虫の戦争 第二十一話 小さな王国(1)

  • 2017.12.01 Friday
  • 11:18

JUGEMテーマ:自作小説

春、芽吹きの時。
一輪の蓮華の上で、一匹の妖精が空を見ていた。
「ずいぶん増えたわねえ。」
アビーは感心した様子で呟く。
人間にウィルスを感染させてから七年後、この世に戻ってきた。
『次に生まれ変わる頃には、猿モドキはいなくなっているはず!』
そう信じて、七年の眠りから覚めてきた。
結論から言うと、人間は絶滅していない。
いや、したといえばしたのだが、正確には別の種族へと進化を遂げていた。
人と虫。
二つを合わせた妖精という生き物に。
春の青空、大量の妖精が舞っている。
一昨日復活したばかりのアビーは、その光景に酔いしれていた。
「すごいわ、こんな日が来るなんて。」
憎き人間はいなくなり、その代わりに妖精が増えた。
人が作った文明は健在だが、それも時間と共に失われるだろう。
高層ビル、電線、ダム。
管理する者がいなければ、時間と共に朽ち果てるのだ。
建物だけではない。
学問も、芸術も、それにスポーツも、人が生み出したものは全て消えてなくなる。
今はまだ、遠くに人の遺産がそびえている。
ビル、送電線鉄塔、川の堰など。
これらもいつかは消え失せて、その時こそアビーが夢見た世界がやって来る。
早くそんな日が来てくれないかと、蓮華の上に寝転んだ。
空を見ていると、遠くから重低音の羽音が近づいてきた。
スズメバチにも似た威圧感のあるその音は、カナブンの羽音。
アビーは身を起こし、「ムー!」と手を振った。
「おっす!おらカナブン!」
「あんたも復活してきたのね!」
嬉しそうにはしゃぐアビー。
ムーは隣に舞い降りた。
「二時間くらい前に戻ってきた。さっきまでおチョウさんと話してたんだ。」
「じゃあ私たちが死んでる間のことは・・・・、」
「全部聞いた。」
頷き、空を見上げる。
「俺たちの望み通り、猿モドキはいなくなってくれたな。」
「そうよ!夢みたいよね!」
「しかも妖精がこんなに増えてる。これからは妖精の星になるな。」
「ムーもそう思うよね!」
二匹は新たな時代の到来を喜ぶ。
蓮華から蜜を取り、「乾杯!」と祝杯を挙げた。
「・・・・ぷはあ!美味しい!」
「たまには花の蜜も悪くないな。」
いつもと変わらない川原、いつもと変わらない空。
変わったのははびこる生き物だけ。
アビーもムーも、夢の時代の到来に喜ぶが、心配事もあった。
「人間だけじゃなくて、虫もどんどん妖精に変わってるの。このままだったら虫までいなくなっちゃうわ。」
「それは問題だな。」
人がいなくなるのは構わない。
人間は自然維持の役に立つどころか、根こそぎ自然を破壊していくのだから。
しかし虫がいなくなるのは困る。
花粉の媒介、腐葉土の分解、腐乱した動物死体の掃除など、重要な役割を担っている。
「もし虫がいなくなっちゃったら、今の自然がなくなっちゃうわ。」
「それだけじゃないぜ。下手したら俺たち妖精だって絶滅するかもしれない。」
「どうして?」
「だって妖精は繁殖が出来ないんだぜ?その代わりに不死身って特権を持ってるけど。
でもさ、虫がいなくなって、今の生態系が壊れていったら、食物連鎖だってどうなるか分からない。」
「ああ、なるほど。私たちは食物連鎖の果てに、この世に戻ってくるんだもんね。」
「こりゃあかなりピンチだぜ。」
空に舞う無数の妖精は、消えていった人間や虫の数に等しい。
人間はもういない。
しかし虫はまだ残っている。
アビーとムーは立ち上がり、ある妖精の元へ行くことにした。
「蛍子さんに相談しよう。」
「だな。でもおチョウさんが言うには、最近行方不明なんだとさ。」
「そうなの?」
「ナギサもマー君も会いたがってたらしいけど、どこ行ってもいなかったって。」
「どうしたんだろう?死んじゃったのかな?」
