蝶の咲く木 第九話 燃える蝶(1)

  • 2018.01.14 Sunday
  • 12:14

JUGEMテーマ:自作小説

時が経つのは早い。
大人になるほどそう実感する。
子供の頃、去年のクリスマスから今年のクリスマスを迎えるまでの間、世界を一周してきたような長さを感じたものだ。
それが大人になると、つい昨日のことのように感じてしまう。
あまりにかけ離れてしまった子供時代の感覚。
見る物全てに対して、五感が鋭敏に反応していたあの時代。
何もかもが不思議で、驚きと発見に満ちていた。
時間も、感性も、思考も、大人と子供では何もかもが違い過ぎる。
そういえば昆虫は、大人と子供では似ても似つかい姿をしている奴がいる。
イモムシが蝶に、ヤゴがトンボに、ミノムシが蛾になるなんて、別の生き物へ進化したようにしか思えない。
人間も時間の流れと共にサナギになり、繭を突き破って大人になるんじゃないか?
子供は大人の縮小版ではなく、子供という一つの生き物なのではないか?
そう思えるほど、子供時代の自分が別の生き物のように思えた。
・・・刑務所へ収監されて一年弱。新しいクリスマスを迎えた。
去年のこの日、俺はここではない星へ行った。
そこで行方不明だった息子と会い、家族三人揃ってのクリスマスを迎えることが出来た。
しかし今はどうだ?
家族が揃うどころか、俺は一人になってしまった。
優馬が戻って来ることはなく、妻も俺の元を去ってしまった。
去年のクリスマスが嘘のように、何もかも失ってしまった。
ここへ来て一年、刑務所での生活は規則正しい。
朝早くに目覚め、外で体操をし、朝食を摂ってから仕事に向かう。
俺が担当しているのは、色鉛筆を箱に詰める作業だ。
全部で24色入りのカラフルな鉛筆は、見ているだけで心が踊る。
こいつで絵を描いたのなんてずっと昔のことなのに、胸が弾むのは童心が残っているからか?
途中で昼休憩を挟み、夕方まで作業は続く。
その後は少ししてから飯を食い、風呂に入る。
しばらくの自由時間のあと、午後九時には消灯となる。
多くの受刑者は早くここを出たがっている。
衣食住が保証される反面、自由がないからだ。
酒もタバコも禁止、何をするにも刑務官に申し出ないといけない。
自業自得と分かっていながらも、自由を求めるのが人間だ。
しかし俺はずっとここでもいいと思っていた。
外へ戻った所で何もない。
それならば、法の番人によって守られるここにいた方が、穏やかに生きていけるだろう。
規則にさえ従うならば、最低限の生活は保証してくれる。
少ない自由時間は思索にふけり、たまに絵を描いたり詩を書いたりと、ある種充実した生活があった。
妻と子供。
最も大切だった二つを失ったのだから、今さら拘るものは何もない。
いつか死ぬその時まで、淡々と、無機質に命を削っていたかった。
外へ出る日のことを考えると、億劫にさえなるほどだ。
・・・・今日、いつもより感傷的になっているのは、夕食後にケーキが出たからだろう。
頭ではクリスマスと分かっていても、変わり映えのしない塀の中での生活では、実感が湧かなかった。
しかしケーキを見た途端、「ああ、クリスマスなんだな」と、胸に熱いものがこみ上げた。
申し訳程度に乗っかった赤いイチゴをつつき、目を開けたまま去年のことを思い出す。
二年間会えなかった息子・・・・奇跡のような出来事の末に、この腕に抱くことが出来た。
どうやってもあの時には戻れないのだなと思うと、目に映るケーキに涙腺が緩んできた。
消灯までの自由時間は、思い出の消費に専念した。
溢れ出てくる記憶の欠片は、下手に押し込めると心に刺さる。
今日のうちに吐き出しておかねば、明日も明後日も、余計な心労を背負うことになるだろう。
膨大な記憶をまんべんなく処理するのは大変で、消灯時間が過ぎても終わらなかった。
電気の消えた部屋で、隣の受刑者のイビキを聞きながら、ひたすら感傷に身を委ねた。
子供時代の自分、啓子と結婚した時、優馬が生まれた瞬間。
記憶ってやつは適当なので、時系列に並べるだけでも難儀する。
そうやって一つずつ丁寧に結んでいくことで、記憶は感情を帯びた思い出に変わる。
喜んだり、悲しんだり、感動したり、出来る限り感情を浪費させることで、思い出はようやく胸の奥底へ戻ってくれるのだ。
・・・・今、いったい何時だろうか?
