蝶の咲く木 最終話 蝶の咲く木(3)

  • 2018.02.13 Tuesday
  • 11:32

JUGEMテーマ:自作小説

宇宙はとてつもなく広い。
地球と月の間でさえ38万4千キロもある。
子供の国はその中間に浮かんでいるから、約19万2千キロ。
今は地球の傍まで接近しているからもっと近いはずだ。
だがここは広大な宇宙。
近いといってもかなりの距離がある。
地球はすぐそこに見えているが、実際はとてつもなく遠いのだろう。
羽ばたいて行くとなると、いったいどれだけ時間が掛かることか。
・・・・ヴェヴェは倒した。
妻が命と引き換えに。
ヴェヴェを倒した嬉しさ、妻を失った悲しさ、二つの感情に挟まれて、今は何も感じることが出来ない。
しかしずっと放心しているわけにはいかなかった。
俺はこうして生き残ったのだから、大人としての責任を果たさないといけない。
地球へ向かい、子供たちを救うのだ。
その役目を果たさなければ、妻はあの世から戻ってきてキレるだろう。
『命まで懸けたのに何やってんの!』と。
もちろん俺は子供たちを見捨てる気はない。
ないのだが・・・・遠い。
すぐそこに見えているはずの地球へ、なかなか辿り着くことが出来ない。
ヴェヴェの奴が子供の国をめちゃくちゃにしやがったもんで、繭の道がなくなってしまったのだ。
あそこを通ればすぐなのに・・・・・。
《・・・・あ、そっか。》
・・・そう、すぐなのだ。
あの真っ白な竜巻にも似た道、あれを使えばすぐに地球へ行ける。
繭の道はリニアモーターカーと同じ原理。
電磁力を利用して、とんでもない速さで子供の国まで送り届けてくれる。
それならば、俺も同じことをすればいいのだ。
この触覚から磁気を飛ばして、磁石のレールを敷けばいい。
その後俺自身が磁力を纏えば、リニアモーターカーのごとく速く飛べるかもしれない。
繭の道には及ばなかったとしても、やってみる価値はある。
・・・・そう思い立ってから数分後、俺は地球の近くまで辿り着いていた。
磁場の道は、俺を猛スピードで運んでくれたのだ。
傍で見る地球はとてつもなく大きく、振り返った宇宙には無数に輝く星がある。
・・・俺は今から旅に出るのだ。子供たちと一緒に。
羽ばたき、鱗粉を振り撒いてバリアを張る。
大気圏を通り抜け、青い空の中へと降下していった。
《根っこはまだ残ってるんだな。》
地表に突き刺さった幾つかの根っこは、そのままそびえ立っている。
しかしもう死んでいるも同然だ。
ヴェヴェのパルス攻撃のせいで、子供の国はボロボロ。
そのせいで地球へ伸びていた巨木の根も、ボロボロに朽ち果てていた。
放っておけばいつかは枯れ果てるだろう。
《これで地球は安心だな。》
大きな被害が出たものの、侵略だけは免れた。
最悪の事態だけは避けることが出来て、今になって安堵がこみ上げる。
あとは子供たちさえ助ければ・・・・・と思ったのだが、蝶も蛾もどこにもいない。
大木の街まで飛んできたのに、一匹も見当たらないのだ。
《どこ行ったんだろう?》
見渡しても誰もいない。
戦いによって破壊された街があるだけで、大木だけがポツンと立っている。
《・・・捜してみるか。》
触覚を立て、磁場を探る。
しかし気配を感じない。
《ステルスでも使ってるのかな?》
もし人間に見つかったら駆除されてしまう。
それを恐れて姿を消しているのかと思ったが・・・・これも違った。
景色の色を反転させても、やはりこの近くには誰もいない。
赤外線やサーモグラフィーでも探ってみたけど、蝶一匹見つかりもしなかった。
