虫の戦争 第十七話 白銀ナイト(1)

  • 2017.11.27 Monday
  • 12:11

JUGEMテーマ:自作小説

冬は死神の季節である。
少なくとも虫にとっては。
夏、あれほど涌いていた虫たちは、寒さの到来と共に消え失せた。
死ぬ者もいれば、越冬する者もいる。
どちらにせよ、暖かい季節のように、地表を動き回ることは出来ないのだ。
・・・・ある一部の虫を除いては。
冬、雪が積もった川原に行くと、せっせと歩いている虫を見ることができる。
カワゲラだ。
別名「雪虫」とも呼ばれ、俳句の季語にもなっている。
とても原始的な昆虫で、何億年も前からほとんど姿を変えていない。
大きさは一センチほどで、羽はあったりなかったりと、種類によって違う。
細長い体形をしていて、脚の生えたイモムシのように見えなくもない。
幼虫の時は水の中で過ごし、成虫になると陸へ上がる。
カワゲラは雪が積もる季節になると、寒さを我慢して地表を歩く。
なぜそんなことをするのかというと、幼虫時代に下流へ流されてしまうことがあるからだ。
普段は岩の裏側などにくっついているが、何かの拍子で流されてしまうことがある。
下流の環境はカワゲラにといって良いものではなく、酷い時などは海まで流れて死んでしまう。
大人になり、川から這い出たカワゲラは、流されてしまった分だけ登らないといけないのだ。
今年、アビーたちが暮らす町にも雪が降った。
夜中から降り続けた粉雪は、陽が昇る頃には10センチほどの嵩になっていた。
日曜日ということもあり、土手には人間の子供の姿が溢れている。
定番の雪だるま、正月にやりそびれた凧揚げなど、冬という季節を満喫していた。
「人間はいいなあ。冬でも自由に動けるんだから。」
捨ててあったパンを毛布にしながら、ムーが愚痴る。
「ほんとよねえ。恒温動物って羨ましいわ。」
拾ってきた手ぬぐいに包まって、アビーが頷く。
ちなみに恒温動物とは、体温が変わらない生き物のことだ。
哺乳類、鳥類がこれにあたる。
それ以外の生き物は、周りの環境によって体温が変化する。
これを変温動物という。
虫も含めた小動物たちは、寒い季節には行動に制約を受けるのだ。
ちなみに同じ変温動物でも、魚は制約を受けにくい。
なぜなら水温というのは、気温よりも変化が少ないからだ。
冬でも泳いでいる魚がいるのは、この為である。
いつでも自由に動き回れる人間は、虫たちにとって羨ましいことこの上ない。
しかしカワゲラは冬でも地表に出てくる。
そうしないと環境の悪い場所で産卵をしないといけないからだ。
アビーは雪の上を歩くカワゲラを見つけた。
クロカワゲラという、羽を持つ種類だ。
「こんにちわ。」
声をかけると、怪訝な目を向けられた。
「なによアンタたち。冬に動き回ってちゃ死ぬわよ?」
「だから毛布にくるまってるのよ。」
「どこが毛布よ。ただの薄汚れた手ぬぐいじゃない。」
「けっこうあったかいのよ、ねえムー?」
「そうだぜ。このロールパンの切れ端なんか、断熱性が抜群なんだ。」
「ちょっとカビが生えてるじゃない。」
「ん?まあ細かいことは気にしない主義なんだ。」
「どうでもいいけど邪魔はしないでね。私には目指す場所があるんだから。」
雪の上をせっせと這っていくカワゲラ。
アビーが「どうして飛ばないの?」と尋ねた。
「せっかく羽があるんだから、飛んだ方が早いでしょ?」
「寒いから。」
「え?」
「冬は風が強いでしょ?モロに冷気を受けるじゃない。」
「ああ、なるほど。」
「それに私はそこまで飛ぶのは得意じゃないから。ハチやカナブンが羨ましいわ。」
