蝶の咲く木 第二十九話 泥の中で笑う(1)

  • 2018.02.03 Saturday
  • 11:16

JUGEMテーマ:自作小説

核シェルターっていうのは、その名の通り核兵器から身を護る為にあるはずだ。
だったらどうしてこんなに揺れて・・・・。
私は優馬を抱きながら、彼女と寄り添って恐怖に耐えていた。
・・・さっきから部屋が揺れている・・・。
まるで巨人にでも踏みつけられたみたいに・・・・。
「炸裂したんだ・・・・。」
彼女が呟く。
娘が蝶となって去ってから、さっきまで何も喋らなかった。
石像かと思うほど、表情さえも見せなかった。
それが今、「怖い・・・」と漏らした。
私は天井の隅っこに目をやる。
そこには小さなスピーカーがぶら下がっていた。
数分前、あそこからこんな放送があった。
『基地から約20キロ先に、正体不明の巨大生物が出現しました。こちらに向かっています。
通常兵器での効果が薄い為、核による攻撃を行います。
ここは核シェルターです。核戦争時でも耐えられる造りになっています。ここに避難している限りは安全です。』
そう放送が響いてのち、グラグラと部屋が揺れた。
きっと核ミサイルが落ちたに違いないんだろう・・・・。
私も彼女も、これで終わりにしてくれと願う。
いったいどんな敵が現れたのか知らないけど、こんな状況が続くなんて耐えられない。
こんな所に押し込められて、ただでさえ不安で堪らないのに・・・・。
二人で手を握り合い、一刻も早くこんな状況が終わることを望んでいた。
《正体不明の巨大生物ってなによ!どっかの国と戦争してるんじゃないの?》
去年の夏に見たシン・ゴジラを思い出す。
私はああいうのに興味がないんだけど、夫が大好きなので連れて行かれる羽目になった。
まあ面白かったからいいんだけど、もし・・・もしもあんな生き物が上陸してきたら?
《巨大生物って、まさかああいうのじゃないわよね・・・・。》
映画の中では核を使おうとしてたけど、まさか本当にあんな怪獣みたいなのがやって来たんだろうか?
良くない妄想が加速して、余計に不安になる。
唯一の救いは優馬の存在だ。
腕に抱いたこの子・・・この子がいるおかげで、どうにか冷静さを保っていられる。
《まったく映画じゃあるまいし、いったいなんなのよ。こんな事が現実に起きるなんて冗談じゃない。》
核だの巨大生物だの、そんなのはスクリーンの中だけで充分だ。
核は人間が作ったものだけど、巨大生物ってなに?
いったいどこの世界にそんな非常識なもんが・・・・、
「・・・あれ?もしかして・・・、」
ふと閃くことがあった。
そう、私はつい最近に非常識なことを体験しているのだ。
ていうかついさっきも・・・・。
「子供の国が降りてきたんだ・・・それしか考えられない。」
核シェルターなんてもんに避難させられたもんだから、戦争ということしか頭になかった。
でもきっと違う。
外がおかしなことになってるのは、絶対にアイツのせいだ。
「ヴェヴェ・・・地球を侵略しにきたんだ。」
それなら納得がいく。
核を使ってるのは巨大生物を焼く為だ。
その巨大生物っていうのは、あの巨木のことなんだろう。
《ああ、最悪・・・・これって戦争より悪い状況なんじゃないの?》
誰に問いかけるでもないけど、どうか夢であってほしいと思った。
不安は張り裂けそうで、一言でもいいから喚きたい。
押し殺していた感情も、もう限界に近いから・・・・と、また放送があった。
『一度目の攻撃で巨大生物を駆除できず。二度目の投下を行います。揺れに注意して下さい。』
またやるの?・・・・・と、絶望の中に叩き落とされる。
気がつけば立ち上がっていて、「ふざけんな!」と怒鳴った。
「二度もあんなもん落とすんじゃないわよ!一発で仕留めろ!」
大声で怒鳴ったので、優馬も彼女もビクっと怯えていた。
だけどもう止まらない。
堰を切ったように不安が溢れ出した。
「なんなのよいったい!どうしてこんな目に遭わないといけないの?怖いんだから!ほんと怖いんだから・・・・、」
泣きそうになって、グッと歯を食いしばる。
それでも溢れる感情は止まらない。
子供に聞かせられないような暴言を喚き散らし、「さっさと終わらせてよ!」と座り込んだ。
「外に出たい・・・家に帰りたいの!」
いったいこんな状況がいつまで続くのか?
