虫の戦争 第十八話 白銀ナイト(2)

  • 2017.11.28 Tuesday
  • 14:39

JUGEMテーマ:自作小説

対立、共存、寄生、共生。
一つの場所に複数の生き物が集まると、このどれかを選ぶことになる。
どの選択がベストであるかは、状況によって変わるだろう。
戦って勝てそうな相手なら、対立を選ぶのもいい。
相手が自分より強そうなら、上手く立ち回って寄生という手もあるだろう。
多くの生き物が集まる場所で生き抜くには、どういった選択をするのがベストなのか?
その見極めを誤ってしまうと、すぐさま地獄行きである。
春が終わり、木々に緑が宿る頃、一匹のイモムシが卵から顔を出した。
初めて見る空、初めて踏む土。
どれもこれも初めてのものであるが、イモムシは自分が何をすべきか知っていた。
「・・・・・・・。」
しばらく這いずりまわり、一本の木を見つける。
もそもそと細長い身体を動かして、大きな木に登り始めた。
身体の色は茶色く、樹皮に馴染む。
そのおかげで敵には見つかりにくいが、もし目に止まれば即アウトだ。
鳥か?トカゲか?はたまたムカデかクモか?
今日生まれたばかりの未知の世界には、数え切れないほどの敵が蠢いている。
それでも行動に迷いはない。
鈍間な動きではあるが、せっせと木を登っていった。
するとある生き物がイモムシの傍にやって来た。
アリだ。
アリは小さな身体をしているが、身体能力は高い。
力もあるし動きも早いし、大きさの割には頑丈だ。
中には毒針を持つ者もいる。
今、イモムシが出くわしたアリは毒針を持っていた。
このアリはサソリのように尻尾を持ち上げて、自慢の毒針を突き刺す。
離れた敵には毒液を飛ばすことさえある。
かなり獰猛な種類だ。
そんな恐ろしいアリが、2匹、3匹と群がって来る。
当然だろう。
いいご馳走を見つけたのだから。
アリはフェロモンを出し、さらに仲間を呼ぶ。
イモムシはあっという間に囲まれてしまった。
逃げ場はない。
かといって戦っても勝てない。
もはやイモムシの運命は決した。
美味しそうなご馳走を見つけたアリたちは、ヒタヒタと近寄ってくる。
大きな顎を見せつけながら、イモムシの背後へと回り込む。
そして・・・・・、
「・・・・甘〜い!」
恍惚とした表情で叫んだ。
「ほら、あんたも飲みなよ。」
「うん!」
アリはイモムシのお尻に顔を近づける。
そして・・・・、
「甘〜い!」
「ウチもウチも!」
一匹、また一匹と「甘〜い!」と叫ぶ。
「こんな甘味を出せるなんて、あんたは昆虫界の川越シェフや〜!」
感極まった一匹が叫び、「川越シェフは料理だけはしないのよ」と冷静な一匹がツッコんだ。(注 料理します)
「こんなご馳走が食べられるなんて、私たちアンタを守るわ!」
アリたちは「お家へどうぞ」とイモムシを連れていく。
その途中、イモムシを狙ってトカゲが現れたが、アリの猛攻によって撃退された。
毒針を受けたトカゲは、憐れ地面へ落ちていく。
「この子は私たちが飼うの。」
「そうそう、他の誰にも渡さないわ。」
毒針を持ったアリが護衛については、おいそれと手が出せない。
クモもムカデも、うらめしそうに眺めているしかなかった。
やがてイモムシはアリの巣の連れて行かれる。
「ここが私たちの家よ。」
「遠慮せずにどうぞ。」
アリの巣は木の中にあった。
樹皮の間や、穴の空いた隙間に営巣しているのだ。
巣の中にはたくさんのアリがいて、誰もが「甘〜い!」と虜になった。
「このイモムシ、お尻から濃密な甘い液を出すのね。」
「こんなご馳走他にないわ。」
「大人になるまで私たちが守ってあげましょう。」
「その見返りとして、あなたの甘い露をちょうだいね。」
イモムシはニヤリとほくそ笑む。
それからしばらくの間、イモムシはアリの巣で過ごした。
ここにいる限り、外敵に襲われる心配はない。
それに餌も貰える。
イモムシはすくすくと育っていった。
ある日、イモムシは外に出たくなった。
「・・・・・・・・・。」
「え?なに?散歩に行きたいって?」
「しょうがないなあ。」
アリたちは忙しい。冬に備えて食料を集めているのだ。
しかしイモムシたっての希望とあれば、無視するわけにはいかなかった。
お尻から出る甘い露は、何よりのご馳走だから。
「じゃあちょっとだけね。」
外出中に何かあってはまずい。
