海の向こう側 第七話 見えない境界線(1)

  • 2018.05.19 Saturday
  • 15:19

JUGEMテーマ:自作小説

血液型占いというのはどこまでアテになるのだろう。
O型は大雑把で細かいことは気にしないというが、それは科学的検証に基づいてこのことだろうか?
どうもそうは思えない。
だって俺は細かいことを気にしてしまうタイプだからだ。
昔からよくA型と間違われ、その度に訂正するのも面倒なので、A型だと思い込んでいる友人もいる。
例えばやっくん。
あいつは俺がA型だと誤解していて、『まじか!俺B型やからなあ!』と、高校の時に悔しそうな顔をしていた。
今思えば俺に惚れていたからだろう。
あいにく血液型占いなんて信じないので、やっくんとの相性がどうであるかの判断材料にするつもりはない。
問題なのは、しこりが残ったまま奴が去ってしまったことである。
一昨日、美知留とやっくんが大喧嘩をして、警察沙汰にまでなってしまった。
そして今日、俺との約束を守ってこの街を出ていった。
SNSに『またいつか』とメッセージだけを残して。
一昨日にやっくんがどうして俺に会いに来たのか理由を聞いた時、やはりこいつはストーカー気質なんじゃないかと怯えてしまった。
けれど今になって思えば、子供の頃の約束を守ろうとした純粋な奴だっただけなのではと思い始めていた。
たとえそれが人違いだとしても。
であれば最後の最後、やっくんに対して冷たい態度を取ってしまったことになる。
俺が尋ねたから胸のうちの語っただけなのに、それを拒絶してしまうとはなんとも自分勝手だと反省した。
ミオちゃんなる子を俺だと思い込んでいた誤解を解けたことは嬉しかったが、しっくり来ない終わり方にモヤモヤしていた。
友達でいようなんて言ったくせに、この先もう二度と会わないような気がする。
あれが最後だったんだから、握手くらいしてから別れた方がよかったのかなと、高校以来の友人を失った悲しみは増すばかりだった。
いや・・・それだけじゃないな。
今こうしてモヤモヤしているのはもう一人の厄介者のせいでもあるだろう。
今日で引き払うボロい家の中、俺は少ない荷物をダンボールに詰めていた。
隣人の小言を聴きながら。
「そうやって縛るとバラけちゃうよ。私がやるから置いといて。」
美知留はなんとも上機嫌に引越しの手伝いをしてくれる。
なぜならこういった手間のかかる作業の時こそ、いかんなくそのお節介ぶりを発揮して、母親のように振舞うことが出来るからだ。
それともう一つ、やっくんが去ったことが何より嬉しいのである。
あの日、美知留は警察に連れて行かれた。
結果は書類送検、もしも検察が起訴すれば裁判となり、有罪ともなれば前科持ちになってしまう。
素直に被害者に謝れば、反省しているとみなして起訴まではしないと警察は言ったらしい。
だがその説得は美知留には逆効果だった。
あんな奴に頭を下げるくらいなら、頭を坊主にしてから素っ裸で警察署の周りを走る方がマシだと突き返したのである。
燃え始めた怒りはとどまるところを知らず、やっくんのことは当然ボロクソに貶したとして、警察まで罵倒し始めた。
本人曰く、それはもうケチョンケチョンに貶めたそうだ。
やっくんはやっくんで美知留に復讐できる良いチャンスと踏んだのだろう。
なにがなんでも起訴してくれと懇願したそうだ。
素直に謝れば何もなく帰って来られたかもしれないのに、ここまでしてやっくんに対する嫌悪を貫き通したのだから、ある意味で清々しい。
二人の戦いはお互いに痛み分けとなったわけだが、美知留にとってはそうではないらしい。
なぜなら以前と同じように俺に小言が言えるからだ。
母親的な立場にあると思い込むことで、俺を自分の物にしているつもりなんだろうか。
・・・・でもはっきり言おう。
ずっと美知留と一緒にはいられない。
やっくんの脅威があった時、確かにこいつに助けられたし、必要としている自分がいたし、感謝もしている。
でも今思い返せば、ああいう危機的な状況の中ならば、助けに来てくれる人なら誰でもヒーローに思えてしまう。
それは恋愛感情とは異なった気持ちであり、言うなれば吊り橋効果ってやつと似ているんじゃなかろうか。
