蝶の咲く木 第三十二話 始まりの街(2)

  • 2018.02.06 Tuesday
  • 10:36

JUGEMテーマ:自作小説

戦うことが仕事の人間は辛いものだ。
命令とあれば、勝ち目のない敵にも戦いを挑まないといけない。
その為に日頃から訓練しているとはいえ、命を落とす前提でそういう仕事に就いたわけではないだろう。
ましてや訓練で想定されていない相手なら尚更だ。
迷彩服を着た男たちが、機関銃・・・いや、自動小銃というのか?
どっちでもいいが、パパパパと短い連続音を炸裂させながら、巨大な敵に戦いを挑んでいる。
しかし効果は薄そうだ。
ゴジラやモスラに匹敵・・・いや、それ以上かもしれないほど巨大な相手に、機関銃の弾丸は豆鉄砲のごとく嘲笑われている。
全身を槍のような体毛で覆い尽くし、さらにはとてつもなく巨大な身体とあれば、手持ちの武器では仕留められないだろう。
「後退!後退!」
迷彩服の一群が退いていく。
巨大な蛾はゆっくりと宙に舞い、威嚇するように触覚を揺らした。
自衛隊の銃口は敵に向いているが、果たして戦意はどうか?
おそらくは背中を見せてダッシュで逃げたいはずだ。
それでも敵前逃亡しないのは、日頃の訓練の賜物か?
それとも戦えという命令には逆らえないからか?
どちらにせよ、蛾の意識は自衛隊に向いている。
下がっていく彼らを追いかけて、モスラはこの家から離れていってくれた。
俺は窓から身を乗り出し、そんな様子を眺めていた。
「すごい・・・・まるで映画の中に入り込んだみたいだ。」
目の前で起きているSFまがいの出来事は、恐怖と同時に興奮を駆り立てた。
「お父さん!危ないから!」
妻が叫び、「ああ・・・」と顔を引っ込める。
「危ないところだったな、あのまま襲ってくるかと思った。」
窓から奴の顔が見えた時、もうダメだと思った。
ここで全員殺されるのだと。
しかし近くに展開していた自衛隊が駆け付けてくれた。
おかげで命拾いしたわけだが、まだどうなるか分からない。
「もたもたしてたらここにも核が落ちるかもしれないな。」
後ろを振り返り、「河井さん」と呼ぶ。
「・・・・え?」
「それ、何か入ってましたか?」
「何が?」
「何がって・・・・、」
怪獣襲来のせいで放心しきっている。
せっかくカメラをぶら下げているのに、シャッターを切ることさえ忘れていたようだ。
「さっきシャッターチャンスだったのに。」
「・・・・ごめん、怖くて。」
とても正直な意見だと思う。
ジャーナリストが命懸けの仕事だといっても、命あってのジャーナリストだ。
「それよりその下、何か入ってますか?」
河井さんが握っている、床の一部をくり抜いたような蓋を指さす。
「え?」
「漬物を入れるスペースみたいな場所のことです。何か入ってますか?」
「・・・・ああ!ええっと・・・・、」
ようやく我に返ったようで、慌てて中を覗き込んでいる。
「何かありますか?」
「・・・・・・・・・。」
「河井さん?」
「・・・・自分で見て。」
そう言って立ち上がり、顔をしかめながら目を逸らした。
「・・・・・・・・。」
嫌な予感がする・・・・。
あの河井さんが顔をしかめるほどのものだ。
きっと普通じゃないものが入ってるんだろう。
「・・・・どれ。」
恐る恐る首を伸ばす。
その瞬間、悲鳴を上げて飛び退きそうになった。
「どうしたのお父さん?」
妻が不安そうに目を揺らす。
俺は黙って首を振った。
「見ない方がいい・・・・。」
「なんで?」
「死体がある。」
「は?え?」
「若い男の死体・・・・多分犯人だと思う。」
「・・・・はあああ!?」
妻が叫ぶのと同時に、彼女が立ち上がった。