考えただけでも嫌になってくる。
彼女が慰めるように手を重ねてくるけど、そんなのなんの慰めにもならなかった。
「・・・・・・・。」
いつもと違う私に、優馬が怯えている。
ごめんね・・・と言おうとしても、とてもそんな言葉は出てこない。
怖いのは自分だけじゃないと分かっている。
分かっているけど、悲しいような腹立たしいような気持ちは抑えられなかった。
・・・・その数分後、また部屋が揺れた。
二発目が落とされたんだろう。
核兵器を二度も使わないと倒せないなんて、ほんとにゴジラがやって来たのかなと、本気で考えてしまった。
しばらく揺れが続いてから、またスピーカーが鳴る。
今度はカタコトの日本語だ。
そういえばここは米軍基地だったなと、ぼんやりと思い出した。
「・・・・訛りが強すぎて何言ってんのか分からない。」
放送の内容はハッキリと聞き取れなかった。
でも二つ、耳に届いた単語がある。
チョウ、そしてガ。
この二つだけやけにアクセントが強かった。
《チョウってなによ?ガってなによ?もしかして虫のこと?まさかモスラでも来たんじゃないでしょうね。》
ゴジラの映画を見に言った帰り、夫がこう話していた。
モスラは良い怪獣で、ゴジラから人類を守ってくれると。
だったら攻撃しない方がいいんじゃないか?
・・・・なんて思ってしまって、《もう私も来るところまで来てるな》と笑ってしまった。
こんなおかしな状況の中、夫の妄想癖がうつってしまったらしい。
けどまあ・・・ほんとにモスラなら歓迎だ。
ていうかなんでもいい。
ウルトラマンでもスーパーマンでもいいから、私と優馬を家に帰してくれるなら誰でも・・・・、
・・・なんて思った瞬間、今までにないほど部屋が揺れた。
大きな地鳴りが響き、それと共に大地震のような揺れが・・・・、
「いやああああ!」
彼女がパニックになる。
当たり前だ、私だって叫びたい。
だって部屋の中のものが次々に倒れ、天井や床にはヒビまで走った。
電気まで消えてしまって、暗闇のなかで大地震に耐えているような恐怖だ。
《なんなのよもう!ほんといい加減にして!!》
私、優馬、彼女は団子みたいに身を寄せ合う。
座っていた椅子さえも倒れそうで、「床に!」と彼女の手を引いてしゃがみこんだ。
・・・大きな揺れはまだ続く。
《何?まさかこんな時に南海トラフ?》なんて想像してしまったけど、そうじゃないってことがすぐに分かった。
なぜなら天井から光が射してきたからだ。
停電が直ったのかと思ったけど、そうじゃない。
見上げた頭上、そこには夕暮れの空が広がっていた。
意味が分からない・・・どうして空が見えるんだろう?
