蝶の咲く木 第三十話 泥の中で笑う(2)

  • 2018.02.04 Sunday
  • 13:08

JUGEMテーマ:自作小説

「お父さん!」
なつちゃんが連れて行ってくれた先に夫がいた。
ダッシュで駆け寄って、柄にもなく抱きつく。
「よかったあ〜!生きててくれた・・・。」
安心とか不安とかなんとか、よく分からない感じになって泣いてしまった。
それは向こうも同じで「無事でよかった!」と抱きついてきた。
「核シェルターに避難したって聞いてたんだ!それでも心配だった!」
「こっちも同じよ!だってあれからどうなったんだろうって・・・・。
いきなり電話が切れちゃって、もしかして核が落っこちたのかなって・・・、」
「こっちもヤバかったんだ。でもどうにか助かった・・・よかった。」
しばらく抱き合ったあと、夫は案の定のことを尋ねてきた。
「優馬は?無事なんだよな?」
そう尋ねる目がランランとしていた。
私が無事なんだから、優馬も無事に違いないと思っている。
だけどその目は私にとって辛い・・・・。
どう言えばいいのか黙っていると、彼女が口を開いた。
「子供は・・・大きな蝶がさらっていきました・・・。」
急にしゃべりだした彼女に、夫が「誰?」とばかりに目を向ける。
「あの・・・一緒に避難してた人。一緒のシェルターに・・・、」
「ああ・・・それはどうも。」
ペコっと頭を下げてから、「で、優馬は?」と顔色が変わる。
「無事なんだよな?」
「・・・・・・・・・。」
「一緒にいたんだろ?どこにいる?」
「それは・・・、」
「だから連れて行かれたんです。大きな蝶に。」
また彼女が話す。
その口調は淡々としていて、精気というものを感じなかった。
夫は彼女の言葉を聞いて、「連れて行かれた?」と目を見開く。
「どういうこと?」
「だから大きな蝶が来たんです。怪獣みたいな・・・、」
「・・・もしかしてヴェヴェか?」
そう言って私を見る。
「あいつが連れてったのか?」
「うん・・・。」
「そんな!」
顔が絶望に変わる。
泣きそうなんだか怒っているんだか分からない目で、「またあいつが!」と怒鳴った。
「どんだけ子供を連れ去ったら気がすむんだよ!誘拐犯の宇宙人め!」
怒る夫に今までの経緯を話す。
私が言葉につまると、彼女が助け舟を出してくれたりしながら・・・・。
「守ろうと思ったのよ。だけどあんな怪獣相手じゃ・・・・、」
「別にお母さんを責めてるわけじゃないよ。ただヴェヴェが許せなくて・・・・。」
珍しく拳を握っている。
怒りを抑えるように、目を逸らして深呼吸していた。
すると夫の後ろに立っていた女性が、「あの・・・」と手を挙げた。
「とりあえずここから離れない?いつまた核が落ちてくるか分からないし。」
遠慮がちに言いながら、「ね?」と笑いかける。
「お父さん、この人は・・・、」
「うん、河井さん。」
やっぱり。
結婚式の時に会ったきりだけど、顔はまだ覚えていた。
小柄だけど気の強そうな目は相変わらずだ。
「とにかくここから離れよ。」
そう言って頭上の蝶たちを見上げた。
「ごめん、また運んでくれるかな?」
なつちゃんは頷き、羽から糸を出す。
それをハンモックのように紡いで、私たち四人を乗せた。
小さな蝶たちはとてもパワフルで、大人四人をあっという間に高い空まで運んでいった。
「寒ッ!」
ブルっと腕を抱くと、夫が自分の上着を羽織らせてくれた。
私は「ありがとう」と受け取ったけど、それを後ろの彼女に羽織らせた。
「多分あなたの方が寒いでしょ?私より痩せてるし。」
「すいません・・・・。」
「唇が青色よ、大丈夫?」
「寒いのはいいんです。亜子のことが心配で・・・、」
「そうよね。私だって優馬のことが気が気じゃない。」
高い空を振り返ると、遥か遠くに核の落ちた痕が見える。
確か五発落ちたはずだ。
その割にはそこまで酷い状況になっていないような気がした。
いや、酷いのは酷い。
避難してた基地が無くなっているし、その周辺も更地になっている。
だけど核ってもっと酷い状態になるんじゃないの?
