勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十九話 洞窟のコウモリ男(3)

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 09:31

JUGEMテーマ:自作小説

オンボロの本殿の前に腰を下ろしていた。
隣にある賽銭箱をちょっと動かしてみると、中からお金の音は聞こえない。
一円も入っていないのだ。
なんだか切ない気持ちになっていると、社務所からチェリー君が出てきた。
「ツクネちゃんは?」
駆け寄って尋ねると、「大丈夫だ」と答えた。
「ちょっと気絶してるだけだ。怪我は大したことねえ。」
「よかった・・・。」
ホッと胸を撫で下ろす。
これで本当に依頼は完了、これ以上長居しても悪いので、「それじゃ」と手を挙げた。
「ツクネちゃんが良くなったらまた会いに来るよ。今日はこれで。」
そう言って神社を出て行こうとすると、「待て待て」と止められた。
「ん?どうした?」
「ちょっと付き合え。」
「どこに?」
「いいから。」
チェリー君は神社を出ていく。
目の前の道を右に曲がって、田んぼの用水路の傍を歩いていった。
「どこ行くんだ?」
マサカリが首を傾げる。
「さあ?とにかくついて行ってみよう。」
俺たちも鳥居をくぐる。
するとマリナが「私ここて待ってるわ」と言った。
「もうちょっと日向ぼっこしたいの。」
そう言って陽の当たる賽銭箱の隣に目を向けた。
「分かった、ならちょっとここで待っててくれ。」
陽だまりの中にマリナを下ろす。
「気持ちいい・・・」とウットリしていた。
神社を出てチェリー君を追いかけると、「遅せえぞ」と怒られた。
「ごめんごめん。それで・・・どこ行くの?」
「野暮用を済ませにな。」
「野暮用?」
「あんたには色々迷惑かけたからな。最後まで見届けさせてやろうと思って。」
「?」
何を言っているのか分からない。
動物たちと顔を見合わせ、眉をしかめた。
それから20分後のこと、枯れ草の畦道を歩いていると、山の麓に神社が見えてきた。
「あれは・・・・、」
「あれよあれよ!ツクネちゃんとコウモリ野郎がいた神社!」
モンブランが叫ぶ。
「あの神主さんの神社か。こんな場所になんの用だろう?」
「きっと文句を言いに来たのよ。いい加減ストーカーはやめろって。」
「そうなのかな?今回の事で懲りたからもうしないんじゃ・・・・、」
「甘いわね悠一。あの手のオスは目的を果たすまで諦めたりしないのよ。
私は何度もそういうオスに狙われた友達を助けたことがあるもん。」
「ほう、そりゃ大活躍だな。」
「まあね。」
自慢気に胸を張るモンブラン。
するとマサカリが「お前自身はストーカーされたことねえのか?」と尋ねた。
「無いわね。」
「そうか。ならお前はモテないんだな。」
「おだまり!」
「ぎゃふ!」
モンブランの肉球がマサカリの脂肪にめり込んだ。ぶよんって。
チェリー君が「何やってんだお前ら」と呆れた。
「さっさと行くぜ。」
鳥居を潜り、落ち葉の散らばる参道を歩いて行く。
するといきなりチュウベエが「そうだ!」と叫んだ。
「どうした?」
「思い出した。」
「なにを?」
「俺、あの神主のこと忘れてたんだ。」
「ん?」
「洞窟から帰る時、あいつだけいなかっただろ?ツクネに崖の下に落とされたから。」
「・・・・ああ!そういえばそうだったな。」
言われて気づく。
「でも大丈夫なんじゃないか。霊獣だからあの程度でどうにかなったりしないだろ。」
チュウベエはしばらく考えてから「それもそうだな」と頷いた。
俺たちも鳥居を潜り、参道を歩く。
正面には本殿がそびえていて、チェリー君のところよりもいささか立派だった。
「まだこっちの方が儲かってるみたいだな。」
マサカリが言う。
グルっと境内を見渡し、「お、あれかあ」と唸った。
「見ろよ悠一、狛犬の代わりにあんなもんがあるぜ。」
そう言って顎をしゃくった先には、カラスの像が二体建っていた。
狛犬のように本殿の前を守っている。
そしてその左側には小さな社があった。
どこかの神社の分祀だろうか。
その反対側、本殿の右の方には社務所がある。
こちらもチェリー君のところよりは立派だ。
「面白い神社だな、カラスの像があるなんて。」
するとチュウベエがまた「そうだ!」と叫んだ。
「今度はなんだ?」
「俺、もう一個忘れてることがあったんだ。」
