蝶の咲く木 第三十七話 蝶の咲く木(1)

  • 2018.02.11 Sunday
  • 11:28

JUGEMテーマ:自作小説

反論できない言葉というのはある。
「お前は戦いに向かない」と言われた俺は、まったくその通りだと受け入れるしかなかった。
なにせ奴には手も足も出なかったのだ。
かなり手加減されていたのに、俺ときたら情けなくも震えるばかりだった。
勇気にも色々あるから、一つの事ができるからといって、別の事が出来るとは限らない。
人間を捨ててまで宇宙人になった俺だが、やはり殴り合いの喧嘩は怖かった。
妻が加勢してくれたものの、俺たちのような平凡な夫婦では、ヴェヴェには勝てない。
どうしたもんかと困っていると、また核弾頭が迫ってきた。
ヴェヴェは背を向け、どこかへ姿をくらます。
俺と妻は必死に鱗粉を振り撒いて、核の灼熱に備えるしかなかった。
雲の上から落下してくる弾頭は、街の上空で眩い閃光を放った。
辺り一面真っ白に染まり、何も見えなくなる・・・・。
だが鱗粉のおかげか、熱も爆風も俺たちまで届かない。
《すごいなこれ・・・・。》
いったいどういう原理か知らないが、核爆発を防ぐバリアなんて地球上にはない。
やはりヴェヴェは超文明の宇宙人なのだ。
『お母さん!無事か?』
後ろを振り返ると、そこに妻はいなかった。
『え?あれ?』
さっきまでここにいたたずだ。
もしやステルスかと思ったが、そんなものを使う意味もない。
『お母さん!どこだ?』
まさか吹き飛ばされたのかと不安になる。
しかし・・・・すぐにそうではないことが分かった。
真っ白な閃光の中、触覚を通してある情報が流れ込んできたのだ。
《まただ・・・またネガフィルムみたいに景色が・・・・、》
オレンジと茶色の中間の、色が反転した景色が浮かび上がる。
辺りは核の光で見えないはずなのに、なぜか周りの様子がハッキリと感じることが出来た。
そしてそんな変てこな景色の中、もうもうと昇るキノコ雲の中に、二匹の蝶が見えた。
これはヴェヴェと妻だ。
妻は周りの景色と同じように、色が反転して見える。
しかしヴェヴェは違った。
ハッキリと色が出ている。
キラキラと輝くモルフォ蝶のような姿が。
《なぜこいつだけ色が反転してないんだ?》
ヴェヴェは妻を抱え、高い空に昇っていく。
そしてクルっと旋回してから、羽を閉じて急降下していった。
『まさか叩きつけるつもりか!』
雲に近い高さから降下して、ぐんぐんスピードを上げていく。
いくら巨大な蝶になったからって、あの速度で叩きつけられたら無事ではすまないだろう。
『クソ!ヴェヴェの奴これを狙ってやがったのか!』
核が落ちる寸前、奴はステルスで姿を消した。
おそらく奇襲を仕掛ける為だ。
『油断した・・・・てっきりどこかへ逃げたと思ったのに。』
俺は羽を振るい、大量に鱗粉をばら撒く。
そのままバサバサと羽ばたくと、鱗粉は風に乗って広がっていった。
するとその分だけバリアも広がって、核の火球の外へと続く一本の道が通った。
『今行くぞ!』
バリアの道を飛びぬけ、外へと躍り出す。
景色は相変わらず反転したままで、ヴェヴェが妻を抱えながら落下していく様子が見えた。
『うううおおおおお!』
