風のない夜 第三話 妻の亡骸(1)

  • 2017.09.04 Monday
  • 09:24

JUGEMテーマ:自作小説

昔に捨てた家族。
15年もの間会っていなかった。
親に恵まれなかった俺と嫁。
結婚する時、子供に辛い思いだけはさせないでおこうと約束した。
しかし俺はその約束を破った。
自分のことにばかりかまけて、家庭をほったらかしにした。
かつてこの手で殺した、どうしようもないダメ親。
俺自身があのお袋と同じような親になっていたのだ。
《血は争えんのやな・・・・。》
ここは理工系の大学・・・・の、ロボットアニメ同好会の部屋。
壁にはアニメのポスターが所狭しと貼られている。
棚にはプラモデルやロボットの本、ゲーム機などが並んでいる。
目の前の机には、かつて息子に買ってやったのと似たような恐竜型のロボットが立っていた。
金髪の生徒がスイッチを入れると、目を光らせながら歩き出した。
《懐かしいな。》
上の息子がまだ四歳の頃、誕生日にプラモデルをせがまれた。
子供から何かをせがまれるなんて、初めてのことだった。
知らないおじさんと思われていた俺だが、なぜかあの時だけは「お父さん」と呼んでくれた。
きっと嫁が言わせたのだろう。
何一つ父親らしいことをしていなかったので、誕生日くらいはきちんと向き合えというメッセージだったに違いない。
俺は二人の息子と出かけた。
近所の電気屋へ行き、オモチャのコーナーへ引っ張られた。
『これがええ。』
息子が手にしたのは、息子の半分ほどもある大きな箱だった。
恐竜型のロボットで、電池を入れると動くという。
子供用のオモチャにしては中々の値段だったが、普段の俺の行いを顧みれば、高いことはない。
『これでええんやな?』と受け取ると、当然のように下の息子もオモチャを差し出してきた。
こっちはヒーロー物の人形だ。
まだ三歳だったが、ニコっと笑うその顔は、兄に便乗する強かさを備えた、憎めない笑顔だった。
二つを抱え、レジへ向かう。
家に帰ると、二人してオモチャに没頭していた。
兄は難しい顔をしながら、プラモデルを組み立てている。
弟は人形片手に、戦闘音を口ずさみながら、架空の敵と戦っていた。
しばらくはオモチャの虜になっていた息子たちだったが、弟の方はひと月ほどで飽きてしまった。
対して兄はずっとオモチャにハマっていた。
貯めた小遣いで新しいプラモデルを買い、接着剤を使って、様々なパーツを組み合わせていた。
自分流のロボットが欲しかったらしい。
嫁と共に家を出て行く時も、大事そうに抱えていた。
今、目の前にあれと似たオモチャが歩いている。
懐かしさがこみあげ、思わず手を伸ばすと、「あ、触るのはちょっと・・・」と止められた。
「あかんのか?」
「素手はちょっと・・・・。汗の塩分で痛むんですよ。」
「えらい細かいこと言うんやな。」
「それもう売ってない奴なんです。15年前に出たやつで、再販もされてないんですよ。」
「プレミアもんちゅうことやな。」
「オークションで売ったら5万とかいくんですよ。」
「こんなオモチャに5万かいな?」
「もう手に入らないですから。」
「マニアっちゅうのはそういうモンを好むんやなあ。」
よく見れば、金髪の男は手袋を填めていた。
ポリ製の透明な手袋を。
《たかがオモチャにようここまで真剣になれるもんやで。》
子供がハマるなら分かる。
しかし大学生ともなれば、もうほとんど大人だ。
それが嬉しそうな目でオモチャが歩く姿を見ているのは、なんとも違和感があった。
《これが最近の若いモンなんかな。》
歩くオモチャを見つめながら、時計に目をやる。
時刻は午前11時50分。
あと一時間ほどでここに息子がやって来る。
窓に目を向けると、雨が横殴りに走っていた。
部屋の中にいても、駆け抜ける風の音が響くほどだ。
「予報より早いこと来たな。」
立ち上がり、吹き荒れる風を見つめる。
キャンパスには傘を差した学生がいて、慌てて建物の中へ避難していた。
「足は速いらしいからな、じきに過ぎるやろ。」
パイプ椅子に腰掛けて、ダメだしを喰らった論文を読み返す。
よく出来た理論だと思うのだが、先生から見ればてんでダメらしい。
「金属生命・・・・できたらどエライ発明やと思うんやけどなあ。」
不死の肉体が誕生すれば、人は死に怯えなくてすむ。
銃で撃たれようがナイフで刺されようが、カスリ傷程度ですむのだから。
《問題は寿命やな。殺されても死なへん身体にはなるけど、年取るとどうなるか・・・・。
全身に錆びが回って、いつかはあの世行きになるんやろか?》
事故、病気、事件で死ぬのは避けられるだろう。
しかし寿命を超越できるかどうかは分からない。
《どないしよか・・・・。不死の身体ちゅうても、寿命でさえ死なへんとなると考えもんやなあ。
どんどん人が増えていくだけになる。住む場所も食うモンものうなってまうで。》
肉体に永遠の寿命を加えるか?
