勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 最終話 空っぽの賽銭箱(3)

  • 2018.04.14 Saturday
  • 11:06

JUGEMテーマ:自作小説

梅の彩が終わり、桜の季節がやってくる。
四月の頭、俺は動物たちと一緒に近所の川原を歩いていた。
土手には見事な桜並木が伸びている。
空は快晴、日曜ということもあってたくさんの花見客で賑わっていた。
あちこちから漂ってくるバーベキューの香りが食欲をそそる。
案の定、マサカリがグウ〜っとお腹を鳴らした。
「悠一!俺たちもバーベキューしようぜ!」
「何言ってんだ、ちょっと前に朝飯食ったばかりだろ。」
「バッキャロイ!んなもんとうに消化しちまったぜ。」
なぜか偉そうに自慢する。
チュウベエが「そして肉に変わる」とダルダルのお腹を見つめた。
「メタボ犬は現在も巨大化中。遠からずパンパンになって破裂するものと思われる。」
「うるせえ!ニュース口調で言うな!」
「これ以上丸くなったら転がって進めるから楽かもね。」
モンブランにもからかわれ、マリナからも「氷河期が来ても生き残れるわ」と笑われた。
「ぬぐうう・・・・どいつもこいつも・・・、」
小刻みにプルプル震え出す。
俺は「みんなその辺にしとけ」と止めた。
最近ちょっとマサカリいじりが過ぎる。
これ以上いけばイジメになりかねない。
「マサカリだって傷つくことがあるんだ。あんまりヤイヤイ言ってやるな。」
「止めるのが遅せえんだよ悠一!俺のガラスのハートは粉々だぜ!」
「心配すんな、糊でくっつけてやるから。」
「黙れインコ!だいたいテメエが真っ先に俺を馬鹿にしやがるんだ!」
「そんなのいつもの事だろ。何を怒ってるんだか。」
「ふん!カモンがいりゃあなあ・・・鋭い毒舌で黙らしてくれたのに。」
遠い目をしながら呟く。
確かにアイツの毒舌は鋭かった。
しかも全方位に向けて撒き散らす。
ある意味とても平等な奴だった。
《カモンが抜けたことでパワーバランスが崩れかけてるのかもしれないな。》
いなくなって分かる故人の偉大さ。
ハムスターだけど。
「ねえ悠一。」
マリナが口を開く。
「ずっとこのままなの?」
「ん?」
「だから新しい仲間は来ないの?ってこと。」
「カモンが逝ってから二ヶ月半くらいしか経ってないからなあ。
さすがに新しい動物を飼うのは早すぎるよ。きっと向こうからツッコミに来る。
俺は消耗品か!って。」
「けどこのままじゃねえ・・・・。」
チュウベエはまだマサカリをからかっている。
モンブランは「いい加減にしなさい!」と止めに入るが、自分も馬鹿にされて怒っていた。
やがて三つ巴の戦いが始まって、さっきまでの和やかな空気はどこへやら。
せっかくの桜並木も台無しである。
「このままじゃどんどんギスギスしていって、いつか本当に仲が悪くなっちゃうかも。私そんなの嫌だわ。」
マリナの言うことはもっともである。
しかしこんな個性的な奴らのバランサーを務めるとなると、誰でもいいってわけにはいかない。
やっぱり亡くなって分かる故人の偉大さ。
ハムスターだけど。
結局喧嘩は治まらず、早々に花見を切り上げた。
家に帰る時も喧嘩が続いていて、思わず「いい加減にしろ!」と怒鳴ってしまった。
「チュウベエ、さっきから口が悪すぎるぞ。」
「思ったことを言ってるだけだ。」
「それが問題なんだ。マサカリも怒って当然だろ。」
「だよな!その馬鹿インコをもっと叱ってやってくれ。」
「マサカリ、お前もすぐにカッとなるのはよくないぞ。最近なにかにつけて噛み付きすぎだ、」
「ふん!元々そういう性格でい!」
