蝶の咲く木 第三十八話 蝶の咲く木(2)

  • 2018.02.12 Monday
  • 11:33

JUGEMテーマ:自作小説

繭から誕生することが生まれ変わりを意味するなら、俺は二度生まれ変わったことになる。
一度目は人間から蛾へ。
二度目はなつちゃんたちの命をもらい、疵の癒えた完全な身体へ。
『焼けた部分が元通りになってる・・・・。』
羽も脚も身体にも、焦げ痕一つない。
そして自慢の触覚も見事に復活していた。
繭から這い出た俺は、まず周りの異様な景色に息を飲んだ。
『なんだこれ・・・・あちこちに巨木の根が・・・・、』
山をも超える巨大な根っこ、それが至る所にそびえたっている。
しかも無数の蜘蛛の巣を絡ませながら。
『これは戦いの後だな。』
触覚を動かし、周りの気配を探ってみる。
すると雲海の中、二つの巨大な磁場を感じた。
『下か!?』
目を向けるが何も見えない。
景色の色を反転させて、じっと雲海の様子を探った。
『・・・・ヴェヴェ、またステルスを使ってるのか。』
奴の姿だけがハッキリ見える。
その前方にはネガフィルム色をした巨大な蝶がいる。
これは妻だ。
妻は姿の見えない敵に苦戦していた。
糸、鱗粉、そして触手を使って、巨木を操っている。
しかしどれもヴェヴェにはヒットしない。
それどころかヴェヴェのレーザーが巨木を貫通し、じりじりと追い詰められていた。
『待ってろ!すぐ行くからな!』
繭の上から飛び立ち、雲海へ飛び込む。
肉眼では視界が霞むが、触覚を通してなら全てを感じ取ることが出来る。
俺の前方約10キロ、ヴェヴェが妻を追い掛け回している。
《今行くぞ!》
高く舞い上がり、ヴェヴェめがけて隼のように急降下した。
妻に気を取られている奴は、俺の接近に気づかない。
油断大敵とはよく言ったもので、あれだけ用心深い奴だったのに、まともに俺の体当たりを食らった。
『あぎゃッ・・・・・』
変な悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちていく。
俺は鱗粉を振り撒き、特大の雷を落としまくった。
雲海全体がピカピカと光るほどの稲妻が走る。
しかしヴェヴェには届かない。
直撃する前に、強力な磁場によって防がれてしまう。
雷はヴェヴェの直前で方向を変え、あさっての方角に飛んでいった。
『あんた!』
ヴェヴェの怒りが響く。
俺はかまわずに雷を落としまくってやった。
何十億Vもある雷だが、やはりヴェヴェには届かない。
全て奴の手前で曲がってしまうだけ。
だがこれでいい。こうして雷を落としていれば・・・・、
『死にぞこないが!とっととくたばれ!!』
青白い鱗粉を撒き散らし、レーザーを放ってくる。
その直前に俺はさっさと逃げ出した。
真っ白な光の束が、さっきまで俺がいた場所を駆け抜けていく。
『逃がさない・・・・。』
殺気のこもった声が追いかけてくる。
振り向けばまたレーザーを撃とうとしていた。
それも今まで一番鱗粉をばら撒いて。
青白い光がヴェヴェの周囲へ広がっていく・・・。
真っ白な光が輝いて、広範囲へ向けてレーザーを放とうとしている。
あんなもんが発射されたら、避ける間もなく撃墜されてしまうだろう。
《頼む!気づいてくれ!!》
心で祈りながら逃げまくる。
その願いが通じたのか、ヴェヴェのレーザーが俺まで届くことはなかった。
なぜなら巨木の根っこが何本も立ちふさがって、俺を守ってくれたからだ。
分厚い盾に阻まれて、レーザーは途中で力尽きてしまう。
と同時に、根っこが鞭のようにしなって、ヴェヴェを叩き落とした。
『お父さん!』
妻が飛んでくる。
俺は『お母さんナイス!』と触覚を振った。
『よくやってくれた!』
『雷がバリバリ落ちてたからさ、きっとお父さんだろうと思って。』
『そうじゃなくて、ヴェヴェをシバいてくれたこと。』
『ああ!だって雷が一箇所で曲がってたからさ。もしやそこにヴェヴェがと思ったのよ。
その上の方にはお父さんがいるし、こりゃ間違いないと思って。』
レーザーから俺を守ってくれたのも、ヴェヴェを叩き落としてくれたのも妻のおかげだ。
『俺がヴェヴェの居場所を知らせる。お母さんは思い切りぶっ飛ばしてくれ!』
『それはいいんだけど・・・なつちゃんたちは?お父さんのことは任せてって言ってたけど・・・・、』
心配そうに呟く妻に、『もういない』と伝えた。
『いない?』
