察から聞かされた話では、あのストーカーがあんな犯行に及んだのは、中野さんを脅して自分の言いなりにさせようとしたからだという。
しつこく中野さんに付きまとい、どこかで自分の中の頭の線が切れたのだろう。
強制的に中野さんを自分のものにしようとしたわけだ。
卑劣な考えを持った男は、由香利君の本気の攻撃でとことん痛めつけられたわけだ。
これからあの男がまともな人間になるか、それは刑務所を出てきてからでないと分からない。
願わくば、もう女性を傷付けるような男にならないように更生して欲しいものだ。
「中野さん、また同じような被害に遭ったら、すぐにうちの事務所に相談に来て下さいね。
いつだって力になりますから。」
由香利君が目の前で拳を握って言う。
「はい。
そうします。」
中野さんは頷いたあと、俺と由香利君に向かって言った。
「差し上げた旅行の無料券、是非使って下さいね。
お二人で、どこか楽しい旅にでもお出掛け下さい。」
そう言われて由香利君はしどろもどろになりながら答えた。
「ふ、二人では行きません。
そ、その、一人ずつで行きます。」
由香利君の恥ずかしそうな顔を見て、中野さんは声をあげて笑った。
「私はお似合いだと思うけどなあ、お二人。」
「そ、そんなことありませんよ。
わ、私はこんなエッチな人はごめんです。」
ぷくっと頬を膨らませて反論する。
「うふふ、そういうことにしておきます。」
そう言って中野さんは真剣な顔になって俺と由香利君を見つめ、もう一度お礼を言った。
「本当に、ありがとうございました。
お二人には感謝しています。
これからも仲良く名コンビとして活躍して下さいね。
それじゃあ。」
そう言って、中野さんは立ち上がった。
ドアまで俺と由香利君が見送る。
「じゃあね、由香利さん。
これからも探偵さんと仲良くね。」
そう言われて何かごにょごにょと口ごもる由香利君。
とても恥ずかしそうだった。
「それに探偵さん。」
「はい。」
俺は気取って返事をし、キリっと顔を引き締めた。
少しでも格好よく見えるように。
「あなたに依頼して本当によかったです。
また何かあったら、お力になって下さい。
それじゃあ。」
そう言い残し、笑顔を見せて中野さんは帰って行った。
「いやあ、今回の事件は大変だったな。」
そう言いながらソファに座った。
「ええ、私もナイフを持った人間と闘うなんて初めてでしたから、正直言うと、ちょっと怖かったです。
でも、中野さんが無事で何よりでした。」
由香利君がお茶を淹れ、それを持って俺の向かいに腰を下ろした。
俺は一口お茶をすすり、ふうっと息を吐き出してから言った。
「由香利君、君がうちの助手でよかったよ。
持つべきものは、優秀なパートナーだな。」
そう言ってまたお茶を飲んだ。
「久能さん。」
唐突に、由香利君が暗い顔をして俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
窓の外に目をやりながら返事をすると、「実は・・・。」と由香利君が話し出した。
「私もね、中学生の頃に男の人に襲われそうになったことがあるんです。」
俺は窓から由香利君に目をやってその顔を見た。
「ふーん、じゃあその男はきっと由香利君に痛い目に遭わされたんだろうな。」
そう言うと、由香利君は俯いて首を振った。
「その頃はまだ空手をやっていなかったんです。
まあ、それがきっかけで空手をやるようになったんですけど。」
由香利君もお茶を飲み、一息おいてから続けた。
「中野さんみたいにストーカーされてたわけじゃありません。
酔っぱらった相手にいきなり抱きつかれて、いやらしいことをされそうになったんです。」
そう言う由香利君の顔は暗い。
俺は黙って話を聞いていた。
「もう怖くて叫び声もあげられませんでした。
ああ、私このままひどい目にあわされちゃうんだなって思って、体から力が抜けていったんです。」
そこまで言って、由香利君は顔をあげた。
「でもね、その時ある男の人が助けられたんです。
その人は酔っ払いを私から引き離してくれて、早く逃げるように言ってくれました。
それで助かったんです。」
俺は「ふーん」と相槌を打った。
「中々正義感の強い男もいたもんだ。」
俺が何気なく言うと、由香利君はクスっと笑った。
「覚えてません?久能さん。」
