蝶の咲く木 第三十六話 宇宙人の卵(2)

  • 2018.02.10 Saturday
  • 10:25

JUGEMテーマ:自作小説

初めて車に乗った時・・・・そう、例えば無免許運転とか、教習所とか。
そんな時、アクセルを目いっぱい踏み込んで、メーターがグングン上がっていく時の加速感は、尻がムズムズするような不思議な感覚になる。
恐怖を覚える人もいるだろうし、快感を覚える人もいるだろう。
まあどちらにせよ、今までの人生で体感したことのない、奇妙で不思議な感覚に襲われるはずだ。
しかしそういった感覚も、何度か車に乗れば慣れてくる。
初心はどこかへ消え去り、そうなるのが当たり前のことだと。
・・・・が、人生で一度しか体験しないであろう出来事の中で、似たような・・・いや、もっと強烈で奇妙な感覚に襲われたら、人はどうなるだろう。
やはり同様に恐怖か快感を覚えるのではないだろうか。
俺は根が小心者なので、この手の感覚は苦手だ。
だからジェットコースターだって、30年近い人生の中で、片手で数える程しか乗ったことがない。
《勘弁してくれ!》
今、俺は新しい生き物へと生まれ変わろうとしている。
その為についさっき命を終えたばかりだ。
・・・・死ぬことへの恐怖はあったけど、体感してみるとそう大したものじゃなかった。
大木を覆う繭の中にいた蝶たちは、これでもかと優しく殺してくれたからだ。
鱗粉で俺を眠らせ(そんな作用があるとは知らなかった)、次に目を開けた時には、足元に俺の身体が横たわっていた。
大量に睡眠薬を摂取した時のように、夢心地の中で命を終えたわけだから、まあそれはいい。
問題はその後で・・・・そう、卵が孵化してからだ。
蝶たちは卵を俺の亡骸に叩きつけた。
どぎつい色をした石みたいな玉が、硬い音と共に砕ける。
すると中からこれまたどぎつい色をしたイモムシが這い出てきて、俺を睨みつけた。
亡骸の方にではない、魂だけとなった俺の方を・・・・。
イモムシはイモムシとは思えないほど俊敏に動いて、俺の頭めがけてダイヴしてきた。
反射的に手で防御しようとしたが、イモムシはそれより速かった。
俺の頭は貫かれ、中にイモムシが入ってくる。
その瞬間から、俺は俺でなくなり始めていた。
意識が朦朧として、頭の中が溶けていくような感覚に襲われる。
思わず膝をつき、重力に引っ張らるようにして(魂なのに!)、自分の亡骸へと倒れ込んだ。
・・・その次に起こったことは、これまたビックリだ。
亡骸からワラワラと糸が伸びてきたのだ。
その糸に巻き付けられて、繭に閉じ込められてしまった。
俺の入っていた肉体は、繭から出る粘液のような物のせいで、すぐに分解されてしまった。
スープ状になった亡骸は、狭い繭の中で俺の魂を満たしていく。
・・・・ここからだ!あの奇妙な感覚が襲ってきたのは。
初めて車に乗り、グングンと加速していく時の、尻がムズムズする感覚。
あれの何百倍も強烈な感覚が襲いかかってきた。
例えるなら・・・・そうだな、オープンカーに乗ったまま、高速道路をマッハで走っているような感じ・・・とでもいうのか。
人によっては楽しいと思うんだろうけど、俺にとっては恐怖でしかない。
凄まじいスピードの中、タイムトラベルか走馬燈か知らないが、今まで生きてきた人生が周りを流れていき、自分の意識も魂も崩れ去っていく感覚があった。
《怖ええええ!》
ただただ恐怖・・・それ以外の感情が沸いてこない。
これが別の生き物に生まれ変わるってことなら、俺は人生なんて一度きりでいいと思う。
死んだ後までこんな体験を乗り越えないといけないなんて、なんの罰ゲームなんだか。
でもまあ・・・・我慢だここは。
これを乗り越えた先には、もっと大きな障害が待っているのだから。
そう、ヴェヴェとの戦いだ。
あの凶悪で強大な宇宙人を、葬るか地球から追い出すかしないといけない。
・・・・いや、葬らないといけないんだろうな。
生きていたらまた戻ってくる可能性がある。
そうなったら、俺が人間をやめた意味もなくなってしまうじゃないか。
その為には力が必要で、イモムシのままでは勝てない。
