蝶の咲く木 第三十三話 子供たちの決断(1)

  • 2018.02.07 Wednesday
  • 11:46

JUGEMテーマ:自作小説

罪の告白には勇気がいる。
その罪が重ければ重いほどに。
色々な罪があるが、群を抜いて重いのはやはり殺人だろう。
こんな話を聞いたことがある。
罪を犯した人間は、その罪を自慢気に話すことがあるという。
特に酒が入っている時などは。
しかし殺人だけは決して他言しないらしい。
どんなに酔おうが、人を殺した罪だけは隠したままにするのだそうだ。
・・・と刑事が言っていたと、タレントがテレビで言っていた。
その話が本当か嘘かは分からないが、本当であったとしても不思議ではないと思う。
単に捕まるのが怖いからではなく、殺人という業の重さは、口にするのも躊躇うほどなのだろう。
今、目の前にいる男は殺人という業を背負っている。
己の変態趣味の為に子供を手にかけ、最後は自分の息子の命までも・・・・。
なぜそうする羽目になってしまったのかについては、こちらからの問いかけは必要なかった。
苦しそうに・・・実に苦しそうな顔をしながら、声だけは淡々としゃべり出したからだ。
抑揚のないその口調はきっと、そうでもしないと話し続けることが出来ないからだろう。
感情を押し殺すことでしか、人殺しの罪を吐き出すことは難しいのだ・・・きっと。
「子供は今までに三人殺した。みんな小さい男の子だ。
最初から殺す気はなくて、結果的にそうなってしまった。」
強引な性行為の末に・・・といことらしい。
出血が止まらなくなって、そのまま息絶えたのだと。
「そのうちの一人の子は絵を持っていた。大きな木の傍で川を見ていた。
日はもう暮れかけていて、夜になろとしていた。こんな小さな子がこんな時間に一人なんて、チャンスだと思った。」
表情も声色も変えず、やや下を見つめながら話す。
妻は眉間に皺を寄せ、汚物でも睨むような目をしていた。
「とても可愛い子だった。写真も撮ったし満足だった。死体は川に埋めた。
田舎だし、夜だったから誰にも見られていないはずだった。」
「はずだった?じゃあ誰かに目撃されて?」
ようやく顔を上げ、「俺は脅されていた」と言った。
「あんたなら色んな経緯を知ってるはずだよな?」
「ヴェヴェのこととか、息子さんのこととかですか?」
「ああ。随分の昔のことだが、俺もヴェヴェに会ったことがある。」
「あんたも!?」
「まだ息子が子供の頃にな。なんか知らんがすごい怒ってたよ、お前の息子が大事な物を奪ったって。
一つはダメになってしまったが、もう一つはなんとしても取り戻したい。
だから注意して見張っていろと言われてな。」
少し声のトーンを落としながら、亡き息子に目を向ける。
「俺には分からないことだらけだったよ。生き返った嫁のことも、ヴェヴェとかいう虫みたいな奴のことも。
それに息子が何を奪ったのかも。でも俺は逆らえなかった。なぜなら・・・・、」
「ヴェヴェは知っていたから。おたくが少年を殺したことを。」
「・・・逆らったらどうなるかと脅された。俺はバレるのが怖くて・・・、」
「それで?ヴェヴェの言う通り、息子さんを見張ってたわけですか?」
「見張るっていっても、何を見張ればいいのか分からない。だからとにかく手元に置いておくしかないと思った。
・・・・息子が結婚するって言いだした時は焦ったよ。俺の目の届かない所に行っちまうって。」
そう言って彼女に目を向ける。
「だからこの家に呼び戻そうとした。あんたが俺を嫌ってくれれば、どうにかなるんじゃないかと思ってな。」
おっさんは写真を撮る真似をして、「俺の部屋で見ただろ?子供の写真を」と言った。
「あんたが家を掃除するように仕向けてさ、わざとあの写真を置いておいたんだ。案の定、あんたは俺に不信感を抱いて、離婚を決めたよな?」
