蝶の咲く木 第二十話 二つの繭(2)

  • 2018.01.25 Thursday
  • 13:18

JUGEMテーマ:自作小説

夜、晴れていた空が様相を変えた。
どこからか分厚い雲が出てきて、一気に月と星を隠してしまう。
まるで冥界のような空だけど、そこから一筋の竜巻が降りてきた。
そいつは川原の傍の大木を覆い、大きな繭に変わる。
その繭がパチンと弾けると、枝いっぱいに光る蝶が咲いていた。
「昨日より多いな・・・・。」
所狭しと輝く蝶は、一匹、また一匹と空へ舞う。
その中から一匹の蝶がこっちへ飛んできて、俺の指先にとまった。
『こんばんわ。』
なつちゃんだ。
俺も「こんばんわ」と返し、「実は・・・」と興奮気味に切り出した。
「実はさ、これを見てほしいんだけど・・・・。」
バッグの中からあの絵を取り出す。
するとなつちゃんは『どこで見つけたの!?』と、悲鳴に近い声を上げた。
「うん、それがさ・・・・、」
俺は今日あった出来事を話した。
爺さんの屋敷に侵入した時に、不思議な子供に出会ったことを。
なつちゃんは『そっか・・・・』と頷き、川の方を振り返った。
『あの子、この川に埋められてたんだ・・・・。』
「まだ確認はしてないけどね。でも俺たちのやり取りを見てたっていうから、きっとこの川だと思うよ。」
『それに復讐を望んでるなんてね・・・・。死んでも許せない怒りは、私にもよく分かる。』
なつちゃんも復讐を選んだ子供だ。
ヴェヴェに頼んで、自分を殺した大人を燃やし尽くした。
そのせいでこんな蝶みたいな宇宙人モドキになってしまったわけだが・・・・。
『円香さんはどうするの?やるの?復讐。』
そう問われて、「え?」と聞き返した。
『だって頼まれたんでしょ?復讐。その見返りとしてこの絵を渡してくれたんじゃないの?』
「いや・・・俺は人殺しなんて出来ないよ。」
『じゃあ私たちが代わりにやってあげようか?』
「は?」
『人一人殺すくらいわけないよ。』
「いやいや、何を物騒なこと言って・・・・・、」
『今の私にはそれくらいの力はあるし、それに悪い大人なんて許せないし。』
「・・・・なつちゃんもまだ大人を憎んでるの?」
『うん。』
「そうか・・・・。」
複雑な気持ちになる。
復讐をしたからといって、気分が晴れるわけではないようだ。
『円香さんがやりたくないなら、私がやってもいい。他の子だってきっと手伝ってくれるし。』
そう言って蝶の咲く木を振り返った。
『あそこにいるみんなだって、憎い大人たちに復讐したんだもん。みんな協力してくれるわ。』
「あ、いや・・・だとしてもな、殺人っていうのはちょっと・・・・、」
『私たちはもう人間じゃない。だから法律なんて気にしなくていいのよ。』
「君たちはそうかもしれないけど、直接に相談を受けた俺としてだな・・・・復讐を頼むのはちょっと・・・・、」
『そいつを殺したって円香さんのせいじゃないわ。私たちがやれば警察にだってバレないし。』
「うん、いや、だからそういうことじゃなくてさ。俺の気持ち的な問題というか・・・・、」
『迷うことないじゃない。もしかしたら千切られたもう半分の絵もくれるかもしれないし。』
「・・・・この絵をイモムシに食わせれば、最悪の事態は防げるんだよな?」
『うん、巨木が地球に根を張るのは難しくなるはず。』
「子供の国はあの絵が元になってるわけだもんな。そいつを悪い大人の描いたイモムシに食わせれば、夢は力を失うってことだよな?」
『そう。』
「そうすれば地球の軍隊でも充分に勝てるってわけだ。核兵器とか化学兵器とか、恐ろしい武器を使わなくても。」
『上手くいけば、地球へ来る前に枯れ果ててくれるかも。』
「そうなってくれると一番いいんだけど・・・。でもさ、一つ気になることもあるんだよ。」
『なに?』
