不思議探偵誌 第八話 お化けの依頼

  • 2010.07.19 Monday
  • 10:16
 探偵というのは結構地味な仕事である。
殺人事件の捜査などまずしない。
あんなものは警察の仕事である。
持ち込まれる大半の依頼は、人捜しに、浮気の調査である。
まあこれが普通の探偵事務所の場合であろう。
だがしかし、我が久能探偵事務所には、およそ探偵の仕事とはかけ離れた依頼が持ち込まれることがある。
その理由の一つ、それは俺が超能力を使えるから。
大した力ではないが、通常の人間にはない力である。
そしてもう一つ、その俺の力を自分の雑誌のネタにし、いつもろくでもない依頼を持ちこんでくる女がいるからである。
その女はこの事務所の上の階で「月刊ケダモノ」という怪しいオカルト雑誌を作っており、ことあるごとに妙な依頼を持ちこんでくる。
名前は茂美という。
俺はいつも断りきれなくて、その依頼を受けるはめになる。
前回は頭の二つある、全身毛むくじゃらの関西弁を喋るヘビを探して欲しいと頼まれた。
どうせいるわけがないと思いつつ、捜索していると、驚くことにそのヘビは存在し、それを見つけたと知らせを受けた茂美は大いに喜んで、そのヘビを持ち帰ってしまった。
このところ茂美からの依頼は来ていない。
ああ、平和だなあと思いつつお茶を飲んでいると、眉間に力が集中してドアを開けて入って来る茂美の映像が浮かんだ。
俺はお茶を吹き出しそうになった。
「久しぶりねえ、久能さん。」
茂美が香水の匂いを漂わせながら事務所に入ってくる。
「お久しぶりです、茂美さん。
今日も相変わらずお綺麗ですね。」
由香利君が明るい声で茂美を迎える。
俺は椅子をくるっと回して茂美に背中を向け、その姿が視界に入らないようにした。
どうせまたろくでもない依頼を持って来たに違いない。
俺は徹底的に無視することに決めた。
「久能さん、ちょっと依頼したいことがあって来たのよ。」
そう言って茂美は俺の机の前まで寄って来る。
ふん、誰がお前の依頼など受けるものか。
俺は窓の外を見ながら、タバコに火を点けた。
「久能さん、タバコを吸う時は窓を開けて下さいね。」
後ろから聞こえる由香利君の声に、俺は渋々立ち上がって窓をあけ、その外に大きく煙を吐き出した。
風に流された煙が、宙を漂って空に昇っていく。
「久能さんたら、またそうやって私を毛嫌いして。」
そう言いながら、茂美は香水の匂いと共に俺の前に近づいてきた。
俺は徹底的に無視すると決めていたが、チラリと見た茂美の姿に目を奪われた。
ブラウンのスーツを着ているのだが、胸元が大きく開いており、その豊満な胸が強調されている。
そして下は丈の短いスカートで、これまた色っぽい太ももが露わになっている。
俺は見るまいと頭で意識しながらも、目はその姿に釘付けになっていた。
クソ!
また色仕掛けだ。
茂美は知っているのだ。
俺が色仕掛けに弱いということを。
無視しようと決めた俺の頭は、もはや茂美の妖艶な姿に見入っていた。
「うふふ、ねえ久能さん。
お願いだから私の話を聞いてよ。」
そう言いながら体を近づけ、豊満な胸を俺の腕に押し付けてくる。
うーん、たまらん感触だ。
茂美はさらに太ももも俺の脚に押し付け、耳元の近くで「お願い」と甘く囁いた。
吐息が耳に当たって、俺のエロ心はMAX状態になっていた。
「茂美さん、お茶を淹れましたからこっちのソファでどうぞ。」
由香利君に勧められ、茂美は不敵な笑顔を残しながらソファに向かっていく。
ああ、クソ!