これも大きな課題だった。
《目指すのは不死やから、寿命を受け入れるわけにはいかんわな。でも増えすぎても困るし・・・・難儀やで。》
論文を睨みながら頭を掻く。
どうしたものかと悩んでいると、いつの間にか時間が経っていた。
・・・・コンコンとノックが響く。
「ただいま。」
背の低いメガネの男が顔を出す。
髪も服もずぶ濡れで、「たまらんわ・・・・」と顔をしかめた。
「予報めっちゃ外れとるやん。二時くらいに来るいうてたのに。」
窓を睨み、台風に恨み言を呟いている。
上着を絞り、びしょ濡れになった靴を脱いでいた。
するとその後ろから、やたらと背の高い男が入ってきた。
よく焼けた肌をしていて、見るからにスポーツマンという風貌だ。
やや面長で、鼻筋がピンと通っている。
いい男だ。
そしてその表情には、俺の知る息子の面影があった。
「克也か?」
立ち上がり、遠慮がちに尋ねる。
男は近づきながら「久しぶりやな」と言った。
少し笑みをたたえながら、「オトン、まったく変わってないからすぐ分かったわ」と頷いた。
「俺らがあの家出ていってから15年か。元気しとった?」
「そこそこやな。」
努めて平静を装うが、動悸は速くなっていた。
久しぶりに見る息子は、俺が思っていたよりもずっと逞しくなっていた。
恐竜のロボットを大事に抱えていた印象しかないので、思わず面食らってしまう。
「大きいなって・・・・。」
「まあな。晋也はもっとデカイで。」
「ほんまかいな!」
「190近くあるからな。」
「俺もお母さんもそんなに背え高い方と違うのに。ようそこまで伸びたな。」
「どっかで背え高い人の血い混じってるんやろな。中学ん時から伸び始めて、俺も晋也もずっとバスケしとった。」
「そら活躍したやろな。」
「晋也はな。俺はアカン。デカイだけで運動音痴でな。ずっと補欠やったわ。」
緊張する俺に対し、克也は平然としていた。
しばらく会話が途切れ、曖昧な視線のまま立ち尽くす。
「まあ座ろ。」
克也が椅子を引く。
「おお、すまん。」
俺が腰掛けるのと同時に、克也も腰掛けた。
大きな身体のせいか、ギシギシとパイプ椅子が鳴った。
「晋也は・・・・どうしとる?」
「元気してるで。」
「そうか、そらよかった。」
「ほんまはプロの選手になりたかったみたいやけど、さすがにそこまでは無理でな。
でもスポーツが好きやからって、今は生理学の勉強しとる。将来はスポーツジム建てたいんやと。」
「あいつは子供の頃からしっかりしとったさかいな。お前の誕生日に乗っかって、自分もちゃっかりオモチャねだってたし。」
「あったな。よう覚えとるなあ。」
克也は声を出して笑う。
俺は「今でもよう覚えとる」と頷いた。
「あの時だけや。父親らしいことしたったのは。」
「俺ら完全にお母さん子やったからな。ぶっちゃけオトンのことは知らんオッサンやと思ってたし。」
「お母さんから言われたわ。情けない思わんのかって。」
そう答えると、また声を出して笑った。
「お母さんはどうしとる?元気しとるか?」
「しとるよ。オトンと別れて二年後くらいに再婚してな。」
「おお、ええ相手が見つかったんやな。」
「ええ親父やったで。俺が大学に上がる前に亡くなってもたけどな。」
「そらまた・・・・。」
「元々持病があった人でな。でもほんまにええ人やった。」
「ほな・・・・お母さんは幸せそうやったか?」
「オトンとおる時より断然な。」
皮肉っぽい口調で言われる。
しかし俺は「よかった」とホッとした。
アイツは親に恵まれず、その反動で誰よりも温かい家庭を望んでいた。
