海の向こう側 第十話 別れと再会(2)

  • 2018.05.22 Tuesday
  • 14:40

JUGEMテーマ:自作小説

嬉しいニュースというのは突如として舞い込んでくるものだ。
それが二つも同時となれば尚更で、最近の嫌な気分など一気に吹き飛ぶほど、胸の底から力が沸いてくるのを感じた。
あまりに嬉しいので、雨だというのに外へ走り、傘も差さずに海を眺めている最中である。
まず一つは、美知留が落ち着きを取り戻し、素直に取り調べに応じているらしいということだ。
あいつが逮捕されてから五日が経つが、昨日に刑事が教えてくれた。
今ではすっかり大人しくなり、随分と反省しているという。
ただしそれが心の底からの反省かどうかは分からないと言われた。
というのも美知留の親が弁護士を雇ったのだが、その弁護士と面会してから態度を急変させたからだそうだ。
あの刑事は言った。
ここから先は個人的な推察だが、あの錯乱は演技だったのではないかと。
そうすれば心神喪失状態と判断され、無罪放免になる可能性があるから。
しかし弁護士と話したことで、そっちの方面で攻めるより、しおらしく反省の色を見せていた方がいいと判断したのだろうと。
本気で病んでいるのなら素直に取り調べに応じるはずがなく、弁護士と話したからといって治るわけでもない。
おそらくは自分の身を案じての作戦であって、その作戦の成功率が低いということを弁護士に指摘され、であれば罪を軽くしてもらう方を選んだのであろうと。
なのでしおらしく反省はしているものの、殺意は明確に否定しているそうだ。
それどころか突き飛ばすつもりなんてまったくなくて、勢い余って押し倒す形になってしまっただけだと釈明しているらしい。
なるほど・・・・刑事の言う通り、無罪ではなく罪を軽くしてもらう作戦に打って出たのだろうと、俺は確信した。
殺すつもりなら殺人未遂、たまたま押し倒してしまっただけなら過失による事故。
罪は重さはまったく違うだろう。
しかしあいつは倒れる俺に向かって何度も石を投げつけた。
これはたまたまでは言い逃れ出来まい。
殺人未遂は立証できなくても、傷害罪は間違いなく成立するはずだ。
それに過失という主張が通っても、俺を突き落として危険に晒したのは間違いないわけだ。
となれば無罪放免の可能性は低いわけで、そう長くはなかったとしても、刑務所へ務める可能性はある。
俺はその間にこの街を離れればすむわけだ。
念の為に連絡先も変えて、不用意に居場所を特定されるような発信も避ければいい。
上手くいけば二度と美知留に会わずに済みそうだ。
これを喜ばすしてなんとするか。
ホッと安心したという気持ちと同時に、ざまあ見ろといった爽快感があった。
しかしこれはもう一つの嬉しい出来事に比べたら前菜のようなもの。
俺が雨も気にせずに海を眺めるほど気分が高揚しているのは、美知留なんかどうでもいいほどの喜ばしいニュースがあったからだ。
実は今朝、懐かしい友人から連絡があった。
あのお姉ちゃんの弟である。
俺は中学卒業と同時にこの街へ引っ越して来たので、卒業以来一度も会っていなかった。
何度か連絡を取ったことはあるけど、一緒に遊ぼうなんて話にはならなかった。
それがなんと彼の方から「会えないか?」と誘ってきた。
今は山陰地方のとある県に住んでいるらしく、なんと俺が前にいた街から車で一時間ほどの場所だった。
しかも結婚して子供もいるらしく、24なのに早いなと感心してしまった。
懐かしい友からの誘いは嬉しい・・・・しかしいいよと即答することが出来なかった。
というより、以前の俺なら迷わず断っていただろう。
彼に会えば鮮明にお姉ちゃんのことを思い出すに違いなく、それは俺にとって辛いことだからだ。