「その子を殺した奴を殺しちゃったら、そのイモムシも消えちゃうんじゃないかって・・・。」
『・・・・・?どういうこと?』
「だってそのイモムシは犯人が描いたんだろう?じゃあそいつが死んだらイモムシもいなくなるんじゃないかなって。」
『それはない。』
「どうして?」
『だってその子は死んだけど、子供の世界は消えてないから。』
「ああ、そうか・・・・。」
『そんなの気にすることなく復讐したらいいんです。それがその子への弔いにもなるし。』
「いや、でもなあ・・・・やっぱり殺人なんて・・・・、」
『じゃあ場所だけ教えて下えて。そうすれば私たちが殺してきますから。』
さっきから恐ろしいことをサラっと連発する。
なつちゃんはとても良い子だと思うけど、少しだけその考えが揺らぎそうになる。
「君たちが大人を恨んでるのはよく分かる。だけどね、そんな殺す殺すって言ってると、本当の殺人鬼みたいになっちゃうよ。」
『もう人間やめてるから。きっと鬼より強いと思いますよ。』
「だからそういう問題じゃなくって・・・・、」
これ以上話しても埓が明かない。
とりあえずいったん話題を逸らすことにした。
「ちょっと写真を撮りたいんだ。」
そう言って爺さんのカメラを掲げると、『無理ですよ』と言われた。
『私たちから強い磁場が出てるから。』
「これ旧式のフィルムカメラなんだ。磁気の影響はないよ。」
『そうなんですか?じゃあどうぞ。』
ニコっと手を向けるので、早速撮影した。
三脚を立て、カメラを乗せ、レリーズを装着する。
カメラを大木に向け、光る蝶たちにピントを合わせた。
「けっこう光ってるからなあ・・・二分・・・いや、一分くらいでいけるかな。」
レリーズを押してシャッターを開きっぱなしにする。
不安だったので、シャッター速度を変えて何枚か撮影した。
「君も撮らせてもらっていいかな?」
『いいですよ。』
レンズを向け、彼女のアップも撮影した。
『ついでに人間にも変態しましょうか?』
「・・・そうだな。お願いできる?」
彼女は羽から糸を出し、繭で自分を包む。
その繭から人間の手が突き出てきて、少女の姿のなつちゃんが現れた。
「その姿になると光らないんだね。ちょっと光量が足りないから木の下で撮ろう。」
蝶の咲く木をバックに、人間モードのなつちゃんもフィルムに収めた。
これで記事の為の写真はバッチリだ。
『撮影はもういいですか?』
「うん、ありがとう。」
『じゃあ復讐しに行きましょ。』
「いや、だからそれは・・・・、」
『復讐すれば残りの絵だって手に入るかもしれません。そうすれば地球を守れるんですよ?』
「そうだけどさ・・・・、」
『そんな悪い大人に同情するより、地球のことを考えないと。
そうしないと、その絵に描いてることが現実になっちゃいます。』
そう言って絵の中で焼かれる大人たちを指差した。
『あの巨木が地球に根を張れば、実際にこうなっちゃうんですよ。大人はきっとみんな・・・、』
「だろうね。それを阻止するにはやっぱり・・・・、」
『復讐しかないです。』
「・・・・・・・・。」
『怖いですか?』
「怖いっていうか嫌なんだ。自分が殺人犯になるなんて。」
『殺すのは私たちだから、円香さんが気に病むことないですよ。』
「でも場所を教えたら君たちは殺しに行くじゃないか。だったら俺も共犯だよ。」
そう、やっぱり俺には人殺しなんて出来ない。
その犯人がどうこうとかじゃなくて、殺人なんて罪を背負いたくないのだ。
例え警察に捕まらなかったとしても、罪は罪として残るだろう。自分の中にずっと・・・・。
《どうしたらいいんだろう?なつちゃんはやる気満々だし、復讐すれば残りの絵だって手に入るかもだし・・・・。
でもなあ、やっぱり人殺しってのは・・・・。》
川を見つめながら、しばらく悩む。
一番良い方法はなんなのだろうかと。
「・・・・なあ。」
