虫の戦争 第十五話 狂気の光(1)

  • 2017.11.25 Saturday
  • 10:36

JUGEMテーマ:自作小説

光に引き寄せられる虫は多い。
蛾、カメムシ、カナブン、そしてカゲロウ。
夜、彼らは光を求めて彷徨う。
店先の蛍光灯、街灯、自動販売機。
人が生み出した文明の利器は、夜でも煌々と輝いている。
しかしその光は、虫が本当に求めている光ではない。
彼らが欲しがる光、それは月の光なのだ。
夜に行動する虫たちにとって、月は大事な道しるべになる。
月の光に対し、一定の角度を保って飛ぶことで、道に迷わずにすむからだ。
地球から月までの距離は約38万4千キロ。
虫たちがいくら飛んだところで、この距離は縮まらない。
ということは、どこへ飛んでいこうとも、月の見える位置は変わらないとうことだ。
月に対して一定の角度で飛べば、コンパスを見て歩くがごとし、方向を間違うことはない。
蛍光灯に、街灯に、そして自販機に集まる虫たちは、人が生み出した光を求めているわけではない。
人が生み出した光に惑わされているのだ。
街の中にあるたくさんの人工光。
それを月と勘違いして、一定の角度を保って飛行する。
しかし月と違って、人工光はすぐ傍にある。
飛んだ分だけ距離が近くなるのだ。
それでも角度を保ったまま飛ぼうとする。
虫はそれを月だと思っているから。
光の周囲をグルグル飛び回るのは、それが原因だ。
「ねえムー、いつまで回ってるつもりよ?」
アビーがムスっと尋ねる。
ムーは「んなこと言ったって・・・・」と困った。
「こういう習性なんだから仕方ないだろ。」
「さっきから二時間も回ってるじゃない。いい加減飽きないの?」
「飽きるとか飽きないとか、そういう問題じゃないんだ。虫の習性としてだな・・・・、」
ムーはコンビニの前の灯りをグルグル回る。
近くには電撃殺虫器もあるので、いつ死んでもおかしくない。
「またバチバチってなっちゃうよ?」
「なったらなった時だ。」
「でも一昨日復活したばかりだよ?ムーがいなきゃ遊び相手がいなくなるわ。退屈しちゃう。」
アビーは「もう行こ」と手を引っぱる。
しかしその時、大きな蛾が飛んできて、光の周囲を回り始めた。
アビーはその蛾にぶつかって、ムーを放してしまう。
そして・・・・、
「ぎゃああああああ!」
青い光にぶつかって、バチバチっと音が鳴る。
「ムー!」
憐れ、ムーは感電死してしまう。
ポトっと地面に落ちて、仰向けに倒れた。
そこへコンビニから人が出てきて、ムーの死骸を踏み潰した。
「あ!アイツッ・・・・、」
カッとなって、その人間を追いかける。
しかし後ろから「やめなさい」と声がした。
「あ!この声は・・・・・、」
振り返ると、そこにはおチョウさんがいた。
「アビー、久しぶりね。」
「おチョウさん!」
手を握り、「お帰り!」とはしゃぐ。
「やっぱり帰って来たのね!」
「色々とまわってみたんだけど、虫の王国はどこにもなかったわ。」
「そりゃそうよ。猿モドキがウヨウヨしてるんだもん。」
「はあ・・・人間のいない理想郷、いったいいつになったら訪れるのかしら。」
空を見上げ、目に月を映す。
「昔はねえ、夜になればよく月が見えたのよ。今よりもウンと輝いてたわ。」
「星だってよく見えたよね。」
「年々虫も減少してるし、私たちの方が先に滅んだりしてね。」
「そんなことないわ。虫は何億年も前からいるんだもん。新参者の猿モドキより、先に滅んだりなんかしないわ。」
「だといいけど。」
またため息をつき、疲れた表情を見せる。
ぺちゃんこになったムーを見下ろして、「最近死ぬ回数が多くなったわ」と言った。
「妖精は何度でも蘇る。けど死ぬのは気持いいものじゃないわ。」
「私も去年の夏から三回も死んだのよ。」
「大変だったのね、こっちも。」
「おチョウさん、もうどこにも行かないんでしょ?」
「分からないわ。また旅に出るかも。」
優雅に羽ばたき、パタパタと飛んでいく。
途中で右に曲がって、自販機に体当たりしていた。
「ああもう!人間は厄介なモンを作って!」
ガツンと蹴り飛ばし、「道に迷うじゃない!」と怒鳴った。
「夜くらい大人しく寝てなさいよ、まったく。」
ブツブツ言いながら、夜の闇に消えていった。
「確かにねえ、田舎にも人口の光が増えたわ。」
ここはコンビニの駐車場。
そして向かいにも別のコンビニが。
その先には24時間営業のスーパーがあって、さらにその向こうには深夜までやっているファーストフード店がある。
アビーたちがこの町に来たのは30年前。
その頃まもっと光が少なかった。
灯っているのは電柱の街灯か、たまにある自販機くらい。
夜になれば静かで暗くて、とても住みやすい場所だったのだ。
「どうして人間は住処を変化させるんだろ?落ち着かなくなったりしないのかな?」
アビーは夜空へ消えていく。
高い空から見ても、至る所に光があった。
「あれは恐ろしい光ね。虫を殺す魔性の光だわ。」
ムーはその光にやられた。
夜、人が灯す光は、アビーたちにとって狂気の光だ。
本当に求める光は、遠い空にある月の光。
それを遮るほどの輝きを生み出す人間は、憎いながらもすごいと思うしかなかった。
「ムーが戻ってくるまでは退屈ね。また蛍子さんに服でも作ってもらおうかな。」
もし虫が文明を持っていたらどうなっていたか?
ちょびっとだけ人間を羨ましく思った。

