風のない夜 第五話 船のない港(1)

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 10:38

JUGEMテーマ:自作小説

科学には根拠が必要で、それを理解する頭がなければ、論文など作成できない。
しかし世の中には、専門的な教育を受けていなくても、学者以上の頭脳を持つ天才はいる。
だったら俺も・・・・、
「これは無理だよ登和さん。」
先生はいつものごとく首を振る。
せっかく頭をひねったアイデアなのに、ものの五分ほどで否定されてしまった。
「なんでですか?今回のは特別よう考えて作ったんですよ?」
「何度も言ってるけど、科学には根拠が必要なんだ。これじゃ仮説にもなりゃしないよ。」
そう言って論文を突き返す。
「専門的な教育を受けてなきゃ、きちんと科学を理解するのは難しいよ。」
「でも先生、素人でも数学者になった人がおるんでしょう?前に言うてはったやないですか、インドのほら・・・ラマ・・・ラジャ・・・・、」
「ラマヌジャンね。」
「そう、それ!その人、証明の方法とか知らんのに、大学の先生より賢かったって言うてはったやないですか。」
「ラマヌジャンは特殊な例だよ。ああいうのと自分を比べちゃいけない。」
「せやけどそういう人がおるのはおるんでしょ?」
「いるにはいるけど、登和さんは違うよ。」
「そら俺は勉強は出来ませんけどね。せやかて科学はアイデアでしょ?一番大事なのは閃やって、そう教えてくれはったやないですか。」
俺は思い出す。
自殺しようとしていた中学生の頃、先生はこう言って励ましてくれたのだ。
『登和君、どんなものにだって可能性があるんだ。
今まで無理だって思っていたことが、一瞬の閃で道が開けることもあるんだよ。
だから希望を捨てちゃいけない。』
あの時の言葉は今でも残っている。
というより人格の一部にまでなっているのだ。
「どんなもんでも可能性がある。一瞬の閃が道を開くって、先生そう教えてくれたやないですか。」
「よく覚えてるね。」
「あの言葉でどれだけ勇気をもろたか・・・・。もうどうでもええと思ってた人生に、光が射したんですわ。」
「そう言ってもらえるのはありがたいよ。けどね、ちゃんと現実も見ないと。
登和さん、もう多感な中学生じゃないんだから。」
ポンと肩を叩いて、背中を向ける。
「それじゃ俺は仕事があるから。ここにいたかったらいてもいいけど、邪魔だけはしないようにね。」
いつもの通りの反応、いつも通りの言葉。
いったい何十年このやり取りをしてきただろう。
「先生・・・・。」
声を落として呼ぶと、「またお金かい?」と振り向いた。
「この前貸したばっかりだろ?そうそう融資はしてあげられないよ。」
「金の無心やありません。」
「じゃあ何?」
「俺ね、この前別れた女房に会うたんですわ。」
「言ってたね。一ヶ月前だっけ?」
「別れて15年・・・・アイツは俺を恨むどころか、ずっと心配やったと言うてました。俺を捨てて悪かったと。」
「悪いのは登和さんなのにね。」
「ほんまその通りです。もっと罵ってくれたらよかったのに。」
アイツの顔を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
どうしてこんな良い女を捨ててしまったのかと。
記憶の中にはまだアイツがいるが、その表情はピクリとも動かない。
まるで亡骸のように・・・・。
「アイツの顔を思い出しても、まるで化石みたいに動かんのです。これって未練ですかね?」
「だろうね。」
「俺は情けない男です。せやかて自分で決めた道やから、今さら後に引けんのですよ。」
「でも後悔してるんだろ?あの時家庭を捨てなければよかったって。」
「はい・・・・。」
「別れた嫁さん、再婚するって言ってたね。」
「子供も一人立ちしてしまうし、旦那には先立たれるし・・・・。この先一人ぼっちは寂しいみたいで。」
