蝶の咲く木 第三十四話 子供たちの決断(2)

  • 2018.02.08 Thursday
  • 10:57

JUGEMテーマ:自作小説

電子機器が使えないというのは不便なものだ。
写真くらいは旧式のフィルムカメラで代用が利くが、他はそうはいかない。
パソコンもダメ、スマホもダメ、そしてネット自体もダメ。
強力な磁場は磁器障害を引き起こし、最新の利器ほどダメージを被る。
「ああもう!なんて不便な!」
繋がらないスマホを叩きつけ、河井さんのイライラが増していく。
遠くにそびえる根っこを見上げて、「くたばっちまえ!」となじった。
・・・ここは野戦病院。
さっきよりも患者の数が増えている。
それに加えて最新の医療機器が使えないとなれば、人手でカバーするしかないわけだが・・・・、
「医者も看護師もぜんぜん足りないみたいですね。」
慌ただしく走る医療従事者たち。
ボランティアらしき人達も頑張っているが、いかんせん医療は気持ちだけでどうにかなるものじゃない。
患者の数が増えた分だけ、手の回らない怪我人が増えるということ。
テントの並んだ野戦病院の奥、ブルーシートで仕切られた先には、俺がここにいた時よりも遺体が増えていた。
もはや遺族が引き取りに来るのを待つなんて言っていられない。
積み上がった遺体は腐敗をはじめ、いずれ病気をばら撒くだろう。
そうなる前にと、古い遺体から火葬が始まっていた。
「見てられないな・・・・。」
目を逸らし、遠くにそびえる根っこを睨んだ。
「まさかあれからも磁気が出てるなんて。」
蝶やあの怪獣どもから強い磁気が出ているのは知っていた。
しかしまさか巨木からもなんて・・・・。
「さっきはどうもなかったのに、どうして今になって磁気が出てるんでしょうね。」
そう呟くと、河井さんは「さあ?」と首をひねった。
「本格的に侵略してきたんじゃない?」
「もしこのままだったら・・・・、」
「確実に人類は負けるわね。」
「俺、すぐにあの大木まで行ってきます。なつちゃんたちに運んでもらって。」
「OK。私はこいつのデータをどうにか復活させてみせる。」
そう言ってアルミホイルで包んだパソコンを叩いた。
「それ、磁気でやられたりしてませんよね?」
「こんだけアルミ巻いてりゃ平気でしょ。」
「いや、そうじゃなくて・・・・あの家にある時に。」
「分からないわ。あそこにも蝶の群れが来てたから、もしかしたらってこともあるかも。
けど何もせずに諦めるのは好きじゃない。絶対にあの親父をブタ箱に叩き込んでやるわ!」
鼻息荒く息巻いて、「後は任せる」と言った。
「ほんとなら一緒に行きたいけど、こっちの方が気になっちゃって。」
「河井さん、こういう事件の記者の方が向いてるんじゃないですか?だってこんな状況なのに、犯罪者の罪を暴こうとしてるから。」
「かもしれない。」
そう頷き、ブルーシートの前に立つ警官を見つめた。
ここへ着いてすぐに、あの警官に事情を話した。
俺たちに少年の遺骨を渡してくれたあの警官だ。
『なんとまあ・・・・。』
苦い顔で俺たちの話を聞いて、『今は何も出来ないが・・・・』と前置きした。
『もし侵略者どもを倒すことができたら、どうにかしてみるよ。』
そう言って青年の遺体を預かってくれた。
あとは河井さんと警察に任せて、すぐに大木へ向かうことにした。
「じゃあ河井さん、行ってきます。」
「うん、気をつけて。・・・・っていうか、それも持ってく気?」
「え?」
「だからそれよそれ。子供の遺骨。」
怪訝な顔をしながら、肩に担いだブルーシートを指さす。
「もう必要ないでしょ?」
「ええ、まあ・・・・、」
「ていうかその子の骨も置いていってくれない?あの親父を追い詰める証拠になるかも。」
「この子も被害者ですからね。けど・・・預けるのは後からでもいいですか?」