けど最終的には会う約束をした。
鮮明にお姉ちゃんを思い出せば、ハッキリと今の自分に向き合えるんじゃないかという気がしていた。
今こうして海を眺めているのも、嬉しいからであるのと同時に、またもう一人の俺が会いに来てくれないかなと期待しているからだ。
今日は雨で、あいにく水平線は泥のように滲んでいる。
多分・・・・いや、間違いなく今日は現れない気がした。
あの子はクッキリと水平線が見える海じゃないと現れてくれないという、根拠のない確信があったのだ。
服の隅々まで雨に濡れる頃、指先まで冷えてきて、それでもまだ海を眺めていた。
その日の夜から体調を崩し、翌日は一日中布団の中で熱と格闘していた。
ウィルスと戦ってくれる免疫はありがたいが、もう少し穏便に駆逐してくれないものかと、体温計を睨みながら思った。
だが次の日にはとんと熱が下がり、少し鼻水が出る程度に治まっていた。
彼に会いに行くのは明日、なんとしても体調を整えて行きたいと、この日も一日布団の中で過ごした。
翌日、まだ陽が昇りきらない頃に目を覚まし、二日ぶりのシャワーを浴びた。
簡単に朝食を済ませ、風邪薬を飲み、念の為に熱を計って常温に下がっていることに安心しつつ、今日は帰らないからと母に言い残して家を出た。
彼のいる街までちと遠い。電車で往復7時間はさすがに辛いので、ビジネスホテルを予約してある。
徒歩で駅まで向かい、ホームに立ちながらこの前美知留に突き落とされたことを思い出す。
やっくんの時もそうだけど、怖い思い出というのは胸に暗い影を落とすものだ。
恐怖心こそ治まったものの、足はホームの最前列に立つことを拒絶する。
せっかく朝一番に来たにも関わらず、あえて人が増えるのを待ってから、列の後ろへと張り付いた。
まったく・・・美知留は余計なことをしてくれたものだ。
おそらくこれから先、いつでもホームの最前列に立つのを躊躇ってしまうだろう。
始発にでも乗らない限りは、席に座れる可能性が低くなってしまうではないか。
かつての恋人に恨みを抱きつつ、ツートンカラーのワンマン列車に乗り込んだ。
20分ほど揺られ、俺の家がある所よりちょっとばかし都会な街に着く。
目的地へ向かう電車の六番ホームへ向かい、ここでもまた列の後ろに張り付いた。
今日は土曜日ということもあって、そこそこ人が多い。
座れるかどうか微妙なところだなと唇を尖らせながら、ポケットのスマホが震えるのを感じた。
見ると彼からのLINEで「おはよう」という挨拶の後に、「道分かるか?」とメッセージが。
「調べたから平気平気」と返すと、「もし迷ったら電話してくれ」と気遣ってくれた。
「ありがとう」と返信を打つと「気をつけて来いよ」と返ってきて、嬉しいような安心するような気分に満たされる。
彼は昔から優しく、さりげない気遣いの出来る人物だった。
そこに相手を思いやること以外の思惑はなく、やっくんや美知留のように優しさの裏に己の利益を求めようとする他意はない。
素直に相手の優しさを受け取ることが出来るというのは、こんなにも心地良いものなんだなと、まだ世界が童話に見えていた頃の感覚がふと蘇った。
やがて鮮やかなブルーの特急がやって来て、客の出し入れを完了させてから、猛スピードで駆け出していった。
俺はホームからそれを眺める。
ケチらずに特急の切符を買えばよかったかなと。
なにぶん今は無職なものだから、出来る限り出費を抑えたいと快速を選んでしまったのだ。
しかも目的地までの三分の一すらいかない間に鈍行に乗り換えないといけない始末。
少々自分のケチっぷりに後悔しながら、遅れてやって来た快速電車に乗り込んだ。
北へ向かう電車の外は、ビルが消えて田舎に変わっていく。
