蝶の咲く木 第五話 夫婦の諍い(1)

  • 2018.01.10 Wednesday
  • 13:34

JUGEMテーマ:自作小説

息子が妻の膝で眠っている。
腕にクリスマスプレゼントのゲーム機を抱きながら。
その横には半分に減ったクリスマスケーキがある。
大好きなカラモネロの顔が真っ二つになっていた。
息子がいるこの星へ来てから四時間、お祝い気分は優馬が眠るのと同時に終わった。
楽しかった空気はなりを潜め、俺も妻も神妙な顔で睨み合っていた。
「優馬のままがいい。」
妻が言う。
「でもそれだと長生き出来ない。」
俺が返す。
今、俺と妻はある相談事について、パックリと意見が分かれていた。
優馬はすでに亡くなっているが、9年後には俺たちの元へ戻って来ることが出来る。
新たな命に生まれ変わって。
魂は優馬だが、肉体は別人になる。
容姿も、性格も、何もかもが変わって、俺たちの子供として生まれてくるのだ。
しかしそれを避ける手段が一つだけあった。
優馬の肉体を新たに作れば、優馬は優馬のまま生き返ることが出来る。
しかしそれだと10年先までしか生きられない。
俺も妻も優馬に戻ってきてほしい。
その気持ちは同じだが、どのようにして戻ってきてもらうかについて、意見が分かれていた。
「絶対に今のままの優馬じゃなきゃ嫌。なんの為にここまで来たのか分からないじゃない。」
眠る息子を抱きしめ、「このままじゃなきゃ意味がない」と呟く。
「やっと優馬に会えたのに・・・・。どうしてまたお別れしなきゃいけないのよ。」
「俺だって一緒にいたいよ。でもクローンだと長生き出来ないんだ。
優馬はまだ小さい。こらからたくさん未来が待ってるのに・・・・19で死ぬなんてあんまりだろう。」
「そんなの分かってる。だから優馬のまま長生きできる方法を探してよ。」
「あの蝶モドキはその二つの方法しかないって言ってたんだよ。どっちかを選ぶしかないんだ。」
「本当にちゃんと確認したの?アンタのことだから、相手の言うことをただ『うんうん』って聞いてただけなんでしょ?」
「そりゃ色々疑問に思うことはあるよ。でも尋ねた所で仕方がないだろう?向こうがそういう風にしか出来ないって言ってるんだから。」
「だからあ・・・なんで素直に信じるのよ!こんな非常識なことがたくさん起こってるんだよ?
だったら優馬だってこのまま生き返ることが出来るかもしれないじゃない。」
「いやだから・・・・そのまま生き返ると10年先までしか・・・・、」
「それがどうにかならないかって言ってるの!もういっぺんあの蝶に聞いてきてよ!」
「どこ行ったか分からないんだよ。別の木に飛んで行っちゃったから。」
後ろを振り返ると、山より巨大な木々が山脈のように連なっている。
あのいずれかに蝶モドキはいるのだろうが、こっちから向こうへ行くことは無理だ。
腕時計は午後11時を指している。ここにいられるのはあと20時間。
こうして言い争っている間にも、刻一刻とここから出なければいけない時間が近づいているのだ。
「聞いてきて。」
「なに?」
「あの蝶にもういっぺん聞いてきてよ。優馬が優馬のまま戻って来る方法はないか。」
「だからアイツはどっか行って・・・・、」
「追いかけてよ!」
「無理に決まってるだろ!」
目の前には山をも凌ぐ巨木の群れ。
眼下は大地が見えないほどの雲海。
遠くへ飛び去っていったあの蝶モドキを追いかけるとなると、俺も空を飛ばないといけない。
「俺だって優馬が優馬のまま戻って来てほしいよ。でも今はどうしようもない。アイツが戻って来るまでここで待ってよう。」
「意気地なし。」
「はあ?」
「アンタ父親でしょ!なんで諦めるのよ!」
「あのな・・・こんな神話みたいな世界で、どうやってアイツを追いかけろってんだよ?