クソ忙しい最中だというのに、数十匹のアリが護衛についた。
巣の中から這い出て、久しぶりのシャバを堪能する。
辺りにはカマキリやクモがいるが、誰も手を出せない。
下手に近づけばアリの毒針の餌食だ。
イモムシはえっちらおっちらと木の上を這い回る。
「はい、もうおしまい。」
「外は危ないからね。」
アリたちはイモムシをせっつく。
全然帰りたがらないので、無理矢理に引っ張っていった。
それからさらに月日が経ち、イモムシに成長の兆しが現れた。
樹皮の隙間へ移動して、じっと動かなくなってしまったのだ。
アリたちが呼んでも、うんともすんとも返事をしない。
やがて姿たかちまで変わってしまった。
サナギになったのだ。
それからさらに時間が流れ、イモムシは殻の中から這い出てきた。
その姿は幼虫の時とは似ても似つかない。
身体はスラっと細くなり、頭には触覚を備えている。
短かった足は長く伸び、口はストローのように変化していた。
何もかも変わってしまったが、最も大きな変化は羽が生えてきたことだ。
身の丈を超える大きな羽。
黄色を基調として、幾つもの黒い筋が走っている。
その羽をパタパタと動かすと、風になびく凧のように、大空へと舞い上がっていった。
しばらく辺りを飛び回り、巣の傍へ戻ってくる。
「育ててくれてありがとう。私に子供ができたら、その時はまたよろしく。」
そう言い残し、遠い空へと旅立っていった。
アリたちは「元気でね」と触覚を振った。
・・・あのイモムシの名はキマダラルリツバメ(黄斑瑠璃燕)
美しい羽をもつチョウだ。
それを育てたアリの名はハリブトシリアゲアリ(針太尻挙蟻)
この二つの虫は共生関係にある。
キマダラルリツバメはアリにボディガードをしてもらい、ハリブトシリアゲアリはイモムシから甘い露をもらう。
アリとチョウ。
まったく異なる虫同士が手を組んで、Winwinの関係を築いているのだ。
そんな様子を遠くから眺めている者がいた。
「へええ・・・賢いチョウがいたものねえ。」
ウスバアゲハのナギサだ。
かつて蛍子さんに服を作ってもらったあのチョウだ。
今では立派な妖精になっている。
「チョウは大人になれば空を飛べるけど、幼虫の時は無防備だからね。別の生き物に守ってもらうのはアリかもしれないわ。」
ナギサは早速この事を仲間に伝えた。
「いいみんな?次に産卵したら、別の生き物に幼虫を守ってもらうの。そうすれば敵に食べられずにすむわ。」
この目で見たキマダラルリツバメとハリブトシリアゲアリの共生関係。
それをみんなに説くことで、いかに共生が素晴らしいか知ってもらおうとした。
「なるほどね。」
「そりゃいい考えだ。」
「でも私たちの幼虫を守ってくれる生き物なんているかしら?」
「探せばきっといるわよ。」
「だけどこっちだって、何らかの見返りをあげないとダメなんだろ?」
「そんなの俺たちには無いしなあ。」
「もう!やる前から諦めない。知恵を出し合って考えるのよ。」
ウスバアゲハたちは、あーでもないこーでもないと話し合う。
するとそこへムーがやって来た。
「オッス!おらカナブン。」
「あら、久しぶりね。悪いけど帰って。」
「んだよ。冷たい言い方するなよ。」
「今は大事なことを話し合ってるの。」
「へえ、なになに?」
「カナブンには関係のないこと。」
「聞かせてくれよ。」
「だからアンタには関係ないって。」
「関係ないから聞きたいんじゃん。」
「なんで?」
「責任がないから。」
「なるほど、冷やかしってわけね。」
「そうとも言う。で、何を話し合ってたんだ?」
ムーは「聞かせろ」としつこい。
やがてナギサの方が折れて、「実はね・・・」と話した。
「ほう、お前らも共生をしたいと?」
「だって幼虫の時は危ないから。」
「まあなあ・・・・確かに無防備ではあるよな。」
「カナブンは幼虫の時は土の中だし、アビーはハチだから大人に守ってもらえるでしょ?けど私たちには何もないのよ。」
「でも身体の中に毒持ってんだろ?ウスバアゲハは。」
「大した毒じゃないもの。大人になればけっこう強くなるけど。」
「でも共生っていったって、いったい誰とやるつもりなんだよ?」
「だからそれを話し合ってるの。」
ナギサはそっぽを向き、しっしと触覚を振った。
「冷やかしに付き合ってる暇はないの。そのうち遊んであげるから帰ってちょうだい。」
幼虫時代をどう生き延びるか?
