不思議探偵誌 第九話 ひそかな楽しみ

  • 2010.07.23 Friday
  • 10:22
 タバコを吸うために開けた窓から、大きく煙を吐き出した。
風に乗ってゆらゆらと消えていき、そしてまた外に向かって煙を吐き出す。
窓から秋の涼やかな風が一瞬入り、頬を撫でるその感触を気持ち良く感じていた。
「久能さん、あんまりタバコ吸い過ぎちゃダメですよ。
ここの所吸い過ぎですよ。
もっと体に気を遣って下さいね。」
お茶を運んできた由香利君が、まるで母親のような口調でそう言う。
俺はタバコを灰皿に押し付け、お茶を一口すすって答えた。
「分かってるよ。
これでも吸う量は昔に比べたら減ったんだ。
昔はもっとヘビースモーカーだったんだよ。」
俺が本日十本目のタバコに火を点けようとすると、タバコとライターを由香利君に取り上げられた。
「何するんだよ。」
俺は取り返そうとしたが、由香利君が身を捻って逃げたので、机の上に突っ伏すような形にこけてしまった。
「これ以上吸ったら体に悪いです。
もう今日はタバコはお終いです。」
そう言って由香利君は、俺から取り上げたタバコとライターを自分のポケットにねじ込んだ。
「由香利君さあ、俺はもう子供じゃないんだぞ。
タバコくらい自由に吸わせてくれよ。」
俺は顔をしかめながら言ったが、由香利君は首を振った。
「ダメです。
私は久能さんの体の為を思って言ってあげているんです。
こんなに雇い主の健康を心配する助手なんてそうはいませんよ。
むしろ感謝して欲しいものです。」
そう言って由香利君は胸を張る。
まったく。
どうしてこの子はこうも俺の楽しみを奪うのだ。
エロ雑誌を読めば鉄拳をくらわされ、エロサイトを見ていれば回し蹴りをくらわされ、そしてあげくにタバコまで取りあげられてしまった。
「由香利君さあ、この事務所のでの俺の楽しみを、どうして君はことごとく奪うんだよ。
エロ雑誌もダメ、エロサイトもダメ、タバコもダメ、お尻に触るのもダメって言うんじゃあ、俺の楽しみが無くなっちゃうじゃないか。」
俺はふてくされて言った。
「何言ってるんですか!
仕事中にエッチな本やサイトを見ている人がありますか!
だいたいお尻を触るなんてもっての他です!
どういう神経してるんですか!」
俺に顔を近づけ、耳元で大きく怒鳴る。
俺はキンキンいう耳を押さえながら、椅子から立ち上がった。
「じゃあ何か俺に楽しみを与えてくれよ。
依頼がなくて暇なんだから、何か暇つぶしが必要だろ。」
前回の幽霊の一件以来、まったく依頼がきていなかった。
俺は暇で暇で体が溶けそうだったのだ。
「そんなの自分で見つけてきて下さい。
だいたい依頼がこないのなら、営業活動でもしてこっちから取りに行けばいいじゃないですか。」
「えー、そんな面倒くさいことはやだ。」
「じゃあ事務所で大人しくしてて下さい。」
そう言って由香利君は事務所の掃除を始めた。
やれやれ、本当に真面目な子だな。
「じゃあお尻がダメなら太ももに触らさせてくれよ。」
そう言うのとほぼ同時に、鉄拳が三発飛んできた。
「だから、何でそういう発想になるんですか。
本当にエッチなことしか頭にないんだから。」
俺は殴られた顔を押さえながら、「どうせ俺はエッチで変態だよ」と言い、上着を羽織って事務所のドアに向かう。
「何処かに出掛けるんですか?」
由香利君がテーブルの上を掃除しながら尋ねてくる。
俺は振り返らずに答えた。
「ちょっと本屋まで。
今日はお気に入りのエロ雑誌の発売日なんだ。」
「久能さん!だからそういう本を・・・!」
言い終わる前に俺はドアから出て、階段を下りて通りに出た。
はあ、本当に由香利君は真面目すぎる。
どうしてああもエッチなことに対して敏感なのか?