青い顔をしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「あ、奥さん!見ない方が・・・・・、」
止める間もなく、彼女は漬物スペースの傍に立つ。
そして・・・・、
「徳ちゃん・・・・。」
短く呟き、膝を下ろす。
じっと死体を見据えながら、「別れた主人です」と言った。
「あの・・・・間違いないですか?」
「はい・・・・。」
消え入りそうな声で頷く。
そっと手を伸ばそうとするので、「触らない方が!」と止めた。
「あんまり触れない方がいいと思います。」
「・・・・どうしてですか?」
「だって・・・死んでるんですよ。もし誰かに殺されたんだったら、下手に触ると良くないんじゃないかと思って。」
「・・・こんな状況で警察が来るんですか?捜査してくれるんですか?」
「分かりません。だけど・・・・、」
「この遺体は主人だった人です。間違いありません。」
冷たいほどの声で言い、そっと頬に触れている。
「なんで・・・」と眉間に皺を寄せながら。
彼女の元夫であり、あの少年を殺した青年。
彼は変わり果てた姿で、狭いスペースの中に納まっていた。
体育座りのように身体を曲げ、両腕で膝を抱えている。
顔は青白く、唇も同じ色だ。
それに腕や顔の一部が、褐色の斑になっていた。
殴られた痣じゃない。
亡くなった人に出来る死斑というやつだ。
死体なら野戦病院でたくさん見たが、こうして狭いスペースに隠された状態で見ると、えも言えぬ恐怖がこみ上げた。
「河井さん、これ自殺じゃないですよね・・・・?」
「・・・どうだろう。自分から狭い場所に入って、一酸化炭素中毒とかで自殺したのかも・・・・。」
「ああ、そういう方法もあるわけか・・・・。」
「ただ・・・・、」
「はい。」
「これ、気になるのよね・・・。」
そう言って辛そうに顔を歪めながら振り返った。
「その人、顔と腕に死斑があるでしょ?」
「ええ。」
「そういうのって、遺体の下の方に出来るんだって。」
「そうなんですか?」
「死んだら心臓が止まるわけじゃない?そうすると循環しなくなった血液が下の方に溜まって、痣みたいになるのが死斑なのよ。」
「詳しいですね。」
「一度見たことがあるのよ。」
「え?まさか殺人事件の取材とかしたことあるんですか?」
「違うわよ。警察に教えてもらったの。祖父が心筋梗塞で亡くなって、朝起きたらそういう状態になってたから。
自宅で人が亡くなると警察が来るでしょ?」
「いや、知りませんでした。」
「来るのよ家まで。事件性がないか一応調べる為に。その時に教えてもらったの。」
「勉強になりましたけど、それがどうかしたんですか?」
「だから言ったでしょ?死斑は遺体の下に出来るものなの。なのにこの人・・・顔に出来てる。」
「・・・・・・?」
それの何がおかしいんですか?と尋ねようとして、すぐに「ああ!」と気づいた。
「要するに・・・・、」
「要するに上を向いてる顔に出来るのはおかしいってことね?」
・・・・いい所を妻にもっていかれる。
「そういうこと。もし自殺だったらさ、死んでからずっとこの状態だったはずよ。じゃあ顔に出来るはずないわよ。」
「そうですよね・・・・。じゃあ亡くなった時は今と違う体勢だったってことか。」
「亡くなってから誰かが動かしたのよ。それか・・・誰かに殺されたか。」
不安げな口調で言い、「円香君」と呼ばれる。
「はい。」
「ちょっとその遺体に触ってみて。」
「はい?」
「死斑は亡くなってから短い時間だと、指で押しただけで消えることがあるのよ。けど一日以上経ってたらもう消えない。」
「・・・・亡くなってからどのくらい経ってるか調べる為に、俺に触れと?」
「うん。」
「そういうのは警察の仕事でしょう?」
「うん、だからこんな状況じゃ警察なんて来られないよね?捜査だってしてくれないし。」