「どうして?こう言っちゃなんだけど・・・その子の骨、もう役に立たないでしょ?」
「そう思うんですけど・・・なんか手放せなくて。」
遺骨を手に持ち、「あの子の魂はもういないですけど・・・」と言った。
「でもまだ終わってないんです。あの子は何も報われないまま逝ってしまって・・・、」
「可哀想にね・・・・辛い思い出しかないなんて。」
「だからせめて、最後まで見届けさせてやりたいんです。魂は天国にあっても、身体はまだここにある。こいつを通して見てくれればと思って。」
「そう・・・分かった。ならその子は君に預ける。全てが終わったらみんなで弔ってあげよ。」
「ええ、お願いします。」
頭を下げ、「じゃあ」と病院を後にする。
なつちゃんたちはステルスを使って、外で待っているはずだ。
しかしそこへ行く前に・・・・、
「・・・・いたいた。」
走り回る医者や看護師、運ばれてくる患者。
その隙間を縫いながら、「お〜い」と妻に駆け寄った。
「どう、彼女の様子?」
「大したことはないみたい。」
妻は頷き、横たわる彼女を見つめた。
実はここへ戻って来るまでの間に、突然「苦しい・・・」と息が荒くなった。
聞けば喘息持ちらしく、あまりにストレスが重なると、こうして発作を起こすことがあるという。
「すいません・・・・最近は全然平気だったんですけど・・・色々ありすぎちゃって・・・、」
「いいわよそんなの。あれだけのことがあったんだもん、落ち着いてられる方がどうかしてる。」
「もっと早く・・・真実を知ってれば・・・・あの両親から主人を引き離すことができたかもしれないのに・・・・、」
「そういうのは考えちゃダメ。辛くなるだけよ。」
「主人も亜子も・・・・あの人たちのせいで辛い思いをしたんです・・・・。
ううん、今でもしてるはず・・・・。主人は父親に殺されて、亜子はあの母親にさらわれて・・・・。
あんなどうしようもない人たちは・・・・初めて・・・・、」
「あなたが悪いわけじゃないから、そんなに思いつめないで。また喘息が酷くなるよ。」
握った手を揺らし「あとは私たちに任せて」と頷きかけた。
「私と旦那とで、全てを終わらせてくるから。」
「亜子は・・・帰ってきますか・・・?」
「なつちゃんたちに頼んでみる。あの子たちは子供の味方だから、きっと力になってくれるはずよ。」
「お願い・・・・亜子だけは・・・・無事に帰してほしい・・・・。」
「必ず連れて帰る。そのあとはご主人を弔ってあげよう。ね?」
「・・・・ありがとう。」
妻は立ち上がり、「行ってくるから」と手を振った。
「じゃあお父さん。」
「ああ、それじゃ。」
彼女に会釈を残し、二人並んで外へ向かう。
「大丈夫?必ず連れ戻すなんて言って。」
亜子ちゃんのことを尋ねると、「他になんて言えばいいの?」と返された。
「私たちだって優馬を奪われたのよ?」
「もし立場が逆だったら、そりゃああ言って欲しいけどさ・・・・。
でも無理だった場合はかえってショックを受けるんじゃないか?」
「今ショックを受けるよりマシよ。だって希望がなきゃ生きていけないもん。」
「あの人・・・自殺したりしないよな?」
「そうなったら困るからああ言ったんじゃない。だけどもし亜子ちゃんを連れ戻せなかったら・・・・、」
「責任重大だな。」
上手くいけば侵略を防げるかもしれない。
だけど奪われた子供を取り戻すことは・・・果たして可能なのか?
《優馬はまだ生きてるはずだ。ヴェヴェは理由もなく子供を殺したりしないからな。だけどヴェヴェもどきに生まれ変わってる可能性はある。》
もしも蝶になってしまっていたら、俺たちはどうすればいいんだろう?
もちろん見捨てるなんてことはしないが、あの姿のまま地球にはいられないだろう。
となると、子供の国にいるままになってしまうんだろうか?