これは大きな課題だ。
もしこの課題を解くことが出来たら、幼虫の生存率が上がるかもしれない。
ナギサを始め、他のチョウも真剣に話し合った。
気がつけばたくさんのチョウが集まって、ちょっとした会議になっていた。
しかし答えは出ない。
夕暮れに始まった会議は、月が昇る頃まで続いた。
「・・・・ダメね、結論が出ないわ。」
ナギサはうなだれる。
ゴロンと葉っぱの上に寝転ぶと、背中に硬い物が当たった。
「なにコレ・・・・・、」
「オッス!おらカナブン。」
「アンタまだいたの!?」
「暇だからさ。」
「アビーの所に行けばいいじゃない。」
「あいつこの前死んじゃってさ。まだ復活してないんだよ。」
「あっそ。とにかくアンタは帰って。今は遊んでる暇はないの。」
「・・・・・・・・。」
「なによ?じっと睨んで。」
「アビーに頼んでみるか?」
「は?」
「共生だよ共生。」
「なんでアビーに頼むのよ?」
「だってあいつはハチだぜ?マルハナバチっていうミツバチの親戚だ。」
「知ってるわよ。」
「じゃあハチとアリが親戚だってことも知ってるか?」
「そうなの?」
ナギサは目をパチクリさせる。
「ます最初にハチがいて、そこから進化の枝分かれで生まれたのがアリなんだよ。だからケツに毒針を持ってる奴がいるだろ?」
「へえ、そうだったんだ。そういえば見た目もちょっと似てるもんね。」
「お前の見たチョウはアリに守ってもらってたんだろ?だったらお前らはハチに守ってもらえばいいじゃん。」
「でも上手くいくかな?」
「スズメバチやアシナガバチみたいな肉食系だと無理だろうな。でもハナバチは大人しいハチだ。
肉食じゃないから、チョウの幼虫を食べたりしないだろうし。」
「だけど何にも見返りをあげられないわ。それじゃ守ってもらえないでしょ?」
「いいや、見返りならある。」
「どんな!?」
ナギサは身を乗り出す。
ムーはいじらしく脚の爪を立てた。
「毒だよ。」
「毒?」
「ウスバアゲハには毒があるだろ?それを見返りにやるんだよ。」
ムーはどうだと言わんばかりに胸を張るが、ナギサは「?」と口を尖らせた。
「毒ならハチにもあるでしょ。見返りになんかならないじゃん。」
「いいや、なる。」
「なんで?」
「種類が違う。」
「種類?」
「ハチの毒はタンパク毒っていうんだ。そんでもって、お前の持ってる毒はアルカロイドってやつだろ?」
「そうよ。幼虫の時にムラサキケマンっていう植物を食べるの。それが体内に溜まって毒になるのよ。」
ナギサは自慢気に言う。
「いいか?タンパク毒ってのは、簡単に言うと細胞をぶっ壊す毒なんだ。
ハチに刺された人間が痛がるのはその為なんだよ。
刺された場所が真っ赤に腫れて、ほっとくと壊疽することだってある。」
「怖いわね。」
「細胞をぶっ壊し、なおかつ強い痛みを与える。コブラとかの神経毒に比べると致死性は低いけど、その代わり苦痛を与える効果があるわけだ。
オオスズメバチなんかは強いタンパク毒を持ってるから、どの生き物からも恐れられてるってわけさ。」
「ふ〜ん。じゃあ私のアルカロイドは?」
「アルカロイドはタンパク毒と同じく、生き物によって生成される毒なんだ。
だけどタンパク毒とは全然違った効果がある。」
「例えば?」
「麻薬さ。」
「麻薬?」
「人間は麻薬を使うだろ?あれは植物から作ってるんだよ。ケシの実とか大麻とかな。」
「馬鹿よね。毒なのに好き好んで使うなんて。」
「そうだな。でも使いようによっては薬にもなるんだよ。」
「そうなの?」
「人間って痛みに弱いじゃん?ちょっとした怪我でも大げさに喚くし。」
「分かるわ、ほんっとにすぐ喚くもんね。情けない猿モドキどもは。」
「だから人間は病院に行って、治療を受けるわけさ。でも治療によってはすごく痛みがあるらしいんだ。そんな時どうすると思う?」
「どうするの?」
「アルカロイドを使うんだよ。」
