蝶の咲く木 第二十二話 暴力の連鎖(2)

  • 2018.01.27 Saturday
  • 13:27

JUGEMテーマ:自作小説

取材をするなら落ち着ける場所がいい。
喫茶店とかファミレスとか。
しかしながら、今俺たちがいる場所はガヤガヤとうるさかった。
ここは飲み屋の「羽布」
あの厳ついおばちゃんが切り盛りしている店だ。
俺がいた時よりも客は増えていて、中には立ち飲みしている者もいた。
《もうちょっと静かな場所の方がいいんだけどなあ。》
俺と青年は厨房の奥にある、こじんまりとした休憩所で向かい合っていた。
背もたれのないパイプ椅子に、端っこが掛けたガラスのテーブル。
俺は番茶を、青年はコーラを飲みながら、レバニラ炒めをつついていた。
厨房からおばちゃんが顔を出し、「徳ちゃん、ご飯は?」と尋ねた。
「あ、さっきカレー食べたからいいです。」
「そっちのあんちゃんは?」
「あ、じゃあおにぎりを。」
おばちゃんは頷き、ものの二分ほどでおにぎりを持ってきてくれた。
「どうも。」
「300円ね。」
「お金取るんですか?」
「当たり前だろ。あ、徳ちゃんはいいからね。」
むう・・・・油断した自分が情けない。
はむはむっとおにぎりを頬張り、番茶で流し込んだ。
「君・・・・名前は?」
「菱井徳久です。」
「ずいぶんあのおばちゃんに可愛がられてるね。親戚か何か?」
「いえ、父の知り合いなんです。僕が小さい頃から面倒みてもらって。育ての母っていっても過言じゃないです。」
「もしかして・・・お母さんいなかったの?」
「いましたけど、家を出て行きました。ていうかおばちゃんが追い出したって感じですけど。」
「ほう・・・なんかあったの?」
「すごい手をあげる母だったんです。」
「手をあげるって・・・叩かれてたったこと?」
「はい。父は泊まりの仕事が多くて、家にいないことが多かったんです。
それでお母さんはあんまり子供が好きじゃなかったみたいで、僕はしょっちゅう叩かれたり蹴られてりしてました。」
「そりゃ可哀想に。」
「お父さんがいる時は大人しいんですけど、二人だけになると・・・・、」
「う〜ん・・・なるほど。お父さんには言わなかったの?」
「言ったらもっと殴るって脅されて・・・・。」
「じゃあずっと我慢してたんだ。」
「小5くらいまでは我慢してました。でもとうとう我慢できなくなって・・・・、」
「誰かに助けを求めた?」
「叩かれるとか蹴られるとかは我慢できたんです。あの人はずる賢いから、あんまり強くやると痕が残るじゃないですか。
だから怪我しない程度に加減してたんです。だけどご飯を食べさせてもらえないのが辛くて・・・・。」
「空腹には勝てなかったわけだ。」
「それでここへ逃げてきたんです。お金はお父さんから借りて払うから、なんでもいいから食べさせてほしいって。
その時におばちゃんが色々心配してくれて。あの時はおっちゃんもいたから・・・、」
「おっちゃん?」
「おばちゃんの旦那さんです。」
「ああ、なるほど。今はじゃあ・・・、」
「四年くらい前に亡くなりました。病気で。」
「そっか。で・・・おばちゃんのおかげで虐待が発覚したってことかな?」
「お父さんに電話してくれたんです。アンタ子供にご飯も食べさせてないってどういうこと?って。
そうしたらお父さんもビックリしたみたいで。それでお父さんがあの人を問い詰めたんだけど、シラをきるばっかりでした。」
「認めなかったわけだ?虐待を。」
「お父さんとあの人とすごい喧嘩になりました。あの人はものすごい喚いて、悪いのはこのガキとアンタだって。」
「修羅場になったわけだ。」
「アンタが家空けてばっかりだから、私一人で面倒見なきゃいけないって。遊びにも行けないって怒って。