「いや、明らかに前より酷くなってるよ。それとモンブラン、お前も一緒になって喧嘩してどうするんだ。
こういう時は上手く仲裁してくれてたのに。」
「だってこいつらがヒドイんだもん。」
「そういうこと言うからまた喧嘩になるんだ。メスなんだからもっとお淑やかにだな・・・・、」
「なによ!メスだからってメスらしくしなきゃいけないわけ?そんなの時代遅れだわ!」
「そうは言ってないよ、ただもうちょっと落ち着きを持ってだな・・・、」
「どうせ私はマリナほどお淑やかじゃないわよ、ふん!」
「いちいちむくれるなよバカ猫。」
「うっさいインコ!頭から齧ってやるわよ。」
「よせよせ、そんな奴食ったって不味いだけだ。病気になってますます毛艶が悪くなるぜ。」
「なによマサカリ、普段から毛艶が悪いっていうの?」
「そりゃ歳とってきたんだから当たり前だろ。いつまでも若いメスじゃあるまいし・・・・、」
「おだまり!」
「ふぎゃ!」
《ダメだこりゃ・・・・。》
ハアっとため息をつく。
マリナが「ね」と言った。
「やっぱりこのままじゃマズいわ。」
「だよなあ・・・・かといってカモンの代わりが務まる奴なんてそうそういないし。」
「亡くなって初めて分かるわよね、故人の偉大さって。」
「ハムスターだけどな。」
悩みを抱えたまま家路につく。
そしてアパートの前までやって来た時、部屋の前に一人の男が佇んでいた。
「あれは・・・・、」
立派なリーゼントに真っ赤なマフラー。
俺たちに気づくと「よう」と手を挙げた。
「しばらくだな。」
「チェリー君!」
「つっても一週間くらいしか経ってねえか。」
ニヤっと笑って肩を竦める。
「どうしたの急に?もしかしてまた依頼に?」
「いやいや、事後報告をと思ってな。」
相変わらずカッコをつけた表情で喋る。
俺はドアを開け、「立ち話もなんだから」と手を向けた。
部屋に上がり、一枚しかない座布団をポンと置くと、ドカっと胡座をかいた。
「お茶淹れるからちょっと待ってて。」
台所でお茶っ葉の蓋を開ける。
その間もマサカリたちは喧嘩を続けていた。
「あんたが悪い!」「いいやお前だ!」「どっちもバカ」などなど・・・・。
聞くに耐えない幼稚な言葉が飛び交っている。
《ったくもう・・・いつまでやってんだか。》
そのうちマリナまで参戦して、もはや泥試合の様相だ。
こりゃあ本気で対策を考えなきゃいけない。
・・・そう思った時、チェリー君がこんなことを言った。
「へ!普通の動物ってのは卑しいねえ。」
全員カチンときたようで、ギロっと睨んだ。
「テメエらのやってることなんてドングリの背え比べよ。狭い世界でマウンティングに明け暮れる・・・・霊獣の俺には理解できねえな。」
すっごい馬鹿にしている。
嫌味ったらしい顔で腕を組みながら。
《火に油注いでどうすんだよ・・・・。》
彼のせいでまた喧嘩が激しさを増す。
そう思ったんだけど・・・・、
「なんだコイツ?」
「バカなんじゃない?」
「疑問符はいらない、バカでいいと思うぞ。」
「はあ・・・・ウザいわ。」
みんな呆れた顔で毒を吐く。
するとチェリー君は「んだとお・・・」と眉間に皺を寄せた。
「やいテメエら!いったい誰がバカだってんだ!」
「だって・・・・なあ?」
「霊獣だからってなによ。偉そうに。」
「ていうかライダースーツ着てるクセにバイクに乗ってるの見たことないぞ。」
「三輪車ならあるけどね。キコキコ漕いでたわ。」
「だはははは!三輪車乗るのにライダースーツ!」
「きっとあれよ、バイクに乗りたいけど免許がないのよ。」
「かといって無免運転する度胸もなく、それで三輪車ってわけか。」
「はあ・・・・せめて自転車にしてほしいわ。」
「ぐうう・・・・テメエら・・・・、」