ムーは腕を組み、「いいか?」と続ける。
「アルカロイドには色んな作用がある。代表的なのだと幻覚作用だな。麻薬を使うと幻覚を見るのはその為なんだ。」
「へえ、それで?」
「他にも効果がある。それは痛みを取り除く効果さ。」
「痛みを・・・・?」
「アルカロイドを元に作った薬に、モルヒネってのがあるんだよ。
これはアヘンから抽出して作るんだ。アヘンにはモルフィンってアルカロイドが含まれてて、これには痛みを取り除く効果がある。」
「うん。」
「このようにアルカロイドには色んな作用があるんだ。単に細胞をぶっ壊すだけのタンパク毒とは違うんだよ。」
「へえ。」
「だからさ、それを手土産にハチに共生を持ちかけるんだよ。アルカロイドは色んな効果を持っていて、きっと役に立ちますよって。」
「なるほどね。幻覚作用に痛みを取り除く効果か・・・・。」
ナギサは腕を組み、「う〜ん」と唸る。
しばらく悩み、考えがまとまった。
「・・・・いいわ、その方向で行ってみよう。」
「じゃあアビーが復活したら話を通しとくよ。あいつならきっと引き受けてくれるはずさ。」
「お願いね。」
ムーの協力により、ナギサは光明を得た。
もしハチと共生関係を築くことが出来れば、ウスバアゲハにとってこれほど有益なことはない。
・・・・それから一年後、アビーが復活してきた。
ムーは早速「かくかくしかじかで・・・」と話を通した。
「うん!いいわよ。友達の巣の女王に頼んでみる。」
「任せたぜ。」
「任せてちょうだい!」
アビーはドンと胸を張る。
その翌日、ナギサはマルハナバチの女王と会うことになった。
ハナバチ類は地面に巣を作る。
ネズミなどが使っていた古い巣を再利用するのだ。
いつもの川原から少し北に上がった所に、広大な草地がある。
ここにウスバアゲハの群れと、マルハナバチの群れが向かい合い、大規模な会議が行われた。
議長はナギサ。
徹夜で考えた演説により、仲間のみならず、ハナバチからも拍手が沸いた。
「これは良いアイデアね。」
ハチの女王も満更ではない。
しばらく話し合いが続き、結論へとたどり着いた。
ナギサが前に出る。
女王も前に出る。
二匹はガッチリと握手を交わした。
「これからよろしく。」
「こちらこそ。」
一斉に拍手が沸く。
アビーとムーも「やったね!」とハイタッチした。
今日、虫の世界に一つの革命が起きた。
ウスバアゲハとマルハナバチの共生。
今までにない新たな関係が築かれたのだ。
「歴史的瞬間だわ!」
ナギサは空を舞う。
雨が降りそうな曇り空ではあるが、心は快晴だった。
「共生!なんて素晴らしいのかしら!!」
歌うように、踊るように空を舞い続ける。
大衆からの拍手は鳴り止まなかった。

          *****

桜が散り、青い葉が色づく頃になった。
一匹のイモムシが孵化して、初めて見る世界を歩き始める。
そこへ数匹のマルハナバチがやって来た。
「こんにちわ。」
「早速だけど、あなたをウチの巣に案内するわ。」
「え?ああ・・・色々と大人の事情があるのよ。幼虫のあなたはまだ知らなくていいことなの。」
イモムシはわけも分からずハチに連れて行かれる。
「ここが私たちの家よ。」
「あなたの家でもある。」
「いつかチョウになるまで、ここで一緒に暮らすのよ。」
マルハナバチは草を掻き分け、イモムシを招き入れる。
ここにはたくさのハチがいる。
大人しいハチではあるが、ハチはハチだ。
もしも巣を襲撃されたら、毒針をもって応戦する。
この場所にいる限り、イモムシは安全な日々を過ごすことが出来るのだ。
しかしタダでというわけにはいかない。
お互いが得をしてこその共生なので、マルハナバチ側にもメリットが必要だ。
残念ながら、このイモムシに大したことは出来ない。
キマダラルリツバメのように、お尻から甘露を出すことは無理だ。
だったらどうするか?
