蝶の咲く木 第一話 行方不明(1)

  • 2018.01.06 Saturday
  • 11:26

JUGEMテーマ:自作小説

息子がいなくなって二年になる。
今日と同じような雪の日に、『ケイちゃん家に行ってくる!』と出かけたきり、二度と顔を見せていない。
翌日はクリスマスで、欲しがっていたノートパソコンを買っておいたのに、まだ渡すことが出来ていなかった。
タンスの上の写真立てには、二年前と変わらない笑顔のままで、息子がピースをしている。
行方不明になった年、仲の良い友達の家族と一緒に、キャンプに行った時のものだ。
メモリーカードは大事にしまってある。
妻は名刺大にプリントアウトして、肌身離さずに持ち歩いている。
もちろん俺もだ。
財布を開けば息子がいる。
すでにしおしおにヘタっているが、新しいのをプリントする気にはなれない。
いくらデータがあるといっても、傷んだから「はい替えますよ」というわけにはいかない。
あれは去年の冬だったか、妻と一緒に写真屋に行った時、ちょっとしたトラブルがあった。
印刷された息子の写真にシミがついていたので、新しく焼き直してほしいと頼んだのだ。
店員は快く引き受けてくれたが、その直後にトラブルになった。
『そのシミの付いた写真はどうなるんですか?』
妻が不安そうに尋ねた。
店員は『ロスとして処分します』と答えた。
その瞬間、妻の形相が変わった。
怒鳴り声を挙げ、『ふざけるな!』とカウンターを叩いたのだ。
『何が処分だ!なんでそんな言い方するの!?家族の気持ちも考えろ!!』
あまりに騒ぐので、後日に部長クラスの人間が謝罪に来たほどだ。
それ以来、写真のプリントは家で行っている。
居間の隅には値の張るプリンターが座っていて、ケーブルでパソコンと繋がっている。
『優馬の写真は自分でプリントする。』
高価なプリンターは綺麗な写真を印刷してくれる。
しかしいくら印刷しようとも、息子の顔は二年前で止まったままだ。
何百枚刷ったって、成長した顔は出てこない。
この家に戻って来ない限りは・・・・・。

            *

「おかえり。」
妻が仕事から帰って来た。
玄関まで出迎え、カバンを受け取る。
「今日は遅かったな。残業?」
そう尋ねると、うんざりした顔で首を振った。
「ちょっとトラブル。ポンコツ上司のせいで。」
「またクレーム?」
「全然違う材料送ってたの。数まで間違ってるし。」
「相手怒ってたでしょ?」
「ううん、怒ってはなかった。呆れてたけど。」
「そっちの方がたち悪いよ。次から発注来なくなるかも。」
「だから焦ってたのよ。」
そう言って腕時計を睨み、「ちょっとしか寝られない・・・・」と嘆いた。
「明日出張なんだ。朝4時半起き。」
「じゃあ3時間くらいしか寝られないじゃないか。」
「ご飯いらない。お風呂だけ。」
フラフラした足取りで風呂場へ向かっていく。
しばらくするとシャワーの音が聴こえ、その後に「ういい〜」とおっさんみたいな声が漏れていた。
俺はカバンを抱えたまま居間に戻る。
おそらく夕食はいらないと言うと思っていたので、すでに冷蔵庫の中だ。
腹が減ったら勝手に温めるだろう。
冷蔵庫からビールを取り出し、グラスと一緒にテーブルに並べる。
飯はいらずとも酒は欲しがるので、簡単な肴も用意する。
サラミとチーカマを皿に置き、ドカっとソファに座った。
テレビを点け、面白くもない芸人のバカ騒ぎを眺める。
深夜でこのうるささだと苦情は来ないのだろうかと、どうでもいい事を心配していた。
腕を組み、うつらうつらしていると、隣に人の気配を感じた。
スウェットに着替えた妻が腰掛けている。
ビールを呷り、リスみたいに肴を齧っていた。
「お疲れ。」
ポンと手を重ねると、「しんどい」と漏らした。