『天国へ行った。』
『なんで・・・・、』
『身を削って糸を紡いてくれたんだ。俺を助ける為に。』
『・・・・・・・・。』
『最後はあの少年と一緒に、蓮の中へ消えていったよ。』
ついさっきのことを思いだし、胸が締め付けられる。
それは妻も同じようで、言葉をなくしていた。
『二人でやっつけてって言われたよ。』
『え・・・・?』
『俺とお母さん、二人の力を合わせて、悪い大人をやっつけてって。子供たちを守ってくれって。』
『なつちゃん・・・・、』
『彼女はもう大人だった。だから自分の命を懸けて、子供たちを守ろうとしたんだ。それが大人になった自分の責任だって。』
『・・・・・・・・・。』
蝶に涙を流す機能はない。
しかし妻の気持ちは痛いほど伝わってくる。
触覚を通して、悲しみと怒りと、そして申し訳ないという思いが。
『ごめん・・・何もしてあげられなくて・・・助けられてばっかりで・・・・。』
複雑な気持ちは俺も同じで、だからこそ戦わなければならない。
ヴェヴェはまだ生きている、あの程度でくたばるような奴じゃあない。
・・・・触覚を通して、雲海の下から強力な磁場を感じた。
またレーザーを撃とうとしているのだろう。
俺は妻を抱え、雲海の上へと逃げ出した。
その直後、真っ白な光が乱射される。
巨木の根っこは穴だらけになって、もうもうと炎を上げた。
『俺がヴェヴェの位置を知らせる!だからお母さんは・・・・、』
『やってやるわよ!言われなくても。』
妻の羽から糸が伸びてくる。
とても細い糸だ。
それをなぜか俺の身体に纏わせた。
『お母さん?』
『これで知らせて。奴の居場所。』
『・・・・ああ、なるほど。糸電話ってわけだ。』
糸を通して鱗粉を飛ばせば、意志の疎通が可能になる。
そうやって妻は巨木を操っているのだから。
『分かった。なら前衛は任せるよ。』
『言われなくてもやってやるわ!アイツだけはぶっ飛ばさないと気がすまない!!』
妻の怒りは最高潮に達する。
『来るぞ!またレーザーだ!』
糸を通してイメージを送る。
妻はサッと左に旋回して、見事に攻撃をかわした。
『雲海から出てくる!』
またイメージを送る。
妻はお尻の触覚を振って、周りにそびえる根っこを動かした。
・・・・次の瞬間、雲海から奴が飛び出してくる。
奴もまた根っこを従えていて、こちらに向けて鞭のように振ってきた。
『うおおおおお!』
山と同じほどの巨大な鞭が、荒れ狂う龍のごとく襲いかかってくる。
しかし俺には見えている・・・・触覚に神経を集中させると、まるで高性能なコンピューターのように、どのような軌道で襲いかかってくるのかハッキリと分かった。
俺も妻も、ガンダムに乗ったアムロ・レイのごとく、ヒラヒラと攻撃をかわしていく。
《こりゃすごい!》
蛾の身体に慣れてきたせいか、さっきよりも触覚が鋭敏になっている気がする。
そして・・・それは妻も同じだった。
『さっきのお返しよ!』
羽を震わせ、青白い鱗粉をばら撒く。
真っ白が光がヴェヴェに向かって飛んでいった。
しかし奴には当たらない。
羽を透明に変えて、幽霊のように攻撃をすり抜けてしまう。
『またこれか!いったいどうなってんだ・・・・、』
このままではこっちの攻撃は一切通らない。
困っている間にも、根っこは襲いかかってくる。
そのうち巨木の枝までもが・・・・、
『上からもかよ!』
攻撃を予測することは出来る。
しかし全てかわすとなると・・・・、
『うおッ・・・・・、』
触覚のすぐ先を根っこがかすめる。
慌てて後ろへ回避したが、今度は上から枝が・・・・、
《あ・・・・、》
もうかわせない・・・・尖った枝が俺の身体めがけて刺さるイメージが・・・・、
しかしすぐに別のイメージがそれを打ち砕く。
横から巨木がそびえて、枝を受け止めたのだ。
『大丈夫!?』
『お母さん・・・・、』
『お父さんが串刺しになる光景が見えたから。』
『そうか・・・イメージを共有してるんだったな。』
間一髪セーフとなったが、次はどうなるか分からない。
ヴェヴェはまたぞやレーザーを乱射して、俺たちを追い詰めてくる。
逃げた先からは枝が襲いかかり、蜘蛛の巣のように網を張った。
ドロっとした粘液がにじみ出て、触れただけでも大怪我を負うだろう。
『クソッ・・・ほんっと厄介な。』
遥か後ろの方から『私から逃げられるわけないでしょ』と笑い声が響いた。
『子供の国は渡さない。私こそが子供を幸せにしてあげられるんだから。』
