蝶の咲く木 第二十四話 子供からの警告(2)

  • 2018.01.29 Monday
  • 11:52

JUGEMテーマ:自作小説

新幹線の窓から、外を駆ける景色を眺める。
最近電車に乗ることが多い気がするが、こういう時間の過ごし方は嫌いじゃないので、苦にはならない。
隣りではアイマスクをした河合さんが寝ていて、着いたら起こしてと言われていた。
《珍しいよなあ、この人が遠出の取材に行くなんて。》
河合さんはとにかく人を使うのが上手で、自分はそこまで動かない。
もちろん怠けているわけじゃなくて、なんというか・・・・指揮官タイプの人なのだ。
それがこうして遠くへ取材に行くってことは、これが最後の仕事だからなのだろう。
《・・・まあいい、河合さんがいてくれるなら頼もしいからな。それより家に電話しないと。》
立ち上がり、喫煙ルームへ向かう。
妻に電話を掛け、またあの大木へ向かっていることを伝えた。
「うん、そう。もう新幹線に乗ってる。多分だけど泊りになるかな。
・・・・え?一人で取材は危ないって?また前みたいなことになったらってヤバイって?
平気平気。今度は一人じゃないから。・・・・いやいや、違う。松永じゃない。河合さんと一緒。
ん?そうだよ、女の人。・・・・いやいやいや、無いから。うん、そう・・・部屋だって別々だし。
うんうん、いきなり取材に行くことになったの。・・・うん、また夜に掛けるから・・・・、」
あれこれと妻から疑いを掛けられていると、ふと人の気配を感じた。
見ると河合さんが隣にいた。
タバコを取り出し、白い煙を吹かしている。
「ごめん、もう切るな。うん、また電話する・・・はいはい、ごめんね。」
電話を切り「ふう・・・」と息をつくと、「奥さん?」と聞かれた。
「あ、はい・・・・。」
「まさか円香君が結婚するなんてね、そっちの方がよっぽど超常現象よ。」
「自分でもそう思います。」
「奥さん綺麗な人だったよね、式で会ったきりだけど。」
「ありがとうございます。」
なんと言っていいのか分からず、とりあえず頭を下げる。
「私は結婚はいいかなあ・・・。」
「そ、そうなんですか・・・。」
「でも子供は欲しかった。」
「子供は可愛いです。あの笑顔を見てるだけで、ほんっと仕事の疲れとか吹き飛びますから。」
「そっか、いいなあ。」
「・・・あ、じゃあお先に戻ります。」
今までに見たことのない河井さんの顔を見て、リアクションに困ってしまう。
ここは退散とばかりに逃げようとすると、「ねえ?」と呼び止められた。
「はい?」
「円香君の子供・・・優馬君だっけ?」
「はい。」
「君の妄想を信じるなら、その子には別の子の魂が宿ってるのよね?」
「そうなんです。このままだと本当の優馬が死んじゃうんですよ。」
今朝のことを思い出し、少し胸が締め付けられた。
「けどもう一人の優馬君に罪はありません。悪いのはヴェヴェなんです。けど妻に注意されました。これ以上同情するなって。」
「同情?」
「俺は甘ちゃんだから、情が湧いたら別れが辛くなるって。そうなったら本当の優馬を取り戻すのに支障が出るから。」
「なるほど・・・・えらいわね、奥さん。」
タバコを灰皿に投げ捨て、「ものは相談なんだけど・・・」と神妙な顔になる。
「本物の優馬君が目覚めたら、もう一人の優馬君は死んじゃうわけよね?」
「そう言ってました。だけど・・・・それしか方法がないんですよね。出来れば二人とも助けてあげたいんだけど・・・、」
「私が力になろっか?」
「え?」
「もう一人の優馬君、私が引き取ってもいいよ。」
「・・・・は?」
いったい何を言っているのか分からず、「河井さん?」と聞き返してしまった。
「引き取るも何も・・・その子は死んじゃうわけですけど・・・・、」
「分かってる。だけどさ、もしどうにかして生き延びる方法が見つかったら、私に引き取らせてくれない?」