せっかく羽があっても、この寒さでは使えない。
過酷な道のりだろうと、歩いていくしかないのだ。
「ここから2キロほど上流が、私たちカワゲラの溜まり場なの。そこまで行けばゴールよ。」
「じゃあさ、一緒について行ってあげる。」
「おう、ボディガードだぜ。」
「アンタらなんか役に立つの?」
「こう見えても妖精種よ。」
「そりゃ見れば分かるけどさ。二匹ともチンチクリンって感じじゃない。」
「チンチクリンはムーだけ、私はしっかり者だから。」
「いいや、アビーこそチンチクリンだね。俺こそが賢者だ。」
「どっちも似たようなもんでしょ。」
うるさいアビーたちを無視して、先を歩いていく。
道のり自体は平坦だ。
何せ雪が積もっているので、歩きやすいことこの上ない。
体重が軽い虫は、いくら歩いても雪に沈むことはないのだ。
しかし2キロという距離は遠い。
飛んで行くならあっという間だが、徒歩でとなると行軍に近い。
道のりは平坦でも、たどり着くまでに幾つもの危険が待っているのだから。
「あ!危ない!!」
遠くからボールが飛んでくる。
アビーは手ぬぐいを脱ぎ捨て、カワゲラを抱えて空に舞った。
ドッゴン!!と大きな音を立て、野球ボールが雪にめり込む。
虫からすれば、戦艦大和の主砲を撃たれたような衝撃だ。
「危なかったあ・・・・大丈夫?」
「なんとか。それよりさ、このまま運んで行ってくれるとありがたいんだけど。」
「そうしたいんだけど、飛んでると寒くて。」
カワゲラの言った通り、冬の飛行はこたえる。
変温動物のアビーにとって、冷気は天敵なのだ。
そっとカワゲラを落とし、再び手ぬぐいにくるまる。
すると今度はムーが「危ない!」と叫んだ。
先ほどのボールを取りに、人間の子供が走ってきたのだ。
ズズン・・・ズズン・・・と辺りが揺れる。
アビーたちにとってはシン・ゴジラの襲来に近い。
「逃げるぞ早く!」
虫にとって人間の子供は天敵である。
殺されるだけではすまない。
脚や羽をちぎられて、散々弄ばれた後に、ポイっと捨てられてしまうのだ。
「こっち来んな!猿モドキの幼虫!」
冬の空は寒いが、懸命に羽ばたいて難を逃れた。
「寒う・・・・、」
ムーはブルっと震える。
急いで逃げ出したので、パンを捨ててしまったのだ。
それはアビーも同じで、手ぬぐいは子供の傍にある。
「死ぬ・・・・。」
二匹で身を寄せ合うが、変温動物なので暖まらない。
カワゲラは「だから言ったのに」と呆れた。
「とっとと巣に帰りなよ。」
「ここまで来たら最後まで付き合うわ。」
「どうせ帰っても暇だし。」
二匹は妖精の蜜を吐き出し、ピザ生地のように伸ばした。
「こうやって身体に巻いとけば、ちょっとは楽になるわ。」
「便利なもんだね、妖精は。」
カワゲラは気合で歩いていく。
身を切る寒さは堪えるが、過酷な自然に負けては生きていけない。
途中、また子供のボールが飛んできたが、臆することなく進み続けた。
・・・目的地まで、ようやくあと1キロの所までやってきた。
カワゲラは「もうちょっとだね」と、辿った足跡を振り返る。
しかし残念ながら、虫の体重では足跡は残らない。
頭の中に歩いた分を想像し、自分を励ます。
ゴールまであと半分、気合を入れて歩みだすが、思わぬ障害が立ちはだかった。
「なんだいこりゃ・・・・・。」
10メートルほど先に、コンクリートの段差が出現したのだ。
高さはざっと50センチ。
「去年はこんなもんなかったのに。」
「これ堰ね。」
「堰?」
「ほら見てよ、川の方まで伸びてる。」
段差は川を横切って、対岸まで続いている。
