不思議探偵誌 第八話 お化けの依頼(3)

  • 2010.07.21 Wednesday
  • 10:24
 季節は秋。
中に入って泳ぐには川の水は冷たく、しかもどう見ても遊泳するような川じゃない。
近くに大きな橋がかかっていて、その上をたくさんの車が通過している。
また川の近くには散歩道があり、ウォーキングをする人や、犬を連れて歩いている人がちらほらいる。
川の向こうには山があり、その下には情緒を残した下町風景があった。
絵を描くには中々良い場所だろうと思う。
しかし、この川の中に入って泳ぐのは大いに躊躇われる。
「久能さん、早く川の中に入って下さいよ。」
由香利君がせっつくように言う。
「ちょっと待てよ、準備運動くらいさせろ。」
俺は手足と体を動かし、水の中に入る為の準備をする。
散歩道を歩く人達が、怪しげな視線を俺に向けてくる。
当然だ。
何たって、今俺は海パン一丁なんだから。
秋の川のそばで、男が海パン一丁で準備体操をしている。
下手をすれば、警察を呼ばれるくらいに怪しい光景だ。
「すみません、私の為に。」
幽霊の吉川さんが、申し訳なさそうに頭を下げる。
相変わらず体は半透明で、本人曰く、今は俺たちにしか姿は見えないようにしているという。
何故俺が秋の川に入らねばならないのか。
それはこの幽霊の吉川さんの依頼だからだ。
実は吉川さんはこの川でおぼれて亡くなったのだ。
そして溺れている時に必死にもがき、その時に薬指にはめていた婚約指輪を失くしてしまったという。
本人は幽霊になってから、自分の遺体が引き揚げられるのも、お葬式が行われるのも見たと言っていた。
しかしその何処にも自分の婚約指輪はなかったという。
そしてその失くした婚約指輪を見つけ、吉川さんの婚約者の元に届けるのが俺の仕事だ。
きっとこの川のどこかに婚約指輪があるに違いない。
それを捜す為に、今から俺は秋の冷たい水の中に入る。
幸い泳ぎには自信があるが、それでも秋に川に入るってなあ。
それもとても泳ぎにくるような川じゃない。
散歩道を歩く人達からなおも怪しい視線を向けられながらも、俺は入念に準備体操を続けた。
「いつまで準備体操をやっているんですか。
早く川に入って下さいよ。」
由香利君が頬を膨らませて俺を見る。
「あのなあ、今は夏じゃないんだぞ。
きっと水は冷たいはずだ。
そんな所にいきなり入ったら、心臓麻痺でもおこすかもしれないだろう。
文句があるなら、由香利君が川に入ればいいだろう。」
俺が怒ったふうに言うと、由香利君は口を尖らせた。
「私はただの助手ですから、こういう大役は久能さんにお任せします。」
まったく、こういうときだけ調子のいいこと言いやがって。
助手のくせにいつも殴ったり蹴ったりしているのはどこのどいつだ。
俺は心の中で悪態をつきながらも、準備体操を終えて川に近づく。
「うひゃあ、冷たい。」
体を慣らすために、少し水に足を入れたのだが、予想以上に秋の川は冷たかった。
「本当にすいません。
私の為に。」
また吉川さんが謝る。
「いいんですよ。
これも仕事のうちなんですから。
久能さん、ちゃんと指輪を見つけてきて下さいね。」
「はいはい。」
俺は気の無い返事をし、それから目にゴーグルを付け、覚悟を決めて川に入った。
冷たい水が全身を覆う。
川の流れは予想以上に強く、スカートを穿いていた吉川さんが溺れたのも頷ける。
俺は胸一杯に息を吸い込み、川の中に潜った。
川底にはごつごつした岩が無数にあり、この中から指輪を見つけるのは至難の業だと思われた。
吉川さんは溺れながら下流まで流されたと言っていたから、少ずつ下の方に行きながら捜さねばなるまい。
俺は息の続く限り潜った。
そして岩場の影をくまなく捜し、指輪がないかをチェックしていった。
「ぶはあ!」
息が続かなくなって川面に顔を上げる。
「見つかりましたかー!」
由香利君が叫ぶように聞いてくる。
俺は首を振り、再度潜って指輪を捜す。