「今日は大変だったな。」
「そうじゃなくて、仕事そのものが。」
「でも結婚する前は働いてたじゃない。」
「今よりマシな仕事だった。」
「まあ営業はそんなもんだよ。文句言われてナンボだし。」
「事務職にしとけばよかったなあ。」
大きなため息を吐きながら、ビールを流し込んでいる。
ゴクリと喉が鳴って、すぐに空にしてしまった。
「一本だけにしとけよ。朝早いんだから。」
「明日駅まで送って行って。」
「いいよ。」
妻はコツンと頭を預けてくる。
そしてもう一度「しんどい」と呟いた。
「家の方がいい。」
「じゃあ代わるか?」
「でも家にいたら余計に落ち着かなくなるし。」
「じゃあもうちょっと楽な仕事にしたら?なんならパートでもいいし。」
「・・・・そうだね。ちょっと考えようかな。」
そう呟いたきり、夢の中へ落ちてしまった。
布団まで運び、じっと寝顔を眺める。
傍のテーブルには優馬の写真が飾ってあり、その隣にはクリスマスにあげるはずだったノートパソコンがある。
二年前、電気屋で買った時のまま、綺麗な包装紙に包まれている。
サンタの靴のシールがデカデカと貼ってあり、ここだけ時間が止まったままだった。
『いつか優馬が帰ってきた時の為に。』
妻は今でもこれを渡す時を待っている。
「おやすみ。」
ポンと手を撫でてから、ゆっくりと立ち上がった。
襖を閉め、居間に戻って一人晩酌をする。
「元々体力がある方じゃないからなあ。心配だな。」
妻が家計を支えるようになってから一年が経った。
それ以前は専業主婦だったのだが、家にいると優馬のことばかり考えて何も手が付かない状態になってしまった。
やがてノイローゼ気味になってしまい、このままではうつ病に罹りかねないと思って、外で働くことを提案したのだ。
最初は迷っていた妻だが、俺の伝手で営業の仕事が決まった。
元々大きな会社で激務をこなしていたこともあって、半年も経つ頃には立派なキャリアウーマンに戻っていた。
『私が稼ぐからアンタ家にいていいよ。ていうかいて。』
外で働きだしてから半年後、今度は俺が専業主夫へと転職した。
自分が仕事から帰ってきた時、誰かにいてほしいからと言われたのだ。
優馬がいなくなり、もし俺までいなくなってしまったら・・・・。
あり得ないことだが、大事な息子が帰ってこなくなって、妻は不安症になっていた。
しかしそれとは別に、ここ最近の妻は明らかに疲れている。
・・・・おそらくだが、今日の残業は自分のミスによるものだろう。
一週間ほど前にも帰りが遅くなることがあり、その時も自分のミスによるものだった。
次の日に友人から電話が掛かってきたのだ。
『啓子ちゃん参ってるんじゃない?最近ちょっとノイローゼみたいになってるから。』
上司を務める俺の友人は、妻の身を案じてくれていた。
元々プライドが高い妻は、自分の非を認めたがらない。
それと同時に『自分は大丈夫だ』と、俺に心配を掛けたくないのだろう。
しかしこのまま無理をして働けば、家にいた時と同じように、自分の殻に塞ぎ込んでしまうかもしれない。
しばらく様子を見てから、無理のないような働き方に変えたらどうかと提案してみよう。
・・・・その日、俺は朝まで起きていた。
四時半に妻を起こし、身体に悪いからと無理矢理にでも朝食を食わせ、駅まで送り届け、ポケモンが描かれた弁当箱を差し出した。
「お弁当いらない。」
「なんで?せっかく作ったのに。」
「出張だよ?かさばるじゃない。」
「ほんとにいらないの?」
目の前に押し付けると、弁当そのものではなく、ポケモンの柄に見入っていた。
そこには優馬が気に入っていたカラモネロというキャラクターが描かれている。
「・・・・やっぱ持って行くわ。」
サッと受け取って、「じゃあ明後日迎えに来て」と手を振った。
俺も手を振り返し、ホームに消えていくまで見送った。