「なにを?」
「あの洞窟でカラスを見たんだよ。」
俺の頭から飛び立って、カラスの像にとまる。
「暗くてハッキリとは見えなかったけど、なんかが飛んでる気配を感じたんだ。
目を凝らしてみると鳥だった。」
「ほんとに?」
「間違いない。細かいところまではハッキリ見えなかったけど、あのフォルムはカラスだ。」
「カラス・・・・。」
なんとなく嫌な感じがした。
「でもお前、洞窟の中には何もいなかったって言わなかったっけ?」
「だから忘れてたんだって。虫を食うのに夢中だったから。」
「まったく・・・お前は賢いんだか抜けてるんだか。」
あの場所でカラスと聞いてピンとくるものは一つしかない。
俺は「なあチェリー君」と話しかけた。
「実はチュウベエのやつがカラスを見たって・・・、」
「分かってる。」
「え?」
「どうせんな事だろうと思ったんだよ。」
怖い顔で振り向く。
「どうしたんだ?そんなに怒って。」
「実はな、さっきから気配を感じねえんだ。」
「気配?なんの?」
「神様のだよ。」
そう言って本殿を睨んだ。
「もうここに神様は祭られてねえみたいだ。」
「祭られてないって・・・・ここは君んとこより儲かってるんだろ?だったら神様がいなくなたったりしないんじゃ・・・・、」
「理由は分からねえ。けどいねえもんはいねえんだよ。あっちにもそっちにも。」
本殿と小さな社を指差す。
「これでようやく確信が持てたぜ。」
「なんの?」
「決まってんだろ。真犯人はあのカラス野郎だってことさ。」
チェリー君は本殿の右隣にある社務所へ近づいた。
ガラス戸をノックしながら「おい」と呼ぶ。
「ここにいるんだろ?出て来いよ。」
手荒くノックを続けていると、ガラっと引き戸が開いた。
「何か御用で?」
あの神主さんだ。
チェリー君は「よう」と手を挙げた。
「姉貴は無事に助け出したぜ。」
「それはよかった。明日にでもお見舞いに伺いま・・・・、」
「二度と姉貴には会わせねえ。」
「なんですと?」
「白々しい顔すんじゃねえよ。」
今にも胸ぐらを掴みそうなほど詰め寄る。
「賽銭泥棒したのも姉貴をさらったのも、全部テメエが黒幕なんだろ。」
「なにを馬鹿な。どうして私がツクネさんを苦しめるような真似を。」
「じゃあ逆に聞くけど、どうして苦しめないって言えるんだ?」
「そんなの当然じゃあないですか。私はツクネさんに惚れているんです。彼女と結ばれ、共にこの神社を支えていこうと・・・、」
「神様のいない神社をか?」
ニヤっと笑いながら言うと、神主さんの表情が変わった。
「俺だっていちおう霊獣だ。ここに神様がいるかどうかくらい分かる。」
「・・・・それで?」
今度は神主さんがニヤリと笑った。
「もしかして私を馬鹿にしに来たんですか?神様に愛想を尽かされるなんて情けない霊獣だと。」
「ふん、テメエを笑いに来るほど暇じゃねえ。」
「じゃあどんな御用で?」
顎を上げ、見下すような目つきで言う。
するとチェリー君はポケットから何かを取り出した。
「借りたモンを返しに来ただけさ。」
そいつをピンと指を弾くと、宙を舞って神主さんの手に落ちた。
「これは?」
「見りゃ分かんだろ?バッジだよ。」
俺も首を伸ばして見てみる。
《このバッジはあの・・・・、》
「借金は返した。だから二度と姉貴に・・・・いや、俺たちの神社に近づくな。」
チェリー君の顔が怪物のように歪む。
すると神主さんは「何を言ってるんだ」と笑った。
「こんなモノで借金の返済だと?バカバカしい。」
押し付けるようにしてバッジを返す。
しかしチェリー君は受け取らなかった。
「そいつはとあるヤクザの組のバッジでよ。」
「ヤクザだと?」
「ちょっとお世話になってたもんでな。」
「ほう、君がそんな場所にいたとは知らなかった。ご両親も悲しんでいるんじゃないのかい?」
「勘違いすんな、ペットとして飼われてただけだ。」
「ペット?」
「その組の孫が動物好きでよ。屋根裏に住み着いてた俺を飼ってくれたんだ。」
「だったらなんでバッジなんてモンを持ってる?こういうのは組員が付けるものだろう?」
「パクってきたんだ、借金の返済に当てる為に。」
バッジを指差しながら、「そいつは純金で出来てる」と言った。
「借りたのは500円だから充分な額だろ?」
そう言ってクスっと肩を竦める。
すると神主さんは「あのね・・・」と首を振った。
「そういう問題じゃないんだよ。君も霊獣なら知ってるだろ?