元々子供は欲しくなかったみたいだし、それに僕は変わった子供だったし。」
「変わった子供?」
「大人になってから分かったんだけど、上手く人と話せない障害があるんです。」
「発達障害ってやつか?」
「そうですそうです。あれも種類があって、僕はとにかく話すのが下手だったんです。
言いたいことも伝わらないし、相手が言ってることも上手く理解できなかったり。」
「でも今はちゃんと話してるじゃないか。」
「短い時間だったら平気なんです。あと喋るテーマとか内容が決まってれば。」
「ああ、そういうこと。」
「でも自由に話せって言われると無理です。なんか会話がズレてくるんですよ。
あの人はずっと僕と一緒にいたわけだから、きっとイライラが溜まってたんだと思います。」
さっきから母親をあの人呼ばわりしている。
かなりの恨みと憎しみがあるのだろう。
「僕だって好きでこんな風に生まれたわけじゃない。だいたい子供が嫌いならなんで産んだんだろうって・・・・。」
「それは考えても仕方ないよ。こうして生まれちゃったんだから。」
「アイツの血が流れてるってだけで嫌なんです。あのクズみたいな母親が・・・・どっかで死んでればいい。」
「でもオヤジさんだって家を空けることが多かったんだろ?言っとくけどさ、子育てって辛いもんだぞ。
ウチにも小さい息子がいるけど、育児は両方がちゃんとやらないと。」
「だからってイライラしてたら子供叩いてもいいのかよ!飯食わせなくてもいいのかよ!!」
青年は急に怒りだす。
「ちょっと落ち着け・・・・」と宥めようとしたが、噴出した怒りは止まらない。
「そんなん夫婦の問題だろうが!なんで子供に当たるんだよ!!」
「だから落ち着けって。何も君が悪いなんて言ってるわけじゃ・・・・、」
「散々暴力振るって、でも自分はバレたくないからって脅しまでかけて・・・・ふざけんなよあのババア!
出てく時だって自分が被害者みたいな顔しやがって!アイツが僕をイジメたんだ!アイツが僕を叩いてたんだよ!」
「分かった!わかったらちょっと冷静にだな・・・・、」
「ちょっとでも自分が辛いと被害者ぶるくせに、自分の子供は好きにしていいと思ってる!
あんや奴は子供産んじゃダメなんだよ!虐待してる親なんかみんな殺すべきなんだ!!」
「頼むから落ち着けって・・・・、」
「僕が何したんだよ!自分から発達障害になったわけじゃないのに!なんにも悪いことしてないのに、なんで叩くんだよ!」
「・・・・・ダメだなこりゃ。」
この怒りは止まらない。
さっきまでの淡々とした表情が嘘のように、人でも殺しそうな形相に変わっていた。
「一番の被害者は子供だろ!なのに夫婦がどうとかとかどうでもいいんだよ!!
なんで大人が子供を叩くんだよ!なんで親が自分の子供を虐めるんだよ!!」
「そうだな・・・・一番の被害者は君だよ。それは間違いない。」
この青年の言う通り、一番の被害者は子供だ。
彼の両親がどんな仲で、どんな力関係だったのかは、俺には分からない。
しかし例え夫婦仲が険悪だったとしても、そのはけ口として、子供を虐待する理由にはならないはずだ。
最悪は夫婦は縁を切ればすむ。
しかし親子はそうはいかない。
青年は拳でテーブルを叩きつけている。
やり場のない怒りを燃やすように・・・・・。
このテーブルの端っこが掛けているのは、このせいなのかもしれない。
やがて厨房からおばちゃんが出て来て、「徳ちゃん!」と止めた。
「また手え怪我するから!」
おばちゃんに羽交い絞めにされてもまったく止まらない。
叫び、暴れ、椅子を蹴り飛ばしている。
「ちょっとアンタも手伝って!」
「は、はい!」
そう言って立ち上がったはいいものの、徳ちゃんのパワーは凄かった。