「だからってなんで俺が・・・・。」
ハッキリ言ってやりたくない。
そりゃ今でも少年の骨が入ったブルーシートを抱えちゃいるが、肉の付いた遺体はさすがに・・・・。
だいたい俺たちは殺人事件の捜査をする為にここへ来たんじゃない。
ヴェヴェの卵を見つける為であって・・・・、
「消えません。」
後ろから声がする。
振り向くと、彼女が死斑を押していた。
「強く押してもそのままです。」
「そっか・・・なら亡くなってから一日以上は経ってるわけか。」
神妙な顔で言いながら、「ちょっとごめんなさい」とカメラを向ける。
パシャっとシャッターを切り、もう一枚と二枚目を頂いている。
「事件の中心人物だもんね。遺体でも写真を残しておかないと。」
さっきシャッターチャンスを逃したせいか、今度はバッチリ収めている。
「犯人が死ぬなんて・・・・これで手詰まりになっちゃいましたね。」
俺は例の絵を取り出す。
ここには空飛ぶ蛾が描かれていた。
「そいつならこの蛾を消すことが出来たかもしれないのに・・・・。」
どうして俺たちがこの青年を追いかけていたのか。
理由は二つある。
一つはあの巨大な蛾を消し去ってもらう為だ。
この絵は描き込んだ本人でなければ、書き換えることは出来ない。
このイモムシを描いたのがこの青年ならば、消すことは可能だったはずだ。
それが・・・・・。
いや、それはまだいい方だ。
もう一つの理由に比べれば、取り返しがつくかもしれないのだから。
一番良い方法は何も無かったことにすることだ。
この青年ならばそれが出来たはずだ。
なぜならヴェヴェの卵を持っているから。
・・・あの少年は言った。
自分を殺した犯人はこの青年だと。
しかし事実は少し違う。
あの子の命を絶ったのは、この青年の父なのである。
己の変態趣味の為に、あの子を殺した。
しかしあの少年にはまだ希望があった。
あの子が殺された傍、あそこには例の大木が生えていたからだ。
実はあの大木には自我がある。
思念(魂)といってもいい。
あの大木は数百年もの間、あの場所にそびえているそうだ。
そしてあの屋敷の最初の主が、何よりも大切にしていた木だという。
だから自分が死んだら、骨の一部を大木の根本に埋めてほしいと頼んだ。
その骨は土に還り、大木の養分となった。
それから数百年の間、あの木は歴代の当主によって、大事に守られてきた。
時代が代わり、屋敷の前にアスファルトの道路が敷かれる時でさえも、レンガで囲って守り続けた。
子孫から大事にされ、今も生き続けているあの大木。
いつしか養分となった当主の思念が宿り、自我を持つ植物になったというわけだ。
爺さんはあの場所に立ち続け、街を見守り続けた。
時折困った人達に手を貸したりしながら。
・・・ある時、あの大木の傍で子供が殺された。
それを憐れに思った爺さんは、その子の思念(魂)を保護したという。
まだ幼くして終わってしまった命。
向こうへ旅立つ前に、もうしばらくこの世を楽しむ猶予を与えたわけだ。
少年は自分が殺された時、その手に絵を持っていた。
いま俺の手の中にあるこの絵だ。
あの子が殺された時点では、この絵にイモムシは書き足されていなかった。
絵はあの子の手の中にあり、大事に屋敷の中に保管していたのだ。
大木そのものとなった爺さん、そして幽霊の少年。
奇妙な同居関係が、大木の傍の屋敷で続いていた。
するとある日のこと、なんと宇宙人が大木の傍へ降りてきた。
そう、ヴェヴェだ。
植物の思念と、亡くなった人間の思念が同居していることに、興味を引かれて降りてきたのだ。
宇宙人との遭遇は、爺さんも少年も驚いた。
『怖がらないで。地球を侵略しに来たわけじゃないから。』
ヴェヴェは自分のことについて語った。