男であればエロ雑誌の一つや二つ、読んで当たり前じゃないか。
俺は上着を羽織り直し、足早に行きつけの本屋に行った。
「やあ、おやじさん。
例のものは入っているかい?」
本屋のカウンターで、雑誌に目を落としていた中年の男に声をかける。
「やあ久能さん。
ちゃんと仕入れてあるよ。」
そう言うっておやじさんは奥に引っ込み、手に一冊の本を持って出て来た。
「悩殺エロボディ!巨乳パラダイス!」
そうタイトルの付いた雑誌を受け取り、代金を払っておやじさんに礼を言う。
「いつも悪いね。
これ、人気の上に発行部数が少ないから手に入りにくいんだよね。
おやじさんのおかげだよ。」
そう言うとおやじさんは禿げかけた頭をポリポリ掻いた。
「いやいや、久能さんはうちの大事なお得意さんだから。
またいい物が入ったら連絡するよ。」
俺はおやじさんに手を振って本屋を後にした。
さて、お気に入りのエロ雑誌を買ったのはいいけど、こいつを何処で読むかが問題だ。
出来れば事務所に帰って読みたいのだが、きっと由香利君が許さないだろう。
かと言って今から家に帰るのも面倒くさい。
そう思って歩いていると、小さな公園が目に入った。
見ると誰もいないようである。
「よし、ここで読もう。」
俺はブランコに座り、エロ雑誌を袋から出した。
胸をドキドキさせながら、ページをめくる。
昼間っから、公園のブランコでエロ雑誌を読む男。
もし子供連れで遊びに来た主婦がいたら、間違いなく警察に通報されるだろう。
しかしその時はその時だ。
俺はページに写る裸のナイスボディのお姉ちゃん達に釘付けになっていた。
食い入るようにページを見つめ、あんなことやこんなことを妄想する。
ああ、たまらん。
このページの巨乳の子、俺の好みだなあ。
完全に周りが見えなくなり、エロ雑誌の世界に没頭していた。
そして一通り読み終えると、俺は背伸びをしてブランコから立ち上がった。
チラリと腕時計を見る。
もう事務所を出てから三時間も経っていた。
ということは、本屋に買いに行った時間を差し引いても、二時間以上は公園でエロ雑誌を読んでいたことになる。
うーん、楽しい時間だった。
俺は満足して事務所に帰ることにした。
おっと、この雑誌は上手く隠して由香利君に見つからないようにしないとな。
そう思って公園を去ろうとした時、俺と入れ替わりにブランコに座る中年の男性がいた。
四十代半ばくらいで、赤色のセーターに、ベージュのスラックスを穿いていた。
「はあ」っと大きなため息と吐いている。
俺は何か困ったことでもあったのかなと思いつつ、事務所に帰ろうとした。
「はあああ。」
今度は一際大きなため息を吐いていた。
俺はその男性を振りかえった。
心底困ったような顔をしている。
顔を俯かせ、この世の終わりという感じで頭を抱え込んでいた。
これはチャンスかも。
俺はそう思った。
きっとこの男性は何かとても困ったことがあるに違いない。
もしかしたら、話の内容によっては依頼が取れるかもしれない。
そう思って男の隣のブランコに腰掛け、「何かお困りですか?」と声をかけた。
男性は顔を上げて、値踏みするように俺を見た。
「あんた誰?」
男は薄い唇を動かして尋ねてくる。
俺は上着のポケットから名刺を取り出した。
「私、探偵をしている久能と申します。」
「探偵さん・・・。」
男は名刺を受け取り、繁々と俺と名刺を見つめたあと、また大きくため息を吐いた。
「もし何かお困りのことがあれば、この探偵の久能司がお話をお伺いしたしましょうか?」
その男性はしばらく黙り込み、そして真剣な顔で俺を見た。
「実はちょっと困ったことがあって。
あんた探偵さんなら、何かいい解決策を教えてもらえんかね。」
そう言って男性は手を自分の膝の上に置いた。
「ええ、もちろん。
この私に出来ることならお力になりますよ。
あ、でも正式な依頼となれば、依頼料は頂きますが。」
「それはかまわんよ。
私の悩みが解決出来るのなら。」
「ではお話をお伺いします。
どうしてそんなに困っていらっしゃるのですか?」
すると男性は空を見上げ、ふうっと息を吐き出してから話し始めた。
「まず自己紹介をしておきましょう。
私の名前は永野健太郎。
しがないサラリーマンですよ。
歳は四五歳。
妻子がいます。」
ふむふむ。
俺はメモを取り出して書いていった。
