蝶の咲く木 第十四話 子供の国へ(2)

  • 2018.01.19 Friday
  • 11:26

JUGEMテーマ:自作小説

自分が別の生き物になるというのは、とても不思議な感覚だ。
個人差はあれど、人間は誰でも同じような姿をしている。
しかしまったく別の生き物に変わるということは、どこのどんな人間とも似つかなくなるということだ。
きっと人が見たら驚くだろうし、何より自分自身で驚いていた。
《蝶ってのはこういう感覚なのか・・・・。》
長くオカルト記者を続けているが、自分自身にこんな現象が起こるとは思わなかった。
空から繭が降りてきて大木を包み、俺自身も繭に包まれて、蝶へと生まれ変わった。
・・・・いや、正確には蝶に似た生き物だ。
ヴェヴェとかいう宇宙人そっくりの・・・・・。
今、俺は子供の国とやらにいる。
繭に包まれた後、気がつけばここへ運ばれていたのだ。
目の前にはたくさんの子供がいて、その隙間を縫うように俺とよく似た生き物が飛んでいる。
《ここは間違いなくなつちゃんが言っていた子供の国だ。てことは、俺は地球から飛び出しちまったってことなのか。》
誰かにこの状況を訪ねたいが、誰なら答えてくれるだろうかと悩んだ。
何せ子供ばかりなので、要領を得た答えは返ってこないだろう。
そこらを飛んでいる蝶もどきに尋ねてもいいが、どうしても億劫になってしまうのは、きっと自然な気持ちのはずだ。
《そういえばなつちゃん、ヴェヴェって奴に連れて行かれたんだよな?それならここに戻ってるかもしれない。》
あの子は言っていた。
ルールを破った子供は雲海の養分にされてしまうと。
彼女の言った通り、確かにこの世界の下には雲海が流れている。
山のように巨大な木の根を、すっぽり覆い尽くすほど分厚い雲海が。
もしそこへ落とされていたとしたら、きっと助からないだろう。
あれは雲海というより、荒れ狂う波に近い迫力がある。
《なつちゃん・・・・まだ生きてるよな?ていうか生きててくれよ。》
彼女の姿を思い浮かべながら、ここにいる子供たちを見渡していく。
しかし・・・・いない。
《あの子はヴェヴェもどきになっていたからな。だったらその辺を飛んでるヴェヴェもどきの中にいるのかもしれない。》
そう思って目を凝らしたが、どいつも大差ない容姿なので分からない。
よくよく見れば違いがあるのかもしれないが、ヒラヒラと舞う群れの中から、彼女を見つけ出すことは難しかった。
こうなりゃヤケだと、思い切り名前を叫んでみることにした。
胸いっぱい息を吸い込んで、ありったけの声を・・・・、
《・・・なんだ?息が出来ない・・・・。》
いくら息を吸い込もうと思っても、胸の中に何も入ってこない。
・・・・というより、今とても大事なことに気づいてしまった。
《俺、さっきから呼吸してない・・・・。》
どうやら宇宙人は息をしなくても大丈夫らしい。
しかしそうなると喋ることすら出来ないわけだが・・・、
『みんな。』
突然頭上から声がした。
見上げると俺と同じような生き物がいた。
枝の先にとまって、イライラしたように羽を動かしている。
《なんだアイツ・・・・俺に似てるけど、なんか違うような・・・・。》
姿形はそこら辺を飛んでいる蝶モドキとそっくりだ。
しかし雰囲気が違う。
なんかこう・・・・背筋が寒くなるといか、直視したくないような狂気を放っていた。
そいつは子供たちや他の蝶モドキに語り掛ける。
どうやらこの中に裏切り者がいるらしく、かなり怒っているようだ。
仲の良かった子がどうとか言っているが、まさかなつちゃんのことか・・・・?