だってここは核シェルターで、核戦争にだって耐えられるはずで・・・・、
「燃えてる・・・・。」
彼女が呟く。
放心したような顔で、空に向かって「燃えてる・・・」と。
何が?と思ったけど、すぐにその意味を理解した。
・・・・そう、燃えていたのだ。
空が夕暮れなのは、夕暮れだからじゃない。
燃えているんだ・・・・遠くで巨大な火柱が・・・・。
《あれってキノコ雲?》
直に見たことはないけど、映像でなら何度も見た。
学校の授業で、映画の中で、テレビの中で・・・・・。
空にも届く炎の雲が、空を焼いていたらから赤く染まっていたんだ。
《なにが安全よ・・・・吹き飛んでんじゃない。》
きっと三度目の核が落ちたに違いない。
その衝撃に耐え切れずに、このシェルターは壊れてしまったんだ。
もし次に落ちたらみんな死ぬ。
私も優馬も彼女も・・・・。
ううん、ここに避難している人みんなが死ぬ。
《もう終わりじゃん・・・・。》
足元から力が抜けて、優馬を抱く腕だけがかろうじて力んでいる。
果たしてゴジラはいるのか?それともモスラ?
現実も妄想もごっちゃになって、もうなんでもいいやとばかりに、燃える空を睨んでいた。
すると焼ける空の中に、奇妙なものが見えた。
《ああ・・・・なんてこと。》
どうやら本当にモスラが来たらしい。
だって・・・・赤い空をバックに、とんでもなく大きな蝶が飛んでいたからだ。
あれ?モスラって蝶だっけ?
まあどっちでもいい。
とにかく巨大な虫が空を飛んでいる。
そして・・・・、
「ウソでしょ・・・・。」
遠くに見える核の火柱・・・その中からもう一匹モスラが出てきたのだ。
そいつの周りには、七色のような金色のような銀色のような、不思議な光が満ちていた。
そのせいか知らないけど、核の火柱の中から、まったく燃えることなく現れた。
《ほんとに怪獣が・・・・・。》
もう言葉が出ない。
核爆弾に二匹のモスラ。
ああ・・・どうか夢であってくれれば・・・・、
そう思った瞬間、空から眩い光が走った。
《あ・・・・、》
何もかもが真っ白に染まる。
落ちた・・・・と思った。
四度目の核爆弾が・・・・。
《終わった・・・みんな死んだ・・・・。》
怖いという感情よりも、「ごめん」という思いが勝った。
優馬に、そして夫に。
《ごめん・・・お父さん、優馬を守れなかった。》
何もかも終わる。
きっとこんな風に、世界じゅうに核が落っこちて、全てを焼き払ってしまうのだ。
例え子供の国を倒しても、地球から生き物がいなくなるだろう。
勝者は誰もいなくて、どっちも完全に滅んでしまうのだ。
もう何もかも・・・・・、
・・・・・・
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・あれ?いつまで生きてんだ私は?
光が走ってから10秒くらいは経っているはずだ。
なのに私は生きている。
・・・いや、これって死んでるのか?
核が炸裂した瞬間、私はあの世へ旅立ったのかも・・・・。
そうだ、きっとそうに違いない。
だってほら、真っ白な景色の中に、大きは羽が見える。
まるで天使のように・・・・、
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・違う。
あれは違う!天使なんかじゃない!