《どこか遠くに避難してるのかな?》
俺は触覚を振動させて、マイクロ波を飛ばした。
周囲360度、日本を覆い尽くすほどの電波だ。
《・・・・・分からないな。》
あまりに膨大な情報が帰ってくる為、判別が出来ない。
ならばともう少し範囲を狭めてみた。
・・・それでも分からない。
広範囲を探れるマイクロ波のレーダーだが、ピンポイントで探し物が見つかるわけじゃない。
《パソコンで検索する時みたいに、条件を入力して探ることが出来れば・・・・・。》
触覚を揺らしながら悩む。
どうしたものかと困っていると、ふと目の前に鱗粉が舞った。
忙しなく触覚を振っていたもんだから、撒き散らしてしまったらしい。
《・・・・・・そうだ!》
ふとあることを思いつく。
《マイクロ波だけ飛ばすんじゃなくて、この鱗粉も一緒に飛ばしてみたらいけるかも。》
こいつはナノマシンという機械で出来ている。
あの巨木も、そして今の俺も。
要は脳ミソとパソコンが直結しているようなもので、だからこそイメージするだけでステルスを使ったり、巨木を動かしたりできるのだ。
だったら鱗粉も同じかもしれない。
『蝶や蛾になってしまった子供を捜したい』
頭の中でそう命令すれば、マイクロ波と一緒に飛んでいってくれるはずだ。
俺はイメージする。
ここにいた蝶や蛾の群れを。
《頼む!見つけてくれ!》
強くイメージしながらマイクロ波を飛ばすと、触覚の先から鱗粉が放たれた。
そいつは俺のイメージ通り、忠実に命令を実行してくれる・・・・はずだ。
《・・・・・・。》
飛ばしたレーダーが跳ね返ってくる。
するとその中に・・・・・、
《これは野戦病院だな・・・・河井さんと彼女がいる。》
遠くの情報を記録した鱗粉が、頭の中に映像を流してくる。
そこには心配そうに我が子を待つ彼女、そしてあの変態親父の腕を引っ張る河井さんがいた。
変態親父は警官の前に突き飛ばされる。
周りを大勢の警官に囲まれ、うろたえている姿が見えた。
河井さんは仁王立ちで睨みつけ、あの家から持ってきたパソコンを指さして、親父を問い詰めていた。
《すごいな・・・こんな状況でよく捕まえてきたもんだ。》
さすがは河井さんと、胸の中で手を叩く。
しかし我が子を待つ彼女は不安そうだ。
眉間に皺を寄せたまま、祈るように手を握りしめている。
落ち着かないのかウロウロしていて、何度も空を見上げていた。
《大丈夫、亜子ちゃんは助けるから。》
早く母親の元へ帰してやらないといけない。
その為には蝶と蛾を見つけないといけないのだが・・・・、
《なんでだ?まったく何も感じない。》
いくら探ってもどこにもいない。
もしや日本から逃げたのかと思い、《探してみるか》と街から飛び立った。
しかしその直後、《待て待て》と声が響いた。
《・・・・爺さん?》
大木を振り返ると、《どこ捜しても無駄だ》と言われた。
《何が?》
《あの子らはみな死んだ。》
《死・・・、》
《人間に撃たれてな。》
《そんなッ・・・・、》
《仕方ないだろう。人間からすりゃただの敵にしか見えん。》
《・・・・さっきヴェヴェを倒したんだ。》
《ここへ戻って来たってことは、そうなんだろうな。負けたなら殺されてるはずだ。》
《なつちゃんたちもお母さんも死んだ。あいつを倒す為に命を懸けたんだ。》
《ああ。》
《それもこれも全部子供を救う為だ。なのにそれが死んだって・・・・・どういうことなんだよ!!》
エコーが空気を揺らす。
波紋のように広がる衝撃が、大木の枝を揺らした。
《あの子たちが死んだっていうなら、俺たちなんの為に戦ったんだ!妻もなつちゃんも無駄死にじゃないか!》
