風のない夜 第八話 甘酒の匂い(2)

  • 2017.09.09 Saturday
  • 11:33

JUGEMテーマ:自作小説

仕事があるというのはありがたいものだ。
特に日雇いはありがたい。
俺のような住所不定の者にとっては、命を繋ぐ糧となる。
昨今、なんでもかんでもキチっとし過ぎて、そこから溢れた者は生きづらくなっている。
俺が若い頃はもっと自由で大らかな空気が流れていた。
今の時代と比べると不便なところもあったが、それを不便と感じなかったあの頃は、それなりの幸せで満たされていたのだろう。
はっきり言って、今は生きづらい。
なんでもかんでもキチっとし過ぎて、何かに縛られているような息苦しさがある。
俺は一輪車でガレキを運びながら、今日で終える職場を振り返った。
そこにあるのは真っ平らな更地。
所々にガレキが散乱しているが、かつて工場があった場所とは誰も思うまい。
潰れた漁港が再開することはなく、代わりに化学工場が建つにことになる。
ただでさえ澱んだこの海が、さらに汚くなるというわけだ。
遠くに見える強固な堤防は、災害から港を守る為のもの。
そのせいで漁港が潰れたわけだが、もしも災害を危惧するなら、化学工場を建てようとは思うまい。
ここが潰れたのは、議員とゼネコンの癒着というのが正しいように思えた。
ポケットに突っ込んだ時計を見ると、午後五時前。
現場監督から声がかかり、日雇い労働者はここでお払い箱となった。
日当を受け取り、港を後にする。
ここで働いたのは四日間。
本当は一週間くらいやりたかったのだが、俺が予想していたよりも早くにカタがついてしまった。
「けっこうデカい工場やったのに、潰す時はアッサリしたもんや。」
重くなった財布を叩きながら、どこかで一杯やろうかと鼻歌を歌う。
しかし今日の国道は混んでいて、少しイライラしながらタバコを吹かした。
「昔に比べて車が増えたな。」
どこもかしこも人で溢れていく。
この前祭りに行った時のように、毎日が人で溢れる町に変わってしまうかもしれない。
おそらく都会から人が流れてきているのだろうが、必要以上の人の多さは、余計に息苦しさを感じさせた。
ここから少し行った所に良い飲み屋があるのだが、この渋滞ではイライラが増すだけだ。
途中で脇道に逸れて、遠回りではあるが、別の国道へ向かうことにした。
するとその途中、バス停のベンチに座る、汚いジャンバーを羽織った男を見つけた。
「松本さん?」
ガックリと項垂れ、足をさすっている。
その姿は今にも死にそうなほど力がなく、この前よりも覇気が衰えていた。
《知らん知らん。俺には関係ない。》
気にはなるが、声など掛けてしまったらたかられるだけ。
俺はもう誰にも施すつもりはないのだ。
ないのだが・・・ルームミラーに映るその姿が、後ろ髪を引く。
近くの100円ショップに車を停めて、結局声を掛けてしまった。
「辛そうやな。」
松本さんは顔を上げずに「登和さん・・・」と呟いた。
「声に力がないな。飯食うてないんか?」
「この足やさかいな・・・・仕事ができへん・・・・。飯なんぞ食えるかいな。」
松本さんの隣には、空になった弁当箱がある。
しかし本人が買ったものではないだろう。
あちこち汚れていて、端の方が割れている。
おそらくゴミ箱から拾ってきたのだろう。
「そんなんじゃ腹膨れへんやろ。」
「この前の甘酒から・・・まともなもん口にしてないねん・・・。」
大きなため息は、削られていく命そのもののように感じた。
こうやって項垂れているのも、落ち込んでいるからではなく、頭を上げるのも辛いほど疲弊しているのだ。
もう二度とすまいと思っていた施しを、気がつけば行っていた。
