不思議探偵誌 第八話 お化けの依頼(4)

  • 2010.07.22 Thursday
  • 10:18
 婚約指輪というものは、これから結婚する二人にとっては特別な意味を持つものなのだろう。
将来を誓い合い、ずっと一緒にいようと約束を交わした証なのだから。
例え幽霊になっても、婚約指輪が大事だという女性がいる。
俺はその女性の依頼を受け、失くしたはずの婚約指輪を見つけ出した。
その幽霊の女性の名前は吉川江美子さんという。
とても美人な人だ。
失くした指輪を見つけてあげると、泣きながらその指輪を抱きしめていた。
俺は依頼通り、吉川さんの指輪を見つけた。
しかしまだ仕事は残っている。
これを吉川さんの婚約者の元へ届けないといけないのだ。
「私の気持ちは永遠にあなたと一緒にあることを伝えたい」
吉川さんはそう言った。
自分が死んだという事実は変えようがない。
だからもうそれは受け止めている。
でも、死んでも自分の気持ちは婚約者の彼と一緒にいるのだということを知ってもらいたいから、この指輪を届けてくれてと頼まれた。
そのことを由香利君に話すと、彼女は涙を浮かべながら感動していた。
「同じ女としてその気持ち分かります。
ううう、きっとその彼にも気持ちが伝わると思います。」
そう言って泣き出す由香利君を、幽霊の吉川さんがなだめていた。
「久能さん、この指輪、絶対に婚約者の彼の元へ届けましょうね!」
そして俺達は吉川さんに案内され、婚約者の所に向かっている。
確か名前は広人だったかな。
その広人さんの家は、俺の事務所から電車で一時間ほど離れた大きな街にある。
「ここからバスに乗って北へ向かうんです。」
駅に着くと、吉川さんはふわふわ宙に浮かびながら言った。
そしてバスに揺られること30分、閑静な住宅街が見えてきた。
とても品の良さそうな所で、大きな家がたくさん建っていた。
「こっちです。」
バスを降りると、そう言われてさらに東へ案内された。
「ここってお金持ちが住む、いわゆる高級住宅街ってやつですね。」
「そうだな。
でかい家が軒を連ねてる。
みんな金持ちなんだろう。」
それから吉川さんの後を追って10分ほど歩いた所に、お洒落な外観をした、三階建の立派な家が建っていた。
「ここです。
ここが広人の家です。」
表札を見ると「進藤」と書いてあった。
「広人さんも、お金持ちなんですか?」
由香利君が尋ねると、吉川さんはコクリと頷いた。
「広人のお父様が、貿易会社の社長さんなんです。
それで、広人はそこの専務です。」
いかにも金持ちが住んでいるって感じの家だった。
「ここから少し南に下がった所に、私の家があります。」
吉川さんは、目を細めて自分の家のある方向を見て言った。
「じゃあ吉川さんの家もお金持ちというわけだ。」
「はい。
父が流通会社の社長をしているんです。
私の父と広人のお父様は昔から仲がよくて、よく家族一緒に出掛けたりしていました。」
「ということは、広人さんと吉川さんは幼馴染なんですね。」
由香利君が胸の前で手を組み、目を輝かせて言う。
「そうです。
広人とは幼稚園から高校までずっと一緒でした。
付き合うようになったのは、高校を出てからです。
だから、お互いのことは本当によく知っているんです。」
「へえ、素敵だなあ。」
由香利君が目を輝かせたまま、吉川さんを見る。
婚約者は幼馴染か・・・。
昔からずっと一緒にいたってことは、もう家族も同然なんだろうな。
そんな婚約者を失くした広人さんの気持ちを考えると、いたたまれなかった。
「そんな仲のいい幼馴染ともうすぐ結婚だったっていうのに、吉川さん可哀想・・・。」
由香利君はポツリと呟いてから、しまったという顔になって謝った。
「ご、ごめんなさい。
こんなこと言っちゃって。
可哀想だなんて、失礼ですよね・・・。」
謝る由香利君に、吉川さんは笑って答えた。
「いいんですよ。
気にしないで下さい。
もう自分が死んだってことは受け入れていますから。
こんなことを言うとおかしな感じかもしれないけど、私でよかったなって思うんです。」
「どういうことですか?」
由香利君が不思議そうに尋ねる。
吉川さんは広人さんの家を見上げ、少し笑いながら答えた。
「もし立場が逆だったら、きっと私は耐えられなかったから・・・。」
吉川さんはそこで一呼吸おいてから続けた。
「広人が死んで、私が生きていたら、きっと私はその悲しみに耐えられなかったと思うんです。
愛しい人を失う悲しみを、私は味わいたくありませんでしたから・・・。」
俺も由香利君も黙って聞いていた。
婚約者が死ぬより、自分が死んでよかった。
きっとそれは吉川さんの本心だろう。
本当に優しい人なのだ。
そして、本当に広人さんのことが好きなのだろう。
幽霊になった今でも。
「じゃあ、指輪、渡しますね。」