焦ってんのはお前だけじゃないんだ。ちょっとは落ち着けよ。」
「お前って・・・・誰に言ってんのよ?」
妻の顔が強ばる。
ちょっとした言葉遣いに怒るのは慣れっこだが、今は俺だって余裕のある状態じゃない。
普段のように気遣ってなどいられなかった。
「お前はお前だよ。いちいちそんな事でつっかかるな。」
「はあ!?喧嘩売ってんの?」
「そりゃお前だろ。自分だけが優馬を心配してると思ってるのか?」
「そんなこと思ってないわよ!自己中な女みたいに言わないでよ。」
「自分の悩みと感情が世界の中心と思ってる。」
「アンタ・・・・マジで喧嘩売ってるの?」
強ばった顔から血の気が引いている。
いつもならここで俺が引き下がるが、今日ばかりは引く気はない。
俺だって優馬が心配で、だからこそ新たな肉体で生まれ変わることを望んでいるのだ。
いくら元の姿のまま戻ってきても、10年の寿命ではあまりに短すぎる。
「あの蝶モドキはまた戻ってくるよ。」
「なんでそんな事言えんのよ?」
「ここは子供しかいられない世界なんだ。大人の俺たちをこのまま放ったらかしにはしないだろ。」
「もし戻って来なかったら?」
「そこまで言うなら自分で行って来い。」
「無理だからアンタに言ってんでしょ!これ以上怒らせないでよ!!」
傍にあったスプーンを投げてくる。
続いて紙コップ、ケーキの食べカスが残った皿。
払うのも面倒くさいので、そのまま好きにさせておいた。
「こんな場所じゃなかったら蹴飛ばしてるわ!」
そう言って眼下の雲海を睨んでいる。
「やりたいならやればいいだろ。目え覚めて俺がいなかったら、優馬が悲しむだけだ。」
「子供を盾にしないでよ!この卑怯者!!」
「黙れよいい加減!こっちだって焦ってんだ!!自分だけが辛いと思うな!!」
「はああ!?アンタ・・・マジでムカつく・・・・。」
血の気の引いた顔が震えている。
優馬を抱く腕に力が入っていたので、「落ち着けよ」と宥めた。
「優馬が痛がるぞ。」
「お前が怒らせるからだ!優馬の命がかかってるのに、なんでこんな時に喧嘩するわけ?」
「喧嘩売ってるのはお前だ。」
「だからお前って言うな!偉そうに・・・何様だよ!!」
「・・・・・・・・。」
「だいたい前から腹立つんだよお前!いつだって飄々と気取ってさ。喧嘩したって私が馬鹿みたいに見える!」
「・・・・・・・・。」
「優馬がいなくなった時だって、今みたいに飄々としか顔で澄ましてたよね。なんで自分の子供がいなくなったのに焦らないわけ?
そうやってカッコつけて、私のこと見下してんだろ!」
「違うよ。俺まで慌ててたら、余計にお前に負担を掛けると思ったから・・・・、」
「だから人のせいにすんなよ!都合悪くなったら私や優馬を盾にして・・・・自分だけが涼しい顔すんなよ!」
「いいよもう。どうにでも好きなように思えばいい。」
「だからそれが腹立つって言ってんのよ!言いたいことがあるなら言えばいいじゃない!