『はい。』
「俺、とりあえずそいつに会って来るよ。」
『本当に犯人か確かめるってことですか?でも死人ってまず嘘はつかないですよ。その子がそう言うんなら、きっとそいつが犯人なんですよ。』
「かもしれないけど、実際に自分の目で確かめたいんだ。どんな奴なのかって。
それでもしそいつが犯人だとしたら・・・・、」
『したら?自主でもすすめるんですか?』
「・・・・どうにか証拠を見つけて、警察につき出す。」
『証拠を・・・・。』
「あの子の話によれば、そいつは他にも子供を殺してるらしいから。だったら調べれば何か出てくるかも・・・・、」
『それじゃ遅いです。モタモタしてる間に地球は侵略されちゃいますよ。』
「だけど自分の目で確かめたいんだ。それでね、俺がそいつに会いに行ってる間に、君には別の仕事を頼みたい。」
『なんですか?』
「その子の遺体を捜してやってほしいんだ。」
そう言って夜の川に目を向けた。
「あの子はここに眠ってるはずだ。」
『見つけて弔ってあげるんですか?』
「ああ。それに遺体が見つかれば殺人の証拠になる。」
『いいですけど・・・・。』
「けど?」
『復讐はした方がいいと思います。じゃないと犠牲になった子供たちが報われないから。』
「・・・とにかくそいつに会ってみるよ。話はそれからだ。」
結局その日はこれで解散となった。
「明日から忙しくなるな。とりあえずあの子が言っていた場所に行って、殺人犯に会ってみるか。」
車を駆り、ビジネスホテルまで戻っていく。
田舎の暗い夜道は、考え事をするのにピッタリだ。
《面倒なことになってきたなあ・・・・。そりゃなつちゃんの言う通り、地球のことを考えるなら今すぐ復讐した方がいいんだろうけど。
それでもなあ・・・・やっぱり殺人っていうのはなあ。》
人殺しなどまっぴらゴメンだ。
例えそれで地球が救えるとしても、俺には難しい・・・・。
《ホテルに戻ったらお母さんに電話してみるか。優馬のことも気になるし。》
安いビジネスホテルの部屋にたどり着き、どっとベッドに横たわる。
目を閉じると眠ってしまいそうだったので、上体だけ起こしてスマホを掴んだ。
「・・・・ああ、もしもし?お母さん?」
電話が繋がるなり、『どうだった?』と尋ねてくるので、今日起きた全ての出来事を話した。
『マジ!絵見つかったの?』
「うん、本人が渡してくれた。復讐との交換条件で。」
『そっかあ・・・。なんかもうアレだね、全然驚かないよ、幽霊とか聞いても。』
「そりゃまあ宇宙人にも会ってるしな。」
『で、どうすんの?やるの?復讐。』
「まさか。とりあえず犯人に会ってこの目で確かめる。どんな奴なのか。」
『ええ〜!やめときなって、危ないよ。』
「怖いのは怖いけどさ、どんな奴かくらいは直接確かめたいんだよ。」
『でも殺人犯なんだよ?しかも何人も殺してるんでしょ。』
妻は絶対に反対のようで、『あとはなつちゃんたちに任せればいいじゃん』と言った。
『そんな何人も子供を殺したような奴、天罰が下って当たり前よ。』
「天罰なのか、これ?」
『そうでしょ、他に何があるのよ?』
「神様のやることなら仕方ないかなって思えるけど、相手は元人間の宇宙人モドキだぞ。それも子供の。殺人を頼むなんて出来ないよ。』
きっと同意してくれるだろうと思ったのに、妻は復讐に賛成のようだ。
その理由は単純明快だった。
『殺人犯の命と、地球の運命とどっちが大事なのよ?』
「それはなつちゃんにも言われた。」
『別にお父さんが手を下すわけじゃないんだからいいじゃない。警察にだって絶対にバレないし。場所教えてあげなよ。』
「でもそれだと俺まで共犯にだな・・・・、」
『意気地なし。』
「は?」
『自分が汚れたくないからって、逃げてちゃダメでしょ。そいつが死ぬだけでどれだけの人が救われると思ってるの?』