「これ、よかったら。」
財布から2千円を取り出す。
目の前に振ると、「ああ・・・・」と手を伸ばした。
「ええんか・・・・?」
「さすがに見殺しは後味が悪い。」
「すまん・・・・恩に切るわ・・・・。」
ありがたそうに札を握り締める。
しかし立ち上がる力がないのか、ずっと項垂れたままだった。
「俺が代わりになんか買うて来たろか?」
「頼めるか・・・・。」
金を受け取り、近くのコンビニまで向かう。
おにぎりとパンを幾つかと、お茶と飴を一袋買って、ベンチまで戻った。
「ほれ。」
「すまん・・・・。」
おにぎりを取り出し、モソモソと頬張る。
瞬く間に三つも平らげ、パンも胃袋へと消えていった。
「あんまり焦って食べなや。空きっ腹に悪いで。」
「美味あてな・・・・なんぼでも入る・・・・。」
少し涙声になっている。
よほど腹が減っていたのだろう。
あっさりと全てを平らげて、お茶を飲み干した。
しかしまだ足りないようで、袋の底にある飴を取り出した。
「これは・・・?」
「飴や。腹へった時にええで。」
「そうなんか?」
「飴は砂糖の塊みたいなもんやからな。すぐに糖分が補給できるんや。」
「へえ・・・・。」
「それに甘いもんは満腹中枢を刺激すんねん。空腹がマシになるで。」
「登和さんは物知りやなあ。さすがは不死身の研究しとるだけある。」
腹が満たされた松本さんは、先ほどとは別人のように力を取り戻す。
飴を口に入れ、コロコロと転がしていた。
「えらい甘いな。」
「その方がええねん。」
ガリっと噛み砕き、二個目を口に放り込んでいる。
俺もベンチに腰を下ろし、「解体工事に行ってきたで」と言った。
「四日間や。3万8千になった。」
「そらよかったな。ちょっと間は安泰やないか。」
「贅沢さえせえへんかったら、これだけの金でも充分や。ただ俺の場合はガソリン代がかかるからなあ。」
「車持ちのホームレスか。ええ身分やな。」
「ホームレスとは違うで。俺は夢追い人や。」
「俺かて夢はあったんや。昔は役者に・・・・、」
「もうなんべんも聞いたがな。」
ポンと肩を叩き、「ほな行くわ」と立ち上がった。
「登和さん。」
「悪いけど病院代は勘弁やで。そこまでは出してやれへん。」
「それはええねん。一つだけ頼みがあるんや。」
「金以外やったらええけど。」
「チラっと他のもんから聞いたんやけど・・・・、」
言いにくそうに口ごもるので、「なんや?」と尋ねた。
「アンタが気い遣うなんて珍しいやないか。」
「登和さん・・・・別れた嫁さんと息子さんに会うたんやって?」
「おお、ちょっとな。」
「・・・・その時のこと教えてくれんか?」
「なんでや?」
「参考にしよう思て・・・・、」
「なんの?」
「今度な、また娘と会うんや・・・・。」
「ほお。」
興味を惹かれ、ベンチへ戻る。
腰を下ろしながら、「いつや?」と尋ねた。
「明日や。」
「そうか。ほな俺の話を聞いて、それを参考にしよういうわけやな?」
「この前会うた時はほとんど相手にしてもらえんかった。」
「どんな風に?」
「金・・・・借りに行ったんや。これの為に。」
そう言ってジーンズの裾を捲くる。
足元のコブは相変わらずで、本当にピンポン玉が入っているのではないかと思うほどだ。
「痛あてしゃあいない・・・。」
「この前も言うてたな。断られたって。」
「俺が悪いんや・・・・。ずうっと役者なんてもん続けて、家のことなんか顧みんかった。
ロクに娘を抱いてやったこともない。」
「それで女房と別れたんか?」
「外に女作ってな。貢いでるうちに借金まで作ってしもて・・・・、」
「そらアカンわ。捨てられて当然や。」
「全部芸の為や言うて、アイツの言うことなんか聞く耳もたんかった。」