「いやあ・・・それは・・・どうなんでしょう・・・、」
「だってその子の両親、もうこの世にいないんでしょ?」
「ええ・・・・。」
「じゃあどうにか生き延びたとしても、孤児になっちゃうじゃない。」
「ええ・・・・。」
「じゃあさ、私に面倒見させてよ。」
「いや、そんな簡単に・・・・・、」
「もちろん犬や猫を飼うんじゃないって分かってる。大変なことだってたくさんあるだろうってことも。」
「じゃあなんで・・・・?」
「引き取りたいから、それだけ。」
そう言い残し、ポンと肩を叩いて出ていった。
一瞬だけ振り返り、「まあ君の妄想が本当だったらの話だけど」と、おどけたように肩を竦めて。
それから目的地に着くまでの間、河井さんとの間に会話はなかった。
何を話していいのか分からないし、どう対応していいのかも分からない。
無言で過ぎていく時間が苦痛で、早く着いてくれと願うばかりだった。
・・・・それから三時間後、ようやくあの街の駅に到着し、「うわ田舎」と河井さんの呟きが聴こえた。
「こっちです。」
「歩いて行くの?」
「そう遠くないですから。」
すっかり道は覚えているので、初めて来た時よりもすんなりと到着した。
「ずいぶん細い道ね。」
歩いて来た道を振り返り、そして「立派な木」と大木を見上げた。
「これが蝶の咲く木ってやつ?」
「はい。夜になったら空から繭が降りてくるんですよ。」
「じゃあ夜までどっかで時間潰そ。」
時計を見ると午後一時半。
まだまだ時間はある。
《うわあ・・・どうしよう。この空気で河井さんと何時間も過ごすのか・・・・。》
気まずい・・・という以外の感想が出てこない。
しかし尊敬する上司を相手に、『別々に時間を潰しません?』などと言えない。
結局二人で行動することになり、夜が来るまでずっとファミレスで過ごす羽目になってしまった。
この数時間、他愛ない話で時間を潰してきたが、もう限界だ。
空はじょじょに暗くなり始めていたので、「そろそろ出ませんか?」と指を向けた。
「そうね。」
河井さんは伝票片手にレジに向かい、財布を出そうとした俺の手を退け、領収書ももらわずに外へと歩いていった。
「すいません、ご馳走になって。」
「ん?いいよ。」
また無言のまま二人で歩いていく。
そしてあの大木に着く頃、ちょうど夜が始まろうとしていた。
空は真っ暗に染まり、月と星が輝いている。
「あの空に分厚い雲が出てくるんですよ。そうしたら繭が降りてきます。」
「へえ。」
まったく信じていない様子で空を見上げる。
しかしながら、その冷淡な表情はすぐに一変した。
口を開け、目を見開き、「ちょっと・・・」と後ずさる。
「円香君!空から白い竜巻が・・・・、」
「ええ、あれが繭です。地球と子供の国を繋ぐ道なんですよ。」
「嘘でしょ・・・・円香君の妄想病じゃなかったんだ・・・・。」
やはり俺の話を信じていなかったらしい。
まあ当然だろう。
いい大人がこんな話を信じる方がどうかしている。
繭はグルグルと回りながら降りてきて、いつものごとく大木に絡みつく。
そしていつものごとくその繭が弾け、中から光る蝶の群れが現れた。
「見て見て!あれ!」
河井さんは興奮して俺の腕を叩く。
「ほんとに蝶が咲いているみたいに・・・・。」
枝にとまった蝶たちは、相変わらず言葉にできないほど神秘的だ。
初めてこの光景を見たら、誰だって河井さんと同じリアクションをするだろう。
しかしながら、俺は別の意味で驚いていた。
興奮する河井さんを無視して、「なんで?」と呟いた。
「前より全然少ない。」
この前は全ての枝を埋め尽くすほどいたのに、今日はその10分の1・・・いや、もっと少ない。
指で数えてみると、わずか30匹ほどだ。
《この前は何百匹といたよな・・・なんでだ?》
たんに地球へ来ていないだけなのかと思ったが、ふと嫌な予感が過ぎった。
「すいません、ちょっとここにいて下さい。」