なんと大人のチョウがやってきて、マルハナバチにあるプレゼントを贈るのだ。
イモムシがハチの巣へやって来てから二日後、ナギサがヒラヒラと空を舞ってきた。
「あなた達の仲間から聞いたわ、ここへウスバアゲハの幼虫がやって来たって。だから・・・ハイこれ。」
ナギサは大きな羽を振る。
鱗粉が舞い散って、たくさんのハチに降り注いだ。
「ああ・・・・。」
ハチは恍惚とする。
なぜならこの鱗粉には二つの作用があるからだ。
一つは麻薬としての作用。
気分を落ち着かせ、それと同時に快楽をもたらす。
二つめは鎮痛作用。
ハチは外を飛び回ることが多いので、生傷が絶えない。
その傷によるダメージがふわりと軽減されていった。
といっても、痛みが消えたわけではない。
虫には痛覚がないので、どんな傷を受けても痛がることはないのだ。
ただし反射作用によって、痛そうにもがくことはある。
いくら痛覚がなくても、怪我を追えば普段通りというわけにはいかないのだ。
しかしそれも鱗粉に含まれるアルカロイドによって癒えていく。
快楽をもたらす麻薬作用。
怪我を忘れさせてくれる鎮痛作用。
アルカロイドという毒は、使いようによって様々な効果を生み出すのだ。
ハチの毒にはない特殊な力。
ウスバアゲハと共生関係を組むことで、初めて手に入れた秘宝だ。
「いい・・・・気持ちよくなっていくわ。」
「身体が楽になる・・・・疲れも感じないし、いくらでも空を飛べるわ。」
ハチは働き者である。
巣のメンテナンスに蜜の収集。
それに子育てだってある。
ナギサがもたらした鱗粉は、それらの疲労や苦労を全て忘れさせてくれた。
「これならもっと働けるわ!」
ハチは普段の何倍も働いた。
あの日、ナギサが行った演説。
それはアルカロイドの作用によって、ハチの労働率を上げようというものだった。
精神的な疲労、肉体的な疲労。
アルカロイドを使えば、そんな煩わしいものから解放される。
その見返りとして、私たちの幼虫を育ててほしい。
労働を至上とするハチは、その演説に拍手喝采を送ったのだった。
ここに誕生した新たな共生関係。
それはお互いの種族に大きなメリットをもたらす・・・・はずだった。
・・・・事件が起こったのは、イモムシが巣へやって来てから一ヶ月後のことだ。
ウスバアゲハがくれる鱗粉のおかげで、ハチの労働率は何倍にも増した。
まだ梅雨にもなっていないというのに、冬を越せるだけの蜜が溜まっていた。
子供だってたくさん育ったし、巣だって大きくなった。
「みんな!もっと働こうぜ!」
バリバリゴリゴリ働くマルハナバチの群れ。
でもそんな生活は長く続かない。
ある日のこと、精力的に働いていた一匹のハチが、なんの前触れもなくこの世を去った。
集めた蜜を持ち帰る途中に、パタリと死んでしまったのだ。
それを皮切りに、ハチの突然死が増えるようになった。
一匹、また一匹と、仲間が消えていく。
溢れんばかりにいたハチの群れは、いつしか数匹にまで減ってしまった。
「なんてこと!これじゃ巣が破綻するわ!!」
女王は絶叫する。
立て続けに起こった突然死の原因は何か?