「登和さんと同い年だっけ?」
「二つ上です。場末のスナックで知り合いまして。」
「すぐに仲良くなったんだっけ?」
「そうなんです。ポツっと身の上話したら、自分もおんなじ境遇やったから同情したみたいで。
出会ってなんぼも経たんうちに結婚しましてん。」
「綺麗な人だったよね。俺も式に行ったから覚えてるよ。」
「器量はよし、中身もよし。それやのに俺と来たら・・・・、」
「後悔先に立たずだよ。終わったことを嘆いても仕方ない。前に進まないと。」
「分かっとります・・・・。せやけどこうも論文を突き返されると・・・・気落ちするというか・・・。」
肩を落とし、ダメだしを喰らった論文を見つめる。
夢のこと、捨てた家族のこと。
色んなことが重なって、身体に力が入らないでいた
「先生・・・・俺はこれからどうしたら・・・・。」
「俺に聞かれても。」
「先生は俺の恩師です。人生の道しるべみたいなもんです。」
「重いからやめてくれ。」
「でも俺の命を助けてくれはった。」
「目の前で生徒が死のうとしていたら、誰だってそうするよ。」
「俺、これからどうしたらええんでっしゃろ?」
痛いほど論文を握り締める。
自分のやっていることは無駄な努力なのだろうかと、悔しさが溢れてきた。
「俺・・・死にとうないんですわ・・・。」
「自殺未遂、殺人の目撃、そして自分自身が犯した殺人。多感な時期にそんな事を経験したら、死を恐るようになっても仕方ないよ。」
「人間は・・・いつか死ぬっちゅうことから解放されるんでっしゃろか?」
「無理だね。」
「無理でっか・・・・。」
「どんな生き物だって、限りある時間の中を生きてるんだ。それは生命が誕生してから変わらない掟だよ。」
「科学の力をもってしても無理でっか?」
「現時点では無理だよ。ていうかこの先も無理だろうね。やるべきじゃないとも思うし。」
「ほな先生は不死身にはなりたあないんでっか?」
「ゴメンだよ。死ねない人生なんて拷問じゃないか。」
「拷問・・・・・。」
「ずっと生きててごらんよ。きっと辛いことの方が多い。」
「いや、一番辛いのは死ぬことでしょ?」
「じゃあ登和さんは今までの人生を思い返して、良い思い出と嫌な思い出、どっちが多い?」
「どっちが・・・・、」
そう問われて顔をしかめた。
良い思い出と悪い思い出の数。
そんなもの悪い方が多いに決まっている。
苦い表情をしていると、先生は俺の心を見透かすようにこう言った。
「そもそも不死身の研究だって、嫌な思い出が重なったからだろう?」
「ええ、それは・・・・、」
「仮に死なない身体が出来たって、不幸がなくなるわけじゃないんだ。生きてれば辛い事の方が多い。
だからいつか死ぬように出来てるんだよ。」
「・・・・それ科学者の答えにしては情緒的すぎませんか?」
「科学者だって人間だよ。なんでも理屈で考えてるわけじゃない。
だいたいね、俺は二流大学の教授だよ?給料が出ないことに対して、いちいち理屈で考えたりしないよ。」
「ほな一流大学の先生やったら変わるんでっか?」
「変わると思うよ。金だけじゃなくて権威や名声も欲しがる。」
「そんなことないでしょ?科学の発展の為とか、好きが高じてやってはる人もおるでしょ?」
「そういう人だって、なんでも理屈で考えてるわけじゃあない。
例えば数学だって、なんでも理詰めじゃないからね。レベルが上がるほど、抽象的な考え方ってのが大事になるんだ。」
「抽象的・・・・。」
「さっき言ったラマヌジャンがそうだよ。専門的な教育も受けていないのに、歴史に名を残すほどの数学者になった。
普通の人にはない閃があったんだろうね。」
「ほら!やっぱり閃が大事なんでしょ?知識とか理屈がどうこうやのうて。」
「そうだね。登和さんが納得するならそれでいいよ。」
「いや、してまへんがな。」
慌てて首を振る。
先生はこうやって質問を煙に巻くのだ。
「この論文がアカンことは分かりました。ほな・・・・これからどないしたら・・・・。」