「いや、でも殺人だぞ?意気地なしとかそういうことじゃ・・・・、」
『じゃあ私にそいつの居場所を教えて。私からなつちゃんに伝えるから。それならいいでしょ。』
「でもそんな事したら今度はお母さんが殺人の手助けをすることにだな・・・・、」
『私はそんなの気にしない。だって地球の運命が掛かってるんだから。
それに子を持つ親として、子供を何人も殺した奴なんて絶対に許せないし。お父さんもそうでしょ?』
「そりゃそうだよ。でもな・・・・、」
『だから復讐してもらいなよ、なつちゃんに。』
妻の言うことはもっともだが、俺はまだ迷っていた。
「とにかくそいつに会うよ。それよりさ、優馬はどうだ?いつもと変わらないか?」
『ああ、そのこと・・・・、』
急に声のトーンが下がる。
さっきまでの勢いはどこへやら、『聞いてよちょっと・・・』と重くなった。
「何かあったのか?」
『あの子ね、やっぱり優馬じゃないみたい。』
「マジか・・・・。」
『優馬に直接尋ねたの。最初は誤魔化してたんだけど、なつちゃんから聞いたって言ったら素直に答えた。
やっぱり別の子供なんだって。例の焼け死んだ囚人の。』
「じゃあやっぱり俺たちの優馬は・・・・、」
『今は身体を乗っ取られてる状態。あ、でも完全に意識が消滅したわけじゃないから安心して。』
「・・・どういうことだ?」
『ちょっとだけ優馬の精神が残ってるそうなのよ。』
「そうなのか?」
『優馬君が言うには、今は眠ってる状態だって。自分が優馬の身体から抜ければ、きっと目覚めるだろうって。』
「ほんとかよ!じゃあ生き返るんだな!?」
『生き返るも何も、まだ死んでないから。なんていうか・・・仮死状態みたいな感じなんだと思うよ。』
「いや、それ聞いてホッとしたよ。そうかあ・・・・生きてたかあ・・・・。」
『だけど問題もあるって。』
「え?」
『あまりに長いこと優馬に宿ってると、いずれは完全に死んじゃうだろうって。』
「そんな!」
『自分が出ていけば助かるけど、出て行く方法が分からないって。だからどうにも出来ないって・・・・。』
「何言ってんだよ!だってあれは優馬の身体だぞ。他人の子供なんて・・・・、」
せっかく命を繋いだ我が子だ。
その命が消えるのを見過ごすことなんて出来るわけがない。
「なんでもいいんだ。何か方法はないのか?」
スマホを握り締めながら、強い口調で尋ねる。
すると妻は『一つだけ・・・・』と言った。
「ん?方法があるのか?」
『優馬君が言うには、あの巨木が地球に根を張ればって・・・・、』
「へ?どういうこと?」
『だから地球が侵略されれば、優馬は消えずにすむってこと。』
「なんで!?」
『なんでって・・・・巨木が地球に根を張れば、地球全体が子供の国になるからよ。
そうすれば子供は辛い目に遭わずにすむから。ヴェヴェに従っている限りは、死んだり傷ついたりすることもないって・・・。』
「それは要するに、優馬と地球を天秤に掛けろってことか?」
『そう・・・・なるよね。』
「・・・・・・・・。」
俺も妻も何も黙り込む。
言うまでもなく、自分の子供は大事だ。
どうあっても蘇ってほしい。
しかしその代償が地球とは・・・・、
『もし侵略されたら私たち大人は殺される。』
「ああ・・・・。」
『優馬は復活しても、もう会うことは出来ない。』
「分かってる。それはいいんだよ、俺たちの命で優馬が助かるなら安いもんだ。そうだろ?」
『それで助かるっていうなら、今すぐ差し出してもいい。だけど・・・・、』
「それじゃすまないんだよな・・・・。全部の大人の命と引き換えになる。そうすりゃ親を失う子供も大勢でてくるよな。」
さすがにこれは迷う。
自分の子供でもないのに、大勢の人たちに命を差し出せとは言えない・・・・。
だけど優馬には戻ってきてほしいわけで、いったいどうすればいいのか?