天の川銀河の端にある、地球からは遠い星から来たこと。
母星で大きな戦争が始まってしまい、全ての幼虫が死に絶えてしまったこと。
大人の争いのせいで子供が全滅してしまうなんて、なんと憐れな星かと、自ら見限ったこと。
どこか静かに暮らせる星はないかと探していたところ、地球を見つけたこと。
身の上を話したヴェヴェは『次はあなた達のことを聞かせて』と言った。
そして爺さんから事情を聴き、その子の死を憐れに思った。
『可哀想に。この星でも子供はないがしろにされているのね。』
胸を痛めたヴェヴェは、一つだけ少年の願いを聞いてやることにした。
『あなたの望みはなあに?』
そう尋ねられた少年はこう答えた。
『夢の国へ行きたい。』
そう言って例の絵を見せた。
ヴェヴェはその絵を見て、ふと首を傾げたそうだ。
『お空にはファンタジーな世界が広がっているわね。だけど下の方では人が焼かれているわ。これはどうして?』
『大人が憎いから。みんな死んじゃえばいい。』
『なるほど。子供だけの世界を創りたいわけね。・・・・いいわ、その願い、叶えてあげる。』
大人のせいで子供が苦しんでいる。
母星での苦い思い出を抱えるヴェヴェは、少年に同情し、その頼みを聞いてやることにした。
(これはのちに少年の夢ではなく、ヴェヴェ自身の夢に変わってしまうのだが)
これが発端となり、子供の国が生まれた。
ちなみにこれには爺さんも協力している。
なんたって新しい世界を・・・大人のいない子供だけの星を創り上げようというのだ。
いかにヴェヴェが超文明の星から来た宇宙人といえど、一匹では限界がある。
だから爺さんは提案した。
『この大木を依り代にしたらいい。いくらあんたがすごい文明を宿していても、一人じゃ無理があるだろう。』
ヴェヴェの文明力、爺さんの大木、そして少年の絵。
この三つを合わせることで、子供の国は完成した。
しかし残念なことに、少年はその国へ行くことが出来なかった。
ヴェヴェが裏切ったからだ。
大人のいない子供だけの世界・・・・少年の描いた夢は、なんとヴェヴェに乗っ取られてしまったのである。
いつか地球そのものを子供の星にせんが為に。
もっというなら、子供が失われてしまった母星に代わり、第二の母星とする為に。
あの国は少年の絵が元になっているから、少年は神様のような存在である。少なくとも子供の国においては。
となると、少年が子供の国へ来てしまったら、ヴェヴェは支配権を奪われることになる。
それを危惧して、少年を招くことはなかった。
『子供の国を作ることはOKしたけど、連れて行くとは言っていない。』
ヴェヴェの気持ちとしてはこんな感じだろう。
しかし少年は諦めなかった。
なぜなら彼の手元には絵がある。
この絵こそが子供の国の礎だ。
これがある限り、真の意味でヴェヴェに支配権を譲ることはない。
・・・一度は奪われかけたそうだけど、爺さんと協力して絵を守った。
この絵が二枚に分かれていたのは、その時の争いのせいで破けてしまったからだ。
少年はヴェヴェに頼み続けた。
どうか自分も連れて行ってほしいと。
しかしヴェヴェもまた少年に頼み続けた。
その絵を渡してほしいと。
両者の想いは交わることはなく、子供の国、そして絵を、お互いを人質のようにすることで、奇妙な均衡を保っていた。
絵を渡さないなら連れていかないというヴェヴェと、連れていってくれなきゃ絵は渡さないという少年。
膠着状態の睨み合いは三年も続いた。
いつか子供の国へ行くことを夢見ていた少年は、絵を大事に守っていた。
この絵がある限り、自分は死なないのだと。
もし向こうへ行くことが出来れば、永遠に子供のまま生き続けることが出来るから。
あの世へ旅立つこともなく、かといって憎き大人へと成長することもない。