だってあの羽の形は・・・・・、
『子供。』
頭上からエコーのかかった声がする。
不気味で、恐ろしくて、背筋が凍るようなこの声は・・・・、
『ここにも子供がいるのね。』
真っ白に輝く景色の中、うっすらと巨大な蝶のシルエットが浮かんでいる。
そいつは核シェルターに覆いかぶさるようにして、私たちを見下ろしていた。
『ひどい大人たち。子供を犠牲にしてまで核を落とすなんて。』
・・・ゆっくりと光が消えていく。
それと同時に、巨大な蝶の姿が露わになった。
「ヴェヴェ・・・・。」
私たちのすぐ傍に奴の顔がある。
この部屋よりも大きな二つの目、何十メートルもありそうな長い触覚。
全身には針のような毛が生えていて、まるで槍のように太かった。
《なんて大きさ・・・・・。》
羽を広げると、間近では端から端まで見えない。
でも間違いない、こいつはヴェヴェだ。
『可愛い子供、一緒に私の国へ行きましょ。』
そう言って羽から糸を伸ばしてくる。
私は咄嗟に『ダメ!』と庇った。
「この子は渡さないわよ!」
両腕でしっかりと抱いて、背中を向ける。
『大人はいらない。子供だけでいい。』
「この子は私の子よ!」
『大人はみんな死ぬわ。その子を私に預けなさい。』
「ふざけんじゃないわよ!誰が宇宙人に自分の子供を渡すか!」
『私がどうこうしなくても、このままじゃその子は死ぬわ。さっきみたいに核を落とされてね。』
「どうして・・・なんでこんな状況で落とすの?まだ人がいるのに・・・、」
『それが大人じゃない。目的の為なら手段を選ばない。あなたも大人なら分かるでしょ?』
「分かるわけないでしょ!みんながみんな大人がそんなことするわけ・・・・、」
『でも次が来るわ。』
ヴェヴェは空を見上げる。
先ほど落ちた核は、真っ赤な火球をたくわえながら、キノコ雲となって空へと昇っていた。
呆然とそれを見上げていると、また眩い閃光が走って・・・・、
《もうやめて!》
私はどうなってもいい・・・どうかこの子だけは・・・・・。
『大丈夫、その子は死なない。』
目を閉じ、背中を向けた私に、何かが触れてくる。
そいつは腕の中に入り込んで、強引に優馬を奪い取った。
「やめてよ!!」
離れていく優馬に手を伸ばす。
だけどまだ閃光が走っていて、辺りがよく見えない。
「優馬!」
悲鳴みたいな叫びが出て、「返してよ!」と喚いた。
すると「ここ!」と声が響いた。
「ここです!優馬君!!」
彼女の声だ。
私の腕を掴み、「ここ!」と引っ張る。
彼女の手に誘導されて、私はついに優馬を捕まえた。
《絶対離すか!》
掴んでいるのは足だと思う。
その足はどんどん上にのぼって、私から優馬を奪おうとする。
《離さない!ぜったい・・・・、》
私とは別に手が伸びてきて、彼女も一緒に引っ張ってくれる。
光がじょじょにおさまってきたから、だんだんと優馬の姿が見えるようになってきた。
「うそ・・・・。」
我が目を疑う。
優馬は優馬ではなくなりつつあった。
あちこちに白い糸が巻きついて、蝶へと変わろうとしている。
「やめてってば!」
思いっきり糸を引っ張るが、まったくビクともしない。
「お願いやめて!」
きっと私の顔は引きつっているだろう。
怒ってんだか焦ってんだか分からない声が出て、自分でもわけも分からないことを喚いていた。
すると彼女が「亜子を返して!」と叫んだ。
「私の娘を返してよ!!」
・・・そうだった、彼女もまた子供を奪われたんだった。
あれは間違いなくヴェヴェの仕業だろう。
どうやったのか知らないけど、絶対にこいつのせいに決まってる。
「あんた!どうして子供をさらうのよ!子供が大事ならなんでそんなことするの!?」