ガバっと立ち上がり、「馬鹿にすんな!」と叫んだ。
「俺は霊獣だぞ!テメエら普通の動物とは違うんだ!」
「そりゃ違うわな。」
「私たち人間に化けることなんて出来ないし。」
「分かりきったことを高らかに宣言する。う〜ん・・・・バカ丸出し!」
「はあ・・・・もうちょっと考えて喋ってほしいわ。」
「うっせえ!それ以上言うなら表出て俺とタイマン張れ!」
「いやいや、霊獣は強いからやめとくぜ。」
「私たち平和主義者なの。」
「争いごとはよくない。」
「ねえ・・・・乱暴者は嫌いだわ。」
「くああああ〜・・・・屁理屈ばっかこねやがって!」
顔を真っ赤っかにしながらピョンとジャンプする。
「どうだ?これなら対等な勝負になるだろ。」
ハクビシンの姿に戻っている。
そしてシャドーボクシングみたいにシュッシュとパンチを繰り出しながら、「かかってこいや!」と挑発した。
・・・・その一分後、チェリー君はフルボッコにされていた。
ハクビシンなら勝てる!と思われたのだろう。
全員から総攻撃を受けていた。
「ひ、卑怯だぞテメエら・・・・四対一なんて・・・、」
「だってかかってこいって言うから。」
「案外大したことなかったわね。」
「俺たちが強いのか?それともコイツが弱いのか?う〜ん・・・・・両方だな!」
「ほんとにねえ・・・・口だけだったわね。」
「くそう・・・・こうなりゃ人間に化けてもう一度・・・・、」
またジャンプして人間に化ける。
拳を構えて「リマッチだ!」と叫んだ。
「全員でかかってこ・・・・、」
「はいお茶どうぞ。」
湯呑を置くとキョトンと固まった。
「・・・・てめえ邪魔すんな。」
「まあまあ、今日は用があって来たんだろ。話を聞かせてくれよ。」
「・・・ふん!」
毒気を抜かれたのか、意外なほどあっさりと腰を下ろした。
ズズっとお茶をすすり、「実はよ・・・・」と切り出す。
「姉貴のことなんだけど・・・・、」
「また姉ちゃんのことか?」
マサカリがニヤニヤする。
モンブランも「ほんとにシスコンねえ」と笑った。
「うるせえ!ちょっと黙ってろ!」
顔を真っ赤にしている。
こんなの自分から認めてるようなものだけど、あえてツッコむまい。
「お前らが帰ったあと、とりあえず全部が丸く治まったんだ。
まずカラスの神主は嫁さんを見つけた。」
「へえ、結婚相手が見つかったんだ。よかったじゃないか。」
「姉貴にフラれてから二日後にな。」
「えらい早いな。」
「前から親戚の霊獣に見合いを持ちかけられてたんだとよ。
姉貴に惚れてるから断ってたらしいんだけど、いざ合ってみたら意気投合したらしくてな。
その日のうちに婚約したって。」
「なるほどなあ、これで神主さんはめでたしめでたしってわけだ。」
「それと親父とお袋も怪我が治った。今じゃかすり傷一つ残ってねえ。」
「さすがは霊獣、身体の出来が違うな。」
「元気になったのはいいんだけど、そのせいでまた口うるさくなっちまってよ。
神社の跡を継げって毎日毎日・・・・たまったもんじゃねえぜ。」
「それでここに逃げてきたのか?」
「それもある。」
そう言ってズズっとお茶を飲んだ。
「まだ何かあるのか?」
「ああ、これが一番ビックリするだろうけど・・・・、」
「なに?」
「実は姉貴・・・・コウモリ野郎とヨリを戻したんだ。」
「・・・・えええええ!マジで!なんで!?」
「ふん!突然ウチの神社に連れてきやがったんだよ。」
「神社に・・・まさか親に紹介する為?」
「違う、ウチに住まわせる為だ。」
「ど・・・同棲ってことか。」
「ああ。」
「・・・・・・・・。」
「まあそういう顔になるわな。俺もそう言われた時は貝になっちまったぜ。」
「ヨリを戻すのはまあ・・・二人のことだからいいとして、いきなり同棲ってどうなんだ?あんな事があった後なのに。」