河井さんを残し、大木の真下へ駆けていく。
すると群れの中から二匹の蝶が飛んできた。
『円香拓さん?』
少年の声で、一匹がそう尋ねてくる。
「そうだけど・・・なつちゃんは?」
『なつちゃんは今はこっちに来てません。』
「どうして?」
『ヴェヴェと戦ってるんです。』
「なんだって!?戦うってそんな・・・・殺されるだけだろ!」
『一人じゃありません。何匹かのイモムシと一緒に。』
「イモムシ・・・・それって根っこを齧ってたあの?」
『はい。ヴェヴェはイモムシを駆除しようとしたんですけど、ぜんぜん間に合わなかったんです。
知らない間に根っこのあちこちに涌いてたみたいで。』
「なるほど・・・・そういや一匹とは限らないってなつちゃんも言ってたな。」
『ヴェヴェは僕らやなつちゃんの裏切りに気づいて、僕たちを殺しにかかってきました。
だからなつちゃんがイモムシと一緒にヴェヴェと戦ってるんです。』
それを聞いた途端、「やっぱりか・・・」と頷いてしまった。
「今日は数が少ないから変だと思ったんだよ。」
『殺された仲間もいるし、向こうで戦ってる仲間もいます。けどヴェヴェはすごく強いから、どうなるか分かりません。』
とても悲痛は声色だった。
すると隣にいた蝶も『このままじゃ・・・・』と怯えた様子で口を開いた。
『子供の国がなくなる・・・・。』
そう言ってから『兄ちゃん』と見つめた。
『せっかく怖いお父さんから逃げられたのにね。』
『仕方ないよ・・・だってあれが地球に根を張ったら・・・・、』
まるでお通夜のような低い声で話し合っている。
「・・・・やっぱり君たちも悪い大人のせいで?」
『俺たち虐待を受けてたんです。』
『私も兄ちゃんも死んで、そこにヴェヴェが迎えに来てくれたんです。』
「そうか・・・そうだよな。その姿になるってことは、君たちも大人の暴力のせいで・・・、」
切ない気持ちは増すばかりで、言葉に詰まる。
すると「ちょっとちょっと」と河井さんが背中をつついてきた。
「何がどうなってるの?私にも説明してよ。」
「え?ああ・・・・その、けっこうヤバい状況ってことです。もしヴェヴェがイモムシを駆除してしまったら、それこそ終わりって感じで。」
「地球が侵略されるって話・・・・本当なのね?」
「はい。」
「・・・・・・・・。」
眉間に皺が寄っていき、目が釣り上がっていく。
「マジで地球が危ないわけか・・・・。」
河井さんは怖い顔をしたまま、「どうすんの?」と慌てた。
「これが最後の仕事だと思って、円香君の情熱に付き合ったけど・・・・これえらいことじゃない!」
「ええ、まあ・・・・。」
「そんな適当な返事してる場合じゃないでしょ!」
「俺だってどうにかしたいですよ!でも・・・・、」
でもどうしようもない。
そう・・・どうしようもないのだ。
ないのだが、本当にどうしようもないのなら、多分この蝶たちは俺たちの前に現れなかっただろう。
向こうが大変な状況なのに、わざわざこうして会いに来てくれたということは・・・、
『軍隊の準備をして下さい!』
お兄ちゃんの蝶が言う。
『もしヴェヴェが勝ったら、すぐにでもこっちに根を張りに来ると思います。』
「とうとう迎え撃たなきゃいけないのか・・・。」
『でないと本当に地球がダメになる。』
「みんなに知らせないとな・・・・。どうしよう、俺は今すぐ会社に戻って、記事を書いた方がいいのかな?」
『そうして下さい。それとあの子を捜してほしいんです。』
「あの子?」
『ほら、あの絵を描いた子。』
「・・・おお!あの幽霊の?」
『あの子が全部の鍵を握ってるんです。あの子が子供の世界を望まなかったらこんな事にはならなかったから。』
「いや、それがだな・・・全然現れてくれないんだよ。捜したくてもどこにいるのか・・・、」
『遺体があります。』
「遺体?」
『だって円香さんがなつちゃんに頼んだんでしょ?あの子の遺体を捜してくれって。』