大木の傍へ飛んでいき、《あんた何してたんだ?》と問い詰める。
《あの子たちが殺される最中、黙って見てたのか?》
《ああ。》
《ああって・・・・あんた今まで子供を守ってきたんだろ?あの少年の幽霊だって守ってたじゃないか。ならどうして・・・・、》
《人の話は最後まで聞け。》
《どういうことだよ?》
《確かに死ぬのは死んだが、魂は回収した。》
《回収・・・?》
《あんたがヴェヴェに勝ったら、生き返らせてもらおうと思ってな。》
《だからどういうことだよ?》
《そのまんまの意味だ。あんた宇宙人なんだ、ヴェヴェと同じ力を持ってる。だったら繭で包めば生まれ変われるだろう。》
《・・・・・・ああ!》
《あの子らは爆弾を落とされて死んだ。だから遺体も残っとらん。》
《まさか核?》
《いや、核じゃない。でもすごい威力の爆弾だった。ここから西へ行けば、その痕が残っとるはずだ。》
《そうか。いやでも・・・・生きてるうちに助けようとは思わなかったのか?》
《そんなことしたらまた狙われるだけだ。死んだと思わせといた方がいい。》
《それはそうだけど爆弾なんて・・・・可哀想に・・・・、》
《気持ちは分かるが、これしか方法がなかった。もっともあんたがヴェヴェに勝ってくれなきゃ意味のないことだったがな。》
そう言って《よく帰って来てくれた》と笑った。
《じゃあ・・・どうすればいい?あんたごと繭で包めば復活するのか?》
《ああ。》
《じゃあ今すぐ・・・・、》
《ただしあんたの命と引き換えにな。》
《え?》
《普通の方法で生まれ変わると・・・・どうなるかは知ってるはずだ。》
《・・・・長生きできない?》
《その通り。魂に宿っとる記憶から情報を読み取って、寿命の短いクローンを作るだけだからな。》
《ナノマシンの力でか?》
《そうだ。しかしクローンといえども、完成度が高けりゃ長生きする。
寿命が短いのはクローン自体に問題があるからじゃなく、エネルギーが足りんからだ。
分かりやすく言うなら、電池切れを起こすようなもんだな。》
《なら俺の身体を全て使えば・・・・・、》
《回収した魂は200ちょっとってところだ。一人一人にエネルギーを分け与えたとして・・・・そうだな、だいたい一人あたり80年前後ってとこだろう。》
《そうか・・・ほぼ人間の寿命だな。でも蝶や蛾になった子はもっといたんじゃないのか?だって世界中でこんな事が起きてたんだろう?》
《ほとんどは殺された。》
《・・・・・・・。》
《この大木の傍へ来たのは生き残った子たちだけだ。》
《じゃあここへ来なかった子は・・・・、》
《無理だ。諦めるしかない。》
《でも・・・・・、》
《気持ちは分かるが無理なんだ。それに全ての子供に分け与えるほどエネルギーもないだろう。》
《そうか・・・・なら・・・仕方ないな。》
仕方なくなどない!・・・・と言いたかったが、無理はものは無理なのだろう。
だったら今助けられる子供たちを助けるしかない。
《・・・あ、でも・・・、》
《なんじゃい?まだあるのか?》
《助ける子供は二通りいるんだ。死んで蝶や蛾になってしまった子と、生きてるうちに変えられてしまった子がいる。
元々が蝶や蛾の子はエネルギーを与えなくてもいいんじゃないか?》
《どうして?》
《だってあの子たちは寿命に制限なんてないんだろ?だったら残ったエネルギーは人間に戻る子に与えてやった方が・・・・、》
《駄目だ。》
《なんで?その方が長生きするんじゃないのか?》
《蝶や蛾が永遠に生きるのは、子供の国があってこそだ。ほれ、儂はあそこへ電力を送っていただろう?