前にテレビでやってたやつだと、何十キロ先も破壊されるって聞いたけど・・・・。
『あれ、きっと戦術核ですね。』
頭上からなつちゃんが言う。
「何それ?」
『核兵器にも種類があるんです。もし水爆だったら、ここら辺も吹き飛んでいたと思います。』
「そう・・・なの?なら弱い爆弾で助かったってことね。」
『その代わり放射線は大量に出るけど。』
「え?」
『水爆や原爆ほど大きな威力じゃないけど、放射線は他の核より多いはずです。』
「ちょ、ちょっと待って!じゃあ私たち被爆してるってこと?」
『その心配はないと思いますよ。だってヴェヴェがいたんでしょ?』
「ええ・・・なんか光る粉みたいなので防いでたけど。」
『鱗粉です。あれって大量に撒くとバリアみたいになるんですよ。だからきっと被爆はしていないはずだけど。』
「そう・・・ならよかった。」
ホッと一安心する。
とりあえす私と彼女は助かった。
夫も生きてたし、なつちゃんのおかげで危険な場所から逃げることも出来た。
だけど・・・、
「あそこにいた人たちはもう・・・・、」
爆心地には大勢の人がいた。
きっとシェルターの中にも人がいただろう。
《外に出てた人はきっと助かってないんだろうな・・・・。中に避難していた人は・・・どうか生き延びててほしい。》
助かったことは嬉しいけど、釈然としないのは、大勢の人を見殺しにしてしまったからだ。
もちろん私に何かが出来たわけじゃない。
それでもあんなに大勢の人が亡くなるというのは、胸が締め付けられる。
黙り込む私を見て、夫が「こっちも色々あったんだ」と言った。
「なつちゃんから聞いたんだ。子供の国のことやヴェヴェのこと。そしてどうやったらこんな状況を終わらせることが出来るのかってことを。」
「終わらせるって・・・子供の国をやっつける方法でもあるの?」
「いや違う。全部なかったことに出来るかもしれない方法。」
「・・・ええええ!何それ?どういうことよ!」
思わず夫の胸ぐらを掴んでしまう。
ここが高い空だということも忘れて。
「お、落ちるから!」
「ねえ教えて!何をどうやったら無かったことに出来るの?」
夫は「落ち着けよ!」と、ハンモックの端に掴まる。
すると彼女も「教えて下さい!」と叫んだ。
「どうしても亜子を取り返したいんです!お願いです!」
二人して詰め寄ったもんだから、夫は本当に落っこちそうになる。
見かねた河井さんが、「私から話すわ」と言った。
ううんと咳払いをしてから、私たちに向き直る。
「実はね・・・・・、」
とても聞き取りやすい口調で、丁寧に話してくれる。
話が終わるまで10分ほど、私は相槌さえも打てずに、ただ呆気に取られていた。
「・・・・以上がなつちゃんから聞いた話。それが真実なら、その男をとっ捕まえれば終わるかもしれない。」
「何それ・・・?」
口から出てきた言葉は呆れだった。
こんな・・・こんな滅茶苦茶な騒動の原因が、たった一つの家族から起きていたなんて。
夫がポンと私の肩を叩き、「俺たちはそいつのとこに行くところだったんだ」と言った。
「その途中で核が落ちて行くのが見えてさ。俺はてっきり巨木を焼き払う為なんだと思った。
だけどどこを見渡しても巨木の根っこはない。じゃあ何に向かって撃ってるんだろうって思ったら・・・、」
「モスラがいたってわけね・・・・。」
「それも二匹。バカでかい虫が空にいた。しかも戦ってるみたいでさ。
核はあいつらを狙ってるってんだってすぐに分かったよ。」
「だから近くまで来てたんだ?」
そう尋ねると、「だってヴェヴェだと思ったから」と頷いた。
「なつちゃんは近寄らない方がいいって言ったんだけど、どうしても気になっちゃってさ。
遠巻きに眺めてたら、次々に核が降ってきたんだ。
そのうち二匹の虫は去っていって、なつちゃんが様子を見てくるって飛んでったわけ。
・・・いや、ほんとは俺がお願いしたんだけどさ。まだ生き残ってる人がいたら助けたいって。
あんだけ核が炸裂したんだから、まず誰もいないってなつちゃんは言ったんだけど・・・・、」
そこまで言って口ごもる。
「どうしたの?」と尋ねると、「子供が・・・」と言った。
「核が炸裂する前に、子供が飛んで行くのが見えた気がしたんだ。」
「子供?」
「うん、小学生くらいの男の子が。ハッキリ見えたわけじゃないし、ただの幻なのかもって思った。
でも妙にその子が気になってさ。じっと見てたら・・・こんな声がした。」