「家でも会社でも、真面目な男で通っております。
でもね、ある日仕事でストレスが溜まって、ある店に通うようになったんです。」
「ある店?」
永野さんは頷き、手で膝を撫でながら答えた。
「その、何と言うか、実にお恥ずかしいんですが・・・。」
とても言いにくそうにモジモジし、忙しなく体を揺すっていた。
そしてまたふうっと息を吐き出すと、俺を見て言った。
「実は、SMクラブに通っているんです。」
「え、SMクラブ!」
俺は大声を出して聞き返した。
永野さんが「大きな声を出さないで下さい」と俺をたしなめる。
「す、すみません。
つい興奮してしまって。」
俺はエロ雑誌を膝の上に置き、話の続きを促した。
「通い出したのは二年ほど前からです。
基本的には週に一度ですが、仕事でストレスが溜まった時なんかは、もっと頻繁に通います。」
そう言って永野さんは財布を取り出し、その中から一枚の名刺を取り出して、俺に渡した。
「SMクラブ 女王様と子豚の教室」
ピンク色の名刺にはそう書かれていた。
俺はゴクリと唾を飲み込む。
え、SMクラブ・・・。
俺も行ってみたい。
自分の願望は口に出さず、名刺を永野さんに返した。
「それでですね、じつは先日、妻に私がSMクラブに通っていることがバレそうになったんです。」
「そりゃあ大変だ。」
俺が言うと、永野さんは大きく頷いた。
「仕事から帰ってきた時に、偶然その名刺を妻に見られてしまったんです。
あんた、これはどういうことって、妻に責められました。
私は必死に誤魔化したんです。
いや、それはたまたま道を歩いていたら、勧誘で貰っただけだとね。
でも妻の疑いは晴れませんでした。
ちゃんとSMクラブに行っていないという証拠を見せなければ、離婚すると言われたんです。
それでどうしたものかとほとほと困っていたんです。」
「家庭崩壊の危機というわけですな。」
「ええ、そうです。
だから探偵さん、どうにか私の悩みを解決してもらえんでしょうか。
報酬はちゃんとお支払します。
だからどうかお願いします。」
そう言って大きく頭を下げる永野さん。
SMクラブ。
なんて甘美な響きだろう。
思えば俺も由香利君にSMまがいのことをされている。
しかし、本物のSMには行ったことがなかった。
「永野さん。」
俺は頭を下げる永野さんに、真剣な声で言った。
顔をあげる永野さんに向かって、胸を張って言った。
「この依頼、この久能司がお引き受けいたしましょう。」
「ほ、本当ですか!」
身を乗り出してくる永野さんに、俺は真顔で頷いた。
「だがしかし、SMというのがどういうものかしっかりと確かめる必要があります。
だから私を、一度そのSMクラブへ連れて行って頂けますか?」
俺は真剣だった。
だってSMクラブに行きたいんだもの。
「わ、分かりました。
では一度そのSMクラブへお連れいたします。」
や、やったー!。
俺は心の中で小躍りをしていた。
初のSMクラブだ。
俺は喜びで立ち上がってガッツポーズをしていた。
「た、探偵さん・・・。」
永野さんが訝しげな目で見てくる。
「い、いや。
すみません。
きっとあなたの悩みを解決して差し上げますよ。」
そう言った時、ケータイの着信が鳴った。
永野さんに「失礼」と言って電話に出る。
由香利君からだった。
「ちょっと、久能さん。
いつまで外をほっつき歩いているんですか。
さっさと帰ってきて下さい。」
電話の向こうからキンキンと怒鳴り声が聞こえる。
「それと、もしエッチな本を買って帰ってきたら承知しませんからね。」
そう言って電話は切れた。
俺は「あはは」と永野さんに愛想笑いをする。
この依頼のこと、由香利君には黙っていなければな。
もしバレたらえらいことになる。
それから俺と永野さんは連絡先を交換して別れた。
思わぬ依頼が取れたことに喜び、由香利君にエロ雑誌が見つからないように上着に隠しながら事務所に帰った。
隠していたエロ雑誌は見事に由香利君に見つけ出され、俺はまた鉄拳をくらった。
これもSMに近いよなあ。
そう思いつつ、もうすぐ本物のSMができることに顔をニヤニヤさせて喜んでいた。

                                  第九話 つづく
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