ちゃんと願いのこもったお金じゃないと・・・・、」
「こもってるぜ。」
「ウソをつくな。どうして組のバッジに願いなんか・・・・、」
「そいつは神棚に置いてあったもんだ。」
「神棚?」
神主さんの表情が変わる。
「それ、俺の飼い主が持ってたもんでな。あの子の父ちゃんは色々あって、今は遠い旅に出てるんだ。」
「塀の向こうってわけかい?ヤクザなんて稼業をやっていたら、そういう事もあるんだろうね。」
「あの子はそれを悲しんでる。だから親父さんが旅に出る前に置いてったバッジを形見みたいに大事にしてたんだ。」
「泣かせる話だけど、それがどうしたっていうんだい?まさか情に訴えて借金をチャラにしてもらおうなんて思ってないだろうね。」
バッジを弄びながら嫌味に笑う。
チェリー君は「まさか」と笑い返した。
「あの子はまだ小さいから、本当に親父さんが旅に出たもんだと思ってる。臭い飯食ってるなんて想像もしてないんだ。」
「そんな幼い子に辛い思いをさせるなんてね。仕事を変えた方がいいんじゃないのかい?」
「かもな。けど俺が言いたいのはそういう事じゃねえ。
あの子は一日も早く親父さんが帰って来るのを待ってるんだ。
だから神様に願いをかけた。早くお父さんが帰って来ますようにって。」
「そうかい。泣ける話だけどもう充分だ。」
鬱陶しそうに言って「ほら」とバッジを押し付ける。
「こんなモンはいらない。持って帰りたまえよ。」
チェリー君は相変わらず受け取ろうとしないので、手を掴んで無理やり握らせようとした。
しかし彼はその手を振り払う。そしてこう言った。
「もう一度言う、そのバッジは神棚にあったもんだ。」
「だからどうした?」
「か・み・だ・な・・・・にあったんだ。」
「だからそれがどうしたって・・・・、」
言いかけた神主さんの口が止まる。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「まさか・・・・、」
瞳を揺らしながら、ゴクリと喉を鳴らした。
「もう分かっただろ。」
「・・・・・・・。」
「そいつはあの子が神棚に捧げたもんだ。早くお父さんが帰ってきますようにって願いをかけてな。」
バッジを見つめながら勝ち誇ったように笑うチェリー君。
するとさっきまでの余裕ぶった神主さんの表情はどこへやら。
眉間に皺を寄せ、グっと口元を噛んだ。
「神棚は神様を祀る場所だ。だから神棚へのお供え物は、神社へのお供え物と同じ意味を持ってる。」
「・・・・・・・。」
「そのバッジは愛理が神様に捧げたもんだ。強い願いをかけて。」
「・・・・・・・。」
「小さな子供が親の帰りを待ってるんだ。その願いは本物だぜ。」
「・・・・・・・。」
「しかもそいつは純金で出来てる。借金の500円に当てたとしても、何枚か万札が返ってくるだろうな。」
今度はチェリー君が余裕の表情になる。
またしても真っ赤なマフラーがはためいていた。
風もないのに。
「けど釣りはいらねえ。全部くれてやるよ。その代わり・・・・、」
ポンと神主さんの肩を叩く。
「俺たちの神社を乗っ取ろうとするのはやめろ。」
低くドスの利いた声で言う。
それはほとんど脅しのようだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺は二人の間に割って入った。
「神社を乗っ取るってどういうことだ?」
「そのまんまの意味さ。こいつの狙いは姉貴じゃねえ、俺たちの神社なのさ。」
「チェリー君たちの神社・・・・。」
「もっと言うなら俺たちが祀ってる神様だ。」
そう言って本殿を振り返った。
「理由は分からねえが、ここには神様がいねえ。となるとこの神主にとってマズいことになる。」