            *

夏が終わり、秋が過ぎ、冬が訪れる。
その冬もどこかへ去って、命芽吹く春がやってきた。
「・・・・・ぶはあ!」
ムーが土の中から顔を出す。
ブルブルっと頭を振って、土を振り払った。
「あ〜まったく・・・・油断したぜ。」
また電撃殺虫器で死んでしまった。
何度も引っかかっているのに、学習しない自分に腹が立った。
「おのれ人間め。こうなったらこっちも黙ってないぞ。」
復活を遂げたムーは、すぐにアビーを探しに行った。
飛び回ること二時間ほど。
かつてセイタカアワダチソウと戦った川原の向こうの、細い川の傍にアビーはいた。
「お〜い!」
手を振ると、「ムー!」と手を振り返してきた。
「おかえり!」
「まいったまいった、また死んじまうとは。」
照れながら肩を竦める。
すると「おつとめご苦労さん」とおチョウさんが言った。
「ああ!戻ってきたのか!」
嬉しそうに笑って、「いつだよ?」と肩を叩く。
「去年の夏ね。ちょうどアンタが死んだ日。」
「そうなの!?すごい偶然だな。」
「偶然ねえ・・・。」
「違うのか?」
「偶然といえば偶然だけど、そうとも言い切れないわ。だって夏から秋にかけて、たくさんの虫が死ぬもの。」
「そりゃ数が増えるからな。死ぬ奴も多くなるさ。」
「他の生き物に食われて死ぬのは仕方ないのよ。私が言ってるのは人間のこと。」
そう言って青い空を指差した。
「夜はお月様の光だけで充分なのに、人間は色んな光を生み出してる。」
「夜?今は昼だけど?」
「夜になったらの話。アンタだって人口の光で死んだじゃない。」
「ほんっとに迷惑な話だよなあ。自販機の光で惑わされるのはともかく、あんな電撃兵器を作るなんて。
夜行性の虫にとってはたまったもんじゃないよ。」
「そうよ、たまったもんじゃないわ。だからぶっ壊してやるのよ!」
「ぶっ壊す?」
物騒なことを言う。
アビーとムーは顔を見合わせた。
「ねえおチョウさん。」
「また何か企んでるのか?」
「ええ。町から狂気の光を無くすわ。」
「それってつまり・・・・、」
「人工光を破壊するってことか?」
「YES!」
ビシっと親指を立てる。
「もう仲間は募ってあるの。色んな虫が手を貸してくれることになってるわ。」
「さすがおチョウさん!すごい虫望!」
「俺たちとは虫徳が違うぜ。」
「まあね。妖精としての年季が違うから。」
ファサっと触覚をかき上げて、「アンタたちも手伝ってね」と言った。
「もちろん!」
「でも大丈夫かな?本気で人間を怒らせたらえらいことだぜ。」
ムーは恐れていた。人間の報復を。
「俺たちは死んでも復活できるからいい。でも他の虫はそうはいかないぜ。
虫が自販機や街灯を壊してるってバレたら、無関係な虫まで皆殺しにされるかもしれない。」
人間の駆除能力は、虫の繁殖力を遥かに上回る。
いくら虫の数が多かろうと、本気になった人間の前では無力なのだ。
「おチョウさんのことだから、何か作戦があるんだろうけど。」
そう尋ねると、「まあね」と頷いた。
「今回は虫以外にも手伝ってもらおうと思ってるの。」
「へえ?誰に?」
「ゴイサギ。」