あれからいい男に巡り合えたなら、それは俺にとっても救いだった。
「お母さんにはほんまに迷惑かけた。いくら謝っても足りんほどや。」
「再婚するまでは、ちょいちょいオトンのこと愚痴ってたんや。」
「いくらでも罵ってくれたらええ。悪いのは俺なんやから。」
「でもな、最近はちょっと変わってきててな。」
克也の声のトーンが落ちる。
俺は固く身構えた。
「変わるって・・・・どうしたんや?身体でも悪いんか?」
「さっき元気やって言うたやん。」
「ああ、そやな・・・・。ほんならどうした?また気になる男でも出来たか?」
冗談で聞いただけなのに、「近いな」と答えた。
「おお、そうか。ほなまた結婚するっちゅうことか?」
「それはないやろ。一回別れた男やのに。」
「は?どういうことや?再婚相手以外にも男がおったんか?」
「おるやん、目の前に。」
声のトーンだけでなく、目つきも変わる。
俺は口を開きかけたが、克也がそれを遮るようにこう言った。
「オカンな、オトンに会いたがってんねん。」
「んなアホな。俺はお前らを捨てたのに。」
「正直なところ、俺と晋也はオトンのこと恨んでへんよ。だって知らんオッサンやと思ってたし。」
「そら・・・そうか。」
「それに新しい親父はほんまにええ人やったから。俺にとっても晋也にとっても、親父はあの人だけや。」
「そこまで言うんやったら、ほんまにええ人やったんやな。」
「聖人君子みたいな人やったで。ええ人過ぎて、一人では生きていけへんタイプやったな。
でもオカンはそういう人やからこそ選んだみたいや。この人やったら俺らをしっかり見てくれるって。」
「お母さん・・・子供のことを一番に考えとったからな。自分が感じた苦しみを、子供らにも味あわせたあなかったんやろなあ。」
「ぶっちゃけ言うと、男としてはそこまで魅力のある人ではなかったわ。
顔かてええわけとちゃうし、稼ぎがあるわけでもないし。
でもオカン、知ってたんやろな。ええ親父になる男は、金や顔じゃないってことを。」
そう言ってから、「これ絶対にオカンには言わんといてや」と顔を近づけてきた。
「オカンな、別に親父のこと好きやったわけと違うと思うねん。」
「そうなんか?ほななんで再婚なんか・・・・、」
「だから俺と晋也の為やん。」
「ああ・・・・。」
「俺と晋也が笑ってる時が、一番幸せそうにしてたから。」
「ほんまお前らのこと宝もんに思ってたんやな。」
「再婚してからオカンが幸せそうにしてたんは、俺らの笑顔が増えたからや。
そらな、人としては親父のこと好きやったと思うで。家族揃ってよう出かけたし、二人でおる時もよう笑ろてたみたいやし。
でもな、ぶっちゃけ男としては見てなかったと思うわ。その証拠に新しい弟も妹も出来てないからな。」
そう言って肩を竦める。「別に親父の悪口言うてるわけとちゃうで」とフォローしながら。
「とにかく俺と晋也のことが一番やったみたいや。だからこれ以上子供はいらんかったみたいでな。」
「意外やな。あれだけ子供が好きなんやから、新しい家族が増えてもおかしいないと思うけど。」
「だから言うたやん。俺と晋也が一番やったって。なんでかっていうと、それはオトンとの子供やからやんか。」
含みのある笑みを浮かべながら、「もう何が言いたいかわかるやろ?」と言った。
「・・・・何が言いたいんや?」
「オカンがオトンと別れたんは、俺と晋也のことがあったからやん。オトンとおったら、俺と晋也が可哀想やと思ったんや。
でも俺らももう大学生や。俺は今年三回で、ありがたいことにもう就職先も決まってな。