事務的にそう語るおっさんに、彼女は目を丸くした。
「あれ・・・わざとだったんですか?」
「息子がDVしてるのは知ってたからな。それに加えて義父があんな趣味をしていると知れば、別れてくれるんじゃないかと思って・・・、」
「ひどい!何それ!!」
立ち上り、「なんでそんなこと!」と詰め寄った。
「だから言っただろ、息子に戻ってきてもらう為だ。」
「だったらこの家に住むように言えばよかったじゃないですか!なんで別れさせる必要があるの!」
「・・・あんたと孫が邪魔だからだ。この家は俺のアトリエでもあるから。」
「アトリエ・・・?」
「子供たちの写真を隠してある・・・・、」
「最低!」
バチン!と鋭い音が響く。
小柄な女性とは思えないほどの威力で、おっさんの首が横へ向いた。
「じゃあなんで私に写真を見せたの!バレるのが怖いなら隠したままでよかったじゃない!」
「あんたの性格上、誰かに告げ口することはないと思ったから・・・・。黙って息子と別れてくれるんじゃないかって。」
「・・・・・・・・。」
また手を振り上げる。
おっさんはかわす気はないようで、グッと口を噛んで受け止めようとしていた。
しかしビンタがくることはなかった。
彼女は振り上げた手を握りしめ、「あんたらは・・・」と獣みたいに唸った。
「どっちも最低のクズ親だ!」
「・・・・・・・・。」
「虐待する母親に!変態で自己中な父親!親がそんなんだったら、子供が歪むのは当たり前だろ!」
雷みたいな声で叫ぶ・・・思わず耳を塞いでしまうほどだ。
「これじゃあの人が可哀想だ!ほんとは優しいのに、お前らがそれを歪めたんだ!」
「すまん・・・・。」
「私も亜子もそれで苦しんだ!悪いのは全部お前らだ!お前らが私たちの家族をめちゃくちゃにしたんだあああ!」
握ったまま振り上げていた手を、ドンと降り下ろす。
それはおっさんの眉間に当たって、痛そうに顔を逸らした。
「私は暴力なんて嫌いだし、誰かを傷つけるのも嫌いだ!でもお前らだけは地獄に蹴っ飛ばしてやりたい・・・・。」
激しい吐息には怒りが混ざっていて、どうにか自分を落ち着かせようとしている。
やがて口元を押さえて、小さな嗚咽を漏らし始めた。
「ごめん・・・・ごめんなさい・・・・、」
俯いたまま謝罪を始める。
その言葉は家族に向けてのものだろう。
亡き者になった別れた夫に、そしてさらわれてしまった自分の娘に。
彼女の家族に降りかかった全ての不幸は、元をたどれば青年の両親にある。
それは彼女のせいではないはずなのに、謝罪は何度も繰り返された。
「大丈夫?」
妻がポンと肩を撫でる。
おっさんに一瞥をくれてから、傍から引き離していた。
河井さんはカメラを向け、おっさんをパチリと一枚。
そして嗚咽する彼女にもレンズを向けた。
妻が「撮らないでよ!」と怒るが、それを無視してシャッターを切っていた。
「ちょっと!」
「ごめんなさい、これが仕事だから。」
「お父さん!この人どうにかして!!」
「悪いと思ってるわ。」
「だから撮らないでよ!」
俺は二人のやり取りを無視して、おっさんの前に立った。
「おたくがどうしようもない人だってことは分かった。」
「・・・・・・・。」
「けど今はおたくを責めてる時じゃない。どうして息子さんまで手にかけた?」
だいたいの予想はつくけど、本人の口から聴きたかった。
おっさんは卵を見つめ、「こいつを・・・」と言った。
「大木の下に埋めてほしいと言われて。」
「え?」
予想と違う答えに驚くと、おっさんも「え?」と聞き返した。
「え?って・・・何が?」
「いや、息子が何かしでかしそうだから殺したんじゃないのか?」
「何を言ってんだ?」
「だってヴェヴェから言われてたんだろ?注意して見てろって。」
「ああ。」
「だから殺したんじゃないのか?息子さんが普段と違う様子だったからとか、何かをしでかそうとしてたからとか。」