巣の回りをグルグル飛びながら、頭をひねった。
そして・・・・、
「・・・・イモムシ。あいつが来てからこの現象が起こり始めた。ということは・・・・、」
ある疑惑が首をもたげる。
そこへナギサがやって来て、「はい、いつもの」と鱗粉を撒こうとした。
「待って!」
「なに?」
「・・・・あなた、私たちを騙してない?」
「え?」
「見てよ、あれだけいた仲間が、ほんのちょっとに減ってしまったわ。」
悲しそうな顔をしながら、巣の上を歩き回る。
「多くの仲間がいきなり死んでしまったわ。なんの前触れもなく。」
「なにそれ・・・・病気でも流行ってるの?」
「違うわ、きっとこれのせいよ。」
そう言って巣に付着した鱗粉を睨んだ。
「これはアルカロイドという毒よね?」
「そうだけど・・・・まさか私たちを疑ってるの?」
「突然死が起こり始めたのは、あなた達のイモムシが来てからのことよ。となると、この鱗粉しか原因が考えられないわ。」
怒りを滲ませながら、ナギサを見上げる。
「ちょっと待ってよ!演説の時にも説明したけど、ハチが死ぬほどの毒は撒いてないわ。
あくまで怪我の苦しみを和らげたり、心を癒す程度の量で・・・・、」
「だったらなんで私の子供たちが死んでいったのよ!説明なさい!」
「説明なさいって・・・・私は知らないわ。」
いきなり水を掛けられた気分だった。
ナギサの頭は軽く混乱する。
「あのね女王様、考えてもみてよ。あなた達が死んでしまったら、いったい誰が私たちの幼虫の面倒を見るの?
あなた達を殺して得をすることなんて一つもないのよ。」
「それは・・・・確かにそうね。」
「私たちの幼虫は身を守る手段を持ってないわ。だからこそ共生関係を持ちかけたんじゃない。」
「じゃあなんで私の子供たちは死んでしまったの?なんの前触れもなくバタバタと。」
「そんなの私に聞かれても知らないわ。」
「このままじゃ巣は全滅。そうなったらこのイモムシだってどうなるか分からないわよ?クモやムカデに食べられちゃうかも。」
「そんな!ちゃんと守ってよ!」
「守れるだけの数がいないの!みんな死んでしまったから!」
二匹は激しく言い争う。
「やっぱりアンタが仕組んだんでしょ!」とか「そっちこそロクに蜜も食わせてなかったんでしょ!」とか。
そうやって言い争いをする中で、ナギサがこんな事を言った。
「だいたいね、アンタらハチは働きすぎなのよ!あんなに馬鹿みたいに働いてたら、疲れも溜まるし怪我もするわよ!」
「なんですってえッ・・・・・、」
女王は怒りに染まる。
「一生懸命働いて何が悪いのよ!」
労働の侮辱はハチへの侮辱。
毒針を伸ばし、「それ以上は許さないわよ」と睨んだ。
「な、何よ・・・・やろうっての・・・・。」
怯えるナギサ。
いきりたつ女王。
そこへムーがやってきた。
「おっす!おらカナブン。」
「るっさいわね・・・今はアンタにかまってる暇はないのよ。」
ナギサはシッシと追い払う。
女王は「ちょうどいい所に来たわ」と言った。
「ムー、アンタはどっちが悪いと思う?」
「何が?」
「最近私の仲間たちがバタバタ死んでいくの。」
「ふう〜ん、伝染病でも流行ってるのか?」
「違うわよ、それなら私も死んでるわ。きっとそのチョウの毒のせいだと思うの。」
そう言って今までの経緯を話した。
「・・・というわけなのよ。」
「う〜ん・・・・。」
「なのにそのチョウときたら、ベラベラと言い訳ばっかり。挙句の果てにはハチを侮辱するのよ。」
「侮辱?」
「私たちは働き過ぎだって。一生懸命働いて何が悪いのよ。」
憎しみを込めながらナギサを睨む。
するとムーは「働きすぎ・・・・」と唸った。
腕を組み、険しい顔で空を見上げる。
「あのさ、もしかしたらそれが原因なんじゃないの?」
「なにが?」
「だってさ、ナギサの毒をもらうようになってから、今までの何倍も働くようになったんだろ?」
「そうよ。疲れも辛さも吹っ飛ぶから、今までの10倍は働いたわね。」
「多分それだよ。それが原因でみんな死んでいったんだ。」
「・・・・どういうこと?」
女王は不思議そうに首をひねる。
ムーはこう説明した。
「人間の世界にはさ、過労死ってのがあるらしいぜ。」
「何よそれ?」
「働きすぎて死ぬこと。」