「・・・そうだった!すっかり忘れてた・・・・見つかったのか?」
『この川の下流にあるんです。重機を使わないと掘り起こすのは難しいけど・・・・。
でもあれをちゃんと弔えば、まだどうにかなるかも。』
「そうか・・・じゃあすぐに行く!」
いよいよ地球がヤバイとなっては、じっとしていられない。
とにかく記事を拡散し、それからあの子に会わないと・・・、
『急いで下さい。ヴェヴェが勝とうがイモムシが勝とうが、地球にとって大変なことになるから。』
「え?だってイモムシが勝てば子供の世界は消えるんじゃないの?そうすりゃ地球が侵略されることは・・・・、」
『そうなったらイモムシがやって来るだけです。子供の国を滅ぼしたら、今度は地球が狙われる。』
「マジかよ・・・聞いてないぞ。」
いったいどういうことなのか?・・・と尋ねようとした時、妹の蝶が『兄ちゃん!』と叫んだ。
『もう戻らないと。なつちゃんがやられちゃうかも。』
『分かってる。早く戻って一緒に戦わないとな。』
また空から繭が降りてきて、蝶たちはその中へ飛び込んでいく。
「おい!そっちは大丈夫なんだろうな?全滅とかするなよ!」
そう声を飛ばすと、こんな言葉が返ってきた。
『子供の国とイモムシを同時に消すには、蝶と蛾の両方がいるんです。』
「なんだって?蝶と蛾?」
『蝶は子供からの警告です。悪い大人を滅ぼすぞって意味の。蛾は子供を殺そうとする大人の暴力なんです。
この二匹をどうにかしないと、地球の軍隊だけじゃ・・・・。それこそ核兵器とか撃ちまくらないと倒せない・・・・。』
「おい!コラ待て!なんだその意味ありげな言葉は!?詳しく説明を・・・・、」
空に向かって吠えるも、繭の道は雲の中へと吸い込まれてしまった。
夜空には月と星が戻り、蝶は遠い星へと去ってしまった。
「なんだよそれ?蝶は子供からの警告?蛾は大人の暴力だって?なんで最後にそんなナゾナゾみたいなこと言い残していくんだよ。」
大事なことは最初に言えと思ったが、よくよく考えればあの子たちは子供だ。
しかも向こうの星もヤバイ状況になっている中、上手く話を出来なかったのだろう。
「・・・わけが分からないけど、とにかくヤバイ状況だってことは分かった。」
俺がやるべきことは、この危険をみんなに知らせること。
そしてあの子の遺体を掘り起こすことだ。
「河井さん!」
振り返ると、「へ?」と素っ頓狂な声を出した。
「俺は今からあの子の遺体を掘り起こしてきます。」
「え?・・・あ、ああ!」
「河井さんは会社に戻って、石井さんに掛け合ってもらえませんか?」
「掛け合うって・・・何を?」
「石井のおっさん、人脈だけは持ってたでしょ?それを利用すればこの事を広められるかも・・・・、」
「無理よ。私はアイツに蹴落とされたんだもん。こんなこと掛け合っても、笑いものにされるだけよ。」
「じゃあ河井さんの人脈は?」
「へ?」
「だって会社で言ってたじゃないですか。経済誌にいる間にコネが出来て、だからフリーになるんだって。」
「ああ、あれ・・・。」
「どうしたんです?」
「あれは・・・・その・・・嘘だから。」
「嘘?」
「・・・・ごめん、私辞めるつもりなの。もう地元に引っ込もうかなって・・・、」
「え?なんでですか?フリーになるんじゃないんですか?」
「あれはカッコつけただけで・・・・。だって居場所がないから辞めるなんて・・・・それこそ負けたみたいで嫌だったから・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「私・・・円香君が思ってるほど強くないし、優秀でもないわよ。あんな小さな出版社だから編集長なんて出来たけど、他所じゃ使い物にならない。」
「そんなこと・・・・、」
「それに円香君には分からないでしょ?女が一人で身を立てるのがどれだけ大変か・・・・・。