その電力は雲海にエネルギーとして溜まっていた。そして巨木を通して、常に子供たちに流れ込んでいたんだ。》
《なるほど・・・・。》
《ヴェヴェやあんたほど大きな触覚を持っていれば、儂のマイクロ波で充電できるんだがな。だがあの子たちの小さな触覚じゃ無理だ。》
《じゃあやっぱり全員にエネルギーを与えた方がいいんだな。》
《さっきからそう言っとるだろう。》
《ごめん・・・ちょっとでもいい形で復活させてあげたいと思って。》
《もう時間がない。いつ軍隊や自衛隊があんたに攻撃を仕掛けてくるか分からん。》
《その程度で負けないさ。》
《あんたが良くても人間が死ぬ。屁理屈はいいからさっさとやれい。》
俺は頷き、空へ舞い上がる。
羽を広げ、糸を伸ばして大木を巻いていった。
『なあ?自分を糸に変えるにはどうしたらいいんだ?』
『イメージしろ。あとはナノマシンがやってくれる。』
言われた通り、俺は糸になるイメージを思い浮かべた。
その糸が子供たちに力を与えるようにと。
するとすぐにその通りになった。
羽から糸を出せば出すほど、俺の身体が縮んでいくのだ。
《自分でも分かる・・・・どんどん力が衰えていくのが・・・・、》
なつちゃんたちからしてもらったことを、今度は俺がやろうとしている。
みんなからもらったこの命を、今度は子供たちに分け与えるのだ。
大木はすでに真っ白な糸に覆われている。
だけどこれでは足りない。
俺の命を全て使わないと。
見る見るうちに身体は縮み、やがては人と同じほどの大きさになってしまう。
それでもまだ終わりじゃない。
まだ体内にはエネルギーが残っている。
グルグルと大木の周りを飛び回る姿は、蛍光灯に群がる羽虫に似ているかもしれない。
なぜなら糸に覆われた大木は、虫を引き寄せる街灯のごとく、ぼんやりと輝き出したからだ。
《あの中で生まれ変わってるんだ。》
もうすぐ子供たちが戻ってくる。
優馬も亜子ちゃんも。
それはとても嬉しいことだけど、悲しいことでもあった。
なぜなら優馬は親を亡くしてしまったからだ。
父も母もいない。お爺ちゃんもお婆ちゃんも生きているか分からない。
もし・・・もしもすべての身内が亡くなっていたら・・・・・。
一瞬だけこう思う。
優馬も連れて行った方がいいのかなと。
あの子も蝶に変えて、一緒に子供の国へ・・・・。
《・・・何考えてんだか俺は。》
我が子を宇宙人に変えてどうするのか。
例え孤児になろうとも、人間として地球で生きる方が良いに決まっている。
子供の国は、悪い大人のせいで命を落とした子供の為の、救いの国なのだ。
優馬には必要ない。
《優馬、もうお父さんもお母さんもいないけど、どうか強く生きてくれ。
辛いだろうし悲しいだろうけど、どうか・・・・。》
我が子を思いながら、ひたすら糸を巻いていく。
身体は本物の蝶と同じくらいにまで縮み、飛ぶのさえも辛くなってきた。
しかしまだ残っている・・・ほんのかすかでもエネルギーがあるなら、子供たちの為に使いたかった。
《大丈夫・・・・みんな助かる・・・・みんな・・・・、》
子供たちに、そして自分に言い聞かせるように、残った命を糸に変えていく。
その時だった。
遠くからパンと音がした。
何かと思って振り向くと、また同じ音が・・・・、
《あ・・・・、》
右の羽が吹き飛ぶ。
ヒラヒラと落ちていく途中、三度目の音が響いて、今度は胴体が弾け飛んだ。
《・・・・銃?》
離れた場所に迷彩服を着た男たちがいる。
小銃を構えながら俺を睨んでいた。
『・・・・・・・・。』
俺はその目を睨み返してやったが、やがて地面へ落ちて空を仰いだ。
《・・・・なんだよ・・・カッコよく終わろうと思ったのに。》
最後の一滴まで子供たちの為に命を使おうと決めていた。
なのに撃たれて終わりとは・・・・。
《でもまあ・・・・いいか。出来ることは全てやった。後はあの爺さんに任せよう・・・・。》
ナノマシンの肉体はすごいもので、胴体を弾き飛ばされても生きている。