「お父さん!」
妻が腕を引っ張る。
何事かと思う前に、事態の異変に気づいた。
「あれは・・・蛾か?」
光る蝶とよく似た小さな蛾が、自衛隊と戦っている。
「お父さん・・・あの蛾ってまさか・・・・、」
「うん、多分モスラもどきの仲間だ。」
「亜子ちゃんはあの蛾に連れて行かれた。てことはあの蛾も・・・まさか子供の生まれ変わりってこと?」
「かもしれないな・・・・。」
蛾と自衛隊は戦い続ける。
するとそこへ蝶の群れがやって来た。
蝶は自衛隊に加勢して、蛾と激しく戦う。
「おお・・・・。」
身体は小さいのに、ぶつかる度に大きな音が響いていた。
まるで砲弾と砲弾が激突するみたいに・・・・。
やがて蛾の群れが、羽から雷を落とし始めた。
蝶の群れの一部はそれに焼かれ、黒焦げになって墜落していく。
しかしやられっぱなしというわけではない。
鱗粉を振り撒き、雷を防いでいる。
そして羽ばたきで風を起こし、激しいつむじ風を発生させた。
さらに羽から炎を放って、つむじ風に纏わせる。
炎は途端に竜巻となり、蛾の群れを後退させていった。
「熱っつ・・・・、」
妻が俺の後ろに隠れる。
風に巻かれる炎の柱は、辺り一帯に熱風を巻き散らす。
群れから近い場所にあった民家が発火するほどだ。
『円香さん!』
なつちゃんが飛んできて『離れて下さい!』と叫んだ。
『ここにいたら燃えちゃいます!』
「なつちゃん・・・これっていったい・・・、」
『いいからもっと離れて!』
なつちゃんたちの群れが、俺と妻を抱えて空に舞う。
炎の竜巻はさらに激しさを増し、空にまで熱風が襲いかかってきた。
「死ぬ!」
妻は頭をかかえてうずくまる。
俺も両手で顔を覆った。
《なんなんだいったい!》
いきなりの出来事にパニックになる。
いったい何がどうなっているのか・・・わけが分からないまま混乱していると、急に熱風が治まってきた。
恐る恐る目を開けると、不思議な色の光がキラキラと舞っていた。
「これは・・・なつちゃんの鱗粉?」
光は頭上から降り注ぎ、まるでバリアのように熱風を遮断している。
『風が強い・・・。みんな!もっと羽ばたいて!』
俺たちの頭上で、蝶たちが羽ばたきながら旋回する。
すると・・・・、
「おお!」
核の爆風を防いだ時のように、周りに風の盾が出来上がっていた。
しかも鱗粉と一緒に回っているもんだから、ここだけオーロラが発生したみたいに、神秘的な光景になっている。
しかしこのバリアの外はというと・・・・、
「なつちゃん!炎が・・・・、」
『分かってます!』
炎の竜巻が振り撒く熱風は、野戦病院へも押し寄せている。
悲鳴が上がり、次々にテントが飛ばされていった。
『ここで待ってて下さい!』
なつちゃんは俺たちをビルの陰に下ろし、病院へと飛んでいく。
するとどこからか応援に駆け付けた自衛隊が、なつちゃんたちの群れに向けて発砲し始めた。
「おいやめろ!その子たちは味方だ!」
彼らからすれば、どの蝶も敵に映ってしまうだろう。
銃弾は全ての蝶と蛾に向けられ、争いの火が拡大していった。
「クソ!どうすりゃいいんだこれ・・・・、」
もしここでなつちゃんたちが倒れれば、大木まで辿り着くことは出来ない。
「頼むからやめてくれ!その子たちを撃たないで・・・・、」
ビルの陰から飛び出し、なつちゃんたちの方へ走る。
妻が「危ないよ!」と叫びながらも、「もう!」と走り出てきた。
「熱ッ・・・・、」
「焼け死ぬ!」
物陰から出たはいいものの、熱風が俺たちの足を阻む。
慌てて引き返し、腕や顔をこれでもかとさすった。
「なんてこった・・・ここも戦場になっちまうなんて。」
「お父さん・・・もしなつちゃんたちがやられたら・・・、」
「もうどうしようもない・・・・。」
「野戦病院には彼女や河井さんだっているのに・・・・。」
熱風は激しさを増し、ビルの陰にまで押し寄せる。
「もっと奥に!」
妻の手を引き、襲いかかる熱風から逃れる。
しかし走り続けたその先は・・・・、
「マジか・・・・。」
建物の陰はここまで・・・・先には広い道路が伸びていて、熱を遮るものがなかった。
俺と妻は身を寄せ合い、炭に変わってしまうのだと諦めた。
だが予想もしない急展開というのは、なにも悪い事ばかり起こるわけじゃない。
・・・いや、悪いことと言えば悪いことなんだけど、今の俺たちにとっては好都合な出来事が空から・・・・、
