蝶の咲く木 第十八話 再び大木へ(2)

  • 2018.01.23 Tuesday
  • 12:32

JUGEMテーマ:自作小説

夜、妻と二人であの大木へとやって来た。
下から見上げると、枝の隙間から月明かりが漏れていた。
「今日は満月か。これなら懐中電灯はいらなかったな。」
橙色の灯りを消して、月明かりに染まる大木を見つめる。
田舎ってのは余計な光がないから、月や星の光がとても明るく感じる。
後ろでは妻が電話をしている。スマホを片手に「うん、うん」と頷いていた。
「うん、私は全然大丈夫。大したことないから。」
実家に掛けているのだ。
今日も帰れそうにないと、優馬の面倒をお願いしている。
「ごめん、明日には帰るから。今日もう一日だけお願い。・・・・え?うんうん、拓君も大丈夫。はいはい、じゃあお願い。ごめんね。」
電話を切り、俺の隣に並んだ。
「こうして見るとただの木なのにね。立派は立派だけど、不思議な木には思えない。
なのにどうしてあんな不思議なことが起こるんだろう?」
妻の言うことは最もで、俺も頷きを返した。
「とにかく調べてみよう。真鈴ちゃんの言葉が本当なら、この木のどこかに半分に千切れた絵があるんだろ?」
「うん。」
妻は頷き、俺は後ろの屋敷を振り返った。
風情があると言えば風情があるけど、意地悪な言い方をすれば時代に取り残された遺産だ。
ここの爺さんはもういない。
ヴェヴェによって殺されたから。
今のところそれを知るのは俺たちだけだ。
そのうち何日も姿を見せない爺さんを、近所の人たちが不審に思うだろう。
だけどこの屋敷に死体はない。
爺さんは雲海の養分になってしまったのだから。
きっと行方不明として処理されるだろう。
《・・・でもその方がいいかもしれない。人が殺されたなんて知れ渡るよりは・・・・。それも犯人が宇宙人だなんて。》
「お父さん、ボケっとしてないで調べよ。」
「そうだな。二人で探せば見つかるはずだ。」
根を囲っているレンガを越え、大木へ近づく。
「じゃあ俺は上の方を探してみる。」
「私は根っこを掘ってみるわ。スコップも持ってきたし。」
二人で手分けをしながら、この大木のどこかにあるという絵を探していく。
妻はせっせと土を掘り、オケラ一匹見逃すまいといった目をしている。
俺は慣れない木登りに苦戦しながら、どうにか太い枝に足をかけた。
「落ないでよ。」
「平気平気。」
そう言った次の瞬間、足を滑らせてしまった。
根が這う土の上に、ドシンと尻餅をつく。
「痛ッ・・・、」
「ちょっと大丈夫?」
「平気平気・・・・。」
「言ったそばからもう。」
妻に手を引っ張られて「痛てて・・・」と立ち上がる。
「そんな運動神経が鈍い方じゃないんだけどな・・・。」
「代わろうか?」
「いやいや、もし落ちたら大変だ。俺が行く。」
「じゃあお願い、次は気をつけてね。」
太い枝に足をかけるまで、妻にお尻を押してもらう。
《もっぺん落ちたらカッコ悪いからな。慎重に慎重に。》
首を伸ばし、とりあえず近くの枝を探っていく。
とても大きな木なので、枝の一本一本が太い。
その太い枝には幾つものくぼみがあり、中を覗いてみた。
「よく見えないな。」
懐中電灯を照らし、くぼみの中を探す。
《・・・・なさそうだな。》
ならばともう一つ上の枝へ行く。
しっかりと足をかけ、えっちらおっちらと登っていった。
ここまで来るとさすがに高い・・・・。
俺の背丈はとうに越え、下を見ると足が竦んだ。
《カッコつけたはいいものの、高いとこ苦手なんだよな・・・・。》
なるべく下を見ないようにしながら、枝のくぼみを覗いていく。
するとその時、ズボンのポケットがブルブルと震えた。
「もしもし?」と電話に出ると、『どうですか体調は?』と返ってきた。
「おお、松永か。」
『いやあ、すげえ心配しましたよ。死にかけたって聞いた時は。』
「嘘つけ。昨日電話した時笑ってたじゃないか。」
『石井さんも笑ってましたよ。そのまま昇天してくれればよかったのにって。』
「なんちゅう上司だ。ていうか誰も見舞いにすら来てくれないなんて酷いな。」
『だって遠いじゃないっすか。経費なんて降りないから、会いに行くの自腹になるし。』
「いいさ、お前はそういう奴だって分かってる。ていうか今忙しいんだよ。用がないなら切るぞ。」
『え?まさかもう仕事してんすか?もっと休んどきゃいいのに。』
「そう出来ない事情があるんだよ。切るぞ。」
『用ならありますって。あのね、円香さんが入院してる間に、石井さん異動が決まったんすよ。』
「マジか!ついにあの石頭がいなくなってくれるんだな。」
『んでね、次に来る人が河井さんなんです。』
「おおおお!河井さん!戻って来てくれるのか!!」
河井さんとは、月間アトランティスの元編集長だ。
この人がいる間に雑誌の売り上げが黒字に変わった。
それに俺を育ててくれた尊敬する先輩でもある。
「嬉しいニュースだな。でもどうして河井さんみたいなすごい人がまた戻ってくるんだ?