しかしもう俺にはエネルギーが残されていない。
きっと二度と復活することはないだろう。
《いいさ・・・子供たちさえ助かるなら・・・・・、》
視界の隅には大きな繭が光っている。
ドクドクと脈つように、光を点滅させながら。
《・・・・あ、でもこの後はどうするんだろう?俺がいなくなったら、誰が子供の国を守るんだ?》
今になってそんな事に気づく。
《爺さんがなんとかしてくれるのかな?・・・・きっとそうだ。でなけりゃ俺を犠牲にして子供を復活させろとは言わな・・・・、》
そう思いかけた時、人の足音がこちらへ近づいてきた。
硬いブーツの音が幾つも。
そいつらは俺を見下ろす。
小銃の先を向けながら。
《・・・あんたらも大変だったな・・・・こんなわけの分からない宇宙人と戦う羽目になって。》
犠牲者は子供だけじゃない、大人もいる。
いま銃を向けている大人たちは、こっちの事情など知らないのだ。
敵だと思って撃たれても文句は言えなかった。
《いいよ・・・そのまま撃ち殺してくれて・・・。》
しかし迷彩服の男たちは、あろうことか繭に銃を向けた。
そして・・・・、
《おいよせ!》
銃口が火を吹く、パパパパと短い炸裂音が鳴る。
一斉に発射された小銃の弾は、繭を貫こうと次々に襲いかかった。
《何してんだ!そこには子供がいるんだぞ!優馬も亜子ちゃんもいるんだ!》
叫ぼうにも声が出ない。
どうにかやめさせられないかと思っていると、突然銃声はやんだ。
《そうだ・・・壊さないでくれ・・・・それは希望なんだ・・・子供が生まれ変わる為の・・・・。》
迷彩服の男たちは去っていく。
しかしホッとしたのも束の間、今度は空からアイツが襲いかかってきた。
《攻撃ヘリ!》
三機のヘリがこちらに向かってくる。
機体の下に装備された機関砲が、繭目がけて火を吹いた。
《だからやめろって!なんてことすんだよ!!》
凄まじい機関砲の音は、連続で空爆されているかのような恐ろしさだ。
しかし繭はその攻撃さえも通さなかった。
《ざまあみろ!巨大な蛾の身体で紡いだ糸だ、そんなことで壊れるか。》
そう思った直後、今度はミサイルを飛ばしてきた。
爆音と共に炎が上がる、俺もこのまま燃やし尽くされる・・・・そう思ったのだが、俺も繭も傷一つ負うことはなかった。
《ああ、これ・・・・バリアが・・・・、》
繭から不思議な色の粉が舞い散り、辺り一帯を覆う結界のようになっている。
何度もミサイルを撃ち込むヘリであったが、効果なしと悟ったのか、遂には退散していった。
《まずいな・・・・これで終わりならいいけど・・・・・。》
きっと人間はこう思っているのだ。
この巨木から大きな蝶が生まれてくると。
だとしたら最後にはアレが来るはずだ。
なんでも焼き尽くしてしまうあの炎が。
しかしもう俺には何も出来ない。
ただ繭が無事であることを祈るしか・・・・・。
《・・・・・あれは?》
繭が激しく鼓動を刻む。
光の点滅が増していき、繭の一部が破けた。
そこから出てきたのは・・・・子供の手だった。
繭から出した手を動かして、必死に這い出ようとしている。
ようやく顔を覗かせる頃、俺は《優馬!》と叫んでいた。
《おい優馬!ここだぞ!お父さんはここにいるぞ!》
そう叫ぶも、ほとんど声は出来ない。
優馬は完全に繭から出て来て、その後から女の子も出て来る。
優馬より少し上だろうか・・・・幼稚園くらいに見える。
《あれ・・・・もしかして亜子ちゃんか?》
彼女から聞いた特徴と似ていたので、おそらくそうなのだろう。
亜子ちゃんは眉から出たあと、優馬と一緒に丸い繭の上を滑り降りてきた。
それを皮切りにして、次々に子供たちが孵化してくる。
優馬のように小さな子もいれば、高校生くらいの子もいる。中には赤ん坊まで。
次から次へと現れて、繭の周りは子供だらけになってしまった。
すると亜子ちゃんが優馬の手を引きながら、俺の元へと歩いてきた。
小さな手に俺を乗せ、「これ?」と繭に尋ねている。
《なんだ?》
俺に用があるのだろうか?