「自分の代で終わっちゃうもんな。でもだからって、まさかチェリー君の神社を乗っ取ろうなんて・・・・、」
「それしか考えられねえ。こいつが黒幕だって考えると全部の辻褄が合うんだ。」
視線を神主さんに戻す。
「お前はなんらかの事情で神様を失った。このままじゃ代々続いてきた神社を潰すことになる。
となりゃ霊獣としていい恥さらしだ。
それを避ける為に俺たちの神社の乗っ取りを計画したんだ。
まずは最初は姉貴と結婚しようと企んだ。身内に取り入ることが出来れば、乗っ取りも容易くなるからな。」
「馬鹿な!私はそんなこと・・・・、」
「いいから黙って聞けよ。」
グイっと顔を近づけて威嚇する。
「けど姉貴はお前なんかタイプじゃねえ。何度アタックしても断られて、どうしたらいいのか困ったはずだ。
そこで思いついたのが融資の申し出だった。」
バッジを指差し「金を貸すことで借りを作ろうと考えたんだ」と言った。
「ウチが財政難だってことを知ってたお前は、頼んでもねえのに金を貸そうとしてきた。
けどウチみてえな貧乏な神社、返すアテなんざねえ。となりゃ担保がいる。
その担保が姉貴だったってわけだ。」
「違う!私はそんな・・・・、」
「いいや、お前はそう企んでたんだ。実際に金を返せなかったら姉貴と結婚させろって言ったじゃねえか。」
「だからそれはツクネさんに惚れていたからだ!卑怯なやり方だとは思ったが、それしか方法が思いつかなかったからで・・・・、」
「じゃあなんで姉貴を諦めた?」
「あ、諦める・・・・?」
「本気で姉貴を欲しがってるなら、その条件を曲げることはなかったはずだ。
なのに姉貴の代わりに神社と土地を担保に差し出すと頷いたよな?ありゃなんでだ?」
「そ、それは・・・・やっぱりこういうやり方で結ばれるのは良くないと思ったからで・・・・、」
「違うな、最初から神社そのものが目当てだったからだ。」
鼻に当たるほどビシっと指を突きつける。
神主さんは「ぐむ・・・」とうろたえた。
「あんたにとっちゃ棚からぼた餅だったろうな。姉貴と結婚なんて回りくどいことをせずに、簡単に神社が手に入るんだから。」
「だから違うと言ってるだろ!君が言ってることは全て誤解だ!」
鼻に当たった指をバシっと振り払う。
しかしチェリー君は怯まない。
今度はおでこに指を突きつけた。
「どうせ奴らに借金を返すアテなんかない。ほっとけば神社は自分のモンになる。そう思ったんだろ?」
「違う!そんなこと思ってなど・・・・、」
「ドアホ!黙って聞け!」
「自分から尋ねたクセに・・・・。」
「これで計画通りだと安心してたんだろうが、そうもいかなくなった。
なぜなら姉貴が賽銭泥棒を捕まえようとしたからだ。」
「ちょっと待ってくれ!賽銭泥棒に遭ってるのはウチも同じで・・・・、」
「うるせえ!んなもんどうせ自作自演だろ!」
グイっとおでこを押す。
神主さんの身体が仰け反った。
「あいつはお前が差し向けたもんだ。保険の為にな。」
「ほ、保険だと・・・・。」
「ウチはとんでもなく貧乏だが、それでも万が一ってことがある。
今はパワースポットブームとやらで、辺鄙な神社にも参拝に来たりするからな。
もしかしたら俺ん所だって参拝客が増えるかもしれねえ。
ただそうなると普通に借金を返してくる可能性がある。
その万が一の目を摘む為に、あのコウモリ野郎を差し向けやがったんだ。」
グイグイとおでこを押している。
神主さんはリンボーダンスみたいに背中を曲げていた。
「野郎は超音波を使ってどんな物でも探知出来る。となりゃ見張りを掻い潜って賽銭を盗むことなんざわけねえ。
実際に姉貴たちが何度待ち伏せをしても捕まえられなかったんだからな。」
「いい加減指をどけてくれ。背骨が折れる・・・・。」