「う〜ん・・・・蛍子さんがそんなヘマするかな?」
「とにかく捜してみようよ。」
二匹は空に舞う。
目指すは蛍の舞う小川。
かつて服を作ってもらったあの場所だ。
もしかしたらと期待を込めて来たが、誰もいなかった。
「いないね。」
「ていうか水棲昆虫が減ってる。その分妖精が増えてるけど。」
「このままだと蛍は全滅しちゃうわ。仲間が消えかかってるのに、それをほったらかしにしてどこ行ったんだろう?」
川原を後にして、街の方へと行ってみる。
「なんか不思議ね。人間のいない街って。」
いつだって人がウヨウヨしていた場所。
高いビル、大きな駅、誰も乗っていない電車。
建物や乗り物は健在なのに、人間がいない光景というのは、なんとも奇妙だった。
アビーたちは一通り街を飛んでみる。
すでに自然界からの浸食が始まっていて、アスファルトを突き破って草花が生えている。
遠くに見えるマンションには、上の階の方までツタが這っていた。
変わり果てた街を眺めながら、しばらく飛び続ける。
しかし蛍子さんはどこにもいなかった。
その代わり、ばったりナギサと出くわした。
「ちょうどいい所で会ったわ。蛍子さんを知らない?」
そう尋ねると、「最近見てないわ」と答えた。
「実は私も捜してるのよ。だってこのままじゃ妖精が滅んじゃうかもしれないから。」
「ナギサもそれを心配してたのね。」
「マー君も心配してるみたい。まああの子は人間が消えたことの方を喜んでるけど。」
「野心家だもんね、マー君。望みが叶って嬉しいんだと思うわ。」
「そういうわけで、私は山の方を捜してくる。もし見つけたら教えるわ。」
「お願い。」
ナギサはパタパタと飛び去っていく。
以前ならば遠くへ飛び去るまで姿が見えたのに、今はすぐに見えなくなってしまう。
そこらじゅうに妖精が飛んでいるからだ。
「なあアビー、やみくもに捜したって無駄じゃないかな。」
ムーはへの字に口を曲げる。
アビーは「どこか心当たりがあるの?」と尋ねた。
「ちょっと気になる場所が・・・・、」
「どこ?」
「あの隕石が落ちてたところ。」
「あそこ?なんで?」
「ええっと・・・ちょっと気になることが。」
ムーは蛍子さんに対して、ある疑念を抱いていた。
「俺たちが隕石の所へ行った時、急に蛍子さんがやって来たよな?」
「ええ、それに触るなって怒られたわ。」
「あの後、妖精の蜜で隕石を包んで、ウィルスが広がらないようにしてただろ?」
「もし広がったら大変なことになるからね。」
「でもさ、本気でそれを心配してたんなら、どうして俺たちをほったらかして行ったんだろう?」
「どうしてって・・・・どうして?」
「だって俺とアビーだぜ。ウィルスをばら撒くなって言ったって、絶対やるに決まってるじゃん。」
「その結果がこれだからね。」
そう言って無数の妖精たちを見つめる。
「それにさ、隕石が落ちてた場所には、まだウィルスが残ってたはずなんだ。
もし俺たちがばら撒かなかったとしても、あの場所を通った奴が感染して、いずれは世界中に広まってたはずだ。」
「ああ!確かに・・・・。なら私たちが命懸けで特攻する必要なんてなかったじゃない!」
今さら気づいて、「死んで損したわ」と愚痴る。
「この目で猿モドキが消えていく所を見たかったのに。」
「俺もだ。」
力強く頷いて、「なあアビー」と神妙な顔になる。
「蛍子さんって、こうなることを狙ってたんじゃないかな?」
「こうなることって・・・・妖精だらけになって、人間と虫がいなくなることを?」
「だってあの蛍子さんが、こんなヘマするとは思えないんだ。
本当にウィルスを防ぐつもりなら、俺たちを殺して、それから隕石のあった場所だって綺麗に掃除してるよ。
でもそうしなかったのは、ウィルスが広がることを望んでたからじゃないかな?」
「う〜ん・・・・どうだろう?もしそうなら、わざわざ私たちを止めようとはしなかったんじゃない?