危険な時間を共にすると恋愛関係に発展するというけれど、それは傍に誰かがいるという安心感を恋愛感情と錯覚したものだ。
吊り橋を渡ってしまえばどうということはなく、落ち着きを取り戻したとなれば、錯覚は自然に解ける。
美知留のことは嫌いではないけど、恋愛関係を維持するとなれば、この母親ごっこに否応なく付き合わされる羽目になる。
幸い肉体関係までは復活していないので、関係を終わりにするなら早いうちに切り出した方がいいだろう。
もちろん烈火の如き罵倒は覚悟しないといけないけれど。
「なあ美知留。」
何気ない感じで声を掛ける。
しかし女の勘というのはすごいもので、美知留は背中を向けて作業をしながらこう答えた。
「今さら別れるとか無しだからね。」
一歩踏み込んだだけでカウンターパンチを食らってしまった。
出だしから牽制されると闘志も萎えるというもので、別れ話を切り出すのが億劫になってしまう。
再び闘志を取り戻すまで気合を溜めようとしたけど、その隙を見逃すほど美知留は甘くなかった。
手際よく荷物を縛り、極上の笑顔で振り返る。
「いったん地元に帰って、それから私たちの新しい門出が始まる。そうでしょ?」
「いや、そのことなんだけど・・・・、」
「この際はっきり言うけど、美緒の気持ちは問題じゃないから。」
「・・・どういうこと?」
意味が分からずに唇をすぼめると、「だって助けてあげたじゃない」と返してきた。
「あのゴリラに襲われそうになって、間一髪のところで私が来たのよ。そうじゃなきゃ今頃どうなってたか。」
「分かってる。美知留のおかげで無事だったんだから感謝してるよ。」
「でしょ?なのにいざあのゴリラがいなくなったらお払い箱ってわけ?それズルくない?」
「ズルい・・・?」
「美緒はね、ちょっと自分勝手なところがあるよ。あのゴリラのことにしたって、甘い顔を見せずに突き放しておけばここまでしつこい事はなかったはずだもん。
でもそうしなかったのは自分勝手だから。友達を突き放すなんて可哀想って思う自分が可哀想だから、冷たい態度に出られなかったのよ。」
「そんな事ないよ。俺は本気であいつの好意には困ってたし。」
「でも去ってくれて嬉しいんでしょ?」
「嬉しいっていうか・・・・なんか嫌な終わり方しちゃったなって。高校ん時からの友達なのに。」
「じゃあこう言い換える。あいつがいなくなって今は安心してるでしょ?」
「まあな、それは否定しないよ。」
美知留の言う通り、確かに安心はしている。
もしあいつがいつでも近くに住んでるかと思うと、安心して外を出歩く自信はない。
特に夜は警戒するだろう。
すると美知留は嬉しそうな顔で「私は?」と尋ねた。
「え?」
「私が傍からいなくなったらどう思う?安心する?」
「安心っていうか・・・・、」
「いいよ、正直に答えて。」
そう言われても正直に答えて怒られたこと数知れずである。
だが今日は上唇が一ミリも上がっていないので、今現在は不愉快な気分ではないのだろう。
だったら・・・と、正直な気持ちを答えた。
「安心ていうより、ホッとすると思う。」
「それはなんで?」
「なんでって・・・・、」
「遠慮しなくていいって。絶対に怒ったりしないから。」
「ほら」と手を向けられて、「じゃあ・・・」と切り出す。
「小言が多いんだよ。それでもって俺のことを縛ろうとするだろ、まるで母親みたいにさ。正直なところうんざりしてるんだ。」
遠慮はいらないとのことなのでストレートにぶつけてみた。
「俺は美知留の子供でもないし生徒でもない。なんでもかんでも上から目線であれこれ縛られたら堪らないよ。だからずっと一緒にはいられない。」
怒るかもしれないと思ったけど、美知留の感情に火が着くことはなかった。
それどころか笑顔を絶やさないまま「他には?」と尋ねた。
「他って・・・、」
「まだ不満そうな顔してるから。言いたいことあるんでしょ?」
「あるにはあるけど・・・いきなりは出てこない。」
「じゃあ待つわ。ずっと溜めてたものがあるならこの際吐き出しちゃえばいいじゃない。」
いつになく太っ腹な美知留に警戒心を抱いてしまう。
こいつがなんの計算もなしに、果たしてここまで寛大になるだろうか?