目を閉じれば記憶が鮮明に浮かびすぎるので、開いたまま格闘を続けていた。
となると、見慣れた部屋を眺めながらの夜になる。
変化のない景色を見つめていると、時間の概念さえ消えそうだ。
かなり時間が経っているのか?
それとも一時間にも満たないか?
もし0時を回っていたとしたら、もうクリスマスではない。
出来るなら今日のうちに全ての思い出を辿りたかった。
寝返りをうち、イビキのうるさい隣人に背を向ける。
その時、目の前にあり得ない光景が飛び込んできた。
「なんで・・・?」
房のドアが開いていたのだ。
こんな事、普段は絶対にあり得ない。
というより、消灯時間前に見回りに来た刑務官が、しっかりと閉まっていることを確認していたはずだ。
なのになぜ・・・・?
もしやと思い、布団から抜け出す。
しかしドアを調べてみるとアテは外れた。
「鍵が壊れてるわけじゃないのか。」
単に鍵が開いていただけ。
しかしその単にが問題だ。
今の刑務所は、囚人の脱獄を許すほど甘くない。
かつては何度も抜け出した脱獄王なる男がいたそうだが、それは今より管理が緩い時代の話だ。
管理が徹底している現代の刑務所で、鍵を掛け忘れるなど・・・・。
「でもまあ・・・開いてるものは開いてるわけだし・・・、」
チラリと外を見ると、刑務官はいない。
監視カメラはこの様子を捉えているはずだが、誰かがやって来る気配もない。
「休みってわけでもあるまいし。」
刑務所に休日があれば面白いだろうが、あいにくそんなに甘くない。
「・・・見なかったことにするか。」
下手に出れば確実に懲罰だ。
布団に戻り、何も見なかったことにする。
いつもとは違うありえない出来事のおかげで、思い出の噴出は止まってくれた。
これならば、明日からも過去の幸せに悩まされることはないだろう。
そう思ってようやく目を閉じた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・誰だ?」
ふと声が聴こえた。
微かな声ではあったが、間違いなく人の声だ。
目を閉じ、五感を耳に預ける。
するとまた声が聴こえた。
これは・・・・子供の声だ。
というより赤ん坊に近い。
「・・・・泣いてるのか?」
短く「あ〜、あ〜」と聴こえる。
まるで親を呼んでいるように。
「・・・・・・・・・。」
ドアを睨む。
声は明らか部屋の外からきている。
もし刑務官に見つかったら・・・・という恐怖はあったが、好奇心の方が勝った。
顔を出し、廊下を眺めた。
するとこれまたさっきと様子が違っていた。
真っ暗なのだ。
普段は小さな灯りが点いているのだが、まったくなんの光もない。
「なんで?」
立て続けに奇妙な事が起きて、背筋が波打つ。
・・・・やはり布団に戻ろうか?いや、戻るべきだ。
脳は早く引き返せと告げているのに、気がつけば廊下を歩いていた。
真っ暗な廊下なのに、まぜか迷うことなく足が進む。
しばらく歩くと、暗闇の向こうに一筋の光が見えた。
「誰かいるのか?」
一瞬、刑務官の懐中電灯かと思った。
しかしそうではない事にすぐに気づいた。
光は激しく点滅している。
何かを知らせるように・・・・そう、まるでモールス信号だ。
じっとその光を睨んでいると、一つ、また一つと光が増えていった。
やがて辺りを覆い尽くすほど広がって、目がクラクラするほどの点滅が広がっていく。
「これは・・・・、」
息を飲む・・・・。