《アイツだけ明らかに雰囲気が違う・・・・。ならアイツがヴェヴェか。》
ヴェヴェは今から抜き打ち検査をすると言った。
羽の鱗粉を全て払い落し、鏡のように反射させる。
俺の隣にいた蝶モドキが、『嘘発見機・・・・』と怯えていた。
《嘘発見器だって?じゃああれを使って裏切り者を探すわけか。》
ヴェヴェは俺たちのいる枝まで降りてきて、一人ずつ子供の名前を呼んでいった。
まず最初に呼ばれたのは、俺の傍にいた蝶モドキだ。
『大地君』と呼ばれて、二匹の蝶モドキが手を繋いで飛んでいった。
《なんだ?呼ばれたのは一人だけなのに。》
不思議に思って見ていると、ヴェヴェはその二匹に何かを話しかけていた。
そして・・・・・、
《なんだありゃあ・・・・・。》
突然ヴェヴェの羽が尖って、ナイフのようになる。
鋭利なその羽は、目の前にいた二匹の蝶モドキを切り裂いた。
《なッ・・・・、》
真横に真っ二つにされて、ヒラヒラと落ちていく。
しかし落ちていく時も手は握ったままで、しっかりロックされた鍵のように、互いに離れることはなかった。
するとヴェヴェは羽をもう一振りして、繋がれたその手まで切り裂いてしまう。
二匹はバラバラになり、枝の上から捨てられてしまった。
まるで枯れ葉のように、ヒラヒラと舞いながら落ちていく。
《なんてことを・・・・、》
あの蝶モドキたちは、かつて人間の子供だったはずだ。
死後にこの星へ来て、ようやく悪い大人の手から逃れられたというのに・・・・・。
《爺さんの言っていた通りだ。あのヴェヴェってやつは恐ろしく残忍だ。どこが子供の味方なもんか。》
雲海へ消えていく、かつて子供だった蝶たち。
その光景に胸が締め付けられる。
『はい次、美緒ちゃん。』
また名前が呼ばれる。
『早く来て。』
ヴェヴェが呼んでも誰も出てこない。
『ほら早く。』
声に苛立ちが出ている。
かなり怒っているようだ。
《怯えてるんだ・・・・。あんな光景を見せられちゃ当たり前だ。》
例えヴェヴェを裏切っていないとしても、素直に奴の前になんて立てないだろう。
まったく出てこようとしない美緒ちゃんに対して、ヴェヴェは『死にたいの?』と呟いた。
『出てこないなら嘘つきってことになるわよ?だって私に知られたくない事があるんでしょ。』
そう言って鋭利な羽をかかげる。
結局美緒ちゃんなる子が出て来ることはなく、ヴェヴェは『悪い子ね』と言った。
そして自分から一匹の蝶モドキの傍へと飛んで行く。
『美緒ちゃん、どうして出てこないの?』
『だって・・・・・、』
ヴェヴェに睨まれ、美緒ちゃんは後ずさる。
『だって私は・・・・・、』
泣きそうな声で呟き、くるりと背中を向けた。
『ごめんなさい!』
羽をはばたき、高い空へ逃げていく。
するとヴェヴェは羽から糸を伸ばして、美緒ちゃんを絡め取ってしまった。
『いやあ!』
幼い声で悲鳴が響く。
必死に逃げようとするが、糸が絡まった羽では逃げ切ることは出来なかった。
だんだんとヴェヴェの方へと引き寄せられていく。
『死にたくない!誰か!』
耳がキンキンするほどの声で叫んでいる。
聴いているこっちが辛くなるような悲鳴だ。
しかし誰も動こうとしない。
助けるどころか、直視することすら避けていた。
ヴェヴェは尖った羽を振り上げる。
その顔は怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあった。
『どうしてルールを守ってくれないの?良い子にしていれば私だってこんな事しなくてすむのに。』
とても切実な声だった。
おそらく嘘ではないのだろう。
なにも好き好んでこんな事をしているわけではないと伝わってきたが、やって良い事と悪い事がある。
美緒ちゃんは怯え切って、もはや悲鳴すら上げられない。
《クソ!黙って見てられるか!》
戦っても勝てないだろうが、見捨てるわけにはいかない。
思い切り『やめろ!』と叫ぼうとしたが、まったく声が出なかった。
《なんで!?他の奴らは叫んだりしてるのに!!》
呼吸が出来ないのでは声も出ない。
なのになぜ他の蝶モドキは声を出せるのか?