だって元々ウィルスをばら撒くつもりだったんだから。」
「そうだな。そうなんだけど・・・・どうもなあ。」
ムーは納得がいかない。
ボリボリと頭を掻いて、「結局は蛍子さんを見つけるしかないな」と言った。
「アビー、隕石のあった場所に行ってみよう。」
「そうね、他に行くあてもないし。」
二匹は隕石の落ちた山へ飛んでいく。
しかしそこまで辿り着くことは出来なかった。
なぜなら・・・・・、
「なにこれ・・・・・?」
隕石のあった山が、大きな繭に覆われていたのだ。
山全体が、真っ白な糸に包まれている。
その糸は麓まで伸び、川を越え、橋を越えて、人間の町まで押し寄せていた。
「大きな繭・・・・なんの虫かなあ?」
「あのな、こんなデカイ虫がいるわけないだろ。これは何か別の生き物だよ。」
「どんな生き物?」
「繭に包まってるんだから虫じゃないか?」
「じゃあやっぱり虫じゃない。」
山一つを覆う巨大な繭、なんとも不気味な光景だ。
二匹は傍の電柱へ降りて、マジマジと観察した。
「蚕の繭に似てるな。」
「じゃあ大きな蚕かな?」
「こんな大きな蚕はいないって。」
「もしかしたらウィルスで突然変異したのかも。」
「ああ、その可能性はあるな。人間が妖精になったんだ。だったら超デカイ蚕が出てきてもおかしくない。」
大きいということ以外に、特に変わった様子は見当たらない。
二匹の結論は「巨大な蚕」で一致した。
「人間がいたら大喜びだな。いっぱい絹糸が取れるって。」
「ほんとね。いっぱい儲けてウホウホはしゃいでるはずだわ。」
山を覆う繭からは、ウルトラマンやゴジラでさえ凌ぐ巨大な蚕が出て来るに違いない。
二匹は「人間がいなくなっててよかった」と口を揃えた。
「もし生き残ってたら奴隷にされてるわ。」
「絹糸の為だけにな。」
そんな話を続けていると、背後から声が響いた。
「今は合成繊維が主流よ。絹は昔ほどの価値はないわ。」
「こ・・・・、」
「この声は・・・・、」
二匹は振り向き、「蛍子さん!」と叫んだ。
「よかった、捜してたのよ。」
「実は俺たちピンチなんだ。このままいけば虫がいなくなって、生態系が破壊されて、妖精は復活できなくなって・・・・、」
「そうよ。だからこそのあの繭じゃない。」
「ん?」
「どういう意味?」
二匹は首を傾げる。
蛍子さんは繭を指さし、こう答えた。
「あの中から大きな虫が出て来るわ。たくさん卵を産んで、虫を増やしてくれる。」
「おお!そりゃすごい!」
「じゃあ妖精が絶滅する心配はないわね!」
「だけどその代わり、妖精は食べられるわ。」
「食べられる?」
「それって私たちが餌になっちゃうってこと?」
「そういうこと。」
「そういうことって・・・・、」
「サラっと言わないでよ。せっかく妖精の世界が誕生して、みんな平和に暮らせるのに。」
不満を漏らす二匹だったが、蛍子さんは「無理よ」と返した。
「生き物である以上、食う食われるの関係は避けられないわ。アンタたちだって知ってるでしょ?」
「でもせっかく猿モドキがいなくなったんだよ?」
「しばらくは俺たちの楽園が続いてほしいよな。」
「楽園ねえ。」
意味ありげな顔で笑う。
ムーは立ち上がり、「なあ?」と尋ねた。
「あの時なんで俺たちをそのままにして帰ったんだ?ウィルスの掃除もしなかったし。」
「ん?」
「だって俺たちがウィルスをばら撒くことは分かってただろ?仮にもし俺たちが何もしなくても、誰かがあそこを通れば感染するはずだ。
なのになんで何もしなかったんだよ?これじゃまるで、蛍子さんもウィルスが広がるのを望んでたみたいじゃないか。」
胸の中の疑問をぶつけると、蛍子さんは「そうよ」と頷いた。
「ウィルスが広がればいいと思ってたわ。」
「やっぱり。」
自分の疑念は正しかった。
ムーは納得するが、アビーは納得しなかった。
「じゃあなんであの時隕石を持っていったの?ウィルスを広めるなら、隕石は捨てなくてもよかったじゃない。」
「捨ててなんかないわ。」
「え?でも捨てるって言ってたでしょ?」
「あれは嘘。隕石は目の前にあるわ。」
そう言って巨大な繭を指さした。