『あのねお父さん・・・・、』
妻の声がさらに重くなる。
俺は座り直し、「うん」と身構えた。
『優馬のこと、諦めよう。』
「・・・・・・・・。」
『私たちの子供の為だけに、地球を台無しにするなんて出来ない。たくさんの人が死ぬなんて・・・・。』
「・・・・・うん。」
『今日一日中考えてた。どっちを選べばいんだろうって。でもやっぱり・・・・うん、諦めるしかないのかなって。』
声は淡々としていて、感情を押し殺しているのが分かる。
妻がそうしているのに、俺だけ感情的になるわけにはいかない。
割れそうなほど電話を握り締めたまま、じっと耳を傾けていた。
『お父さんは?考える時間が欲しい?』
「・・・・いや、悔しいけど・・・・。」
しょうがないわけがないというのが本音だけど、言葉にすれば、気持ちまで引っ張られてしまいそうだった。
だから俺も押し殺すしかない。
感情も本音も。
「ごめんな、そんなこと一人で悩ませて。辛かっただろ?」
『いいよ、お父さんにはお父さんのやることがあったんだから。そのおかげで絵の半分が手に入ったんだし。』
「うん・・・・。」
『だからさ、迷うことないよ。復讐しよ。それで全部終わるなら、これ以上誰も苦しむことないんだから。』
「・・・・誰もってことはないよ。だってあの星の子供たちは・・・・、」
『それも仕方ないよ。割り切るしかないことでしょ?』
「・・・・今日会ったあの子さ、死んでも自分の夢は手放してなかったんだ。
それでさ、こう言うわけ。復讐を果たして、自分も子供の国に行きたいって。
あの子が俺を頼ってきたのは、自分も向こうへ行きたいからなんだよ。
それを潰すことになるんだなって思うと、けっこう複雑でさ。」
死んでもなお抱いている夢は、半端なものではないだろう。
幽霊になってまで、誰かにメッセージを伝えたかったのだから。
妻の言う『仕方ない』は、実に大人の意見だと思う。
俺はその答えに対して、「そうだな」と頷けばいいわけだが、素直にそう出来ないのは、俺が甘いからか?
妻に比べてまだまだ子供っぽく、あの子たちに感情移入し過ぎているのだろうか?
『いいよ、考えて。』
妻が言う。『一日あげるから』と。
『お父さんにも時間がいるでしょ?』
「時間をかけたって、出てくる答えは変わらないよ。子供の星を潰すしかない。」
『でも自分を納得させる時間は必要でしょ。だから明日また電話する。それでいい?』
「・・・・うん。ごめん。」
『謝ることじゃないって。それにさ、地球を守ったって、私たちにはまだ問題が残ってる。』
「優馬のことだな。どう向き合えばいいんだろう?」
『それも時間が必要だと思う。今はまだこうすればいいなんて言えないよ。』
それからの俺たちは、電話を握り締めたまま無言だった。
やがて妻の方から『もう切るね』と言った。
『明日その犯人に会いに行くんでしょ?』
「ああ。」
『止めても聞かないよね。』
「そう決めたから。」
『じゃあそれも含めて自分を納得させてきなよ。きっと会ったって何も変わらないだろうけど、やっぱり時間は必要だから。』
「悩んでみるよ、精一杯。」
頷きを返し、「それじゃ」と電話を切った。
ベッドに寝転び、噴出してくる疲れとストレスに、頭がどうにかなりそうだった。
《今日一日であまりにも色んなことがありすぎた。頭も心もついていかないよ。》
疲れた・・・・しんどい・・・・。
目を閉じると余計に辛くなってきて、睡魔さえも簡単に退けた。
妻がくれた一日という時間、これは答えを出す為の時間ではない。
すでに出ている答えに対して、自分を納得させる為の時間だ。
だったらさっさと復讐を選べばいいんだろうけど、それが出来ない俺は、妻の言う通り意気地なしなのかもしれない。