「多分だけど、あんな事があった後だからだろうなあ。」
「どういうこと?」
「だってあの野郎、神様に見限られたろ?てことは奴の祠には何も祀られてねえってことだ。」
「それって霊獣としてはすごい恥なんだろ?」
「恥も恥、大恥だ。俺はあの日、お前らが帰った後にもう一度洞窟に行ったんだ。
そしたらあったぜ、ボロい祠がよ。もう何年も誰もお参りに来てねえんだろうなって感じだった。」
「そりゃあんな場所にあったら誰も来ないよ。」
「昔はそこそこ参拝者がいたらしいぜ。けど町の若者はどんどん減っちまって、残ってんのは歳寄りだけだ。
あんな洞窟までお参りに行く元気はねえわな。」
「てことは賽銭箱の中は・・・・、」
「空っぽだった。一円も入ってねえ。」
「切ないな・・・・。」
「誰も来ねえ祠の番人をずっと続けてたんだ。そりゃ心もひねくれちまうだろうなって、ちょっとばかし同情したぜ。」
「ツクネちゃんをさらうほどに追い詰められてたってわけか・・・・。」
「あのまま野郎をほっときゃどうなるか分からねえ。自棄を起こして自殺されちゃ寝覚めが悪りいし、また悪さに走られても困る。
これをどうにかするには・・・・、」
「ツクネちゃんが傍にいてあげるしかないと?」
「そう思ったんだろうな。ヨリを戻したのも恋愛的な感情じゃなくて、同情に近いんじゃねえかって思ってる。」
「前にそれで別れたのに・・・・情に厚いというか優しいというか・・・、」
「たんにお人好しなんだよ。そんなんだからいつも上手くいかねえんだ。もっと俺みてえに自由に生きりゃいいのによ。」
「君は自由すぎだよ。ヤクザの邸宅に住むなんて。」
そう言うと「ふん!」と鼻であしらわれた。
「まあとにかく、姉貴は野郎を家まで連れてきた。・・・新しい社を抱えてな。」
「新しい社?」
「ほら、カラス野郎の神社に小さな社があったろ?本殿の左側によ。」
「ああ、そういえば・・・。あれって何かの神様の分祀だろ。」
「そうなんだけど、あっちの社の神様はすでに去ってる。だってなんの気配も感じなかったからな。
おおかた分祀の神様に奉納するだけの金がなかったんだろうぜ。きっと本山へお帰り願ったんだろう。」
「なるほど。」
ここで分祀というのをちょっと説明しよう。
神社の神様は魂を分けることが出来る。
例えば稲荷神社。
稲荷の総本山といえば伏見稲荷だ。
しかし稲荷神社と名のついた神社はあちこちで見かけるはずだ。
あれは総本山の伏見稲荷から分祀しているのだ。
そういった神社は他にもあって、菅原道真を祀った天満宮、八幡神を祀った八幡神社など、日本中のあちこちに建っている。
これも分祀である。
分祀とは魂を分割し、別の場所に祀ることを意味するのだ。
要するに、全国津々浦々に建っている有名な神社の神様は、総本山の神様の分身というわけだ。
「カラスの神主さんの神社にも分祀の社があった。そしてもうそこに神様はいないっていうのも分かった。
けど・・・・なんでツクネちゃんがその社を?」
「決まってんだろ、コウモリ野郎の為だ。
祠の御神体を新しい社に移すんだとよ。そんでウチの神社に置くつもりなんだ。
いつかまた神様に戻って来てもらう為に。
その時こそコウモリ野郎が本当に立ち直る時だからな。
姉貴はその日が来るまで野郎の傍にいるつもりなんだろうぜ。」
そう言ってから「ほんと気に入らねえ」と吐き捨てた。
「お人好しにもほどがあるぜ。」
「まあまあ、それがツクネちゃんの良いところじゃないか。」
「他人事だと思ってよ。あんな野郎にかまってちゃ自分が損するだけだぜ。」
胡座を崩し、片膝を立てながら愚痴をこぼす。
マサカリが「やっぱりシスコ・・・」と言いかけたのを、「うるせ」と口を掴んで止めた。
