不思議探偵誌 第八話 お化けの依頼(2)

  • 2010.07.20 Tuesday
  • 10:25
 世の中には不可解なことがたくさんある。
超能力、UFO、未確認生物、そして幽霊である。
俺は特に幽霊というものは信じていなかった。
あんなものはただの幻か、作り話に決まっている。
超能力を使える自分のことを棚に上げ、そんなことを考えていた。
だがしかし、今俺の目の前に幽霊がいる。
それは想像していた恐ろしいものではなく、大人しそうな、そして遠慮がちな雰囲気を放ってソファに座っている幽霊である。
この幽霊を連れて来たのは茂美である。
あいつはいつも面倒なことを押し付けていく。
この幽霊には何か心残りがあって成仏が出来ないらしく、それの相談を受けてやってくれと言って、茂美は幽霊を残して去って行った。
幽霊相手に何を話せばいいものか。
俺は引きつった顔で苦笑いを向けながら、幽霊を見ていた。
「ゆ、由香利君。
とりあえずこの幽霊さんにお茶をお出ししてくれ。」
幽霊を見て放心状態の由香利君。
ふらうふらと立ち上がって、お茶を淹れに行く。
「ははは、どうも。
いやあ、幽霊ってのは初めてなもんで。
ちょっと緊張しとりまして。」
この幽霊は最近お亡くなりになった、吉川江美子さんという。
茂美がそう紹介していった。
なぜお亡くなりになったのか、そして心残りとは何のか、それはこれから吉川さんに聞かねばなるまい。
由香利君が放心状態のままお茶を持って来て、吉川さんの前に置く。
「ま、まあ粗茶ですがどうぞ。」
俺がお茶を勧めると、吉川さんは頭を下げ、じっとお茶を見た。
幽霊なので半分体が透けており、向こう側の壁が見える。
幽霊ってお茶なんか飲むのかな?
そう思っていると、吉川さんは申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんさない。
ご迷惑ですよね、幽霊が依頼に来るなんて。」
吉川さんはじっとお茶を見続けたまま、小さく唇を動かした。
悲しい色を目に浮かべたまま、そっと顔をあげて俺を見た。
「いやいや、そんなことはありませんよ。
この久能司、持ち込まれた依頼は責任を持ってお引き受けいたします。
その、幽霊であっても。」
俺はじっと吉川さんを見た。
とても綺麗な人だ。
幽霊になってもなお、凛としたたたずまいをしている。
きっと生きている時は、そうとうモテたに違いない。
「私、十日ほど前に水難事故で死んでしまったんです。」
唐突に吉川さんは話し始めた。
俺の隣で放心している由香利君は放っておいて、その話に耳を傾けた。
「絵を描くのが趣味でした。
あの日も、家の近くの川で絵を描いていたんです。
美しい風景でした。
大学では美術科を専攻していました。
絵でご飯が食べていけるなんて思ってはいませんでしたから、普通に働いていました。
でも、絵は大好きだったから、休日には画材道具を持って出掛けていたんです。」
なるほど。
確かに芸術を好みそうな顔をしている。
吉川さんがどんな絵を描くのか、ちょっと興味をそそられた。
「風景を描かれていたんですか?」
「はい。
美しい景色が好きなものだから。
それであの日も川に出掛けたんです。
お天気も良くて、絵を描くにはもってこいの日和でした。
私は目に写る風景に心を躍らせながら、筆を走らせていました。」
俺は絵を描く吉川さんを想像してみた。
確かによく似合いそうだった。
「あ、ごめんなさい。
せっかくお茶を出してもらったのに。
私死んでるから、物に触ることが出来ないんです。」
吉川さんは頭を下げた。
「いえいえ、気になさらず。
でも、ソファには座ることが出来ていますよね?