「お父さん・・・・、」
「ああ、来やがった・・・・。」
突風が吹き下ろす。
その風は熱風を一瞬で彼方へ押しやる。
道路に転がっていたバイクや車までもがひっくり返った。
「うおおおおお!」
身をかがめ、近くにあった電柱にしがみつく。
風を起こした主はビルの上に舞い降り、大きな複眼で辺りを見渡した。
『・・・・・この近くに気配を感じたんだけど。』
エコーのかかった不気味な声が響く。
巨大な羽を広げて、これでもかと鱗粉を放った。
辺り一面が七色のような、黄金のような、銀色のような不思議な色に染まっていく。
その光は瞬く間に炎の竜巻を消し去った。
「ヴェヴェ・・・・。」
息を飲み、見上げていると、妻が「優馬を返せ!」と叫んだ。
「私たちの子供を返せ!」
大きな複眼がこちらを向く。
わずかに触覚を揺らしながら、『隠れてなさい』と言った。
「はあ?」
『卵を持ってるんでしょ?』
そう言ってヒラヒラと触覚を振る。
「そうよ!こっちにだって人質がいる!もし優馬に何かしたら、この卵を踏み潰して・・・・、」
『あの子は生きてるわ。蝶になってね。』
「・・・あんた・・・よくも人の子供を・・・・、」
『でも心配しないで、まだ人間だから。繭に包めば元に戻る。まあそれが出来るのは私だけだけど。』
「じゃあすぐに戻してよ!」
『あんたに命令されるいわれはない。あの子はもう子供の国の一員なんだから。』
「ざっけんな!優馬は誰にも傷つけられてない!虐待もないし変態に狙われたことだって・・・・、」
『もう関係ないの、そういうことは。地球全体が子供の国になる。
あの国にいる子供たちは、もうあんた達の子じゃない。』
「勝手なことほざくな!なんであんたが勝手にそんなこと決めんのよ!!」
『地球の大人が不甲斐ないから。人間の大人は子供の天敵でしょ?』
「違う!みんながみんなそんな大人じゃ・・・・、」
『だから何?一人でもそいう大人がいるなら、子供は安心して暮らせない。』
「でもそういう大人から子供を守る大人も大勢いるわよ!」
『守れないから言ってるの。あんた達じゃ無理。』
「無理じゃない!私たちはずっと優馬を大事に育ててきて・・・・、」
『無理なのよ。子供の天敵を代表するような奴がこの近くに潜んでるわ。あんた達じゃ子供を守れない。』
「だからなんでそうやって勝手に決めつけて・・・・、」
『いいから物陰に隠れてなさい。くれぐれも卵を壊さないように。』
ヴェヴェの羽が鏡のように反射する。するとそこに映ったものは・・・・、
「・・・・出た。」
ヴェヴェと変わらないほど巨大な蛾が映っていた。
「隠れてやがったのか・・・・、」
羽が映し出す方向を振り返ると、何もない空間から陽炎のようなものが昇った。
そしてじょじょに姿を現してくる・・・・あの巨大な蛾が。
『見なさい、あれこそ地球の大人の本性。暴力と歪んだ心を持った子供の天敵よ。』
巨大な蛾は不気味に佇ずみ、櫛状の触覚をヒラヒラと揺らした。
『死んでって言ったのになんで生きてるの?私が死んでって言ったら死んで。』
ヴェヴェを睨みながら怒りを露わにする。
こちらの声にもエコーがかかっていて、ヴェヴェとは違った不気味さを感じた。
・・・・いや、恐怖といった方が正しい。
何かこう・・・上から見下されるような、大きな力で押さえつけられるような。
一言でいうなら暴力的な声だった。
聴いただけで心を逆なでされ、それと同時に服従を迫られるような・・・それを拒否すれば拳が降ってくるような、そんな声に聴こえる。
《虐待をする親って、子供からはこんな風に見えてるのかな・・・・。》
あの蛾は大きい。
ただそこに立っているだけで周りを見下ろすほどに。
あんな上から暴力を振り撒かれ、罵りを飛ばされたら、きっと誰も逆らえない。
どんな理不尽な扱いを受けようと、どんな不条理なことを言われようと、頭を低くして耐えるしかないだろう。
これが虐待を受けている子供の心境だとしたら、それはどれほど酷なことか。
幽霊になったあの少年も、彼女の夫だったあの青年も、幼い頃からこんな恐怖に圧迫されていたなんて・・・・。
《大人は子供の敵なんかじゃない。けどこういう奴もいる・・・・ヴェヴェの言う通り、こいつは子供の天敵だ。》
自分よりも弱い者をいたぶることに、この上ない快感を覚えるのだろう。