「モゴゴ・・・・、」
「まあ自分の人生だから好きにすりゃいいんだけどよ。」
そんなこと全然思っていないクセに・・・と、笑いをこらえた。
「あ、そうそう。」
何かを思い出したように呟く。
「コウモリ野郎の金を盗んだ賽銭泥棒なんだけど・・・、」
「あの結局分からずじまいのやつか?」
「あれ、どうもカラスの野郎が犯人だったみたいでな。」
「カラスの野郎って・・・まさか神主さんが!?」
「違う違う、俺のバッジを狙ってたあのカラスだよ。」
「・・・・ええ!」
思わず叫んでしまう。「なんであいつが・・・」と顔をしかめた。
「あのカラスども・・・実は元々向こうに住んでたみてえでな。」
「そ、そうなの・・・・?」
「俺の神社の近くに森があんだけど、そこを根城にしてたらしい。
あの辺り一帯が奴らの縄張りでよ、だから当然あの洞窟も縄張りに入ってる。
けど事情があって出て行かなきゃならなくなったんだ。」
「事情・・・どんな?」
「コウモリだよ。野郎は仲間と一緒にあそこに住んでるだろ?
んでもってカラスとの縄張り争いでよく衝突してたんだと。
最終的にはカラスどもが追い払われる羽目になったんだ。」
「そりゃ向こうには霊獣がいるからな、勝ち目はないよ。」
「あのカラスどもは未だにそれを根に持ってんだ。いつか縄張りを奪い返そうと。
だから隙を見てはちょくちょく向こうに来てたみたいだぜ。
コウモリ野郎がいない時には洞窟の中まで入ったりな。」
「洞窟の中にまで・・・・。」
それを聞いてふと思うことがあった。
「あのさ、もしかしたらなんだけど・・・・、」
「分かってる。お前のインコが見たってカラス、奴らなんじゃねえかってことだろ。」
「それしか考えられない。だってあの場所でカラスといえば神主さんしかいない。けど彼にはアリバイがあった。
となると・・・・、」
「その通り、インコが見たカラスは奴らさ。ついでにコウモリ野郎の賽銭を盗んだのもな。」
「それは・・・・縄張りを追い出された復讐で?」
「いや、単に光り物を集めただけらしい。」
「どういうこと?」
「コウモリ野郎が借りたお金ってのが現金じゃねえんだ。」
そう言ってゴソゴソとポケットを漁る。
「こいつがそうだ。」
小さな二つの物体を寄越してくる。
受け取ってマジマジと見つめた。
縦長でいびつな形をしている。大きさは親指の先っぽほどだ。
ずいぶん汚れているけど、鈍い黄金の光を放っている。
「これって時代劇とかでよく見るやつだ。」
「一分金ってやつだな。」
「けっこうな価値じゃないのか?」
「それ四枚で小判と同じ価値だ。そいつが二つだから・・・・今だと4万くらいじゃねえかな。」
「4万・・・・けっこうな額だな。」
「神主の家に代々伝わるもんなんだとよ。
大昔の金持ちだかなんだかが、病気の娘を救う為に奉納したもんらしい。」
「まさかこれを貸したのか?」
「ああ。」
「そんな大事な物をなんで・・・・、」
「姉貴の為さ。結婚をちらつかせての借金だったからな。あの神主にしたら惜しくなかったんだろうぜ。」
「すごいな、そこまでツクネちゃんのことを好きだったんだ。」
「そこまで惚れてたからストーカー並のしつこさだったのさ。
まあとにかく、そいつがコウモリ野郎の借りた金だ。
そいつを持って洞窟に戻り、賽銭箱の中に入れておいた。
けどそれをカラスどもが見つけたんだよ。」
「でも賽銭箱の中に入ってたなら盗めるはずがないじゃないか。」
「あまりにもぼろくて、クチバシでつついているうちに壊れたらしいぜ。」
「切ないな・・・・賽銭箱すら買い換えることが出来ないほどだったなんて。」
「そりゃ神様にも見限られるわな。」
「ちなみにこれはどこで?」