「・・・・違う。こいつを渡されたあと、殺してくれと頼まれたんだ。」
「本人から?嘱託殺人ってことか?」
「そうだ。」
「なんで?」
「悔やんでいたからだそうだ。自分のやってきたことを。」
「それは・・・母親に命令されて、この絵にイモムシを描いたことか?」
「それもある。」
「じゃあ・・・奥さんや子供に暴力を振るってたこと?」
「それもだ。」
「それもって・・・ほかに何を悔やむことがあるんだ?」
「・・・こいつだ。これを奪ったことを。」
そう言って卵を見せつける。
「こんな物さえ奪わなければ、こんな事にはならなかったと。」
「自分で奪ったクセに。」
「だから後悔していたんだろうよ。興味本位で奪ったこの卵だが、こいつを人質に母を生き返らせてくれと頼んだ。
ヴェヴェは拒否したが、結果的に母親は生き返った。あいつが一番後悔していたのはそのことだ。
せっかく俺が殺してやったのに、また生き返らせるなんて・・・・。」
「ずいぶん語弊のある言い方するな。殺したのは自分の為だろう?」
「俺の為でもあるし、息子の為でもある。俺は頭のおかしい変態だが、自分の子供は大事にしてきたつもりだ。
なのにあの女ときたら、平気で息子をいたぶってやがった。だから殺したんだ。」
「何言ったって殺人の正当化にはなりませんよ。」
「分かってる。俺が言いたいのは、あの女が生き返ったのが一番の間違いってことだ。
息子はまたあいつの奴隷になっちまった。・・・・頭では分かってたはずだ、母の言いなりになるのは間違いだと。
でも逆らえなかったようだ。暴力が怖いだけじゃなくて、心まで支配されてたんだろうな。」
「ならあなたが守ってあげればよかったじゃないですか。
自分の変態趣味がバレるのが怖いからって、息子の離婚まで画策したんです。説得力がありませんよ。」
「だから分かってるんだそんなこと!俺あ自分を正当化なんかしてない!」
いきなり激高して、「ちったあ黙って聞け若僧!」と怒鳴られてしまった。
「もうこんなことになっちまったんだ!今さら俺の趣味がバレたところでどうってことない。」
「警察に捕まらないから?」
「ああ。悪いか?」
「・・・・今おたくを責めたってどうにもならないですから。」
「なら黙って聞いてろよ。・・・ええっと、どこまで話したかな?」
「息子さんが母を生き返らせたってとこまで。」
「ああ、そうだった・・・。あいつはそのことを一番悔やんでた。
あの女は生き返ったあとでも、傲慢で暴力的でな。離婚してるってのに、たびたび家に来ちゃ金をせびりやがった。
こっちが断るとヒステリックに喚きやがる。ブッ飛ばしてやりたくても弱みを握られてるし・・・・。
息子はあいつの言いなりだったよ。そのせいで大変なことになってしまったって、後悔してたんだ。
まさかなあ、あの女・・・・子供の国とやらを乗っ取った後は、地球を侵略するつもりだったなんて。」
「え?」
思わず変な声が出る。
「地球を侵略?」
「そうだよ、知らないのか?」
「だって侵略しようとしてるのはヴェヴェでしょ?」
「は?」
「え?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
互いに狐につままれたような顔になる。
どうやらここへ来て、お互いの認識にズレが出てきたようだ。
それとも・・・・、
「息子さんは・・・お母さんが地球を侵略するって言ってたんですか?」
「ああ。だから後悔してたんだ。もう自分はこれ以上何も背負いたくないし、かといって母親にも逆らえない。だから殺してくれって。」
「・・・・・・。」
「そんで死ぬ前にこれを渡された。こいつがあれば母を止められるかもしれないと。」
「その卵、どういうものか分かってるんですよね?」
「産んだ奴がヴェヴェになるんだろう?息子はそれを拒否していたようだ。