俺より細身のはずなのに、おばちゃんと二人がかりでもなかなか押さえ込めない。
《人間ってキレるとここまで力が出るんだな・・・・。》
人は普段、自分の身体を傷つけないように、筋力をセーブしているという。
怒りはそのセーブを簡単に解いてしまうのだろう。
おばちゃんが「誰か!」と叫び、いいガタイをした土方のおっちゃんが「またか」とやってきた。
三人がかりで押さえつけ、ようやく落ち着きを取り戻した。
「・・・・・・・。」
徳ちゃんは泣いている。
うずくまり、まるで子供みたいな声で・・・・。
「あんた何か余計なこと言った?」
おばちゃんがギロリと睨む。
俺は「虐待のことに触れた瞬間に・・・・」と話した。
「ダメだよその話は。この子はすごく辛い思いしてんだから。」
「聞きました、かなり酷い母親だったみたいで。」
「ありゃ酷いなんてもんじゃないよ。徳ちゃん優しいから、あんな母親でもオブラートに包んで話すのさ。
ほんとはもっともっとね・・・・ほんとうにどうしようもない女だったよ。」
そう言って「もうちょっと早く気づいてあげてれば・・・」と徳ちゃんを見つめた。
「口じゃ言えないようなことだってされてるんだよ、この子は。そのせいか知らないけど、心が子供の頃で止まっちまってるんだ。」
「それで子供っぽいんですね。ちなみに今は幾つで?」
「26。」
《俺の三つ下か・・・・。ほとんど同い年じゃないか。》
若者若者と呼んでいたが、子供っぽさのせいで幼く見えていただけだった。
外見だけでは歳は分からないものだ。
徳ちゃんはグスグスと泣いて、頭を抱えて何やら呟き始めた。
「どうした?」
顔を近づけると、おばちゃんがこう言った。
「いつもこうなんだよ。ああやってパニックになったあとは、うずくまってブツブツ唱えるんだ。」
「唱える?何を?」
「子供の国、子供の国って。」
「子供の国!?」
「徳ちゃんは絵が好きでね。母親に虐待されてた時、絵を描くことだけが一番の楽しみだったんだよ。」
「へえ・・・・ちなみにどんな絵で?」
「色々さ。ウルトラマンとか車とか、子供が好きそうな絵だよ。」
「なるほど・・・絵を描くことで現実逃避してたんですかね?」
「きっとね。あんな辛い目に遭ってたんだ。ここじゃない遠い世界へ行きたかったのかもねえ。
その証拠に自分だけの夢の国を描いてたこともあるから。」
「夢の国ですか?」
「なんかね、大きな木がいっぱい生えてる絵だったよ。それが空に浮かんでるんだ。」
「それほんとですか!?」
思わず詰め寄ると、「なんだいいきなり?」と訝しがられた。
「いや、すいません・・・・。その絵のこと、もうちょっと詳しく教えてもらえますか?」
「下の方に地球みたいなのが描いてあったよ。そんで大きな木は雲に乗って、地球から離れていくような感じだったね。」
「なるほど・・・・。じゃあ地球よりさらに下の方に、炎に焼かれる人とか描かれていませんでしたか?」
「は?」
「真っ黒に塗りつぶされた人たちが、炎に焼かれているんです。そういう絵が描かれていませんでしたか?」
そう尋ねると、怖い目で睨まれた。
その顔は猛獣のようで、思わず後ずさってしまう。
「あんた・・・・、」
「は、はい・・・・。」
「徳ちゃんを馬鹿にしてるのかい?」
「え?」
「この子がそんな絵を描くわけないだろ。性根の優しい子なんだよ。そんな人が焼け死ぬだなんてもん描くわけない!」
思いっきり怒鳴られて、「すいません・・・」と頭を下げた。
「記者だかなんだか知らないけど、徳ちゃんを傷つけるようなこと書いたら許さないよ。」
「申し訳ない・・・・。」
やはりこのおばちゃんには逆らえない。
しかし・・・・引き下がるわけにもいかない!