「あのカラスどもの巣に決まってんだろ。こっちに戻ってきてお前ん家に来るまえに、奴らの所に行ってきたのさ。」
「どうして?」
「あれからまたウチの神社に来やがったからだ。バッジを返せって。」
「しつこすぎる・・・・。」
「いい加減とっちめてやろうと思ってよ。普通の動物に本気を出すなんざ気が引けるけど、これ以上つきまとわれちゃ堪らねえ。
だから怪物に変身してちょこっと脅しといたんだ。」
そう言って怖い顔に変化した。
《こんな怪物に脅されるなんて・・・・さぞ怖かっただろうな。》
チェリー君は顔を元に戻し、「いい気味だったぜ」と笑った。
「めちゃくちゃビビりやがってよ。もう二度と手は出しませんって。」
「そりゃそうなるよ。」
「そんで聞いてもいねえのにベラベラ喋り始めたんだ。元々は向こうに住んでた事とか、コウモリ野郎の金を盗んだ事とか。」
「よっぽど怖かったんだろうな・・・・どんだけ脅したんだよ。」
「なあに、ほんのちょっと吠えただけさ。」
「そのちょっとが怖いんだけど・・・。」
チェリー君が手を差し出すので、二枚の金を返した。
「こいつは神主んところに返しに行く。」
「どうして?もう借金は返したのに。」
「足りねえよ、あのバッジだけじゃ。」
そう言って二つの金を見せつけた。
「あの野郎・・・足りねえなら足りねえと言えばいいのによ。
バッジと交換に姉貴との結婚を諦めさせようとした俺が馬鹿みてえじゃねえか。」
「気にしなくても元々馬鹿だぞ。」
「うるせえインコ!」
「ぎゃふ!」
ムギュっとチュウベエを掴む。
「あの野郎にも迷惑掛けちまった。これ持ってって侘びの一つくらい入れねえとよ。」
ポーンと投げてからポケットにしまう。
「けどこれで全部丸く治まったじゃないか。君も晴れて自由の身だ。」
「まあな。」
「どうした?浮かない顔して。」
「まあ・・・ちょっとな。」
窓の外を見つめながら切ない顔をしている。
演技ではなさそうなので、何か落ち込む事があったんだろう。
「そんな顔するなんてらしくないな。俺でよければ聞くけど?」
チェリー君はチラっとこっちを見る。
そして少し戸惑いながら口を開いた。
「・・・・愛理がよ。」
「愛理ちゃん?」
「お前ん家に来る前に寄ったんだよ、愛理んとこに。」
「うん。」
「庭にいてよお・・・・楽しそうに遊んでたんだ。手乗り文鳥と。」
唇を尖らせて不機嫌な顔になる。
「事が終わったらまた愛理んとこに戻るつもりだった。けどよお・・・・あれを見ちまったらもう戻れねえ。」
「どうして?君が帰って来たら愛理ちゃんも喜ぶと思うぞ。」
「ふん!俺がいなくなってちょっとの間に新しい動物を飼ってやがんだ。それも楽しそうによ。あんなもん見たら・・・・。」
「ごめん、あれは俺が持ってったんだ。愛理ちゃんが寂しいだろうと思って。だからあの子は別に・・・・、」
「分かってるよ!けどお前には分からねえだろうなあ・・・飼い主だった奴が他の動物とイチャついてる所を見るのは。
もうあそこに俺の居場所はねえ。」
なるほど・・・どうやら拗ねているらしい。
けど彼の気持ちも分からないではない。
あれだけ仲のよかった飼い主が、その笑顔を他の動物に向けていたとしたら・・・嫉妬するなと言うほうが無理かもしれない。
「いい加減なモンだぜ、人間なんてよ。」
尖った口から出た不満は、愛理ちゃんへの未練だろう。
どうやらかなりへこんでいるようだ。
チェリー君は「よっこらしょ」と立ち上がり、ドアへ歩いていく。
「邪魔したな。」
「いや、話が聞けてよかったよ。」
外まで出て彼を見送る。
「ツクネちゃんにもよろしく言っといて。」
「おう。」
背中越しに手を振りながら去っていく。
その背中を見つめていると、ふと尋ねてしまった。
