蝶の咲く木 第二話 行方不明(2)

  • 2018.01.07 Sunday
  • 11:42

JUGEMテーマ:自作小説

クリスマスイヴの夜、ちらほらと雪が降った。
マンションの五階の窓からは、雪に重なって街の明かりが見える。
なんと幻想的な景色だろうと、瞬きが減るほど眺めていた。
キッチンを振り返ると、妻が忙しく動いている。
クリスマスケーキを作っているのだ。
ここ最近料理などしていなかったので、なかなか苦戦しているようだ。
手伝おうかと言ったら、「あっち行ってて」と追い払われてしまった。
まあ仕方ないだろう。
あのケーキは俺の為ではない。
二年前にいなくなった、最愛の息子の為に作っているのだから。
その顔は真剣そのもので、プロの職人のような気迫がある。
眉間に皺が寄り、獰猛なハンターのようにさえ見えた。
「すごい顔になってるぞ。」
「いま話しかけないで。」
ケーキはほぼ完成しているのに、いったい何をそんなに真剣になっているのか?
傍へ行って謎が解けた。
「おお!上手いもんだな。」
完成したケーキの上に、ポケモンのデコレーションを施していたのだ。
中央には息子が好きだったカラモネロというキャラクター。
その周りには主人公のサトシ、ピカチュウ、他にも名前の分からないキャラクターが幾つも描かれていた。
妻にここまで絵心があるとは知らず、素直に感心してしまった。
「こんな上手い絵が描けたんだな。」
「この二週間練習したからね。」
そう言って得意気に胸を張った。
「たった二週間でここまで描けるもんなのか?」
「優馬の為だもん。」
隈のできた目を笑わせながら、仕上げに取り掛かっている。
最近ずっと部屋に籠っていたのはこの為らしい。
・・・・妻を駅まで送っていったあの日、行方不明になっていた息子と出会った。
その事実をどう話そうかと悩んでいたら、なんと妻も同じ体験をしていたのだ。
タクシーに乗って帰って来る途中、ふと道端に優馬を見つけたそうだ。
慌てて車を停めさせて、『優馬!』と駆け寄った。
その手で抱きしめようとしたが、結果は俺の時と同じ。
まるで幽霊のようにすり抜けてしまった。
『蝶の咲く木まで来て。』
俺に言ったのと同じことを言い残し、蝶に姿を変えて飛び去っていったらしい。
家に帰って来た妻は興奮極まってそのことを話した。
そして俺も同じ体験をしたことを伝えると、『幻じゃなかったんだ・・・・』と口元を覆った。
『ほんとに優馬だったんだ・・・・帰って来てくれたんだ!!』
喜ぶ俺たちだったが、その日の夜に背筋が凍る出来事が起きた。
点けっぱなしにしていたテレビから、こんなニュースが流れたのだ。
『今日午後2時半頃、○○県○○市のビジネスホテルで火事がありました。
強い風の影響で、最上階の八階まで燃え上がるほどの激しい炎となりました。
火は午後5時頃には消し止められましたが、隣の建物に延焼し、まだ煙がくすぶっているとのことです。』
その後に火事の映像が流れ、妻が短く悲鳴を上げた。
『あれ・・・・私が予約してたホテル・・・・。』
まん丸に目を見開き、ニュースに見入っていた。
『この火事により、宿泊客の一人が死亡、五名が軽い火傷を負ったとのことです。
火は四階の右端の部屋から出火したと見られています。
警察は宿泊客の失火が原因ではないかと見て捜査を進めています。
次のニュースです。今年開かれるオリンピックで、誘致先との不正を疑われている・・・・、』
火事のニュースが終わり、次のニュースが流れた後も、妻は目を見開いていた。
『火が出た部屋・・・・私の泊まる階だった・・・・。』
俺たちは目を見合わせまま、しばらく動けなかった。
あのまま妻が仕事に行っていれば、今頃はどうなっていたか?
想像したくもないが、想像せずにはいられず、気が付けば手を握っていた。
『優馬のおかげだ・・・・。』
妻がぼそりと呟いた。
『きっと優馬が助けてくれたんだよ!あのホテルに泊まったら危ないぞって伝えに来てくれたんだよ!』
恐怖に怯えていた顔が笑顔になる。
握った手を揺らしながら、『ありがとう・・・』と涙ぐんでいた。
・・・・あの日から二週間、俺も妻も落ち着かない時間を過ごした。
妻は一心不乱に絵の上達に励み、俺は友人の元へ行って、しばらく妻を休ませてやってくれと伝えた。
一日、一日とクリスマスが近づくにつれて、気持ちが高ぶって眠れない夜が続いた。
また優馬に会える。
それだけで幸せな気分だった。
明日、俺たちはまた優馬に会う。
聞きたいことはたくさんあるが、最初にやるべきことは決まっていた。
プレゼントとケーキを渡すこと。
そしてこの家へ連れて帰ることだ。
天国へなど行かせるものか。
俺と妻がいるこの家が、優馬の居場所なのだ。
幽霊だろうがチョウチョだろうが構わない。
どんな姿になっていたとしても、俺たちの息子であることに変わりはないのだから。
明日は優馬に会える。
イヴの日、興奮して眠れなかった。
枕元には二年前にあげるはずだったプレゼントがある。
その隣には去年と今年の分のプレゼント。
妻と相談し、色々と悩んだ結果、最新型のwiiとポケモンのソフトを二つ買った。
きっと喜んでくれるに違いない。
俺はそう思っているのだが、妻は「PSも買っとけばよかったかなあ」と落ち着かない。
「まだ電気屋さん開いてるかな?」
「もう閉まってるよ。」
「でもせっかく帰って来るんだから、欲しいもの全部用意しといてあげたいじゃない。」
「これからずっと家にいるんだ。いくらでも買ってやれるよ。」
そう、この二年の間、優馬にしてやれなかったことをうんとしてやるのだ。
オモチャだけじゃない。
旅行や釣りやサッカー、優馬が望む限り遊びに付き合ってやろう。
大きな大きな喜びは、夜が明けるまで尽きることはなかった。
しかしそれと同時に、暗い影も頭に浮かんでいた。
優馬はもう生きてはいない。
生きた人間がこの腕をすり抜けることなどないのだから。
ではどうして優馬は死んだのか?
事故か?それとも変質者にでもさらわれて・・・・、
考えないようにしてきたことが、希望と共に首をもたげてくる。
それは妻も同じようで、喜びの中に不安の色が混じっていた。

