蝶の咲く木 第七話 復讐の火(1)

  • 2018.01.12 Friday
  • 10:32

JUGEMテーマ:自作小説

高い空から落ちていく夢を見た。
遠くには分厚い雲が流れ、その中に巨大な根が這っている。
それは蜘蛛の巣のようでもあり、うねる龍のようでもあった。
空に浮かぶ巨木の根は、地球へ襲来したUFOのごとく、空全体を覆い尽くす。
俺はそんな光景を眺めながら海へ落ちた。
・・・・・・・・。
目が覚め、頭が冴えた後でも、4Kのテレビのように高画質な記憶となって再生される。
「気分はどうですか?」
医療器具の乗った台を押しながら看護師が入ってくる。
俺は「肩が少し・・・」と答えた。
「痛むんです。そのせいで昨日もあまり寝れなくて。」
「ちょっと見せて下さいね。」
包帯が巻かれた肩を触り、神妙な目で睨んでいる。
「触ると痛いですか?」
「はい。」
「触った感じ熱は持ってないみたいなんだけど・・・・ちょっと先生に看てもらいましょうかね?」
「いや、そこまでじゃないです。」
「でもよく寝れないほどなんでしょ?ちょっと先生呼びますね。」
すぐに医者がやってくる。
少し腫れているとのことで、痛み止めを一本打たれた。
「ここ折れると治りくいんだよ。痛みはしばらく続くから。」
「はい。」
「夜あんまり寝られないようだったらそこのボタン押して。」
そう言ってナースコールのボタンを顎でしゃくる。
医者は必要以上に靴音を鳴らして部屋を出ていった。
イラついているのだろうか?
看護師が血圧を計り、簡単な問診を終えて、丁寧な笑顔で背中を向けた。
部屋を出て行く時、医者と同じようにイラついていたのを俺は見逃さなかった。
満面の笑顔が一瞬で消え、能面のように冷徹な表情をしていた。
《医者と看護師は仲が悪いっていうけど、どうやら本当らしいな。》
病室には俺しかいなくなる。
個室なので誰にも気を遣う必要はないが、一人きりというのは寂しい。
いや・・・・病室だけではない。
ここを退院しても俺にはもう・・・・・。
「・・・・一人じゃない。啓子はあの世へ行ったわけじゃないんだから。」
スリッパを履き、痛む肩を我慢しながらトイレへ向かう。
用を足していると、後ろから「おう」と声を掛けられた。
「便所か?」
親父だった。
年の割りにフサフサした髪を撫でながら、俺の隣に並ぶ。
「もう一個向こうでやれよ。」
「どこでやろうが俺の自由だ。」
親子二人並んでジョボジョボ音を響かせる。
俺が先に終わり、手を洗いながら「下が弱ってんじゃないか」と言った。
「ん?」
「年取ると小便が長くなるだろ?」
「弱っとりゃせん。スタミナがなくなっただけだ。」
「それを弱るっていうんだよ。」
手を洗い、病室へ戻ると、親父が追いかけてきた。
「見舞いに来たんだから邪険にするな。」
「なんで親父なんだよ。お袋が来るんじゃなかったのか?」
「腰いわせてるからな。」
「あんま無理させるなよ。」
「お前に言われたくない。お前が子供ん頃、どれだけ手が掛かったか。」
「そうだっけ?」
「融通が利かんで手を焼いた。啓子ちゃんも大変だろうな。」
「・・・・・・。」
「まああっちはあっちでボンボンの娘だ。融通の利かん男とワガママな女。
上手くいくわけないと反対したのに一緒になっちまって。喧嘩が絶えんだろう?」
「ああ。もう出来ないかもしれないけど・・・・。」
「どうなんだ啓子ちゃん?まだ悪いのか?」
「らしいな。」
「連絡取ってないのか?」
「向こうの親が許さないんだよ。娘をこんな風にしやがってって。」
「ほら見ろ。」
「何が?」
「信用されとらんのだろうが。向こうは向こうで結婚に反対しとったからな。
あれこれグチグチ言って、ボンボン特有の嫌味な連中だ。」
「向こうも同じこと思ってるよ。時代遅れでガサツな親父だって。」
「男なんてそれくらいでいいんだ。最近の男ときたらナヨっとしちまって・・・、」
「そんな話しに来たのか?」
「いきなり本題もどうかと思ってな。ちょっとした世間話だ。」