真っ直ぐに私の目を見据え、頷きかけるようにこう言った。
「優馬君を助けてって。」
「優馬を?」
「そう聴こえた気がしたんだ。その時にふと思った。あれってもう一人の優馬君なんじゃないかって。」
夫の顔は真剣で、空に誰かがいるように語りかける。
「理由は分からないけど、あの子は優馬から抜け出したんじゃないかって思った。だからなつちゃんに様子を見て来てくれって・・・、」
そこまで言いかけた時、突然彼女が「アイツううう!」と叫んだ。
「え?な、なに・・・どうしたの?」
「また!また亜子を奪った!」
さっきまでの大人しい態度はどこへやら。
悪霊にでも取り憑かれたみたいに喚き出す。
「なんなのよアイツ!なんで私を苦しめるの!なんであの家族は・・・・、」
顔を覆い、「なんでえ!」とうずくまってしまう。
私と夫は目を見合わせ、頭に「?」と浮かべた。
「あ、あの・・・どうしたの?」
背中をなでると、ひどく震えているのが伝わってきた。
「いきなりどうしたの?アイツって誰?」
「だからアイツよ!あの男の母親!アイツが亜子を殺した!!アイツが私から大事なものを奪った!」
顔を上げ、人でも殺しそうな目で睨む。
思わずたじろいで、夫の方へ逃げてしまった。
「もう終わったと思ったのに・・・アイツにはもう縁はないって・・・もうあの家族とは関係ないんだって思ったのに!
なんでよ!なんでまた亜子を奪うの!!」
一息に叫んでから、「亜子・・・」と頭を抱えていた。
《なに?なんなのよいきなり・・・・。》
それからしばらく、彼女は顔を上げなかった。
いったいどういう理由で怒っているのか?
亜子ちゃんに関することだってのは分かるけど、アイツとか家族とかっていったい・・・・、
「お母さん。」
夫が私を見る。
その顔は何かを察したように、不気味なほど落ち着いていた。
「ちょっとその人のこと、詳しく聞かせてもらえるかな?」
「さっき話したじゃない・・・。」
「もっと詳しく。娘さんが蝶に変わったことだけじゃなくて、もっと深い事とか聞いてない?」
「深いことって言われても・・・・、」
聞くには聞いているが、本人の許可なしに話してもいいものか?
内容が内容だけに、「ねえ?」と彼女に同意を求めた。
「その・・・あなたが辛い目に遭ってたこと、話してもいい?」
「・・・・・・・。」
「ねえってば。」
彼女は何も答えない。
頭を抱えたまま、ぶるぶると首を振るだけだった。
「お母さん、これすごく大事なことなんだ。何か知ってるなら教えてほしい。」
「でも・・・・、」
「あの少年を殺した犯人を捕まえるのに、役立つかもしれないんだ。頼む。」
夫は真剣で、彼女はだんまりで・・・私は交互に二人を見つめてから、「分かった・・・・」と頷いた。
状況が状況だ、仕方あるまい。彼女には悪いけど。
「ええっと、けっこう重い話なんだけど・・・・、」
「うん。」
うずくまる彼女を尻目に、彼女から聞いた話を伝える。
こうして言葉にして話すだけでも、彼女が背負った辛さに胸焼けがしてきた。
「・・・というわけ。何か参考になる部分はあった?」
感傷的になると余計に胸焼けがするので、こっちから問いかける。
夫は「なるほどなあ」と頷き、後ろにいる河井さんを振り返った。
「なつちゃんの言ってた通りですね。」
「そうね。まさかこんな場所で出会うなんて。」
二人して頷き合っている。
私だけ蚊帳の外みたいになって、「何が?」と睨んでしまった。
「そっちも知ってることがあるなら教えてよ。」
「うん。実はさ、あの幽霊の少年を殺した男、その人の元旦那さんだと思う。」
「へ?」
「多分間違いない。ねえなつちゃん。」
そう尋ねると、『そうだと思います』と答えた。
「となると、その人の子供はその男の母親に殺されたってことだ。」
「え?いや、ちょっとまってよ・・・、」
軽く混乱してくる。
この騒動の引き金になったある家族の息子、そいつの奥さんが彼女だなんて・・・、
そんなわけがないと思ったけど、よくよく考えれば辻褄が合う。
《彼女の元旦那はガキっぽいDV男で、そのお父さんはショタコンの変態。
でも母親のことは聞いてなかった・・・・。聞いてなかったけど、その通りの人なら辻褄が合うわけで・・・。》
彼女を振り返り、「ねえ?」と背中に手を置く。
「別れた旦那のお母さん、どんな人だったの?」
「・・・・・・・・。」
「辛い気持ちは分かる。だけど上手くいけば亜子ちゃんが戻って来るかもしれないよ?