「あの繭は隕石から生まれたものなの。だから私たちの目の前にあるわ。」
「は?」
固まるアビー。
ムーも「なんだそりゃ?」と驚いた。
「ちょっと待てよ蛍子さん。あの繭・・・・・隕石から出来たものなのか?」
「ええ。」
「なんで隕石から繭が?」
「あれは隕石じゃないの。本当は虫の卵なのよ。」
「卵?」
「別の星のね。」
「別の星?あれ宇宙の虫ってことか?」
「ええ。」
「ええって・・・・。」
「私はね、地球へ来る前は別の星にいたの。」
「そういえばおチョウさんが言ってたな。」
「その星には元々生き物はいなかったんだけど、バンスペルミアによって生き物が栄えたわ。」
「バンスペルミア・・・・それって彗星とかに乗って、微生物がやってくる現象だよな?」
「地球だって同じ。元々生き物はいなかった。」
「じゃあ蛍子さんが前にいた星って、地球と似たような星だったのか?」
「ほとんどそっくりよ。だって生き物が生きていける環境なんて決まってるもの。
水があって、空気があって、暑くも寒くもない温度で、傍に太陽のような星があって・・・・。
色んな条件が重なって、やっと生き物が住める星になるのよ。」
「へええ・・・他にも地球みたいな星があったなんて。すごいなアビー。」
「うん。でも蛍子さんはどうして地球へ来たの?前にいた星がダメになったとか?」
「そんなところ。」
「隕石が落ちたとか、火山が噴火したとか?」
「違うわ、未知のウィルスが大流行したの。そのせいでその星の生き物は全滅。」
「うわあ・・・切ない。」
悲しい顔をするアビー。蛍子さんは「ほんとにね」と答えた。
「でも仕方ないのよ。あの星には地球みたいな虫はいなかったから。誰もウィルスへの耐性を獲得できなかったの。」
「そうなの!?地球と似たような星なのに?」
「虫の祖先に当たる生き物が、早い段階で絶滅しちゃったのよ。」
「ああ、それで。」
「地球だって何度も大量絶滅が起こってる。その時、たまたま運よく虫や脊椎動物の祖先が残っただけなのよ。
そうでなければ、虫も人間も誕生してないわ。
私が前にいた星では、地球でいう所の虫はいなかった。」
「じゃあどんな生き物がいたの?」
アビーは目をランランとさせながら見つめる。
違う星の生き物たちがどうなっているのか?
くすぐったいほど胸が疼いた。
「その星の生き物はね・・・・、」
「うん。」
「ナマコみたいな生き物がたくさんいたわ。」
「ナマコ?ナマコって海にいるアレ?」
「そう。しかも人間よりも大きな脳を持ってるの。いわゆる知的生命体ね。」
「ナマコが!?」
「他には人間によく似た生き物もいたわ。でもトカゲやカエルみたいな下等生物なの。大きさは私たちと同じくらい。」
「ずいぶん小さいのね。」
「ナマコは人間くらいの大きさよ。」
「なんか変な生き物たちね。」
「あの星でも何度か大量絶滅が起きてね。その時にたくさんの生き物が滅んだの。
その結果、ナマコみたいな生き物が繁殖しやすい環境になったわけ。
そして突然変異で大きな脳を手に入れて、人間をしのぐ知的生命体になったのよ。」
「じゃあそのナマコみたいな奴らが星を支配してるから、人間みたいな生き物はカエルやトカゲみたいな扱いなのね?」
「そういうこと。」
「地球とは逆なのね。面白い。」
なんと変てこな生態系。
アビーは「見てみたかったなあ」と呟いた。
「話を戻すけど、私はしばらくその星に住んでいたわ。でも彗星に乗って未知のウィルスがやって来た。
あの星にはそのウィルスに勝てる生物はいなかったのよ。だから滅んだ。」
「なんか可哀想だね。」
「けどね、遅かれ早かれあの星はダメになってたと思うわ。ウィルスが来なくても。」
「なんで?」
「だってナマコみたいな生き物の数が増えすぎたから。文明を持って、天敵は誰もいない。
しかも人間なみに大きいから、食べる量や住む場所だって馬鹿にならない。
確か・・・・そうね。絶滅する前は400億匹くらいいたんじゃないかしら?」
「400億!!」
「アビー、考えてみて。もし地球に400億も人間がいたらどうなると思う?」