・・・・なんて考えている場合じゃない。
声が出ないなら体で止めるしか・・・・、
俺は羽を広げ、ヴェヴェの前に躍り出た。
《やめろ!》
しかし悲しいかな、ヴェヴェの目に躊躇いはない。
振り上げた鋭利な羽は、俺ごと美緒ちゃんを真っ二つにした。
《あ、死んだ・・・・。》
あまりの鋭さに、痛みもなく刃が駆け抜ける。
俺の後ろで美緒ちゃんが『痛だあッ!』と叫んだ。
振り返ると、下半身が皮一枚でぶら下がっていた。
『ほら、動くから。じっとしてれば楽なのに。』
ヴェヴェはそう言って、もう一度羽を振り下ろした。
《もうやめッ・・・・、》
止める暇もなく、刃は美緒ちゃんの真ん中を駆け抜ける。
彼女はついに力を失い、さきほどの蝶モドキと同じように、雲海へと投げ捨てられてしまった。
『お爺ちゃん・・・・・、』
遥か下の方へ消えていく前に、そう呟いたのが聴こえた。
《なんて・・・・なんてことを・・・まだ子供だぞ!》
怒りと悔しさが混じり合って、目が熱くなってくる。
しかしこの身体は涙を流すことが出来そうになかった。
いくら感情的になっても、目元が潤ってこないのだ。
子供たちが消えた雲海を睨んでいると、また悪夢の呼び声が響いた。
『次、ケリー君。』
どうやらまだ続けるつもりらしい・・・・・。
案の定、名前を呼ばれても誰も出てこない。
《こんな事して誰がお前の言うこと聞くもんか・・・・。可哀想に。》
いったい何があったのか知らないが、いくらなんでもこれは酷過ぎる。
ここにはここのルールがあるにしても、こんなやり方で裁く必要はないだろう。
《お前ら逃げろ!こいつに殺されるぞ!!》
しかし誰にも俺の声は届かない。
みんな俯き、小さく震えているだけだった。
《おい!逃げろって!こっちへ飛ぶんだよ!!》
身振りで逃げるように伝える。
ヴェヴェとは反対側の空へ飛んでいき、《来い!》と手招きをした。
《なんでじっとしてる!死んでもいいのか!?》
どうにかこの子たちを助けたかった。
助けたかったが・・・・俺はあまりにも無力だった。
美緒ちゃんの時と同様、一匹の蝶モドキが群れから離れていく。
ヴェヴェはそれを追いかけ、『ケリー君』と呼んだ。
『逃げるってことは、裏切りを認めるってことなのよ。それを分かってるの?』
《馬鹿野郎!お前が怖いから逃げてんだ!!》
ヴェヴェの前に立ちはだかり、どうにか止めようとしがみつく。
だがそれが叶うことはなかった。
これまたさっきと同じく、ヴェヴェは俺ごとケリー君を切り払った。
『あッ・・・・』と悲鳴が響き、三度目の惨殺。
枝の上に落ちたケリー君の亡骸は、雲海へと投げ捨てられた。
《また・・・・・、》
俺も、そして子供や他の蝶モドキも、自分の無力さに嘆くしかなかった。
だがそれと同時に、俺はある事に気づいた。
《なんで俺は生きてるんだ?》
真っ二つに切り裂かれた子供たち。
なのに俺はピンピンしている。
惨殺どころか傷一つ負っていない。
首をひねっていると、ふと目の前から殺気を感じた。
・・・・ヴェヴェが睨んでいる・・・・・不思議そうに目を凝らしながら。
『なんかいるわね。』
『・・・・・・・。』
『見えないけどなんかいる・・・・誰?』
手を伸ばし、俺に触れようとする。
しかしその手が俺を掴むことはなかった。
ヴェヴェはまじまじと自分の手を見つめ、『ねえ?』と仲間を振り返った。
『誰かステルス使ってるの?』
そう尋ねるも、誰も答えない。
俯くばかりで、どうか自分の元へ来ませんようにと願っているようだった。
『誰かステルス使ってるんでしょ?ねえ誰?』
怒りの混じった声で尋ねるが、返事はない。
『・・・・みんな怖がっちゃって。』
クスっと肩を竦め、『いいわ』と前を向いた。
『なら映してあげましょう、この鏡で。』
そう言って羽を広げ、ナイフのような営利な形状から、楕円形の姿見のような形へと変えた。
するとその瞬間、鏡にぼんやりと俺の姿が浮かび上がった。
『やっぱり。』
ニコリと笑ったその顔・・・・まるで死体を引きつらせたような表情で、思わず叫びそうになった。
『ステルスは勝手に使っちゃダメって約束でしょ。何度もそう言ってるのに、ほんとに悪い子は絶えないんだから。』
そう言った次の瞬間、ヴェヴェの羽が眩く光った。
《熱ッ・・・・、》
焼けるような痛みと、身体を揺さぶるような振動が襲い掛かる。
光はどんどん強くなって、思わず目を逸らした。