「で、どうなの?俺逮捕されるの?」
「いいや。」
ヘラヘラした笑顔を消して、神妙に首を振る。
「今朝連絡があってな。逮捕はないそうだ。」
「そう。」
「なんだ?嬉しくないのか?」
「別にそうなってもいいかなって。」
「ずいぶん投げやりだな。」
「啓子は頭がおかしくなっちまうし、優馬はもうこの世にいない。もう俺には何もない。
だったらシャバだろうが刑務所だろうが同じだよ。どこで生きたって・・・・。」
「あの程度で刑務所に行くわけないだろ。」
「俺はそうなってもいい。意外と何も考えすに過ごせるんじゃないかって思うと、悪い気はしないんだ。」
そう言ってから親父を見ると、まっすぐに俺を睨んでいた。
「珍しく真面目な顔してるな。なんだよ?」
「優馬・・・・本当に死んじまったのか?」
「そうだよ。遠い星にいるんだ。」
「自分の息子の話だから信じてやりたいがな・・・どうもぶっ飛び過ぎてて。」
腕を組み、普段見せないような険しい表情になる。
まあ仕方ないだろう。
俺と啓子が体験した出来事は、到底誰かに信じてもらえるようなものではない。例え肉親でも。
・・・・・十日前のあの日、空から落ち、海で溺れた俺は、近くを通りかかった漁船に助けられた。
それは啓子も同じで、俺より先にこの病院へ運ばれていた。
啓子の両親は、なぜこんな事になったのかと、激しく俺を問い詰めた。
啓子が精神的なストレスの為に、ロクに口も利けなくなっていたからだ。
俺は迷った・・・・真実を話そうかどうか。
そこへウチの親父とお袋がやって来て、啓子の両親を宥めてくれた。
そんなにまくしたてちゃ、話すもんも話せないだろうと。
しかし向こうの親もカチンときたらしく、ひと悶着起きてしまった。
『そんな男と結婚させたのが間違いだった。』
『結婚に反対なのはこっちも一緒だ。今さらごちゃごちゃ言いなさんな。』
『このまま啓子が元に戻らなかったらどうしてくれる!』
『だから怒る前に話を聞けと言っとるだろうが。金持ちのクセに節操のない。』
『なんだと貴様!!』
あわや殴り合いの喧嘩・・・・お袋がどうにか止めてくれたが、向こうの怒りは治まらなかった。
『こんな奴と同じ病院にいられるか!』
そう吐き捨て、踵を返した。
『事と次第によっちゃこのまま終わらさんからな。覚悟しとけよ。』
脅し文句を残し、病室から去って行く。
親父は『やれるもんならやってみろ!』と挑発し、お袋は俺に向き直ってこう言った。
『二人して海で溺れるなんて・・・いったい何があったの?』
俺はまだ迷っていたが、ここは真実を話すことに決めた。
川原の大木へ行くと、そこに光る蝶が咲いていたこと。
その蝶に連れられて、ここではない星へ連れて行かれたこと。
そして・・・・そこで優馬と会ったこと。
あの蝶モドキのことも話したし、そいつと揉めて啓子が落っことされたことも話した。
ここ数日に起きたこと・・・・包み隠さず全て。
最初のうち、親父もお袋も信じてくれなかった。
お前も啓子ちゃんと同じように、頭か心がどうにかしてしまったんじゃないかと。
しかし俺は本当のことだと言い通した。
オカルト嫌いの俺がそんな嘘をつくはずがないと。
結果、その話を信じるかどうかは、いったん保留ということになった。
『お前の言い分はともかく、それを向こうの親に話すわけにはいかんな。余計に頭に血が上るぞ。』
親父の言う通り、啓子の両親には話すべきことじゃないと頷いた。
まず信じてもらえないだろうし、下手をすれば離婚させられる可能性もある。
『ウソも方便だ。それっぽい言い訳を考えた方がいいな。』
親父の提案により、俺たちが海で溺れていた理屈を考えることになった。
それから二時間後、警察がやって来て、事情を聴かれた。
俺たちが溺れたのは、事故なのか事件なのかを調べる為だ。
俺はこう説明した。
『妻と二人で釣りをしていました。大物が釣れると聞いて、南の波止場へ行ったんです。
最初のウチはよかったんですが、そのうち波が高くなってきて。