山と田んぼと川、最初は美しいと思いながら眺めていても、代わり映えのしない光景というのはあくびを誘う。
向こうへ着くまでかなり時間が掛かる。
暇つぶしにと持ってきた雑誌や本も、生来の速読のせいでアッサリとやっつけてしまって、うつらうつらと頭が揺れ始めた。
窓際に肘を置き、枕代わり惰眠を貪ろうとした。
しかしふと隣に人の気配を感じ、眠たい横目でチラリと眺めた。
さっきまでは空席だったはずの隣に、スーツを着た男が座っている。
ほんの少し横目で確認しただけなので顔はハッキリと見えなかったが、なんとなく若そうな印象を受けた。
以前の俺ならばこんな状況でもなんの躊躇いもなしに眠っただろう。
しかし美知留とやっくんという厄介者のせいで、無防備な姿を晒すことに抵抗を感じ始めていた。
眠気と警戒心の狭間で揺れながら、規則的な電車の揺れは眠気の方へと意識を引っ張っていく。
こんな土曜の朝っぱら、満員電車でもない中で何かされることはないだろうと思い、顔を隠すように俯きながら微睡んでいった。
・・・次に目を開けた時、隣に座っていた男性はいなくなっていた。
代わりに薄紫のカーディガンを羽織った年配の女が座っていて、瞑想でもしているかのように背筋を伸ばしたまま目を閉じていた。
眠っているのか起きているのか分からないが、この隣人なら警戒する必要もないだろう。
時計を見れば駅を出て一時間半が過ぎていて、まだまだ掛かるなともう一眠りを決め込むことにした。
しかし目を閉じた瞬間、電気でも流されたかのように顔を上げて、もう一度時計を確認した。
・・・・最悪である。乗り換えする駅を寝過ごしてしまった。
次の駅で降りるしかないと、ゆっくりと席を立ち上がり、ドア付近の手すりにつかまった。
スマホを取り出し、少し遅れるということを伝える。
彼は「焦らないでゆっくりおいで」と、またしても優しさを見せてくれた。
本当に他意のない優しさというのは嬉しい。
とにかく早く乗り換えの駅まで戻らなければと、そわそわした心が落ち着かない。
大雑把なくせに時間だけは几帳面なもんだから、遅刻とか人を待たせることには強い抵抗を感じてしまうのだ。
外を流れる景色は相変わらず山と田んぼばかりで、これを眺めているとまた眠くなる。
窓から視線を外し、車内に目を向けて気を誤魔化した。
そこそこ人はいるが、満員というわけでもない。
まあ都市部へ向かう電車ではないから当然なのかもしれないが。
若い人はほとんどおらず、年配の客が多い。
なんとなしに車内を眺めていると、ある一点で目が止まった。
車両の前の方、最前列から二番目の左側の席に、やたらとガタイの良い男が座っていた。
まさか・・・とは思いつつ、しばらく凝視していると、ふと窓の方を向いて横顔が見えた。
やっくんだった・・・・。
思わず背筋が波打ち、手すりを握る手に力が入り、じとっと汗ばんでくる。
同じ日に、同じ時間に、同じ電車に乗っているのは、果たして偶然だろうか?
頭を満たす嫌な考えを打ち払う為、奴が再びストーカーに走ろうとしているわけではないという考えを裏付ける理屈を探った。
この前、俺はやっくんにこう言った。
俺に構う暇があるならミオちゃんを探せばいいだろと。
今日、たまたまそれを実行しているだけかもしれない。
どうにかしてミオちゃんの居場所を見つけ、連絡を取り、彼女に会いに行く途中でたまたま乗り合わせただけなのかもと。
でもそうなると不自然なことがある。
同じ車両に乗っているのに、今まで気づかないということがあるだろうか?
俺の方は寝ていたからともかく、向こうは必ず気づいたはずじゃないのか?
すし詰め状態の満員ならともかく、乗客の少ないこの状況なら車内は充分見渡せるはずだ。
それとも俺がいることには気づいていたけど、寝ているから声を掛けるのを遠慮したとか?