晋也は晋也で、ちゃんと将来設計を立てとる。あと1、2年もしたら、俺らは完全に一人立ちや。」
背もたれに身体を預けながら、「そうなったらオカンは自由や」と言った。
「もう俺らに縛られることはあらへん。」
「・・・・・・・・。」
「ちょっと前からな、ようオトンのこと口にすんねん。今までは全然そんなことなかったのに。
それもきっと俺らに気い遣こてのことやたんやろなあ。新しい親父がおるのに、前の親父の名前なんか出せへんから。」
「・・・・・・・・。」
「せやけど俺も晋也ももうじき大人になる。オカンかて肩の荷が降りるはずや。
ほなポロっと本心が出てきてもおかしいないやろ。」
「それは・・・・まだ俺に未練があるいうことか?」
恐る恐る尋ねる。
動悸は今日一番速くなった。
なにも寄りを戻したいとか、そういう期待をしているわけではない。
ただ・・・・、
「俺はずっと恨まれてると思ってたんや。お母さんにもお前らにも。」
「ほんま自分勝手やったからな。オカンに負担かけすぎやわ。」
「そや・・・・やのになんで今さら・・・・、」
「オカンに会ったってくれんか?」
「・・・・・・・・。」
「オトンに断る権利はないと思うけどなあ。」
「それは分かっとる。全部悪いのは俺や。せやけど会わせる顔がないやんか・・・・。」
いきなり会ってくれと言われても、どう答えていいのか分からない。
克也の言う通り、もちろん俺に断る権利などない。
しかしこの15年の間、捨てた家族のことを考えないわけではなかった。
というより、油断していると頭をもたげてくる。
その度に恨みの声が聴こえてきそうで、それが嫌で極力思い出さないようにしていた。
「・・・・俺はどうしようもない男や。」
「知っとる。」
「やのになんで・・・・・、」
「誤解のないように言うとくけど、これはオカンに頼まれてのこととちゃうねん。」
「え?」
「俺と晋也で相談して決めたことや。」
「・・・・・・・・。」
「ずっとオカンの傍におったんや、俺らは。ほなな、オカンが何を我慢してるかくらい分かるで。」
久しぶりに会う息子は、俺の想像以上に男らしい顔をするようになっていた。
恐竜のロボットを抱えていたあの頃が嘘のように。
それはきっと、母親の愛情と、新しい父親の愛情があったからこそだろう。
もしも俺と一緒にいたら、今でもオモチャを愛する子供のままだったかもしれない。
返す言葉に窮していると、克也はこう言った。
「正直なところ、俺も晋也もオトンのことはどうでもええねん。」
「・・・・・・・。」
「恨みもしてないし、かと言うて会いたいとか寂しいなんて思ったことはいっぺんもない。
血の繋がりがあるっちゅうだけで、それ以外は赤の他人や。」
「そやろな・・・・。」
「でもオカンは違う。いつだって俺らのこと一番に考えてくれた。その為に好きでもない男とまで結婚したんや。
だからな、俺も晋也も、この先オカンに何があっても助けるって誓ってるんや。
寝たきりになろうが、ボケて俺らのこと忘れようが、オカンが死ぬまで助けるって。」
「・・・・・・・・。」
「ほんまはな、晋也も一緒に来る予定やった。アイツかてオトンのことは恨みも愛情も持ってへん。
でもオカンのこと考えたら、顔見た瞬間に殴りたあなるかもしれん言うてな。」
「・・・・・・・・。」
「あんなデカイ奴にどつかれたら大怪我するわ。だから俺だけで来たわけや。」
そう言われては、余計に返事に窮してしまう。
子供たちが勝手にやっていることなら、アイツが本当に望んでいることかどうかは分からない。
表には出さないだけで、心の底では俺を憎んでいるのではないか?