またしても茂美の色仕掛けに負けてしまうのか。
俺はタバコを灰皿に押し付け、顔をしかめたまま茂美の向いに腰を下ろした。
「嬉しいわ。
私の依頼、聞いてくれる気になったのね。」
そう言って、短いスカートを穿いた脚を、これ見よがしに俺の目の前で組みかえる。
俺の目は茂美の脚に夢中だった。
「どこ見てんですか。」
後ろから由香利君に頭を叩かれた。
「い、いや、俺じゃなくて茂美さんが・・・。」
言い終わる前にもう一度頭を叩かれ、由香利君は俺の隣に座った。
何なんだよ、まったく。
俺は悪くないぞ。
茂美がわざとエロさを振りまくんだ。
俺は口を尖らし、お茶をすすって不機嫌な顔をした。
「それで、今日はどんな依頼なんです。」
由香利君が好奇心を丸出しにして尋ねる。
俺と違って、由香利君は茂美の持ってくる依頼が大好きなのだ。
UFO研究家との対談だったり、未確認生物の捜索だったり、どうやら由香利君はこういうネタが好きらしい。
楽しそうに茂美の答えを待つ由香利君を横目で見ながら、俺はふんと鼻を鳴らして言った。
「どうせろくな依頼じゃないさ。
また自分の所の雑誌で何かの特集をするから、それに協力しろとか言うんだろ。」
要するに、いつも俺は茂美の雑誌のいいネタや、使い走りにされているのだった。
だから今回も似たようなものだろうと思っていたが、茂美は首を振った。
「今回の依頼はうちの雑誌は関係無いわ。
まあ、上手くいけばネタにするけど、今の所は私の個人的な依頼ね。」
そう言うと茂美はお茶を飲み、誰もいない自分の隣に微笑みかけている。
まるでそこに誰かがいるかのように。
俺はついに頭がおかしくなったかと思い、訝しげに茂美を見た。
「何やってんだよ。
誰もいない隣に笑いかけて。
意味不明なことをしていないで、さっさとその依頼とやらを言ってくれ。」
俺はつっけんどんに言い放った。
「あら、私は意味不明なことなんてしていないわよ。
ねえ。」
そう言ってまた誰もいない隣に向かって話しかけている。
「あのう、茂美さん。
さっきからどうしたんですか?」
「どうしたって何が?」
不思議そうに尋ねる由香利君に、茂美はあっけらかんと答える。
「いや、だって。
さっきから誰もいない隣にむかって笑いかけたり話しかけたりしてるじゃないですか。」
由香利君も茂美の隣を見ながら、訝しげな顔をしている。
ああ、やっぱり茂美は頭がおかしくなったんだなと思い、俺は「ふふ」と笑って口を開いた。
「なあ、茂美さん。
君はきっと働き過ぎで疲れているんだよ。
だから誰もいない隣に向かって話しかけたりしてるんだ。
ここは一つ、長期休暇でもとって、何処かに旅行にでも行ってきたらどうだい?」
茂美のいる「月刊ケダモノ」がどの程度の忙しさかは知らないが、きっと茂美は疲労でおかしくなっている。
俺は気遣うように茂美を見た。
「あら、優しいのね、久能さん。
私の体のことを気遣ってくれるなんて。」
そう言ってまた脚を組みかえ、俺はそこに視線を集中させる。
「だから見るなって言ってんでしょ。」
由香利君のチョップが俺の頭に振り下ろされる。
俺は頭を押さえながら、茂美に尋ねた。
「だって、さっきから誰もいない場所にむかって話しかけているじゃないか。
疲れてどうにかなっちゃったんだろう。
でなきゃ、脳みそがおかしくなったとしか考えられないぞ。」
俺の言葉に茂美は「うふふ」と笑い、また誰もいない隣に微笑んだ。
「本当にどうしちゃったんですか?
なんだか今日の茂美さんおかしいですよ。」
こいつがおかしいのはいつだってそうだが、今回は特におかしい。
心配そうに見つめる由香利君の視線を受け、茂美はクスっと笑ってから言った。
「ねえ、もう姿を現してもいいんじゃない。
依頼するんだから、きちっと姿を見せて挨拶しないとね。」
茂美が誰もいないはずの隣に向かってそう言うと、なんとそこからだんだんと女性の姿が浮かび上がってきた。
最初は薄っすらと、そしてだんだんと姿が濃くなって、半透明の女性の姿が現れた。
「うわあああ!」
「きゃああああ!」
俺と茂美君は同時に叫び声をあげてのけ反った。
「な、な、何なんだ!」
俺が声を震わせながらかろうじてそう言うと、茂美は真剣な顔になって、その半透明の女性を紹介し始めた。
「彼女は最近お亡くなりになられた吉川江美子さん。
幽霊よ。」
「ゆ、ゆ、幽霊・・・!」
俺の隣で由香利君が気を失いかけている。
「しっかりしろ!」
顔面蒼白の由香利君の肩を強く揺さぶり、何とか正気を保たせる。
と言っても、俺もあまり正気ではないが。
幽霊なんて実在するのか?