・・・・分からない。何をどう考えても想像でしかなく、こうして同じ車両にいるという事実があるだけだ。
となるとやはり嫌な考えが首をもたげてくる。
奴はこっそりと俺の後をつけてきて、俺に気づかれないように同じ車両に乗り込んだ。
理由は一つ、再び俺へのストーカー行為を再発させから。
考えるだけでもおぞましく、美知留の時とは違った意味で恐怖がこみ上げる。
とにかく同じ空間にいることが嫌で、どうかこちらを振り向きませんようにと願いながら、奴への注意を怠らずに別の車両へと逃げ込んだ。
次の駅までどれだけ時間が掛かるのか分からないが、とにかく早く着いてくれと祈りつつ避難していった。
最後尾の車両の隅で吊り革に掴まり、警戒をしつつもスマホをいじって気を紛らわした。
しかもそれも長く続かず、もし奴が近づいて来たらどうしようと、不安と格闘するので精一杯だった。
今日は楽しい日になるはずだった。
懐かしい友達と会い、思い出話に花を咲かせ、そしてなにより自分の中に宿るお姉ちゃんの影にどう向き合えばいいのか、答えが出るチャンスなのだ。
にもかかわらず、そいつを一瞬でぶっ壊してくれたやっくんには灼熱の怒りしか沸いてこない。
どうして奴がこの電車に乗っているのかは知らないが、どんな理由にせよ今は姿さえ見たくなかった。
まさか俺を追いかけてこっちへ来たりはしないだろうなと、連結部分のドアを睨みつけた。
最後尾の車両は元いた車両よりも人が少なくて、ぐるりと乗客を見渡した。
やはりこっちも年配客が多い。だがその中で一人だけ若い男がいた。
俺から近い距離の席に座って、イヤホンを差して音楽だかラジオだかを聴いている。
細身のスーツを纏い、爽やさを感じさせる短い黒髪に、充分に男前といえる整った顔立ちをしていた。
やっくんとは対照的に中性的な顔立ちをしていて、もう少し整っていればアイドルでもいけるんじゃないかと思うほどだ。
だがその顔はなんとなしに見覚えがあり、過去に会ったことがあるかなと記憶を検索してしまった。
するとすぐさま一件だけ当てはまる人物がいた。
あの整った顔立ちは、いま俺が会いに行こうとしている旧友に若干ではあるが似ているのだ。
そっくりというわけではないが、どこか通じる面影のようなものがあって、兄弟ですと言われれば納得してしまうかもしれない。
ただ彼には男兄弟はおらず、俺が憧れたあのお姉ちゃんしかいないはずだ。
この程度の似た顔なら偶然にいてもおかしくないし、世の中似た人間が三人いると言われるほどなので、探せばあと一人くらい似た顔をした人物がいるのだろう。
この男がどこの誰だか知らないが、やっくんのことから気を紛らわすにはもってこいである。
あんな奴のことを考えるよりも、もしこの男が彼の兄弟だったらと妄想する方が何千倍も有意義だ。
この彼が兄だったら?弟だったら?
どんな会話をして、兄弟仲はどうなんだろう?
休日には兄弟揃って遊びに行ったりするんだろうか?
しばし妄想を楽しんでいると、ようやく次の停車駅が近づいてきた。
電車はスピードを落とし、ゆっくりとホームに滑り込んでからドアを開けた。
俺は誰よりも早く駆け出し、素早くホームを降りる階段へ避難し、トイレの中へと駆け込んだ。
スマホで調べると、乗り換えの駅へ向かう電車が来るのは12分後。
万が一ということもあるので、ギリギリまでここに隠れていることにした。
用もないのにトイレの個室で一人というのは中々に寂しいものである。
狭い空間をただひたすらウロウロし続け、時計を見ては秒針の遅さに苛立ち、籠城を続けてから10分後に脱出した。
奴がいないか確認する為、顔だけ出して外の様子を窺う。
どうやら視界の範囲内には潜んでいないようで、恐る恐る駅の中を横切り、ホームへと駆け上がった。
ここでも注意を払うが、奴の姿は見当たらない。
しかし油断は禁物と、常に周囲への警戒は怠らなかった。
もしこれ以上ついて来るなら、彼に会いに行くのも取りやめなければならない。
代わりに近くの交番へ駆け込んだ方がいいだろう。
身を竦めながら電車が来るのを待っていると、突然ポンと肩を叩かれた。
瞬間、電気が走ったように跳び上がり、短い悲鳴を上げながら振り返った。
追いかけてきたのだ・・・・そう思った。
これはもう彼に会いに行くどころではないと、ホームを降りて逃げ出そうとした。
駅の近くには多くの場合交番がある。
とにかくそこへ駆け込めば安全なわけで、逆に言えばそれまでに捕まれば何をされるか分からない。
美知留の時のように俺を殺そうとするのか?
それとも別の方向で暴力を働こうとするのか?