『自分こそが悪魔だって気づかないのか?』
『悪魔は人間の大人でしょ?それを根絶やしにすることが、子供にとって一番良い事なのよ。』
『親を奪われる子の気持ちを考えないのか!』
『子供を虐待する親がゼロになったら考えてもいいわ。そんなのあり得ないけど。』
四方八方に蜘蛛の巣が張り巡らされていく。
これではもう逃げ場がない・・・・。
『お母さん!どうにかできないか?』
『やってるけど・・・支配を奪われてるみたなの。』
『なんだって?』
『巨木と意志疎通してみて分かったんだけど、これって生き物というよりコンピューターに近いみたい。』
『コンピューター?』
『なんかネットをやってる感じなのよ。頭とパソコンが直に繋がってて、考えるだけで動かせるみたいな。』
『でもこれって、元はといえばヴェヴェの触手なんだろう?』
『・・・・・鱗粉。』
『ん?』
『私たちの鱗粉って、小さなコンピューターなのかも。』
『どういうことだ?』
『一つ一つが生き物みたいな感じで、だけど命は持ってない。命令をすれば色んな仕事をしてくれるけど、自分で勝手に動いたりしない。
・・・・この巨木も同じなのかもしれない。小さな何かが集まって出来ていて、命令を下すと動くのよ。』
『要するに・・・・機械ってことか?』
『うん、だからネットみたいな感じ。鱗粉も巨木も小さな機械・・・繋がってみてそう感じるの。もっと言うなら・・・・、』
そこまで言いかけた時、頭上から粘液が落ちてきた。
そいつは俺の羽に触れて、焼け付くような痛みが走る。
『・・・・・ッ!』
次から次へと降ってくる粘液は、もはやかわしようがない。
やがて蜘蛛の巣が狭まってきて、このままで身動きさえも封じられてしまうだろう。
『どうにか支配を奪い返せないか!?』
『・・・・・無理だわ。ヴェヴェが邪魔してくる。どんなに命令を飛ばしても、すぐにキャンセルされるような感じ・・・・。』
『クソ!』
奴を睨むと、じっとこちらを見つめていた。
優雅に羽ばたきながら、俺たちが息絶えるのを楽しんでいるようにさえ見える。
『どうする?このままじっくり溶かされるか?それともレーザーで即死がいい?』
クスクスと笑って『死に方くらい選ばせてあげるわよ』と言った。
『舐めやがって・・・・。』
腹立たしい奴だが、こっちは打つ手がない。
妻の言う通り、この巨木がコンピューターだとするなら、支配を奪い返すのは難しいかもしれない。
奴はこの機械の扱いに長けているのだ。
その支配を奪い返すとなると、素人がハッカーの操っているパソコンを奪い返せというのと同じくらい無理な話だ。
モタモタしているうちに、粘液は俺たちを蝕んでいく。
右の触覚にポタリと落ちて、一部が溶けてしまった。
《マズい・・・・また触覚を失ったらもう・・・・、》
なつちゃんたちが命と引き換えに助けてくれたこの命。
こんな所で倒れるわけにはいかない。
どうにか・・・どうにか出来ないか・・・・、
『・・・・・ああ!』
ふとあることを思いつく。
『お母さん!』と振り向くと、すでにそれを実行していた。
鱗粉を全て落とし、羽を透明に変えていたのだ。
『そうだ!それなら出られる。』
羽が透明になった妻は、薄く幽霊のように透き通る。
そして・・・・・、
『おお!』
スルリと蜘蛛の巣を抜けて、外へと羽ばたいていった。
これにはヴェヴェも驚いたようで、『あんたどうして!』と叫んだ。
『蝶になって間もない奴が、なんでそんな高度な技を・・・・、』
『巨木が教えてくれた。』
『はあ?』
『あれって大きなコンピューターみたいなもんなんでしょ?』
『・・・・・・。』
『だったらさ、中にいろんな情報が保存してあるんじゃないかと思って。
支配を奪うのは無理でも、情報の検索くらいなら出来るなって。』
『アンタあ・・・・・、』
『パソコンで検索かける要領でさ、頭の中で思い浮かべたの。透明になるにはどうしたらいい?って。
じゃあ教えてくれたわ。全ての鱗粉を落としてからステルスを使えばいいって。
でもステルスの使い方が分かんないから、それも検索した。これも簡単なのね。
頭の中で、光が透けていくイメージをすればいいだけだもん。
そうすれば本当にそうなる。光の屈折がゼロになって、誰からも見えなくなるのよ。』
『・・・・・・・。』
『頭で思うだけでそうなるのは、私たち自身がコンピューターと一緒なんでしょ?