あの人経済誌の方に行ってたろ?どう考えても都落ちじゃないか。」
『あくまで噂ですけど、石井さんが色々画策したらしいっすよ。』
「画策?汚い手でも使ったのか?」
『そういう風な噂があるんすよ。』
「ほんとあの親父だけは・・・・。」
ちょっとした殺意が湧いてくる。
オカルト雑誌を嫌うのは構わないが、だからって河井さんを蹴落そうとするその根性が気に食わない。
本気でぶん殴ってやろうかと、拳が硬くなった。
『怒ってます?』
「かなりな。」
『昨日ね、河井さんと喫煙所で会ったんすよ。古巣に戻るからよろしくって。』
「大歓迎だよ。ついでに石井のオッサンはクビにしちまえばいい。」
『そうなりゃ面白いっすね。そんでしばらく河井さんと話し込んでて、例の蝶の咲く木のことを話したんすよ。』
「おお、河井さんなんか言ってたか?」
『私が戻ったら、それを目玉に特集を組むって。だからバッチリ取材してこいって。』
「さすがは河井さん・・・・ほんと器が大きい・・・・。」
感動に手が震える。
心の中では合唱して拝んでいた。
『円香さんが入院したことも心配してましたよ。見舞いに行く暇はないって言ってましたけど。』
「いいさ、あの人は仕事一筋だからな。ていうかそれ聞いてやる気が出てきた。」
これは朗報だ。
あの人が編集長に戻ってくれるなら、このネタを大々的にやれる。
そうすれば地球にとって未曾有の危機を、世間様に知ってもらうことが出来るはずだ。
「話は分かった。じゃあそろそろ切るな。今ほんとに忙しいから。」
『了解っす。あ、あと俺が頼んでた土産買って来て下さいね。本革のジャケットか、無理なら財布でもいいんで・・・・、』
なにかホザいているが、途中でプチっと切ってやった。
「さて、こりゃ気合入れて探さないとな。」
高い所は怖いけど、ビビってる場合じゃない。
さらに上の枝へ登っていくと、「大丈夫〜?」と声がした。
「平気平気。」
「そっから落ちたらほんとに怪我するよ?どっかから脚立でも持ってこようか?」
「ほんとに平気だって。今いい知らせがあってさ、すごいやる気になってるから・・・、」
そう言いかけた時、妻が「上!」と叫んだ。
「なに?」
「空よ空!」
必死に指差すので、「まさかまた蝶が出たのか!」と見上げた。
しかしそうではなかった。
さっきまで出ていた月が、どこにも見当たらない。
それどころか星さえも・・・・。
「おいこれって・・・・、」
「急に雲が出てきたみたい・・・・。さっきまであんなに星が出てたのに。」
「今日って天気予報は・・・・、」
「一日中晴れよ・・・・、」
俺も妻もゴクリと息を飲む。
《あの雲・・・・もしかしたらあの時と同じものなんじゃ・・・・、》
空から白い竜巻が降りてきた時を思い出す。
あの時もこんな風に、分厚くて不気味な雲が出ていたのだ。
もしまたあの時と同じように、繭の道が降りてきたら・・・・、
「お父さん!いったん降りて!!」
「そうだな・・・・。」
下の枝に足をかけ、ゆっくりと降りていく。
どうにか地面までたどり着いて、妻と並んで空を見上げた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
二人して息を飲む・・・・・。
どうか悪い予感が的中しないでくれと願いながら。
《あの道が降りてくるってことは、ヴェヴェが来る可能性もある。そうなったら俺たちは間違いなく殺される。》
さっさと逃げればいいものを、俺も妻もそれが出来ないほど強ばっていた。
気がつけば若いカップルのように手を握り合う始末だ。
「・・・・・・あ。」
妻が目を見開く。
なぜなら悪い予感が当たってしまったから・・・・。
「来やがった・・・・・。」
分厚い雲がかかった夜空から、白い竜巻が降りてくる。
うねる蛇のように、怒る龍のように。
《ゆっくり降りてくるのがかえって怖いな・・・・。》
まるで空を侵略するかのように、不気味な気配を放っている。