頑張るほど目の敵にされたりして、男だけじゃなくて同性からもさ・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「石井の奴なんかその典型よ。気に食わなかったみたいよ、年下の女に抜かれるのが。」
「・・・・すいません・・・なんか・・・そういうのに疎くて・・・・。」
シュンと目を逸らす河井さんは、俺の知っている河井さんではなかった。
心底悔しそうな顔をしながら、「私が男だったら・・・」と漏らす。
「もっと大きな仕事が出来たかもしれない。女だからって目の仇にされずにさ。・・・でもこれ以上頑張る気になれない。
もう一人で戦うのは疲れたし・・・・田舎に帰ろうかなって・・・・。
でもなんにも無いまま終わるなんて言えないじゃない。だから・・・さっきはあんなことを・・・、」
「あんなこと?」
「子供が欲しいって・・・・、」
「優馬君のことですか?引き取らせてくれって。」
「そんな簡単に子供なんか引き取れないって分かってる。育てる自信もないし・・・・。
どうせ円香君の妄想話なんだから、つい冗談でああ言っただけなんだけど・・・・まさか本当だったなんて。」
シュンとしていた顔が、急に戦人のように鋭い目つきに変わった。
「・・・まだチャンスはあるかな?」
「はい?」
「だからさ、これとんでもないスクープじゃない。私が編集長としてこの記事を成功させたら、まだ大きな仕事への道があるかなって。」
「ありますよ!ありまくりですよ!」
グイっと顔を近づけ、「それに・・・」と続けた。
「俺、新幹線の中で考えてたんです。河井さんが本気なら、もう一人の優馬君を引き取ってもらうこともありかなって。」
「・・・・・・・。」
「あ、でも冗談で言ったなら気にしないで下さい。だって河井さんは仕事一筋の人だから・・・・、」
「引き取る!」
今度は河井さんが顔を近づけてくる。
「だってもう冗談じゃないもん」と鼻息荒くしながら。
「円香君の話は全部本当だった。だったら私だって冗談は言えない。」
「・・・・いいんですか?大きな仕事がしたいんじゃ・・・・、」
「子供が欲しいっていうのも本心だから。優馬君、もし生き延びても帰る家がないんでしょ?」
「・・・・最悪は俺が引き取ろうかなって思ってました。もちろん妻に相談してからですけど・・・、」
「じゃあ奥さんにも許可もらってよ。ね?」
河井さんの目は本気だ。
仕事と子供、両方を本気で欲しがっている。
俺は「分かりました」と頷き、「とにかく今はやるべきことをやりましょ」と言った。
「OK!石井は私のこと嫌ってるだろうけど、こうなったら土下座でもなんでもして、どうにか手を貸してもらうわ。そんで最後は見返してやる!」
「その意気です。それでこそ俺の知ってる河井さんですよ。」
善は急げ、俺と河井さんはすぐに仕事に取り掛かった。
俺はこの街の土建屋さんを回り、川を掘り起こしてくれないかと頼んだ。
ほとんどの所で「アホか」と突っぱねられたが、一か所だけ引き受けてくれる所があった。
ヤクザなのか堅気なのか分からない、いかにもグレーゾーンな人達がいる所ではあったが、俺の熱意が伝わって「いいよ」と頷いてくれた。
・・・・ちなみに熱意は形にして表した。お金という形で。
けっこうな額を下ろしてしまったが、地球を救う為だ、仕方あるまい。
幸いあの子が埋まっているという下流は、川幅が広いおかげでかなりの浅瀬だった。
ショベルカーが作業を始めてからものの数分。
人の骨らしき物が出てきた。
正直怖かった・・・・が、それ以上に「やった!」と興奮してしまった。
最初は細長い一本の骨、きっと腕か足だろう。
次に板のような幅広い骨、これは骨盤だろう。
他にも細かい骨が出てきたが、20年も経っているのでほとんどが崩れていた。
ていうかよくここまで形を保っていてくれたものだ。
川底は石が多く、土に還りにくかったせいかもしれない。
まあとにかく、残った分は全部掘り起こさないといけない。