そう言って俺は広人さんの家のインターフォンを押した。
「はい。」
インターフォン越しに若い男性の声が聞こえてくる。
俺は吉川さんを見た。
彼女は一旦目をつむり、そしてコクリと頷いた。
「私、探偵の久能と申します。
実はある方からの依頼で、あなたに届け物を持って参りました。」
「探偵?」
訝しげな声が返ってくる。
「はい。
どうしてもあなたにお渡しして欲しいと頼まれた物がありまして。
お受け取り頂けないでしょうか?」
やや沈黙があってから、「ちょっと待って下さいと」と返事があった。
「なんだかドキドキしますね。」
由香利君が緊張気味であるのに対して、吉川さんは落ち着いた表情をしていた。
そしてしばらくしてから、家のドアが開いた。
白いポロシャツにジーパン姿の青年が姿を現す。
イケメンというわけではないが、柔らかい雰囲気を持った親しみやすそうな青年だった。
門の手前で待つ俺と由香利君を見たあと、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「初めまして。
探偵の久能司と申します。
いきなりお伺いして申し訳ありません。
そう言って頭を下げるに俺に、「はあ」と気の抜けた返事を寄こす青年。
「彼が広人です。」
吉川さんが俺に耳打ちをする。
今、彼女の姿は俺と由香利君以外には見えていないそうだ。
広人さんの前に姿を現わないのは、彼が極度の怖がりだということと、もし姿を見せても、お互いに傷付くだけだからだと言っていた。
もう姿を見せた所で、私達は抱き合うことも出来ない。
それは、彼にとっても私にとっても大きく傷付くからだと吉川さんは言っていた。
観察するように俺達を見る広人さんに、俺はポケットの中から婚約指輪を取り出してみせた。
「これをご存じですね。」
広人さんは大きく目を見開き、その指輪に吸いこまれるんじゃないかと思うほど視線を向けていた。
「ど、どうしてそれを・・・。」
かすれるような声で尋ねてくる広人さん。
ゴクリと唾を飲み込み、その指輪を見つめていた。
「これはある人物から依頼されて見つけ出したものです。
この指輪が何であるかは、説明は不要ですよね。」
広人さんはゆっくりと手を伸ばし、俺の手から指輪を取った。
それを両手に乗せ、「江美子」と小さく呟く。
しばらく沈黙が流れる。
そしてやがて広人さんの口から小さな嗚咽が漏れ始めた。
彼は両手でぎゅっと指輪を握り締め、涙で頬を濡らしながら、勢い込んで俺に尋ねた。
「誰なんですか!
この指輪を俺の元に届けて欲しいと頼んだのは!」
俺の横で由香利君が泣きそうな顔をしていた。
顔を俯いて、唇を噛みしめていた。
「それはお答え出来ません。
私には守秘義務というものがあります。
依頼人の素性を明かすことは出来ないのです。」
広人さんは門を開け、俺の襟首に掴みかかった。
「教えろ!
一体誰なんだ!
誰がこの指輪を届けさせたんだよ!」
彼は強く俺を揺さぶる。
涙で顔を濡らし、叫ぶように俺に答えを求めた。
「何度聞かれても、それはお答え出来ません。」
俺は彼の手をゆっくりと払いながら言った。
指輪を握り締めたまま、彼はその場にうずくまった。
嗚咽の声が大きくなり、肩を震わせ、体全体で悲しみを表していた。
愛する者を失った悲しみ。
それがどれほどのものか、今の俺には到底理解出来ないのかもしれない。
だってまだそんな目に遭ったことがないのだから。
だがしかし、今回の依頼人である吉川さんの気持ちは痛いほどよく分かっていた。
吉川さんが、死んだのが自分でよかったという気持ちは、この悲しむ青年を見ていれば俺にも理解出来た。
吉川さんは何としてもこの青年を失いたくなかったのだろう。
「広人さん。」
俺はうずくまって泣く彼に向かって言った。
「申し訳ないが、誰がこの指輪を届けてくれと言ったのかは教えることはできない。」
広人さんは僅かに顔をあげて俺を見た。
「しかし、これは俺の想像だが、この指輪に込められた想いなら話すことが出来る。」
「指輪に込められた想い・・・?」
俺は深く息を取り、そして彼の前にしゃがみ込んでその想いを伝えた。
「私の気持ちは永遠にあなたと一緒にある。」
その言葉を聞くと、広人さんは涙で赤くなった目で俺を見つめた。
「まあ、さっきも言った通り、俺の想像ですがね。
でも、たぶん、いやきっとその想いが込められていると思いますよ。」
俺は笑ってそう言い、彼の肩を叩いた。
「私の仕事は、この指輪と、その想いを届けることだったんです。
もう用は済みましたから、これで失礼いたします。」
俺は立ち上がり、彼に背を向けた。
隣の由香利君を見ると、耐えかねたのか、俺と同じように背を向けた泣いていた。
「江美子・・・。」
背中に彼の呟きを聞き、俺達はゆっくりとした足取りで広人さんの家を後にした。