『ここにいたら死ぬから。子供の国へ連れて行くわ。』
そう言って巨大な羽を広げると、私はまた言葉を失ってしまった。
「あんた・・・頭おかしいんじゃない・・・・。」
ヴェヴェが奪おうとしていたのは、優馬だけじゃなかった。
大きく羽を広げた下には、何十人もの子供が糸に巻かれていた。
「・・・・・・・・。」
呆気に取られたせいで、ほんの一瞬だけ力が抜ける。
彼女が「離さないで!」と叫んだ。
「優馬君が連れて行かれる!」
「・・・・・・・・。」
「子供がいなくなるってめちゃくちゃ辛いのよ!絶対に離しちゃだめ!」
「・・・・・分かってる。分かってるよ・・・・。」
そう、そんなことは分かっている。
だけどもう・・・優馬は・・・・、
『子供はみんな私の仲間。一緒に子供の国へ行きましょう。』
蝶は羽ばたく、突風のような風を巻き起こしながら・・・・。
全ての子供は蝶に変わってしまった。
もちろん優馬も・・・・。
気がつけば、私の他にも叫んでいる人たちがいた。
みんな子供を返せと言っている。
《・・・あいつが壊したんだ、このシェルターを。》
ヴェヴェの羽ばたきは嵐のような風を巻き起こす。
その風に乗って、大きな身体がふわりと浮いた。
「待てよお!」
彼女が追いかけるが、届くわけがない。
「亜子を返して!」
遠ざかるヴェヴェに吠えかかる。
「一度は返してくれたでしょ!なんでまたさらうのよ!」
そう叫ぶと、ヴェヴェは意外な答えを返してきた。
『亜子はさらってないわ。』
「うそ!だって蝶になって・・・・、」
『一度地球へ返した子供はさらってない。』
「じゃあなんで蝶になって飛んでったの!」
『それは蝶じゃない、蛾よ。』
「は・・・?」
『私以外にもう一匹いるでしょ、大きな虫が。』
そう言って、長い触覚をあさっての方へ向ける。
その先にはもう一匹の巨大な虫が飛んでいた。
『あいつが犯人、取り戻したいならあいつに言って。』
「そんな・・・、」
『もうじきまた核が飛んでくる。ここにいる大人はみんな死ぬわ。』
エコーのかかった笑い声を響かせながら、巨体を翻す。
一度、二度とと羽ばたいて、ジェット機よりも早く飛び去ってしまった。
「・・・・・・・・。」
ヴェヴェが飛んだあとには、不思議な色の光が伸びていた。
まるで光芒のように・・・・。
「亜子・・・・。」
彼女は愕然と膝をつく。
私は落ち込む元気さえなくて、ヴェヴェが去った空を睨んでいるだけだった。
《なに・・・なんなのよ・・・。》
いきなり優馬がいなくなってしまった。
せっかくもう一人の優馬が出ていってくれたのに。
希望の後の絶望は、絶望だけよりもよっぽど堪える。
私もへたりこみたかったけど、身体が麻痺したように動かない。
しかし自分の意志に反して、これ以上立っていることが出来なくなった。
なぜなら彼女が「危ない!」と飛びかかってきたからだ。
もう一匹の巨大な蝶が、大きな羽ばたきを起こした。
突風が襲いかかって、子供を返せと叫んでいた親たちの何人かが吹き飛ばされていった。
「・・・・ッ!」
彼女と身を寄せ合い、とにかく近くにある物にしがみつく。
大きな蝶は移動を始めていた。
向かっているのはヴェヴェの残した光芒の先。
追いかけるつもりなんだろうか?
「・・・乗せてって!私も!」
気がつけば叫んでいた。
「お願い!ヴェヴェのいる所まで連れてって!」
優馬を取り戻さないといけない。
呆然としている場合じゃない!
「お願い!あんたモスラか何かでしょ!ヴェヴェと違って良い怪獣なんでしょ?人類を守ってくれるんでしょ!!」
そんなわけないと思いつつ、そんな事であってほしかった。
しかし蝶は聞く耳をもたない。
声が届いているのかいないのか?