ロータリーで車を切り返し、家に向かう。
いつもと変わらない道、いつもと変わらない日常。
優馬がいないことを除けば、普段と何も変わらない一日だ。
それなのにどうしてか胸騒ぎがした。
俺はオカルトは信じない。
幽霊もUFOも信じないし、正月や葬式でもない限りは、神社や寺にも行かない。
だから虫の知らせというやつも信じない。
信じないが・・・・胸騒ぎが止まらない。
今から数時間以内に、良くないことが起こりそうな気がしてならなかった。
路肩に車を停め、スマホを握る。
リダイヤルを押して妻に掛けた。
「・・・・もしもし?」
『もしもし?どうしたの?』
「いや、なんでもないんだけど・・・・、」
『なんでもないのに電話してこないでしょ?まさか事故ったとか?』
冗談ぽい口調で尋ねてくるが、半分本気の色が混じっている。
もしまた家族に何かあったら・・・。
そんな不安を煽ってしまったようだ。
「ええっと・・・事故じゃない。ただちょっと胸騒ぎがして。」
『何それ?』
「分からない。でもすごい落ち着かない。いつもと違うことが起きるんじゃないかって。」
『アンタそういうのを信じないんじゃなかったっけ?』
笑い交じりに言われて、「信じないよ」と返した。
「あのさ、今日仕事休めないかな?」
『ええ!なんでよ?』
「お前を送ってから胸騒ぎが始まったから。」
『もしかして電車が事故るとか思ってるの?』
「そうかもしれないし、別の良くない事が起こるかもしれない。」
『大丈夫だって。そうそう事故なんて起こらないよ。』
「事故とは言ってない。悪い事が起きるんじゃないかって不安なんだ。」
『でももう発車しちゃったし。』
「じゃあ次の駅で降りてくれ。迎えに行くから。」
『でもこれ快速だよ?けっこう離れた所まで止まらないし・・・・、』
「分かってる。そこまで迎えに行くから。」
焦りが募ってきて、つい口調が荒くなる。
なんとしても妻を呼び戻さないといけない。
そうでないと・・・・、
「俺もノイローゼかもしれない。」
『え?』
「最近体調が悪いっていうか、感情がおかしいっていうか。」
『大丈夫・・・・?』
「お願いだから今日だけは傍にいてくれないか?」
『・・・・・・・・・。』
沈黙の向こうに不安が聴こえる。
今言ったことは全て嘘だ。
しかしそうでもしないと妻は電車から降りないだろう。
この際、不安を煽ってでも戻って来てもらうしかなかった。
「頼む。」
低い声で懇願する。
するとしばらく間を置いてから、『ちょっと待ってて』と電話を切られた。
数分後、また掛かってきて『次の駅で降りるから』と答えた。
「ごめん。」
『ほんとに大丈夫?家まで帰れる?』
「平気だよ。」
『でも車でしょ?事故とかしたら・・・・、』
「運転くらいなら大丈夫だから。迎えに行くよ。」
『ダメダメ。一人で帰るからいい。アンタは先に帰ってて。安全運転でね。』
「いや、迎えに行く・・・・、」
『いいから帰る!分かった?』
今度は妻が口調を荒げる。
俺は「分かった」と素直に頷いた。
電話を切り、ふうっと息を吐く。
さっきまで感情をかき乱していた胸騒ぎは、妻の返事を聞いた瞬間に治まった。
「なんだったんださっきの?ほんとうに虫の知らせってやつか?」
今となっては馬鹿らしく思えてきた。
それくらいにスウっと消えていったのだ。
しかし今さら「やっぱり大丈夫だから仕事行って」なんて言ったら、烈火のごとく怒り狂うだろう。
仕事をキャンセルさせたことよりも、無駄に心配を掛けたことで、怒りが爆発するに違いない。
「まあいいか。良くない事が起こってからじゃ遅いしな。」
車を走らせ、自宅のマンションまで向かう。
いつもと変わらない道、いつもと変わらない日常。
遠くにはうっすらと陽が昇り、暗い空を押し上げている。