ここへ来て急展開だ。
何がどうなっているのか分からないが、とても重要な何かを、この青年は握っているはずだ。
「その絵ってまだありますか?」
そう尋ねると、「いいや」と首を振った。
「あの母親が破いちまったんだよ、徳ちゃんの目の前で。あの絵を徳ちゃんが気に入ってるって知ってながらさ。」
「そりゃ酷い。」
「そういうことする奴だったんだよ、あの女は。旦那がどうとか関係ない。誰と結婚しても同じようなことしてたはずさ。
なんたって根っから腐ってたからね。大した女でもないクセに、どっかの王族か貴族みたいに勘違いしてるような態度だったし。
思い出すだけでもムカムカしてくるよ。ねえ徳ちゃん?」
おばちゃんが尋ねても、相変わらず頭を抱えているだけだ。
「子供の国、子供の国・・・・」と、ひたすら念仏のように唱えている。
《なんかここへ来てガラっと状況が変わってきたな。》
この徳ちゃんという青年、絶対に大きな秘密を隠しているに違いない。
彼の横に膝をつき、「なあ?」と背中に手を置いた。
「君・・・・20年ほど前からUFOみたいな光を見るって言ってたよな?」
そう尋ねても泣いているだけ。
しかし少しだけこちらに目を向けたので、声は届いているようだ。
「それ詳しく教えてくれないか?どんな感じの光で、どんな風に見えるんだ?」
徳ちゃんはヒックヒックと泣きながら、「ふわっと・・・・」と答えた。
「ふわっとした感じ・・・・・。」
「もうちょい具体的に。」
「ぼんやりして・・・・ふわふわした感じです・・・・。それでフラフラ動く・・・・。」
「なるほど。じゃあさ、もしも生き物に例えるとしたら、何が一番近いかな?」
「生き物?UFOなのに・・・・・?」
「例えばだよ例えば。なんでもいいんだ、君がこれだって思う生き物で。」
徳ちゃんは困った顔で考える。
眉間に皺が寄り、グスっと泣いてしゃっくりが出る。
それでも質問に答えようと、「強いて言うなら・・・」と呟いた。
「うん、強いて言うなら?」
「・・・・ガ、かな。」
「ガ?ガってあの虫の?」
「うん・・・。」
「蝶じゃなくて、蛾に近いと思ったの?」
「強いて言うなら・・・・。」
「蝶には似てないか?」
「蝶っていうより蛾の方が近い感じ・・・・・。上手く言えないけど・・・・、」
「そうか・・・いや、ありがとう。」
とりあえず徳ちゃんを立たせ、椅子に座らせる。
「ほら」とコーラを差し出すと、口いっぱいに頬張っていた。
「ちょっと落ち着いたか?」
「すいません・・・・カッとなって・・・・、」
「いいんだよ、誰だって触れられたくない部分はある。俺の聴き方が無神経だった、ごめんな。」
そう謝ると、「ほんとだよ」とおばちゃんに睨まれた。
「記者だかなんだか知らないけど、人のプライベートはずかずか踏み込むもんじゃないんだよ。
誰だって心に傷くらいあるんだから。」
「すいません。ええっと・・・じゃあもう君のお母さんの話は終わりにしよう。
代わりにUFOの話を聞かせてほしいんだ。ていうかその為の取材だからね。」
徳ちゃんは「はい・・・」と頷き、コーラのお代わりを要求していた。
「大丈夫かい徳ちゃん?なんならおばちゃんがこの記者を追い返そうか?」
「ううん、平気。」
「嫌なことは嫌って言えばいいんだからね。今度嫌なこと聞いてきたら蹴飛ばしてやんな。」
おばちゃんはコーラのお代わりを置き、俺に一瞥をくれてから去っていった。
「ふう・・・なんともいえない迫力のある人だな。」
「昔からああなんですよ。でもすごく優しい人なんです。」
「分かるよ。口は悪いけど悪い人じゃない。」
人の本性なんて見た目じゃ分からない。
言動が悪くても、根っこが優しい人はたくさんいるのだ。
というより、あまりに紳士ぶったり淑女ぶったりしている奴の方が、腹の中では何を考えているか分からない。
まあとにかく、本来聞くべきことを取材しないと。