その答えは否であると、かつて付き合っていた俺は知っている。
「なにを考えてるんだ?」
怪訝な目を向けると、「それも不満?」と笑い返してきた。
「不満っていうか怖いんだよ。だって美知留がここまで何言っても許してくれるなんて事なかったからさ。」
「ああ、そんなこと。」
なんでもないという風におどけて見せる。
まとめた荷物をポンポンと叩きながら、「だってこれからまた一緒に暮らすわけだし」と強く言い切った。
「不満を溜めたまま新しい生活を始めたって上手くいかないでしょ?こういうのは先に吐き出した方がいいのよ。」
「要するにまったく別れる気はないってことだな?」
こっちも強めに問いかけると、「私だって馬鹿じゃないからね」と真顔になった。
「前は美緒のことを理解してなさすぎた。母親みたいにあれこれうるさく言って、それが気に食わなかったんでしょ?」
「ちゃんと分かってるならもっと自由にしてくれたらよかったのに。」
「失敗を経験したからこそ学んだことだもん。こうしてまた美緒と一緒にいられる。その時間を失わない為にはもっと理解しなくちゃ。」
なるほど、確かに前より賢くなっている。
しかしその物言いはやはり上から見下ろす感じのものであり、表面上は変わっても中身はそのままなんだろうと感心できない。
今は何を言ってもこんな要領でやり返されるだけだろう。
俺がいくら頑張っても暖簾に腕押しは目に見えているので、いったん切り上げることにした。
「ちゃっちゃと作業をすませよう。」
背中を向け、食器を新聞紙に包んでいく。
すると美知留は「もういいの?」と言いながら傍へ寄ってきた。
俺の手から食器を奪い、手際よく全てをダンボールに収めてしまった。
「美緒は不器用だよね。こんなのすぐ終わる作業なのに。」
次から次へと作業をこなしていき、そのスピードは俺の仕事を早回ししているかのようだった。
ほとんどの荷物をさっさと片付けてしまい、ちょうどお昼時だったこともあって「ご飯にしよっか」と台所に立った。
冷蔵庫の中に大した物はない。
当然だろう、今日引っ越すんだから。
しかし美知留は乏しい材料の中からそれなりのおかずを用意して、さらに昨日の残りのご飯からチャーハンを作った。
あっという間に食卓が彩り、味も抜群である。
「棚の中にインスタントラーメンがあったけど、今日はあれですますつもりだったんでしょ?」
カップ麺の収まっている棚を振り返り、「あんまり身体に良くないよ」と心配そうな表情を作った。
「たまにだったらいいけど、どうせしょっちゅう食べてるんでしょ?」
「まあ・・・。」
「ちゃんと料理出来るんだから怠けちゃダメだよ。ああ、それと・・・・、」
突然立ち上がり、風呂場から空っぽの洗濯カゴを持ってくる。
「どっさり溜まってたから昨日のうちに全部洗濯しといたからね。」
「ありがとう・・・。」
「もう全部畳んで詰めてあるから。あ!あとこれ職場に持ってって。」
再び台所へ立ち、棚の下から菓子折りを取り出す。
「たった一年でもお世話になった職場でしょ?無理言って早めに辞めさせてもらえることになったんだから、お菓子くらい持ってかないと。
もう大人なんだからこういう所はちゃんとした方がいいよ。」
俺の隣にそっと置いて、「これ持ってきちんと挨拶してくること」と念を押した。
「ていうかもうあのゴリラはいないんだから最後まで働けばいいのに。」
「辞めるって決めた時はやっくんに困ってたからさ。どうせあとちょっとだしこのまま帰るのもいいかと思って。」
「無責任だなあ。」
しょうがないわねという風に肩を竦める。
「あ!それから・・・・、」
「まだあるのか・・・・?」
「朝からずっとチャック開いてる。」