出てきた子供たちは、繭の傍から離れようとしなかった。
というより結界から出ようとしなかった。
小さな子は外へ出ようと走ったりしているが、年長の子がそれを止めていた。
《なんだ・・・自由になったはずなのに。》
不思議に思うが、すぐにその理由が分かった。
子供たちはみんな目を閉じ始める。
そしてその数秒後、空からアレが降ってきた。
《やっぱり・・・・。》
何度も目にしたあの閃光が、再び空を覆う。
光が降り注ぎ、白塗りの部屋にいるかのような、心がおかしくなってしまうほどの輝きだ。
《爺さんだな。爺さんが子供たちに忠告してたんだ。ここから出るなって。》
辺り一帯が灼熱の火球に飲み込まれる。
激しい光はしばらく続き、子供たちは身を寄せ合っていた。
亜子ちゃんも優馬もギュっと目を閉じ、光を見まいと俯いている。
俺は二人の子供を見つめながらも、その背後にある繭に目を奪われていた。
《来た・・・・・。》
破けた繭の中から、次々に蝶と蛾が飛び出してくる。
その数は100匹以上はいるだろう。
大勢の蝶と蛾は、核の閃光を背負いながら、こちらにシルエットを投げかけている。
《・・・あ、繭が・・・・、》
恐らくすべての子供を復活させたのだろう。
真っ白な繭は、緩んだ紐のようにほどけていく。
遂には砂のように崩れ去り、跡形もなく消滅してしまった。
《よかった・・・。》
ホッと安堵する。
俺は子供たちの為に出来ることを成し遂げたのだ。
これでもう思い残すことはない。
優馬のことは心配だが、もうそろそろこの世を離れなくてはいけなくなっていた。
視界が霞み、光さえ感じ取れなくなっていたから・・・・。
するとその時、群れの中から一匹の蝶が飛んできた。
《おじさん。》
少年の声が俺を呼ぶ。
《おじさんも生まれ変わるんだよ。》
《・・・君は誰だ?》
《僕は優馬。》
《・・・・まさか優馬に宿ってたもう一人の・・・?》
《僕らを守ってくれるんでしょ?一緒に子供の国に行くんでしょ?》
《・・・ごめん・・・もう無理だ・・・・。》
《行けるよ、生まれ変われば。おじさんもおばさんも。》
《おばさん・・・?》
《二人で子供の国を守ってよ。悪い大人がいない世界へ連れてって。》
優馬君は俺を抱えて舞い上がる。
亜子ちゃんは「バイバイ」と手を降り、優馬は何がなんだか分からないといった顔で見つめていた。
俺は大木の枝にそっと寝かされる。
優馬君は羽を広げ、糸を出して大木に巻き付けていった。
《おい・・・まさか自分の命を捨てて助ける気じゃ・・・・、》
《死なないよ僕たちは。》
心配するなという風に笑って、どんどん糸を巻いていく。
すると他の蝶や蛾も糸を巻き付け始めた。
《おじさんもおばさんも生まれ変わる。新しい命に。》
そう言って俺の隣に何かを置いていった。
《これは・・・・?》
《髪の毛。》
《誰の?》
《おばさん。まだ細胞が生きてる。その細胞から新しい命が生まれる。》
優馬君はまた糸を巻き始める。
大木は見る見るうちに糸に覆わていった。
《新しい命か・・・・なら本当の意味で生まれ変わるってことなんだな。》
子供の国から地球へ生き返る時、クローンの他にもう一つ道がある。
それはまったくの別人として誕生するということ。
記憶も自我も消えて、魂だけを引き継ぐのだ。
この大きな繭の中で、俺も妻も別人に変わってしまうだろう。
《お母さんの魂はまだ近くにいるのかな?もしそうなら会いに来てほしいな・・・・・。》
意識がゆっくりと消えていく。
疲れた夜に眠りにつくように、ウトウトと微睡んでいった。
次に目を開けた時、俺は俺でなくなっている。
魂は同じでも、もう俺はどこにもいなくなるのだ。
だけどずっと妻といられるのなら悪くない。
互いに生まれ変わり、また再会できるのなら・・・・・。
視界が薄くなって、暗い闇が押し寄せる。
眠りにつく前、すぐ隣に妻の息遣いを感じた。


     *****