これでもかと羽を動かし、急いで助けに向かう。
案の定、ヴェヴェは真っ逆さまに妻を投げ落とした。
《クソ!間に合うか・・・・、》
まるで隕石のように落ちていく妻。
このままじゃ間に合わない・・・・と思った時、妻はめいっぱい羽を広げた。
羽は湾曲しながら、風を受け取るようにしなっている。
そのおかげか、速度が落ちて間一髪助けに入ることが出来た。
俺は妻の下敷きになり、また河原へと叩きつけられる。
『ぐぎゅッ・・・・、』
『お父さん!?』
どうやら妻は無事のようだ。俺はけっこう効いたけど・・・・、
『仲の良い夫婦だこと。でも奥さんの方には死んでもらうわよ。』
ヴェヴェは羽ばたきを繰り返し、鱗粉を撒き散らす。
そいつは今までの鱗粉と違い、青白く輝いていた。
とても綺麗な光景だが、嫌な予感がする・・・・。
『逃げるぞ!』
妻を抱え、慌てて飛び退く。
・・・・その直後、青白い鱗粉は真っ白に輝き、何本もの光の束を降らせた。
《なんだあれ?レーザーか?》
光はしばらく降り注ぎ、そいつが消える頃には地面に穴が空いていた。
まるでダムのような大きな穴が・・・・。
『何が起きたのあれ!なんでいきなり地面に穴が・・・・、』
『何って・・・・レーザーみたいなのが降ってきたからだろ。』
『レーザー?いつ降ってきたのよそんなもん。』
『ついさっきだよ。見えなかったのか?』
『何も見えないわよ。』
『・・・・・・・。』
『・・・どうしたの?』
『お母さん、ヴェヴェの姿見えてるか?』
『見えるわけないじゃない。あいつ今透明になってるんでしょ?でもさっき投げられたのは絶対にアイツの仕業よ!』
どうやら何が起きたのかまったく分かっていないらしい。
《・・・・なるほど。景色の色が反転して見えるやつ、ステルスを探知する機能なのかも。》
ヴェヴェはまだ空に浮いている。
もう一度青白い鱗粉を振り撒いて、光の束を降らせてきた。
慌てて妻を引き、その場から逃げる。
と同時にヴェヴェが動いた。
急降下してきて、ガッチリと妻に組み付く。
『あんたは死んでもらうから。』
ガッチリとホールドして、また青白い鱗粉を振り撒く。
『離せお前!』
『邪魔。』
羽で叩かれて弾き飛ばされる。
『お父さん!』
『後ろだ!お母さんを掴んでる!』
『それは分かるけど見えないのよ!』
『触覚だ!触覚で感じるんだ!』
そう言って俺の触覚を振って見せると、ヴェヴェは『無理よ』と笑った。
『蝶の触覚は蛾ほど敏感じゃないの。よっぽど今の身体に慣れないとステルスを見破れないわ。』
『ヴェヴェ!お前アレだろ!触手を奪われるのを怖がってるんだろ!!』
『なんのこと?』
『とぼけるな!さっきお前は尻から触手を伸ばしてただろうが!あれは子供の国の巨木と繋がってるんだろ?』
『・・・・なるほど、なつちゃんから聞いたのね。』
憎らしそうに俺を睨む。
『まったく・・・大人になるとほんとロクなことしないわ。後で殺さないと。』
『今はお前のこと話してんだよ!なつちゃんは関係ない。』
ヴェヴェのリアクションを見て、どうして妻を狙うのかハッキリした。
『さっき巨大な蛾と戦う時は、触手を使ってたよな?あのおかげで楽に勝てたんだろ?
なのに今は使おうとしない。それってつまり、あの触手は蝶だけが使えるものなんだろ?