「そんなのすぐに食べ物がなくなっちゃうわ。住む場所だって。ていうか自然が滅茶苦茶になっちゃう。」
「その通り。あの星の自然はどんどん消えていって、生態系もボロボロ。
それでもナマコもどきは数を増やしていった。
だって天敵がいないんですもの。もしあのまま増えていたら、自然という自然は完全に崩壊したはずよ。
地球もそうだけど、文明っていうのは自然に依存しているからね。
それが消え去ったら、文明も同時に消え去る。
そうなれば食べ物も手に入らず、住む場所の環境だって悪くなる。ナマコもどきは絶滅ってわけ。」
「自分たちにとって大事なものを、自分たちで潰していったんだ。」
「だからって同族を間引くなんてことは、なかなか出来ないわ。
野菜を間引くのとは違うんだから。なんの手も打てないまま、ただただ数が増えていった。」
「そっかあ・・・・じゃあ地球はそうならずにすんだわけね。だってもう人間はいないんだもん!」
ニコっと微笑み、辺りを舞う妖精を見渡す。
蛍子さんは「その通り」と頷いた。
「これが私の目的だったんだもの。」
「え?」
「さっきも言ったでしょ。もしも人間の数が増え続ければ、地球はダメになる。だったらどうするか?」
「どうするの?」
「小型化させるしかないのよ。」
「小型化・・・・。」
意味が分からず、キョトンと目を丸くする。
「地球に人間みたいな大型哺乳類が増えたら、食べ物も住む場所もなくなってしまう。
だからといって、SF映画みたいに他の惑星を開拓したり、宇宙コロニーを作るなんて至難の業よ。
そこまで科学が発達する前に、人間が地球の自然を破壊してしまう。
だったら人間を進化させて、小型の生き物にすればいいのよ。
そうすれば食べる量は減るし、住む場所だって困らない。」
「ああ!なるほどね。」
「前にいた星では、人間と同等の大きさの生き物が増えすぎてしまった。ウィルスにやられなかったとしても、いつかは滅んだはずよ。
私は地球にも同じ運命をたどってほしくなかった。だから人間と虫を掛け合わせて、小型化することを思いついたってわけ。」
「へえ、そうだったんだ。なんかあれだね・・・・すごいね。」
「無理して分かったフリしなくてもいいのよ?」
「だってすごいじゃない。なんかすごいわ、ねえムー?」
「うん。すごいのはすごいけど、そうなると一つ疑問が・・・・、」
ムーは今までにないほど神妙な顔になる。
「あのさ、もしかして俺やアビーって・・・・、」
「ええ、アンタの考えてる通りよ。」
「人間と虫を混ぜて作ったのか・・・蛍子さんが。」
「そう。」
「てことはさ、あの未知のウィルスって、前から地球にいたってことだよな?
じゃないと妖精は生まれてこないんだから。」
「その通り。あのウィルス・・・・強力な毒性で生き物を殺すけど、その反面進化を促す力があるのよ。」
「進化を?」
「あのウィルスに感染した人間は、脳だけを残して死ぬでしょ?
それはなぜか?あのウィルスはどんな生き物に感染しても、最終的には脳を住処とするからよ。
住処を守る為に脳だけは残すわけ。
そして脳が死ぬ頃、ウィルスも同時に消えていく。
人間の場合は進化が起こる前に死んじゃうけど、虫はそうはならないわ。
脳に似た神経の塊を刺激されて、本当に脳に変化してしまう。
そうなると、今までにないホルモンが分泌されて、身体に変化が起こるわけ。
それが進化の促進剤になるのよ。」
「へえ、すごいわ。よく分からないけど。」
「前の星ではみんな滅んじゃったけど、地球には虫っていう面白い生き物がいた。
何百万種とか何千万種とか、正確には数が計れないほどの種類の多さ。
全世界のアリだけで人類の総重量に匹敵する数量。
しかも世代交代のサイクルが早いから、細菌やウィルスへの免疫を獲得するのも早い。
だから虫を使えば、あのウィルスに殺される前に、進化を遂げるんじゃないかって思ったわけ。
私の目論見通り、それは上手くいったわ。
ウィルスへの耐性を獲得した虫は、体内に特殊な粘液を作り出す。
それは空気に触れると結晶のように固まるの。
その結晶を人間に打ち込むと、人間の細胞とくっついてこれまた結晶を生み出す。
