風のない夜 第十一話 風よ吹け(1)

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 10:23

JUGEMテーマ:自作小説

釣竿は貧乏人の命を繋ぐ、大事な道具である。
金がなくとも、これさえあれば簡単に食料が手に入るからだ。
財布に残っていたなけなしの金。
そいつでスルメを買って、釣り針の先にくっ付けた。
目の前にはそこそこ大きな川がある。
俺は水面ギリギリの傍に立ち、岩の隙間を狙って餌を落とした。
するとものの数分で手応えがあった。
大きなアメリカザリガニが、スルメを離すまいとしがみついている。
釣り上げた獲物を掴み、青いバケツに放り込んだ。
さっきので五匹目。
この倍は釣りたい。
いつもならその辺の石をどかせばいるのに、今日に限って見つからなかった。
きっと俺が食い過ぎたせいだろう。
アメリカザリガニにとっては、俺は憎き敵に違いない。
どうにか目標の10匹を釣り上げ、ホッと一息つく。
タバコを吸いたいが、あいにく切らしている。
代わりに飴を舐めて気を紛らわせた。
バケツの中ではザリガニがうごめいている。
どうにか脱出しようと必死だ。
俺はこいつらを食う。
死ぬ者がいるから、俺が生きながらえる。
二日ほど綺麗な水に浸しておけば、泥が抜けて美味くなるだろう。
いつもの岩に腰掛け、お気に入りの本を開く。
人工生命をテーマにしたSF小説だ。
もう何百回読んだか分からない。
二十歳の頃に買って以来、小説はこれしか読んだことがない。
紙は茶ばんで、端もボロボロになっている。
雑に扱うと、ゴッソリと背表紙から抜けてしまうほどボロい。
三日前に接着剤でくっつけたばかりなので、丁寧にページを捲っていった。
「オトン。」
後ろから声が掛かる。
振り向くと晋也が立っていた。
「おう。」
本を置き、手を挙げる。
今日の晋也は釣竿を持っていなかった。
代わりに一枚の封筒を手に、俺の傍へやってくる。
その目は判決を下す判事のように険しかった。
「答え出た?」
「あれからよう考えた。」
「ほな聞かせて。先生の遺産を受け取るんか、それとも夢を追うんか。」
「どっちも捨てる。」
「は?」
「金もいらん。夢ももう必要ない。」
「なんやそれ?どういうこっちゃ?」
怪訝な顔をしながら、隣に腰を下ろす。
驚きとも呆れともつかないその目は、返事を催促していた。
「どっちもいらんってどういうことやねん。」
「そのままの意味や。別に金なんかいらん。」
「ほななんで夢まで捨てんねん?」
「必要ないからや。昨日な、じっくり考えて答えを出した。迷いはない。」
「・・・・先生の遺書は?読んだ?」
「いいや。」
「まだ読んでないんかいな?」
「捨てた。」
「は?」
「読む気になれんでな。晩飯のカスと一緒に燃やした。」
「燃やすって・・・なんでそんなことすんねん?大事な人からの手紙やぞ?」
「内容はお前から聞いたし、別に読む必要はない。」
「せやかて先生が自分の手で書いたもんや。読むのが筋ちゃうんか?」
「そやな。でもええねん。そんなもん読んでもたら、気が変わってまうかもしれへんから。」
「何の気が変わるねん?」
晋也の目がさらに険しくなる。
怒っているのか?
それとも訝っているのか?
「なんで読まんと捨てたんや?」
「昨日の夜な、じっくり考えてん。俺の今までの人生を。ほなようやく気づいたわ。
俺が欲しがってたのは、不死身の身体やないって。」
「じゃあ何を欲しがってたんや?」
「傍におってくれる人や。」
そう答えると、晋也は今まで一番怪訝な顔をした。
「何を言うてんねん。それやったらなんで家族を捨てたんや?さっさと夢を諦めて、オカンと一緒におったらよかったやないか。」
「その通りや。でもあん時は気づいてなかった。手段が目的に替わってることを。
俺が怖かったのは自分が死ぬことやない。大事な人との死別や。不死身の身体ができたら、それが無くなると思ってな。
でもいつの間にか死ぬっちゅうことだけに怯えて、ほんまの目的を忘れてた。」
脇に置いた小説をパラパラ捲る。