それもクローンじゃなくて、元の肉体のまま。」
「・・・・・・・・。」
「辛いだろうけど、ここは戦わなきゃ。でないとそのどうしようもない家族のせいで、あなたは辛いままだよ?それでもいいの?」
返事はないけど聞き耳は立てているようだ。
やがてゆっくりと顔を上げ、「お義母さんは・・・・、」と口を開いた。
「数えるほどしか会ったことがないです・・・・。私が結婚した時、お義父さんはもう離婚してたから・・・・。」
「うん。」
「だけど主人とはちょくちょく会ってたみたいです。虐待を受けてたそうだけど、どうしてもお義母さんのことが忘れられないからって・・・、」
「虐待?」
「主人は子供の頃から虐待を受けてたんです。」
「・・・・・・。」
「だから私や娘に当たるのも、それが原因かなって思ってたんです・・・。虐待って連鎖するっていうから・・・。」
「そっか・・・だから辛くても耐えてたんだ。」
「根はすごく優しい人なんです。カッとなりやすいだけで・・・・・。」
「それで?お義母さんはどんな人だったの?虐待するっていうくらいだから、けっこう暴力的な人ってことよね?」
「見た目は大人しそうな人なんです。私より華奢だし、それにすごい丁寧な口調だったし・・・・。
結婚してすぐに主人から会わせてもらってんですけど、本当に良い人そうで、虐待だなんて信じられなくて・・・、」
「そういう人ってさ、見た目じゃ分からないっていうじゃない。ほら、サイコパスだっけ?
ああいう人たちって、パッと見は聖人みたいだっていうし・・・、」
「サイコパスのことは分からないですけど、虐待は事実だと思います。
主人の腕には、昔に包丁で切られたっていう痕が残ってたし。」
「包丁!?」
思わず叫んでしまう。
そんなの虐待どころか立派な犯罪じゃないか。
「何度か会わせてもらって、その度にすごく親切にしてもらったんです。だけど・・・・、」
「だけど?」
「やっぱりこの人は信用出来ないって・・・・そう思うことがあって・・・・、」
「それって・・・お義母さんが亜子ちゃんを・・・その、酷い目に遭わせたから?」
殺したから?なんて言えなくて、しどろもどろになってしまう。
しかし彼女は首を振った。
「その前です。お義母さん、刺繍が好きで、たまに喫茶店で展示とかやっていたんです。
それで見に来ないかって誘われて行ったんですけど・・・・、」
「うん。」
「その・・・お店に入るなり怒鳴り声が響いてて・・・、」
「怒鳴り声?」
「子供を蹴飛ばしてたんです。ものすごい形相で喚きながら・・・・。」
「は?子供を?なんで?」
「展示してある刺繍を汚したんだそうです。ケーキか何かを食べた手で触られたそうで・・・。
刺繍にクリームが付いてたんですよ。ほんのちょっとだけど・・・・。」
「なにそれ?そんなことで子供を蹴ったの?」
「まるで別人みたいでした。あまりの剣幕に、その子の親御さんも怖がっちゃって・・・・。逃げるようにお店から出て行きました。」
「じゃあそういうことがあったから、お義母さんに対する信用が揺らいじゃったわけね?」
「いえ、その後に・・・、」
「まだあるの・・・?」
なんだか気が重くなってくる。
それと同時に、彼女が抱えているものが予想以上に重くて、胸焼けが加速してきた。
彼女、一見華奢に見えるけど、芯は強いんだろう。
立場が逆だったら、多分私は耐えられない。
「お店のご主人夫婦がどうにか宥めて、とりあえずは落ち着いたんです。
私も怖くて帰りたかったんですけど、一緒にお茶を飲もうって誘われて。
断ったらまた怒るんじゃないかと思って、一緒に席に・・・・、」
「うわあ・・・辛いねそれ。私だったらきっと逃げてる。」
「また他の人に当たりだしたらマズいと思ったから。それで一緒にお茶を飲んでる時に、こう言われたんです。
今度亜子に会わせてくれないかって。」
そう語る彼女の顔は強ばっている。
眉間に皺が寄り、唇の端にも皺が寄っていた。
「孫に会ってみたいって言うんです。けど私は嫌でした。
主人から虐待のことを聞いてたし、その疑いも子供を蹴飛ばしてたので深まったし。」
「そりゃそうよ。私だったら絶対に会わせない。近づいて来たら警察呼んでやるわ。」
「だからやんわりと断ったんです。そうしたら・・・、」
「そうしたら?」
「子供は親の言うことを聞くもんだって。」
「ああ・・・。」