それを取り出し、再び虫に打ち込むと、いっちょ妖精の出来上がりってわけ。」
「なんか難しいわ。」
「人間はウィルスに対抗する為に、ワクチンを作りたがってた。
だから私はワクチンの生成方を伝授したの。
でも本当の目的は、ワクチンを作らせることじゃない。
ワクチンを作る過程で、虫と人間の細胞を混ぜさせることなの。
そうすれば人と虫の細胞が融合して、妖精が誕生するから。
人間を虫のサイズに小型化させることが可能ってわけよ。」
「・・・要するに、妖精は虫と猿モドキが合体した姿ってことよね?」
「そうよ。だけど虫の特性が色濃く出るみたい。アンタたちが異常に人間を恨むのも、それが理由かもね。」
「じゃあ蛍子さんは、地球を救う為にあのウィルスを持って来たってこと?」
「ええ。妖精を生み出したのもその為。アビーやムーやおチョウは、実験の為に生み出した妖精よ。
ちゃんとこの星の環境に馴染めるかどうか、それを観察する為に。」
「実験かあ・・・・嫌な響き。でも実験体にされなかったら、私もムーもおチョウさんもいないわけだから、結果オーライなのかな?」
「ポジティブ思考で助かるわ。」
「で、どうなの?妖精は上手く地球に馴染んでる?私は馴染んでるつもりだけど。」
「上手く馴染んでるわ。でも一つだけ欠点がある。」
そう答えると、ムーが「繁殖だな」と言った。
「妖精は繁殖出来ない。死んだら復活するけど、そうなるまでに妖精の蜜を三回飲まなきゃダメだ。」
「ええ。」
「それに虫まで全部妖精に変わってしまったら、生態系が維持できない。
そうなったら食物連鎖だってなくなるから、妖精は死んだら終わりになる。
繁殖できす、復活も出来ないんじゃ、いつかは滅んじゃうよな。」
「それを防ぐ為に、隕石のような虫の卵を持ってきたのよ。」
山を振り返れば、巨大な繭がそびえている。
あの中には、一つの山と同じ大きさの虫が眠っているのだ。
「あれが羽化したら、たくさん卵を生んで虫が増えるわ。この星の生態系は保たれる。」
「でも私たちが餌になっちゃうんでしょ?」
「復活できるからいいじゃない。」
「そういう問題じゃないのよね。ねえムー。」
「そうだよ。いくら復活するからって、死ぬのは嫌なもんだ。蛍子さんだって妖精なら分かるだろ?」
絶対に頷いてくれるだろうと思ったら、「まったく」と首を振った。
「だって私は妖精じゃないもの。」
「え?」
「へ?」
「言ったでしょ?私は別の星から来たって。その前は違う星にいて、そのまた前は別の星にいたの。」
「どれだけ星を旅してるのよ。」
「宇宙のホームレスか?」
「ていうか私は蛍子じゃないし。」
「ん?」
「お?」
「私の役目は、生き物がいない星に生命を増やすこと。この星はもう大丈夫だから、新しい星へ旅立つわ。」
そう言うと、蛍子の中からハエのような生き物が出てきた。
「それじゃまた。」
ハエは前脚を振って、高い空へ消えていく。
アビーとムーは呆気に取られ、つられるように手を振り返した。
「なにあれ?」
「ハエだったな。」
「でも普通のハエじゃなかったね。羽がいっぱいあったわ。」
「目も五つくらいあったしな。」
「まさか宇宙の虫?」
「かもな。」
じっと空を見上げていると、蛍子が「ああああ!」と叫んだ。
「なにあの繭は!?」
頬を押さえ、「デカ!」と叫ぶ。
「蛍子さん・・・・もしかしてあのハエに乗っ取られてたんじゃない?」
「俺もそう思う。」
「なんなのよあの大きな繭は!ていうかなんで妖精だらけになってるの!?」
「記憶がないみたい。」
「やっぱ乗っ取られてたみたいだな。」
「宿主を支配する寄生虫とかいるから、そのタイプの虫だったのかも。」
「ああ、いるな。カタツムリとか乗っ取る奴が。あれと似たような虫なのかな?」
「何よ!なんの話をしてるの!?」
いきなり現れた巨大な繭、そして無数に舞う妖精。
蛍子は「何がどうなってるのよ!」と悲鳴を挙げた。
「蛍子さん、けっこう前から寄生されてたみたいね。」
「じゃあ猿モドキが滅んだことも知らないんだな。」
「だからなんの話!?」