なんでいっつも私ばっかり怒らなきゃいけないのよ!!」
「そうだな、悪かった。」
「謝るなよ!私が悪者になるじゃん!」
「・・・・口を開いたら開いたで、今みたいにヒステリー起こすだろ?そうなったらまたノイローゼになる。
それが嫌だから黙ってるだけだ。」
「だからあ・・・・それ優馬がいなくなってからの話でしょ!お前は前からずっとそんなんじゃない!」
「もういいって。あの蝶モドキが戻って来るまで待ってよう。」
妻に近づき、優馬に手を伸ばす。
「ちょっと!」
「腕に力が入ってる。優馬が痛がる。」
「私の子よ!勝手に取らないでよ!!」
「俺の子でもある。」
「じゃあ早くのあの蝶を捜してきてよ!!優馬が優馬のまま戻れるように話してこい!!」
妻の声は、触れただけで切れそうなほど高くなっていく。
口からは次々に罵り言葉が出て来て、もはや自分でも何を言っているか分かっていないだろう。
俺は優馬を取り上げ、「よしよし」と背中を撫でた。
「ごめんな、怖かったな。」
優馬はとうに目覚めていた。
当然だろう、ここまで大声で喧嘩しているのだから。
「返せ!」
妻が飛びかかってくる。
俺は背中を向け、ビンタだか拳だか分からない波状攻撃に耐えた。
そのうちの一発が優馬の頬を掠める。
「おいッ・・・・、」
「いいから返せよ!」
優馬の腕を掴み、力任せに奪おうとする。
「私の子だ!お前んじゃない!!」
我を忘れたせいで、優馬が痛がっていることに気づかない。
俺は手を振り上げ、妻の頬に向かって振り抜いた。
乾いた音が響き、それと同時に妻の叫びが止まる。
「・・・・・・・・。」
頬を押さえ、石のように固まっている。
とっさの事で手が出てしまった・・・・。
「すまん」と呟いて手を伸ばすと、ビクっと身を竦めた。
「悪かった。優馬が痛がってたから。」
「・・・・・・・・・。」
「地球に戻ったら殴ってくれていいよ。でも今は我慢してくれ。優馬の為に。」
その場に立ち尽くす妻を残し、少し離れた場所に歩いていく。
ドカっと腰を下ろし、「大丈夫か?」と尋ねた。
「・・・・・・・。」
「ごめんな、せっかく二年ぶりに会ったのに。お父さんとお母さん喧嘩しちゃって。」
「・・・・・・・。」
「お父さんもお母さんも、いつもと違うことばかり起きて、ちょっと焦っちゃってさ。優馬が悪いんじゃないぞ。」
頭を撫でると、一瞬俯いてから妻の方を見ていた。
「お母さんあっち行っちゃった・・・・。」
振り向くと、枝の先の方へと歩いて行っている。
うずくまり、頭を抱えて、わしゃわしゃと掻きむしっていた。
「僕のせい?」
「違う。・・・・これはお父さんとお母さんの問題だから。優馬は考えなくていい。」
じっと妻を見ている優馬を、膝の上に座らせる。
するといつの間にかたくさんの蝶が戻ってきていた。
「あいつらどこ行ってたんだ?」
無数の蝶が子供たちの間を飛び回っている。
そしてその蝶たちに混じって、二人の大人が立っていた。
俺より少し上くらいの男女だ。
「あれって・・・・、」
前のめりになって二人の大人を睨む。
案の定、その二人はキョロキョロと辺りを見渡して、一人の子供に目を止めた。
黙々と本を読んでいるあの少女だ。
「なつ!」
女の方がそう叫んで、少女へ駆け寄る。
すると少女も立ち上がり、「お母さん!」と抱きついていた。
「他にも親が来たのか。」
俺たちの時と同じように、決して離れまいと抱きしめ合っている。
そこへ父親も加わって、空気を揺らすほどの声で泣いていた。
「・・・・・・・。」
胸が詰まる・・・・ここへ来たときの感情が蘇って、涙腺が緩んできた。
「よかった・・・・また会えてよかった・・・・。」
自分のことでもないのに、耐え難いほど目元が緩んでくる。
俺は振り返り、「啓子!」と呼んだ。
「他にも親が来た!俺たち以外にも!」
