風のない夜 第七話 甘酒の匂い(1)

  • 2017.09.08 Friday
  • 08:44

JUGEMテーマ:自作小説

冬が近づいてきた。
カレンダーは11月だが、残暑の終わりと共に一気に寒さが押し寄せる。
そのおかげで紅葉が色づくが、朝晩は寒くて仕方ない。
俺は車の中で生活をしているので、暑さと寒さは大敵だ。
金がないのでエアコンも自由に使えない。
夏と冬は貧乏人を苦しめる季節なのだ。
さて、こんな季節をどう乗り切るか?
先生の所へ行くという手もある。
あそこならエアコンが効いている。
ゆっくりと暖を取れるだろう。
しかし先生に会うと、ついつい夢の話に夢中になってしまう。
その度に先生は鬱陶しそうな顔をして、「邪魔するなら帰ってくれ」と機嫌を悪くしてしまう。
先生に嫌われるのはよくない。
俺のただ一人の理解者なのだから。
では・・・どうするか?
答えは簡単で、スーパーや図書館に避難するのだ。
金がある時なら、スーパーのフードコートで時間を潰す。
図書館ならば科学の本を読みながら勉強も出来る。
自分の家などなくても、快適に過ごす方法はいくらでもあるのだ。
しかし今日はスーパーにもコンビニにも行く気はない。
目指すは神社。
それもかなり大きな神社だ。
毎年11月になると、町の中央にある神社で祭りをしている。
大きな神輿を担ぎ、町内を一周するのだ。
最初は大人の神輿が出て、次に子供神輿が出る。
そして境内にはたくさんの出店が並ぶ。
長い参道には長蛇の列が出来て、脇にある駐車場では甘酒を振る舞ってくれる。
俺と同じような身分の人間が、その甘酒目当てにちょくちょく群がってくるのだ。
もちろん俺も行く。
ただしあまりに身なりが汚いと、不審者として追い出されてしまうこともあるので、前日には洗濯が必要になる。
昨日の昼、スラックスと襟付きのシャツを、公園の水道で洗った。
ちゃんと石鹸を使って。
おかげで臭いは取れ、汚れも目立たなくなった。
準備は万端。
俺はよく行くスーパーに車を停めて、神社に向かった。
歩くこと10分、遠くに大きな鳥居が見えてきた。
鮮やかな朱色の鳥居だ。
ここまで来ると、大勢の人だかりが出来ていた。
家族連れ、子供の集団など、そこかしこで賑やかにしている。
《祭りっちゅうのはええな。》
大勢の人が楽しそうにしている。
それを見ているだけで、こっちまで楽しくなってくるから不思議だ。
鳥居の前で一礼して、参道へ入る。
所狭しと並んだ出店には、歩くのも困難なほどの人だかりが出来ていた。
今、財布には千円が二枚と、五百円が一枚。
あとは幾らかの五円や十円。
近々仕事をしなければと思いながら、出店でイカ焼きを買った。
クチャクチャとそいつを頬張りながら、甘酒を振舞っている駐車場へ向かう。
すると案の定、定職に就いていないような風貌の男が何人かいた。
そのうちの一人に、やたらと背の高い奴がいる。
俺は「おう」と手を挙げながら近づいた。
「松本さん。」
「・・・・おお、登和さん。」
のっぽの松本さんは、紙コップ片手に近づいてくる。
すでに甘酒を堪能しているようだ。
「久しぶりやな、元気しとった?」
ポンと腕を叩くと、「ぼちぼちやな」と笑った。
ほとんど歯が抜けているので、笑うとオバケのような不気味な顔になる。
「登和さんこそどうや?元気しとったか?」
「ぼちぼちやな。」
「不死身の研究は進んでるか?」
「相変わらずや。今日もダメだし喰らってきたとこや。」
そう言ってカバンを叩いてみせると、「登和さんはえらいなあ」と言った。
「えらい?なんで?」
「夢を諦めへんのはええこっちゃ。俺かて昔はなあ・・・・、」
「役者になりたかったんやろ?」
「全然目が出えへんかったけどな。でもあと一年、あと一年だけって続けとるうちに、いつの間にか40手前やった。
転職しようにもマトモな所は採ってくれへんし、かといってこのまま役者続けてもなあと思て。迷っとるウチにこれや。」
手を広げ、ボロボロのジャンバーを見せつける。
「仕事もない、夢も叶わん。でもいつかどうにかなるやろうと油断してたらこのザマや。
役者と乞食は三日やったらやめられへん言うけど、あれはホンマのことやで。」
甘酒を呷り、またオバケみたいな顔で笑う。
その顔には、ここまで落ちてしまった後悔よりも、気楽な生活に満足している安堵感があった。
「もうなんべんも聞いた話や。耳にタコが出来てまうで。」
「こういう生活しとったら、なんにも無いからなあ。昔の思い出くらいしか喋ることあらへん。」
「確かにな。」
何にも縛られない生活は楽である。
しかしそれと同時にハリがないのも事実だ。