この大木からエネルギーを与えてもらい、すぐにでも成虫にならなければ・・・・、
いきなり話が逸れるが、人は複数のストレスには耐えられないそうだ。
病気、借金、リストラ、辛い出来事は幾つもあるが、それらが重なった時、心にかかる負荷は何十倍にも膨れ上がる。
だからこそ自殺したり、自棄になって犯罪に走る者がいるわけだが、今の俺も同じ状態になってしまった。
というのも、新たな生き物へ生まれ変わろうしているストレスの中、別のストレスが襲いかかって来たからだ。
《痛ってええええッ・・・・これなんなんだよ・・・・、》
地面を突き破って鋭い針が飛び出してくる。
・・・いや、よく見ると針じゃない、これも根っこだ。
ただ針のように細いだけで、ちゃんと樹皮のようなでこぼこが付いている。
そいつはイモムシへと生まれ変わろうとしている俺に突き刺さり、何かを注入してきた。
全身の神経が逆立ちするような、筋肉が勝手に動き回るような、とてつもない痛みだった。
多分人間のままだったら即死しているほどの・・・・。
《これ・・・・電気か?》
なつちゃんは言っていた。
短時間で成虫へと成長するには、大木からエネルギーをもらう必要があると。
それでもって、この大木が蓄えているエネルギーってのは、地熱を吸い上げて電気に変換したものだ。
いわばこの大木は発電機。
地殻の底を流れるマントルを頼りに、電気を生み出しているわけだが・・・・、
要はこれ、俺の中に電気が注がれているわけだ。
針みたいな根っこを通して。
こいつがいったい何万ボルトあるのか知らないが、子供の国を維持できるほどのパワーなので、雷さえも凌ぐんだろう。
そんな電気が体内に注がれるなんて・・・・やはり人間のままでは即死しているだろう。
しかし幸か不幸か、今の俺へ宇宙産のイモムシへと生まれ変わりつつある。
そのおかげで死にはしないが、痛みだけはどうにもならない。
《・・・・・ッ!》
仕方がないと分かっている。
短時間であの巨大な蛾へと成長するのは、これだけのエネルギーが必要なんだろう。
しかしだ!
イモムシへと変わっていく不思議で奇妙な感覚への恐怖。
それに加えて筋肉も神経も引き裂かれるほどの痛みが加わると、これはもう耐えられるもんじゃない。
心も肉体も、もう限界。
《誰か・・・・助けて・・・・、》
そう思った時、ふと人の気配を感じた。
音が聞こえる・・・・繭の外から誰かが触れているのが分かる。
目を向けてみると、そこには一枚の絵があった。
《あの子の・・・・・。》
大きな夢想を描き出したあの絵。
どうしてここに?と思った。
外に置いてきたはずのに・・・・。
不思議に思っていると、どこからか《おじさん》と声がした。
《ごめんなさい、僕のせいで。》
・・・この声はあの少年だ。
成仏したはずではなかったのか?
《僕もう子供の国なんかいらない。だって天国ってすごくいい所だもん。》
声が聴こえる度に、身体が楽になる。
耐えがたいはずだった痛みが、波が引くように治まっていく。
《でも子供の国が必要な子もいる。だからおじさんが守ってよ。辛い目に遭った子たちを・・・・、》
痛みは完全に消えて、それと同時に少年の声も消えた。
しかし絵だけは残っている。
その絵の向こうからゆっくりと髑髏が現れた。
《これはあの子の・・・・、》
頭の骨の続き、背骨、腕、足と、ブルーシートに入っていた骨の全てがやってくる。
いったいどうしてこんな事になっているのか分からないが、どうやらこの骨のおかげで痛みが和らいだらしい。
というのも、いつの間にか針のような根っこが少年の骨に刺さっていたからだ。
頭蓋骨のてっぺんにプスリと突き刺さって、俺が受け取るはずだった電気を蓄えている。
そして・・・・・、
「あ・・・、」
爆薬が弾けるように、頭蓋骨は吹き飛んでしまった。
粉々になった破片は他の骨に降り注ぎ、まるで磁石のようにピタリと張り付く。
背骨、腕、足の骨はカタカタと揺れて、生き物のように動き出す。
《・・・・・・・。》
俺は呆然とそれを眺める。
魂はもうないはずなのに、どうして動いているのか・・・。