向こうも気づいているようで、頭を掻きむしる手が止まっていた。
しかし何度呼んでも振り向かない。
背中を向けたまま俯いているだけだった。
《そっとしといた方がいいか。》
視線を眼下の親子に戻す。
すると優馬が「なっちゃん!」と叫んだ。
「やったね!」
立ち上がり、手を振る。
少女はこちらを見上げ、小さく頷いた。
優馬は嬉しそうに「頑張った甲斐あったね!」と叫んだ。
「いっぱい復讐手伝ったもんね!頑張ってよかったね!」
少女はまた頷く。
それと同時になぜか首を振った。
口元に指を当て、シーっとジェスチャーまでしている。
それを見た優馬も、口元に手を当てて頷いた。
「おい優馬。」
肩を掴み、こっちを振り向かせる。
「今の・・・どういうことだ?」
「・・・・・・。」
「復讐を手伝うってなんだ?」
優馬は両手で口を塞ぎ、しまったという目をしている。
俺はもう一度「どういうことなんだ?」と尋ねた。
「復讐を手伝うってどういうことなんだ?もしかして復讐を手伝うと、親に会えるとかじゃな・・・・、」
そう言いかけた時、後ろから『ただいま』と声がした。
振り向くと、蝶モドキがヒラヒラと羽ばたいている。
クルクルっと宙を舞ってから、優馬の頭に下りた。
『優馬君。』
声が少し威圧的になっている。
顔は笑っているが、怒りを表すように羽がせわしなく動いていた。
『め。』
「・・・・ごめんなさい。」
塞いだ口から言葉が漏れる。
蝶モドキは『約束でしょ』と、優馬の目の前に羽ばたいた。
『余計なことは言わない。そう約束したでしょ?』
「はい・・・・。」
震える怯える優馬を見て、「おい」と割って入った。
「怖がってるじゃないか。」
『めってしただけよ。』
「さっきから何を言ってるんだよ?約束ってなんだ?」
『別に。』
「・・・・・まさかとは思うけど、子供に復讐を手伝わせてるんじゃないだろうな?」
優馬を抱き寄せ、蝶モドキから守る。
「さっき優馬が言ってたぞ。いっぱい復讐をしたって。頑張った甲斐があったって。
あの本を読んでた女の子、もしかして復讐を手伝わせて、その見返りに親と会わせたんじゃないだろうな?」
『まさか。子供にそんなことさせないわ。』
「じゃあ答えろ。復讐を手伝うってどういうことだ?」
『そんなに熱くならなくても。』
「なるに決まってるだろ!」
蝶モドキは何かを隠している。
それが俺の考えている通りのことだとしたら・・・・、
「まさか優馬にも手伝わせたんじゃないだろうな?」
『なんにもしてないわ。』
「本当に?」
『ええ。』
「優馬は俺たちの大事な息子だ。もし人を殺すようなことを手伝わせていたら許さな・・・・、」
そう言いかけた時、「殺してやる!」と野太い声が響いた。
「どこだ!?そいつぁどこにいる?」
少女の父親が激高している。
妻がなだめているが、それを振り払って娘の肩を掴んだ。
「絶対許さない!この手で殺してやる!!」
顔を真っ赤に染め、血管が破れて噴出するんじゃないかと思うほどの怒りようだ。
「教えろ!お前をさらったその男、どこにいる?」
顔が鬼のようになって、少女は怯えていた。
妻が引き離そうとするが、お構いなしに少女に詰め寄っている。
「あの子は確か・・・・、」
ぼそっと呟くと、蝶モドキが『変態に殺されたの』と答えた。
『妄想と現実の区別が付かなくなったロリコンにね。』
「あのお父さん、それを聞いて怒り狂ってんだな。」
『すごい声よね。耳がキンキンしちゃう。』
「親なら当然だ。大事な子供をそんな目に遭わされて黙ってられるか。」
『でもあなた達は復讐を選ばなかった。』
「優馬の為だ。復讐しても優馬が戻って来るなら、迷わずそうしてる。」
俺だって優馬を殺した犯人を許したわけじゃない。
あの少女の父親のように、出来るならこの手で復讐を果たしたかった。