朝陽ってのはどうしてこうも希望を感じさせるかなんて事を考えていると、信じられないものが目に飛び込んできた。
「優馬!!」
通り過ぎた電柱の傍、行方不明の我が子がポツンと立っていたのだ。
慌てて車を停め、傍に駆け寄る。
「優馬・・・?」
目の前にいる少年は、間違いなく俺たちの息子だった。
やや茶色がかった髪に、女の子かと思うほど白い肌。
クリっとした大きな目は、ここではないどこかを見ているかのように澄んでいた。
「優馬!」
視界が滲み、強く抱きしめる。
しかしその手はするりとすり抜けてしまった。
「・・・・・・。」
背筋に冷たいものが走って、思わず優馬を見つめた。
そっと手を伸ばし、頬に触れてみる。
するとさっきと同じように、そこに何も無いかのようにすり抜けてしまった。
「優馬・・・・・。」
人というのは凄いもので、光速以上の思考で事実を掴み取る。
信じたくはないが、でも・・・・きっとそれが答えなのだろう。
「お前・・・・もう・・・・、」
『クリスマスプレゼント、持って来て。』
「え?」
『ノートパソコン。お母さんの布団の傍にあるでしょ?』
「なんで知ってるんだ・・・・?」
『だって去年も帰って来たから。』
そう言って屈託のない顔で笑った。
「帰って来てたって・・・・いつ?」
『クリスマス。』
「いや、お前・・・・ならどうして俺たちが知らないんだよ?どれほどお前のこと捜したと思ってるんだ?
帰って来てたなら気づかないはずが・・・・、」
『蝶の咲く木。』
「なに?」
『川原の傍にある大きな木。そこに持って来て。』
そう言い残し、背中を向けて走って行く。
「待て!行くな!」
手を伸ばすが、やはり掴むことが出来ない。
この目で見えているのに・・・・。
「優馬!お前・・・・幽霊か?」
『違うよ!幽霊なんかじゃないよ!』
「じゃあどうして触れないんだ!?お父さんもお母さんも、ずっとお前を待ってたんだぞ!幽霊じゃないなら抱きしめさせてくれよ!
もうどこにも行かないでくれ!」
必死に追いかけ、優馬の前に回り込む。
しかし俺を気にすることなく、スルリとすり抜けて走り去っていった。
「優馬!!」
怒号に近い声で叫ぶと、一瞬だけ振り返った。
さっきと同じように、屈託のない顔で笑っている。
『僕幽霊なんかじゃないよ!チョウチョだよ!』
「チョウチョ?」
『プレゼント待ってるからね!お母さんと一緒に来てね!』
「優馬!どこ行くんだ!?お父さんと一緒に家に帰・・・・・、」
そう言いかけた時、優馬はパっと消えた。
代わりに一匹のチョウが現れ、ヒラヒラと舞い上がっていく。
黄色く輝きながら、別れでも告げるかのように、俺の周りを羽ばたく。
『蝶の咲く木で待ってるからね。』
線香花火のような頼りない声が聴こえる。
輝くチョウは空に舞い、瞬く間に見えなくなってしまった。
「優馬・・・・・。」
いったい何が起こったのか、まったく思考がついていかない。
呆然と立ち尽くしていると、ポケットのスマホが震えた。
妻からのLINEで、『ちゃんと帰れた?』と心配していた。
「・・・・・・。」
画面の文字を睨んだまま、さっきの出来事がフラッシュバックする。
あれは現実か?それとも幻か?
「俺・・・・本当にノイローゼかもしれない。」
そう答えると、『いまタクシー摑まえた。すぐ帰るから待っててね』と返信が来た。
さっきの出来事・・・・妻に話したら、いったいどんな顔をするだろう?
怒るか?呆れるか?それともノイローゼがぶり返すか?
どちらにせよいい結果にはなるまい。
そして俺自身が、自分の頭を疑わなくてはいけない。
近くに良い病院はあったかなと、優馬の消えた空を見上げた。

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