「いい蛍子さん。実はね、未知のウィルスがやってきて・・・・、」
記憶の穴を埋める為、今までの経緯を話す。
蛍子は「私が寄生されてたなんて・・・」と、目を剥いて気絶した。
「すっごいショックを受けてるわ。」
「普段はしっかり者だからなあ。まさか自分が寄生されるなんて思わなかったんだろ。」
「電柱の上じゃあれだから、蓮華の上にでも運んであげよう。」
二匹は蛍子を抱え、巨大な繭を後にする。
未知のウィルスを乗り越え、新たにやってきた時代。
人間がいなくなり、代わりに妖精がそこらじゅうにいる世界だ。
あのハエは、人間を虫のサイズにまで小型化させることで、地球の自然を守ろうとした。
その正体は不明だが、目論見通りに事が進んだ。
しかし生命とは、誰にも予想できない道へ転がるもの。
あのハエが去ってから二週間後、大きな繭から、大きな脚が出てきた。
鋭い毛が並び、ノコギリのようなギザギザが付いた脚だ。
その脚で繭を切り裂き、全身を露わにする。
「あ!」
「あれって・・・・、」
アビーとムーは呆気に取られる。
「あれってあのハエじゃない。」
「蛍子さんに寄生してた奴とそっくりだ。」
どこからやって来たのか分からない、あの謎のハエ。
あれとまったく同じ虫が現れた。
ただし前のハエと違って、大きさは山と同じくらい巨大。
羽化したハエはすぐに妖精を貪り始めた。
アビーとムーは慌てて逃げ出し、見つからないように地中に隠れた。
それから数日後、ハエはたくさんの卵を産んだ。
あの隕石とそっくりの卵を。
何千、何万と産卵して、パタリと息絶えてしまう。
卵からは次々に虫が孵化して、死んだハエの肉体を貪り始めた。
誕生してくる虫の種類は多種多様。
ハエ、カマキリ、ゴキブリ、ムカデ、クワガタ・・・・数え上がればキリがない。
しかもどの虫も、地球の虫とは微妙に違っていた。
やたらと目が多かったり、羽が何枚も付いていたり。
「あれ、私たちに似てるけど、全然違う感じがするわ。」
「そりゃ宇宙からやってきた虫だからな。地球のもんとは違うだろ。」
次々に孵っていく虫たちは、瞬く間に地球に広がった。
花粉を媒介したり、腐葉土を分解したりと、地球環境の維持に役立ってくれた。
それと同時に、地球在来の虫にとって、大きな障害にもなった。
宇宙から来た虫は、地球にいる妖精や虫を、次々に平らげていく。
このままでは地球在来の虫がいなくなる日も遠くない。
「ねえムー、あの虫たちがいてくれるおかげで、生態系は保たれてるわ。
だから私たち妖精は何度でも復活できる。」
「そうだな。でも・・・・癪だよな。なんで俺たち地球の妖精や虫が、宇宙から来た虫に怯えなきゃいけないんだ?」
かつて戦ったセイタカアワダチソウを思い出す。
あの時、悪質な外来種を追い払う為に、みんなで団結して戦った。
その結果、自分たちの住処から他所者を追い出すことに成功したのだ。
「ねえムー、また戦う時が来たのかも。」
「あの時は日本と外国の生き物の戦いだったけど、今度はもっと大規模だ。」
「なんたって宇宙の虫を追い払わなきゃいけないんだもんね。」
「地球の在来種、そして妖精たちみんなで戦うんだ。じゃないとこの星は外来種だらけになっちまう。」
アビーとムーが感じている危機感は、他の妖精や虫たちも同じだ。
魚や鳥、爬虫類や両生類や哺乳類も、宇宙の虫には手を焼いていた。
溜まりに溜まった在来種たちの怒りと不安は、もはや限界まできている。
これを解決する手段はただ一つ。
「もう一度戦争よ!私たちの地球を守るの!」
前回の戦いの総大将はおチョウさんだったが、今回はアビーが務めることになった。
補佐官はムー、参謀はナギサ、マー君は切込隊長だ。
「いまこの星で一番数が多いのは妖精、その次に虫よ。私たちが中心になって、悪い宇宙虫をやっつけよう!」
日本のとある川原から始まった戦いは、世界中へ伝播していく。
この日を境に、地球在来種VS宇宙外来種の、長い長い戦いが始まった。

 

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