あの女もその卵は使うなと言ってたらしい。それはヴェヴェにとっていい人質になるからと。」
「なら息子さんは、母親から解放されたいが為に、おたくに殺してくれと頼んだわけですね?」
「だろうな。」
「よく実行できましたね、自分の子供なのに。」
「やりたくてやったわけじゃない。どうしてもと頼まれたからだ。」
「・・・・・・。」
「いいよ、言いたいことは分かってる。どうせ俺はクズだ。
でも今大事なことは、こいつをどうにかしなきゃってことだ。
息子によれば、こいつはほっといても孵化するらしいからな。」
「え?そうなんですか・・・?」
「卵なんだから当たり前だろう。そんときゃイモムシが出て来て、将来はヴェヴェみたいになっちまうらしい。」
「最悪だ・・・・。」
「かといって人間が使えば、そいつ自身がヴェヴェになる。」
「それも最悪だ。」
「じゃあどうするか?」
「どうするんです?」
「あの大木の下に埋めるんだとよ。あの木には魂があるんだろ?」
「ええ。」
「ならよ、こいつを養分として使ってもらうしかないだろうよ。」
「養分って・・・それってまさか・・・あの大木をヴェヴェに生まれ変わらせるつもりですか?」
「出来るかどうかは分からんが、やってみてほしいとさ。
もし上手くいけば、あの大木が全て丸く収めてくれるかもしれないらしいから。」
「丸く収めるって・・・どうやって?」
「あの大木自身を子供の国にして、宇宙へ旅立ってもらうんだとよ。」
「う、宇宙へ・・・?」
「子供の国には、大人のせいで傷ついた子供が大勢いるんだろ?
じゃあその子たちが望むのは、大人のいない安心できる世界だ。」
「そうですけど・・・・、」
「子供らにしてみれば、大人の脅威さえなけりゃそれでいいんだ。
だったらなんでもいいんだよ。敵がいない世界を求めてんだから。」
偉そうに言うおっさんに、《お前が言うことかよ》と怒鳴ってやりたかった。
しかし言ったところで聞く耳をもつまい。
グッと言葉を飲み込んで、卵を見つめた。
「ならその役目を自分でやればいいじゃないですか。」
「んなこと出来るか。俺は子供の敵だぞ?そんな野郎がなんで・・・・、」
そう言ってバツが悪そうに目を逸らす。
《悪いことしてるって自覚はあるわけか・・・・。》
それでも治らないからこそ、ずっと子供を傷つけてきたのだろう。
こういった性的趣向はなかなか変わらないと聞く。
このおっさんをほうっておけばまたやるだろう。
悪い悪いとは思いつつも、欲望に逆らえず・・・・。
《やっぱこいつは警察に突き出さないとな。その為には・・・・、》
俺は手を伸ばし、卵を受け取った。
「いいよ、こいつを大木の下に埋めてくる。」
「ほんとか?」
「子供の敵に任せるわけにはいかないからな。」
「そう言ってくれてホッとした。正直そんなもんを渡された時はどうしようかと思ったよ。」
今日初めて笑顔を見せた。
心底嬉しそうに笑っている。
妻も彼女も汚物を見るような目をしながら、憎らしそうに口元を噛んでいた。
河井さんはもう一度シャッターを切り、小さな声で「クズねこいつ・・・」と罵った。
「おいあんた。」
おっさんが河井さんを睨む。
「なに?」
「さっきから人のこと勝手に撮ってるが、その写真どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ。この事件が終わったら記事にするの。」
「俺の罪をバラすつもりか?」
「もちろん。」
「バカかよ。地球がどえらい騒ぎになってんだ。誰も俺のことなんか気にとめるかよ。」
「騒ぎが終わったあとなら、警察だって動いてくれるかも。」
「そうかい。まあ好きにしたらいい。どうせ証拠なんてないんだからな。」
「あるわよ。この青年の死体と、この家のどこかに隠してる変態趣味の写真が。」
「ははは!あのな姉ちゃん、俺は息子を殺したのは殺したが、無理にってわけじゃない。」