不思議に思ったが、すぐに謎が解けた。
《爺さん・・・・。》
屋敷の爺さんが少年の骨の後ろにいる。
《あんた出てきちゃダメだろ!もしヴェヴェに見つかったら・・・・、》
《すぐに隠れるわい。それより早く大人になれい。》
《もう大人だ。》
《何言ってる、イモムシのままじゃないか。》
《・・・・あ。》
いつの間にか完全なイモムシへと変わっている。
真っ白で毛のフサフサしたイモムシに。
《なんだこれ?俺の頭に飛び込んできたイモムシと全然違うじゃないか。》
《そりゃそうだ。あんたの魂が宿っとるんだから。》
《魂が宿ると変わるのか?》
《本人の性格や考え方が色濃く出る。あんたは真っ白でフサフサの体毛をしたイモムシだ。てことは純粋な反面子供っぽく、優しい反面憶病ってことだろうな。》
《当たってる・・・・。》
《とにかくさっさと成虫になれい。でないと外にいる子供たちが皆殺しにされかねん。あんたあの子らを守ってやるんだろう?》
《成虫になれって言われても、いったいどうしたらいいのか・・・、》
《なんの為にこの子が電気を蓄えたと思っとる?アンタが痛い痛いと喚くから、わざわざ天国から助けに来てくれたんだろうが。》
《え?俺のせいなの?》
《つべこべ言わんとこの子の骨と一緒になれ。》
そう言って手を向けるので、俺はのそのそと這いよって行った。
《のたのたするな、ピョンと飛ばんかい。》
《あ、ああ・・・・。》
ゴムみたいに身を縮め、ピョンとジャンプする。
するとポ〜ンと孤を描いて、少年の骨の上に乗った。
それも首の上に。
《すぐに成虫になる。ヴェヴェを倒して子供たちを解放してやってくれ。》
そう言い残し、《それじゃ》と地中へ隠れてしまった。
その直後、俺の身体から糸が伸びてきて、少年の骨を包んだ。
再び繭となり、新たな姿へ生まれ変わっていく。
俺も少年の骨もドロドロに溶けて、大人の身体へと再構築されていく。
そう、俺は今から蛾になるのだ。
もう人間には戻れない。
俺はどんどん成長していって、やがて繭を突き破って外に出た。
「お父さん・・・・。」
妻の声が聴こえる。
振り返ると、まるで小人のように小さくなっていた。
『お母さん・・・なんで縮んでるんだ?』
「違うわよ!お父さんが大きくなったの!」
「・・・・ぬうあ!」
自分の身体を見て驚く。
脚が六本に、背中には真っ白な羽が生えている。
胴体もまんま虫になっていて、しかも・・・・・デカイ!
小さく見えるのは妻だけでなく、川も、大木までもがミニチュアみたいに・・・・。
『本当に成虫になったんだ・・・・。ていうか声にもエコーが掛かってるし・・・・、』
呆然と自分を見つめていると、「ボケっとしてないで!」と言われた。
「早くなつちゃんたちを助けて!」
言われて振り向くと、ヴェヴェはすぐそこまで来ていた。
蝶の群れと蛾の群れが戦っているすぐ傍まで。
『待ってろ!今行くぞ!』
これ以上子供たちを死なせるものか!
背中の羽を羽ばたくと、突風が起きて空へと舞い上がった。
「私もすぐ行くから!大きな蝶になって!」
『お母さん!あれすごく痛いんだ!無理しない方が・・・・、』
「一人でヴェヴェと戦えないでしょ!これでもお父さんより我慢強いから心配しないで。」
そう言ってゴクンと卵を飲み込んでから、「てや!」と勇ましく繭の中に飛び込んでいった。
『・・・・ようし、やるか。』
前を向くと、目の前にヒラヒラした物が二つある。
『触覚か?』
櫛状の大きな触覚は、あらゆる情報を探知して、頭の中に流し込んでくる。
風向きや空気の振動、それに・・・・これは赤外線か?
頭の中にモノクロみたいな映像が流れてくる。
かと思えばサーモグラフィーのような画像も出てくるし・・・どうやら熱も探知できるらしい。
それに他にも色々と感じることがある。
ヴェヴェの周りは陽炎のように空間が揺らいでいて、それは繭の道の周辺も同じだった。
《これは磁場か。てことは磁力も探知できるんだ。》
陽炎のような歪みは俺の周りにも出来ているし、蝶や蛾の群れからも出ていた。
あとは・・・これはなんだろう?