一服つけ、シャワーを浴び、悶々と悩む。
ふと窓を見ると、ポツポツと街の灯りが灯っていた。
ここは都会ではないけど、夜になればそこそこ輝きが感じ取れるのだなと、感慨深く見つめた。
景色に情緒を重ね合わせると、幾分楽になるのは不思議だ。
理屈を打ち消すにはイメージに限る。
向き合わなければいけない問題に対して、いつでも理詰めで考えていると、頭より先に心が参ってしまうから。
それを癒してくれる街灯りの情緒は、今の俺にとって最高の精神安定剤かもしれない。
・・・・だがそれもすぐに打ち砕かれた。
今、俺は窓から目が離せないでいた。
なぜならあの少年が窓の外に立っていたからだ。
突然現れた幽霊・・・・若干の恐怖はある。
それでもお祓いをしたいと思わないのは、この子の背負った辛い過去を知っているからだろう。
「ごめんな、まだ迷ってるんだ。君の気持ちは分かるけど、俺には勇気がない。人を殺す勇気が・・・・。」
言い訳は彼の胸には届かないだろう。
しかし黙っていると、俺の方が辛くなる。
少年は一つ頷き、パンと手を叩いた。
・・・・すると次の瞬間、目の前の景色が砂漠に変わった。
《これは・・・あの時と同じだ。》
昨日大木で見た幻が蘇る。
全てが砂漠に変わり、そして繭から蛾が出てくるあの光景に・・・・。
しかし今度の幻は少し違う。
何もかもが砂漠に変わった後に、二つの繭があった。
どちらも真っ白で、蚕が紡ぐ玉繭に似ている。
そして・・・・羽化が始まった。
両方同時に虫の脚が飛び出してくる。
切り裂かれた繭の中から、ゆっくりと大きな羽が出てきた。
一つは奇妙な柄をした羽だ。
こいつは蛾の羽だろう。この前見た奴と同じだ。
しかしもう一つは・・・・なんと綺麗な!
青?緑?
どちらともつかない綺麗な羽が、繭の中から飛び出した。
それは宝石のようにキラキラと輝き、羽が動く度に鱗粉が舞い散った。
例えるなら・・・そう、モルフォ蝶ってやつだ。
そう虫に詳しくない俺だが、一度だけテレビの特集で見たことがある。
構造色という特殊な色を輝かせるこの蝶は、虫が嫌いな人でも見入ってしまうほど美しい。
蛾も蝶も、繭の中から完全に姿を現す。
蛾の羽はやはり奇妙で、木星の表面を思わせるような、不思議な柄だ。
対して蝶の方は、青とも緑ともつかない煌く羽を持っている。
例えるならオーロラのような羽だ。
二匹は正面から向き合って、敵意とも好意ともつかないような、言いようのない気配をぶつけ合っている。
やがて触覚が触れ合った。
蛾は平べったい櫛のような触覚。
蝶は細長く、先っぽに米粒みたいな丸みのある触覚だ。
その二つが触れ合った瞬間、幻は消え去った。
景色は元に戻り、あの少年もいなくなっている。
「・・・・・・・・・。」
今のはいったいなんだったのか?
考えようとしたが、やめた。
今の俺の頭ではパンクするだけだ。
立ち上がり、窓際から景色を見下ろす。
小さな光が点在する街の中に、ふと二つの繭が見えた・・・・ような気がした。
どうやらさっきの幻が、目の裏にくっついているらしい。
瞬きをしても消えず、目を閉じても消えてくれない。
「何を伝えたかったんだ、君は?」
さっきの光景はあの少年からのメッセージだろう。
その意味するところは分からないけど、とても重要なものであることは間違いないはずだ。
目の裏に焼き付いた二つの繭。
そいつが消えるまで、街の景色と重ねていた。
イメージが・・・・頭を蝕んでいく・・・・凄まじい不快感が次の朝まで続いた。

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