引き返そうと思った矢先に大きな波が来て・・・・・。』
そう説明すると、警察は苦い顔をした。
先ほどの嘘で使った波止場は、危険なので立ち入り禁止になっている場所だ。
釣り人にとっては穴場らしいが、高波のせいで今までに10人以上も亡くなっている。
にも関わらず、侵入者は後を絶たない。検挙された人もいると聞く。
言い訳としてはよろしくないものだが、あの神話じみた体験を誤魔化すには、これしかないと思った。
その日、警察はまた来ると言って引き揚げた。
妻のいる病室へ向かってから・・・。
案の定、また啓子の両親が怒鳴り込んできた。
『お前!あんな場所に啓子を連れて行ったのか!!』
病室へ駆けこんでくるなり、俺に殴りかかってきた。
『何しやがる!』と親父が応戦し、その日のうちにまた警察がやって来る羽目になってしまった。
それから二日後、啓子は別の病院へと移っていった。
何度も連絡を取ろうとしたが、向こうの親に阻まれた。
電話が繋がるなりガチャ切りだ。
挙句の果てには『お前を告訴する』と言われてしまった。
『啓子が自分からあんな場所へ行くはずがない。お前が無理矢理連れて行ったんだろう?
ただでさえ優馬のことで参ってるのに・・・・。お前は夫としても父親としても失格だ!このままでは済まさんからな!!』
啓子の父は警察へ訴えた。
アイツを逮捕してくれと。
警察は警察で、俺たちを捕まえようかどうしようか迷っていたらしい。
立ち入り禁止の波止場へ侵入したのだから、充分に事件として成立する。
しかし問題は、俺と啓子のどちらに責任があるのかということだった。
啓子は口も利けないほど酷い精神状態。
いくら向こうの親が訴えようが、本人から話を聞かない限りは決められないとのことだった。
後日、また警察がやって来た。今度は刑事も一緒に。
また話を聞かせてほしいと言われたので、俺はこう答えた。
『俺が誘いました。嫌がる妻を無理矢理連れて行ったんです。』
刑事は神妙な顔で頷き、幾つか質問を投げかけてきた。
『釣りというが釣り道具が見当たらない。どうして?』
『流されたんだと思います。』
『奥さんとの仲はどうだった?』
『良かったですよ。もちろん喧嘩をすることもありましたが、それはどこの夫婦も同じでしょう?』
『あそこは危険な場所だと知っていた?』
『はい。』
『それなら途中で引き返そうと思わなかった?』
『大物が釣れると聞いたので。』
『普段から釣りを?』
『たまに。』
『息子さんが行方不明だそうだけど、そのことで奥さんとの仲が悪くなっていたとかは?』
『ありません。私も妻も優馬が戻ってくることだけを考えていました。語弊のある言い方ですが、そのせいで以前より仲が良かったと思います。』
『ちなみに魚は何が釣れた?』
『残念ながら何も。下手くそなもので。』
『下手なのにあんな場所に?』
『危険な場所だと知っていましたが、どうしても大物が釣りたくて。』
『・・・・もう一度聞くけど、本当に奥さんとは仲が良い?』
『ええ。』
どうやら俺が妻を殺そうとしたんじゃないかと疑っているらしかった。
おそらく向こうの親がいらぬことを吹き込んだのだろう。
あの男はダメだとか、啓子を苦しめてるとか。
しかし質疑を終えた刑事の対応は、意外にもあっさりしたものだった。
『一応言っとくけど、これ事件になる可能性があるから。ただまあ・・・アレだな。
向こうのお父さんが言ってるように、アンタが奥さんをどうこうしようとしたなんて思ってないから。
アンタだって溺れてるわけだし。
息子さんが行方不明で、それを苦に心中しようとしたのかなって思ったけど、どうもなあ・・・そいう感じでもなさそうだし。
ただ立ち入り禁止の場所に入ってるから、それで捕まる可能性はあるからね。』
刑事は立ち上がり、『また連絡するから』と出て行った。
あれから数日が経ち、今日こうして逮捕は無いと聞かされたわけだ。
正直なところ複雑な気持ちだった。
どうして逮捕してくれないのだろう?