こりゃあ大変な作業だぞ。
俺は長期戦になることを覚悟した。
そして潜ったり、顔をあげたりを繰り返しているうちに体力の限界がきて、一度岸へ上がった。
「はあはあ・・・。
すごい疲れる。」
俺は地面に手を付いて大きく呼吸をしていた。
「大変そうですね、大丈夫ですか?」
由香利君が俺の顔を覗き込む。
「大変なんてもんじゃない。
こりゃあ今日中に見つけるのは無理かもしれないな。」
俺は肩で息をしながら答えた。
「うーん、久能さん普段から運動不足ですからね。
体力が無いんですよ。」
そう言う由香利君に、俺は顔をあげて言った。
「だから、君がやればよかったんだよ。
空手で鍛えて体力だってあるだろう。」
そうなのだ。
こんな運動不足の俺がやるより、鍛えている由香利君の方が適任なのだ。
そしたら由香利君の水着姿だって見れたものを。
「わ、私は泳ぐのは得意じゃないんです。
それにこんな所で水着になって川に入るなんてごめんです。」
由香利君はツンとした顔でそっぽを向く。
俺はもしかしたらと思って聞いてみた。
「由香利君、君ってもしかしてカナヅチなんじゃないのか?」
ズバリ予想は的中。
由香利君は顔を真っ赤にし、黙りこくってしまった。
「よし、じゃあ今度俺が泳ぎを教えてあげよう。
手取り足取り、丁寧に泳ぎ方を伝授でしてあげよう。」
そう言うと由香利君は怒った顔で俺を見降ろし、ふんと鼻を鳴らした。
「そんなこと言って。
どうせ私の水着姿が見たいだけでしょ。
それに教えている時に、絶対にお尻を触るに決まってます。」
バレたか。
由香利君は「べえー」っと言って赤い舌を出し、またそっぽを向いてしまった。
「あ、あのう。
あんまり無理なさらないで下さい。
何も今日中に見つけて欲しいというわけじゃありませんから。
もし無理をして探偵さんまで溺れて幽霊になってしまったら、取り返しがつきませんから。」
吉川さんは優しくそう言ってくれる。
なんていい幽霊だ。
由香利君とは大違いだ。
「いやいや、この久能司。
まだまだやれますよ。
きっと今日中に指輪を見つけてご覧に入れましょう。」
海パン一丁で、幽霊に向かって格好をつける俺。
隣で由香利君が白い目で見ていた。
「何だよ。」
俺はとっけんどんに聞く。
「久能さん、相手が美人なら幽霊でも張り切るんですね。
どれだけ美人に弱いんですか。」
由香利君が呆れたように言う。
はいはい、どうせ俺は美人に弱いですよ。
だって吉川さんは本当に美人なのだ。
幽霊であっても、本当に美しい。
吉川さんの婚約者は幸せ者だなと思いながら、俺は立ち上がってもう一度潜ることにした。
「本当に無理なさらないで下さいね。」
吉川さんが心配そうな顔を向けてくる。
「大丈夫ですよ、この人は美人が相手だと張り切るんですから。
心配なんて無用です。」
俺は由香利君をじっと見た。
「な、何ですか?」
由香利君が訝しげに尋ねる。
俺は由香利君の後ろを指差して言った。
「由香利君の後ろに、吉川さんとは別の幽霊がいるぞ。」
「ええええ!」
由香利君が後ろを振り返った途端、俺はお尻を触った。
「嘘だよーん。
ああ、由香利君のお尻は弾力があっていいねえ。」
「く、久能さん!」
鬼の形相で襲いかかってくる由香利君。
俺はひどい目に遭わされる前に川に飛び込んだ。
「後で覚えておいて下さいね!」
由香利君が川に飛び込んだ俺を、物凄い目で睨む。
俺は「おお、怖い」と呟き、再び川の中に潜った。
さっきより下流の向かって捜してみることにした。
相変わらず川底は岩でごつごつしており、時折ゴミが大量に溜まっているのが目にとまる。
そういうゴミの中や、岩場の影をくまなく捜しながら潜っていると、やはりまた息があがって水面に顔を出した。
「はあはあ、見つからないなあ。」
かなり下流に来てしまったようである。
二人の姿が遠くに見える。
俺はまた岸へ戻ろうと泳ぎ始めた。
しかしその時、急に足がつってしまい、俺は溺れそうになった。
こりゃあやばい!