まさに、本当に、一分の隙もない完璧な夢の世界なのだ。
だがその夢はある人物によって打ち砕かれた。
今、床の中で膝を抱えている、亡き者になってしまった青年に。
少年の命を奪ったのは彼の父親だが、少年の夢を破壊してしまったのはこの青年。
そう、あのイモムシを描き込んだのは、亡き者になっているこの青年なのだ。
なぜなら母に命令されたから。
蛾となって復活した母は、子供の国の支配か殲滅を望んでいた。
その夢を実現すべく、青年はイモムシとなった母を描き込んだ。
ここに描かれている限り、母は消えることはない。
どんなにヴェヴェが頑張っても、何度でも復活してくるのだ。
・・・少年は夢見ていた、子供の国へ行くことを。
だがイモムシが書き足されてしまった時点で、子供の国は子供だけの世界ではなくなってしまった。
憎き大人が存在する、地球と変わらない世界になってしまった。
それは本当の意味での少年の死だった。
本当なら向こうで永遠に生きるはずだったのに、地球と変わらない場所になってしまったなら、それはもう行く意味がない。
・・・しかもだ。
青年がイモムシを書き足す前、彼の母が少年をいたぶったのである。
少年としては、当然自分の夢に他人を入れたくはなかった。
だから爺さんと共に抵抗したのだが、ヴェヴェの卵から生まれた母は強かった。
超文明の力を宿したその肉体は、とてもではないが太刀打ちできるものではなかった。
親の虐待に苦しみ、変態に殺され、最後はその変態の家族に夢を壊されてしまった。
少年の怒りはどれほどのものか?
イモムシはいくら消しても沸いてくる。
絵そのものは少年のものであっても、このイモムシだけは違う。
・・・だから少年は言ったのだ。
あの青年が自分を殺したと。
自分の命を奪った変態親父より、夢を壊した青年の方を憎んでいたのだ。
夢を汚され、いちるの望みが踏みにじられてしまったのだから。
少年はこの世を見限り、あの世へと旅立ってしまった。
だからもうこの絵をどうこうすることは出来ない。
それにこの青年が死んでしまった以上、イモムシをどうこうすることも出来ない。
そして何より、全てを無かったことにすることも出来ない。
・・・・青年はヴェヴェの卵を持っていた。
こいつを使えば、青年はヴェヴェと同じ宇宙人に生まれ変わることが出来る。
そしてその力を使って、子供の国を大人の国へと書き換えることも出来た。
あの少年が夢見た世界は、正に子供の夢想だ。
遠くお空の果てに浮かんでいる分には問題ないが、地球を侵略するとなれば話は別だ。
たった一人の子供の夢想が、地球を変えてしまうなどあってはならない。
子供では世界を維持できないし、夢では現実は回らない。
だから書き換えるしかなかった。
お空に浮かぶあの星を、現実的な大人の世界へ。
「夢想は夢想であり、夢は現実に成りえない」という風に。
全てをなかったことにする方法はただ一つ、夢を夢の世界へ押し返すこと。
あの絵を発端に起きた出来事は、全て子供の夢でしたとすることで、この騒動はなかったことに出来たかもしれないのだ。
夢想と現実の分別を付けるのが大人であり、夢想と現実は違うということを教えるのも大人の役目だ。
だから入れ替えるしかなかった。
大人と子供を。
夢と現実を。
大人であるこの青年がヴェヴェに生まれ変われば、その大きな力を使って、子供の国を消し去ることが出来たはずだ。
死んでしまった人たちも復活させられただろう。
・・・・・・・・。
でももう無理だ。
この青年が死んでしまった以上、どうすることも出来ない。
《なんで死んじまうかな・・・・。こいつを母親の呪縛から解き放って、ヴェヴェにすることが出来ればどうにかなったかもしれないのに。》
いつまでも子供を演じる青年。