「このままじゃ借金は返せず、神社はお前に取られることになる。
そこで姉貴は考えた。自分で賽銭泥棒を捕まえられないのなら、捕まえられる奴を連れてくればいいと。
そして幸いにもそいつは身内にいた。」
そう言って自分の胸を指差した。
「同じ山に神社を構えるお前なら知ってるだろ?俺にだって特殊な力があるってことを。」
「君の噂は耳にしたことがあるよ・・・・・。擬態を使うと誰にも見つからないと・・・・、」
「その通りだ。そんな奴に待ち伏せをされたら、いくらあのコウモリ野郎でも捕まる可能性がある。
となりゃそこから自分との繋がりがバレるかもしれない。
お前は相当焦ったはずだ。だからまた計画を変更した。
コウモリ野郎を使って、姉貴をさらうって計画にな。」
神主さんの背中が曲がりすぎて、頭が地面にくっついている。
意外と柔らかいんだななんて、余計なことを考えてしまった。
「姉貴を返してほしけりゃ神社を寄こせとでも言うつもりだったんだろう。
けど姉貴はさらわれたくらいでビビるタマじゃねえ。
手を焼いたあんたは、コウモリ野郎を使って思い通りに操ろうとしたんだ!」
おでこをグイグイ押して、神主さんの頭を押さえつける。
これで決まりか・・・・。
そう思ったんだけど、神主さんは「ふ・・・」と不敵に笑った。
「なかなかよく出来た作り話だ。」
「作り話じゃねえ!ずべてはお前の企みだ!」
「じゃあ尋ねるが、どうして私は君たちに協力したんだい?」
「なに?」
「もし仮に君の言う通りだとしたら、ツクネさんを救い出すのに手を貸すはずがないだろう。」
「それは俺たちの目を欺く為だ。」
「意味がない。」
「なんだと?」
「君たちの目を欺いてどうなるっていうんだい?」
そう言ってバシっとチェリー君の手を払った。
曲がっていた背中を反り起こし、トントンと腰を叩いている。
「ツクネさんを人質に脅しをかけるつもりなら、君たちを欺く必要なんてないじゃないか。」
「それは・・・・俺たちを油断させる為にだな・・・・、」
「逆だね。もし彼女を人質にとってるなら、山の中で君と会った時点で脅迫してるよ。」
「う・・・・ぬう・・・、」
「だいたいあの時ツクネさんは洞窟にいたんだ。もし人質に使うつもりなら、僕の神社で匿っていたよ。」
神主さんの顔に余裕が戻ってくる。
今度はチェリー君が追い詰められていた。
「じゃ・・・じゃあカラスはどう説明すんだ!?」
「カラス?」
「そこのインコは洞窟の中でカラスを見たって言ってるぜ。」
そう言ってチュウベエを振り返る。
「カラスがあんな洞窟の中になんかいるはずねえ。
てことはあれは普通のカラスじゃねえってことだ。」
「なるほどね。僕があの洞窟に潜んでいたと言いたいわけだ。」
「それしか考えられねえ。」
「じゃあ正直に言うよ。そのインコが見たカラスはきっと僕だ。」
意外なほどアッサリと認めた。
チェリー君は「やっぱりテメエじゃねえか」と胸ぐらを掴んだ。
「お前はコウモリ野郎と一緒にあの洞窟にいたんだ。だから姉貴もそこで匿ってた。」
「それは違う。」
「何が違うんだ?自分で認めたじゃねえか。」
「洞窟にいたことは事実だけど、それはちょっとした用事があっただけだよ。」
「用事だと?白々しいこと言いやがって。」
「ほんとのことさ。実はあの洞窟の中には奥宮があってね。」
「奥宮だと・・・・。」
チェリー君の顔が歪む。
「奥宮って・・・・本殿とは別に神様を分祀してる社のことか?」
「そうだよ。ウチの神社は洞窟の中に奥宮があるんだ。」
「でもここからじゃかなり離れてるじゃねえか。いくら分祀だからって遠すぎるだろ。」
「そんな事ないよ。奥宮はここからけっこう近い場所にあるんだ。」
そう言って社務所の奥を指差した。