そんな奴がヴェヴェと同等の力を持っているという事実は、それだけで足を竦ませた。
「・・・・隠れていよう。」
妻の手を引き、物陰に避難する。
あの二体が戦えば、ここら一帯は瓦礫の山と化すだろう。
こんなビルに隠れたところで意味はないが、それでも身を隠したがるのが人の心理だ。
ヴェヴェと蛾は睨み合ったまま動かない。
二体の迫力に圧されてか、さっきまで銃声を響かせていた自衛隊も、戦いに駆け付けようとはしなかった。
当然だろう・・・戦いを挑んだところで、結果は火を見るより明らかだ。
《神様・・・どうか・・・・。》
手に汗を握りながら、どうか人類にとって良い結果に終わるようにと願う。
出来れば共倒れが理想だが、文句は言うまい。
今まで信心深いわけではなかったのだ。
追い詰められた時だけ「お願いします」と頼んだところで、「はいそうですか」と神様も頷いてはくれないだろう。
どんな形でもいい・・・・どうかこの星が無事で終わる結果であれば・・・・、
『円香さん!』
なつちゃんが飛んでくる。
「おお、無事だったか!」
『今のうちに大木へ!』
「え?こんな状況で・・・・?」
『こんな状況だからこそチャンスです!ヴェヴェも蛾もこっちに気を取られてる場合じゃないから。』
「そ、そうか・・・確かにそうだな。」
『それに・・・、』
「それに?」
『みんなが決断をしてくれました。』
「決断?」
『はい!』
「何を?」
『子供の国を放棄することを。』
「・・・・はい?」
『さっき蛾の群れと戦ってた蝶たちがいるでしょう?あの子たちは子供の国を代表してやってきた子なんです。』
「代表?」
『私・・・ううん、あの国で大人を迎えた子供たちの多くが、ヴェヴェのやり方に反対でした。
だからもうここにいるのはやめようって、他の子供に説得してたんです。』
「・・・・・・・。」
『私自身・・・・復讐を終えてから、嬉しいのと同時に嫌な気分になることがありました。
復讐したこと自体に後悔はありません。だけどこれからあそこへやって来る子供たちに、復讐に走ってほしくないっていう気持ちもあって・・・・。』
「なつちゃん・・・・。」
『分かってるんです、すごく身勝手だって。そんなの自分の復讐を成し遂げたから言えることかもしれないって。
だけど復讐したからこそ言えることもあります。大人になった今・・・・子供たちに復讐の道を選んでほしくない。』
「だから子供の国を放棄しようと?」
『はっきり言って、あそこは子供の為の国じゃありません。円香さんならもう分かってると思うけど。』
「ああ、あれはヴェヴェの為の国だ。かつて捨てた母星を再現しようとしてるんだよ、それも自分の理想の形で。
君たちはそれに付き合わされているにすぎないよ。」
『そうです。だからヴェヴェ自身が、いま向かい合ってるあの大きな蛾と同じなんです。
復讐・・・それに地球の侵略・・・・。そんなものをあの子たちに背負わせたくない。
だからずっと説得し続けてきたんです。でも簡単じゃなかった・・・反発もあったし、ヴェヴェに告発する子もいたし。』
「それでヴェヴェから狙われてたんだな・・・謀反者として。」
『ヴェヴェの掲げてることは、あの蛾とまったく同じです。自分のことしか考えていない大人なんです。
片方は狡猾で、片方は野蛮で・・・・。その違いがあるだけで、根っこにあるのは自分勝手な暴力。
私たちを苦しめていた大人となんにも変わらない。子供の国が存在するっていうことは、死んだあとまで子供を苦しめることになる。』
そう語るなつちゃんの声は、もう子供の声ではなかった。
彼女は言っていた。
子供と大人の違いは、年齢だけではないと。
心が成長することが、本当の大人になることなんだと。
今のなつちゃんは間違いなく大人だ。
それも悪い大人から子供を守る、庇護者としての大人だ。
だったら彼女の提案を拒否する理由はない。
子供の国の放棄が子供たちの為になるというのなら、それが彼女の口から語られることなら、それはきっと正しい。
『円香さん、急ぎましょう。そう時間はないはずだから。』
「そうだな、あいつらが延々と戦い続けちゃ、それこそ地球の終わりだ。」
『いえ、逆です。』
「逆?何が?」
『戦いは長引きません。』
「そうなの?だってあの二匹って互角なんじゃ・・・・、」