「いつの時代の人間や。そんなもん言い訳にもならへん。」
「ある日家に帰ったら、離婚届と指輪が置かれててな。それから二年後にアイツは死んでもうた。」
「亡くなったんかいな?なんでまた。」
「元々身体が強うない方でな。俺のせいで、体も心も疲れ切ってたみたいや。
これ以上一緒におって、ほんまに病気にでもなったら、それこそ娘二人を育てられへん。
そう思って俺を捨てたわけや。」
「なるほどな。そら俺ん所とちょっと似てるわ。アイツも子供の為にと俺と別れたんや。」
「だからアンタに聞きたいねん。娘は俺を恨んどる・・・それはしゃあない。
母親を亡くしてから親戚の家に引き取られたんやけどな。かなりの苦労があったみたいで。
せやけど俺・・・まだ死にとうないんや。」
足のコブを睨み、「なんでこんなもんが・・・」と歯ぎしりをした。
「最初はすぐ治るやろ思とった。でも日に日に大きいなっていくねん。
これもしかしたら・・・・アイツに苦労かけた罰なんかもしれへん。」
「それはそうかもしれんな。あの世で怒ってはるんやで。」
「せやかてまだ死にとうない!こんな人生やけど、まだ生きてたいんや・・・・。」
俯き、「死にたあない」と繰り返す。
「こんな人生死んだも同然やと、いつも思うとる。でもいざ死ぬかもしれんとなると、怖あてしゃあないねん。
仕事がないと飯も食えん。・・・・例え飯に困らんかったとしても、このコブのせいで死ぬんちゃうかと怖いねん・・・。
もっと大きいなって、なんぞ悪い病気に罹るんちゃうかと。」
堪らなくなったのか、まだ涙声に変わる。
俺はポンと肩を叩き、「分かるで」と頷いた。
「誰かて死ぬのは怖い。俺もアンタと一緒や。だからこそ不死身の研究をしてんねや。
もしそれが完成したら、俺も松本さんも、こうやって怯えんですむようになるはずや。」
「それ・・・いつ完成すんねん・・・。」
「分からん。先生はダメ出しばっかりやし、俺もええアイデアは思いつかんし。」
「アンタの夢を笑う気はない。でも俺は今すぐ助けてほしいんや・・・。この足のモンをどうにかしたい。
痛あて夜も眠れへんねん・・・・。」
「えらいやつれてるもんな。飯はないわ不眠やわで、そら心労も溜まるわな。」
死にたくない、生きていたい。
人間なら・・・いや、生き物なら誰でも思うことだ。
しかし残念ながら、俺には金がない。
財布にあるこの金は、俺の命を繋ぐ為のものだ。
保険証も持たない松本さんに病院代を貸したら、今持っている分だけでは足りないだろう。
となればやはり他の誰かから借りるしかない。
「治療の為に金貸してくれるいうたら、身内しかおらんわなあ。」
俺も暗い気持ちになってく。
もし俺が松本さんの立場なら、おそらくアイツを頼ってしまうだろう。
命が懸かっているのだから、なりふり構っている暇はない。
過去の懺悔もつまらないプライドも、何もかも捨ててすがるに違いない。
「松本さん、アンタの苦しみはよう分かった。」
俺は頷き、捨てた家族と会った時の話をした。
何が参考になるか分からないので、覚えている限り事細かに説明した。
しかし松本さんはイマイチ要領を得ない。
当然だろう。
俺も松本さんも家族に見放されたのは同じだが、その後の境遇が違う。
アイツはすぐに良い男を見つけ、克也も晋也も幸せに育った。
それに対して松本さんの家族は辛い道を歩んだ。
女房は亡くなり、娘は親戚の家で苦労を重ねた。
であれば、俺の話など何の役に立つだろう。
「俺ん所はな、アイツも息子らも俺を恨んでなかった。それは俺と別れたあと、幸せになったからや。
でも松本さんは・・・・、」