                      *

「本当にありがとうございました。」
事務所に帰ってくるなり、吉川さんが頭を下げた。
俺は椅子に座ってタバコを吹かしていた。
開けた窓の外に大きく煙を吐き出す。
広人さんと会っている時、そして事務所に帰って来るまで、吉川さんは終始落ち着いた顔をしていた。
婚約者を失った悲しみで泣き崩れる広人君とは対照的に。
「由香利君、いつまで泣いているんだよ。」
まだべそかいている由香利君に向かって言った。
「だって・・・、広人さん可哀想なんだもん・・・。」
まったく。
お前は部外者だろうが。
泣きたいのは吉川さんだろうに、彼女は表情を崩すことはなかった。
「どうして泣かなかったんです?」
俺は彼女に尋ねた。
吉川さんはニッコリと笑い、ふわふわと宙を漂いながら俺の傍に寄ってきた。
「だって泣くことなんかないじゃないですか。
私の願いは叶えられたんです。」
美しい顔をほころばせ、俺に振り返って手を後ろで組んで言った。
「それに、彼に伝えたかった言葉は、ちゃんと探偵さんが言ってくれました。
それを聞いて泣き崩れる彼を見て、私、本当に愛されているんだなあと分かったし。」
俺はタバコを灰皿に押し付け、吉川さんの顔を見た。
何かとってもスッキリしていて、まるで天女のようにも見えた。
「探偵さん、ありがとう。
本当にあたなに依頼してよかった。
ちゃんと自分の願いが叶えられて、もう満足です。」
その時由香利君が近づいてきて、吉川さんに言った。
「生まれ変わったら、きっとまた広人さんと出会えますよ。
私、そんな気がします。」
その言葉に彼女は笑い、「ありがとう」と言うと窓に近づいて外を眺めた。
「吉川さん。
この久能司、由香利君の言ったことに共感します。
きっとあたな達は、来世で結ばれますよ。」
吉川さんは一瞬振り向き、ニコッと笑って見せた。
そしてまた窓の外に目をやる。
窓から秋の涼しげな風が流れ込んでくる。
それが事務所を駆け巡り、俺や由香利君の髪を撫でていく。
吉川さんも、この風を感じているだろうか?
窓から空を仰ぎ見る吉川さんの髪は、風には揺られていなかった。
俺はずっと吉川さんの背中を見ていた。
何か重荷を外したように、とても軽やかそうだった。
俺はも立ち上がり、うーんと背伸びをした。
今日はいい天気だ。
雲一つなく晴れ渡っている。
吉川さんはまた振りかえり、俺たちに深く頭を下げた。
「本当にありがとう。
感謝してもしきれないわ。
私、これでもう思い残すことはありません。」
そう言って再び窓の方を向き、サッシに手をかけるようにして、窓から半分身を乗り出した。
「今日は良い天気ね。
なんて綺麗な空。」
そう言うと、吉川さんの体は、まるで空に吸い込まれるようにして消えていった。
俺はゆっくり窓に歩み寄り、空を仰ぎ見た。
美しい青空が広がっている。
吉川さんはこの美しい空を舞って、天に昇っていったのだろう。
俺は窓を開けたまま、自分の椅子に座った。
「由香利君、お茶を淹れてくれないか。」
「はい。」
そう返事をし、しばらくしてお茶が運ばれてきた。
俺はそれを一口飲み、由香利君に笑いかけた。
「まあ、何というか。
上手く解決してよかったな。
あとで茂美に報告しておこう。」
「そうですね。」
そう返事をしながら、由香利君が何やら準備体操を始めた。
「何やってんだ?」
俺が尋ねると、由香利君は不敵な笑みを浮かべた。
「昨日、川で私のお尻に触りましたよね。
あのとき、あとでお仕置きするって言ったでしょ。」
そう言って由香利君が襲いかかってくる。
「うぎゃあ!
勘弁してくれ!」
俺は窓から身を乗り出して逃げようとした。
そこに由香利君のかかと落としが決まる。
俺は天を仰いで床に転げた。
「まあ、これくらいで勘弁してあげます。」
今日はいい天気だ。
晴れ渡る青空を見てそう思った。
強烈なかかと落としをくらって、俺も空へと昇天しそうだった。

                                   第八話 完


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