そこには剥き出しになった岩肌があって、あちこちに草が茂っている。
「草のせいで見えにくいけど、あの中に洞窟への入口があるんだ。」
「な、なんだって?」
「要するにこの場所とあの洞窟は繋がってるってことさ。」
「・・・・マジで?」
チェリー君の目が点になる。
俺の目も同じになってるだろう。
「マジであの洞窟と繋がってんのか?」
「そうだよ。向こうまでかなりの距離があるけど、ちゃんと繋がってる。」
「知らなかった・・・・。」
「ウチの奥宮はこっちの入口から手前にあるんだよ。だからそう遠くない。」
「ほんとだろうな?」
「嘘だと思うなら確かめればいい。」
チェリー君は神主さんの胸ぐらを離し、「こいつ見張ってろよ」と岩肌へ駆けていく。
茂った草を掻き分け、「これか」と入口を見つけていた。
・・・・そして中に入ってから数分後、浮かない顔で出てきた。
「どうだった?」
尋ねると黙って首を振った。
「そいつの言う通りだった。」
「ほんとにあったのか・・・・。」
神主さんは「ね」と笑う。
「僕は奥宮に用があったんだ。毎日あの時間になると米や御神酒を取り替えに行くからね。
けど今日はたまたま御神酒を切らしてて、街まで買いに行ってたのさ。」
モンブランを振り返り「その子がここでの出来事を目撃したのはちょうどその頃だろうね」と言った。
「僕が戻って来た時には誰もいなかったから。」
「じゃあ・・・テメエはただ奥宮に行ってただけだと?」
「ああ。」
「けどそりゃおかしいじゃねえか。奥宮から向こうの出口まではかなりの距離がある。
なのになんでそこのインコがお前を目撃してんだよ?」
俺も同じことを思った。
奥宮へ行くだけなら向こうで目撃されるのはおかしいと。
それに何よりこの神社には神様がいないはずだ。
だったら分祀も出来ないわけで、奥宮に参る必要なんて・・・・、
「神様がいただろ?」
神主さんが言う。
チェリー君は「チッ」と舌打ちをした。
「ちょっと前に本殿の補修工事をしてね。その時に御神体を奥宮に移したんだよ。明日には戻すつもりだ。」
なるほど・・・神様はただ本殿をお留守にしていただけだと。
てことはつまり・・・・、
「ここには神様がいる。だから君のとこの神社を乗っ取る理由はない。」
最もなことを言われて、チェリー君は悔しがるしかなかった。
しかしまだ完全に沈黙するつもりはないようだ。
「じゃあなんで洞窟の奥まで行ったんだよ?奥宮に用があるだけなら向こうへ行くのはおかしいじゃねえか。」
「行ってないよ。」
「は?」
「奥までは行ってない。」
「嘘つくんじゃねえ!そこのインコがお前のこと見てんだよ!」
「そう言われても。」
「この期に及んで白を切ろうってのか?」
「そうじゃないよ。僕が言いたいのは、そのインコが僕を見たのは奥宮にいる時なのかなって思っただけさ。」
「・・・・どういうことだ?」
「洞窟は向こうからこっちまで続いてる。だから僕が想像したのは、そのインコがこっち側の入口から入って僕を見たのかなって思ったのさ。」
「それはつまり・・・・、」
チェリー君はチュウベエに目を向ける。
「おいインコ。」
「なんだ?」
「お前がカラスを見たのはどっちだ?」
「遠い方の入口だな。」
「ほら見ろ!テメエ嘘つきやがったな!」
怒るチェリー君だったが、モンブランがそれを止めた。
「ちょっと待って。」
「んだよ?」
「これってなんだかおかしいわ。」
「なにが?」
「だって時間が合わないじゃない。」
そう言ってチェリー君の前に躍り出た。
「ちょっと整理しましょ。まずチュウベエがカラスを見たっていう時間は、洞窟の中にコウモリはなかったのよね?」
「ああ、誰もいなかった。」