「なあ徳ちゃん。そのUFOのことなんだけど、蛾みたいに見えるんだよな?」
「強いて言うならですけど・・・・。」
「いつもどの時間帯に見るの?」
「夜です。空が暗くなってから。」
「毎日見る?」
「毎日じゃないです。だいたい週に一回見るか見ないかだけど、たま〜に毎日見ることもあります。」
「色はどんな感じ?」
「んん〜っと・・・・青白い感じです。でもたまに赤くなったりもするし、真っ白に光ることもあります。」
「じゃあ形は?蛾みたいに見えるってことは、虫に近い形なのかな?」
「ちょっと似てるかもしれません。いかにもUFOって感じの形じゃないと思います。
なんかこう・・・羽に似たような物が二つあって、だけど完全に虫の形でもないし・・・・、」
「虫に近い形だけど、虫とは言えないような形ってことだな?」
「ええ。」
「どれくらいの距離で見える?かなり離れてるかな?それともけっこう近い?」
「けっこう遠いと思います。雲が浮かんでるくらいの高さかなって。」
「具体的だな。なにか根拠が?」
「だってそのUFOの光で、雲が光ってたから。月明かりを受けた時の雲みたいに。」
「なるほど・・・・。20年前くらいから見るようになったって言ってたけど、急に?」
「はい。窓から外を見てたら、ふわふわって飛ぶ不思議な光があって。」
「それ、他にも知ってる人はいる?」
そう尋ねると、「それが・・・」と神妙な顔になった。
「その・・・、」
「どうした?」
「お父さんは見えないって言うんです。」
「そうなの?じゃあその・・・お母さんは?」
「言ってません。どうぜ馬鹿にして叩かれたりするから。」
「そうか・・・・。じゃあ友達とかには教えなかったの?UFOが見えるって。」
「ほとんど友達いなかったんです。今もですけど・・・、」
「ああ、そうか・・・すまん。」
「でも学校の子に教えたことはあります。」
「ほう、クラスメートにってことだな?で、どうだった?他の子たちは見えるっていったか?」
「・・・・・・・・・。」
「どうした?なんで黙る?」
「・・・いや、あの・・・・、」
「もしかしてまた余計なこと聞いたか?それなら謝るけど・・・・、」
「いや、そうじゃないんです。そうじゃなくて・・・・、」
コーラの入ったコップを握りしめ、シュンと目を逸らす。
言いたくない言葉を飲み込むように、グっとコーラを流しんこんでいた。
「聞かれたくないことがある?」
また激高させてしまったら、多分おばちゃんにブッ飛ばされるだろう。
そうならないように、努めて柔らかい口調で尋ねた。
「いや、いいんだよ。どうしても言いたくないなら。そりゃこんなに遠慮してちゃ記者として失格だけど、俺は誰かを傷つけてまで何かを聞き出そうとは思わないから。
まあそのせいで万年平社員なんだけど。」
肩を竦めておどけると、徳ちゃんは「記事にしないなら」と顔を上げた。
「今から言うこと、秘密にしといてくれるなら・・・、」
「いいよ、約束する。」
「じゃあ、あの・・・・、」
コーラを置いて、切腹でもする武士のごとく背筋を伸ばした。
「クラスメートのほとんどは、何も見えないって言ったんです。お前ウソついただろってからかわれたりして。
だけど一人だけ見えるって子がいて・・・・、」
「ほう、君の他にもいたのか。」
「その子・・・男の子なんですけど、女の子みたいに可愛い顔してるんです。
それでですね・・・その子はちょっとだけ僕と仲が良くなって、UFOのこと色々話し合ったんですよ。
あの光はなんなんだろうって。」
「うん。」
「そうしたらその・・・・その子もですね、悪い大人から嫌なことをされたことがあるって・・・・、」
「まさかその子も虐待を受けてたのか?」
「いえ、違います。虐待じゃないんです。その・・・学校の帰り道で、嫌な目に遭ったことがあるみたいで・・・、」
「嫌な目?どんな?」