「行くあてはあるの?」
「ねえよ。」
「じゃあ実家に帰るのか?」
「まさか。」
背中を向けたまま遠ざかっていく。
俺は階段を駆け下り、彼の前に回り込んだ。
「あのさ、よかったらなんだけど・・・、」
「んだよ、モジモジしやがって。気色悪りいぞ。」
「いや、ごめん・・・。その・・・よかったらなんだけど、俺ん家に来ないか?」
そう尋ねると、引きつった顔をしながら後ずさった。
「悪い、俺はノンケなんだ。」
「え?」
「でもゲイの霊獣もいるからよ。なんなら紹介してや・・・・、」
「違うよ!そういう意味じゃなくて・・・・、」
「じゃあどういう意味だよ?」
「俺ん家で飼われてみないかってこと。」
「・・・・は?」
思いっきり顔をしかめている。
そんなに嫌なんだろうか・・・・。
「無理にとは言わないよ。」
「・・・・・・・・。」
「行くあてがないって言うからさ、つい・・・・。でも新しい住処が決まったなら、その時は出て行けばいい。それまでウチに来ないか?」
・・・なんだろう?動物として来てほしいだけなのに、下手な口説き文句のようになってしまった。
恥ずかしい・・・・。
チラっとチェリー君を見ると、ツンと口を尖らせていた。
「お前・・・それ本気で言ってんのか?」
「ああ・・・。」
「なんでわざわざ俺なんだよ?動物なんか他にいっぱいいるだろ。」
「そうなんだけど・・・・誰でもいいってわけじゃないんだ。」
俺は部屋を振り返る。
動物たちが興味津々にこっちを覗いていた。
「あんな個性的な奴らが揃ってるからさ、新しく迎える動物だって個性的じゃないとバランスが取れないんだよ。」
「個性的っていうより口が悪すぎだろ。」
「でも根はいい奴らなんだよ。前はカモンってハムスターがいてさ、上手くみんなのバランスを取ってくれてたんだ。
けど今はちょっとギスギスした感じになっちゃって。」
そう言うとチェリー君は「俺に奴らのまとめ役をやれってか?」と睨んできた。
「まあ・・・・平たく言えば。」
「・・・・・・。」
「あ!でもそれだけが理由じゃないぞ。行くあてがないなら手を貸そうかなと思っただけで。」
「ふう〜ん・・・。」
訝しそうな目で腕を組む。
むっつりと黙り込んで空を見上げた。
「あの・・・・どうしても嫌なら別に・・・・、」
「いいぜ。」
「本当に!?」
「けど条件がある。」
「う、うん!どんな?」
「まとめ役をやるのは構わねえ。その代わり俺がリーダーだ!」
そう言ってビシっと指をさす。
真っ赤なマフラーがパタパタとはためいた。
風もないのに。
「俺は霊獣だからな、普通の動物と同じ扱いは納得いかねえ。だからあの家のリーダーは俺だ!」
「ええ!家のリーダー・・・・。」
「お前より上ってことになるぜ。」
ニヤリと見下ろしてくる。
試すようなその目つきは、俺の本気度を疑っているのだろう。
愛理ちゃんという飼い主の所へ戻れなくなったショックは、人間への疑心を多少ながらも芽生えさせてしまったようだ。
その原因は・・・・・、
《俺だもんな。下手に気を利かせて文鳥なんて持っていかなければ・・・・。》
彼の居場所を奪ってしまったのは俺だ。だったら・・・・、
「分かった、君がリーダーでいいからウチに・・・・、」
そう言いかけた時、チェリー君の頭に何かが落ちてきた。
「ん?なんかヌルっとしたもんが・・・・、」
「それは俺の糞だ。」
「こ、このインコ野郎!俺の髪にウンコしやがったのか!」
「これから我が家の一員になるんだろ?だったらまずは上下関係を叩き込んでおかないと。」
「ば、バカ野郎!だからってウンコを落とす奴があるか!」
ハンカチを取り出し、「俺のトレードマークが・・・」と泣きそうになっている。