            *

朝陽が顔を出す頃、妻と共に家を出た。
昨日降り出した雪は今朝まで続き、おかげでホワイトクリスマスとなった。
あたり一面白銀の世界。
スタッドレスといえども、油断していれば事故を起こしてしまうだろう。
丁寧にハンドルを捌きながら、優馬の待つ川原の木へと向かった。
助手席では妻が固まっている。
膝に力作のケーキを抱え、足元には三つのプレゼント。
ギロっと見開いたその目は、酸素を求めて口をパクパクさせる魚のよう。
妻のこんな顔を見るのは久しぶりだった。
あれはまだ結婚する前のこと、デートの最中、すぐ近くに雷が落ちた時以来だ。
二年ぶりの息子との再会は、それと同じくらいの緊張をもたらした。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・。」
返事はなく、矢のような視線で前を睨んでいる。
今、妻に返事をもらえるのは優馬だけだろう。
雪が輝く交差点を曲がり、川原沿いの細い道へと入っていく。
この道を200メートルほど走れば、優馬の言っていた川原の木へとたどり着くはずだ。
何せそこにしか大きな木は立っていないのだから。
『蝶が咲く木』
優馬はそう言っていた。
これはいったいどういう意味だろうかと、何度も妻と話し合った。
しかし結論は出ないままだ。
あの大木は随分と昔から生えていて、この街の名士が大事にしているものだ。
木の向かいにはその名士の家があり、江戸時代から続くらしい土壁と瓦の風情は、家というより屋敷だ。
道なりにまっすぐ車を走らせていくと、その屋敷の屋根が見えてきた。
道を挟んだ向かいには大きな木がそびえている。
正直なところ、あの木は交通の邪魔になっている。
ただでさえ細い道なのに、道路へはみ出るほどの大きさなので、車がすれ違うことが出来ない。
しかも木を守る為にと、根の周りはレンガで守ってある。
ここを通る者はみな、あの大木に気を遣わないといけないのだ。
それでも一切の苦情が出ないのは、あの大木には見る者を圧倒する荘厳さがあるからだろう。
だんだんと近づいて来る大木。
妻は前かがみになって、さらに目を見開いた。
「・・・・いるか?」
「・・・・・・・・。」
屋敷の傍の空き地に停めて、ゆっくりと車を降りる。
妻は呼吸をするのも忘れた顔で、一歩ずつ大木へ近づいていった。
「・・・・・・・・。」
木は大人が腕を回しても届かないほど太い幹をしている。
その上には無数の枝があって、さらにその先にも枝が分かれている。
冬なので葉は落としているが、夏や秋には空が見えないほど茂るだろう。
四方八方に伸びたその枝は、無数の手を持つ千手観音のよう。
川に、道路に、そして屋敷の屋根へと伸びている。
俺も傍へ行き、息子の姿を捜した。
「優馬!」
大声で叫ぶが、優馬は出て来ない。
妻は木の周りを歩いて、ノミ一匹見逃さない目つきで捜していた。
「・・・・・・いない。」
ボソっと呟く。
手にしたケーキを掲げ、「優馬!」と叫んだ。
「お母さんだよ!ケーキとプレゼント持って来たよ!」
俺も袋に入ったプレゼントを掲げる。
しかし出て来ない。
ここへ来いと言ったはずなのに、気配すら感じなかった。
「優馬!出てきて!お母さんだよ!約束通り来たよ!」
大きな声ではあるが、柔らかい口調だ。
「一緒に帰ろう!家に帰って、お母さんとお父さんと一緒にケーキを食べようよ!」
何度も優馬の名を叫ぶ。
しかしまったく現れないので、だんだんと焦りが出てきた。
「優馬!どこお!」
叫びは悲鳴に近くなっていく。
すると屋敷の中から人が出てきた。
頭の薄い白髪の爺さんだ。
確か・・・・名前は堀越さん。
地元の祭りの時に、一度だけ喋ったことがある。
「あの・・・・、」
遠慮がちに口を開いて、「どうかしましたか?」と目を向けてくる。
妻は相変わらず優馬の名を呼んでいる。
俺は笑顔を向け、小さく頭を下げた。
「すいません、ちょっとここで人と会う約束が。」