「ゴイサギ?なんであの鳥に?」
意外な答えに眉を寄せる。
ゴイサギとはサギの一種である。
カラスと同じくらいの大きさで、真っ赤な目をしている。
頭から背中は濃い青色、羽は灰色、お腹は真っ白な羽をしている。
個体によっては、頭に羽飾りを持っている。
サギにしてはずんぐりした体型をしているが、これは長い首を折りたたんでいる為。
獲物を捕らえる時は、バネのようにビヨ〜ンと伸びるのだ。
漢字で書くと「五位鷺」
後醍醐天皇がこの鳥を気に入っており、五位の位を冠したという説がある。
この鳥にはもう一つ名前があって、別名「夜鴉」
夜行性の鳥で、「グワッ!」と独特な声で鳴くからだ。
夜、どこからか響いている不気味な鳥の声は、ゴイサギによるものだ。
「おチョウさん、なんでゴイサギなんかに手伝ってもらうんだ?
あの鳥が夜行性なのは知ってるけど、だからって何かの役に立つのか?」
「立つわよ。まず夜行性の鳥自体が珍しい。フクロウやミミズクはプライドが高いから手伝ってくれないわ。」
「猛禽類だしなあ。虫なんかに手え貸せるかって思うだろうな。」
「そこでゴイサギよ。例えば自販機の灯りを消すには、コンセントを抜く必要があるわ。
残念ながら、これは虫の力じゃ無理。」
「だからゴイサギに手伝ってもらうのか?」
「ええ。それに街灯だってゴイサギなら壊せる。長いクチバシを持ってるから、思い切りつつけば割れるはずよ。」
「でもそんなの引き受けてくれるかな?」
「すでにOKをもらってるわ。」
「マジかよ!どうやって交渉したんだ?」
おチョウさんは「ふふ」と微笑む。
草地を探って、「これよ」と何かを取り出した。
「それは・・・ミミズ?」
「の疑似餌。」
「は?」
「茂みの中に落ちてたのよ。きっと人間が捨てていったのね。」
「んなもん拾ってどうしようってんだ?」
「ゴサイギはね、この疑似餌を必要としているの。だってあの鳥は釣りをするから。」
「・・・・ああ!そういえば・・・、」
ムーはなるほどと頷く。
おチョウさんの言う通り、ゴイサギは釣りをするのだ。
石や木の枝を水面に落とし、虫だと勘違いしてやってきた魚を獲る。
こういった鳥は他にもいて、ササゴイという鳥が同じことをする。
ササゴイもサギの一種で、ゴイサギよりもスマートな体型の鳥だ。
「釣りは人間の専売特許じゃないってわけ。ゴイサギだって上手に魚を獲るわ。
だけど石や木の枝よりも、疑似餌を使った方がもっとたくさん魚が獲れるはず。」
「なるほどな。じゃあその疑似餌を見返りに手伝ってもらうわけだ。」
「そういうこと。決行は今日の夜よ。」
「また急だな。」
「思い立ったらすぐ行動。でなきゃいつかどうでもよくなっちゃうもの。」
ミミズの疑似餌を抱えながら、空に舞い上がる。
「日が沈んだらまたここへ来て。」
「ああ。人間どもにギャフンと言わせてやろうぜ。」
ムーは拳をにぎって応える。
おチョウさんは「それじゃ」と遠くへ飛び去っていった。
「ようし!こうなりゃ思う存分人間の光を消し去ってやる。夜はお月さんの光だけで充分なんだ。」
そう言って「頑張ろうぜアビー!」と振り返った。