どうしてです?」
俺が尋ねると、「ああ、これは」と言いながらソファに触れる仕草をした。
「実は座っている訳ではないんです。
幽霊って重さがないから、浮かんだり出来るんですよ。
だから、今はソファに座っているように見せているだけです。
あ、でもすごく軽いもの、ほとんど重さのないものなら触ることが出来るんですけどね。」
幽霊に重さはないか。
確かにそうかもしれない。
浮幽霊とかいうもんな。
吉川さんもその気になれば、空を飛ぶことが出来るということなのかもしれない。
「すいません、話の腰を折ってしまいましたね。
どうぞ先を続けて下さい。」
もうこの幽霊に対する恐怖感はなかった。
まるで生きている人間と話しているのと違和感がなかったから。
吉川さんはコクリと頷き、先を続けた。
「それで絵を描いている時に、いきいなり突風が吹いたんです。
それで手に持っていた筆を川に落としていましました。
私は慌てて川に駆け寄ったんです。
そしたら・・・。」
そこで言葉を区切り、顔を伏せてしまった。
手を忙しなく握り、思い出したくないことを思う出そうとしているようだった。
「いいんですよ、落ち着いて話して下さい。」
俺は努めて優しくそう言った。
吉川さんは頷き、またゆっくりと顔をあげて話し始めた。
「私ってドジだから。
川に浮かんだ筆を取ろうと手を伸ばした時、そのまま川に落ちてしまったんです。」
そう言ってから、吉川さんは自分のスカートをポンポンと叩いて見せた。
「こんな格好でしょう。
スカートが水の中で足に巻きついて、溺れてしまったんです。
私は溺れながら、どんどん下流へ流されて行きました。
なんとか必死に顔を水面に出そうともがいたけど、水を含んだ服が重くて、それも出来ずに結局溺れて死んでしまったんです。」
吉川さんは宙に目をやり、今自分が吐いた言葉を眺めているようだった。
「それは、お気の毒です・・・。」
事務所に重い空気が流れる。
俺は今、人が死ぬ直前の話を聞かされたわけだ。
そしてその死んだ人が目の前にいる。
何と言葉をかけていいか分からず、しばらく黙っていた。
「すみません、暗い話になってしまって。」
「いえ、依頼を受ける上では色々なことを聞いておかなければなりませんからね。
気にしないで下さい。」
そう言うと、吉川さんは初めて笑顔を見せた。
とても温かみのある、優しい笑顔だった。
「私、自分の死んだ話なんか聞かされて、きっと嫌な顔をされるだろうなと思っていました。
でも、そう言って頂いて、少し安心しました。」
俺も吉川さんに微笑み返し、胸を張った。
「この久能司、依頼人の話に嫌な顔など見せません。
どななことであれ、真面目に依頼を受けるのがプロの探偵というものです。」
俺が格好をつけて言うと、吉川さんは口に手を当てて笑った。
「私、とてもいい探偵さんを紹介してもらったみたいですね。
茂美さんに、感謝しなきゃ。」
茂美が何と言って俺を紹介したのかは知らないが、それでも吉川さんが笑顔になってくれるのはいいことだ。
たとえ幽霊であっても、喜びの感情を持ち合わせているのは幸運なことかもしれない。
俺はごほんと咳払いをし、いとまいを正して吉川さんに聞いた。
「あなたがお亡くなりになられた経緯は分かりました。
それでですね、その、あたなのお願いというのをお伺いしたいんです。
何かこの世に心残りがあるということで成仏出来ないということですが、それは一体何なんでしょうか?」
そう尋ねると、吉川さんは自分の薬指を撫で始めた。
まるでそれがとても愛おしいものであるかのように。
「実は、私婚約していたんです。
彼から貰った婚約指輪を、ずっとはめていました。
もちろん絵を描きに行ったあの日も。」
そうか、婚約していたのか。
それを聞いて、亡くなった吉川さんがとても不憫に思えてきた。
その俺の心を察したのか、吉川さんは笑顔で言った。
「私、もう自分が死んだという事実は受け入れています。
これから結婚するはずだった幸せがなくなってしまったのは辛いけど、でも死んでしまった事実はどうにも変えられないないから・・・。」
強い女性だなと思った。
普通なら、そのことを未練に思っていましそうなものだが。
そして吉川さんは急に、真顔になって言った。
「でもね、一つだけ心残りがあるんです。」
強い目線で、真っすぐ俺を見る。
俺はその視線を正面から受け止めて話を聞いた。
「溺れてもがいている最中に、指にはめていた婚約指輪が外れてしまったんです。
私は幽霊になってから、自分の遺体が引き揚げられるのも、自分のお葬式が行われるのも見ていました。