もう何度も読んだ小説なので、どこに何が書いてあるか覚えている。
チラリと見えたページ数は80。
人工生命誕生の瞬間だ。
「大事なもんはすぐ傍にあったのに、それに気づかんなんて情けない男や。」
「・・・・結局オトンはどうしたいんや?金も夢もいらん言うけど、ほなこの先どうするつもりやねん?」
「どうもせんよ。」
「はあ?」
「強いて言うならここにおるだけや。」
「死ぬまで?」
「そや。」
「なんもせんと、こんなとこで乞食みたいな生活続けるんか?」
「そや。」
「オトンさ・・・それはアカンで。」
晋也はゆっくりと首を振る。
それは最悪な答えだとでもいう風に。
「ほなオトンは、その決意が揺らぐのが嫌で遺書を読まへんかったんか?」
「先生の手紙なんか読んだら、絶対に気持ちが揺らぐ。
あれだけ俺のこと心配してくれとってん。その気持ちに報いなあかんと、夢だけ捨てて金をもらおうとするやろ。
でもそれはアカン。この先食うに困らん金をもらうなんて、俺にそんな資格はない。そんなんアホらしいやないか。」
「乞食続ける方がアホらしいないか?」
「乞食とちゃう。ただここにおるだけや。」
本を手に取り、先ほどのページを開く。
苦労の末に、主人公が人工生命を誕生させた瞬間だ。
晋也は「それでええんか?」と顔をしかめる。
「一生食える額やで?」
「いらん。」
「後悔せえへんか?」
「せえへん。」
「分からんわ。なんでどっちも捨てるねん。」
納得いかない様子で、「なあ?」と尋ねてくる。
「意地張ってもええことないで。それともカッコつけてんのか?」
「違う。」
「ほななんでやねん。理由聞かせてえや。」
「理由なんてない。今までの人生を振り返って、それで決めたことや。
勘違いした夢ぶら下げて、家族まで捨てた。それやのに今さら良え思いなんか出来るかい。」
「ほな夢は捨てんでもええやんか。」
「もうええねん。俺の傍に大事な人はおらん。死別を恐れる必要はないんや。後はただ生きるだけや。」
「それを意地張るって言うんやろ・・・・。」
呆れた顔で言いながら、「変わっとらんなオトンは」と立ち上がった。
「もうええ。せっかく大事な恩師が心配してくれてんのに、またそんな態度や。俺らを捨てた時と一緒やな。」
「・・・・・・・・。」
「オカンとお兄がな、オトン丸くなってたでって言うから、俺も会いに来たんや。
でもなあんも変わってへん。これ以上顔会わせてたら殴ってまいそうや。」
「すまんな、わざわざ会いに来てくれたのに。」
「時間の無駄やったな。素直に金もろとけば、また違う未来があったかもしれへんのに。」
演技臭く顔を作りながら、これみよがしな声で言う。
違う未来とはなんのことか?
興味はないが、晋也は「それでええんかなあ?」と必死に興味を引こうとしている。
無視するのは悪いだろう。
「・・・違う未来ってなんや?」
「オカンな、再婚無しになってん。」
「は?」
思いもよらないことを聞かされて、声が裏返ってしまう。
「なんでや?」
「相手から一緒にはなれへんと言われたから。」
「なれへんって・・・・お互いに好きやったんと違うんか?」
「そやで。でも相手の気が急に変わってな、やっぱり息子夫婦の所に厄介になるって。」
「なんじゃそら?確か子供の世話にはならんと言うてたはずやろ?」
「そうやけど、やっぱ身内と一緒がよかったんと違う?孫もおるみたいやし、寂しい思いせんですむやろうから。」
「・・・・お母さんはなんて言うとんや?」
「なんも。それやったらしゃあないなあって顔やわ。」
「サッパリしたもんやな。昔からそこら辺の男より男らしい女やった。」
「もしオトンが金を受け取るなら、オカンかて養える。一緒になれる可能性があったのになあ。」
これみよがしに言いながら、「ほな」と背を向ける。
「あ・・・・・、」
「ん?」
「・・・・考えさせてくれ。」
そう言ったあと、我ながらなんと情けないと思った。
しかし一度出た言葉は引っ込められない。
誤魔化す方がかえって情けないだろう。
「もうちょっと時間をくれんか?」
「即決せえや。意地張ってないで。」