「ということは、もしチュウベエの見たカラスが神主さんだとしたら、コウモリたちが戻って来る前に向こうへ行ったってことよね?」
「そういうことになるな。」
「じゃあ今度は神主さんに質問。あなたが買い物から帰って来た時、ここには誰もいなかったのよね?」
「ああ、間違いない。」
「てことは、コウモリたちはツクネちゃんを連れて洞窟に戻った後ってことになるわ。」
「確かに。」
「これを時間別に並べるとこうなるわ。
まず神主さんが買い物に出かけた。
その時間と前後してチュウベエは洞窟にいた。
なぜならチュウベエが洞窟にいた時、コウモリはこの神社にいて、そして神主さんは買い物に出かけていたから。
それぞれの時間と居場所を考えると、こうならなきゃおかしいからね。」
自信満々に言うモンブランに、俺は「その通りだな」と頷いた。
「その次に私がここでツクネちゃんとコウモリ野郎を目撃してる。
その後、コウモリ野郎はツクネちゃんを連れて洞窟に戻っていった。
それから神主さんがここへ帰ってきて、洞窟の中の奥宮へ行った・・・・と。」
一匹でふむふむと頷いている。
「ねえチェリー君、チュウベエが見たカラスは神主さんじゃないと思うわ。」
「なんで?」
「だって時間が合わないもの。
もしチュウベエが向こうの入口で神主さんを見たっていうなら、それは神主さんが買い物から戻ってきた後ってことになるわ。」
「それがどうした?」
「でもチュウベエが洞窟にいた時、コウモリたちはそこにいなかった。なぜならこの神社にいたから。」
「だからそれがどうしたんだよ。」
「その時間、神主さんは買い物に出かけていた。だから向こうの洞窟に行くのは無理だわ。」
「そうだけど・・・でもこいつが嘘ついてるだけもしれねえだろ。買い物に行くとかぬかして、実は向こうの洞窟に行ってたのかも。
それならインコがこいつを目撃してもおかしくないだろ?」
「まあね。」
「まあねって・・・・からかってんのか?」
「その先の答えはあいつが知ってるんじゃない?」
モンブランは後ろを振り返る。
「ねえマサカリ。」
「え?俺?」
キョトンと固まっている。
「あんた山で迷子になって、この神社で泣いてたのよね?」
「ば、バカ野郎!泣いてなんいねえ。ただちょっと疲れて寝てただけでい。」
「泣いてましたね。」
すかさず神主さんが言う。
マサカリは「くそう・・・」と悔しがった。
「ならあんたは見てるはずよね?神主さんが戻ってきた瞬間を。」
「瞬間?」
「だって神主さんは買い物に行ってたのよ。
もしそれが本当なら、レジ袋でも提げながら人間の姿で戻ってきたはずよ。」
「まあそうなるな。」
「で、どうだった?神主さんはちゃんと人間の姿で戻ってきた?買い物袋は提げてた?」
「覚えてねえ。」
「へ?」
モンブランの声が裏返る。
「覚えてないって・・・・どういうことよ?」
「だって道に迷ってヘトヘトだったからよ。ちゃんとなんか見てねえんだ。」
「で、でも!神主さんが奥宮へ行ったかどうかくらいは覚えてるでしょ?
あんたその時ここにいたわけなんだから。」
「だから覚えてねえんだって。ここでシクシク泣いてたら、そいつが声かけてきてよ。」
「それは・・・人間の姿で?」
「おう。んでこの山で迷ってることを伝えたら、一緒に飼い主を捜してやるって言ってくれたんだ。」
「・・・・・・・。」
モンブランの目が白ける。
するとチュウベエが「モンブラン、これはお前が悪いぞ」と言った。
「なんでよ!マサカリがちゃんと覚えてれば解決だったのに。」
「こいつに知性を期待する方が悪い。」
「それもそうね。」
あっさりと頷いている。
マサカリは「馬鹿にしやがって!」と吠えた。
《ここまで来て何がなんだか分からなくなってきちゃったな。》
いったい真実はどこにあるのか?
