蝶の咲く木 第十話 燃える蝶(2)

  • 2018.01.15 Monday
  • 11:23

JUGEMテーマ:自作小説

噛み殺したはずのあくびが節操もなく戻ってくる。
顎が痛くなるほど口を開け、目をしばたいた。
低血圧のせいで、朝はいつも呪いにかかったような気分だ。
手足は重く、頭はなかなか目覚めてくれない。
今布団に転がったら、自分の力で起きることは不可能だろう。
特に冬はキツい。
二月の寒い朝は、いつでも俺を地獄へ突き落とそうとする。
それでも朝食をねじ込み、モソモソとスーツに腕を通す。
仕事に向かうべく、玄関で靴を履いていた。
そこへ今年二歳になる息子が、丁寧に見送りに来てくれた。
目が合うとニコリと笑ってくれる。
「じゃあな。」
頭を撫で、頬をプニプニと引っ張る。
奥から妻が出てきて、「バイバイ〜って」と息子の手を揺らした。
俺も手を振り返し、玄関の引き戸を開けて、名残惜しく家を後にした。
少し歩いてから立ち止まる。
振り返った我が家は、去年に買った中古住宅だ。
二階建てではあるが、実質一階建てに等しいほど二階は狭い。
六畳の部屋が一つあるだけで、申し訳程度のベランダが付いているだけ。
妻はもっぱら一階の縁側に洗濯物を干している。
到底満足できる家ではないが、マンションのように隣人に気を遣わないでいいのはありがたい。
それに息子が喘息持ちで、以前に住んでいたマンションからでは病院まで遠いのだ。
しかしここからなら徒歩でも行ける。
俺の通勤時間は長くなったが、電車で睡眠を取れると思えば悪くない。
「子供が大きくなる前に、もっと良い家に住めるようにしないとな。」
やりがいのない仕事も、子供の為だと思えばやる気が湧いてくる。
駅へ向かい、足りない分の睡眠を電車で補給してから、勤め先の出版社へ向かった。
通行人を避けながら、見慣れた景色に目を向ける。
辺鄙な地方都市だが、見栄えだけは良くしようとしているのか、やたらと店が増えてきた。
飲食店、アパレルショップ、三階建ての大きな電器屋に、スーパー銭湯や保険会社のビルもある。
節操のないほどあれこれと並ぶ建物は、見てくれだけでも都会に似せようとする、涙ぐましい努力の結晶かもしれない。
しかし残念ながらそこまで人口は増えていない。
20万人を超える中核都市ではあるが、今時こんな街はどこにでもあるだろう。
都会を装う田舎の街並みを尻目に、コンビニに立ち寄る。
飴をレジへ持っていき、店を出るなり口に放り込んだ。
以前は喫煙者だったが、息子が喘息持ちなのでやめた。
その際に飴を代替え品に選んだのだが、この習慣は今でも続いている。
会社へ着き、同僚に軽く挨拶して、上司の元へ駆け寄った。
「石井さん、昨日の件考えてくれました?」
そう尋ねると、面倒くさそうに手を振られた。
「あんな企画通るか。」
「どうして?けっこう面白いと思うけど。」
「どこが?蝶の咲く木ってなんだよ?」
「分かりません。それを調べるのが面白いんじゃないですか。」
「しかも情報源がツイッターときてる。信憑性もクソもないぞ。」
「元々そういう雑誌じゃないですか。アトランティスなんて馬鹿げた名前してんです。馬鹿なことやんないと読者も喜びませんよ。」
「そりゃウチの部はオカルト雑誌だがな。だからってなんでもいいってわけじゃないぞ。
どうせなら去年の暮れに話題になった、刑務所で焼け死んだ囚人をネタにしてくれよ。」
「あんなまともな事件を扱ってどうするんですか?オカルト雑誌の名が泣きますよ。」
「いやいや、まともとは言えんぞ。刑務所という外から隔離された特殊な状況で、人が丸焦げになってんだ。
部屋には鍵が掛かってたっていうし、同室の受刑者もそれは証言してる。」
「どうせ同じ部屋の誰かがやったんでしょ。刑務所ってイジメが多いって聞くし、その延長で焼き殺したんじゃないですか?」
「だが監視カメラの映像だと、受刑者は突然燃え上がったんだ。なんの前触れもなくな。
しかも燃えたのはそいつだけで、他の一切に火は燃え移っていない。寝ていた布団すら綺麗なままだったとさ。」
「知ってますよ。でもねえ・・・・どこまで信用していいのか。公務員って自分たちの不祥事は隠したがるでしょ?
もしも刑務所内で殺人なんか起きたら大問題ですよ。その燃え死んだ人、きっと他殺ですよ。
それを隠蔽する為に、警察が偽の映像をでっち上げたんです、きっと。」
「そんな面倒なことするか?いくらなんでもバレるだろ。」
「いやあ、分かりませんよ。刑務所なんて外の人間は立ち入れないでしょ。
いくらでも誤魔化すことが出来るんじゃないですか?
だいたい人が一人焼け死んだのに、一つも燃え広がってないってのがおかしいじゃないですか。
すぐに消し止めたとしても、布団くらいは焦げてるはずでしょ?」
「だから良いネタになるんだろうが。その謎をオカルトっぽく仕立て上げてくれよ。
そうすりゃウチの読者は喜ぶんだ。お前そういうの得意なんだから。」
「出来れば遠慮したいんですが・・・・。」
「どうして?絶対に読者は喜ぶぞ。」
「俺ね、あんまりそういったネタは扱いたくないんです。だって暗いじゃないですか、人が一人亡くなってるのに。
それよりも夢のあるようなネタをですね・・・・、」
「夢より人の不幸が売れるんだ。不謹慎だって分かってたって、読みたがるのが人間ってもんだよ。
お前は何年雑誌作りにやってんだ?」
ペンを向けられ、馬鹿にしたような目で睨まれる。
「今度のネタはこれでいってくれ。とにかく面白くしてくれりゃいいから。
UFOだろうが宇宙人だろうが幽霊だろうが超能力者だろうが、なんでも結びつけてさ、人間の仕業じゃない風に仕立てるんだ。
妄想大好きなお前ならきっと出来る。」
「はあ・・・・。」
「なんたってウチに勤めて10年、一切この部署から移動してないんだからな。
せめてここではしっかり仕事してくれよ。」
遠まわしに無能と罵られる。
まあ慣れっこではあるが、腹が立たないといえば嘘になる。
「分かりました」と睨みつけ、不機嫌に自分のデスクへ向かった。
無言のままパソコンを開き、真っ白なワードの画面を睨みつける。
《なんでもいいってんならそうしてやるよ。妄想だけで書き散らしてやる。》
仕上がった記事が悪くても俺のせいじゃない。
頭に浮かんでくる適当な言葉を、適当な考えで仕上げていった。
すると隣に座っていた松永という後輩が、「また怒ってんすか?」と苦笑した。
「週に一回は石井さんと喧嘩してますよね。」
「したくてやってんじゃないよ。」
「疲れないっすか、毎回毎回。」
「疲れる。」
「あの人この部署から出たがってますからね。ここに異動が決まった時、マジで辞めようか悩んだらしいっすよ。」
「辞めちまえばよかったのに。」
「それに近いようなことを本人の前で口にするから揉めんすよ。円香さんっていま幾つでしたっけ?」
「29。」
「じゃあ歳の割りには子供っぽいすよね。もちっと上手くやればいいのに。」
「25にもなってアニメのTシャツ着てる奴に言われたくねえよ。」
鬱陶しい隣人を無視して、カタカタとキーボードを叩く。
あの石頭の言う通り、俺は妄想だけは得意だ。
好きに書いていいのなら、いくらでも筆は進む。
仕上がりの出来は保証しないが。
「お!これかあ。」
松永がスマホに向かって頷いている。
またアニメでも見てるのかと思ったら、「ほら」と俺の肩を叩いてきた。
「なに?」
不機嫌に睨むと、「これでしょ?例のやつ」と言った。
「さっき言ってたやつ、ツイッターが情報源とかいう。」
「・・・・・おお!そうそう、これこれ。」
松永が見ていたのは、俺がネタにしようと思っていたツイートだった。
蝶の写真をアイコンにしていて、短い文字でこう書いてある。
《○○県○○市に流れる木蓮川という傍の大木には蝶が咲きます。とても綺麗ですよ。》
そう書かれた文の下には、インスタグラムへのリンクが貼ってある。
ここを踏むと、ツイートにある通り、蝶の咲く木の写真が出てくるのだ。
四方八方へ枝を伸ばした大きな木に、LEDのライトと思われる装飾が施してある。
撮影したのは夜のようで、真っ暗な空をバックに、木の至る所が輝いていた。
《去年のクリスマスに撮りました。》
写真の下にはそう書かれている。
大木に輝く光は、蝶によく似ている。
ふわふわと羽ばたき、今にも飛び立ちそうだ。
「けっこう綺麗っすね。」
「だろ?クリスマスってのがまたいいんだよ。」
「でもどう見てもイルミネーションでしょ、これ?」
「分かってるよ。だけど夢があるじゃないか。こういうのをもっと記事にするべきなんだよ。
クリスマスに咲く光の蝶。子供が喜ぶぞ。」
「オカルト雑誌を子供が読むかなあ?」
「俺は読んでた。ムー大陸とかオーパーツとか好きでさ。寝る前に色々想像してたんだ。」
「今もやってそうっすね。」
「たまにな。さすがに子供が出来てから減ったけど。」
「やっぱ大人になるもんすか?子供が出来たら。」
「喘息持ちなんだよ、うちの子。」
「ああ、そういや前に言ってましたね。」
「けっこう酷くてさ。落ち着いてる時はいいんだけど、酷い時は救急車呼んだりさ。
寝てる時になることもあるから、油断できないんだよ。」
「へえ、大変すね。」
他人事丸出しの感じで言って、スマホの写真に見入っている。
「これ、もっと近い場所なら行ってもいいんすけどね。○○県はちょっと遠いっすよ。」
「クリスマスってのがロマンチックだよな。俺も嫁さんと子供と一緒に行きたいよ。」
興味はあるが、没になったネタの話をしてもしょうがない。
妄想を膨らませながら、丸焦げになった囚人の記事を仕上げていった。
その時、松永がふとこんなことを呟いた。
「可哀想っすね、その人。」
「ん?」
「今書いてる記事、あの囚人のやつでしょ?刑務所で丸焦げになってた。」
「ああ。」
「ネットでもすげえ話題になってましたよ。あれ、結局事故ってことになったんすよね?」
「俺は他殺と睨んでる。」
「その可能性は薄いでしょ。だって外から人が入れるような場所じゃないし、同じ部屋の囚人がやったならすぐバレますよ。
だから自殺じゃないかって俺は思ってるんす。」
「焼身自殺か。何か訴えたいことでもあったのかな?刑務所内でイジメを受けてたとか。」
「あとは冤罪とかね。でもなあ・・・・なにもクリスマスに死ななくてもいいのに。」
「意外と増えるらしいぞ、自殺。」
「そうなんすか?」
「楽しいイベントがある時ほど増えるらしい。どん底まで落っこちた自分に、余計に絶望するんだと。」
「じゃあやっぱり可哀想っすね、その人。」
そう言いながら、「こっちはすげえロマンがあるのに」とスマホを睨む。
「片や人が死んで、片やお伽話みたいな綺麗な木。クリスマスでも色々っすね。」
しみじみと感慨を噛み締めて、勝手に頷いている。
いい加減仕事しろと言おうと思ったが、あることを思いついて、俺の手も止まった。
「・・・・・・・。」
「どうしたんすか?」
「そうだよ、どっちもクリスマスなんだ。それも去年の。」
「ねえ、クリスマスっていっても色々っすよ。楽しんでるカップルもいれば、一人寂しく過ごす奴もいますから。」
松永の感想はもっともで、クリスマスだからといって、誰もが同じような時間を過ごすわけじゃあない。
俺だって二十歳で初めて彼女が出来るまで、ロマンあるクリスマスなど過ごしたことはなかった。
だが今はそんなことどうでもいい。
パソコンの画面に向き直り、一心不乱にキーボードを叩いた。
執筆速度には自信があるので、ものの数分で記事を仕上げる。
それを石井さんのデスクに持っていくと、「なんだこりゃ?」と顔をしかめられた。
「さっき頼まれた記事です。」
「んなこた分かってる。なんでお前がネタにしたがってた蝶が出て来るんだ?」
そう言ってプリントアウトした記事を叩いた。
「このネタは没って言ったろ?」
「はい。でもなんでも結びつけていいと言われたので。」
「だから自分がやりたかったネタをねじ込んだのか?」
「それ、どっちも去年のクリスマスのことなんです。だったら下手にUFOだの幽霊だのを絡めるより、そっちの方がリアリティがあると思いまして。」
「リアリティねえ・・・・。」
渋い顔をしながら、どしたもんかといった顔で記事を読み返している。
俺が書いた記事の内容はこうだ。
《クリスマスになると、人々の魂が蝶になって戻ってくるという木がある。
もし運良く蝶が咲く瞬間に出くわせば、亡くなってしまった親しい人物に会えるという。
この木がある土地には、古来から言い伝えがあり、イスラエルから渡ってきた十支族のうちの一つが、古代文明を築いたというのだ。
他説もある。シュメール人の末裔が暮らしていたのではないかとも言われているのだ。
シュメール人といえば、当時では考えられないほど高度な文明を持ち、いつの間にか歴史から姿を消した謎の民族である。
この民族はやたらと目が大きく、あまりの知能の高さから、宇宙からやってきたのではないかという説もあるほどだ。
そんな言い伝えがあるこの土地には、間違いなく不思議な力が宿っている。
実は去年のクリスマス、この木に蝶が咲くのと同じ頃に、ある事件が起きた。
○○刑務所で起きた囚人の焼死である。
警察は事故死と処理したが、詳しい説明は行っていない。
ここから先は筆者の推察だが、囚人の死と蝶の咲く木は、なんらかの関係があるのではないか。
蝶の咲く木の情報源となったツイートには、去年のクリスマスに撮影したと書かれていた。
そして囚人の謎の焼死も去年のクリスマスだ。
果たしてこれは偶然だろうか?
同じ年の同じクリスマスに、このような出来事が重なるものだろうか?
焼死した囚人はとても不思議な死に方をしている。
燃えたのは本人だけで、他の一切に火は燃え移っていないのである。
哀れな骸となって発見された囚人は、布団の中で丸くなっていた。
もし布団の中で燃えたのならば、どうして焦げ跡すら残らないのか?
外部で殺害され、再び部屋へ戻されたという可能性もあるが、刑務所という特殊な状況では、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。
我々の常識を超えた不思議な力が働いたと考えるのが妥当ではないだろうか。
蝶の咲く木は死者を呼び寄せる未知の力を秘めている。
ならばその逆も可能かもしれない。
人の魂を呼び寄せることが出来るのだから、人の魂を奪うことも可能なのではないか?
もしそうだとするなら、あの囚人は・・・・・と考えてしまう。
全ては筆者の推察であり、想像の域は出ていない。
しかし偶然に重なった出来事とも考えにくい。
月間アトランティスは、今後数回に渡ってこの真実を追い求めていきたいと思う。》
我ながらいい出来栄えだ。
「どうですか?」と胸を張る。
石井さんは苦虫を噛み潰したように、「お前は・・・」と口を開いた。
「どうして10年もここに閉じ込められてるのかよく分かる。」
「妄想が得意なもので。」
「そうだな。ここに閉じ込めておく以外に方法がない。他の部署へ移ったら、お茶くみくらいしか仕事がなさそうだ。」
俺の記事を丁寧に折りたたみ、紙飛行機を作る。
そいつをヒュっとゴミ箱に投げた。
「没ですか?」
「いいや、お前と同じ妄想病を抱えた奴が読むにはちょうどいい。」
「お言葉ですが、読者を馬鹿にするような言い方は慎まれた方がいいかと。」
「・・・・そうだな。なんでもネットの時代だ。どこからどう漏れるか分からん。」
そう言って松永を睨む。
スマホをいじっていた彼は、ギョッとした様子でこちらを見た。
「好きなように書けと言ったのは俺だ。これでいけ。」
「ありがとうございます!」
ガバっと頭を下げ、「つきましては・・・」と上目遣いになる。
「取材に行かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「取材?」
「件のツイートをした方にアポを取ろうかと。」
「バカ言え。妄想の記事に裏付けなんかいるか。」
「でもさっきはこのネタで行けと。」
「記事を許可しただけだ。どうしても取材したいなら自腹でやるんだな。」
「・・・・いちおう領収書はもらってきます。自分で経理に出してきますんで。」
「天引きされるだけだぞ?」
鼻で笑って、シッシと追い払われる。
自分のデスクに戻る途中、「バイトならクビに出来たのに」と嫌味が飛んできた。
「またやっちゃいましたね。」
椅子に座るなり松永がからかってくる。
「そうやって正面からぶつかるから揉めるんすよ。」
「あのオヤジはこの仕事を馬鹿にしてる。」
「え?円香さん本気でやってたんすか?」
「お前は違うのか?」
「いやあ・・・・怠けてるわけじゃないっすけど、本気でやる仕事でもないかなって。」
「うん、俺も適当だ。オカルトじみた話は好きだけど、働くのは嫌いなんだ。独身だったらあのオヤジを蹴飛ばして辞めてるかもな。」
石井さんはイライラした様子でタバコを吹かしている。
ああやって焦るのも、早くこの部署から出たいからだ。
とにかく数字を上げて、元いた経済誌に戻りたがっている。
なぜならこの出版社で唯一花のある仕事だから。
しかし記事のOKはもらうことが出来た。
あとはとにかく夢のある形に仕上げたい。
その為には取材は欠かせないだろう。
「なあ松永、さっきのツイッターの人にDM送ってくれないか?」
「会うんすか?」
「うん、実際に話を聞いてみたい。」
「ならツイッターでやりゃいいじゃないですか。」
「そいつで取材やれってか?」
「会いに行く手間も省けるし、経費だって掛からないっすよ。前の部署でゲームの攻略本作ってた時、そうやって取材してましたから。」
「なるほど・・・・それならいちいち領収書もいらないな。」
「でしょ?ネットの取材がダメだなんて、年寄りの考えっすよ。獄中の人を取材する時だって、手紙でやり取りとかあるし。」
「俺はダメだなんて言ってないぞ。便利そうだからそうする。」
いいことを教えてもらったと、早速DMを送ってもらう。
時代は変わったのだ、こんな便利なツールを使わない手はない。
そもそも俺たちの書いてる記事は、真実かどうかは重要ではない。
どれだけ読者に夢を与えられるかどうかが大事なのだ。
そういう意味では、石井さんが言ったように裏付けを取る必要はない。
だが稀に向こうから会いたいと言ってくることがある。
記事を読み、わざわざ電話を掛けてくるのだ。
直接会いたいと言ってくるのは、若い人が多い。
特に学生だ。
若者にとっては、友達に自慢できる良いイベントなのだろう。
これがタチの悪いおっさんやおばはんになると、取材費と称して手の平を向けてくることがある。
相手が有名人ならともかく、どこの誰だか分からない相手に、いちいち金を払う余裕などない。
会う際は注意が必要だ。
「なあ松永、もし向こうから会いたいって言ってきたら、金は払えないってちゃんと伝えてくれ・・・・、」
そう言いかけた時、松永は「早ッ!」と叫んだ。
「何が?」
「ツイッターでいいんで取材に答えてくれませんかって言ったら、会って話したいって。」
「マジか?」
「出来れば家まで来てほしいって。」
「どこ住み?」
「ええっと・・・ちょっと聞いてみます。」
ポチポチいじって、また「早ッ!」と叫んだ。
「こいつすぐ返してくるな・・・・。2秒くらいで返ってきましたよ。」
「暇なのかな?」
「暇でも早すぎでしょ。ええっと・・・・ああ、けっこう近いみたいっすよ。」
「どこ?」
「○○町の小学校の近くらしいっす。」
「おお、近いな。こっから車で20分くらいだ。」
またえらく近くに住んでたもんだと、ちょっと感動する。
北海道だの沖縄だのと言われたら、財布の心配をしないといけないところだった。
松永は「また来た」と画面を睨む。
「もし会ってくれるなら、小学校の傍まで来てくれたら迎えに行きますって。」
「じゃあ決まりだな。予定の良い日を聞いてくれ。」
「いつなら予定が空いてますかっと・・・・・・て、早ッ!1秒かかってないすよこいつ。」
真剣な目で睨みながら、「すげえな」と唸っている。
「返信の達人っすよ。どうやって打ってんだか。」
「きっと器用なんだよ。」
「そういうレベルじゃないでしょ。指の動きの限界を超えてると思うんすけど・・・・。」
「で、いつならいいって?」
「特に予定はないので、そちらの都合で構いませんって。」
「そうなの?だって仕事とか学校とかは?」
「さあ?主婦なんじゃないすか?」
「だったら逆に都合つきいくいだろ。子供とかいたら大変だぞ。」
「じゃあ子供のいない主婦なんじゃないっすか?」
「だからっていつでも空いてるわけないだろ。」
返信はすぐにくるし、予定はないという。
これはもしかして・・・・、
「子供か?」
「え?でもだったら学校があるんじゃ・・・・、」
「登校拒否とかさ。」
「ああ、なるほど。」
「だとしたら俺も気持ちがわかるんだよ。俺さ、昔っから妄想好きの子供だったから、学校でも浮いててさ。
ちょっとしたイジメに遭ってて。」
「すげえ想像つきます。会社が会社なら、大人になってからもイジメられてそうですもんね。」
「自分でもそう思う。ちょっとその人に聞いてみてくれないか?もしかして子供ですかって。」
「いいっすけど、子供だとまずいんすか?」
「だってお前、もし子供だったら親に許可取らないといけないだろ?知らないおっさんが会いにいったら通報もんだよ。」
「オカルト雑誌のおっさんが来たら、確かにそうなりますね。」
「自分でおっさん言うのはいいけど、4つ下のやつにおっさんとは言われたくない。いいから聞いてくれ。」
松永はまたメッセージを打つ。
しかし今度は「早ッ!」とは言わなかった。
「どうした?まだ返ってこないのか?」
「おかしいっすね、さっきまですぐだったのに。便所かな?」
画面を睨みつつ、しばらく待つ。
すると数分後にこんな返信が・・・・・。
「おいこれ・・・・。」
「あ〜・・・・こいつヤバイっすね。」
俺も松永も眉を寄せる。
なぜならこんな返信が来たからだ。
《私は子供じゃありません。大人でもありません。そもそも人間でもありません。》
顔を見合わせ、二人してしかめっ面になる。
「これ痛い感じの奴っすね。どうします?」
「う〜ん・・・どうしよう?」
「もうちょっと踏み込んでみますか?」
「そうだな。だったら何者なんですかって聞いてくれ。あと名前と歳も。」
「了解っす・・・・・って、今度は早ッ!」
打つのとほぼ同時に返信がくる。
たしかにこれは早すぎる。
「これ、人が打つにしては・・・・、」
「ねえ?きっとあれっすよ。あらかじめ文章を用意してるんすよ。」
「そんなこと無理だろ。何質問してくるか分からないのに、なんで先に用意できるんだよ?」
「確かに。」
アホなやり取りをしながら、返ってきた文字を睨む。
《人間だった者とだけ言っておきます。名前は遠野真鈴。下はまりんって読みます。人間だった頃の歳は13歳です。》
13歳・・・これが本当なら子供なわけだが・・・・、
「松永、なら今は何歳ですかって?聞いてくれ。」
「え?まだ踏み込んすか?」
「だって気になるだろ?」
「やめといた方がいいんじゃないっすか?こういうのオッサンが成りすましてる可能性もあるし。」
「かもしれないけど、だったら追求すればボロが出るかもしれないだろ?」
「んじゃちょっと意地悪な聞き方してみますか?」
「どう聞くかは任せる。」
おそらくはただの頭の痛い奴だろう。
しかし興味がそそられるのも事実で、この人物のことを詳しく知りたかった。
松永はポチポチとスマホをいじる。
返信はすぐに来ないようで、興味津々に待った。
「なんて送ったんだ?」
そう尋ねると、ニヤっと画面を見せつけた。
《直接会って詳しく話を聞きたいのですが、その前に確認しなければならないことがあります。
もしあなたが嘘をつかない人なら、取材協力費として50万をお支払い致します。
しかし虚をつかれた場合は一切の報酬をお支払い致しません。
また我々の職務を妨害したとみなして、法的措置も辞さない場合があります。
あなたが信用に足る人物であるかどうかを確かめる為、今からの質問に正直にお答え下さい。
あなたの年齢は幾つですか?
男性ですか?女性ですか?
人間ではないとのことですが、今までに精神科に罹られたことは?》
なんともいえない文章を見せられて、「お前なあ・・・」と呆れる。
「ちょっとどころの意地悪じゃないだろ?こんなもん脅しと一緒だぞ。」
「だからいいんじゃないっすか。もし少女に成りすましのオッサンだったら乗ってこないでしょ。」
「・・・・もし本当に13歳の女の子だったら?その50万は誰が払うんだよ?」
「そりゃ円香さんでしょ。」
「なんで俺なんだよ!」
「そんな心配しなくても。どうせ頭のイカレタ奴のイタズラですって。」
無神経に笑うその顔、一発ぶん殴ってやりたくなる。
「お!返ってきた。」
俺の怒りもよそに「ほらほら!」と喜んでいる。
「やっぱ頭のおかしな奴ですよ。」
「どれ・・・・、」
画面を覗き込むと、そこにはこうあった。
《本当に人間ではありません。名前も年齢も全て真実です。人間だった頃は中学一年でした。性別は女です。
本当はもっと詳しく話したいんだけど、それが出来ない事情があるんです。
もし私を取材して嘘だと思うなら、訴えてもらっても構いません。
私は嘘なんてついてないし、会ってもらえるなら正直になんでも話します。
お金もいりません。私の話を聞いてもらえるならそれで充分です。》
意地でもその設定を変えるつもりはないらしい。
松永の意地悪にも乗ってこないし、こりゃあどうしたもんか・・・。
「お、また返信が・・・、」
「見せろ!」
スマホを奪う。
そこにはほんの少しの追加情報と、落ち合う場所の変更があった。
《ちなみに人間でなくなってからの年齢は10歳です。合わせると23なので、今はもう大人です。
色々と私のことを疑っているみたいなので、合う場所を変更させて下さい。
待ち合わせは○○県○○市に流れる木蓮川。その傍にある大木まで来て下さい。》
待ち合わせ場所の変更は構わない・・・・だがその場所は蝶の咲くあの木ではないのか?
「これ、やっぱイタズラですよ。もうほっときましょ。」
スマホを返せと手を向ける松永。
だが俺は「ちょっと待て」と止めた。
「また返信が・・・・。」
画面を睨むと、どれどれと松永も覗き込んできた。
《あなたの名前を教えて下さい。》
無論と思い、円香拓と返信する。怪しげな雑誌を作っている編集者の肩書きも添えて。
《分かりました。じゃあなるべく近いうちに待ち合わせ場所まで来て下さい。
ちなみに私が人間だった頃、みんなからは「なつ」と呼ばれていました。
真鈴(まりん)って名前が海っぽいからそんなあだ名になりました。
あともう一つ。
これは絶対に他言無用でお願いしたいのですが、私は恨んでる人間に復讐をしたことがあります。
自分の手でやったわけじゃないけど、そうしてほしいとお願いしたのは私です。
まだ私が人間だった頃、私に酷いことをした人がいたんです。
人間じゃなくなって10年経ってからも、その人を恨む気持ちは消えませんでした。
私が復讐を選んだせいで、その人は死にました。
直接この目で見ていないけど、きっと丸焦げになったと思います。
ツイッターで話せるのはここまでです。
もっと詳しい話は実際に会ってからにしましょう。
日にちはいつでもいいです。
ただし時間は夜になってからでお願いします。
蝶の咲く木で待っていますね。》

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