その方がよっぽど気が楽なのに。
妻を助けられず、優馬を取り戻すことも出来なかった。
あと9年すれば優馬は戻ってくるというが、あの蝶モドキは本当に約束を守ってくれるのか?
いや、それよりも恐ろしいのは、このまま妻と離婚して、子供が作れなくなることだ。
優馬が戻ってくるには新しい肉体が要る。
それは妻との間に出来た子供でなければダメだ。
もしそうでなければ、他人の子供として戻ってくる可能性もあるのだから。
しかし今の俺は妻と向き合う自信がなかった。
口も利けないほど塞ぎ込んでいるのに、いったい何を話せばいいのか。
・・・考えただけでも気が重く、いっそのこと刑務所へしょっぴいてほしかった。
それならば「塀の中にいたので何も出来ませんでした」と、少なくとも自分に言い訳できたのに。
きっと今の俺は自信のない顔をしているだろう。
病室の左側には洗面台があるが、鏡を見るのが嫌で、虚ろな視線を彷徨わせていた。
「世捨て人になるのは早いぞ。」
親父が言う。
「自信のない顔したって、目の前の現実は変わらん。これから啓子ちゃんとどうするのか、お前ら二人で決めるんだ。」
「向こうは話せない。決めるも何も・・・・、」
「親の反対を押し切ってまで一緒になったんだ。こういう時に意地を見せんでどうする。」
親父は「また来る」と立ち上がった。
「仕事か?」
「いいや、今日は休みだ。」
「親父は俺の話を信じてるか?別の星へ行ったってこと。」
「さあなあ。信じてやりたいが、あまりに現実離れしとるからなあ。正直なとこお前の頭を疑ってる。」
「それでいいよ。今となっては、あれは幻だったんじゃないかって思えてきた。
本当に啓子と二人で波止場に行って、高波に飲まれたんじゃないかって。
きっと死ぬ間際に都合の良い夢を見たんだ。」
「かもしれんな。」
親父はまったく俺の話を信じていない。
本当の事だと訴えたくても、訴える材料がなかった。
「とにかく今日は帰る。お前もあれこれ考えすぎずに身体を休めろ。退院したらやるべきことがあるんだからな。」
そう言い残し、ガニ股でスリッパを鳴らしながら、病室を出て行った。
来られると鬱陶しい親父ではあるが、やはり誰もいないと寂しい。
今、啓子はどうしているだろう?
優馬は何をしているだろう?
考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
親父の言う通り、今は身体を休めることにした。

            *****

入院から二十日後、肩にギブスを填めたまま自宅のマンションに戻った。
当然のことながら妻はいない。
まだ入院中だし、退院したとしても向こうの親がここへ帰って来ることを許さないだろう。
ガランとした家の中を見渡していると、親父が「おう」と手を挙げた。
「ようやく退院だな。」
「ああ。」
久しぶりの我が家だが、いつもと違って見えた。
長く家を空けていると、人の気配は完全に消え去ってしまう。
未開の洞窟にでも迷い込んだような、不気味な虚無感が漂っていた。
遅れてお袋が入って来て、「最近はタクシーも高いわ」と愚痴をこぼした。
「お父さんが車出してくれたらよかったのに。今日に限って午前中だけ仕事なんて。」
愚痴が父へと移る。
しばらくブチブチと言いながら、キッチンでお茶を淹れていた。
久しぶりの親子三人。
テーブルを囲んでお茶を飲む。
特に話すこともなく、誰も口を開かない。
沈黙に耐え兼ねたのか、親父が「リモコンは?」と尋ねた。
テレビを点け、冷蔵庫からビールを漁ってきて、昼前なのに一杯やり始めた。
「飲むか?」
「まだ酒はダメだって。」
「難儀だな。」
部屋にテレビの音だけが響く。
お袋は立ち上がり、キッチンをがさごそ漁って、料理を作り始めた。
「昼飯にはまだ早いんじゃないか?」
そう言うと、「あんたの晩御飯」と言った。
「啓子ちゃんいないし、あんたもその肩じゃ御飯できないでしょ?」
「ごめん、助かる。」
母はトントンと包丁を鳴らす。
父はビールを流し込み、ゲップを放つ。
生活音があるだけで、こうも虚無感が消えるのかと、妙に感動してしまった。
落ち着く光景、落ち着く音。
しかしずっとここにはいられない。
俺にはやらなければならない事があるのだから。
「ちょっと出て来る。」
お袋が「え?」と目を丸くした。
「ギブス填めてどこ行くの?」
「散歩。入院で身体が鈍ってたから。」
「退院したばっかりなんだから休んでればいいのに。」
「休むのも疲れるんだよ。動いていた方が楽だ。」
お袋の小言を背中で聞き流す。
外へ出る時、「車に気をつけてね」と言われた。
「車って・・・・何歳だと思ってんだ?」
母親にとって、子供はいつまで経っても子供らしい。
エレベーターに乗り、一階に降りるまで、啓子も将来はあんな風になってしまうんだろうかと思った。
優馬が戻って来たとして、いつか大人になっても、子供扱いのままなのだろうか。
・・・・俺はどうだろう?