小さくて生き物に近い機械、ナノマシンだっけ?巨木がそう教えてくれた。
鱗粉も巨木も、そして私たちも、小さな機械の集まりなのよ。
だからこの身体に付属している機能は、イメージするだけで使える。多少の慣れは必要だけど、理屈が分かれば簡単よ。』
そう言ってからヴェヴェに体当たりをかました。
するとさっきまでどんな攻撃も通らなかったのに、まともにヒットした。
大きな音が響き、ヴェヴェは下へと落ちていく。
妻はその隙に支配を奪い返し、蜘蛛の巣を解いてくれた。
『お父さん!』
『大丈夫・・・大丈夫だ・・・・。』
あちこち爛れているものの、レーザーを食らった時ほど酷い怪我じゃない。
それよりも・・・・、
『お母さん、さっき言ってたこと本当なのか?俺たち自身が機械だって。』
『ヴェヴェのいた星じゃ、ここより文明が発達していたみたい。生き物は生の肉体を捨てて、機械の肉体に意識を宿すようにしたのよ。』
『それがナノマシンってわけか。まるでSF映画だな。』
『でね、透明になったアイツに攻撃を仕掛けるには、こっちも透明になる必要があるわけ。
なんでかっていうと、力場っていうのを形成してるからだって。』
『力場?』
『すごい高性能なバリアみたいなもん。鱗粉のバリアと違って、このバリアはなんでもすり抜けて無力化しちゃうんだって。
けど同じバリア同士がぶつかると、相殺して攻撃が当たるようになるの。』
『そりゃすごい!これであいつを倒せるかも・・・・、』
『でも弱点もある。』
『どんな?』
『このバリアを使うと、物に触れなくなるの。そうなるとお父さんから情報をもらうことも出来ない。』
『・・・・ああ!糸を繋いで交信が出来なくなるからか・・・・。』
『うん。それに巨木も操れなくなる。』
『え?でもさっきヴェヴェは操って・・・・、』
『前もって巨木に命令を与えとくのよ。時間差で動くように。』
『なるほど。』
『このバリア、強力だけどそういうマイナスなこともある。』
『じゃあ・・・どうすればいい?情報を共有できないんじゃ、向こうの動きを把握しづらいぞ。』
『その通り。だからね・・・・マイクロ波を使ってほしいの。』
『マイクロ波?それってなつちゃんが言ってたあの?』
『そう。このバリアってね、なんでも無力化しちゃうけど電波は無理なのよ。』
『無敵じゃないってわけか?』
『そうよ。ほら、鱗粉のバリアだって弱点があるでしょ?あれは光は防げない。』
そう言われて、俺は核が落ちた時のことを思い出した。
あの時、熱や衝撃は遮断していたが、光だけはこの目に届いていた。
『そうか・・・よくよく考えればそうだよな。光が届くから閃光が見えたわけだもんな。だからレーザーも防げないわけか。』
『マイクロ波って電波でしょ?それを使えば、力場をすり抜けてラジオみたいに情報の受信が出来るのよ。』
『なるほど。なら力場をすり抜けて、お母さんに情報を送ることが出来るな。でも・・・・どうやって使うんだ。蛾にそんな力は・・・・、』
『ある。』
妻は言い切る。
『巨木は色んな情報を保存してたわ。だから蛾のことも検索してみたのよ。そうしたら・・・・、』
『そうしたら?』
『電磁波を飛ばす力があるんだって。』
『電磁波?電波じゃなくて?』
『ええっと・・・・、』
妻はじっと黙り込む。おそらく検索を掛けているのだろう。
『電波は電磁波の仲間なのよ。それで・・・光よりも波長が長いもので、マイクロ波とか短波を電波って呼ぶみたい。
その反対が紫外線とか放射線。光よりも波長が短くて、レントゲンで使うX線も同じ。』
『なるほど。』
『要するに蛾の触覚は電波も飛ばせるってこと。』
『それは分かったけど、具体的にどう飛ばすんだ?』
『触覚から出るみたい。例えばレーダーみたいに。』