「そやけど・・・・一緒になるいうたって、お母さんの気持ちもあるやろ。15年も離れとったわけやし。」
「この前会うたやん。それにオカンの気持ちは直接会って確かめたらすむやろ。」
「せやかてなあ・・・・そんな情けないこと・・・・、」
「そんなん気にする身分ちゃうやろ。なんも持ってへん乞食のクセに。」
「・・・・夢まで捨てたらそうなるな。俺にはもうなんも残ってないんや。」
本当に欲しかったものが分かった今、夢は必要ない。
そしてお世話になってばかりだった先生から、これ以上の施しを受けることも出来ない。
二つを拒否し、残されたのは死ぬまで余った寿命だけ。
だったら俺も、松本さんと同じように、生きれるだけ生きてみようと決めたのだ。
しかしこんな話を聞かされては迷ってしまう。
「一人は寂しい・・・・分かり合える人がほしかったんや・・・・。でも死別が怖あて、だから・・・・・、」
「もうええから。グチグチ言わんと答えだけ聞かせてえや。でないと帰るで。」
封筒から小切手を取り出し、目の前に振る。
今の俺はニンジンをぶら下げられた馬のようだった。
他の物が目に入らず、目の前の小切手だけが・・・・・。
金が欲しいのではない。
また誰かと一緒に過ごす時間が欲しいだけだ。
でもそれはなかなかに難しい。
特にこの歳になると、別れの方が多くなる。
なのに今目の前に・・・・、
「情けないと分かっとる。せやかて一人は寂しい・・・・。」
手を伸ばし、小切手を掴む。
晋也は「それでええねん」と笑った。
「ほなもうこんな所に用はないな。オカンのとこ行くで。」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
川を振り返り、「一日だけ」と言った。
「もう一日だけ、ここにおりたいんや。」
「なんで?」
「お前らと離れてから、ずっとここにおった。15年も。」
「意外と近い場所やんな。すれ違わへんかったのが不思議やわ。」
「なんもない15年やった。でも怠けて生きてきたわけと違う。俺は俺なりに、真剣に生きてきた。
だからな、ここで一杯やりたいんや。先生を思い出しながら。」
岩を振り返ると、ふと先生の姿が思い浮かぶ。
ついこの前ここで飲んだばかりなのに・・・・。
「分かった、ほな明日また迎えに来るわ。」
そう言って晋也は小切手を奪い取った。
「こんな大金持ってたら危ないやろ?強盗にでも襲われたらアウトやで。」
「・・・・そやな。ほなそれは預けとくわ。」
「せいぜい思い出に浸り。」
ヒラヒラと手を振り、遠くへ去って行く。
俺は岩に腰掛けて、「先生」と呟いた。
「なんやよう分からんけど、一人にならんですむかもしれません。」
思いもよらない出来事に、まだ頭がついていかない。
小切手を掴んだあの瞬間、この15年は恐ろしく虚しいものだったんだと、認めざるをえなかった。
しかしそれと同時に、真剣に生きたのだという自負もあった。
空虚な15年ではあったが、後悔ばかりではないのは、きっと先生がいたからだろう。
論文とも呼べない素人の落書きに、いつも正面から向き合ってくれた。
それはどんなに嬉しく、心の支えになったことか。
先生はもういない。
一人のまま逝ってしまった。
代わりに俺が孤独から抜け出すなんて、バチが当たりそうな気さえした。
川の流れは緩やかだが、水面は波打っている。
風が吹いているからではない。
水底にゴツゴツとした石が並んでいるからだ。
今日もまた風はない。
空も曇り気味だ。
愛読書を抱え、車に戻る。
窓を全開にしてから、シートを倒した。
腕枕をしながら、また人生を振り返る。
いつかどこかで、俺は道を間違った。
その道が、回りまわって元の道へ繋がるなんて、いったい誰が想像できよう?
今、俺の胸に夢はない。
あるのは重荷から解放された安堵感と、先生を失った喪失感だけ。
複雑な気持ちだった。
窓から手を伸ばし、外の空気を感じてみる。
シオカラトンボが指先をかすめていった。

 

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