「・・・どうした?浮かない顔して。」
「う〜ん・・・そんな上手くいくかなあと思って。」
「なんで?鳥が協力してくれるんなら、きっと上手くいくさ。」
「でもゴイサギって肉食性だよ?魚だけじゃなくて、虫だって食べるんだよ。」
「知ってるよ。だから見返りにミミズの疑似餌を用意してあるんだ。
事が終わるまでは俺たちを襲ったりはしないって。」
「そうだけどいいけど・・・・。」
アビーの不安は募る。
人間は憎い、ギャフンと言わせてやりたい。
しかしそれと同時に、鳥を恐れていた。
鳥は虫の天敵である。
というより小動物の天敵だ。
虫もトカゲもヘビさえも、鳥には敵わない。
ムクドリのような小さな鳥でさえ、大きなムカデを平気で食べてしまう。
またハチクマという猛禽類は、スズメバチの巣を襲うことがある。
巣を見つけると、猛スピードで飛んでいき、鋭い爪でキックをかますのだ。
ハチクマの一撃を受けたスズメバチはパニックを起こし、統率の取れた攻撃が出来なくなってしまう。
そして毒針で反撃しようにも、ハチクマの羽は硬い。
得意の噛み付き攻撃も、これまた羽によって防がれてしまう。
最強と名高いスズメバチの群れでさえ、ハチクマの前では成す術がないのだ。
虫にとって、鳥は人間に次ぐ強敵だ。
そんな生き物の手を借りるとなると、冷静ではいられなかった。
「ねえ。もし途中でゴイサギが裏切ったらどうするの?そりゃあ見返りの疑似餌は魅力的だろうけど、私たちを前にしてじっとしていられるかな?」
「さあなあ。」
「なによ、曖昧な返事。」
「だって分かんないもん。鳥と一緒に戦ったことなんてないから。」
「私たちが人間の光を壊す前に、全部ゴイサギに食べられちゃうかも。」
アビーは心配だった。
この作戦、果たして上手くいくのか?
年々虫は減少し、数で勝負すればいい理論が通用しなくなっている。
死んだ分は増やせばいいといっても、増える場所がないし、増えた以上に殺されてしまうのだ。
不安そうにするアビーを見て、ムーは「らしくないな」と言った。
「いつもならお前の方がやる気になるのにさ。」
「最近不安なのよね。いつか虫が消えちゃうんじゃないかって。」
「そうなったら人間も消えるよ。俺たちがいるから、この星の緑は栄えてるんだ。」
「そうだけどさ・・・。」
脚を組み、ツンと唇を尖らせる。
空を見上げ、まだまだ夜が静かだった頃を思い出した。
「この町へ来たとき、もっと暮らしやすい場所だったよね。」
「しょうがないさ、人間はすぐに景色を変えちゃうんだから。
例え自分たちが住みにくくなったとしても。一種の病気だぜありゃ。」
「月だけが光ってた夜・・・・いつかまたやってくるかな。」
満点の星の中、誰よりも強烈に輝く月。
その光は、夜を彷徨う虫たちを、正しい方向へ導いてくれる。
だが今の時代、月の光は人の光によってかき消される。
至る所に狂気の光が満ちているのだ。
「月と星明かりだけでいいのに。」
空に重ねた目に、懐かしい思い出が滲んだ。

 

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