なぜなら点滅する光は、あの生き物によく似ていたからだ。
「蝶・・・・・。」
去年、あの大木に咲いていた光る蝶が、そこらじゅうに羽ばたいている。
「また連れて行く気か?」
一瞬身構えたが、すぐに喜びに変わる。
「優馬に会わせてくれ!」
またあの星に行けるなら、この腕で優馬を抱ける。
そう信じて叫んだのだが、どこからか不気味な声が返ってきた。
『優馬君ならもういないわ。』
「蝶モドキか・・・・?」
何重にもエコーのかかった声は、どこから響いてきているのか分からない。
おそらく群れの中に紛れているのだろうが、チカチカと点滅する中では、探しようがなかった。
『優馬君は地球へ帰っていった。』
「・・・・それは・・・・他人の子供としてか?」
『ええ。残念ながら、もうあなたの家族じゃない。』
「そんな・・・・、」
『だってあなた、自分で可能性を潰すんだもの。』
「可能性?」
『その手で胎児を殺したでしょ?奥さんのお腹を殴って。』
「ああ・・・・だからここにいる。」
『懲役4年かあ・・・・人ひとり殺したクセに、ずいぶんと短いわよね。』
「俺もそう思う・・・・・。」
『まだ人間の形になっていない赤ちゃんは、人間扱いされないってことなのかしら?』
「俺は裁判官じゃないから、どうしてこんな判決になったのかは分からない。
主文を聴いてもピンとこなかったし。多分だけど、妻への暴行の方が重かったんだと思う。
腹を殴って胎児を殺すなんて・・・・あいつをとことんまで傷つけた。
今じゃ精神薬が欠かせない生活になってるはずだ。」
『可哀想に。一生引きずる傷を負ったわけね。なのにあなたときたら、4年っぽちで自由の身になる。ずいぶんと不公平な話だわ。』
笑い混じりの声ではあるが、明らかに怒気が籠っている。
それに呼応してか、エコーが激しくなっていった。
「その通りだ。だからずっとここでもいいと思ってる。外へ出たいとは思っていないんだ。」
『そうなの?どうして?』
「ここはある意味楽なんだ。規則にさえ従っていれば、淡々と過ごせるから。」
『なら刑務所での生活は、あなたにとって救いってことね?』
「そういうことになる。」
そう答えると、蝶モドキは『よかった、それが聞けて』と笑った。
『罰を与える為の刑務所暮らしが、まったく罰になっていない。これならみんなも迷いはないはず。』
蝶モドキが群れの奥から現れる。
まるで脈打つように、激しく点滅していた。
一年ぶりに見る蝶モドキは、まったくあの時と変わっていない。
人だか虫だか分からない姿をしていて、やはり本物の宇宙人なのだなと、改めて見入ってしまう。
『ねえみんな!聞いたわよね?』
そう言いながら蝶の群れを振り返る。
『この人全然反省してないみたい。根っからの悪い大人よ。』
エコーのかかった声が響くと、それに応えるように群れが点滅した。
『今日初めての子もいるわよね?でも大丈夫、罪に感じる必要はないわ。
私たちは救いようのない悪者を懲らしめるだけだもの。これはむしろ善い事なのよ。』
群れの点滅が増していき、連続でフラッシュを焚かれたように眩しい。
思わず目を逸らすと、その奥から一際眩い蝶が現れた。
『なに逃げてるの?真っ直ぐに見てあげて。』
蝶モドキが俺の頭を掴み、グイっと前を向かせる。
抵抗したのにまったく抗えない・・・・それどころか首筋が痛んだ。
こんな小さな身体なのに、人間の腕力を遥かに凌ぐほどの怪力だった。
