海の向こう側 第十三話 孤独と孤高(1)

  • 2018.05.25 Friday
  • 13:55

JUGEMテーマ:自作小説

他人の卒業アルバムを見るというのは、中々新鮮な感覚である。
知らない人間しか写っていないのに、つまらない写真だと思わないのは、例え他人であっても人生の流れを見るのが面白いせいかもしれない。
童顔の俺は昔っから顔立ちが変わらないので、アルバムを見てもほぼ同じ顔である。
羨ましいなんて友達に言われることもあるが、下手をすると中高生に間違われることもあるので、お酒を買う時などはよく困るのだ。
姉からは「童顔はある時期までは変わらないけど、それを過ぎると一気に老ける」なんて脅されたもんだから、肌には気を遣っている。
そういうこともあって、濃い顔立ちや大人びた顔立ちの人が羨ましかったりする。
そういう人ほど成長と共に顔つきが変わるので、アルバムを眺める楽しさは倍増するはずだ。
今俺が見ているのは、奥さんの高校時代の卒業アルバムである。
ここにはかつて俺が付き合っていた彼女が写っていた。
昔から派手な顔立ちをしていて、目元から鼻筋がきっちりと通っている。
気の強そうな目はこの頃から変わらないようで、凛々しいと思う反面、どこか見る者を不安にさせる眼力が宿っている。
高校時代の写真だから、当然今よりは幼い顔立ちをしているものの、同年代の中では一番大人っぽいのではないかと思うほど、甘えを感じさせない独立心の強い表情だ。
正面から写した生徒の紹介写真でもそうだし、所々に写る体育祭や修学旅行の写真も同じである。
アイツがやたらと人に世話を焼きたがるのは、自分のことなんてなんでも簡単にやってのけてしまうものだから、持て余した力を誰かの為に使いたいのだろう。
ただしその相手は誰でもいいというわけではなく、自分の認めた相手でなければならない。
俺は奥さんに尋ねた。
高校時代の彼女はどんな生徒だったのかと。
すると俺の予想通り、高校生とは思えないほどのしっかり者だったそうだ。
常に隙がなく、かといって無理しているようにも思えず、困っているクラスメートに手を貸すこともしばしばだったとか。
ただし自分が嫌っている相手に対しては辛辣であったそうだ。
男子に対しては基本的に冷たい態度であったらしく、生理的に嫌いだからというのが理由らしい。
その辺は俺も知っている。付き合っていた時も同じような事を言っていた。
中性的で大人しい男子には優しさを見せることもあったそうだが、決して必要以上に仲良くすることはなかったという。
どこにも属さず、誰かに同調したり媚びを売ったりも絶対になく、完全に我が道を歩く戦士のごとき逞しさだったとのことだ。
ある時など、同学年のボス的な女子から目を付けられて、イジメの標的にされかけたという。
理由はとにかくモテたから。
美人でしっかり者であるが故に、冷たい態度ながらも多数の男子から好意を寄せられて、その度に一蹴していたという。
また女子の中にも恋愛感情を抱く生徒がいたそうで、何度か告白されているのを見たこともあるそうだ。
男女問わず人気があって、どんな派閥にも属さずに我を通そうとする。
なるほど、スクールカーストの上位に位置する同性から確かに狙われそうだ。
いかに美人でいかに優秀であろうとも、どんな派閥にも属していないのなら、その生徒の立ち位置はカーストの外になる。
封建制度著しい日本の学校では、どうぞターゲットにして下さいと言っているようなものであろう。
だが実際にイジメが行われることはなかったそうだ。
なぜなら簡単に返り討ちにしてしまったからである。
嫌がらせが始まった初日のこと、すぐに自分がターゲットにされているのだと気づいた美知留は、ある行動に出た。
イジメの主犯格であるボスにはイケメンの彼氏がいたのだが、これを奪ってしまったのである。
ボスと彼氏が仲良く下校している所へ堂々と突撃し、強引に彼氏の手を引いて連れ去ってしまったのだそうだ。
相手はいきなりのことで呆気に取られ、追いかけることすら出来なかったという。
そして翌日、その彼はすっかり美知留に心酔していた。
奴は自分の美貌が武器になることは重々知っていた。
それに人の嫌がることもよく分かっていれば、喜ぶこともよく理解している。
美貌に加え、人を転がすのも上手いとなれば、高校生の男子を手玉に取ることなど造作もなかっただろう。
その男子にしてみれば女神が舞い降りたように錯覚したはずだ。