蝶モドキはクスっと笑い、『ささ、仕事しなきゃ』と少女の元へ飛んでいく。
話しかけられた両親はギョッとしていたが、見る見るうちに表情が変わっていった。
「復讐してくれ!そいつを殺してくれ!!」
父が叫ぶ。
蝶モドキは指を立て、ボソボソと何かを喋っていた。
おそらく復讐を選んだ際のリスクを説明しているのだろう。
憎き犯人は死ぬが、娘は永遠にこの場所にとどまる。
人ではなく蝶として・・・・。
しばらく話し合いが続いた後、蝶モドキはコクリと頷いた。
《どうなった・・・?》
息を飲んで見守っていると、蝶モドキは空へと舞い上がっていった。
それに続いて、大勢の蝶も空へ昇っていく。
どの蝶もモールス信号のように点滅し始め、せわしなく光を放つ。
そして・・・・、
「消えた・・・・。」
手品のようにパッといなくなる。
父親は硬く拳を握り、母親は呆然と立ち尽くす。
そして当の少女は、能面のように無機質な顔で空を見ていた。
母が肩を抱き、「なんで・・・」と尋ねる。
「なんでそんな・・・・戻って来れなくなるのに・・・・、」
ギュッと娘を抱きしめて、か細い嗚咽を響かせていた。
《復讐を選んだのか・・・・。》
犯人を憎む気持ちは分かる。
殺してやりたい気持ちも分かる。
しかしその代償はあまりに大きい。
我が子との永遠の別れを選ぶことになるのだから。
複雑な気持ちで眺めていると、優馬が「なっちゃん怒ってたから」と言った。
「怒る?」
「自分を酷い目に遭わせた人に。」
「・・・・なら自分から復讐を選んだってのか?」
「だって嫌なこといっぱいされて、助けてって言っても助けてくれなかったから。僕と同じ。だからやり返したいんだって。」
「気持ちは分かるけど、それを止めるのが親ってもんだ。だってあの子・・・・蝶に変わって永遠にこの場所にいることになるんだぞ。」
「なっちゃんこの場所が好きって言ってたもん。ずっと本を読んでられるからって。」
「本は地球でも読める。でもここにいたらもう誰にも会えなくなるんだぞ?優馬だってお父さんやお母さんに会えなくなったら嫌だろ?」
優馬は困ったように眉を寄せる。
他人の家族の判断を息子に問うたところで意味はない。
それは分かっているのだが、あの両親の選択に納得がいかなかった。
「大事なのは子供が戻って来ることだろ。なんで復讐の方を選んで・・・・、」
「人の子供なんかどうでもいい。」
妻が横に並んでくる。
少女を見下ろしながら、「他人の子心配してどうすんのよ」と言った。
俺はその横顔を見上げ、すぐに目を逸らした。
「・・・・さっきは叩いて悪かった。」
「私もごめん、カッとなって。」
そう言って膝をつき、「ごめんね」と優馬に触れた。
「引っ張ってごめんね。痛かったよね。」
優馬は黙ったまま首を振る。
妻は腕を撫でながら、隣に腰を下ろした。
「あの蝶、さっき戻って来てたよね?」
「ああ。」
「ちゃんと優馬のこと聞いた?そのまま戻れるかって。」
「いいや、別のこと聞いてた。」
「なに別のことって。」
「復讐。」
「復讐?」
また顔が強張る。
俺はさっきの蝶モドキとのやり取りを話した。
てっきり食いつくだろうと思っていたのに、「アンタは・・・」と呆れられた。
「そんなどうでもいい話なんかしてたわけ?」
「どうでもいいってことはないだろ。下手したら優馬も復讐をさせられて・・・・、」
「だからあ〜・・・・そんなのどうでもいいのよ!」
荒い口調だが、声のトーンは抑えている。
優馬が怯えないように。
「大事なのは優馬がちゃんと戻れるかどうかだけ。何度言ったら分かるの?」
「いや、でもな・・・・、」
「ここで何が起きたかなんて、地球へ戻れば関係ないでしょ?」
「・・・・・ああ。でももし復讐に利用されたんなら、この子も人を殺し・・・・、」