ちょくちょく景色の様子が変わるだ。
眼下を流れる川が、遠くに見える山が、・・・・いや、景色の全てが、まるでネガフィルムのように色が反転している・・・・。
《これは何を探知してるんだろう?》
触覚を通して流れ込んでくる情報は膨大で、とてもじゃないけど処理が追い付かない。
なんだか吐き気まで催してくるし、それに飛ぶのって意外と難しいし。
生まれ変わったばかりのこの身体、すぐに慣れるのは難しそうだった。
『円香さん!』
なつちゃんの声が響く。
『早くヴェヴェを!このままじゃこっちに突っ込んで・・・・、』
言い終える前に、ヴェヴェは大きく羽ばたいた。
それは弾丸のような突風で、蝶と蛾の群れを吹き飛ばしてしまう。
『なつちゃん!』
風は空を駆け、なつちゃんたちを遥か彼方まで追いやってしまった。
『ヴェヴェ!』
憎き敵を振り向くと、『慌てない慌てない』と笑った。
『避難させただけだから。』
『避難?』
『だって子供じゃない。それより・・・あなたそんな身体になっちゃって。それなりの覚悟の上なのよね?』
『当たり前だ。誰が冗談で宇宙人に生まれ変わるか。』
『目的は何?だいたい見当はつくけど。』
『お前を駆除して子供たちを解放したい。』
『それで?』
『その後は俺と妻で子供の国を管理する。ただし地球から遠い場所でな。』
『ふふふ。』
『なんだよ?』
『宇宙のことなんて何も知らないクセに。地球から出たことのない生き物が、いったい何をどう出来るっていうの?
どうして私が子供の国を地球へ根付かせようとしたか、そんなことも分からないのね。』
『地球を侵略する為だろ?ここを第二の母星にしようと企んでるんだ。それも自分の理想の形で。』
『もちろんそれもある。だけどもう限界だから。』
『限界?』
『あんな仮初の星じゃ、遠くない未来に崩壊する。今は大木からのエネルギーでもってるけど、それもいつまで続くか。
年々雲海のエネルギーは薄くなって、なのに子供は増えていく。宇宙ってね、地球よりずっと過酷な場所なの。
常に放射線が降り注いでいるから、磁場と鱗粉でバリアを張らなきゃいけないわ。
水もなければ大気もなければ、エネルギーを確保するのも難しい。
何が言いたいかっていうと、あの星を維持するだけでもすごく大変ってことなの。
じゃあこれからもっと増えていく子供を守るにはどうしたらいい?
地球へ根付かせるしかないでしょう?』
『もっともな理屈を言いやがって。そんなことで誤魔化されたりは・・・・、』
『それに万が一軌道上から外れてしまったら、どこへ飛んでいくか分からないわ。
地球の外はあまりに広いから、延々と漂流を続けるでしょうね。
お月様へ行くのがせいぜいのあなた達にはピンと来ないでしょうけど。』
『要するに・・・俺と妻じゃ子供の国を守ることは無理だって言いたいんだな?』
『その通り。だから無駄な抵抗はやめてほしいの。
あなたは私と同じ宇宙人に生まれ変わった。そして奥さんもそうなるでしょう。
だったら私たち三人で守ればいいわ。ここへ子供の国を根付かせて、子供たちが安心して暮らせるようにしてあげればいい。
それが大人の責任ってものよ。』
ヴェヴェはもっともらしい言葉を並べ、余裕の笑みを見せる。
その自信は俺を説き伏せる自信があるからか?
それとも戦って勝つ自信があるからか?
あるいは両方かもしれない。
だが俺は自分の決意を譲る気はなかった。
なぜならこいつの言っていることには、大きな穴があるからだ。
『なあヴェヴェ。』
『なあに?』
『子供はずっと子供のままってわけじゃない。いつか大人になるんだよ。』
『そうね。』
『例え蝶に生まれ変わろうが、間違いなくそうなる。なつちゃんが大人になったように。』
『手のかかる厄介な子よ、あの子は。』
『なつちゃんだけじゃない。彼女と一緒にいた蝶たちは、きっともう大人だ。
それはもっともっと増えていくぞ。子供の国は大人で溢れかえるはずだ。
もしそうなったら、お前はどうするつもりなんだ?