・・・いや、きっと無視してるんだろう。
私たちになんか構っていられないという風に、突風を起こしながら飛んでいく。
そしてその時、本日五度目の核が降ってきた。
高い空から光が降ってきて、目を空けていられなくなる。
《今度こそ死んだ・・・・。》
さっき生き延びられたのは、ヴェヴェが子供たちを守ったからだろう。
私たち大人だけだったら、とうに消し炭になっている。
だから次はない・・・・と諦めたんだけど、不幸中の幸運は続いた。
核が炸裂しても、私は死ななかった。
光がおさまり、ゆっくりと目を開けると、その理由は空にあった。
あの巨大な蝶が防いでいたのだ。
羽から不思議な光の粉をばら撒いて、それがバリアの役目を果たしている。
熱も衝撃波もここまで届かない。
不思議な光の粉が、まるで渦潮のようにうねりながら、辺りを包んでいた。
このバリアの外は真っ白で、きっと熱と衝撃波に晒されているんだろう。
「私たちを守ってくれた・・・?」
やっぱりこいつはモスラなのか?と思ったけど、どうも様子が違った。
よくよく見ると、光の粉は風に流されるように、こちらまで飛んできているだけだった。
《そうか・・・衝撃波に押されて・・・・、》
蝶はただ自分の身を守っているだけだった。
爆発の影響で、光の粉がこちらにまで飛んできているようで、だから私たちは無事なだけだった。
《あ、飛び去っていく・・・・。》
空まで伸びるキノコ雲の中を、巨大な蝶が突っ込んでいく。
黒い塊のような煙に紛れて、姿が見えなくなってしまった。
「・・・・・・・。」
蝶が去ったあとも、まだ光の粉は残っていた。
もしこれが消えてしまったら・・・・、
「逃げよ!」
立ち上がり、彼女の手を引く。
私たちのいた部屋はめちゃくちゃだけど、他のシェルターは無事かもしれない。
そう思って逃げ出すと、20メートルくらい先に、小さな蝶が飛んでいるのを見つけた。
「まだ子供が・・・・。」
あの子も子供の国へ行くつもりなんだろう。
だってふわふわと舞いながら空高くに・・・・昇っていかない?
『柚子さん!』
エコーのかかった声が響く。
女の子の声だ。
小さな蝶はこっちへ飛んできて、『柚子さん!』と叫んだ。
『なつです!』
「・・・・え?なつちゃん!?」
なんで?どうして?
そう口を開く前に、なつちゃんの後ろからたくさんの蝶が飛んできた。
そいつらは私にまとわりついて、空へと持ち上げる。
「ちょ、ちょっと!なによ!?」
『避難するんです!鱗粉が消えたらここにも熱がくるから!』
そう言って炎をたくわえるキノコ雲を睨んだ。
『早く逃げないと!円香さんもいますから。』
「旦那が!無事なの!?」
『はい。』
「・・・・・・・・。」
嬉しいのと同時に、どうしようという気持ちになる。
《優馬がさらわれたなんて・・・どう言えばいいんだろう。》
私は夫にこう言った、優馬のことは任せろと。
それがこんな有様で、いったどの面さげて会えばいいのか・・・、
困る私をお構いなしに、なつちゃんは私を運んでいく。
「・・・ちょっと待って!」
後ろを振り返り、「彼女も!」と指差した。
「一緒の部屋に避難してたの。彼女も助けて!」
『分かりました。』
群れの一部が彼女へと向かっていく。
「いやあああ!」と逃げる彼女を捕らえて、空へと運んでいった。
「平気よ、この蝶たちは味方だから!」
そう言っても聞いちゃいない。
パニックで暴れまくっている。
「なつちゃん、ここにいる人みんな助けられない?」
『無理です、もう時間がないから。』
「でも・・・・、」
『そう長くはもちません。見て下さい。』
言われて周りを見ると、光る粉は薄くなっていた。
『これが消えたら終わりです。キノコ雲の中にはまだ火球が残ってるから、一気に熱線が押し寄せます。
そうなったらこの辺りは火の海です。』
「・・・・・・・。」
飛んでいく私たちの眼下には、まだ大勢の人が残っている。
その中には誰かの名前を叫んでいる人もいる。きっと子供をさらわれたんだろう。
・・・あと少しすれば、この人たちはこの世からいなくなる。
そう思うと見ていられなかった。
辛いって気持ちと、私たちだけ助かって申し訳ないっていう思いと・・・・。
なつちゃんたちは急いで飛んでいく。
やがて光る粉のバリアを抜けて、高い空まで昇っていった。
振り返った先には何もない。
空を焼く火柱以外には何も・・・・。
強烈な光を浴びたせいか、今になって目が痛くなってくる。
瞼の裏にさえ、あの強烈な光が滲んでいた。

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