『なるほど・・・あれも電波を飛ばして、跳ね返ってきたやつを受信してるんだっけ。』
『そうやってより遠くの物を探知したり、視界が悪い場所でも正確に見ることが出来るのよ。だから・・・・・、』
『だからマイクロ波を飛ばせば、お母さんに情報が送れると?』
『私の触覚はお父さんみたいな優れ物じゃない。けど受信くらいなら出来ると思う。だから私に向かって飛ばしてくれれば・・・・、』
そう言いかけた時、下からヴェヴェが迫ってくるのを感じた。
今までにないほど磁場が歪んでいる。
『何か仕掛けてくる気か?』
ヴェヴェは羽を広げる。
そして自分自身を真っ白に発光させた。
『まさか・・・・、』
ヤバいと思い、妻を抱えてその場から逃げる。
ヴェヴェはますます輝いて、遠く離れていても光が届くほどだ。
こうなってはもうごちゃごちゃ言っていられない。
『お母さん!電波を飛ばすやり方は?』
『触覚を広げて!』
『広げる?』
『蛾の触覚は櫛みたいになってるでしょ?それを羽みたいに広げるのよ!それを振動させれば電磁波が飛ぶ。
振動が強ければ紫外線や放射線を、弱ければ赤外線や電波を。』
『分かった!』
俺は言われた通りにやってみた。
触覚を羽みたいに広げ、ゆっくりと揺さぶる。
すると空気が揺れる音が響いてから、触覚から何かが出ている感じがあった。
『どう?イメージを送れてる?』と妻に尋ねる。
『・・・・何も見えない。』
『じゃあもっとゆっくり振動させてみる。』
『・・・・・来た!見える見える!お父さんのイメージが。』
『何か来るぞ!気をつけろよ。』
片方の触覚はヴェヴェに向け、もう片方を送信に使う。
かなり疲れるやり方だが、奴を倒すまでは続けるしかあるまい。
『もういい・・・・。』
怒りのこもったヴェヴェの声が響く。
『巨木へアクセスする方法を知られたんじゃ、何がなんでも殺すしかない。』
エコーのかかった声ははやまびこのように響き、四方八方から飛んで来る。
『けどさすがに二人も相手にしてると分が悪いわ。』
『じゃあもう諦めたらどうだ?』
『馬鹿言わないで。地球みたいな星は滅多にないのよ。私がここへ辿り着いたのは偶然じゃない、きっと子供たちが呼んでいたのよ。
この星の大人から救ってくれって。』
『お前の子供対する愛情は認めるけどな、やり方が強引すぎるんだよ。そんなんじゃ酷い大人と変わらない。』
『子供なんだか大人なんだか分からないお前に言われたくないわ。とにかく・・・・もうここはいらない。』
『なんだって?』
『子供の国なんていらないって言ったの。地球さえ手に入れば、あの星そのものを子供の楽園に変えることが出来るんだから。』
『自分で作っといてよくもそんな・・・・、』
『自分で作ったから言えることなのよ。お前らこそ私が作った国を勝手に乗っ取ろうとして・・・・何様なの?』
『お前が勝手なことしてくれるからだ!地球を侵略ってふざけんじゃねえ!』
『侵略じゃない、子供の為に良いことをしようとしているの。それが分からないお前こそふざけんじゃないわよ。』
『お前がやってることは、子供を不幸にしてるだけなんだよ!いい加減気づけよこの宇宙人!』
『だからそういうことは虐待や犯罪をゼロにしてから言いなさいよ。進化途中のサルの分際で偉そうに。』
ヴェヴェとのやり取りは平行線で、汚い言葉だけが飛び交う。
『もういいでしょ、口喧嘩も飽きたわ。』
ヴェヴェの輝きはさらに増す。
俺は『お前・・・・』と震えた。
『自爆するつもりか?』
『まさか。ただここを潰すだけ。お前らも一緒にね。』
どんな攻撃をするつもりなのか予想もつかないが、タダではすまないことはだけは確かだろう。
『お父さん!もういいからやっちゃおう!』
妻は羽を広げ、ヴェヴェに向かって飛んでいく。