あんな奴に何かされるくらいなら死んだ方がマシである。
もちろんその前に思いっきり抵抗して一糸報いてやるけど。
後ろを振り返らず、足の筋肉が千切れても構わないほど本気で走った。
しかし奴は追いかけてきた。
後ろから迫る足音は力強く、しかも俺より速い。
瞬く間に距離を詰められているのが伝わってきて、「来るなよ!」と手持ちカバンを振り回した。
大して重い物は入っていないが、思いっきりぶつけてやればそれなりに怯むだろう。
振り返り様、身体が浮きあがるほど勢いをつけてカバンをぶつけてやった・・・・・つもりだった。
しかしそれは空を切った。
振返り様に視界に入ったターゲットは、間一髪のところで身をかがめ、実にあっさりと渾身の一撃をかわしてみせた。
外した!という焦りと共に、次こそはと振りかぶる。
だが二発目もまた不発に終わってしまった。
どういうわけか分からないが、ぶつけようとしたカバンが俺の手から消えていたのだ。
代わりに人の足らしき物が目の前を駆け抜けて、ビュンと風を切る音が響いた。
何が起きたのか分からず、凍りつくように呆気に取られる。
少し遅れてから後ろで何かが落ちる音がした。
振り向くと俺のカバンがそこにあった。
なぜ?・・・・と疑問が渦巻き、と同時に武器を失った焦りからまた逃げ出そうとした。
「待って!」
叫びが飛んできて、俺の肩をガッチリと掴む。
そのまま力任せに振り向かされて、真正面に男の顔が飛び込んできた。
思いっきり悲鳴を上げて助けを呼ぼうとしたのだが、ふとそれを思いとどまる。
やっくんに違いないと思っていたその男はやっくんではなかった。
この中性的な顔立ち、彼にどことなく似ている面影のある表情。
それはさっきまで同じ車両にいたあの若いサラリーマンだった。
追いかけてきたのはやっくんではなかった。その事については心底ホッとしている。
しかしこの男がどこの誰で、どうして俺を追いかけてきたのか理由が分からず、根っから恐怖が消えることはなかった。
きっと俺の顔が酷く引きつっていたのだろう。
「そんな怖がらないで」と掴んでいた手を離し、「大丈夫大丈夫」とホールドアップしながら悪意はないということをアピールした。
「久しぶり。」
笑顔を見せながら意味不明なことを言う。
俺の顔はさらに引きつったのだろう、また「そんな怖がらないで」と警戒を解こうとしてきた。
だがそんなことで警戒が解けるはずがない。
見知らぬ男に追いかけられて、いきなり「久しぶり」だのと意味不明なことを言われたら、余計に警戒してしまうではないか。
逃げるべきなんだろうけど、足が竦んで動くことが出来ずにいると、若いサラリーマンは俺の横を通り過ぎ、落っこちたカバンを拾い上げた。
そいつをポンポンと手で払い、目の前に差し出してくる。
「とっさで蹴飛ばしちゃった。ごめんね。」
申し訳なさそうなその顔は本気で謝っているようで、「昔のクセが抜けなくて」と苦笑いした。
「怖いよね、条件反射って。攻撃が飛んでくると思わず反撃しちゃうんだもん。美緒ちゃんに当たらなくてよかった。」
そっと俺の手を取り、「ほんとにごめんね」とカバンを握らせる。
手にしたカバンにはクッキリと靴の跡がついていて、なるほど蹴り飛ばしたんだなと納得した。
いや、そんなことは重要じゃない。
もっと大事なことをこの人はさっき・・・・。
「美緒ちゃんでしょ?」
「はい・・・。」
怖いながらも返事をする。
なんで俺の名前を?・・・と顔に書いてあったのだろう。
すかさすこう返してきた。
「中一の時にいじめられてて、友達のお姉ちゃんに助けられた子。」
淡々と語るその言葉に、さっき肩を叩かれた時よりも跳び上がりそうになる。
なんでそんな事まで?と尋ねようとしたけど、同時にまさか?という疑念が沸いてきて、何を口にしていいのか分からなくなる。
困る俺を見て、サラリーマンはまた笑顔に戻った。
「弟から聞いてたけど、ほんとに雰囲気変わったね。でも顔立ちはそのままだからすぐ分かったよ。まあこっちも人のこと言えないけど。」
やっぱり・・・と疑念が解ける。
道理で彼に似ているはずだと。
しかし頭では理解できても感情まではついて行かない。
驚きのあまり表情が凍ってしまう。
「久しぶり。」
差し出された手を反射的に握ってしまう。
俺も「久しぶり」と返した。

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