地球の全てを子供の国にしたって、みんな大人になっていくんだ。
その時、お前はみんなをどうするつもりだ?
宇宙へ追放するか?それとも殺すのか?』
『それは重大な問題よね。どうにかして止めないといけないわ。
遺伝子操作して大人へ成長しないようにするとか、ホルモンのバランスをいじって成長しないようにするとか。
まあ色々やり方はあるわ。いずれにせよ大人が増えたら困るから、ちゃんと手は打つつもりよ。
あなたが心配することじゃない。』
自信満々に言い切るその姿に、こいつの本性を再確認する。
やはりこいつはあの青年の母親と一緒なのだ。
いつまでも子供を服従させ、手元で弄ぶつもりでいる。
あの母親が青年を虐待し続け、心の成長を止めてしまったように・・・・。
なつちゃんが言った通り、年齢を重ねただけでは大人になれない。
心が成長して初めて大人になるのだ。
それをどうにかして阻止しようとするヴェヴェのやり方は、まんま虐待者と同じだ。
『お前はクズだよ。誰がお前の提案なんか飲むか。』
『それが答えでいいの?たとえ私に勝ったとしても、子供の国はあなた達じゃどうにも出来ないっていうのに。』
『そうやって相手の意見や考えを遮るのって、子供の成長を邪魔する親と同じだよ。
いつまでも自分の手の中に置いておきたいんだ。大人になられちゃ困るから。』
『事実を言っただけ。実際にあなた達じゃどうにも出来ないでしょ?』
『人間のままだったらな。でもほれ、今の俺はお前と同じ宇宙人だ。
じゃあどうして無理なんて言える?不安になる言葉を重ねて相手の心を挫く。今までもそうやって子供たちを従えてきたんだろうな。
時には思い通りにならない子供を殺したりして。』
初めて向こうへ行った時、ヴェヴェは子供を手に掛けていた。
だからやっぱりなんのことはない、こいつは残虐で暴力的で、まごう事なき虐待者で、子供の天敵なのだ。
『俺も妻も、子供を守る側の大人だ。だからお前みたいな害虫は駆除する義務がある。』
『いいわ、ならかかって来なさいな。お前がどれだけアホか教えてやるから。』
声に怒りが宿る。
エコーが何倍にも響き、全身の体毛が逆立つほど寒気を覚えた。
《俺一人じゃ・・・たぶん殺されるな。》
同じ宇宙人になったからって、対等になれるわけじゃないってのは分かってる。
なんていうか・・・・そう!俺とヴェヴェとでは宇宙人としてのキャリアが違う。
だが俺の背中、遥か空の彼方には、さっき吹き飛ばされた子供たちがいる。
そしてこの空の上にも・・・・・。
『怖いけど・・・・やるしかないよな。』
とりあえず羽ばたいて、鱗粉を撒き散らす。
こうすれば雷とか炎とかが撃てるはずだから・・・・・と思ったのだが、それは甘かった。
ヴェヴェはこちらの攻撃を待つつもりはないようだ。
なぜなら手品のように俺の前から消えてしまったからだ。
『ステルスか!』
ええっと・・・こういう時は確か、鱗粉を全て落として、羽を鏡のようにして・・・・、
なんて考えているうちに、頭上から大きな衝撃が走った。
何もない空から雷が落ちてきたのだ。
幸い鱗粉のおかげで守られたけど、空気の震えは全身を揺らすほどだ。
《ど、どうしよう・・・・鱗粉を全部使い切ったら、それこそ雷を落とされて終わりなんじゃ・・・・。》
迷いは確実に俺を不利へ導く。
また稲光が走って、雷が落ちてくる。
『クソ!』
とにかく動かねば。
同じ場所にいたら何をされるか・・・・、
『うぎゅおッ・・・・、』
また衝撃が走る・・・・今度は背中にだ。
しかも雷じゃない・・・・デカイ何かで叩きつけられたかのような・・・・、
俺はゆっくりと大地へ落ちていく。
振り返ると、ステルスを解除したヴェヴェがいた。
『あなた喧嘩をしたことないでしょ?』
『な、何おう・・・・、』
『まがりなりにも大人なんでしょ?なら今までに一度くらい殴り合いの喧嘩とかしたことないの?』
『あるかそんなもん!俺は平和主義者なんだ、余計な争いは避ける生き方だ。』
『ふふふ、臆病者の言い訳ね。』
ヴェヴェは羽ばたき、一息で俺の下へと回る。