『おい!正面から突っ込むな!何がくるか分からないのに・・・・、』
『何か来たら知らせてよ!』
迷うことなく突っ込んでいく妻は、勇敢と同時に無謀だ。
俺に出来ることはただ一つ、ヴェヴェの動きを探ることだけ。
触覚からマイクロ波を飛ばしつつ、ヴェヴェの様子を探った。
『磁場がどんどん大きくなってる・・・・これってまさか・・・・、』
一つ、思い当たる攻撃がある。
それはEMP兵器、いわゆる電磁パルス攻撃ってやつだ。
核兵器を地上100キロ以上で爆発させると、熱や爆風の代わりに、強烈な電磁気の影響で電子機器が壊れることがある。
爆発時に放射されたガンマ線が、大気の空気分子に衝突し、電子を飛ばすのだそうだ。
そいつは地球の磁場に乗って強力な電磁パルスを発生させる。
すでにアメリカと旧ソ連が実験済で、電磁パルスの影響で停電が起きたほどだという。
生き物にはほとんど影響はないというが、子供の国は小さな機械であるナノマシンで出来ている。
ていうか俺たちも・・・・、
《もし電磁パルスで攻撃したらヴェヴェまで死ぬんじゃないか?》
そう思ったが、奴は「自爆ではない」と言った。
『いったい何を仕掛けてくる気なんだ?』
ヴェヴェの周囲の磁場はさらに大きく、強力になっていく。
そして・・・ついにその攻撃は来た。
『お母さん!くるぞ!』
妻にメージを送る。
それと同時にヴェヴェの攻撃は放たれた。
・・・俺の予想通り、やはり電磁パルス攻撃を仕掛けてきた。
奴の周囲から強烈な電磁波が放出されて、波状に広がっていく。
そいつは瞬く間に周囲を飲み込んで、巨木を枯らしてしまった。
・・・いや、機能を停止させたといった方が正しいかもしれない。
巨木はボロボロと崩れ去り、砂のように分解されてしまった。
雲海も同様だ。
その攻撃範囲は広く、たった一度の放出で、子供の国の三分の一を塵に変えてしまった。
《なんて威力だよ・・・・。》
鱗粉のバリアのおかげで、どうにか難を逃れた。
逃れたが・・・・まだ脅威は終わっていない。
なぜならヴェヴェはすでに二発目の体勢に入っていたからだ。
『今度はレーザーも一緒に飛ばしてやるわ。』
またぞや真っ白に輝いて、大きな力を蓄えていく。
『お母さん!無事か?』
そう信号を送ると、『平気』と声がした。
『どこだ!?』
『ヴェヴェの後ろ。』
いつの間にか奴の背後に回っている。
力場のおかげでダメージは受けていないようだが、接近し過ぎるのは危険だ。
『邪魔。』
ヴェヴェはまた電磁パルスを飛ばす。
子供の国はボロボロと崩れて、ほとんど原型を失くしてしまった。
と同時に、妻にもダメージがあった。
近い距離で受けたせいか、完全に防ぐことが出来なかったようだ。
羽の一部が損傷している。
《マジかよ・・・・。》
あの電磁パルス、どうやら電波をを含んでいるらしい。
そうでなければ力場をすり抜けるはずがない。
羽を傷つけられた妻は、それでもヴェヴェから離れない。
『お母さん!レーザーがくる!』
ヴェヴェはいつの間にか青白い鱗粉を撒き散らしていた。
『逃げろ!』
頭に浮かんだレーザーの軌道を送る。
しかし妻は逃げない、ヴェヴェの傍から離れようとしない。
そのせいで左羽のほとんどを失うほどの重傷を受けていた。
『なんで逃げないんだよ!殺されるぞ!』
『・・・・・・。』
『お母さん!』
レーザーの軌道は教えたはずだ。
逃げようと思えば逃げられたはずなのに・・・・、
『お父さん・・・・、』
妻の声が小さい・・・・かなり弱っている。
ヴェヴェはまたしても光り輝き、『次で最後』と言った。
『これで子供の国は消滅する。ついでにお前らもね。』
磁場は今までにないほど強力に膨れ上がる。
強い磁場は核反応の熱さえ封じ込めるというが、もしこの直撃を受けたら、鱗粉のバリアで完全に防げるだろうか?