そう思いながら必死に手でもがくが、顔を水面に出すことは出来ず、ただ下流へ流されていくばかりだった。
「久能さーん!」
遠くに由香利君の声が聞こえる。
俺は完全に溺れていた。
やばい、このままじゃ本当に吉川さんと同じ幽霊になってしまう。
手に力を入れ、必死にもがく。
なんとか頭を水面に出すと、目の間に吉川さんが浮かんでいた。
「大丈夫ですか!」
引きつった顔で俺に尋ねてくる。
そっか、吉川さん幽霊だから宙を飛べるんだ。
そんなことを考えつつ、力いっぱい手で水をかいた。
「ここから右へ泳いで下さい。
すぐ向こう岸に辿り着きますから。」
宙に浮かぶ吉川さんの声を聞き、俺は何とかかんとか手でもがいて対岸に辿り着いた。
石ころが転がる対岸で、俺は安堵の息を吐き出しながら寝そべった。
「はあはあ、死ぬかと思った。」
つっていた足はもう元に戻っており、俺は溺れかけた恐怖で心臓がバクバクいっていた。
「久能さーん!
大丈夫ですかー!」
遠くから由香利君が叫ぶ。
俺は笑顔で手を振り、心配するなということを伝える。
「危なかったですね。
危うく私の仲間入りをするところでしたよ。」
吉川さんがホッとしたように言い、俺の近くに座るように浮かんでいた。
俺はしばらくその場で呼吸を整え、そして近くの岩に手を付いて立ち上がろうとした。
とその時、近くの岩場の影から何か光る物が目に入った。
何だろうと思い、ゴーグルをつけて水の中を覗き見る。
するとそこには指輪らしきものがあった。
「見つけた!」
俺は大きく叫んでいた。
吉川さんが宙に浮かんだままポカンとしていた。
俺は岩場の間に手を伸ばし、何とかその指輪を取ろうとするが、あとちょっとの所で手が届かない。
そこで眉間に力を集中させ、念動力を使って指輪を3cmこちらに近づけた。
指に指輪が触れ、俺は精一杯手を伸ばして指輪を掴んだ。
水の中から指輪を出し、それを吉川さんに見せて、「これですね」と尋ねた。
吉川さんは宙に浮かんだまま、両手で口を覆い、涙を流しながら頷いていた。
「これです。
私の婚約指輪です。」
確か昨日、すごく軽いものなら触ることが出来ると吉川さんは言っていた。
指輪にほとんど重さはない。
俺は指輪を手に乗せ、吉川さんに差し出した。
震える手を伸ばしながら、それを受け取る吉川さん。
指輪を両手で握りしめ、胸に抱くようにして泣いていた。
涙は宙を落ちる間に泡のように消えてしまうが、指輪はしっかりと吉川さんの両手に握られていた。
「広人・・・。」
吉川さんが婚約者の名前を口にし、その指輪を愛おしそうに眺めていた。
よかった。
俺はホッと胸をなで下ろした。
「久能さーん!」
由香利君が対岸を走りながら俺達に近づいてくる。
俺は由香利君にビシっと親指を立てて見せた。
由香利君も頷き、笑顔を見せていた。
さてと、後はこれを吉川さんの婚約者の元に届けるだけだ。
俺はしばらく指輪を見つめて泣いている吉川さんを見つめていた。
「久能さん、よかったですねー!」
由香利君の声に、俺は大きく頷いた。
本当によかった。
俺は笑顔で由香利君に手を振った。
「でも、お尻を触ったことのお仕置きは後でちゃんとしますからねー!」
その声を聞き、俺の笑顔は固まった。
この感動的なシーンに、そんなことを言わなくてもいいじゃないか。
俺は由香利君を軽く睨んだ。
「鉄拳と回し蹴りとかかと落とし、フルコースでいきますから。」
俺は由香利君を睨むのをやめ、「ははは、凶暴な助手なもので」と指輪を見つめて泣いている吉川さんに行った。
「エッチなことをしたんだから、当然の報いだと思います。」
吉川さんは指輪を手に持ったまま、真剣な顔で俺にそう言った。
俺は由香利君と吉川さんを見比べ、愛想笑いを浮かべながらお仕置きされることを覚悟していた。

                               第八話 またまたつづく
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