『ただ落っこちるのはつまらないでしょ?思いっきり叩きつけてあげる。』
六本の脚でガッチリと掴まれる。
そのままクルリと回転して、大地へ向けて俺を放り投げた。
『うおおおおおお・・・・、』
地面が猛スピードで迫ってくる。
羽ばたくのも追いつかず、そのまま川原へと叩きつけられた。
『ぐぎゅおッ・・・・・、』
『受け身の取り方も知らないのね。そんなんでよく喧嘩を売ってきたもんだわ。』
『こんな姿でどうやって受け身なんか・・・・、』
『羽を開いて空気抵抗を増やせばいいだけじゃない。それだけ大きな羽なんだから、一気にスピードが落ちるわ。
なのにお前ときたら羽ばたこうとするんだもん。』
『そんなのいきなり出来るわけが・・・・、』
『いいからさっさと起き上がれば?でないと・・・・、』
ヴェヴェは頭を逆さまにして、急降下してくる。
そして地上スレスレで羽を開き、ボディプレスのように圧し掛かってきた。
『がはッ・・・・、』
『ほらまた。ちゃんと防ぐなりかわすなりしないと。』
『ぐッ・・・・・、』
『ほらほら、早くどうにかしないとやられてばかりよ。』
そう言って六本の脚でガンガン殴ってくる。
その次は爪を立てて、身体のあちこちを切り裂かれた。
『ちょッ・・・痛・・・・、』
『まさかタンマなんて言わないわよね?』
『た、タンマ!』
『・・・・呆れた。自分から喧嘩しようって言ったくせに。』
本気で呆れたような声で言って、俺から離れていく。
そして巨大な羽で思い切り叩かれた。
『ごはッ・・・・、』
『私まだ全然本気じゃないわよ?』
『うう・・・ぐ・・・・、』
『何よブルブル震えちゃって。情けない。』
もう一度叩かれ、『そんなんでよく子供を守るとか言えるわね』と罵られた。
『喧嘩になってブルブル震える大人が、どうやって子供を守る気よ?』
『お、俺は・・・・争い事は苦手で・・・・、』
『なら最初から大人しくしておけばいいじゃない。下手にカッコつけるからそうなるのよ。』
『お、お前は・・・・悪い大人だから・・・・、』
『そうね、じゃあ優しくしてあげる。』
そう言ってペシペシと軽く叩かれた。
『どう?これなら痛くないでしょ?』
『・・・・・・ッ!』
『・・・・ほんっと呆れた。こんなのでも怖がるの?』
ヴェヴェは脚を振り上げる。
俺はビクっと身を竦めた。
『まったく暴力に耐性がないのね。』
『・・・・・・・・。』
『殴られるのが怖いんじゃ戦いなんて無理よ。子供の国を守るって言ったって、外敵が襲ってきたらどうするつもりよ?』
『そ、それは・・・・・、』
『どうせこう考えてるんでしょ?いざとなれば捨て身で子供たちを守ってやるって。』
『・・・・・・・。』
『自分は人間を捨ててまで宇宙人になったんだ。そこまで出来るんだから、子供だって守ってやれるって、そう考えてるんじゃない?』
『それは・・・・・・。』
『まあ確かにあなたなら、自分を盾にして子供を守ってあげられるかもね。』
そう言いながら俺の頭を撫でてくる。
まるで子供扱いするように・・・・・。
『いいこと教えてあげるわ坊や。捨て身で誰かを守るより、敵と向かい合って戦う方が勇気が要るの。
身を挺して車から我が子を守れるような親でも、ナイフを手にした狂人から救い出すとなると・・・・どうかしらね?』
『お、俺は・・・・本当に子供たちを守ろうと・・・・、』
『分かってる、その気持ちは本物だって。けどね、誰にだって向き不向きがあるわ。
戦いに向かない者は、何をどうやっても向かないの。どれだけ鍛えようが、どれだけ技を身に着けようが、心が憶病な者は戦えないのよ。』
『・・・・・・・・。』
『坊やは戦いに向いていない。相手に殴られたら、むしろやり返してやろうって気持ちにならないとね。』
ポンポンと頭を撫でてから、『もういいわ』と離れていく。
『あなたの処遇は後で考える。これ以上痛い目見たくなければ大人しくしてることね。』
『・・・・・・・・。』
『何その目?また殴られたいの?』
そう言って大きな羽を振り上げる。