するとモンブランもやって来て、彼の前にちょこんと座った。
そしてスっと前足を差し出した。
「な、なんだ・・・?」
「ここにキスするのよ。」
「は?」
「ナイトはお姫様の手にキスをするでしょ?あれは愛と忠誠を誓ってるのよ。」
「ふざけんな!なんでテメエにそんな事しなきゃ・・・・、」
「あ、ちなみに愛の方はいらないからね。忠誠だけでいいから。」
「誰がするか!」
手を向けてシッシと追い払う。
すると今度はマサカリがやって来た。
背中にマリナを乗せて。
「やいテメエ!あの家のリーダーは俺様と決まってんだ!」
マサカリがプンプン怒っている。
「忠誠を誓うならまずは俺様からにしてもらおうか。」
「俺は誰にも忠誠なんか誓わねえ!」
「とりあえず犬缶20個献上してもらおうか。」
「誰がやるか!」
偉そうに踏ん反り返るマサカリ。
するとマリナが「ダメよみんな」と止めた。
「新しく入ってくる子に意地悪しちゃ。」
そう言って「みんな口は悪いけど根は優しいの、許してあげてね」と笑った。
「お前だけは唯一まともそうだな。ホッとしたぜ。」
笑顔を見せるチェリー君であったが、それも束の間。
マリナは他の奴らと違ってサラっと酷いをことを言うからだ。
「ウチに来てくれるのは大歓迎よ。でもそのライダースーツはやめてほしいわ。」
「なんで?」
「だってあなた、バイクの免許持ってないんでしょ?」
「そ、それはいつか取る!」
「いつかねえ・・・。三輪車に乗ってた子に言われても。」
「わ、悪いかよ・・・・。」
「その格好で三輪車って・・・・ちょっと変態っぽいっていうか。」
「へ、変態だと!」
「ライダースーツをやめるか、それともバイクに乗れるようにするか。二つに一つね。」
「だからバイクの免許は取るって言ってんだろ!それとあの三輪車はもう返した!」
「あら、そうなの?」
「ふん!愛理のことはもう忘れることにしたんだ。持っててもしょうがねえから、こっそり庭に戻してきた。」
「残念、その格好でアレに乗ってるの面白かったのに。」
「さっきはやめろって言ったクセに・・・・やってほしいのかやめてほしいのかハッキリしろ!」
「そう怒らないで、仲良くしましょうよ。」
「出来るか!」
カンカンに怒っている。
こめかみに血管が浮きまくっていた。
これじゃリーダーどころか新入りのバイトみたいだ。
「というわけでよろしくな、新入り君。」
ポンと肩を叩くと、「テメエこの野郎!」と掴みかかってきた。
「俺がリーダーじゃねえのかよ!」
「俺はリーダーだと認めてるよ。」
「ならこいつらに言い聞かせろ!俺が一番偉いんだってな。」
「地位は戦って勝ち取るものさ。」
「でも約束しただろ!俺がリーダーっていうのが条件だって・・・・、」
「ささ、立ち話もなんだから家に入ろう。新入りリーダー君。」
「中途半端な呼び方はやめろ!」
背中を押して部屋に戻っていく。
その後もずっと動物たちにからかわれて、「話とちが〜う!」と叫んでいた。
今日、我が家に新しい仲間が増えた。
ハクビシンの霊獣、チェリー君。
いつまでここにいてくれるか分からないけど、しばらくは一緒に過ごすことになるだろう。
ガラっと窓を開け、遠くの桜並木を見つめる。
その時、ふと誰かの気配がして振り向いた。
視線の先にはカモンの写真がある。
《これで一安心だな。》
ほんの一瞬だけそう聴こえた・・・ような気がした。
俺は肩を竦めて笑みを返した。

 

 

     勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 -完-

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