「嘱託殺人でも殺人は殺人よ。」
「だからバカか?」
「は?」
「息子は言ったよ、自殺する勇気がないから殺してくれってな。いわばこれは自殺の手伝いだ。殺人じゃない。」
「でも罪は罪じゃない。」
「証拠が残るような殺し方はしてない。初めてじゃないんでな。」
「・・・・あんた自分の息子を殺しといて、よくもそんな言い方・・・・、」
「それに写真なんてもうない。全部処分したからな。」
「でもこの家はアトリエだってさっき・・・・、」
「全部DVDに焼いてある。そんで絶対に見つからないような場所に隠してあるんだ。だから俺を訴えるなんて無理だぞ。」
「・・・・ほんっとクズ。」
河井さんまで汚物を見るような目に変わる。
おっさんは「じゃあ用はそれだけだ」と踵を返した。
「どこ行くのよ!」
「逃げるに決まってんだろ。こんな場所にいちゃいつどうなるか分からないからな。」
遠く離れた場所からは、まだ銃声が響いている。
あのモスラもどきはまだ死んでいないのだ。
「こんなことになるって分かってたら、とっとと避難してたのによ。」
吐き捨てるように言い残し、部屋から出ていく。
「ちょっと!息子さんの遺体を放っったらかしにしてくつもり?」
「いいのか持ってっても。」
「はあ?」
「だってそいつは殺人の証拠なんだろ?俺が回収しちゃまずいんじゃないか?」
「でも家族でしょ?せめて手え合わせてから出ていくとか・・・・、」
「もう合わせたよ。呪われちゃたまんないからな。」
「またそんな言い方・・・・、」
「まあせいぜい頑張れや。どうやっても俺を捕まえるなんて出来ないだろうけどな。
それより地球がどうにかなる方が先かもしれねえし。」
「あんたねえ・・・・・、」
河井さんは今にも飛びかからんとしている。
俺は「もうほっときましょう」と止めた。
「でもコイツは・・・・、」
「どうしようもないクズです。だからこれ以上何を言っても無駄ですよ。」
怒り心頭の河井さんを宥め、「最後に一つだけ聞かせて下さい」と言った。
「さっきこう言いましたよね?あなたの奥さんが地球を侵略しようとしてるって。」
「元嫁だ。もう別れた。」
「それって本当なんですか?俺はヴェヴェがやろうとしてるって聞いたんですけど。」
「知らん。息子がそう言ってただけだ。」
「そうですか・・・・。」
「お前らもとっとと逃げた方がいいぞ。あんなバケモンが近くにいるんだ。どうなるか分かったもんじゃない。」
吐き捨てるように言って、ドカドカと足音を響かせながら去っていく。
バタンとドアが閉じる音がして、逃げるように外を駆けていった。
「・・・・・なにあれ!」
妻が叫ぶ。
「最悪のクソ親父じゃん!一発ブン殴ってやりたい!」
「まあまあ、あのおっさんを捕まえることは出来るかもしれないぞ。」
「無理でしょ。悔しいけどこんな状況じゃ・・・・、」
「だからこの状況を早く終わらせるんだ。それに・・・・、」
俺は彼女を振り向き、「この家にパソコンはありますか?」と尋ねた。
「ええ・・・居間にあったはずですけど・・・、」
「それ、調べてみましょう。」
「へ?」
「あのおっさん、さっきこう言ってたんですよ。こんなことになるなら、とっとと避難しとけばよかったって。
それってつまり、避難したくても出来ない何かがあったのかもしれない。」
「何かって・・・なんですか?」
「自分のコレクションを保存してたのかも。それより居間って一階ですよね?」
「ええ・・・・さっき窓を割って入ってきた部屋です。」
「じゃあちょっと行ってみましょう。」
俺たちは階段を降り、居間へと向かう。
別段変わった様子のない、ありふれた部屋だ。
テレビがあってソファがあって箪笥があって、奥にはキッチンがあって。
そして部屋の隅のテーブルの上には、デスクトップのパソコンが鎮座していた。
隣りにはスキャナー付きの複合プリンターがあって、ケーブルでパソコンと繋がっている。