「子供さん?」
「え?」
「だから人と会う約束。子供さん?」
「そうですが・・・・、」
どうして分かったのかと不思議に思う。
「すいません、ご迷惑をお掛けして。でもどうしても会わないといけないんです。色々と事情が・・・・、」
「おたく・・・たしか和久井さん?」
「そうです。」
「息子さんがいなくなったあの・・・・。」
「ええ。」
「じゃあそういうことか。」
堀越さんは大木を見上げ、「可哀想になあ」と呟いた。
「可哀想?」
「今日の夜、ちゃんと戻って来るよ。」
「夜・・・・?」
「今はまだ時間じゃないから。」
「・・・・どういうことです?」
「夜に来れば分かる。クリスマスになるとね、子供だけが行く世界への道が開けるから。またおいで。」
そう言い残し、屋敷へと戻ってしまった。
「あの、すいません!」
追いかける前に門が閉じられる。
《あの爺さん・・・・いったい何なんだ?》
意味ありげな言葉を残されて、はいそうですかと納得するわけにはいかない。
「すいません!」と門を叩いていると、「帰ろう」と声がした。
振り返ると妻がいて、まっすぐに門を睨んでいた。
「夜に来ればいいんでしょ?」
「聞いてたのか?」
「また来ようよ。」
そう言って車に引き返して行く。
俺は屋敷と妻を交互に見つめ、渋々車へ引き返した。
ドアを開け、運転席に乗り込む。
妻は「夜・・・」と繰り返していた。
「あのお爺さん、夜になったら来るって言ってたよね?」
「ああ・・・・。でも意味が分からない。なんかこっちの事情を知ってそうな感じだったぞ。
優馬がここに出て来るってことを。」
「どうでもいい。」
「え?」
「あのお爺さんがどうとか、そんなのどうでもいい。私は優馬に会えたらそれでいいから。」
「いや、でもな・・・・なんか怪しくないか、あの人。いきなり出て来てさ、こっちの事情を見透かすようなことを・・・・、」
「優馬に会いたい。」
「・・・・・・。」
「優馬が戻ってきて、また一緒に暮らせたらそれでいい。」
妻の表情は硬く、眉間に皺が寄っている。
頭も心も優馬一色に染まりきって、他の一切は目に入っていないようだった。
もちろん俺だって優馬に会いたい。
会いたいが、どうしてもあの爺さんが気になった。
《・・・・・いいか。夜に優馬がやって来るなら、他のことはどうでも。》
妻の言う通り、俺たちにとって大切なのは優馬だけだ。
あの爺さんはきっと何かしらの事情を知っているんだろうが、夜に来いというのなら、そうするだけだ。
ハンドルを切り、雪の積もった道を引き返す。
ルームミラーに映る大木は、荘厳さこそあれ、特別な代物とは思えない。
どうしてあそこに優馬が現れるのか?
目には見えない不思議な力が宿っていて、天国から優馬を呼び寄せてくれるのか?
堀越さんは言っていた。
『クリスマスになるとね、子供だけが行く世界への道が開けるから。』
・・・まったく分からない。
オカルトなんて馬鹿らしいと思うし、今後も信じる気はない。
しかしこの前会った優馬は、幽霊のようにこの腕をすり抜けてしまった。
あれはいったいなんだったのか?
考えども答えは出ず、陽を受けて輝く雪さえ鬱陶しく思えてきた。
《夜、あそこに行けば分かるのか?優馬がどうなったのか?あの木はなんなのか?》
優馬に会いたい。
もちろんその気持ちが一番だが、それと同じほどに疑問が湧いてくる。
妻は目を閉じ、大事にケーキの箱を抱えている。
瞼の裏に優馬を思い浮かべているのだろう。
俺も余計なことは考えず、その事だけ考えるようにしよう・・・・。
ルームミラーから大木が消える頃、また雪が降り出してきた。
ふわふわと漂うその様は、チョウになった優馬の姿と重なった。

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< October 2020 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM