蝶の咲く木 第十二話 空に届く繭(2)

  • 2018.01.17 Wednesday
  • 13:01

JUGEMテーマ:自作小説

夜が来る。
星も月もなく、冬にしては湿った風が吹いている。
昼間は晴れていたのに、日が落ちてから雲が出てきたようだ。
俺は屋敷の外に出て、真っ暗な空を見上げる。
後から爺さんも現れて、「嫌な風だな・・・」と呟いた。
「一雨きそうだ。」
「天気予想では晴れだったんですけどね。」
興味もなさそうに頷く爺さん。
俺の鞄を見つめ、「ほんとになあ・・・」と言った。
「あの蝶が写ってるなんて・・・・。」
信じられないといった様子で、諦めの混じったため息をついている。
「だから言ったでしょ。ほんとに撮ったって。」
ポンと鞄を叩くと、「ああ」と頷いた。
「自分から姿を見せるなんて・・・・。」
「でも大丈夫なんですか?クリスマスでもないのに現れるなんてルール違反なんでしょ?」
「奴に見つかったらどうなるか・・・・。可愛い姿をしちゃいるが、根は残忍でな。」
「どうしても伝えたいことがあるんでしょうね。でなきゃわざわざ危険を犯さないだろうから。」
俺は先ほどまでの爺さんとの会話を思い出す。
強引に屋敷に押しかけ、パソコンでメモリーカードの写真を復旧させた。
消されて間もなかったおかげで、あの奇妙な生き物の写真は無事に復活してくれた。
液晶に映し出される写真を見た爺さんは、開いた口が塞がらないといった様子で、俺とパソコンを交互に見つめていた。
・・・・それから夜にまるまでの間、爺さんは色々と話を聞かせてくれた。
あの大木には本当に蝶が咲くこと。
そこに集まる蝶は死んだ子供の魂であること。
そしてクリスマスの日、この大木を通じて、親子が再会できることを。
話を聞いている間、『別の星』だの『復讐』だの『生まれ変わり』だの、理解しがたい言葉がポンポン出てきた。
俺は必死にメモを取りながら、『話が進まなんだろうが!』と怒られるほど質問を繰り返した。
そして全ての話を聞き終える頃、外はとっぷり暗くなっていた。
取材した結論から言うと、爺さんの話はまったく信じられなかった。
熱心に質問したものの、あまりにぶっ飛びすぎていて、オカルト好きの俺としても『それはちょっと・・・』とツッコミたくなるほどだ。
『だが真実だ。あんたの話から察するに、今日あの大木で落ち合う人物は、昼間見た蝶と同一人物だ。
夜になれば来ると言ったんだろう?ならば論より証拠、実際に会った方が早い。』
確かに・・・百聞は一見に如かずだ。
大木に目をやると、特別な変化は起きていない。
昼間と同様、葉のない枝を伸ばしているだけだ。
《ほんとに来るのか・・・・?》
緊張と期待が入り混じった不思議な気分になる。
「・・・お!」
爺さんが指を差す。
その先には一匹の蝶が浮かんでいた。
まるでLEDのように輝きながら、枝の先にとまっている。
「マジか・・・・。」
驚きながらもカメラを向ける。
ファインダーを覗き、シャッターを切ろうとした瞬間、いきなり目の前が真っ白になった。
「・・・・・ッ!」
思わず目を背ける。
太陽を直視したように、しばらく何も見えなくなった。
《目の前に飛んできやがった・・・・。》
瞬きを繰り返し、涙を拭う。
と次の瞬間、ツンツンと肘をつつかれた。
爺さんか?と思い、まだホワイトアウトから戻れない目を向ける。
するとそこにはぼんやりと子供のような輪郭が映っていた。
・・・・もしやと思い、思いっきり目をこすって、光の余韻を追い払う。
ようやく見えるようになってきた目に飛び込んできたのは、まっすぐにこちらを見る少女だった。
長い髪を後ろで縛り、気の強そうな目を向けている。
背丈は俺の胸くらい。
だが威圧的な視線のせいか、それとも人とは違った雰囲気のせいか、実際よりも大きく感じた。
「・・・もしかして・・・・真鈴ちゃん?」
恐る恐る尋ねる。
少女は『はい』と頷いた。
『あのツイッターの写真を撮った遠野真鈴です。』
「・・・・・どうも。」
『みんなからは「なつ」って呼ばれてるので、そう呼んで下さい。』
「ええ・・・・。」
どう返していいのか分からず、爺さんに助けを求める。
「な?」
「な?って・・・・・、」
「だから言っただろ?あの蝶があんたの待ち合わせしていた人物だって。」
「でも・・・・、」
「信じられんのなら証拠を見せてもらえばいい。」
そう言ってなつちゃんに目を向けると、要領を得たように頷いた。
『眩しいのでまっすぐに見ない方がいいですよ。』
幼さの残る声で忠告してから、閃光のように輝いた。
「ちょッ・・・・・、」
さっきと同じように目を逸らす。
・・・次の瞬間。
俺の頭にあの奇妙な生き物がとまっていた。
「・・・マジか。」
『マジです。』
頭の上から笑い声が響く。
もう一度ピカリと光って、また少女の姿に戻った。
『来てくれてありがとう。』
ごきちない感じで会釈をして、少しはにかんでいる。
『昼間にお会いしましたよね?』
「・・・・じゃあやっぱりあれが・・・・、」
『はい。』
・・・さて、どうするか?
彼女に会ったらぶつけるはずだった幾つもの質問。
それらは無意味なものと化した。
何百、何千と質問をぶつけるより、たった一回のさっきの変身で、俺は答えを得てしまったのだから。
この子は本当に人間ではなく、あの大木には本当に蝶が咲く。
これを松永に話してやったら、間違いなく鼻で笑われるだろう。
「・・・なつちゃんに聞きたいことがたくさんあったんだけど、もうどうでもよくなった。」
『じゃあ取材は無しですか?』
「まさか。新しい質問がいっぱい浮かんできた。録音しても?」
そう言ってスマホを向けると、『あ、それ無理です』と言われた。
「録音は困る?」
『そうじゃなくて、私の周りにいると電子機器が使えなくなるんです。』
「なんで?」
『強力な磁場が出来るんです。だからスマホもカメラもパソコンも使えませんよ。』
「どれ・・・・、」
なんでも疑ってかかるのが記者というもの。
試しにデジカメを向けると、とりあえず液晶は映る。
しかしいくらシャッターを押しても反応しなかった。
スマホも起動はするが、一切の機能が使えない。
『ね?』
「なるほど・・・磁場のせいでね。でも昼間はデジカメを使えたけど?」
『夜の方が強い磁場が出るんです。』
「ほう・・・・。」
なぜこの子がいると強力な磁場が発生するのか?
気にはなるが、今尋ねるべき質問ではない。
俺はポケットからメモ帳とペンを取り出し、「記録しても?」と尋ねた。
『はい。』
「さっきお爺さんから聞いたんだけど、子供だけで勝手に地球へ来ちゃいけないんだって?」
『そうです。』
「それでもなつちゃんは会いに来た。その理由は何かな?」
聞きたいことは山ほどあれど、これを聞かないことには始まらない。
なつちゃんはしばらく黙り込み、居合の一撃でも繰り出すかのように、迫力だけをみなぎらせた。
「なつちゃん?」
『・・・・壊してほしいんです。』
「何を?」
『子供の国を。』
「それって亡くなった子供が集まる遠い星のことかな?」
『そうです。』
「どうして?お爺さんの話だと、あそこはそう悪い場所に思えないけど?
むしろ不幸な目に遭った子供を救う、一種の天国のように思えるんだけど。」
『そうだけど、あそこはもう限界なんです。』
「限界?」
『あれって実は星じゃないから。ヴェヴェは星だって言ってるけど、絶対に違う。』
「ヴェヴェって誰?」
『私たちを連れていった蝶みたいな生き物です。ここは子供の為の星よって言ってくれたけど、実は違うんです。
だってヴェヴェが他の子に話してるのをこっそり聞いちゃったから・・・・、』
「何を聞いたの?」
『・・・・もうじき地球に根を張るって。』
「根?」
『私たちがいる世界は、大きな木がいっぱい繋がってるんです。普段はその木の枝の上で暮らしています。
だけど栄養がないといつか木が枯れるから、不思議な雲海に根を張ってるんです。』
「それもお爺さんから聞いた。山みたいな大きな木を乗せてる雲海があるんだろ?」
『はい。その雲海のおかげで木は栄養を保ってるんです。
だけどもう雲海の栄養がなくなってきて、どこかに根を張らないといけないらしくて。』
「それがこの地球ってわけ?」
『ヴェヴェたちがこっそり話してるのを聞きました。』
「ごめん、ヴェヴェ「たち」ってことは、他にも仲間がいるわけ?」
『本物の宇宙人はヴェヴェだけです。他のは元々人間の子供だった「もどき」みたいな感じです。』
「もどき・・・・ね。ならそこにいる子供は、いつかはヴェヴェって生き物になっちゃうわけだ?」
『復讐を選んだらそうなります。もう二度と人間に生まれ変わることは出来なくて、ヴェヴェに変わっちゃうんです。
ヴェヴェはそうやって仲間を増やしてるから・・・・。
それで私も復讐を選んだからヴェヴェになっちゃって、ヴェヴェだけが行っていい木まで飛んでいったんです。
そうしたらそこで、みんながコソコソ話してるのを聞いたんです。』
「なるほど。」
『あの世界の木はすごく大きいんです。山脈みたいに繋がってて、根っこだけで地球の三分の一を覆うくらいあるんです。
もしそんな木が地球に根を張ったら・・・・、』
「大変なことになるだろうね。」
『地球がおかしくなっちゃう。どうにかしなきゃって思って・・・・、』
「俺に会いに来たと。」
『去年のクリスマス、私はお父さんとお母さんに会いに行ったんです。この大木へ来てって伝える為に。
その時にこの大木の写真を撮って帰りました。本当はダメなんだけど、ヴェヴェの目を盗んで。』
「でも電子機器は使えないんだろ?だったらどうやって写真を?」
『あの時はまだ私はヴェヴェもどきになってなかったから。』
「なるほど。」
『ただ綺麗だったから撮っただけなんだけど、後から役にたちました。
ヴェヴェが地球を狙ってることを伝える為に、誰かにここへ来てもらいたかったから。
だからツイッターに・・・・、』
「あげた写真を見て、俺が来たってわけだな。」
『円香さんの他にも、この場所を教えて下さいって人はいました。でも学生さんだったりからかい半分だったりしたから断ったんです。』
「俺を選んでくれたのは、俺が雑誌の記者だからってわけだな?なつちゃんの話を雑誌に載せてくれると思って。」
『これほどうってつけの人はいないと思いました。だって興味を示すのは遊び半分の人ばっかりだし、新聞やまともな雑誌じゃ相手にしてくれないし。
だけどオカルト雑誌の記者さんならちょうどいいかなって。』
「褒め言葉として受け取っておくよ。」
『きっと近いうちに、あの大木が根を張りに来るはずです。それをどうにか阻止してほしいんです。』
「もちろんそうしたいけど、だったらもっと詳しく話を聞かなきゃいけない。」
俺はこれみよがしにペンを回す。
はっきり言って、この子の話を鵜呑みになんて出来ない。
確かに常識を超えた存在ではあるが、インデペンデンスデイみたいに地球の危機が訪れるなんて、はいそうですかと頷くことは無理だ。
それに・・・・まだ子供である。
本人いわく、人間だった時と死んでからの年齢を合わせると23だそうだが、見た目は完全に子供だ。
喋り方は大人びてはいるが、所々にあどけなさを感じる。
いったいどこまで真に受けていいものか・・・・。
『信じてませんね?』
あっさりと心を見透かされる。
「読心術か?」と尋ねると、『だって信じてなさそうな顔してるから』と言われた。
「ごめん、記者ってのは色々疑ってかからなきゃいけないんだ。なつちゃんを馬鹿にしてるわけじゃないよ。」
『本当なんです、信じて下さい。』
「うん。だから今から質問をさせてほし・・・・・、」
そう言いかけた時、なつちゃんは『ヤバ!』と叫んだ。
「どうした?」
『ヴェヴェが来る!』
「え?」
なつちゃんは慌てて空を見上げる。
その瞬間、太陽が間近に迫ってきたような、強烈な閃光が走った。
「うおッ・・・・・、」
焼けるように目が痛い・・・・。
瞼を閉じ、うずくまって顔を押さえた。
『円香さん!お願いします!!どうか地球に根を張らせないで下さい!』
「お願いしますって言われても・・・どうやって阻止したらいい!?」
『ごめんなさい、私はもう・・・・・、』
諦め、絶望、暗い感情が宿った声が耳にかすむ。
『ルールを破った者は雲海の養分になっちゃうんです。だからもう会えません。』
「会えないって・・・死ぬのか?」
『はい。』
「・・・・・・・・・。」
『もう死んでるけど、本当の意味で死にます。魂も身体もなくなるんです。』
「そんな・・・・、」
『全ての秘密は蝶の咲く木にあります。ここから空に届くほどの繭が・・・・・、』
そう言いかけて、なつちゃんの声は消えた。
「おい!この大木がなんだ!?繭ってどういうことだ!」
まだ眩い目を開けて、どうにか前を向く。
しかしもうなつちゃんはいなかった。
傍にいるのは爺さんだけで、「あの子は!」と尋ねた。
「どこ行った!?」
「連れて行かれた・・・・。」
「そのヴェヴェってやつにか?」
「ああ・・・・もう戻って来られん。」
「死ぬって言ってたけど・・・・本当に?」
「ああ。」
「ああって・・・・そんな簡単に言うなよ!まだ子供だぞあの子!」
「分かっとるわ。だがどうにもならん。連れて行かれちまった以上、こっちから手を出すことは出来んのだから。」
「・・・・なんてこった。」
空を見上げると、さっきの強烈な光はどこにもない。
その代わり、雲が晴れて星たちが輝いている。
爺さんは大木へ近づき、「可哀想に・・・」と呟いた。
「せめて地球で死にたかったろうに。」
「・・・・どうすりゃいい?」
「ん?」
「ん?じゃないよ。あの子が言ってたこと、本当なのか?地球に根を張るって。」
「儂に聞かれても。」
「でも爺さん、昔に行ったことあるんだろ?子供の国に。」
俺は思い出す。
屋敷で爺さんから聞いた話を。
あの時、爺さんはこう言っていた。
『儂もかつて子供の国にいたんだ。だが復讐は選ばなかった。だからこうして戻って来ることが出来たんだ。』
もしそれが本当なら、子供の世界のことを知っているのはこの爺さんだけだ。
「なあ、もっと詳しく話を聞かせてくれないか?ブッ飛んだことばかりで頭がついていかない。」
「構わんが・・・・あんた一人でどうにか出来ることじゃないぞ。」
「でも話を聞くのが記者の仕事だ。」
「だから話すのは構わん。でもだからってどうにかなると思うのは思い上がりで・・・・、」
辛そうな顔をしながら、ごにょごにょと口ごもる。
「爺さん、あんたまだ隠してることがあるな?」
「・・・・・・・・。」
「屋敷で話を聞いてた時、あんたはこう言った。生まれ変わって地球へ戻って来た子供は記憶を失うって。
人格も肉体も思考も、何もかも新しい人間に変わるんだって。
なのにあんたは前世の記憶を持ってる。どうしてだ?」
「・・・・・・・。」
「クローンを使えばそのまま生き返ることが出来るけど、その場合は長生きしないんだよな?
でもあんたは爺さんになるまで生きてる。どうしてなんだ?」
「それは・・・・、」
「屋敷じゃ何度聞いてもはぐらかしたよな?クローンだけど偶然長生きしてる稀な例だとか言ってさ。
それ本当のことなのか?実は他に秘密があるんだろ?」
この爺さんは何かを隠している。
そう思ったのは記者の勘なんてカッコイイものじゃない。
ただ単純に、爺さんは自分の話になると口篭るからだ。
「人には聞かれたくない話か?」
「聞かれたくないというより、話せないといった方が正しいな。」
「喋るとまずいことでも?」
「殺される。」
「そりゃ穏やかじゃないな。誰に?」
「ヴェヴェに。」
「またそいつか・・・・。」
「おっかない奴なんだ。子供を愛する気持ちは本物だが、根っこが残忍だし獰猛だ。口封じの為なら殺人だって厭わない。」
「じゃあ秘密を喋ったら爺さんも殺されるわけか。」
「・・・・・・・。」
急に爺さんの表情が変わる。
自信のなさそうな顔で俯いていたのに、肚を括った戦人みたいに俺を見据えた。
「儂は今年で91だ。」
「そんなに?もっと若いのかと思ってた。」
「もう充分生きた。」
「まさか秘密を喋って死ぬつもりか?」
「・・・・もう辛くなってきた。長年ここで亡くなった子供と会う親を見てきたが、誰ひとり幸せになどなっとらん。
去年もここで壮絶な夫婦喧嘩があってな。激高した旦那が嫁の腹を殴っとった。多分お腹の子は・・・・、」
そこまで言って口を閉じる。
辛そうにするその目は、ここにはいない誰かに向けられているように感じた。
「墓場まで持ってこうかと思っとったが、それもなあ・・・・。」
俺を振り向き、「このままくたばったら、あの世で閻魔さんに怒られそうだ」と笑った。
「なあ爺さん、喋って本当に死ぬなら別に・・・・、」
「なに甘いこと言うとる。あんた記者だろ?真実を聞き出すことを恐れてどうする。」
「でも人の命が掛かってるなんて・・・俺そんな真面目な記事書いてるわけじゃないし・・・、」
「オカルト雑誌だろうとなんだろうと、記者は記者だ。命懸けで取材せい。」
急に怖い顔になり、喝を入れられる。
爺さんは大木を指差し、そのまま空へと向けた。
「いいか?じっと見とれ。」
「何が起きるんだ?」
「百聞は一見に如かず。その目で見た方が早い。」
何をするつもりか知らないが、爺さんの目は真剣だ。