「海にでも行ってみればいいじゃないか。」
先生は椅子を回し、背中を向ける。
いい加減俺に付き合うのが面倒くさくなったのだろう。
「なんで海でっか?」
「仕事の邪魔。」
「へ?」
「ここにいてもいいけど、邪魔はしないでねって言ったでしょ?」
「ああ、早よ帰れと。」
「そういうこと。それに海を眺めるのはいいことだよ。余計な考えが消えてさ、頭がスッキリしてさ、よしやるか!って気分になるから。」
「それはそうでんな。ほないっちょ海に行ってみますわ。」
立ち上がり、「ほな」と頭を下げる。
「隣街の港がオススメだよ。」
出て行く途中にそう言われて、「は?」と振り返る。
「あの港はすごくいいんだ。人がいなくてさ。」
「確かあそこの漁港・・・・潰れたんでっしゃろ?」
「一昨年にね。いい感じに荒廃してるんだ。」
「荒廃した港見て、気持ちが安らぎますかいな?」
「辛い時はそういう景色の方がいいと思うよ。
例えば落ち込んでる時、明るい曲よりも暗い曲の方がいいっていうからね。」
「ほう、そうなんでっか?」
「同調効果っていってね、自分の気持ちと似たような物の方が、かえって癒されるんだ。」
「同調効果・・・そら始めて聞きましたわ。」
メモを取り出し、ササっとペンを走らせる。
「新しい単語が増えた分、一個賢こうなりました。」
「それはよかった。」
小さく笑って、また背中を向ける。
「ほな、お邪魔しました。」
先生はヒラヒラと手を振る。
俺はドアを閉じ、「同調効果なあ」と呟いた。
「今の自分とおんなじ物の方が、気持ちは安らぐわけか。そらええこと聞いたで。」
メモを読み返し、「同調効果」と繰り返す。
「やっぱり先生はえらい人やな。色んなこと知ってはる。」
俺はこれからどうすればいいのか?
どうやれば夢が叶うのか?
答えはまだ出ない。
しかし落ち込んだままでは良い論文だって書けないだろう。
ここは先生のアドバイスに従って、隣街の港へ向かうことにした。
大学近くのコンビニへ行き、車に乗り込む。
暦は秋でも、九月はまだまだ夏だ。
年々残暑が伸びているから、そのうち秋は消滅するかもしれない。
「四季がのうなって、夏と冬だけになったりしてなあ。」
今の俺は落ち込んでいる。
もしもこの状態がずっと続けば、いったいどうなるのだろう?
夏のような明るい季節は苦しみ、冬のような辛い季節は楽になるのだろうか?
地球は温暖化しているというが、もしも冬さえ失くなってしまったら、一年中明るい季節に苛まれ、また自殺に走るという可能性も・・・・。
「かなんな・・・そうなったら。せやかて冬だけになっても困るなあ。
どんなに気持ちが楽でも、身体が辛いやろからなあ。」
サイドブレーキを下ろし、ハンドルを切りながら国道へ出る。
今日は空いていて、信号待ち以外で足止めを喰らうことがない。
スイスイ走っていけるというのは、なんとも気持ちいいものだ。
人生もこれくらい平坦であれば苦労しないですむだろう。
もしもこの道の先に、不死身の夢が待っていたとしたら?
なんの障害もなく、なんの危険もない先に、一番欲しい宝があったら?
俺はもっとまっとうな人生を歩んでいただろうか?
早々に夢を叶え、家族を捨てることもなかっただろうか?
国道はまっすぐ伸びていて、点在する信号は人生の分岐点のよう。
この国道のように、寄り道さえしなければ、夢にたどり着ける道があったら・・・・、
「俺はまっすぐ歩いてるんかな?実は寄り道してて、それが原因でたどり着けてないだけかもしれへんな。」
自分ではまっすぐ走っているつもりでも、思わぬ所で蛇行している可能性がある。
海を眺め、頭をスッキリさせれば、多少はまっすぐ走れるかもしれない。
そう思うと、アクセルを踏む力が強くなってきた。
赤信号さえ突っ切りたい気分だった。

 

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