もし妻にそれを使われたら困る、だから真っ先に殺そうとしてるんだろ!』
『妄想ね。』
『いいや違う。俺たちを殺すのだって、アレを使えばすぐにすむはずなのに。』
蝶と蛾は違う虫だ。
だったら別々の機能を備えていたっておかしくない。
例えば俺の触覚の方が、蝶の物より優れているみたいに。
『きっと蛾は触手を出せないんだ。あれは蝶だけが使える武器なんだろ?』
『だとしたら何?』
『妻も触手を出せばいい。そうすれば・・・、』
『だからそれはあんたの妄想。』
『なら俺がお前を・・・・、』
『無理よ、私には勝てない。』
『・・・・それはそっちも一緒だろ?これ以上卵を産もうと思ったら、交尾する相手が必要だ。
俺を殺したら最後、もう卵は産めないぞ。』
『ふふふ、そうでもないわよ。地球さえ侵略すれば、いくらでもエネルギーは手に入る。単身でも産卵できるわ。』
『じゃあなんで俺を殺さない?いくらでもチャンスはあったのに。』
『だってあなた子供じゃない。歳も身体も大人だけど、心は大人になり切れてない。だから殺すのは可哀想と思ってね、それだけよ。』
クスクスっと馬鹿にしたように笑う。
そして妻を睨み『でもこいつは違う』と言った。
『こいつは大人よ。そんな奴が私と同じ生き物になるなんて許せない。だから殺すの。』
『いいや違うな。お前は子供の国を奪われることを恐れてるんだ。
下手に根を下ろせば、そこに触手を繋がれて支配を奪われるかもしれないから。』
『好きに思ってなさいな。』
もう相手にしていられないとばかりに、妻に目を向ける。
『口うるさい旦那を持って苦労してるんじゃない?』
また青白い鱗粉をばら撒く。
そいつは真っ白に光り、今にもレーザーを発射しようとしている。
しかし妻は落ち着いていた。
そして一言こう呟いた。
『いいこと聞いた。』
笑い声を響かせて、お尻からミミズのような触手を伸ばした。
『お母さん!それ・・・・、』
『お父さんの言うこと当たってたみたい。実は蝶になってからお尻がムズムズしてたのよね。
だからさっきの話を聞いて、もしやと思ったのよ。そうしたら・・・ほら、力むと生えてきた。』
触手はヴェヴェに絡みつき、ドロドロの粘液を滲ませた。
『ぎゃああ!』
『あんたも馬鹿よね。いくら透明になったって、掴んでるならどこにいるか分かるっての!』
そう言って触手を振り回し、『さっきのお返しだ馬鹿野郎!』と叩きつけた。
『ぐッ・・・・・、』
苦しむヴェヴェ、俺は『チャンス!』と捕まえた。
『自分で自分の攻撃を喰らえ!』
青白い鱗粉からレーザーが発射される。
そこへ『とおりゃ!』と放り投げてやった。
『ああああぎゃああああああ・・・・、』
『おお、効いてる・・・・。』
鱗粉のバリアでもこのレーザーは防げないらしい。
あのヴェヴェが苦しそうに悶えている・・・・。
『お母さん、大丈夫か!』
『平気。それよりお父さん、子供の国へ行こう。』
『え?でもヴェヴェを倒さないと・・・・、』
『ヴェヴェを倒す為に行くの。だってこれを使えば巨木を乗っ取れるかもしれないんでしょ?』
触手を伸ばし、ウネウネと動かしてみせる。
『だと思う。上手くいけば子供の国はこっちのもんだ。』
『あとは巨木を使ってヴェヴェを倒せばいいだけね。』
『なら今すぐ行こう!あいつ多分この程度じゃくたばらないだろうから。』
レーザーに苦しむヴェヴェはステルスを解除した。そして羽を透明に変化させる。
すると幽霊のようにレーザーがすり抜けてしまった。
『ヤバイ!』
妻と二人、急いで繭の道に向かった。
空から伸びる白い竜巻のような道、これを通れば子供の国へ行けるはずだ。
『狭いな・・・・。』
どうにか入れないかと、羽を閉じてから顔を突っ込む。
中には微妙にが吹いていて、その風がアメーバのように巻き付いてきた。
『うおッ・・・・、』
『お父さん!』
まるで掃除機に吸い込まれるように、風に飲まれて繭の道へ入っていく。
『うおおおおおおお!』
とんでもない速さで中を飛んでいく。
触覚を通して、辺りから強力な磁場が出ているのを感じた。
その磁場は俺の発している磁場と反応しているようで、どんどん先へと飛ばされていった。
《そうか・・・これ磁場の力を利用して移動してるのか。》
この道、どうやらリニアモーターカーと同じ原理らしい。
磁力の反発し合う力、引き寄せ合う力、それらを交互に利用することで、凄まじい加速を得ているのだ。
高速で運んでくれるのはありがたいが、いかんせん道が狭い・・・・。
とにかく脚を折り曲げ、羽を縮め、触覚を寝かせて、なるべく身を小さくした。
しばらく窮屈な道を我慢していると、突然広い空間に投げ出された。