「・・・・・早く言えよ。」
胡座を掻いてたもんだから思いっきり開いている。
恥ずかしくなって身体を背けた。
慌ててジッパーを上げていると、「ね?」と笑われた。
「なにが?」
「美緒のダメなところ。」
「・・・要領が悪いってか?チャックも開いてたし。」
「隙が多いよね、相変わらず。そんなんだからあんなゴリラにつけ込まれるんだよ?」
「自分でも分かってるよ、時々抜けてるって。」
「時々ねえ。」
見下ろすような目でクスっと微笑む。
なるほど・・・・言葉であれこれ言うよりも、どれだけ俺が不器用で要領が悪いかを、しっかり者の自分との比較で見せつけた方が効果的だ。
とても上手いマウンティングの仕方であると感心する。
きっと美知留は予想していたのだろう。
俺の口から「小言が多い母親気取り」という不満が出ることを。
それを理由に別れを求めることを。
だから上手くそれをねじ伏せてみせたのだ。
こっちに先手を打たせておいて、全てを上から潰す作戦である。
昔の美知留ならとにかく先手先手でまくし立てて来たはずだが、今は余裕を持って後から打ち返してくる。
その証拠に勝ち誇った顔で頬杖をついていた。
「別にね、美緒がダメっ子だって言いたいわけじゃないの。私だって感情的でカッとなりやすいところがあるから、お互いに一長一短よね。
ただ美緒と別れてから気づいたことがある。あの頃の私はあまりにも束縛し過ぎてたんだなあって。」
「しょうじき窮屈だったよ。今だから言うけど。」
「分かってる。だから私も変わらなきゃって思った。これは美緒の為だけじゃなくて私自身の為でもある。
美緒がいなくなって、冷静に自分を見つめることが出来て、いかに自分にも悪いところがあったか自覚出来たのよね。
あんなんじゃ別れを切り出されても仕方ないなって反省したもん。」
上手いこと言う。
自分にも非があった、でもそれはあなたも同じ。
お互いに悪いところは改めて、新しい形になって出発しましょう・・・・ってことだろう。
でもこういう論法の悪いところは、しょせん理屈でしかないってことだ。
恋だとか愛だとか、そういうものは理屈で割り切れるものじゃない。
むしろ感情の方が大きなウェイトを占めるはずだ。
だったらやっぱり理屈だけで割り切れない。
美知留は賢くなって、以前にはなかった武器を手に入れた。
理屈で攻めるという武器を。
もし美知留と初対面なら俺は負けていただろう。
けどこいつとはかつて付き合っていた中である。
いくら上辺を取り繕おうとも、果たして根っこまで変わるものか?
三つ子の魂百までという諺があるように、人の心は早い時期に形作られて、後々にマイナーチェンジをすることはあっても、根底にあるシステムまでは変わらないだろう。
「少しの間考えさせてくれないか?」
そう切り返すと「いいよ」と頷いた。
「ようやくあのゴリラが去ってくれてホッとしてる所だもんね。今はさっさと引越しの準備を終わらせよ。」
ササっと昼飯を平らげて、残った荷物を纏めていく。
美知留は相変わらず手際がよくて、のそのそとする俺を振り返ってはニコリと微笑みを飛ばす。
美緒には私が必要でしょ?と、暗に語りかけられているかのようだった。
今は迷っても、必ず私の所に戻ってくる。
そんな自信に満ち溢れた目だった。
なるほど・・・・小言が無言の圧力に変わっただけではないか。
やはり人は変わらない。
となれば、いずれやっくんもストーカーに逆戻りする可能性が大かもしれない。
地元に帰ったならば、誰にも黙ったままどこかへ出て行こうと決めた。

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