恐怖を覚えつつ、目の前に出てきた輝く蝶を見つめる。
しかしあまりに光が強烈過ぎて、直視することが出来なかった。
『ごめん、もうちょっと光を抑えて。』
蝶モドキが言うと、眩いばかりの光が軽減していった。
俺の目は太陽を直視したように、まだぼんやりしている。
瞬きを繰り返し、どうにか目を凝らした。
そして・・・短く悲鳴を上げた。
「あッ・・・・・、」
『一年ぶりの対面ね。』
「・・・・・・・・。」
『覚えてるでしょ?この子のこと。なんたってあなたがここにいる理由そのものなんだから。』
狂気じみた笑顔で、嬉しそうに手を向ける。
『一年前、あなたに殺された赤ちゃんよ。病院から飛んでいくのを見たでしょう?』
「ああ・・・・・。」
『この子も子供の世界へ案内したわ。だってとっても不幸な死に方をしたんだもの。
殴られて殺されるだなんて・・・・抵抗も出来ない胎児に、よくもまあそんな酷い事が出来るもんだわ。』
顔は笑っているが、怒気が強くなっていく。
その怒りは目の前の蝶にもうつったようで、また光が激しくなっていった。
『ダメ、目を逸らさないで。』
怪力で頭を掴まれる。
瞼をこじ開けられて、強烈な光に瞳が焼かれていった。
「やめろ!」
逃げようにも身体が動かない。
この感じ、あの星へ運ばれていった時とよく似ている。
こうして蝶に身動きを封じられて・・・・。
「俺も連れていくのか!またあの世界へ!」
『馬鹿ね、あそこは子供だけが行ける世界なの。大人は来られないのよ。』
「だったらなんで俺の所に来て・・・・、」
『復讐。』
「ふく・・・・、」
『この子のお母さんが復讐を望んだの。だからこうしてやって来た。』
一瞬耳を疑った。
しかし目を焼く強烈な輝きが、すぐに我に引き戻す。
「なんで啓子が・・・・・、」
『だって今日はクリスマスだもん。大人があの星へ来られる日よ。』
「そうじゃない!アイツ・・・・俺を殺せと頼んだのか!?」
『ええ。』
「そんなッ・・・・・、」
『迷う素振りすら見せなかったわ。』
「でもアイツは重度の鬱病だぞ!口だって利けないはずだ!!」
『口は利けなくても、思いは伝わるのよ。生まれてくるはずだった子供が、大人の暴力によって潰された。さぞ無念だったでしょうね。』
「違う!アイツが悪いんだ!!別の男の子供なんか身籠るから・・・・、」
『誤解しないで。お母さんのことはどうでもいいの。』
「どうでもいいって・・・だったらなんで復讐なんか・・・・、」
『この子が可哀想だから。』
思い切っり瞼をこじ開けられて、これでもかと胎児を見せ付けられる。
『前にも言ったけど、大人の為にやってるわけじゃないのよ。全ては子供の為。』
「じゃあやめろよ!復讐を望んだのは啓子であって、その子じゃないんだろう!?」
『いいえ、この子も望んでる。』
「バカ言え!胎児なんだぞ!自分から復讐を望むわけが・・・・、」
『だから親に委ねるんじゃない。復讐するかどうかを。』
「だからそれは啓子が望んだことだろう!その子が決めたわけじゃないはずだ!」
そう、胎児にこんな事が決められるわけがない。
これは俺に対する、啓子の怒りと恨みだ。
「啓子に会わせてくれ!」
『無理よ。』
「どうして!?お前ならアイツをここへ連れて来られるだろう?」
『会ってどうするの?説得でもするつもり?』
「そうだよ!アイツだって悪いんだ!確かに俺はその子を殺したが、その元凶は妻だ!