とびきりの美人がいきなり現れて、溢れんばかりの愛情というか、母性というか、そういうもので包み込んでくれたと騙されても仕方ない。
優しい優しいお姉さんのように甘えされえてくれる美女は、やはり女神に感じてしまうんではないだろうか。
まあとにかく、奴はイジメっ子の彼氏を奪い取った。
そして翌日には捨てた。
次はボスの取り巻きの女子の彼氏を狙い、これもまたアッサリと奪ってしまった。
その男子も翌日には捨てて、次なるターゲットも容易に仕留めた。
これを五回ほど繰り返すと、敵は完全に沈黙してしまったという。
カーストの外にいる者にあっさりと男を奪われ、その翌日にはもういらないとばかりに捨てられるなんて、これでは上位に君臨する者のプライドも何もあったものじゃないだろう。
更には捨てられたはずの男子は未だ美知留にご執心で、親衛隊を気取って取り巻きに変わる始末。
下手に手を出そうものなら、取り巻きの男子たちがボディガード気取りで美知留を守り、他の女子も噂話によって盛り上がっていたそうだ。
これほど屈辱的なことはそうそうないだろう。
ボスのグループは力も威厳も失い、対して美知留は畏怖と羨望の眼差しを向けられるようになったという。
だがそんなものにはまったく興味のない美知留は、今までとなんら変わりのない態度だったそうだ。
孤高というか一匹狼というか、本人が望めばいつでも友達も恋人も手に入る立場なのに、偉ぶる素振りも媚びる素振りも見せずに高校生活を終えた。
そして美桜里君の奥さんだけが唯一、孤高の女王と親しい友人であったそうだ。
自分でも分からないけど、なぜか向こうから話しかけてきてくれて、気がつけば仲良くなっていたという。
美知留の行動には眉を潜めることもあったが、二人でいる時は気兼ねなしに話せる大事な友人だと語った。
高校を出てからもちょくちょく食事をしたり遊びに行ったりと、大人になってからも仲は続いていた。
ちなみに同性愛者だと知ったのは、高校を卒業する間近になってのことらしい。
あれだけモテるのにどうして彼氏を作らないのか尋ねたところ、そう打ち明けられたのだという。
自分の恋愛対象は女の子で、いつでも自分を必要をしてくれるような子がいい。
ただし依存してくるような子は嫌で、頑張ってるんだけど空回りしているような子を見ると、胸が疼くのだという。
それを聞いた時、じゃあ自分と仲良くしてくれるのはそういう気持ちがあってのことなのかと尋ねたそうだ。
美知留は真剣な顔で首を振った。
尚美は友人として好きなんだと。
今までそんな風に思える相手はいなかったから、これからも仲良くしてほしいとはにかんでいたという。
美桜里君の奥さん、尚美さんにとっては美知留はかけがえないのない友人であり、だからこそ心配もしていたそうだ。
美知留はしっかり者だし、大抵の事は一人でこなせるけど、それゆえにずっと孤独なままなんじゃないかと。
だから初めて彼女が出来たと聞いた時は嬉しかったそうだ。
高校を出て6年後、23になってようやく理想の相手と出会えたと、興奮した声で電話越しに喜びを表していたという。
あんなに楽しそうに惚気話を披露する美知留は初めてで、ようやく良い人が見つかったんだなと、友人としてホっとしていたらしい。
しかしその彼女は美知留を振った。自らの人生を追求する為に、自分探しの旅という青臭い冒険に出かけてしまったからだ。
『絶対に諦めない。あの子は私と一緒に生きるの。その為に生まれてきたに決まってる。』
そう聞いた時、少し背筋が寒くなったと言った。
このままでは美知留の為にならない。
どうしようか悩んでいたところ、お姉ちゃんのことを思い出したのだ。
そこで美桜里君に相談してみたという。
お義姉さんも恋人を欲しそうに漏らすことがあるので、私の友達を紹介してもいいかと。
すると彼は、美知留がどういう人物かを聞いて少し迷ったと言った。
姉ちゃんは見た目とは裏腹に繊細で傷つきやすく、そういう子を紹介しても大丈夫だろうかと。
尚美さんは「根は悪い子じゃないから平気だと思うけど」とフォローを入れつつ、最終的な判断は本人に任せようということで、お姉ちゃんに話を持ちかけたのだった。
その後の流れはすでに聞いた通りで、最初こそ上手くいっていたものの、お姉ちゃんにとってはショックな終わり方を迎えてしまった。
深い傷心のせいで身内とさえも連絡を絶ち、今どこで何をしているのか分からない状況が続いていたという。
いったいどうすればお姉ちゃんと連絡を取ることができるのか?