『きっとヴェヴェが圧倒します。』
「あいつそんなに強いのか?いや、強いのは知ってるけどさ・・・圧倒するほどとは知らなかった。」
『さっきまでは蛾と同じくらいの強さだったんです。だけどそれじゃ勝てないから、いったん子供の国へ戻ったんです。
そしてあることを・・・・、』
「あること?」
『子供の国の巨木って、実はヴェヴェの一部なんですよ。』
「へ?」
『あれってヴェヴェのお尻から生えてる触手みたいなものなんです。
それを切り離して、子供の国の基礎にしてたんです。けど今は繋げてるはず。』
「あれはヴェヴェの一部・・・・。」
『そのせいで、今は根っこから強力な磁気が出てるはずです。そのせいで電子機器は使えないでしょう?』
「ああ、そのせいで!」
これで納得がいった。
なんでいきなり根っこの傍に磁場が出来ていたのか。
『子供の国を維持しなきゃいけないから、全ての触手を使うことはできません。
けどあんなに大きな物だから、一部だけ使ったとしても・・・・、』
なつちゃんが言い終える前に、それは起きた。
青い空から何本もの巨大な根が降りてきて、山のごとく大地に突き刺さる。
その衝撃で地震が起き、足元も建物もグラグラと揺れた。
「うおおお・・・・、」
ビルに掴まって、どうにか堪える。
『見て下さい。まるで結界みたいに・・・・。』
言われて目を向けると、この街を覆うように根っこがそびえていた。
そして・・・・、
「な、なんだありゃあ・・・・・、」
巨大な根っこの一本一本から、さらに根が伸びてくる。
まるで大木が枝分かれするように・・・・。
根はさらに細かく分かれる。
やがて立体的な蜘蛛の巣のように絡み合い、蛾の周囲を覆っていった。
『あんたなんかに地球は渡さない。死ぬのはそっちよ。』
クスクスと笑い声を響かせながら、逃げ場を失った蛾に飛んでいく。
『何これ?どかしてよ。』
蛾は鬱陶しそうに羽で叩くが、蜘蛛の巣状の根っこはビクともしない。
ヴェヴェはさらに蛾へと近づき、お尻の先から恐るべきものを出した。
「なにあれ・・・気味悪い・・・・。」
妻が吐きそうに口元を押さえる。
ヴェヴェのお尻から、ミミズのようなゴカイのような、なんともいえない奇妙な動きをする生き物がワラワラと伸びてきたからだ。
そいつは見えないほとの上空まで続いている。
「そうか・・・あれで巨木と繋がってるんだ。」
環形動物のような不気味な物体は、おそらくヴェヴェの触手だろう。
蛾は必死に脱出を試みるが、いくらもがいても根っこの蜘蛛の巣は破壊できない。
『円香さん!見てる場合じゃありません。』
なつちゃんは仲間を呼び、糸のハンモックを紡ぐ。
そして俺たちを乗せて、高い空へと舞い上がった。
『飛ばしますよ。』
「・・・ああ、頼む。」
かなりの速さで空を舞い、街を覆う結界のような根っこを抜けていく。
後ろを振り返ると、そこには見るも無残な光景が・・・・、
『やめて!やめてええええええ!!』
蛾が苦しんでいる・・・・何重にも声を響かせて、蜘蛛の巣の中でもがいている・・・・。
『どう?いたぶられる気持ちは?』
ヴェヴェの笑い声が増していく。
蛾は身もだえしながら、さらに絶叫を響かせた。
『ふざけんなあああああ!』
蜘蛛の巣状の木の根から、幾つもの糸が伸びている。
その糸からは液体が滴っていて、強酸のように蛾を溶かしていた。
鱗粉のバリアを張ろうにも、糸で絡められて身動きが取れない。
かろうじて動く足をばたつかせ、悲鳴を上げること以外の自由を奪われていた。
《こんな簡単に決着が・・・・。》
最大の武器である鱗粉が使えないのなら、あの蛾が負けるのも時間の問題だろう。
なつちゃんの言う通り、勝負に時間はかかりそうにない。
あの蛾を平らげたあとは、おそらく俺たちが襲われる。
この卵を狙って・・・・。
《頼む!俺たちが大木へ着くまではもってくれ!》
あの蛾にはくたばってほしいが、すぐにやられちゃ困る。
今だけは少しばかり応援するしかあるまい。
一刻も早く全てを終わらせる為に。
・・・・子供は大事だ。
だけどこれ以上、子供の夢が現実を蝕んではならない。
少年の骨を抱きながら、夢も一緒にあの世へ持っていってくれればと、余計な置き土産を呪った。

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