土建屋のおっちゃんが用意してくれたブルーシートに、掘り出した骨を並べていく。
そして・・・・、
「出た・・・・。」
人の象徴ともいうべき骨、頭蓋骨が出てきた。
頭頂部の一部、そして顎の先が欠けているが、しっかりと形を保っている。
「こいつを弔えば、あの子はまた姿を見せてくれるかもしれない。」
川を掘り起こしてから数時間後、ようやくあの少年の遺体に会うことが出来た。
「もういいだろ」と帰っていく土建屋さんに礼を言う。
《これをどこかの寺に持って行こう。》
丁寧にブルーシートに包んで、肩に担ぐ。
するとその時、電話が鳴って『もしもし!』と河井さんの声がした。
『そっちはどう?骨は見つかった?』
「バッチリですよ!」
『マジで!よかったあ・・・、』
「河井さんの方はどうです?石井のおっさんは・・・・、」
『とっくに退社してたから家まで押し掛けたのよ。『いきなりなんだよ・・・?』ってすごいビックリしてたわ。」
「でしょうね。もう深夜だし。」
『でね・・・・手伝ってくれるって。』
「ほんとに!」
『この仕事が終わったらここを辞めますって伝えたの。その代わり力を貸して下さいって。
そうしたらそこまでしなくても・・・って、なんかカッコつけた表情で引き受けてくれたわよ。』
「さすが河井さん!これでたくさんの人に知ってもらうことが出来るかも。」
『ついでにプリントショップにも行ってきた。円香君が預けてたネガ、ばっちり撮れてたわよ。』
「おお!そいつがあれば記事に臨場感でますよ!」
『もう記事なんて言ってられないわ。今ね、こいつを持って警察に向かってるのよ。』
「警察?」
『石井さんの知り合いに署長やってる人がいるんだって。とりあえずその人に話だけでも聞いてもらえることになったから。
多分信じてもらえないだろうけど、円香君が見つけた子供の骨があれば、なんらかの形で動いてくれると思うわよ。』
「お願いします!俺はこの子の骨を弔ってくれる所を探しますから。」
そう言って通話を切った瞬間、急にスマホが震え出した。
ギュイギュイっと震えてから、警報音のようなものが鳴り響く。
「あれ?これって・・・・、」
確かこの警報は、天災以外の緊急事態に鳴り響くものだ。
例えば・・・ミサイルとかテロとか。
またあの国のミサイル実験か?・・・と思ったが、そうではないようだった。
警報が流れたあと、すぐ画面にこんな文字が。
《日本の領空に国籍不明の飛行物体を確認。屋内へ避難し、テレビかラジオを点けて、今後のニュースに注意して下さい。》
国籍不明・・・どうやらかの国のミサイルではないようだ。
まあいい、とにかくこの子を弔ってくれる所を探さないといけない。
・・・・と、その前に妻に電話を掛けることにした。
なんか色々と疑っていたし、それにけっこうヤバイ状況になってるし。
しばらくのコール音のあと、『もしもし?』と声が返ってきた。
「ごめん夜遅くに。実はさ、ついさっきあの少年の骨を掘り起こしたところで・・・・、」
『なに言ってんのお父さん!』
俺の声を遮り、針のような鋭い叫びが返ってくる。
『早くその街から逃げて!』
「え?なんで?」
『ミサイルが落ちるかもしんないのよ!』
「はあ!?さっきの警報、やっぱミサイルだったのか!?」
『今ニュースでやってんの!正体不明の何かが飛んできたって。ミサイルの可能性が高いって。
しかも落下してくるがその街の近くなのよ!』
「・・・・マジで?」
『いいから早く逃げて!もし核ミサイルだったら全部吹き飛んで・・・・し・・・れな・・・・、』
「おい!どうした?なんか電波悪いぞ?」
『・・・て・・・・し・・・じゃ・・・め・・・、』
「おい!おいってば!」
ザザっと雑音が鳴って、電話は切れてしまう。
「なんだ?電車にでも乗ってるのか?」
切れたスマホを見つめていると、急に電源が落ちてしまった。
というより・・・壊れたのかこれ?