蛇行しながら宙を進み、やがて大木のすぐ傍までやってきた。
白い竜巻はワラワラと糸を伸ばし、大木に絡みついていく。
やがてまん丸い繭のように覆い尽くされて、真珠のごとく輝いた。
俺たちは恐怖に駆られながらも、神秘的なその光景に見入ってしまった。
「綺麗だなあ・・・・。」
「そうだけど・・・もしヴェヴェが出てきたら・・・、」
そう、奴が現れたらお終いだ。
息を飲んで見守っていると、突然繭が弾けた。
パンパンになった風船をつついたように、大きな音を立ててパチンと。
《何が出てくる・・・?》
妻と手を握ったまま、一歩後ずさる。
しかしすぐに不安は消え去った。
「お父さん、あれ・・・・、」
「すごい・・・・・。」
繭が弾けた大木には、数えきれないほどの蝶が咲いていた。
イルミネーションのようにピカピカと輝く蝶が。
あまりにたくさんいるもんだから、まるで輝く葉っぱのようにも見える。
「こんなにたくさん・・・・・。」
一歩前に出ると、妻が「危ないよ!」と手を引っ張った。
「大丈夫だって。ヴェヴェはいないみたいだ。もしあいつがいたらならすぐに分かる。」
奴は異常な殺気を放っている。
ゾワゾワっと背筋が波打つほどの。
「ヴェヴェはいない。殺されたりしないよ。」
「でも・・・・、」
「別にこいつらは悪い奴らじゃない。お母さんも知ってるだろ?」
「知ってるけどさ、こんなにいっぱい群がってたら気味悪いじゃない。」
「そうか?すごく綺麗じゃんか。」
「私は虫が苦手なの。あんまり近づきたくない。」
「虫じゃないって。宇宙人モドキだ。」
妻と言い合っていると、群れの中から一匹の蝶が飛んできた。
「来たあ!」
妻は逃げようとする。
俺は「平気だって」と引き止めた。
「平気じゃないわよ!」
「本物の虫じゃないんだから怖がることないよ。」
『はい、怖がることはないですよ。』
傍へ飛んできた一匹の蝶が、俺たちの間に割って入る。
「いやあ!」
『驚かないで。私です。』
妻は俺の手を振り払って逃げていく。
蝶は『はあ・・・・』とため息をついて、俺を振り返った。
『今日会ったばかりなのに・・・・覚えてないんですかね?』
「いや、俺は覚えてるよ。なつちゃんだろ?」
手を伸ばすと指先にとまってきた。
「死んだと思ってたのに生きてたんだね。よかった。」
『奥さんから話は聞きましたか?』
「ああ。だから大木に隠されてる絵を探しに来たんだ。」
大木に目をやると、何匹かの蝶が辺りを舞っていた。
小さな光が夜を照らす光景は、まるで星のようだった。
「あの子たちはなつちゃんの味方?」
『はい。』
「よくヴェヴェに見つからずに来られたね。」
『ヴェヴェはイモムシ退治に忙しいから。あれがいると大木が台無しになっちゃうんです。』
「妻から聞いた。本当はもっとたくさんの巨木があったけど、イモムシが根っこを齧って枯れちゃったんだろ?」
『そうなんです。ほっといたら子供の国はなくなっちゃうから、ヴェヴェが一生懸命駆除したんですよ。
前はもっとたくさんいて、まさに害虫って感じでした。』
「でも今となっちゃ味方だよな。そのイモムシのおかげで巨木が弱るかもしれないんだから。」
『きっと他にもいると思います。だからヴェヴェは本気で焦ってるんです。』
「俺たちにとってはありがたい事だよ。」
俺は後ろを振り向き、「お〜い」と手を振った。
「この子真鈴ちゃんだよ。怖くないって。」
妻は遠くの物陰からこちらを見ている。
恐る恐る近づいてきて、「真鈴ちゃん?」と呼んだ。
『はい。』
「なんだ・・・・だったら最初からそう言ってよ。めっちゃくちゃビビったじゃない。」
『言う前に逃げ出すから。』
「だって怖かったんだもん。・・・・で、何しにこっちへ来たの?あんなに大勢仲間を引き連れて。」
俺の後ろに隠れながら大木を睨む。
さっきよりも空を舞う蝶が多くなっていた。
『手伝いに来たんです。』