でも何処にも婚約指輪が無かったんです。」
「それが心残りなんですか?」
はい。」
吉川さんは強く頷いた。
「お葬式で悲しむ両親、そして友達、見ているのがとても辛かった。」
そこで吉川さんは涙を流した。
しかしその涙は、頬を伝うと、地面に落ちる前に泡のように消えてしまった。
「それでね、一番私が心を痛めたのは、婚約者の男性、広人っていうんですけど、彼が泣きじゃくっている姿を見た時なんです。
ああ、彼はとても心を痛めているんだな。
まるで自分の半身が失われたみたいに、とても辛いんだなって思って。
もし立場が逆だったら、私も広人と同じ気持ちになっていたと思います。」
愛するものを亡くす悲しみか。
俺にはまだ経験が無いので、その気持ちは測りかねた。
「私は死んでからも、何度も広人の所に行きました。
彼は死んだはずの婚約者の指輪を今でもはめています。」
そこまで聞いて、俺は口を挟んだ。
「ちょっと待って下さい。
あなたはこうやって人前に姿を現すことが出来るんですよね。
だったらその婚約者の前に姿を現してあげればいいじゃないですか。」
しかし吉川さんは首を振った。
「彼はとっても怖がりなんです。
ホラー映画なんて絶対に見れないし、心霊特集の番組なんか見たら、一人でトイレにい行けないくらいなんです。
だから死んだ私が姿を現したら、きっと彼は気を失っちゃいます。
それに・・・。」
「それに?」
「彼の前に姿を現すと、余計に心の傷を深くするような気がして。
目の前にいるのに、もう私達は抱き会えない。
それは、きっと彼にも私にも辛いことだから・・・。」
やはり吉川さんは優しい女性だ。
死んでもなお、婚約者に気を遣うとは。
「それでさっきの婚約指輪の話なんでけど。」
すっかり話が逸れて、俺は忘れかけていた。
「何処にも私の婚約指輪がないって言ったじゃないですか。」
「ええ、おっしゃいました。」
「そして婚約者の彼はまだ婚約指輪をはめている。」
「それもお聞きしました。」
そこで吉川さんは手を膝の上に置き、改まった顔をして言った。
「私の失くした婚約指輪を見つけて欲しいんです。
そして、それを彼の元へ届けて欲しいんです。」
「どうしてそんなことを?」
俺は吉川さんの真剣な目を見ながら尋ねた。
幽霊でありながらその目は澄んでおり、俺の視線を吸収しているようだった。
「私は死んだけど、その心はずっと彼と一緒にいるってことを知ってもらいたいからです。」
開けていた窓から涼やかな風が入り、俺の吉川さんの間を駆け抜けて行った。
頬を撫でる風を、幽霊の彼女も感じただろうか?
「婚約指輪は、彼がずっと私と一緒にいようっていう誓いの想いでくれたものです。
だから、その指輪を彼に渡して、私の気持ちは永遠にあなたと一緒にあるってことを伝えたいんです。」
そう言って、また吉川さんの目から淡い涙がこぼれ落ちた。
やはりそれは地面に落ちる前に消えてしまい、まるで幽霊になった彼女を表しているようだった。
「探偵さん、私のお願い、聞いてもらえますか。」
吉川さんは、その美しい目を真っすぐ俺に向けてくる。
俺は笑顔を浮かべ、その視線を受け止めた。
「もちろんです。この久能司、きっと吉川さんの願いを叶えてみせましょう。」
その言葉を聞くと、彼女は両手で顔を覆って泣き始めた。
「ありがとう。」
かすれるようなその声を受け、俺はこの幽霊の願いを叶える決心をした。
「由香利君、いつまでも放心していないで、しっかり正気を保つんだ。」
そう言って、由香利君の肩を強く揺さぶった。
「え、あ、何ですか?」
気を取り戻した由香利君は、何故か俺に鉄拳を放った。
「ちょっと、何もエロいことしていないのに、なんで殴るんだよ。」
俺は鼻血を出しながら抗議した。
「どうぞ。」
吉川さんがテーブルの上のティッシュを差し出してくる。
俺はそれを受け取り、鼻血を拭いた。
「由香利君、絶対に吉川さんの願いをかなえような!」
そう言ってまた由香利君の肩を叩くと、「何のことですか?」なんて言いながらまた鉄拳が飛んでくる。
だから何故殴る!
「どうぞ」
また吉川さんからティッシュをもらい、丸めて鼻に突っ込んだ。
「え、あ、幽霊さんでしたね。
今日はどんなご依頼で?」
正気に戻り、間抜けな質問をする由香利君に、吉川さんは笑った。
「面白い助手さんですね。」
俺はティッシュを鼻に詰め込んだまま、苦笑いを返した。

                                第八話 またつづく






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