誰の言っていることが正しいのか?
正直に言おう。
もうどっちでもよくなってきた。
だってツクネちゃんは無事だったんだし、借金だって返した。
だったらあとはもう・・・・なんでもいいんじゃないかな。
「帰るか?」
動物たちに言うと、「うん」と頷いた。
「それじゃチェリー君、俺たちこれで。」
「悪いけど私たちの仕事は終わったから。」
「これ以上は警察にでも頼んだ方がいいな。多分まともに取り合ってくれないだろうけど。」
「ていうか腹が減った。早く帰って飯にしようぜ。」
終わった終わったと帰っていく。
「おいおい!ちょっと待て!」
チェリー君が慌てて追いかけてきた。
「ここまで来といてそりゃあねえだろ。」
「いや、連れて来たのは君だし・・・、」
「だってあの野郎が真犯人だと思ったからさ。金を返すついでに問い詰めてやろうと思って。」
「でも結局どれが真実が分からない。だからもう帰るよ。」
「冷たいこと言うなって。最後まで付き合ってくれよ。」
さっきまですごいカッコよく見えたのに、今はいつも通りのツンデレだ。
《う〜ん・・・どうしようかな。》
金のことを考えるなら断った方がいいだろう。
もう依頼は終わったわけだし、これ以上となると追加料金をもらわないといけない。
けどそれもちょっと可哀想だし、かといって俺たちが手伝ったところで解決しそうにないし・・・・、
《どうすりゃいいのかなこれ。》
困ったなあと悩んでいると、「なあああああい!」と神主さんが叫んだ。
「ど、どうしたんですか・・・・?」
「ない!」
「なにが?」
「バッジが!」
「え?」
「君たちが帰るっていうから、掃除でもしようと思って箒を取りに行ったんだ。
落ち葉がいっぱい散らばってるから。」
そう言って年季の入った竹箒を振った。
「その時にバッジをカラスの像に置いてたんだよ。それがほんの数秒の間になくなってる・・・・。」
箒を投げ捨て、地面に手をつきながら探している。
「・・・・ない。どこにも落ちてない。」
必死にバッジを探す神主さん。
するとチュウベエが「ダメだぞチェリー」と言った。
「ん?なにが?」
「人にあげた物を盗んじゃ。」
「ば、バカ野郎!俺は盗ってねえ!」
「ほんとに〜?」
「当たり前だ!んなことするくらいなら最初から渡すか!」
「渡したあと盗むことで、借金を返しつつバッジを自分の物にするのが狙いだったんじゃ・・・・、」
「ドアホ!んな犯罪者みてえなことするか!」
するとモンブランが「そうよチュウベエ」と彼をかばった。
「チェリー君じゃないわ。」
「おお、俺の味方をしてくれるのか。」
「だってそんな知恵が回るような子じゃないもん。」
「ああ、確かに。」
「納得するな!」
動物たちはぎゃあぎゃあと喚いている。
神主さんは泣きそうな顔でバッジを捜しているし、これ・・・・どうしたらいいんだろう?
なんだか頭が痛くなってきて、腕を組んで空を見上げた。
《・・・・帰りたい。》
鳥居の向こう、田んぼの空にはカラスが舞っていて、「カアー」と鳴いている。
何気なくそれを見ていると、ピカっとクチバシが光った。
《なんだ今の?》
もう一度よく目を凝らす。
太陽の光を受けたカラスのクチバシが、またキラリと光った。
《何かを反射してるのかな?》
カラスは光り物が大好きである。
ビー玉だとか金属の破片だとか、そういう物を好んで集める。
この前だってチェリー君の純金のバッジが盗まれて・・・・、
「・・・・・あ!」
ピコンと閃く。
「バッジ!あそこにあるかもしれない!」
飛び去るカラスに指をさす。
みんな振り返り、石みたいに固まった。

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