「去年に大雨があって、土手が水浸しになったのよ。」
「知ってるよ、それでアタイも流されたんだから。」
「だから人間が堰を作ったの。」
「また余計なことを。」
顔をしかめながら、コンクリートの壁を登っていく。
だが苦難は終わらない。
登りきったその先には、恐ろしい敵が待ち構えていたのだ。
なんと人間の子供が立ち小便をしていた。
カワゲラはその直撃を受けて、雪の中にめり込んでしまう。
「ちくしょおおおおお!」
子供の小便を受けながら、雪の最新部まで沈んでしまった。
やがて黄色い濁流はやみ、人間の子供が去っていく。
アビーは「大丈夫?」と雪の中を覗き込んだ。
「大丈夫なもんか・・・・こんだけ埋まってるのに。」
「ちょっと待ってて。」
アビーとムーはよっこらしょっと引っ張る。
辺りの雪は黄色く染まり、ツンと鼻をつく臭いがした。
「ほんとに人間め・・・・。」
オシッコにもめげることなく、目的地を目指していく。
しかしそこへ次なる刺客が。
オレンジ色の羽毛をした小鳥が襲いかかってきたのだ。
この鳥の名はジョウビタキ。
冬になると日本へやってくる渡り鳥だ。
オスは鮮やかなオレンジの羽毛をしていて、頭は白く、顔は黒い。
メスは褐色系で、オスほど鮮やかではない。
キジやカモ、クジャクの場合もそうだが、鳥はオスの方が鮮やかな色彩をしている。
派手な色でメスの注意を惹く為だ。
中にはダンスを踊ってメスにアピールする鳥もいる。
今、目の前に現れたのはオスのジョウビタキ。
この鳥は雑食性で、昆虫や木の実を食べる。
当然カワゲラも食事の中に含まれる。
「あ・・ああ・・・・・、」
天敵に睨まれて、慌てて逃げる。
しかし鳥の翼から逃げられるわけがない。
舞い上がったジョウビタキは、隕石のごとくカワゲラに飛びかかった。
「ムー!」
アビーが叫ぶ。
「任せろ!」」と叫んで、巨大なタランチュラに変身した。
人間の手の平ほどもあるこのクモの名は、ゴライアスバードイーター。
アマゾンに生息する世界最大のクモだ。
特別大きな個体になると、大人の両手の大きさを超える
毒はそう強くはないが、その巨体ゆえに牙の威力は絶大だ。
全身を鋭い体毛で覆っていて、この毛を撒き散らすことで、敵から身を守る。
ちなみにバードイーターとい名前がついているが、本当に鳥を食うわけではない。
その大きさゆえに、鳥さえも捕食してしまいそうな印象を与えているのだ。
性質は獰猛で、巨大なムカデと渡り合うこともある。
日本の野生下にはまずいない虫だが、その虫が目の前に現れて、ジョウビタキは「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。
「な、な、な・・・・なんだこりゃ・・・。クモか?」
「外国産のな。その気になれば、お前ていどの小鳥なら仕留められるぜ。」
そう言って「シュー!」という威嚇音を鳴らした。
歩けば音がするほどの大きなタランチュラ。
そんなものに睨まれては、さすがの鳥も退散するしかなかった。
「逃がすか!」
ムーは思い切り飛びかかる。
彼は今、鳥に恨みを抱いていた。
去年の初夏、ゴイサギに生餌として利用されてしまったからだ。
何度も何度も川に落とされて、最後の最後は食われてしまった。
『お前は奴隷だ。』
あの時ゴイサギに言われた一言は、怒りの炎となって胸に残っている。
ムーにとって、鳥は人間の次に憎い生き物なのだ。
「鳥なんざロクなもんじゃねえ!たまには虫に食われりゃいいんだ!!」
ゴライアスバードイーターの脚先は、硬い爪になっている。