「・・・・さっきも言ったけど、すごく可愛い顔してる子なんですよ。だからですね、たぶんそのせいだと思うんだけど・・・・、」
そこまで言って、ごにょごにょと口籠る。
小さな声なのでハッキリと聴こえないが、一つけだけ聞き取れた言葉があった。
『脱がされた』
確かにそう聴こえた。
徳ちゃんは目を伏せ、またコーラを飲む。
「これ、その子には絶対に言わないでほしいって言われてたんですけど・・・・、」
「なるほどね、なんとなく言いたいことは分かった。要するにその子は、おかしな趣味を持った大人に目をつけられたってことだな?」
「はい・・・・。」
「ただ脱がされただけ?他に酷いことは?」
「写真を撮られたって言ってました。あと・・・・ここを触るようにって言われたって。」
そう言って自分の股間を指さす。
「すごい怖かったって言ってました。怖すぎて誰にも言えないから、なんにも無かったんだって自分に言い聞かせたって。」
「UFOのことを話してるうちに、お互いに大人のせいで嫌な目に遭ってるって分かったわけか。」
「それでその時に思ったんです。あのUFOって、辛い目に遭ってる子供にしか見えないのかなって。」
いったん間を置き、ふうと呼吸してから先を続けた。
「僕とその子だけがUFOを見てたんです。これって・・・・、」
「悪い大人のせいで苦しんでる子供にだけ見えるものだと?」
「だってそれしか共通点がないから。」
「まあ・・・・確かにそうだな。」
話を聞く限りでは、徳ちゃんの言うUFOが本当にUFOなのかどうなのか分からない。
しかし俺にはある一つの疑惑があった。
大人から傷つけられた子供にしか見えないUFO・・・・これはますます怪しい。
その光の正体、やっぱりアイツなのでは?
「なあ徳ちゃん?」
声色を変えて尋ねると、「はい」と怯えた表情をした。
「UFOを見たってその友達、紹介してくれるかな?」
「それは無理です。」
「どうして?俺に秘密を喋ったことがバレるから?」
「いや、そうじゃなくて・・・、」
「じゃあ何?」
「だってその子・・・・もうこの世にいないですから。」
「え?亡くなったってこと?」
「はい。事故に遭って。」
「そうか・・・いや、ごめん。辛いこと聞いて。」
「いいんです。けっこう昔の話だし。それにそこまで仲が良かったわけでもないし。」
そう言ってから、暗い顔で俯いた。
「どうした?」
「いえ・・・・、」
「まだ隠してることが?」
「・・・・・・・。」
「徳ちゃん?」
「あの・・・・、」
「うん。」
「その子のこと・・・・その・・・帰り道でイヤらしいことした大人って・・・・、」
「うん。」
「・・・・僕のお父さんです。」
「・・・え?」
素っ頓狂な声が出てしまった・・・・。
徳ちゃんのお父さんが?なぜ?
・・・と思ったが、ありえなくないか。
だってあの人は・・・・、
「僕のお父さん・・・・部屋に隠してる写真とかあって・・・・。」
「写真?」
「その・・・・僕が中学生くらいの時に、お父さんの部屋を漁ったんです。」
「漁る?どうして?」
「お小遣いが欲しくて・・・。あんまり貰えなかったから。」
「ああ、なるほど。いや、俺にも経験があるよ。ゲーゼン行くのに親の財布から千円抜いたことがある。
その日のうちにバレて親父にぶっ飛ばされたけど。」
冗談っぽく言って肩を竦めるが、徳ちゃんは笑わない。
じっと手元を見つめながら、「その時に・・・」と続けた。
「机の下に大きな引き出しがあるじゃないですか。一番下の段のやつ。」
「・・・ああ、はいはい。分かるよ。」
「そこにたくさん本が入ってて、その本の隙間に挟んであったんです。その・・・・裸の男の子の写真が。」
「マジで・・・?」
「それも一人や二人じゃなくて、けっこうな数の男の子の写真がありました。そのウチの一枚が・・・・・、」
「UFOを見た子だった?」