「だから孫だって同じだって言うんです。」
「それもう完全に毒親ってやつね。」
「私はちょっと考えさせて下さいって言いました。けど全然引き下がらないんですよ。
そのうちヒートアップしてきて、今から会うって言い出して・・・、」
「・・・それで?もちろん断ったのよね?」
「はい。そうしたらお義母さん、ケータイを取り出して、主人に掛けたんです。」
「・・・・・。」
「私がうんと言わないから、主人を通そうとしたんです。それで・・・その一時間後くらいに、主人が娘を連れて来て・・・、」
「はあああ!馬鹿じゃないのそいつ!」
自分を虐待した親の所に、どうして娘を連れて行くのか?
万が一ってことを考えないのか?
呆れて首を振るしかなかった。
「あなたの元旦那、ほんとにどうしようもないね。」
「でもそれは全てあの人のせいなんです。あの人がずっと虐待してたから、主人は逆らえなくなってて・・・。
子供っぽいのもそれが理由だと思います。小さい頃から虐待なんか受けてたら、心の成長も止まるだろうし。」
「そうかもしんないけど、もう立派な大人じゃない。それも一児の父でしょ。
責任ってもんがあるんだから。じゃなけりゃ誰が自分の子を守るのよ?」
「すいません・・・・。」
「いや、あなたが謝ることじゃないけどさ・・・。」
議論がズレている・・・私がヒートアップしてどうする?と、気持ちを落ち着かせた。
「それで・・・その後はどうなったの?」
「主人が娘を連れて来て、あの人は嬉しそうにしてました。ケーキとココアを頼んで、楽しそうに笑いかけて。」
「なるほど、いいお婆ちゃんを演じたのね。孫に気に入られたいから。」
「だと思います。もっと言うなら、手懐けて自分の思い通りにしたかったんだと思います。
あの人、離婚してから一度再婚したしたそうなんだけど、上手くいかなかったらしいんです。
主人の話だと、相手から愛想をつかされたそうで・・・・、」
「子供だけじゃなくて、旦那も思い通りにいかないとヒステリックになるタイプなんだろね。
家族とか家の中のことは、自分が神様だって思ってんじゃない?」
「私もそう思います。だからすぐにメッキが剥がれました。
亜子は最初のうちは楽しそうにしてたんですけど、そのうち眠いって言い出して。
そろそろお昼寝の時間だったから。」
「小さい子だもんね、仕方ないわよ。それで・・・まさか怒り出したとか?」
「ちょっと不機嫌になってました。だけどまだ笑顔だったんです。その笑顔もすぐに鬼みたいな顔に変わるんですけど・・・・、」
「なんかもう聞きたくなくなってきた・・・。ごめん、こっちから教えてなんて言ったクセに。」
「いいんです、こんなの誰だって気持ちよく聞ける話じゃないから。」
「ムカっときちゃってさ。もちろんあなたにじゃないわよ。」
「分かってます。亜子はとても眠そうだったから、もうそろそろ連れて帰らないとと思って。
だからこの辺でお邪魔しますってやんわりと伝えたら・・・・、」
「怒った?」
「笑顔が消えました。」
「うわあ・・・・。」
「でもまだ我慢してる感じでした。けどその時・・・・、」
「うん。」
「亜子がココアのスプーンを落としちゃったんです。カランと音を立てながら落ちて、その瞬間に・・・・、」
「キレた?」
「はい・・・・。」
「もしかして手えあげられたとか?」
「そうなりそうだったから、私が庇いました。次の瞬間に後頭部に痛みが走って・・・、」
「最悪。」
「もう一回バシって叩かれて、そのあとに大声で喚きだしたんです。
物も投げられたりして、またお店の人が止めに入って・・・・。
また亜子に手を出そうとしたから、そこで初めて私も怒りました。」
「おお、やり返したの?」
「一発だけビンタしたんです。自分でもビックリするくらいの力で。バチン!てすごい音がして、あの人は呆気に取られてて・・・。
それで亜子を抱えて、その場から逃げました。」
「おおお!やるじゃん!!」
思わず拍手をしてしまった。
しかし彼女の顔は浮かない。
まだ続きがあるのだ、暗い続きが・・・・。
「その日の夜、主人から言われたんです。あの人がすごい怒ってて、すごいショックを受けてるって。
主人はその八つ当たりで、蹴られたり叩かれたりしたみたいです。」
「それはあなたのせいじゃないわよ。その母親が悪いだけ。だいたいその男はあなたと娘が酷い目に遭ってる時に何してたのよ?