だからこそ松本さんは、いつだって昔話をするのだろう。
夢があり、輝いてた時の話を。
「登和さんももろたら?」
そう言って紙コップを向けてくるので、「そやな」と貰いに行った。
しばらく並んだ後、温かい紙コップを受け取った。
上品に白く濁った甘酒は、鼻をくすぐる良い香りを立たせている。
一口すすると、鼻の奥まで甘い匂いが広がった。
「ああ〜・・・寒い日はこれに限るな。」
二口目をすすっていると、松本さんが羨ましそうに見つめていた。
「どうした?」
「それ・・・よかったら貰えんか?」
「甘酒?さっきアンタ飲んだやろ?」
「もう一杯欲しいてな。」
「そら無理や。一人一杯までやさかい。」
目を逸らし、また甘酒をすする。
松本さんは近づいてきて、ボロボロの腕時計を差し出した。
「これと交換してくれへんか?」
「はあ?いらんがなそんなボロ時計。俺かて時計くらい持ってねんで。」
松本さんのよりはマシな時計を見せると、「予備で持ってたらええやないか」と諦めない。
「だからいらんがな。これは俺の甘酒や。」
背中を向け、ズズっとすする。
すると「ケチくさいガキやの」と言われた。
「はあ?」
「甘酒くらいええやんけ。」
「・・・お前な、さっきからなんや?喧嘩売ってんのか?」
普段は決してこんな口の利き方をする奴ではない。
よほど腹が減っているんだろうと思ったが、こんな態度ではカチンとくる。
「松本さん、アンタ昔からの知り合いや。しょうもないことで喧嘩したあないねん。それ以上いらんこと言わんといてくれるか。」
怒りを抑えながら言うと、「三日前からなんも食べてないねん」と答えた。
「なんやて?」
「この三日、なんも口にしとらん。」
「でもアンタ、ちょっと前まで原発の仕事に行ってたんと違うんか?」
「そや。」
「あれええ日当やろ?住み込みで飯もつくし。」
「一日で辞めた。」
「なんでまた?放射線が怖かったんか?」
「それが怖いんやったら、元々行ってへんがな。これのせいや。」
そう言って薄汚れたジーンズの裾を捲くる。
そこには大きなコブが出来ていた。
右足のくるぶしの近くが、ピンポン玉を入れたように盛り上がっている。
「どうしたんやそれ!仕事中に打ち身でもしたんか?」
「ちゃう。原発に行く前から出来ててな。」
「あんたその足で作業する気やったんか?」
「そや。」
「よう雇てもろたな?」
「見せへんかったからな。でもいざ始まったらキツイのなんのって・・・・。
歩くたびにズキズキして、半日もする頃には立てへんようになってな。」
「そら仕事は無理やわ。」
「だから困ってんねん。これじゃおまんまの食い上げや。」
空腹を我慢するように、グッと唾を飲んでいる。
《それで甘酒をそこまで欲しがって・・・・。》
三日の間なにも食べていないというのは、さすがに堪えるだろう。
俺は少し迷ったが、「ええで」と紙コップを差し出した。
「事情が事情や。飲みいな。」
「ええんか!おおきに。」
両手で受け取り、美味そうに飲んでいる。
本当は俺が飲むはずだった甘酒なのに・・・・。
《アカンな。この前の爺さんのことがあってから、妙な施し癖がついてもた。》
実はつい四日前にも似たようなことがあった。
スーパーでロールパンの袋詰めを買った後、ばったりと知り合いのホームレスに出くわしてしまったのだ。
そいつはやつれた顔をしながら、『それ一個貰えへんか?』と寄ってきた。
いつもなら突っぱねるのだが、あの爺さんの死に様が頭から離れないでいた。
あの歳で何もかも失い、最後は誰にも看取られることなく逝ってしまった。
それを思うと、いつものように突っぱねることが出来なくなってしまったのだ。
結局、一つどころか三つも持って行かれ、俺のは半分になってしまった。
もしあの爺さんのことさえなければ、その甘酒だって俺の胃袋に・・・・。
「ごっそさん。」
松本さんは空になった紙コップを差し出す。
「美味かったか?」と尋ねると、「美味かったわあ」と笑った。
「ごっそさん。」
「自分で捨てんかい。」
シッシと手を払い、その場を後にする。
これ以上傍にいたら、何をねだられるか分かったもんじゃない。
「登和さん。」
そら追いかけてきた。
次は何をねだるつもりか?
焼きイカか?
それともトウモロコシか?
俺は無視して歩き続けた。
すると突然「痛ッ!」と叫び声が聴こえた。
振り向くと、松本さんが足を押さえて倒れていた。
「大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ると、「足が・・・・」と呻いた。
「痛いんか?」
「ズキズキして・・・・。」