「はい・・・・。」
「てことは、その子を酷い目に遭わせていたのは・・・・・、」
「僕のお父さん・・・・だと思います。」
消え入りそうな声で言って、「ごめんなさい」と俯く。
「いやいや、君が謝ることじゃないよ。」
「こんなの誰にも言えなくて・・・・・、」
「辛かったんじゃない?一人でそんなの抱え込むなんて。」
「・・・・お母さんのことがあったから、お父さんだけは信用したかったんです。なのに・・・すごい裏切られた気分で・・・、」
「そりゃそうだよ。その・・・・ちなみにだけど、君はお父さんからはその・・・、」
「何もされていません。僕の前ではすごく良い父親なんです。
厳しいし怖いけど、でも大事に育ててくれましたから。僕、ニートだから今でも迷惑かけてるし・・・・、」
「そうか・・・なるほどなあ。」
残ったお茶をすすりながら、「う〜ん・・・」としかめっ面になってしまった。
《あのオヤジ、マジで変態だったわけか。となると・・・・、》
俺は身を乗り出し、「なあ?」と尋ねた。
「その写真、まだあるか?」
「分かりません。あれ見た瞬間にすごい気持ち悪くて・・・それから父の部屋には入ってないですから。」
「その・・・一つ頼みがあるんだけどさ。」
背筋を伸ばし、ううんと咳払いする。
彼にとっては辛いお願いだろうが、これは彼にしか出来ない事だ。
「その写真・・・見せてもらうことって出来ないかな?」
「え?」
「家から取って来てほしいんだ。」
「どうしてですか?だってこの話は記事にしないんでしょ?だったら・・・・、」
徳ちゃんの顔色が変わっていく。
またさっきのように暴れるつもりだろうか?
俺は慌てて「いやいや!」と手を振った。
「実はね、俺の知り合いにも辛い目に遭った子供がいるんだよ。」
「そうなんですか?」
「それで・・・・その子が言うには、犯人の特徴が君のお父さんそっくりなんだよ。」
「・・・それってつまり・・・・、」
「うん、その写真の中に、その子が写ってる物があるかもしれない。」
「・・・・・・・・。」
「俺はね、その子にこう言われたんだ。犯人に復讐してほしいって。」
「復讐?」
また徳ちゃんの顔色が変わる。
眉間に皺が寄り、拳を硬く握った。
「犯人はまだ捕まっていない。だからその子はとても悔しがってるんだ。だからね、その・・・・もしも君のお父さんが犯人なら、それを放っておくことは出来ない。
それを確認する為に、その写真を見せてほし・・・・・、」
そう言いかけた時、眉間にガツンと痛みが走った。
「お、お前ええええええ!」
目の前から大声が聴こえる。
俺は頭を押さえながら、何があったのかと顔を上げた。
その瞬間、今度は鼻面に衝撃が走った。
「ぐおッ・・・・、」
背もたれのない椅子なので、そのまま後ろに倒れる。
硬い床で思いっきり後頭部を打ってしまい、うずくまりながら悶絶した。
「なんだよお前!UFOの話って言っただろ!」
うずくまる俺に、徳ちゃんの蹴りが飛んでくる。
靴先がみぞおちに入って、声にならない悲鳴が出た。
《息がッ・・・・・、》
後頭部の痛みに、呼吸の出来ない苦しみ・・・・。
それでも徳ちゃんの罵声がやむことはない。
倒れる俺に向かって「この嘘つき!」とまた蹴りが・・・・、
「そんなの聞いてどうすんだよ!お前も俺を苦しめるのか!?」
雨あられと彼の足が飛んでくる。
もうどこを守っていいのか分からないくらいに・・・・。
《ちょッ・・・・殺す気かこいつ・・・・、》
やめろと叫ぼうとしても声が出ない。
俺は何も出来ずに、彼の暴力と罵声に晒されるだけだった。
「お前ふざけんなよ!ほんとは記者じゃないんだろ!警察なんだろ!!」
悲鳴に近い罵声が耳を貫く。
何がなんだか分からなくなって、俺はただ怯えることしか出来ない。
「なんで僕を辛い目に遭わそうとするんだよ!そんなのバレたらお父さんまでいなくなる!