「アイツは苦労を抱えたまま逝ってもだ。娘らはそのせいで俺を恨んどる。
自分らが辛い思いをしたことよりも、大事な母親が亡くなってしもたことを・・・・。
だから謝って許してもらおうなんて思ってへん。
でもやっぱり死にたあない。この足治して、もっと生きたいんや・・・・。」
その声は切実で、死への恐怖というより、生への執着に満ちていた。
『死んでたまるか!生きてやる!例え過去がどうあっても・・・・。』
そんな気持ちが伝わってくる。
彼もまた俺と同じで、だからこそ見捨てる気にはなれなかった。
施しは二度としないと決めたのに、「力になるわ」と呟いていた。
「俺から娘さんに話したる。アンタらのお父さんはそら酷かったかもしれん。
せやけど生きる希望を与えたってくれんかと。
何も許されたいなんて思ってへん。。
ただ足のコブをどうにかしたいだけなんやと。
俺が保証人になったるさかい、どうか治療代を貸してやってくれと。」
そう励ますと、「それは・・・」と首を振った。
「ありがたいけど、そこまでは・・・・、」
「ほなどうする?一人で会いに行ってもまたおんなじやで。」
「俺の勝手で迷惑かけたんや。やのに人の口から助けを求めてもらうなんて、さすがにそこまでは出来へん。」
痛そうに顔を歪めながら、ベンチに掴まって立ち上がる。
「話は俺がする。その代わり、登和さん車出してくれへんか?カメダ珈琲で会うことになってんねんけど、この足ではな・・・・。」
「そらええけど・・・・ほんまにええんか?アンタ一人で会いに行って。」
「かまへん。もしそれで断られるんやったら、それが俺の運命なんやろ。」
厳しい表情で言うが、その顔にはあきらかに迷いがある。
だがこれは松本さんと娘の問題。
本人が拒否するなら、俺から無理強いは出来ない。
「ほな車出すわ。今から娘さんの家行こ。」
「いや、会うんは明日やで。」
「善は急げや。その足のコブ、悪いもんやったらすぐに治療せなあかん。」
「でも明日やいう約束やのに、今日会いにいったらそれこそ断られるんと違うか・・・・?」
「いや、今からの方がええ。こういうのは早い方がええねん。今から行こ。」
まだ迷っている松本さんに肩を貸す。
車に乗せて、「どこや?」と尋ねた。
「案内してくれ。」
「ああ・・・・。」
松本さんに案内されながら、自分の家族について思い出す。
もし俺が彼と同じ状態ならば、きっと捨てた家族に頼ろうとするだろう。
身勝手ではあるが、命には代えられない。
しかしそこには大きな代償を伴う。
見ないようにしていた過去に、正面から向き合わなければならないのだから。
プライド、意地、そして恥。
捨てた過去と向き合うということは、ひた隠しにしてきた、胸底にあるコンプレックスを引っ張り出すのに等しい。
それに正面から向き合った時、今の自分を支えている僅かな意地さえも、崩壊する可能性がある。
ボキリと折れた心の柱は、命を支えるつっかえにはならない。
自ら死を選ぶ危険も充分にあるのだ。
娘と会う決断をするまで、松本さんはさぞ悩んだことだろう。
相手にとっては迷惑でしかないと知りつつ、それでも会うしかない。
助手席の松本さんの表情は、今まで見た中で一番憂鬱そうだ。
どんな顔をして会えばいいのか?
どう言えば助けてもらえるのか?
自らの命を繋ぐ為に、途中からは案内さえおろそかになっていた。
娘さんは三つ離れた街に住んでいるという。
手をもじもじさせながら、「この前の甘酒、美味かったなあ」と子供のように甘えた声で呟いている。
高速に乗る頃、松本さんの顔は幽霊のように虚ろだった。

 

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