画面が乱れ、うっすらと液晶が消えていった。
「どうなってんだ?」
訝しがっていると、突然空から地鳴りのような爆音が響いた。
「な、なに!?」
見上げると、赤い炎と煙が上がっている。
そして遠くの空からは、空気を揺らすジェット機の音が聴こえた。
「な、なに・・・・?まさかほんとにミサイルが・・・・、」
言いかけた瞬間、また爆音が響く。
真っ赤な炎が上がり、俺のいる所まで風が押し寄せた。
空の一部が黄金色に焼けて、何かの燃えカスのような物が降り注いでくる。
「危なッ・・・・、」
パラパラと降り注ぐ火の雨。
その一つが足元に落ちてきて、コツンと靴先に当たった。
「なんなんだよ・・・・。」
恐る恐る目を近づけると、何かが黒く焦げていた。
「・・・・木炭かこれ?木が燃えたのか?」
足で踏むとクシャっと割れた。
するとまた空から爆音が・・・・、
「なんなんだよいったい!?」
恐怖とパニックと、何がなんだか分からないことへの苛立ち。
「どうなってんだ!ミサイルなのか!!」
空に向かって吠えた時、初めてある状況が頭に浮かんだ。
「あれ?これってまさか・・・・・、」
嫌な予感が過るのと同時に、また爆炎。
ジェット機の音も増えてきて、空はまるで戦争状態だ。
「これ・・・ついに来たんじゃないのか?」
ゴクリと息を飲み、空を凝視する。
ヒュウっと何かが飛ぶ音がして、また空を焼く。
間違いない・・・これはミサイルだ。
おそらく遠くを飛んでいるジェット機が撃っているのだろう。
空を焼く炎はさっきよりも増えて、昼間よりも明るく照らす。
その時、ミサイルが何を焼き払おうとしているのか、ハッキリと見えた。
「巨木・・・・。」
あのとてつもなく大きな木が、この星の空へとやって来た。
爆音に気を取られて気づかなかったが、空一面に分厚い雲が広がっていた。
しかしその雲は、繭の道が降りてくる時のような雲とは少し違う。
大きな何かが大気圏を突き破り、空の状態を変えてしまったが為に、もうもうと雲のようなものが空を覆っている・・・・そんな感じだった。
「・・・・・・・。」
何も言葉が出てこない・・・・。
俺が・・・・もたもたと行動していたせいで、とうとう地球侵略を許してしまったのだ。
ミサイルは何度も巨木の根を焼く。
これでもかとミサイルを撃ち込んでいる。
しかし焼け石に水とはこのことだ。
山脈に匹敵する巨木を焼き払うには、あんな程度じゃダメだ。
それこそ本当に核兵器でも使わない限りは・・・・。
「ごめん・・・お母さん、優馬・・・間に合わなかった。」
ボソっと呟き、空を眺めることしか出来ない。
大きな大きな木は、自衛隊だか在日米軍だかのミサイルを受けても、ほとんどビクともしない。
まるで居直り強盗のように、瞬く間に空を覆っていく。
・・・・遠くで爆炎が上がる・・・・何かが燃えながら落ちていく・・・・。
《撃墜されたのか?》
もはや呼吸さえも忘れそうで、地面を踏んでいる感覚さえ消えていく。
ひたすらに空を侵略していく子供の国。
落とされていく戦闘機。
その時、一瞬だけ眩しく何かが輝いた。
・・・それは幻か?それとも・・・・、
光の中にあるシルエットが浮かんでいる。
それは大きな大きな、とても大きな蝶の羽だった。

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