「優馬がそんなことするわけない!」
大声で怒鳴って、俺の腕から優馬を奪う。
「なんで自分の子供を信じてあげないの?この子がそんな酷いことするわけないでしょ。」
「分かってる、優馬はそんな事する子じゃない。でもあの蝶モドキが無理矢理やらせた可能性が・・・・、」
「だったら蝶モドキのせいじゃない。」
「・・・・そうだな。」
「アンタ本当に優馬のこと心配してる?」
そう言われて、「やめろよ」と止めた。
「また喧嘩になる。」
「さっきさ、偉そうに私のこと言ってたよね。自分の感情と悩みが世界の中心だとか。」
「言い過ぎた、あの時は俺もカッとなって・・・・、」
「なんでも自分中心なのはアンタの方でしょ?」
「だからそういう言い方はまた喧嘩に・・・・、」
「自分の子供なのに信じてあげない。仮にもし復讐してたとしても、それは無理矢理やらされただけ。
この子はなんにも悪くない。そうでしょ?」
「ああ・・・・。」
「じゃあ何をそんなに気にしてるのよ?もしこの子が復讐を手伝ってたとしたら、それでどうなるわけ?地球へ戻ったら関係ないよね?」
「関係なくは・・・・。」
「じゃあどう関係あるのか言ってよ。」
「もういいよ。優馬は悪くない。それでいい。」
「じゃあ何を気にしてるのよ?」
「もういいよ、俺が悪かった。」
「自分で言わないなら言ってあげる。アンタが気にしてるのは自分のことよ。
この子が復讐に手を貸してたら、自分が汚れたような気になるから。
もし地球へ帰ってからバレたりしたら、自分のイメージが崩れるし。」
「そんなこと思ってないよ。」
「いつだってクールな俺カッコいいと思ってるもんね。だからいつだって飄々とカッコつけてるし。」
「元々こういう性格だ。結婚してからじゃない。」
「だから元々自己中ってことでしょ?言っとくけどね、もし優馬が復讐に手を貸してたとしても、私はそんなの気にしない。
地球へ帰ってからバレたとしても、絶対にこの子を守ってみせる。」
妻は立ち上がり、優馬の手を引いていく。
「おい!」
「アンタに預けてたらどうなるか分からない。せっかく蝶モドキと話せるチャンスだったのに、どうでもいいこと聞くし。」
「次はちゃんと・・・・、」
「次に出てきたら教えて。私が話すから。」
さっきまで怯えていたのが嘘のように、妻の足取りは力強い。
優馬は一瞬だけ振り返り、何かを言いたそうに俺を見つめた。
しかし妻に手を引かれ、そのまま枝の反対側へと行ってしまった。
「・・・・なんだよ、なんでも俺が悪いのか?」
妻の言う通り、蝶モドキに優馬のことを話すチャンスを見逃してしまった。
しかしあの状況だと気になってしまうではないか。
復讐だなんだと聞かされて、冷静でいられるわけがない。
「そう言い返したところで、また自己中とかなんとか言われるんだろうな。」
妻に背中を向け、先ほどの少女を見下ろす。
「可哀想に、もう二度と親の所に戻れないなんて。」
父親は相変わらず拳を握り、怒りに震えている。
母親は娘の傍で放心している。
そして当の本人はまだ空を眺めていた。
《なんで復讐なんか・・・・。》
怒りと憎しみに先走っては、失う物の方が多いのではないだろうか?
子供はその事が分からない。
だから親が止めるべきなのに・・・・。
じっとその光景を見ていると、ふと少女が振り返った。
その目を見た時、一瞬だが俺はうろたえてしまった。
《笑ってる・・・・。》
能面のような表情は変わらない。
しかし目の中に喜びが浮かんでいるように感じた。
鋭い矢で射抜かれたように、俺は動くことが出来なかった。
その時、少女が初めて表情を変えた。
実にスッキリした顔で、ニコリと微笑んだのだ。

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