「多分ですけど・・・・、」
パソコンを立ち上げ、ウィンドウに出てきたパスワード画面を睨む。
「こいつにデータを取り込んでいたんだと思います。」
「それって・・・まだ写真が残ってるってことですか?」
「いえ、全部削除してるでしょう。けど復元をかければもしかしたら・・・・、」
そう言いかけた瞬間、「やる!」と河井さんが叫んだ。
「あの親父、このパソコンを使ってDVDに焼いてたのよ。なら絶対にここに証拠を残してるはず。私が暴いてやるわ。」
「気合入ってますね。」
「ああいう輩って、自分の欲望の為には危険すらも冒すからね。
この街の人、みんな避難してるみたいなのに、自分だけ残ってたのはその為よ。」
そう言ってコンセントを抜き、ケーブルを引っこ抜き、「ふん!」とデスクトップを持ち上げた。
「これ、私が預かる。」
「そりゃいいですけど・・・、」
「円香君は大木へ向かって。その卵を使ってこんな異常事態をとっとと終わらせてきてよ。」
「・・・・分かりました。でもここに残って大丈夫ですか?」
「いやいや、誰も残るなんて言ってないから。なつちゃんたちに途中まで運んでもらうつもりよ。」
「そうですね。とっととここから退散しましょう。」
あんな化け物がいる以上、いつ核が落ちてくるか分からない。
そそくさと家を出ようとすると、彼女が「あの!」と叫んだ。
「主人は・・・連れて行ってあげられませんか?」
「え?いやあ・・・・どうだろう。だって・・・・ねえ?」
妻に目を向けると、「いいじゃない」と頷いた。
「地球まで侵略しようとする暴力的な母親に、変態で自己中のクズ親父。そんな両親に育てられたんじゃって思うとね・・・・。
それに自分で望んだにしろ、最後は親の手で殺されるなんて・・・・さすがに同情してきちゃった。」
「じゃあ・・・・、」
「一緒に運んであげようよ。」
「あ、ありがとうございます!」
「私も賛成。あの親父は証拠がない殺し方したなんて言ってるけど、調べれば何か出てくるかも。」
河井さんも頷き、彼女は嬉しそうに頭を下げた。
それから数分後、毛布に包んだ青年と一緒に家を出た。
遠くから響く銃の音に混じり、砲撃のような重たい音も混じって聴こえる。
目を向けてみると・・・・、
「まんま戦争だなありゃ・・・・。」
いつの間にか戦車まで来ている。
空には攻撃ヘリも・・・・。
ミサイル?ロケットランチャー?
どちらか分からないが、巨大な蛾に向けて発射していた。
その爆音はすさまじく、遠く離れていても空気の震えが伝わってくるほどだ。
もうもうと火炎が上がり、煙と共に空に昇っていく。
しかし蛾は大したダメージを受けていない。
辺りはオーロラを粉末にしたような輝きに包まれ、まるでバリアのように蛾を守っている。
「全然効いてないね。」
妻が言う。
「核でも防ぐんだ。無敵のバリアだよ。」
逃げることさえ忘れ、呆然と見つめる。
すると空から『円香さん!』と声が響いた。
『・・・おお、なつちゃん!』
「今のうちに早く!」
そう言って蝶の群れたちが糸のハンモックを紡ぐ。
俺たちは急いで飛び乗り、恐ろしい蛾が暴れる戦場を後にした。
・・・・それから少し経ってからこと。
空を揺られる俺たちの背後から、眩い閃光が襲いかかった。
《またッ・・・・・、》
いったいこの光に襲われたのは何度目だろう・・・・。
振り返られなくても、さっきまでいた街がどうなったかは、容易に想像が出来た。
《大丈夫かな・・・あそこにいた自衛隊の人たち・・・・。》
いくら戦うのが仕事の人たちでも、人が死ぬのは悲しい。
それもあんな化け物の為にだなんて・・・・。
どうか生き延びていてくれと願いながら、光に追われるように逃げて行った。

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