「そこのベンチで休め。」
肩を貸し、ベンチまで運んでいく。
祭りの客たちが何事かと目を向けてくるので、「すんまへん」と愛想笑いを振りまいた。
「ほれ、ここに座れ。」
「すまん・・・・。」
腫れた足を撫でながら、辛そうに顔を歪めている。
「登和さん・・・・。」
「なんや?」
「この足じゃ仕事できへん・・・・。」
「やろな。」
「すまんけど病院代貸してくれんか・・・・?」
「病院代て・・・・そんなもん持ってへんど。」
「明日な、港で解体工事があんねん・・・・。」
「解体工事?」
「ほら、一昨年に潰れた漁港あるやろ?あの廃工場を潰すらしいんや。」
「そうなんか?持ち主は再開を目指してるって聞いたけど?」
「諦めたんやろ。あんなもん持ってても、税金で損するだけや。潰して駐車場にでもするんと違うかな・・・・。」
「あんなとこに駐車場作って誰が借りるねん。」
「例えばの話や。とにかく明日、そこで解体工事があるわけや。登和さんもうどうや?仕事が貰えるで。」
そう言って歯のない口で笑う。
俺は立ち上がり、「アホぬかせ」と突っぱねた。
「要するにアレか?アンタの病院代の為に、俺に稼いでこい言うつもりやろ?」
「もちろん返すがな。でも足がこれやさかい・・・・、」
「あのな、いくら知り合い言うたかて、そこまでする義理はないど。身内でもあるまいし。」
「頼むわ登和さん、アンタしか頼りがおらへんねん。」
手を合わせ、拝むように頭を下げる。
辟易としてきて、「付き合うてられるか」と突き放した。
「俺は忙しいねん。不死身の研究という夢があるんやからな。」
「頼むわ!この通りや!!」
「知らんもんは知らん。せやけどええ話聞いたわ。」
軽い財布をポンと叩く。
「あの工場デカイからな。あれを解体するとなると、一週間やそこらじゃ無理やろ。ええ稼ぎになるわ。」
踵を返し、「ええ情報ありがとう」と手を振った。
「おい!それ俺が教えたった仕事やぞ!ほんなら見返りくらい寄こさんかい!」
「見返りやったらあげたやろ。さっきの甘酒を。」
「あんなもんで割りに合うかい!」
「何を吐かしとんねん。あんなに飲みたそうにしとったクセに。」
コイツの病院代を払うなんてまっぴらゴメンだ。
仕事が出来ないのは可哀想だが、俺だって余裕のある身じゃない。
善人ぶって施しをしている暇などないのだ。
「ほなな松本さん。早よ足治しや。」
「その金が無いから頼んでんのやろがい!」
「他の誰かから借りてくれ。俺はアンタの親兄弟でもないでな。」
「みんなから断られたから頼んどんじゃい!娘にも突っぱねられたから。」
「なんや?アンタ娘おんのかいな?」
「昔に女房と別れた言うやたろ。」
「そやったかな?」
「娘が二人おるんじゃい。どっちからもアンタなんか親やないと言われて・・・・・、」
「そら大変やな。せやけどしゃあないで。捨てた家族は味方にはならへん。自分が悪いんやから。」
「だからアンタに頼んでんねや!」
「俺はそんなお人好しと違うど。他当たれ。」
「この薄情もん!仲間が死んでもええんかい!」
何か喚いているが、もう相手にする気はない。
背中で聞き流し、賑わう神社を後にした。
「何が仲間や。ただの顔見知りやないか。」
甘い顔を見せると、いくらでもつけ上がってくる奴がいる。
松本さんはその典型だろう。
娘がいるとは初耳だったが、捨てた家族に頼ろうというその根性からして、とても仲間だとは思えない。
少なくとも俺は、アイツや息子たちに頼ろうとしたことなど一度もないのだから。
《捨てた家族は戻って来えへんねん。全部自分が悪いんやで。》
まだ神社で嘆いているであろう松本さんに語りかける。
正直なところ、彼がどうなろうと知ったことではない。
あの爺さんのことがなければ、甘酒すら振舞わなかっただろう。
「無駄な善意は身を滅ぼすだけや。」
車に乗り込みながら、ボソっと呟く。
人は誰でも自分の人生に責任がある。
それが自分で選んだ道なら尚更だ。
俺だって夢は上手くいかないし、未来の想像なんてしたくないほど辛い状況に置かれている。
しかしそれもまた自分で選んだ道。
いつかあの爺さんのように死んでしまったとしても、言い訳出など出来ないのだ。
「・・・・まあええ。仕事にありつける話が聞けたんや。甘酒も無駄やなかったな。」
金があれば食い物には困らない。
そうなれば論文にも身が入るというもの。
傑作を仕上げ、先生の所へ持って行くのだ。
次こそはギャフンと言わせてやると、白紙の紙束に誓った。

 

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