「何をよ?」
『だから絵を探すの。』
「そうなの?じゃあ最初から言ってくれればいいのに。」
『だから言う前に逃げたでしょ。』
「だからごめんって。」
「まあまあ。手伝ってくれるなら早く見つかるじゃん。だってその絵が全ての元凶なんだろ。」
『はい。』
そう、だからこそその絵を探さないといけないのだ。
そもそも子供の国なんていう変てこな世界は、一人の子供の夢想から始まったものだ。
子供の頃、誰だって一度は夢の世界を描いたことがあるだろう。
頭の中だけでは我慢できず、紙の上に描いた子もいるはずだ。
子供の国は、そうやって一枚の画用紙に描かれた絵から始まっている。
もちろん最初はただの絵だった。
しかしそこへヴェヴェが関わってきて、こんな厄介なことになったのだ。
残念ながら、その絵を描いた当の子供はもういない。
頭のおかしな大人によって殺されてしまったからだ。
しかも生前は親から虐待を受けていたというので、なんとも救いのない話だ。
亡くなってしまったその子は可哀想だが、今は同情している場合じゃない。
なぜならヴェヴェが行っている事の全てが、その絵の内容に沿っているからだ。
子供の国、大人への憎悪、蝶への生まれ変わり、そして最後には地球そのものが子供の星に変わってしまう。
一人の子供が夢想した世界は、宇宙人ヴェヴェの手によって、現実のものへと姿を変えつつある。
絵を描いたその子は、親の暴力から逃げ出した時、よくここへ来ていたという。
「なつちゃん、その絵をイモムシに食わせれば、最悪の事態は防げるかもしれないんだよな?」
絵を探す目的を再確認すると、『はい』と頷いた。
『あのイモムシだけは描いた人が別なんです。あれってその子を殺した大人が描いたんですよ。
ヴェヴェはその絵を現実に呼び出しちゃったから、イモムシも一緒に出てきちゃったんです。』
「なるほどなあ。あのイモムシだけはその子の夢の外だったわけだ。」
『あのイモムシをほうっておくと、子供の国は滅んじゃうんですよ。』
「その子を殺した大人の暴力が、地球を救う鍵になるってことか。なんか複雑だな・・・・。」
結局その日は、大木に隠された絵を見つけることは出来なかった。
・・・・次の日、妻は家へと帰っていった。
我が子でありながら、我が子ではない優馬を迎えに行く為に。
・・・翌日、よく晴れた空を見上げながら、俺は一人で大木へ向かった。
その時、大木の周りにおかしけ景色が見えた。
なんと辺り一面砂漠になっていたのだ。
道路も川も屋敷も消えて、乾いた砂だけが広がっている。
そこには大量のイモムシが蠢いて、あちこちに繭を作っていた。
やがて繭を突き破り、禍々しい色をした巨大な蛾が現れた。
そいつは大木へ群がって、瞬く間に木を枯らしてしまう。
・・・・砂のように崩れ去る木。
塵と還るその瞬間、どこからか子供の悲鳴が聴こえた。
まるで殺人鬼にでも出くわしたかのような、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が。
・・・・その少し後、景色はいつもと同じに戻った。
《なんなんだ今の・・・・・。》
俺はただ呆然と立ち尽くす。
この時ふと思ったことがある。
地球を狙っているのは、なにもあの巨木だけではないんじゃないか?
あの巨大なイモムシ、奴らもこの星に根付くつもりなんじゃ・・・・。
イモムシを使って子供の国をやっつける。
その方法は本当に正しいんだろうか?
俯き、足元を見つめる。
自分が子供だった頃、この世界はどう見えていただろう?
大人はどんな生き物に映って、子供はどんな生き物だと思っていたのだろう?
必死に頑張ってみるが、リアルにイメージすることが出来ない。
もう子供ではない自分には、子供の感覚を蘇らせることは無理だった。

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