歳寄りのクセに猛獣みたいな迫力が伝わってくる。
《なんなんだよ・・・・。》
怖い半分、興味半分。
言われた通り爺さんの指先を見ていると、闇夜の中にキラリと何かが光った。
《なんだ?》
閃光というには頼りなく、点滅というには短すぎる。
そんな光が指先から漏れている。
その光はどんどん空へ飛びていき、蝶の羽ばたきのように、宙を踊っているように見えた。
《もしかして・・・・・、》
一つ閃くものがあった。
いつかこんな光を見たことがある。
あれは子供の頃、近所の川にテグスが掛けられていた。
川鵜が鮎を食べてしまうからと、対岸までテグスを伸ばして、鳥よけの銀紙みたいな物を括りつけていたのだ。
あの時、太陽の光を受けたテグスが、今のように輝いていた。
《糸か?指から糸が・・・・、》
おそらく・・・・いや、きっと糸が光っているのだ。
星の灯りを受けて、あの時のテグスのように。
その糸は遥か高くへ昇っていき、夜空に吸い込まれるように消えていった。
そして次の瞬間、俺は我が目を疑った。
なんと糸の消えた夜空から、真っ白な竜巻が降りてきたのだ。
グルグルと渦を巻き、何かに引き寄せられるように地上へ迫ってくる。
「おい爺さん!」
「黙って見とれ!」
そんなこと言われてもたじろいでしまう。
まるで鳴門海峡の渦潮が迫ってくるような、えも言えぬ不気味で恐ろしい光景だった。
しかし渦が降りてくるにつれ、それが竜巻ではないことが分かった。
「・・・・なんだあれ?」
大きな大きな白い渦は、大木へめがけて降りてくる。
間近にそれが迫った時、ようやくその正体に気づいた。
「糸?いや・・・・これって・・・、」
「繭だ。」
爺さんの言う通り、空から降りてきたのは繭だった。
白い竜巻に見えたものは、糸が渦巻いているものだった。
大木まで降りてきた繭は、枝の先まですっぽりと覆い隠してしまう。
「行って来い。」
「え?」
「いいから。」
ドンと背中を押されて、真っ白に巻き上げられた大木へ突き飛ばされる。
すると・・・・、
「うおッ・・・・、」
なんと大木から糸が伸びてきて、グルグル巻きにされてしまった。
叫ぼうにも口が開かず、身動き一つ取れない。
呼吸さえ出来なくなって、《あ、死ぬ》と力が抜けてしまった。
《これ死ぬ・・・・ダメだもう・・・・、》
緊縛された上に呼吸を封じられる・・・・死以外に待っているものはないだろう。
子供の頃、ポケットに突っ込んだバッタが、どうして瀕死になっていたのかよく分かる。
死ぬことへのストレスは、命のロウソクをこれでもかと早めてしまうのだ。
《なんだよこれ・・・・ここで終わりなんて・・・・、》
怖いやら呆気ないやら情けないやら、家族に別れすら告げられないなんて、最悪の死に方だろう。
今までの俺の人生はなんだったのかと笑えてきた。
意識が朦朧としてくる・・・・。
どこかへ猛スピードで運ばれて行くような感じだった・・・・。
《俺、あの世へ逝っちまうんだな。》
行きつく先は天国か地獄か?
今日、俺はここで命を終えるのだ・・・・・。
と思ったが、なぜか突然息ができるようになった。
手足も自由に動いて、気がつけば糸がほどけていた。
「なんでいきなり・・・?」
呆然としていると、ふと子供のはしゃぎ声が耳をくすぐった。
顔を上げると大勢の子供たちが遊んでいる。
走り回ったり、ゲームをしたり。
「・・・・・・・・。」
俺は言葉を失う。
たくさん子供がいたからじゃない。
子供が遊んでいるその場所・・・・・というより、今俺が立っているこの場所は・・・・、
「枝の上?」
とてつもなく巨大な木があって、その枝の上に俺がいる。
下は雲海のように雲が流れていて、所々から根っこが覗いていた。
そんな光景が遥か地平の彼方まで続いている。
今までに見たこともないような神秘的な光景が、延々と続いていたのだ。
「なるほど・・・・。」
ボリボリと頭を掻きながら、ボソリと呟いた。
「天国へ来ちゃったよ。」

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