俺は何を言われているのか分からず、きょとんとしていた。
お茶を飲み、首を傾げる俺に対して由香利君は笑顔のままで言った。
「私ね、その時のことをずっと覚えてます。
助けてくれた男の人の顔もね。」
俺は眉をしかめ、また窓の外に目をやった。
「その男の人はね、今は探偵をやっています。
しかも超能力まで持っているんです。」
由香利君は胸の前で手を組んで、俺と同じように窓の外に目をやった。
「私、いつかその男の人にお礼を言いたいなあってずっと思っていました。
ずっと、その想いを心に秘めていたんです。」
そう言うと、由香利君は俺に向き直って言った。
「ありがとう、久能さん。」
俺はごほんと咳払いし、グイッとお茶を飲んだ。
おぼろげではあるが、昔酔っ払いに絡まれていた女の子を助けた記憶がある。
俺はすっかりそのことを忘れていたが、どうやら相手は覚えていたようである。
俺は意味も無く「うーん」と言って背伸びをしてから頭を掻いた。
「まあ、その、何だ。女を傷付けるようなやつは許せんよなあ。
その由香利君を助けた男も、俺と同じ考えだったんだろう。」
投げやりにそう言って、俺はソファに寝転がった。
助けた方は覚えてなくても、助けられた方は覚えていたのか。
横目でチラリと由香利君を見ると、頬杖をついてニコニコしながら俺を見ていた。
俺はなんだか胸の辺りがむずむずしてきて、ごろんと寝返りをうって背中を向けた。
もう事件は解決したことだし、このまま昼寝でもするか。
そう思った時、俺はあることを思う出して「ああ!」と声をあげた。
「ど、どうしたんですか?」
由香利君が驚くように尋ねてくる。
俺は勢い良く起き上がり、由香利君に言った。
「膝枕」
「はい?」
「だから膝枕だよ。
あの晩、してくれるって言ったじゃないか。」
由香利君がストーカーをやっつけ、俺がへたり込んでいる時に、確かに「あとで膝枕くらいならしてもいい」と言っくれた。
「ねえ、膝枕してくれよ。
約束したろう。」
由香利君はそっぽを向き、「そ、そんな約束しましたっけ」と誤魔化そうとしている。
「いいや、絶対した!
ねえ、してくれよ。」
由香利君は黙ってそっぽを向いたままだ。
「ねえ、してして。
してくんなきゃやだあ。
膝枕!膝枕!」
俺が子供のように駄々をこねると、由香利君は「分かりましたよお!」と恥ずかしそうに言った。
それを聞いた俺は喜々として由香利君の座っている向かい側に回り、その膝に頭を乗せた。
さすがにストーカーを撃退する蹴りを放つ脚だ。
筋肉で引き締まっている感触が伝わってくる。
「いやあ、いいもんだね、膝枕。」
由香利君は顔を赤らめて唇を噛んでいる。
「こんなの、今回だけですからね。」
「分かってるよ。
だから存分にこの膝枕を堪能しているんじゃないか。」
由香利君は諦めたように息を吐き、少し笑いながら俺の顔を見ている。
「いやあ、気持ちいいなあ、膝枕。」
そう言いつつ、由香利君のお尻に手を伸ばそうとすると、その手を思いっ切りつねあげられた。
「痛ててて!」
叫ぶ俺に、由香利君が怒って言った。
「誰がお尻まで触っていいって言いました。」
そう言って俺の頭を払いのけ、立ち上がってしまった。
ああ、膝枕が・・・。
がっかりした俺は、立ち上がった由香利君のお尻に再度手を伸ばした。
「だから触るなって言ってんでしょ!」
強烈なかかと落としが俺の顔面にめり込む。
俺は顔を押さえながら、「もう一度膝枕してよ」と懇願した。
「変態にはもうさせません。」
俺は自分の変態さを恨んだ。
大人しくしていれば、もっと膝枕をしてもらえたのに。
そう思ってももう遅く、由香利君は書類の整理を始めていた。
冷たいなあ、由香利君。
俺は膝枕の感触を頭に残しつつ、またいらぬことを口走っていた。
「あ、そう言えば、今日もまだエロ雑誌を一回も読んでいないや。」
ソファの向こうから、「変態」という言葉とともにスリッパが飛んできた。
「いいじゃないか、エロ雑誌くらい。」
そう言ってソファから立ち上がると、今度は由香利君の靴が飛んできた。

                                     第七話 完







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