・・・そこはかつて来たあの場所、子供の国だった。
巨木がそびえ、雲海が流れ、あちこちに光る蝶が飛んでいる。
『まったく変わってないな。』
そう思ったのだが、遠くの景色には異変があった。
以前は神話のように壮大な景色が広がっていたのに、今はそれが狭まっている。
巨木は枯れ落ち、雲海は霧散している。
子供の国の周囲はほぼ崩壊していた。
『もしかして・・・。』
ここは大木から受け取った電力で維持している。
さっき俺と妻がその電気を蓄えてしまったもんだから、ここへの供給が止まったのかもしれない。
『短時間止めただけでこんな風になっちゃうのか。』
ヴェヴェの言った通り、やはりここは仮初の星ということなんだろう。
常にギリギリの状態で維持しているに違いない。
これじゃいつ消えてしまってもおかしくない・・・・なんて思っていると、後ろから『お父さん!』と声がした。
『おお、お母さんも来たか。ヴェヴェは?』
『多分すぐこっちに来ると思う。あいつもここを通ろうとしてたみたいだから。』
『じゃあ急がないと。お母さん、お尻の触手を巨木と繋げて・・・・、』
『そうはさせない。』
繭の道からヴェヴェが飛び出してくる。
あちこちレーザーで焼かれて煙が上がっているが、それがかえって怒りを掻き立てているようだ。
目は赤く染まり、青い羽は殺気を昂らせるように、強い光を放っていた。
『お母さん急いで!』
『任せて!』
妻は触手を伸ばし、巨木に絡ませる。
俺はその隙に、光る蝶たちを離れた場所へ誘導した。
巨木の陰まで連れて行って、『危ないからここから出るなよ』と忠告をする。
するとその時、妻が『あれ?』と叫んだ。
『どうした!』
『巨木を操れないんだけど・・・・、』
『なんで!?』
『知らないわよ!』
『突き刺してみたらどうだ?』
『・・・・無理。刺してもどうにもならない。』
『そんな・・・・、』
二人して慌てていると、『馬鹿ね』と笑われた。
『だから無理って言ったでしょ。』
『そんな・・・そんなはずは・・・・、』
『はいもいお終い。無駄な抵抗するならお前も殺すわよ?』
ヴェヴェは俺に睨みを利かせる。
さっきボコボコにされた恐怖が蘇り、情けなくたじろいでしまった。
すると妻が『私が戦う!』と前に出た。
『お父さんはサポートして!』
『サポートって・・・どうやって?』
『またステルスを使うかもしれないでしょ!そうなったら触覚で見つけて!』
『わ、分かった・・・・。』
妻は羽を広げ、ヴェヴェに突撃していく。
しかしその特攻が成功することはなかった。
なぜなら雲海から根が伸びてきて、妻の前に立ちふさがったからだ。
『うわッ・・・・、』
『逃げろ!その根っこは蜘蛛の巣みたいになって・・・・、』
言い終える前に、根っこから細い枝のような物が伸びてくる。
妻は自分の触手を振るい、そいつを叩き落としていった。
しかし後ろからも巨大な根っこが飛び出してきて、遂に捕まってしまった。
『お母さん!』
『何よこんなもん!』
触手をからませて抵抗するが、なかなかほどけない。
必死に暴れているうちに、蜘蛛の巣から粘液があふれてきた。
『痛だああああああッ・・・・、』
強酸で焼かれるように、妻の羽から煙が出る。
『お母さんも粘液を出すんだ!蜘蛛の巣を溶かせ!』
『やってるわよ!でも溶かしても溶かしても絡みついてくんの!!』
『ええっと・・・じゃあ・・・・、』
『助けて!』
『うう・・・・、』
『このままじゃ死ぬ!』
『・・・・・・・・。』
なんてこった・・・・油断しちまった。
妻が巨木を操ることが出来なかったのは、先にヴェヴェが操っていたからだろう。
しかし・・・・そうなると分からないことがある。
《だったら触手を出し惜しみする必要はなかったはずだよな。先に操ってるなら奪われることはないわけで・・・・、》
苦しむ妻の悲鳴は、俺の思考を加速させる。
どうにかこの状況を打開できないものかと。
《・・・・何か秘密があるんだ。それを探るにはこれしかない!》
またぞや大きな触覚を動かし、何か感じ取れないか試してみた。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
《・・・・なんだろうコレ・・・・?根っこの周りに・・・小さな粒々みたいな物が漂ってるような・・・・、》
この触覚は微細な振動も感じ取れる。
何かが動いている・・・・・・・・妻を苦しめている根っこで・・・・。
《絶対に何かある。・・・・いや、何かいるって言った方が正しいな。》
もしやと思い、景色の色を反転させてみた。
しかし何も浮かばない。
じゃあ磁場はどうか?