何もしないでボケっとしてたんでしょ、きっと。」
「主人はあの人に逆らえないから。だから仕方ないんです。」
「どこまでいってもご主人を擁護するんだね。立派というかお人好しというか・・・・、」
「だってああいう親じゃなかったら、きっと素直で優しい人だったと思うから。
出会ってなければ亜子だって生まれてこなかったし。」
そう語る声は真剣で、これ以上どうこう言うなという風にも聞こえた。
自分で選んだ男なんだから間違いないっていう、一種の意地のようにも思えたけど・・・・これ以上はそいつの悪口は言うまい。
「あんな親、最低だって思いました。主人にも私にも亜子にも手を挙げて、どうして自分が被害者ぶってるんだろうって。
怒ってるのもショックを受けてるのもこっちだし、もう一発引っぱたいてやりたいくらい。」
「・・・・・・・・。」
「でもそれだとあの人と同じ暴力者になっちゃうから、もう二度と会わないって決めたんです。
そのせいで主人が癇癪を起こしたとしても、私が叩かれてすむならそれでいいって。」
「でもご主人、娘さんにも手を挙げて・・・・、」
「そうです、それも別れた原因の一つです。でもそれは亜子を守る為であって、心底あの人が嫌いになったわけじゃないんです。
もう一緒にはなれないけど、あれから大丈夫かなって心配したり・・・・。」
「すごい同情するんだね。いくら好きな男だからって、普通はそこまでならないよ。まさか・・・あなたも虐待とか・・・、」
「いえ、私はそういうのはないです。だけど・・・なんだろう?理由もなく人を傷つける人っているじゃないですか。
自分がイライラしてるからとか、人を傷つけて楽しんでる人とか。そういう人が昔から嫌いなんです。
主人は確かに暴力的だったけど、元を辿ればあの人のせいだから。主人も被害者なんです。」
強く言い切る。これ以上反論するなというほどに。
なるほど、歴史上で聖人とか徳が高いとか呼ばれる人は、こういう人だったのかもしれない。
無償の愛とでもいうか、マザーテレサみたいに慈悲深いというか・・・・。
私の人生では出会ったことのないタイプだ。
「でも・・・そんなに甘くはなかったんですよね、あの人は。」
急に声を落とす。
おそらくここから先が・・・、
「主人と別れてから一年後のことです。仕事から帰って来ると、母が慌てて言ってきたんです。亜子がいなくなったって。」
「・・・・・・・。」
「夕方、母が犬の散歩から帰って来て、庭で亜子と一緒に遊んでたらしいんです。
ちょっと用事があって、母は家の中に戻りました。それで庭に戻ってくると、亜子がいなくなってたって。」
「・・・・・・・。」
「目の離したのは一分も経っていませんでした。なのに忽然と消えてたんです。
すぐに辺りを捜し回って、近所の人にも聞きました。もしかしたら家に隠れてるのかと思って、全部捜したし。
それでも見つからなくて、警察に連絡したんです。」
「・・・・・・・。」
「ニュースにもなりましたし、新聞にも載りました。私はチラシを作って、色んな所に貼らせてもらったし、警察だって捜査してくれて・・・・。
それから四日後です、亜子が帰ってきたのは。」
トーンの落ちた声・・・・深く沈んでいるその声に反比例するように、口調は強くなっていく。
きっと力まないと話せないんだろう。
私はただ黙って聞くしか出来なかった。
「あの子は蝶になって帰ってきたんです。見た瞬間にすぐ分かりました、この蝶は亜子だって。
なんでか分からないけど、すぐにそう感じたんです。それと同時に泣いちゃって・・・・、」
「泣く?」
「だって別の生き物になって戻って来たんですよ?それってもう人間じゃなくなってるってことじゃないですか。
だからもう・・・生きてはいないんだなって。」
「・・・・・・・・・。」
「亜子は私の目の前で、元の姿に戻ってくれました。でもそれはもう亜子じゃなかった。