俊敏なこのクモは、ジョウビタキが空へ逃げる前に、その爪で引っかけた。
「ひいい!やめろ!!」
「嫌だね。」
開脚20センチを超える脚で、ガッチリと抱え込む。
拘束具で縛り上げられたかのように、ジョウビタキは身動きが取れない。
ムーは上体を持ち上げ、小型犬ほどもある牙で、首元を突き刺した。
「ぎゃッ・・・・、」
短い悲鳴が響く。
いくらこのクモの毒性が強くないといっても、小鳥にとっては致命傷となる。
ムーはありったけの毒を注いで、哀れな小鳥の体内を溶かした。
溶けた肉はタランチュラにとって最高のスープ。
ゴクゴクと吸い上げて、「げふ」とげっぷをした。
恐ろしい天敵がいなくなり、カワゲラはほっとする。
人間に堰に鳥。
たった2キロの道のりだが、カワゲラにとっては過酷な冒険だ。
アビーとムーはそれからもカワゲラを守り続けた。
溶けた雪にはまったのを助けたり、危うく道を間違えそうになったり。
紆余曲折あったものの、どうにか目的地までたどり着くことが出来た。
「ありがとう。アンタらのおかげで安心して卵を産めるわ。」
最初は頼りなさそうな奴らだと思ったが、約束通りボディガードを務めてくれた。
「なんにもお返しはできないけど・・・・。」
「いいのそんなの。」
「虫だって助け合いが必要だぜ。俺たちは弱肉強食だけで成り立ってるわけじゃないんだから。」
カワゲラは「ほんとにもうね・・・言葉もないっていうか」と感極まる。
「アンタらがいなきゃとうに死んでたわ。この恩・・・・絶対に忘れないから。」
「じゃあね、カワゲラさん。」
「いつかまた。」
手を振り、カワゲラの元を後にする。
あのカワゲラがちゃんと卵を産み、その子が育つかは、誰にも分からない。
しかしまだ見ぬ可能性にこそ、大きな希望が詰まっている。
先ほどムーが言った通り、自然界は弱肉強食だけで成り立っているわけではない。
人間以外の生き物だって、時に割に合わない行動をすることがあるのだ。
ライオンのメスが小鹿を育てたり、シャチが遊びでアザラシを殺したり。
良くも悪くも合理的ではない行動をすることがある。
小鹿を育てるメスラインは母性のせい。
アザラシをいたぶるシャチは頭がいいからこその遊び。
理屈を付けることは可能だが、それでも合理的とは言えない。
今日、アビーとムーが行ったことは、合理的な事ではない。
多くの危険からカワゲラを守るのは、アビーたち自身にとっても危険なことだ。
それでも最後までカワゲラを守ったのはなぜか?
その答えはアビーたちにも分からない。
しかし生き物にはこういうことがある。
損得抜きに、なぜかこういう行動を取ってしまうことが。
合理的な自然界といえども、全てが理屈で成り立っているわけではないのだ。
その日の夜、また雪が降った。
今朝の雪とは違って大粒の雪だ。
暗い空から落ちてくる雪は、優雅に舞う白アゲハのよう。
アビーとムーは、手ぬぐいにくるまりながら眠った。
日中、二匹は散々に冷気を浴びてしまった。
無理して空を飛び、極端に体温を下げてしまった。
ずっと手ぬぐいにくるまっているが、いっこうに体温は上がらない。
夜に降り出した雪は、手ぬぐいをつつむほど降り注ぐ。
やがて次の朝が来る事、二匹はこの世を旅立っていた。
しかしこの世を旅立つ前に、二匹揃って同じ夢を見た。
それは今日のカワゲラのこと。
自分たちにとってなんの得もないのに、どうしてあんな行動を取ったのか?
理屈に合わないその行動に、奇妙な幸福を抱いていた。

 

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