巨木からは陽炎のようなものが昇り、磁場が出ている。
しかしそれ以外に何も感じない。
赤外線やサーモグラフィーでも何も感じない。
なのにどうしてか振動だけが伝わってくる・・・・。
『誰か助けて!!』
妻の悲鳴が響く。
《クソ!》
考えていても仕方ない。
俺は蜘蛛の巣に飛びかかって、『待ってろ!』と叫んだ。
『すぐ助けるからな!』
脚で引き千切ろうとしてみたが、頑丈でビクともしない。
羽で叩きつけても壊れないし、雷や炎を出すと妻まで焼かれてしまうし・・・・、
『お前は邪魔しなくていいの。』
ヴェヴェが跳びかかってくる。
前脚で俺の首を引っかけて、力任せに投げ飛ばした。
『ぐッ・・・・、』
『警告はしたわよ?』
『何が!』
『抵抗するなら殺すって。』
『・・・・お・・・俺だって・・・ずっとビビってるわけじゃないぞ!』
『でしょうね。大事な奥さんがピンチなんだもん。キレて暴れられても困るから、すぐ殺してあげるわ。』
『だ・・・黙ってやられるか!』
怖い・・・・怖いけど、誰かの為だと思えば多少の勇気も出て来る。
それが家族の為なら尚更だ。
俺は『とおりゃあああ!』と特攻をかました。
するとヴェヴェは羽を透明に変えて、スルリと俺の攻撃をすり抜けてしまった。
『またこれか!』
『これも蝶だけが使える技ね。お前じゃ私に手は届かない。』
『な、なんかないのか!蛾のメリットって触覚だけなのか?』
『あるにはあるけど、教えるわけないでしょ。』
ヴェヴェはクスクスと笑って、身体を震わせる。すると青白い鱗粉が・・・・、
『か、身体からも鱗粉が出るのか!』
『羽より少ないけど、出るのは出るのよ。これでお前はお終い。』
このレーザーはバリアで防げない。
かといってかわしたら後ろには妻が・・・・・。
《この身を盾にするのは構わない。だけどここでくたばったらお母さんまで・・・・。》
ここへ来れば巨木の支配を奪えると思ったのに・・・・そう上手くはいかなかった。
せめて操り方さえ分かれば・・・・。
焦りが触覚に伝わって、感覚が鋭敏になっていく。
頭に流れ込む情報は何倍にも膨らんで・・・・、
《・・・・・ん?》
今、触覚を通してヴェヴェから何かを感じた。
《なんだこれ?・・・奴の周りに小さな何かが動いてる。これって根っこから感じた粒々みたいな何かと同じような・・・・、》
・・・・ピコンと頭の中で音がした。
まるで一休さんがトンチで良いアイデアが閃いた時みたいに。
もしくはロマサガで新しい技を閃いた時みたいに。
《なるほど・・・そういうことか!》
この触覚、まだ俺の知らない探知機能があったようだ。
それは鱗粉の有無。
陽炎のように揺らぐ磁場の中、小さな粒々を感じ取ることが出来る。
そいつは生き物のように動き回って、小さなうねりの中を漂っている。
そのうねりは繭の道に似ている。
そう、これは糸だ。
とてもとても細い糸が、ヴェヴェと根っこを繋いでいる。
その中を鱗粉が通っていたのだ。
それも根っこからヴェヴェに、ヴェヴェから根っこにという具合に、まるでコミュニケーションを取るかのように。
《間違いない。ああすることで巨木に自分の意志を伝えてるんだ。
そして巨木からも反応が返ってきている。てことは、この巨木そのものに自我があるってことになるな。》
ただ触手を刺すとか巻き付けるだけでは、巨木は操れない。
糸と鱗粉で互いにコミュニケーションをとらないと。
《なんかインターネットに似てるな。もしかしたらこの巨木、大きな機械なんてことも・・・・、》
そこまで考えた時、目の前が真っ白に輝いた。
もうじきレーザーが発射される。
《こうなったらイチかバチかだ!》
俺は妻の方へと飛んだ。
『あら?奥さんと心中するつもり?慌てないでも両方殺してあげるのに。』
そう言いながら、『まあ手間が省けていいけど』と笑いを響かせる。