亜子は亜子だけど、死人みたいな幽霊みたいな、そんな感じだったんです。
そして亜子の隣にはもう一匹蝶がいました。」
「ヴェヴェね?」
黙って聞くつもりが、ふと口から出てしまう。
彼女はコクリと頷いた。
「ヴェヴェは話してくれました。どうして亜子がこんな姿になって戻って来たのか。
それを聞いた時、私は初めて人を殺したくなった。」
「犯人・・・・お義母さんだったのね。」
「そうです。復讐しに来たんです。たったあれだけの事が気に入らなくて。
ヴェヴェはそんな亜子を可哀想に思って、子供の国へ連れて行ったんです。
ヴェヴェから聞いた話だと、散々にいたぶって殺したそうです。亜子はずっとお母さん!って叫んでたって・・・・。」
「・・・・・・・。」
「亜子をいたぶる時、あいつはすごく楽しそうにしてたそうです。弱い者を苦しめることが生きがいみたいな顔して。
・・・・私は亜子と別れたくなかった。けどヴェヴェはもう時間だからって、子供の国へ連れて行きました。
でもその前にこう言い残していったんです。クリスマスの夜、○○市の川にある大木まで来いって。
そうすれば良い事があるからって。
私は言われた通り、クリスマスの夜にそこへ行きました。亜子が好きだったお菓子を持って。
それで子供の国へ招待されて、一日中一緒にいました。」
「会えて嬉しかった?」
「とっても。」
そう答える時だけ、満面の笑みを見せた。
「復讐は選びませんでした。憎い気持ちはあったけど、もうアイツに関わりたくなかったから。
それに宇宙人みたいになって二度と戻って来ないなんて堪えられないし。」
「亜子ちゃんは亜子ちゃんのまま戻って来たのよね?てことはクローンを選んだんでしょ?」
「・・・ほんとは生まれ変わりを選ぶべきでした。10年で死ぬって分かってて、クローンを選ぶなんてって思ってるでしょ?」
「ううん、それは私からはなんにも言えない。」
「どうしても亜子と一緒にいたかったんです。だから・・・クローンを選んでしまいました。」
ごめん・・・と小さく呟いたのが聴こえた。
もちろん娘へ言ったのだろう。
あの子の年齢だと、どんなに長くても高校へ上がる前に寿命が尽きてしまうのだから。
「ヴェヴェに頼んで、亜子をそのままの姿で返してもらいました。行方不明の子供が見つかったってことになるから、その後は色々と誤魔化すのが大変でしたけど。」
「あなたの親もビックリしたでしょうね。」
「ええ、でも嬉しい方が強かったみたいで、よかったって泣いてました。」
彼女の顔からふと力が抜けていく。
辛いことを話し終え、強ばる必要がなくなったんだろう。
私は「話してくれてありがとう」と手を握った。
「すごく辛いことなのに。」
「望みに賭けてみたいから・・・・、」
そう言って、私の隣に座る夫に目を向けた。
「もしご主人が仰ることが本当なら、亜子は帰ってくる。それに賭けたいんです。」
握った手を揺らし、自分を鼓舞するように力を込めた。
「亜子を殺したあの人、もうただの人間じゃないってことですよね?」
「そうね。子供の天敵ってことになる。地球でも子供の国でも。」
夫の話、彼女の話を聞いて、さっき見た虫の正体を知る。
一匹は間違いなくヴェヴェ。
そしてもう一匹は・・・・、
「あれは元人間・・・・それもあなたのお義母さんだった人なのね。」
思いもしない事実に、彼女もショックを受けている。
高い空の寒ささえ忘れて、あの虫が飛び去った彼方を睨んでいた。
気分は重いけど、希望がないわけじゃない。
深い泥の中にいるような重苦しさがあっても、なぜか笑みがこぼれてくるのは、少しばかりの勝機が見えてきたからだ。
大人が子供の天敵になるなら、その天敵から子供を守るのも大人の役目。
あの大きな虫たちを、この手で握りつぶしてやりたくなった。

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