ヴェヴェは俺たちを殺すつもりでいる。
次に来るであろう特大の電磁パルス、そいつは俺と妻さえも砂塵に変えてしまうのでは・・・・、
『お父さん・・・・、』
また妻の声が響く。
とても弱々しい声だが、触覚にはハッキリと届いた。
『感じて・・・・。』
『何を!』
『それを私に教えて・・・・、』
『だから何を!?』
『ヴェヴェの弱点を・・・・、』
『弱点?』
『こいつは・・・・普通に戦っても勝てない・・・・。』
『そんなの分かってるよ!だから傍から離れろ!』
『私がコイツから離れたら・・・・すぐにお父さんを・・・・殺しに来るはず・・・・、』
『え?』
『襲ってきたら・・・確実に殺される・・・・せっかくなつちゃんたちが・・・助けてくれたのに・・・・、』
『・・・・・・・・。』
『でもこのままじゃ・・・私も死んじゃう・・・・。そうなったら・・・・お父さんも死ぬ・・・・。』
妻は巨木の根っこを動かし、俺の前にそびえ立たせる。
おそらく盾のつもりだろう。
『さっきから・・・ずっとお父さんを・・・・狙ってるのよ・・・。だから早く弱点を・・・・、』
『・・・・・・・・。』
『コイツは強い・・・・私たちよりずっと・・・・。同じ宇宙人のはずなのに・・・・何か秘密があるはず・・・・、』
『秘密?』
『きっと・・・・それが弱点・・・・。だからお願い・・・・私が生きてるうちに・・・・・、』
俺は言葉を失くす。
妻があえて攻撃を喰らっていたのは、俺を守る為だった。
『お母さん・・・まさかとは思うけど・・・・・、』
『いいから早くして!もう長くもたないから!!』
『・・・・分かった。』
触覚に全神経を集中させる。
《弱点・・・・弱点か。》
よくよく感じてみると、ヴェヴェの他にもう一つ磁場の広がりがあった。
これは妻のものだろう。
こうすることで、電磁パルスの威力を抑えていたのだ。
もしフルパワーのまま放たれていたら、子供の国は消滅していただろう。
妻は身を盾にして子供の国を守っていたのだ。
『お母さん・・・・。』
言いたいことは色々ある。
なぜなら・・・・妻は自爆をしようとしているからだ。
身を盾にするどころか、その身を武器に変えようとしている。そういう意志が伝わってくる。
しかし弱点を見抜かなければ、その自爆も無駄に終わるだろう。
次にヴェヴェが攻撃を放ったら、ここは完全に消滅してしまう。
それだけはなんとしても避けないと。
『秘密・・・・ヴェヴェが俺たちより強い秘密・・・・・、』
必死に探るが、なかなか思い当たらない。
そもそも触覚の一つをマイクロ波の送信に向けているので、さっきほど強く探ることが出来ないのだ。
《こうなったら一時的にマイクロ波の送信を止めて、奴の弱点を探ることに全力を・・・・、》
そう思いかけて、《ん?》とあることを思い出した。
《マイクロ波・・・・送信を止める・・・・・・・・あああああ!》
二度目のピコンがきた。
頭の中に音が鳴りそうなほど、これだ!って思い当たるものがあったのだ。
《そうだよ!マイクロ波だ。ここには爺さんの大木からマイクロ波が送信されているんだ。
もし・・・もしもヴェヴェがその電力を吸収していたら?子供の国を維持するほどのエネルギーだ。
その一部でも自分の力に変えていたとしたら・・・・・。》
ヴェヴェはあり得ないほど強力な攻撃を連発してくる。
鱗粉を消耗したって、すぐに新しい鱗粉をばら撒いて、レーザーを撃ってくるし・・・・。
《もしそうなら、奴の強さにも納得がいく。だって地球から延々とエネルギーを受け取ってるってことなんだから。
じゃあそれさえ断ち切れば、俺たちにも勝機はある!》
ヴェヴェの弱点を探るのに全神経を傾ける。
すると・・・・・、
《・・・これか?ヴェヴェの磁場のせいで気づかなかったけど、遠くから電波らしき物が飛んできてる。》
飛んできた電波を、ヴェヴェは触覚で受信しているようだ。
てことはあの触覚を切り落とせば・・・・、
《迷うな!もうそれしかない。》
マイクロ波を通じて妻に語りかける。
《お母さん、そいつの弱点は触覚だ。そこから大きなエネルギーを受け取ってる。それさえ絶つことが出来れば勝てるかもしれない。》
妻は頷き、根っこを動かして、触覚を狙おうとしている。
しかしきっと当たらない。
ヴェヴェはすんなりかわしてしまうだろう。
《いつ電磁パルスが発射されてもおかしくない!俺が・・・・俺がやってやる!》
蛾もステルスは使えるはずだ。
頭の中でひたすら透明になることをイメージした。
すると光の屈折がゼロになり、身体が景色の中に溶け込んだ。