暮れかけた空の若い月に、光る繭が重なっている。
もうすぐ夜がくる。
繭は小さな胎動を始め、二つの命を羽化させた。
一匹は巨大な蝶、もう一匹は巨大な蛾だ。
互いに羽の形も違うし、触覚の形も、顔つきだって違う。
しかし青白く光っていることは同じだった。
まずは蛾が空へ舞い上がる。
羽ばたいた後には鱗粉が降り注ぎ、空へ繋がる道のように光芒を残す。
次に蝶が舞い上がった。
こちらも鱗粉の光芒を滲ませて、蛾の隣へと舞い上がった。
役目を果たした繭は、ボロボロと崩れ去る。
波にさらわれる砂城のように、どこかへ消え去ってしまった。
その中から現れた大木には、小さな蝶と蛾がの群れとまっている。
こちらも青白く光っていて、空に滲む光芒の道をたどっていった。
巨大な蝶と蛾は大木を見下ろす。
そこには人間の子供たちがいて、まん丸に目を見開きながら、二匹のことを見上げていた。
しばらくすると、日は完全に暮れた。
太陽は沈み、月が空を照らす。
月の光は大木にかかり、薄い影を伸ばした。
その影には老人の姿が映っている。
老人は蝶と蛾を見送るかのように、ゆっくりと手を振った。
《達者でな。》
そう言い残し、老人は友に消え去ってしまう。
次の瞬間、大木から凄まじい雷が放たれて、宇宙へと飛んでいった。
夜空に舞う蝶と蛾は、雷が昇っていった空を見上げる。
すると空の遥か向こうから、糸で紡いだ繭の道が降りてきた。
白い竜巻のようなその道は、大きな口を開けて子供の来訪を歓迎している。
小さな蝶と蛾は、次々にその中に飛び込んでいった。
群れの全てが飛び込んだのを見届けると、今度は巨大な蝶が飛び込んだ。
大きなその身体は、繭の道をギリギリ通れるサイズ。
なぜならこの道は、本来子供の為に用意されたものであり、大人を歓迎してくれないからだ。
ここを通れるのは、子供の守護者となる大人だけ。
巨大な蝶はギュウギュウ詰めになりながらも、繭の道の奥へと消えていった。
次は巨大な蛾の番だ。
羽をたたみ、入口に脚を掛ける。
しかし一度だけ地上を振り向いて、触覚の中から何かを投げ落とした。
それは一枚の絵だった。
ヒラヒラと宙を舞い、幼い男の子の手に落ちる。
そこに描かれているのは、子供が夢想するようファンタジックな世界。
空に大きな木が浮かび、幾つもの蝶が舞っている。
ただし画面の下は空白だった。
幼い男の子が、この空白に何を描くのか?
巨大な蛾はとても興味を持っていたが、もうこの星を離れる時間が迫っていた。
地上に背を向け、繭の道へと飛び込んだ。
それからしばらくして、一つの星が地球を離れた。
大きな木が並び、根っこに雲海を張った不思議な星だ。
ここは子供の国。
子供の守護者となる大人と、子供だけが住むことを許される国だ。
今から遠い宇宙へ旅に出る。
巨大な蝶と蛾は、それぞれ星の左右に張り付いた。
そして鱗粉を撒き散らしながら、めいっぱい羽ばたいた。
地球の重力圏を離れる為、とにかく必死に羽ばたき続けた。
羽ばたく度に鱗粉が遠くへ飛んで行く。
不思議な色に光るその鱗粉は、いつしか羽の形となった。
巨大な蝶と蛾が、この星を飛ばす羽が欲しいと願ったからだ。
鱗粉を構成するナノマシンは、主の命令を受けて、子供の国の何倍もの羽を作り上げる。
子供の国の左右から伸びたその羽は、七色に輝くモルフォ蝶のよう。
羽を振れば磁場のレールが伸びていき、まるで列車のごとくその道を駆け抜けていった。
それはあまりに強い磁場の為、地球のどこにいてもオーロラが見えるほどだった。
子供の国はもう二度と地球へは戻って来ない。
地球を離れ、土星を超え、太陽の重力圏からも抜ける頃、羽はより巨大になっていた。
宇宙を駆ける七色の蝶が飛び去った後には、飛行機雲のような光芒が伸びていた。

 

 

     蝶の咲く木 -完-

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