俺は情けなくも身を竦めた。
『ほらね、そういうことよ。』
クスクスと笑いを響かせて、『さて』と空に舞う。
『坊やはともかくとして、問題はこっちね。』
ヴェヴェはピクピクと触覚を揺らす。
そして突風のような速さで上昇していった。
その直後、巨大な何かが俺の傍を駆け抜ける。
『お父さん!』
それは妻だった。
俺と同じほど巨大な姿になり、俺と同じような虫の姿に・・・・。
いや、違うな、同じじゃない。
なぜなら俺は蛾で、妻は蝶だから・・・・。
『アゲハ蝶・・・・。』
妻は黄色と黒の羽を持つ、美しいアゲハ蝶に生まれ変わっていた。
空中でクルっと一回転して、俺の傍へ降りてくる。
『大丈夫!?』
『・・・・ごめん、何も出来なかった・・・・、』
『喧嘩とか苦手なのは知ってるけどさ・・・・もうちょっと根性見せてよ。』
『だって強いんだアイツ・・・・。』
ヴェヴェは完全に手加減していた。
あれは戦いというより、ただ遊んでいただけだろう。
『二人がかりでも勝てるとは思えない・・・・。』
『かもね、私も殴り合いの喧嘩なんてしたことないから、ほとんど自信ない。』
颯爽と登場してくれた妻ではあるが、俺たちはいたって平凡な夫婦だ。
漫画や映画に出てくるような、普通を装った超人じゃあない。
宇宙人になったはいいものの、追い詰められて『能力が覚醒!』なんてことにはならないのだ。
ヴェヴェは高い空から見下ろしている。
それは余裕の笑みのようであり、呆れた態度のようでもあった。
・・・しかし腑に落ちないことが一つある。
こんな平凡な夫婦、殺そうと思えば出来るはずなのに、どうしてかかってこないのか?
ていうか俺の時はボコボコにしたクセに、妻が出てきてから・・・・、
《そういえばさっきこんなことを言ってたな。坊やはともかく、問題はこっちね・・・・って。
あれってつまり、お母さんの方を警戒してたってことだよな。》
分からない・・・・俺も妻も平凡な人間なのに、どこに警戒する必要があるのか?
違いといえば、俺は蛾で妻は蝶で・・・・、
《・・・・・蝶?そこに何か秘密があるのか?》
寝ていても仕方ないので、怖いのを我慢して起き上がる。
奴と目を合わせるのも怖いので、視線を景色に逸らした。
《・・・・そういえばここには根が張ってないな。》
核で焼き払ったのかとも思ったが、それならまた根を下ろせばいいだけだ。
そもそも今のヴェヴェはあの巨木と繋がってるわけで、いつでも根を下ろせるはずなのに。
そうすれば俺たちなんて簡単に倒して・・・・、
《・・・・・ない?》
あることに気づく。
頭上のヴェヴェを見上げると、やっぱりアレがなかった。
《触手がない。巨大な蛾と戦ってる時はお尻から生えてたのに・・・・。》
なぜかと不思議に思う。
地球を侵略したいなら、さっさと根を降ろせばすむはずだ。
《・・・・もしかして・・・いや、まさか・・・・。でも・・・もしそうだとしたら、こっちにも勝ち目があるもしれない。》
「眠った能力が覚醒!」なんてあるわけないと思っていたけど、それに近いことが可能かもしれない。
俺の考えが正しければだけど・・・・。
『お母さん、もしかしたら・・・・、』
そう言いかけた時、触覚を通してある映像が伝わってきた。
景色がモノクロのようにぼんやりと見える・・・・。
高い空の向こう、雲よりもっと遠い場所から、一つの塊がここへ目がけて落ちてくる。
「・・・・お母さん!鱗粉撒いて!」
『え!ど、どうしたの?』
『また核が落ちてくる!』
『・・・はあああああ!?』
『きっと俺たちを狙ってるんだ!』
バサバサと羽を振るい、ありったけの鱗粉をばら撒く。
するとヴェヴェはクルリと背中を向けた。
そしてステルスを使い、姿をくらましてしまった。
『あいつ逃げた!』
『いいから鱗粉を撒くんだ!』
どこかへ消えたヴェヴェ。
迫ってくる核弾頭。
それから一分もしないうち、街の上空で眩い光が炸裂した。

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