父と息子では、どういう具合に変化が起きるのだろう?
自分が子供時代、親父はよく遊んでくれた。
キャッチボールをしてくれたり、釣りに連れて行ってくれたり。
だが俺が高校生になった頃から、その誘いを断るようになった。
友達や彼女といる方が楽しいし、家族と一緒に出かけるのが恥ずかしく思えた。
優馬もいつかそうなって、一人立ちしていくんだろうか?
エレベーターのドアが開き、出口へと歩き出す。
取り留めのない事を考えながら、ある場所へ向かって歩いていく。
徒歩だと時間が掛かるが、行けない距離ではない。
幸い肩の痛みは治まっていて、動いても苦にならない。
それよりも、久しぶりに身体を動かすことに喜びを感じていた。
晴れ空の下、ゆっくりと歩きながら、川原に差し掛かった。
細い道へと足を踏み入れると、遠くにあの大木が見えた。
・・・クリスマスの夜、あの木には蝶が咲いていた。
LEDのイルミネーションのようにチカチカと。
俺は足を進めていく。しかし・・・・途中でその足を止めた。
先客がいたのだ。
「啓子・・・・。」
妻が木を見上げている。
両脇には両親が付き添っていた。
じっと妻を眺めていると、何やら呟いているようだった。
俺は読唇術が使えるわけではないが、どうにか口の動きから言葉を探ってみた。
「・・・・・・・・。」
ふわふわと動く妻の唇。
どうやら優馬と呟いているようだ。
呪文のように繰り返し、そっと木に触れる。
するとその瞬間、空から異様な気配を感じた。
巨大な何かが降ってくるような、凄まじく圧迫感のあるものだった。
膝を屈め、思わず頭を抱える。
そして恐る恐る空を見上げると・・・・・、
「・・・・・。」
快晴の空が瞬く間にグレーに塗りつぶされていく。
所々で稲妻が走り、大地に眩い閃光を投げかけた。
しかしそれだけでは終わらなかった。
空の一部が渦巻いて、真っ白な竜巻のように変わった。
「あれは・・・・、」
喋ることも歩くことも出来ず、猛獣に睨まれたウサギのごとく、呼吸すら忘れそうだ。
「アンタ。」
声がして、はっと我に返る。
目の前に妻が立っていた。
「啓子・・・まだ入院中じゃ・・・、」
「言わなきゃいけない事がある。」
俺の言葉を遮り、重い声を響かせる。
人というのは不思議なもので、たった一言の声色からでも、相手の心情を察し、身構えてしまうことがある。
「離婚か?」
妻から言われるのが怖くて、こちらから尋ねてしまう。
しかし妻は首を振った。
「ごめんなさい・・・・私・・・・、」
「うん・・・・。」
「違う男の人の子供を身ごもってる。」
「え?」
「ごめんなさい・・・・。」
さっきより低い声で呟く。
空が輝き、稲光が走る。
雷鳴が風鈴の音色に感じるほど、妻の言葉に衝撃を受けていた。

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