『お母さん!頑張れ!まだチャンスはあるんだ!!』
俺は羽から糸を伸ばす。
そいつを根っこに絡ませてから、妻の触手と繋げた。
『鱗粉だ!身体を揺すって鱗粉を出せ!蝶の鱗粉なら・・・お母さんなら巨木と意思疎通が出来るんだ!力を貸してくれって伝えろ!』
蛾の糸で代用できるかどうかは分からない。
しかしもうこれしか・・・・、
・・・・直後、レーザーが俺の背中を焼いた。
羽を、頭を、そして触覚を・・・・、
そのせいでさっきまで大量に流れ込んでいた情報が、何も伝わってこなくなる。
もう磁場も見えないし、鱗粉も赤外線も感じることが出来ない。
地面に大穴を空けるほどのレーザーは、怪獣のようなこの肉体をもってしても、耐えることは出来なかった。
もう俺には何も出来ない・・・・ただ死ななかっただけで、もう何も・・・・・、
自分が燃えているのが分かる、焦げる臭いが伝わってくる。
《神様・・・・どうか俺の家族を助けて下さい・・・・。お母さんと優馬を助けて下さい・・・この命と引き換えでもいいから・・・・、》
無駄に生き残るくらいなら、この命を糧として、妻と子供に生きてほしい。
その願いを神様が聞いてくれるかどうか分からないけど、出来るならどうか・・・・、
『お父さん。』
・・・・妻の声がする。
自分が焼ける臭いを嗅ぎながら顔を上げると、目の前にアゲハ蝶の羽が見えた。
酷く爛れているが、これでもかと立派に広げている。
その羽から鱗粉を撒き散らし、俺を燃やす炎を消し去ってくれた。
『・・・・お母さん・・・・巨木を操るには・・・・、』
『分かってる。糸と鱗粉を使うんでしょ?』
『し、知ってたのか・・・・・?』
『ううん、なつちゃん達が教えてくれた。』
妻は半分溶けた触覚を振る。
その先には蝶の群れが飛んでいた。
『円香さん!』
群れから一匹の蝶が出てきて、焼けてしまった俺の触覚にとまった。
『ごめんなさい!助けに来るのが遅れて!』
『ここ・・・危ないよ・・・・早く逃げないと・・・・、』
『ヴェヴェが生きてる限り、どこへ逃げてたって危ないです。それより戦わないと。』
なつちゃんは『みんな!』と叫ぶ。
群れがこちらへ飛んできて、みんな俺の頭にとまった。
『・・・さっきより少ないね・・・・まさか蛾にやられたんじゃ・・・・、』
『はい。』
『・・・・・・・。』
『あ、でも優馬君は無事です。やられたのは大人の蝶だけで。』
『蛾の群れは・・・?亜子ちゃんはどうなった・・・・?』
『そっちも無事です。糸で絡めて動けないようにしてあるだけだから。
それとここに残ってた子供たちを避難させてたんです。』
『避難?』
『だってここは戦場になるでしょ、ヴェヴェと戦うんだから。
だからいったん地球へ逃がしたんです。そのせいで助けに入るまで時間が掛かっちゃったんですけど。』
クスっと笑ってから、『円香さん』と呼んだ。
『大人には責任があります。子供を守るって責任が。』
『・・・・心配しなくても、俺とお母さんが君たちを守るよ・・・・必ず・・・・、』
『いえ、私たちはもう大人ですから。でも地球にはまだ子供の蝶と蛾の群れがいます。
その子たちをどうか守ってあげてほしいんです。
すでに死んでしまっている子は子供の国へ、そうでない子は繭に包んで人間に戻してあげて下さい。』
『ああ、もちろんそのつもりだ・・・・・』
『円香さんも奥さんも、信頼できる大人です。だから・・・・同じ大人として、私たちも責任を果たします。』
なつちゃんは羽から糸を出す。
他の蝶も糸を紡ぎ、俺を包んでいった。
『な、何をしてるの・・・・?』
『傷を治すんです。繭に包んで。』
『出来るの・・・・そんなこと?』
『やってみせます。』
蝶たちはどんどん糸を出し、俺を包んでいく。
しかし今の俺は怪獣のように巨大だ。
とてもじゃないけど繭に包むなんて・・・・、
『・・・・なつちゃん、それ何してるんだ・・・・?』