そうなったら僕は死ぬ!全部失うんだああああ!!」
怒号というか雄叫びというか、まあとにかく凄まじい叫び声だ。
チラリと目を向けてみると、なんと彼はガラスのテーブルを持ち上げ、俺に向かって叩きつけようとしていた。
《まじかコイツ・・・・、》
あんなもんで殴られたら死んでしまう。
逃げようと必死にもがくが、痛みと呼吸困難のせいで上手く動けない。
《頼む!誰か助けて・・・・、》
怖い・・・・その感情しかなかった。
抵抗できない状態で、死ぬかもしれない暴力に晒されるというのは・・・ただただ恐怖しか生まれなかった。
《死にたくない!こんな奴に殺されたくない!》
・・・・その願いが通じたのか、「やめろ!」と複数の男の声が聴こえた。
「何してんだお前!」
ガヤガヤと騒がしくなり、「うううがああああああ!」と徳ちゃんの絶叫が聴こえる。
「手え押さえろ!」
「その箸取り上げろ!刺してくるぞ!」
徳ちゃんの悲鳴、男たちの罵声、色んな声が入り混じる中、「大丈夫かい!」とおばちゃんの声がした。
「しっかりしな!」
頭におばちゃんの手が触れている。
目を向けると、その手は赤く滲んでいた。
「ちょっと!誰か救急車!頭怪我してる!!」
・・・どうやらあの血は俺の物らしい。
徳ちゃんは男たちに取り押さえられ、ガッチリと床に踏み伏せられた。
一人がケータイを取り出し、救急車を呼んでいる。
その間も徳ちゃんは叫び続け、鬼の形相で俺を睨んでいた。
「お前が悪い!お前が悪い!お前が悪い!」
決して自分のせいではないと主張して、ただただ俺に憎悪をぶつけている。
その顔はさっきまでの彼とはまるで別人だった。
まるで悪魔にでも取り憑かれたかのように、心の根っこまで歪んでしまったかのように、目を合わせるのもおっかないほどの形相だった。
・・・そういえばいつか本だかテレビだかで見た気がする。
虐待は連鎖すると。
幼い頃に受けた暴力は、自分が大人になってから、別の者に向けられるというのだ。
俺は大人から虐待を受けた経験はない。
ないが・・・その気持ちは分かるような気がした。
イジメを受けた子供は、転校をキッカケにイジメっ子に転身することがあるという。
それはきっと、自分自身がイジメの対象になりたくないからだろう。
俺自身、子供時代に軽くイジメを受けていた。
あの時の惨めさと悔しさといったら、言葉で言い表せないものだ。
だったら虐待も同じではないだろうか?
大人になり、親に対抗できる腕力がついてからも、心に疼く傷が癒えるわけではないだろう。
その傷の痛みを鎮めるには、自分自身が暴力者となり、痛みと同化する以外にないのかもしれない。
徳ちゃんの母親がどういった人間なのか、詳しくは分からない。
しかし今の彼の形相を見ている限り、きっとこんな顔をしながら我が子を叩いていたんじゃないかと思う。
《大人でも怖いと思うんだ。これが子供なら・・・・・。》
想像しただけで背筋が寒くなった。
抵抗もできず、助けてくれる人もおらず、圧倒的な強者の腕力に屈する恐怖。
それは痛みであるし、屈辱であるし、何より心に暗い影を落とす刃である。
子は親を選べない。
生まれてみるまでどんな親か分からないというのは、実はけっこうな賭けなのではないだろうか。
・・・やがて救急車の音が聴こえてきた。
それと同時にパトカーのサイレンらしき音まで。
彼はまだ目の前で吠えている。
鬼のように、悪魔のように・・・・。
彼はついさっきまで俺を殺そうとしていた。
なのに彼を憎むことが出来ないのは、彼自身もまた被害者だからだ。
彼の内に宿る暴力は、親が与えたものだ。
今頃彼の母親は、虐待のことなんて忘れて、素知らぬ顔で過ごしているのだろうか?
小児性愛車の父親は、息子がショックを受けたことを知っているのだろうか?
・・・憎むべきは彼の親。
あれだけ暴行を受けても、徳ちゃんを憎いとは思えない。ただ可哀想で・・・・。
悪魔の形相をしている彼の方が、俺よりよっぽど痛がっているように見えた。

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