そんなことを考えたが、今実際に目の前に幽霊がいる。
何てこった。
俺は心臓が爆発しそうなくらいに驚いていた。
そして、その幽霊の隣で澄ました顔をしている茂美にも驚きだ。
「く、く、久能さん・・・。
こ、これって・・・。」
由香利君は完全にパニック状態なのだろう。
ろれつが回っていない。
「うふふ、まあ誰だって幽霊なんか見たら驚くわよねえ。
私も最初に出会った時は、さすがに少しだけ驚いたわ。」
少しだけかよ。
俺はこんなに驚いているっていうのに。
俺は深く呼吸をとり、驚く自分を押さえながらもその幽霊の女性を見た。
半透明で色はよくは分からないが、おそらく白いブラウスに、ヒラヒラとしたデザインのベージュの長いスカートを穿いている。
顔ははっきり言って美人だ。
少したれ目だが、それが愛嬌があり、丸い鼻はとても可愛らしい。
輪郭は少し面長で、唇は真一文字に結ばれ、意思の強そうな感じを受けた。
「あ、あの茂美さん。
今回の依頼というのは、この幽霊の方のことで?」
俺は恐る恐る尋ねる。
「そうよ。
彼女ね、一昨日私が車で帰宅していたら、突然後ろの席に現れたの。
それで、少し驚いている私に向かって、どうしてもお願いしたいことがあるって言ったのよ。」
俺は唾をゴクリと飲み込み、茂美と幽霊とを見比べた。
幽霊の吉川さんは俯いていて、目に悲しそうな色を浮かべていた。
「それでね、私は彼女を家まで連れて帰って、そのお願いっていうのを聞いてみたのよ。」
よくもまあ幽霊相手にそんなことが出来るものだ。
茂美の神経の太さに感心する。
「彼女、成仏する前にやり残したことがあるそうなのよ。
私は真剣にその話を聞いたわけ。
それでね、それならうってつけの人がいるから紹介してあげるわって言ったのよ。」
「それが俺ってことか?」
「うん、そう。
だって久能さん超能力者じゃない。
何か幽霊に通ずるものがあるんじゃないかって思って。
それに探偵だから。
だからあなたに彼女のお願いを聞いてあげて欲しいのよ。
彼女はとっても困ってるの。
ね、だから彼女のお願いを依頼として聞いてあげて。
もちろん報酬は私の方から出すわ。」
ゆ、幽霊からの依頼ってなあ。
日本全国どこを探しても、幽霊から依頼を受けた探偵などいないだろう。
俺ははあっとため息を吐いた。
報酬は茂美が出すと言っている。
どうせこの依頼が解決したら、「月刊ケダモノ」の記事にするつもりなのだろう。
「なあ、由香利君。
どう思うよ、幽霊からの依頼って。」
そう言って由香利君を見ると、半ば放心状態で心ここにあらずといった感じだった。
「じゃあ、詳しいことは彼女から聞いてね。
依頼が解決したら連絡を頂戴。」
「い、いや、まだ誰も引き受けるとは言っていない・・・。」
そう言い終わる前に、茂美はソファから立ち上がり、幽霊の吉川さんにニコっと笑いかけると、「お願いね」と俺に言って事務所から出て行った。
呆気にとられる俺と由香利君。
一人残されて不安そうな幽霊。
「あはは、探偵の久能です。
どうぞよろしく。」
引きつった顔でそう挨拶すると、幽霊は「こちらこそ」と言って頭を下げた。
さて、どうしたものか。
「由香利君、これからどうしようか?」
放心状態の由香利君は答えない。
俺は気をしっかりさせる為に由香利君の太ももを撫でた。
鉄拳が飛んできて、俺の顔のめり込んだ。
俺に太ももを撫でられてもなお、由香利君は放心していた。
「なあ、由香利君!」
また太ももを撫でた。
そしてまたもや放心状態のまま鉄拳が飛んできた。
鼻血を出す俺。
テーブルの上にあったティッシュを一枚つまみ、「どうぞ」と幽霊が差し出してくる。
俺は苦笑いをしながらティッシュで鼻血を拭いた。
「エッチなことしちゃ、ダメですよ。」
幽霊に叱られ、俺は「ごめんなさい」と言いながらティッシュを鼻に詰め込んだ。

                                 第八話 つづく


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