糸を出す度、彼女たちの身体が小さくなっている。
『自分を糸に変えてるんです。』
『え?』
『私たち自身が繭になって包みます。』
『そんなことして平気なの・・・・?』
『そうすればきっと傷は治るはず。私たちみんなの命を使えば。』
『ちょ、ちょっと待って!命を使うってどういう・・・・、』
『言ったでしょ?私たちも責任を果たすって。』
蝶たちは激しく飛び回り、どんどん俺を巻いていく。
しかしその分だけ自分たちは縮んでいった。
『ダメだよなつちゃん!死んじまうから!』
『いいんです、そうなっても。円香さんたちが子供の国を守ってくれるなら。』
『何言ってんだ!なつちゃんたちも一緒に行くんだろ!俺たちを手伝ってくれるって・・・・、』
『だからいま手伝ってるじゃないですか。』
『いや、そうじゃなくてさ・・・・、』
『私もここにいるみんなも、復讐の為に人殺しをしました。ほんとなら裁かれなきゃいけない人間なんです。』
『でもそれは相手が悪いからで・・・・、』
『だとしても人殺しは人殺しです。私たちはヴェヴェじゃない、人を殺して平気になったらいけないんです。
そんなものは子供の国から無くさないと。』
こうして話している間にも、俺はどんどん糸に覆われていく。
そしてついに一匹の蝶が力尽きた。
『おい!もういいって!』
叫んでも止めても聞かない。
一匹、また一匹と、命の火が消えていった。
動かなくなった蝶たちと引き換えに、俺は大きな繭にくるまれていく。
身体も羽もすっぽり覆われて、外が見えなくなってしまった。
たくさんいた蝶の群れは次々に倒れていき、遂にはなつちゃん一人だけとなってしまった。
『なつちゃん!もういいって!もう充分だから!』
『じっとしてて下さい。もう終わりますから・・・・・、』
そう呟いてすぐ、彼女も落ちていった。
『なつちゃん!』
『奥さんは・・・いま・・・戦っています・・・・、』
『お母さんが?』
『巨木を操って・・・・。だけど・・・円香さんがヴェヴェを見つけて・・・あげないと・・・・上手く・・・戦えない・・・・、』
『・・・・・・・。』
『二人で・・・・やっつけて・・・・あの・・・悪い大人を・・・・、』
『なつちゃん!』
『子供・・・たちを・・・・守って・・・あげ・・・て・・・・、』
『なつちゃん!なつちゃん!』
何度呼びかけても、もう彼女は返事をしなかった。
『そんな・・・・・。』
俺の周りには命が尽きた蝶たちが横たわっている。
ヴェヴェが倒れる瞬間を見ることもなく・・・・。
その時、ふと人の気配を感じた。
・・・・倒れた蝶の上に人の姿が見える。
みんな若い男女だ・・・・二十前後の若者に見える。
その中で一人だけ子供がいた。
《あの少年・・・・・。》
さっき俺に力を貸してくれた天国の少年。
彼が俺の前に立っている。
その隣には一人の女性がいた。
《・・・・なつちゃん?》
かつて見た子供時代の彼女、その面影が宿った女性だった。
少年は彼女の手を握り、ゆっくりと去っていく。
まるでどこかへ導くように。
二人が歩く先には大きな蓮が咲いていて、まるで天国への入口のようだった。
二人の後を追い、他の若者たちも続いていく。
大きな蓮の花は、少年と若者たちを飲み込んでいく。
そしてピタリと花弁が閉じてから、また大きく花開いた。
そこにはもう誰もいない。
蓮の花は風に吹かれる砂山のように、どこかへ消え去ってしまった。
《・・・・ありがとう。》
胸の中で手を合わせる。
今、ここに残されたのは俺と妻だけ。
なつちゃんとの約束を破るわけにはいかない。
子供たちを守る為、もう殴り合いが怖いなんて言っていられなかった。
彼女たちが紡いてくれた繭が、勇気と力を与えてくれた。

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