アイツが俺を裏切るからこうなった!違うか!?」
『それは夫婦の問題でしょ?大人の事情を子供に押し付けちゃダメ。』
「じゃあ教えてくれよ!その子は本当に復讐を望んでるのか!?そうでないなら俺を殺さないでくれ!」
人生なんてどうでもいい。
そう思っていたはずなのに、途端に生きたいと願う。
現実、死を前にぶら下げられては、ニヒルな人生観など吹き飛んでしまった。
人はこんなに脆いものかと情けなくなるが、そんな感情も恐怖に掻き消される。
「助けてくれ!」
何度もそう叫んだ。
しかし蝶モドキは俺を離さない。
『もっとよく見て』と、輝く胎児に近づけた。
『あのお母さん、自分が死んでもいいから復讐したいって。この一年、それだけを糧に生きてたみたい。』
「嫌だ!俺はまだ死にたくない!」
『復讐さえ果たせるなら、自分はどうなってもいいって言ってたわ。もう優馬君も戻って来ないし、お腹の子もいない。
不倫相手には逃げられるし、唯一頼りだった親ともギクシャクしてる。』
「自業自得だ!全部アイツが悪い!俺を裏切ったりしなけりゃこんな事には・・・・、」
どうしても助かりたかった。
狂った犬のように吠えていたが、あるものが視界は入ってきて、言葉が止まってしまう。
『見えた?』
「・・・なんで・・・、」
『お母さん、自分の命を武器にして、あなたを殺しに来たのよ。』
「啓子・・・・・そんな・・・・、」
眩い光の中、胎児の向こうに妻が映っていた。
目には隈ができ、頬は痩せこけ、手の甲には筋が浮かんでいる。
手首にはリストカットの後が生々しく刻まれていた。
妻は手を広げ、そっと胎児を包み込む。
その瞬間、眩い光から火柱が昇った。
グルグルと渦を巻き、灼熱を撒き散らす炎の竜巻へと変わる。
それはうねる龍のごとく俺を縛り上げた。
「おおおおおお!」
本当に目が焼けていく。
粘膜が蒸発し、痛みと熱が走り、一瞬で何も見えなくなってしまう。
腕に、足に、腹や背中に熱が走り、耐え難い苦痛が襲いかかってくる。
「ぎああああああ!」
助けてと叫びたいが、復讐の炎がそれを許さない。
飢えた獣のように、俺から何もかも奪っていくのだ。
燃えていく・・・・俺が消えていく・・・・・。
妻と、俺が殺した胎児によって、消し炭に変わろうとしていた。
逃げる術も抗う術もない。
助けてと懇願しようにも、焼けた喉は声を出してくれない。
『あははははは!』
エコーのかかった不気味な声が、直接頭に響いてくる。
とても嬉しそうで、とても楽しそうで、きっと腹を抱えているに違いない。
『あんたはね!優馬君を殺した大人と一緒よ!抵抗出来ない子供に、何度も拳を振り下ろした!
助けてって願う子供から、全部奪っていったのよ!』
怒ったまま笑う蝶モドキ。
怒りと歓喜が入り混じったその声は、きっと俺だけに向けられたものではない。
子供を殺した全ての大人に向けられている。
今日、俺はここで果てる・・・・。
それは俺にとって最悪の不幸だが、コイツにとっては日常の一幕に過ぎないのだろう。
これからもこうやって、力無き子供に変わって、悪い大人に鉄槌を下していくのだ。
《あの日の出来事はなんだったんだ?こんな結末になるなら、どうして俺たちはあんな世界へ?
それとも・・・・俺がもっとしっかりしていれば・・・・違う未来が・・・・・、》
過ぎた時は戻らない。
人生はゲームとは違う。その時その時の選択が、常に未来を決めていくのだ。
《なあ優馬・・・・なんでお父さんとお母さんを呼んだんだ?こんなのお前だって望んでなかったはずだろ。》
二度と会えない息子に問いかけても、意味がないことは分かっている。
それでも問いを投げかけるのは、まだどこかで助かりたいと願っているせいか?
こんな状況になってまで、俺は生きたいと・・・・・。
『さようなら、悪い大人。』
蝶モドキの声に、もうエコーはかかっていなかった。
喜びも怒りもなく、無垢な子供のように笑っている。
・・・・もはや恐怖さえ消え失せた。
俺はこの世からいなくなる。
悔しいやら笑けてくるやら、全てがどうでもよくなった。
これが無我の境地ってやつなら、人は死ぬ瞬間にこそ悟りを開くのだろう。
あれだけ愛した優馬さえ、もうどうでもよくなっていた。
もう俺は消えて無くなるのだから、何を心配する必要もないのだ。
全てが綺麗サッパリなくなる寸前、ふと子供時代の感覚が蘇った。
ヒリヒリするような剥き出しの五感、余計な知識に邪魔されることのない純粋な想像力、経験がないからこそ抱けるたくさんの夢。
あの頃、大人が別の生き物のように見えていた。
いつか大人になる自分なんて現実感がなくて、自分はずっと子供のままなのだと・・・・・。
甦った子供時代の感覚は、俺が燃え尽きるまで続いた。
大きな枕に抱かれているような、とても良い気分だった。

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