・・・・と次の瞬間、誰かが肩に触れてきた。
『つかまえ〜た。』
『・・・・・・・・ッ!』
ヴェヴェががっちりと肩を握ってくる。
『痛ッ・・・・・、』
ヴェヴェの怪力に驚くのと同時に、声が出たことに驚いた。
『・・・・あれ?呼吸ができる・・・・。声も・・・・・、』
『どうして?』
驚く俺をよそに、ヴェヴェが顔を近づけてきた。
『どうして大人が混じってるの?』
『あ・・・・いや・・・・、』
『ここは子供しか来ちゃいけない国なのよ。どうやって入って来たの?』
『や・・・・それは・・・・、』
『おまけにステルスまで使うなんて・・・誰に教わったのよ?』
『・・・・・・・、』
どう答えていいのか分からない。
分からないが・・・・分かる事が一つある。
どうやら俺は、生きてここを出られないだろうということだ。
ヴェヴェの目は明らかに怒っていて、肌を刺すような殺気を向けてくる。
少しでも抵抗すれば、怪力でバラバラにされてしまうだろう。
『今から質問するわ。正直に答えなさい。』
そう言って羽の形状を変えて、先ほどのナイフように鋭くなった。
『嘘ついても無駄だから。今までの出来事・・・・見てたんでしょ?』
『・・・俺は・・・自分からここへ来たわけじゃ・・・、』
『質問にだけ答える。』
『あッ・・・・、』
肩にヴェヴェの指が食い込む。
『分かった?』
『ちょッ・・・痛いって!肩が・・・・・、』
『質問にだけ答える。そう言ったわよね?』
肩に食い込んだ指が、関節まで突き刺さる。
ブチブチっと音を立てながら、俺の右肩はむしられてしまった。
『ぎやああああああッ!』
千切られた腕は雲海へ捨てられる。
肩があった場所からは、青緑の液体がドロリと垂れた。
『素直に答えなさい。でなきゃもう片方の腕ももらうわよ。』
今度は左の肩を握られて、指を突き刺された。
『やめろ!やめてくれ!!』
『じゃあまず聞くわね。あなたは誰?』
『・・・お・・・俺は・・・・、』
『シャキっと答える。大人でしょあなた。』
『痛ッ・・・・、』
『あなたは誰?名前は?』
『ま・・・円香拓!オカルト雑誌の記者をやってる!!』
『そう。で、どうやってここへ来たの?』
『い、糸・・・・ていうか繭に包まれて・・・・、』
『繭に・・・・。』
『変な爺さんが出した繭だ!』
『爺さん・・・・それってまさか、あの大木の傍の屋敷の?』
『そうだよ!俺は繭でグルグル巻きにされて、気がついたらここに来てたんだ!』
『ということは、その時に空から竜巻みたいな繭が降りてきたわよね?』
『ああ・・・・大木に絡みついていた・・・・。』
『そう、ありがとう。』
ヴェヴェはニコリと微笑む。
・・・・次の瞬間、営利な羽は俺の首を駆け抜けた。
『あ・・・・、』
叫ぶまもなく俺の頭が落ちていく。
景色が逆さまになって、首のない自分の身体が見えた。
『お・・・お前・・・・、』
いきなり殺すって・・・そりゃあんまりだろう。
そう言いたかったのに、もう声も出ない。
胴体から切り離された頭は、枝の上をコロコロ転がっていく。
そして枝先からポロリと落ちて、雲海へと真っ逆さまに・・・・。
《俺も・・・・あの雲海の・・・・養分になっちまうのか・・・・、》
死を数秒後に迎え、残してきた家族を想う。
喘息持ちの息子は大丈夫だろうか?
妻はシングルマザーになってしまうわけだが、いつか良い人が見つかり、安定して暮らせるだろうか?
もう助からない自分はどうでもいい。
せめて残された家族が幸せに・・・・・・。
バッテリーが減った家電製品のように、俺の意識は途絶えていく。
だがその前に奇妙な物を見た。
遠く眼下にある木の根元、そこに巨大なイモムシがいたのだ。
鋭い牙をしていて、ガシガシと根っこを齧っている。
《なんだあのデカいのは・・・・?》
ああ、俺の人生は最悪だ・・・・。
最後の最後、せめて家族を想いながら逝きたかった。
それがイモムシのことを考えるなんて・・・・。
後悔しても遅く、深い眠りにつくように、俺の意識は消えていく。
全てが真っ暗・・・・もう俺はどこにもいなくなる・・・・。
死を迎えるまでの数秒間は、今までの人生よりも長く思えた。
真っ暗な闇の中で、もう一度自分の人生を繰り返しているような・・・・・。

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