その根っこにあるのは、母親への歪んだ忠誠心だ。
幼いころに出来た暴力による主従関係は、この青年が大人になることを阻んでいる。
そこから解き放たれれば、きっと年相応の精神になるはずだ。
大人になった青年が卵を使い、ヴェヴェと同じ宇宙人になる。
そして・・・・この絵を夢の世界へ追い返してもらいたかった。
なのにもう・・・・、
「せめてなあ・・・卵がどこかにあれば。」
あの卵、産んでしまえばヴェヴェになるが、本人が思念を宿すことを拒否すれば、孵化せずに吐き出すことが可能らしい。
だから・・・もしかしたら体外へ排出しているかも・・・と思ったのだが、そう甘くはなかったようだ。
《あの卵があれば、ヴェヴェに取引を持ち掛けることくらいは出来たかもしれないのに・・・・。》
ヴェヴェは卵を取り戻したがっている。
だから卵が手に入れば、そいつを返す見返りとして、子供の国と一緒にどこか遠くへ行ってくれないかと頼もうと思ったのに・・・・。
《青年は死ぬは卵は見つからないわ・・・どうすりゃいいんだ?》
死斑がクッキリ浮かぶ青年を見つめながら、《調べてみるか》と思った。
《この家にないなら、こいつの体内にあるはずだよな。だったら・・・腹を切り裂くとかして・・・・、》
遺体を傷つけるのはいかがなものかと思うが、状況が状況だ、仕方あるまい。
あとは俺の覚悟次第ということで・・・・、
「あの・・・すいませんが、その人の遺体をですね・・・・、」
悲しそうな目で見つめる元奥さんに話しかける。
するとその時、部屋の外から誰かの足音が聴こえた。
「なに・・・?」
妻がビクっと肩を竦める。
俺と河井さんの後ろに隠れて、「誰かいるの?」と尋ねた。
しかし返事はない。
ミシ・・・ミシ・・・と廊下を歩く音が聞こえて、こちらへ近づいてくる。
「お、お父さん!見てきてよ!」
「ええ!やだよ!」
「でも誰かいるじゃない!」
「だから嫌なんだよ!」
「なんでよ!?」
「怖いから!」
「意気地なし!」
「怖いもんは怖いんだ!」
夫婦喧嘩をしていると、足音が部屋の手前で止まった。
そして・・・・、
「あの・・・・、」
ゆっくりとおっさんが入ってくる。
この人は確か・・・・、
「お義父さん!」
彼女が叫ぶ。
《そうだ!この青年の父親だ。》
いかつい顔をしかめながら、「あんたはこの前の人だよな?」と俺を睨んだ。
「ええ・・・そうですが・・・、」
「・・・これ。」
そう言って手に握った何かを見せつけた。
そいつはピンポン玉くらいの大きさの、黄色い玉だった。
ガラス細工のように半透明に透き通り、中には黒い点が二つ見える。
《・・・これってまさか・・・・、》
目を凝らし、その玉を睨みつける。
・・・中に見える二つの黒い点、そいつは微妙に動いている。
《・・・・これ、幼虫か?》
もしやと思いながら凝視していると、おっさんはこう呟いた。
「息子の腹の中にあったもんだ。」
「・・・・・・・。」
「多分・・・ヴェヴェとかいうやつの卵じゃないか。」
「・・・・でしょうね。ていうか・・・息子さんの腹の中にあったって・・・なんであなたがそれを?」
「殺したから。」
「へ?」
「息子を殺した。」
「・・・・・・・・・。」
「昨日のことだ。この手で殺した。」
淡々とした口調で、とんでもないことを言う。
おっさん以外の誰もが、ただ呆気に取られる。
「こいつを大きな木の下に埋めてくれって。」
「はい?」
「息子がそう言っていた。そうしてほしいと。」
「あの・・・・、」
「ほら。」
手を持ち上げ、目の前に差し出してくる。
卵の中には小さな幼虫。
二つの黒い目玉が、ギロリと俺を睨んだ。

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