ヴェヴェは『奇襲なんか無駄よ』と笑う。
『お前なんか怖くない。臆病者のダメな大人なんだから。』
俺を舐め切っている・・・・でもそれでいい。
油断してくれた方がいい。
《俺だって戦える!こっちにも武器はあるんだからな。》
マイクロ波、この電波は通信だけでなく、あることにも使えるのだ。
例えば・・・・そう、電子レンジ。
あれもマイクロ波を発生させることで、食べ物の中にある水分を振動させて、摩擦熱を起こしているのだ。
だったら俺も同じことをすればいい。
ヴェヴェの触覚を目がけて、このマイクロ波を飛ばせば燃やせるはずだ。
いわゆるメーザー砲ってやつだ。
《気づかれちゃ終わりだからな。なるべく気配を殺しながら・・・・、》
ゆっくりと死角へ回りこむ。
触覚を振動させ、マイクロ波のビーム、メーザー砲を撃った。
・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・ヴェヴェは違和感を覚えたようで、キョロキョロと俺を捜し始める。
『お前・・・・どこに隠れてる?何を企んでるの?』
『・・・・・・。』
『・・・・なに?触覚が熱い。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・・・・。』
『・・・・まさか・・・・、』
今頃気づいても遅い。
メーザーは波長の長い光であり、力場をすり抜けてしまう。
やがてヴェヴェの触覚は煙を挙げ、ついには燃え始めた。
『あんた・・・・これが狙いだったのね!』
怒って俺を捜そうとするヴェヴェ。
意識は完全に俺に向いている。
するとその隙をついて、妻が攻撃を仕掛けた。
巨木の枝をあやつって、鞭のようにしならせたのだ。
『あ・・・・・、』
ヴェヴェは短く叫ぶ。
なぜなら妻の放った一撃が、燃えて脆くなった触覚を叩き潰したからだ。
これでエネルギーの元は経たれたはず。
『て・・・テメエらあああああああ!!』
エコーが何重にも響く。
激しいほどの怒りは焦っている証拠だ。
それとは逆に、妻は落ち着いていた。
『くたばれ。』
ボソっと呟いて、巨木の根っこを振り下ろす。
そいつはヴェヴェの右羽を叩き潰し、返す刀で左の羽も叩き潰した。
『ああ!』
焦るヴェヴェ、妻は羽を広げて真っ白に輝いた。
『エネルギーが断たれて羽も失った・・・・。この状態で電磁パルスを喰らったら・・・・、』
『や、やめて・・・・、』
妻は真っ白に輝く。最後の攻撃を放つために。
『あんたは死ぬ、私の一撃で・・・・。』
『こ、来ないで・・・・、』
『電磁パルスは自分にもダメージがいく。なのにアンタは無事だった。
その秘密は大木からエネルギーを受け取っていたからでしょ?
傷ついた身体を瞬時に再生させてたから無事だった・・・・違う?』
『来るなって言ってんでしょ!』
羽を奪われながらも、ヴェヴェは宙に浮いている。しかしもう素早く飛ぶことは出来ない。
まるでイモムシのように、えっちらおっちらと身体を動かし、妻から逃れていく。
『心配しなくても、あんた一人が死ぬんじゃない。私と一緒だから。』
『だから来るなって!こっち来ないでよ!!』
『子供の国から離れましょ。でないと・・・・私のせいで滅んじゃうから。』
妻はガッチリとヴェヴェを捕まえる。そして俺を振り返った。
『お父さん、優馬のことお願いね。』
『・・・・・・・・。』
俺は何も言えずに固まる。
妻は残された力を振り絞って、瞬く間に遠ざかっていった。
壊れかけた子供の国を飛び出して、宇宙空間へと羽ばたいていく。
『お母さん!』
一瞬だけ俺を振り返り、小さく頷いてみせる。
それから一分もしないうち、遠く離れた場所で閃光が走った。
放たれた電磁気が触覚を刺激して、妻の声を響かせる。
『あとは任せた。』
小さな声だが、はっきりとそう聴こえた。
閃光が消えたあと、砂塵となった二人の欠片が、宇宙へ霧散していく。
妻は自分の命を武器として、ヴェヴェを葬り去ったのだ。
『・・・・・・・・・。』
不思議と感情が湧かなかった。
ヴェヴェを倒した喜びも、妻を失った悲しみも。
なぜなら二つの感情がぶつかり合い、どちらともつかずに放心するしかなかったからだ。
妻が最後に残した『後は任せた』という言葉。
・・・そう、俺は託されたのだ。子供たちを、そして子供の国を。
しかし今すぐ動くことは出来なかった。
魂の抜けた亡骸のように、二人が消えた場所をただ見つめていた。

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