「意味が分からないわ。生きる為に働くのに、どうして働いて死ぬのよ。」
「限界を超えて働くからだよ。誰だって休息が必要だろ?働いたら疲れるから。
でもそれを無視して働きすぎるから、限界を超えた瞬間にパタっと逝っちゃうらしいんだよ。」
「そんなの初めて聞いたわ。」
虫の世界に・・・・いや、人間以外の世界に過労死などない。
疲れれば休むのが当然だからだ。
それを無視して働くのは人間・・・・いや、日本人くらいだろう。
「生きる為に働いてるのに、そのせいで死ぬ人間がいるんだ。」
「ハチはそんなことしないわ。いくら働くのが好きだからって、そこまでは・・・・、」
「普通はしないだろうな。でもアルカロイドのせいで普段より働いてたはずだろ?」
「・・・・・・あ。」
固まる女王。
ナギサも「なるほど」と頷いた。
「私の毒のせいで、疲れたら休むってことが出来なくなってたのね。」
「多分な。それ以外に突然死の理由が思いつかない。」
過労死。
虫の世界にはない現象。
というよりそんな概念自体がない。
女王はワナワナと震えだした。
「そんな・・・・いっぱい働けば、たくさん蜜も溜まるし、仲間だって増える。いい事ずくめのはずじゃないの!?」
「ないんだろうなあ。だって働きすぎて死ぬ人間がいるんだから。
俺らだって生き物だから、体力に限界はある。疲れたら休むし、睡眠だって取るし。」
そう、虫も睡眠を取る。
例えば夜行性の虫なら、昼間は草陰などで眠っている。
餌を取ったり巣を作る時など、働く時間帯は決まっていて、それ以外は休んでいるのだ。
中にはまったく寝ない虫もいるというが、睡眠を取る虫の方が圧倒的に多い。
「そんな・・・・そんなのって・・・・。」
働きすぎて死ぬ。
いい事だらけだと思っていた労働力の倍増は、死という危険と隣り合わせだったのだ。
働いたら、休む。
疲れたら、眠る。
あえて働かない時間を作った方が、結果的には労働率が上がる。
ムーの意見を聞いて、女王は仲間の死を申し訳なく思った。
「ごめんなさいみんな・・・・こんな事になるなんて思わなくて・・・・。」
ナギサも暗い顔で俯く。
「私のせいだったのね・・・・。」
「誰のせいでもないよ。」
「でも私がアルカロイドをあげたから・・・・、」
「それは俺の提案だから。」
「でも共生関係を作りたいって言いだしたのは私だもん!」
巣にはほんの数匹のハチしかいない。
もし敵が襲来したら、イモムシを守ることは不可能だろう。
「ハチはいっぱい死んで、私たちの幼虫だってどうなるか分からない・・・・。これじゃ失敗だわ。」
女王もナギサも途方に暮れる。
お互いにとって最高だと思った関係は、過労死という不幸な出来事のせいで幕を閉じた。
異なる種族が手を結ぶことで、生存率を上げる。
共生は理想的な関係だが、それはお互いが得をしてこそ。
噛み合わない利益の提供は、共生どころか不幸をもたらしてしまった。
この日を最後に、ウスバアゲハとマルハナバチの共生関係は終わった。
アルカロイドを摂取しなくなったハチは、突然死することがなくなった。
じょじょに数も増え、巣も破綻せずにすんだ。
ムーの言ったことは正しかったのだ。
イモムシは巣を追い出され、自分の力で生きていくことになった。
それ以来、ナギサは共生をしたいとは言い出さなくなった。
イモムシの頃は危険でも、それをどうにか生き抜くしないのだ。
アビーはムーからその話を聞いて、「大変だったのねえ」と呟いた。
「でも一回失敗したからって、諦めなくてもいいのにね。探せばウスバアゲハにとって最高の共生相手が見つかるかもしれないのに。」
「それを見つけるのが大変なのさ。」
キマダラルリツバメとハリブトシリアゲアリ。
両者の共生関係は、一朝一夕のものではないだろう。
手を組む相手を間違え、共生のつもりが寄生されてしまった生き物もいるだろう。
理想的に見えるその関係は、きっと多くの犠牲の上に成り立っている。
この先、ナギサがまた共生を求めるかどうかは分からない。
しかし今はゴメンだと思っていた。
虚ろな目をしながら、地面を這うイモムシを見つめていた。

 

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