そう思うと、簡単に返事など出来ない。
俯き、黙り込んでいると、「なあ?」と尋ねられた。
「オトンはまだ不死身の夢追いかけてんの?」
「そや、これだけはやめられへん。」
「その為に家庭を捨てたんやもんな。」
「なんぼでも罵ってくれ。俺に言い返す権利はない。」
「だから俺は恨んでないって。ただなあ・・・・。」
面倒臭そうな顔をしながら、これみよがしにため息をついてみせる。
「さっきオモチャを買うてくれた話したよな?」
「ああ、あれだけは今でもよう覚えとる。俺にとって唯一の思い出かもしれん。」
「俺はな、オモチャはとうに卒業したで。」
「・・・・?」
「あのオモチャもどこ行ったか分からへん。」
「そうか。」
「オトンはさ、いつになったらオモチャを捨てるんや?」
そう問われて、「どういうことや?」と顔を上げた。
「だから不死身の身体とかいう夢。いつまでそんなオモチャ抱えてねん。」
「これはオモチャと違うど。俺が人生を懸けてでも・・・・、」
言いかける俺の言葉を、「アホくさ」と切り捨てられた。
「なんやて?」
「ええかげん卒業しいな。」
「・・・・・・・。」
「オカンがな、会いたがってんねん。」
「・・・それはお前らが勝手にそう思ってるだけと違うんか?」
「あのな、俺らはずっとオカンの傍におったんや。いくら隠してても、まだオトンに未練をもっとることくらい分かるから。」
「ガキがいっちょ前に・・・・お前ら結婚したこともないクセに、ええ口の利き方してくれるな?」
「約束破って離婚したクセに、よう偉そうな口利けるな?」
「それに関してはどうこう言えへん。でもな、俺の夢を馬鹿にすることは許さへんで。」
立ち上がり、「もっぺん言うてみい」と睨み付ける。
「久しぶりに会うた息子や。しょうもない喧嘩はしたあない。」
「いや、喧嘩売ってるんそっちやし?」
克也も立ち上がる。
180を越えるであろう長身は、軽く俺を見下ろす。
それでも俺は「オモチャと違うど」と詰め寄った。
「俺を罵りたいんやったら、どれだけ罵ってくれてもええ。でもこれだけは馬鹿にしたら許さんで。」
拳が硬くなる。
家庭を捨ててまで追いかけている夢だ。
いくら久しぶりに会った息子だろうが、これ以上の侮辱は許さない。
「んな怒るなよ。」
「怒るに決まっとるやろがい。」
「たかがオモチャを馬鹿にされたくらいで・・・・、」
「俺の夢のどこがオモチャじゃいッ!!」
パイプ椅子を蹴り飛ばす。
胸倉を掴み、顔を近づけた。
「もういっぺん言うてみい、おお?」
克也はほんの一瞬だが狼狽えた。
顔は平静を装っているが、掴んだ胸倉から震えが伝わってくる。
《コイツ・・・ガタイはええけど、喧嘩慣れはしてないな。》
向こうも掴みかかってくると思っていたので、一気に気概が削がれる。
怯える家族に手を挙げるなど、それこそあのクズのお袋と変わらなくなってしまう。
「いや、すまん・・・・ちょっとカッとなってな。」
手を離し、ポンと腕を叩く。
「今のは俺が悪い。殴りたかったら殴ってくれ。」
「ええわもう。アホくさ。」
乱れた胸倉を直しながら、「会うだけ損やったわ」と背中を向ける。
「いや、すまんかった・・・・。」
「今日晋也連れて来んで正解やったわ。アイツ俺みたいに大人しいないでな。」
「ほんますまん・・・。急やからビックリしてな。一日でもええから考える時間をくれへんか?」
いきなり別れた嫁に会えと言われても、すぐに答えなど出せない。
克也は振り向き、「ほな明日またここに来てえな」と言った。
「今日はもうええ。」
「分かった。ちゃんと考えて、また明日ここに来るわ。」
息子に頭を下げる。
喧嘩腰になってしまったこと、危うく手を挙げそうになってしまったこと・・・・全て俺が悪い。
「ほなまた明日。」
克也は不機嫌な足取りで部屋を出て行く。
メガネの男がオロオロしながら、後を追いかけていった。
「・・・・あかんな俺は。」
蹴り飛ばした椅子を直して、ガックリと座り込む。
「なんであんな感情的に・・・・。」
今年で54、すでに更年期が始まっているのかもしれない。
昔は家族に手を挙げようなんて絶対にしなかったのに・・・。
落ち込み、項垂れていると、金髪の男が「最悪や・・・」と呟いた。
「何がや?」
「アンタがさっき椅子蹴飛ばした時、テーブルに当たってん。ほらこれ。」
悲しそうな顔で、恐竜のロボットを見せる。
「テーブルから落ちて、角が折れてもた・・・。これもう手に入らんのに・・・・。」
この世の終わりみたいな顔でオモチャを見つめている。
そんなもんええ加減に卒業せい!・・・・と言いたかったが、さっき克也に言われた言葉が、それを止めた。
『オトンの夢なんてオモチャ』
かなりショックな一言で、今でも頭の中を回っている。
《俺もコイツと一緒なんか?オモチャ片手に悲しそうな顔してる男と・・・・。》
折れた角を見つめ、泣きそうな金髪の男。
自分もこれと同じなのかと思うと、余計に気が滅入ってきた。

 

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