散々悩んだ末、ある人物のことを思い出した。
実は俺をここへ呼んだのは、お姉ちゃんと連絡を取ってもらおうとしてのことだったのだ。
俺と縁を切ってから10年、俺がお姉ちゃんを忘れなかったように、お姉ちゃんも俺のことを忘れることはなかったらしい。
「今ごろ美緒ちゃんどうしてるんだろうな。」
そう呟くことがよくあったという。
だったら俺が電話なりメールなりをすれば返事を寄越してくれるんじゃないか?
どうか協力してくれないかと相談する為に呼び寄せたのだが、俺はここへ来る途中にお姉ちゃんに会ってしまった。
だから美桜里君も奥さんも驚いていたのだ。
事情を知った俺は、お姉ちゃんと会った時のこと、お姉ちゃんと話した内容を全て伝えた。
その中で最も驚かれたのが性転換をしたことだった。
二人共しばらく氷像のごとく動きを止めていて、酸素を求めて水面に顔を出す魚を一時停止したかのような、驚き以上の驚いた様子をしていた。
美桜里君曰く、昔から性転換のことは考えていたそうだが、そんな大事なことを家族に黙ったまま行うなんてと、怒りと悲しみが混じった嘆きを漏らした。
「別に反対なんかしないのに・・・・なんで一人でそこまで。」
高ぶる感情を誤魔化すように頭を掻き、奥さんが「きっと悩みに悩んでの決断だったのよ」とフォローを入れた。
「けど元気そうでよかった。ほんとに心配してたから。」
胸を撫で下ろすように息を吐くのは、お姉ちゃんを心配してのこともあるだろうけど、美知留を紹介してしまった自分への責任を感じてもいたからだろう。
別に奥さんが悪いわけじゃないし、もちろん美桜里君もお姉ちゃんも悪くない。
みんなそれぞれ事情や思う所があっての行動で、誰も責任を感じる必要などないのだ。
ただ一人を除いて・・・・。
お姉ちゃんと別れたあとの美知留がどうなったのか、二人は予想もしていないだろう。
殺人未遂で逮捕されて留置所暮らしをしているなんて事実を知れば、奥さんは更に悲しんでしまうはずだ。
これは俺の胸にしまっておこうと決めた。
だがその決断はあっさりと崩壊することになってしまった。
「お姉さんが元気だってことは分かったけど、美知留の方とも連絡がつかないのよね。あの後どうしてるんだろう。」
さっきから奥さんの話しぶりを聞いていて思ったのだが、どうやら俺と美知留が付き合っていたことは知らないようである。
奴は彼女が出来たことは報告したけど、どんな相手なのかは詳しく伝えなかったのだろう。
いまや俺にとって美知留は恐怖の存在でしかないけど、奥さんにとっては大事な友人だ。
残念ながら美知留は無事ではなく、殺人未遂で刑務所に行く可能性がある。
もしそれを知ったら・・・・奥さんはじっとしていないだろう。
留置場の面会は友人でも可能なので、必ず会いに行こうとするはずだ。
その時、美知留は誰にこの事実を聞いたか尋ねるだろう。
それを知った時のことが恐ろしい・・・・。
もうわけの分からない恨みを買うのはゴメンで、今後一切アイツとは関わりたくないのである。
だが友人を心配する奥さんの気持ちは本物で、お姉ちゃんの無事が確認できた分だけ、今度は美知留への心配が増しているようだった。
かつて美知留自身に言われたことを思い出す。
美緒はお人好しだと。
こういう時、もっとドライに、もっと冷酷になれればいいんだろう。
でも胸に疼く偽善だか正義感だか分からないけど、そういうものに支配されてついつい無視できなくなってしまう。
「あの、美知留は今・・・・・、」
アイツが何をして、今どこにいるのか全てを語る。
美桜里君も奥さんも、お姉ちゃんが男になったと聞いた時と同じくらいに、氷像のごとく無表情になってしまった。
さあ、これで奥さんは美知留に会いに行くだろう。
アイツは俺への恨みを増大させて、いつの日か俺の前に・・・・いや、この前みたいに後ろに現れて、俺を殺しにかかってくるかもしれない。
覆水盆に返らず、タイムスリップが不可能な現代では、やっちまったなと飲み込むしか術がない。
「美知留のいる警察署の場所を教えて。」
そら来たと、険しい顔で睨んでくる奥さんから目を逸らす。
横を向いていても視線の圧力を感じて、無言でいるのが難しくなってくる。
俺はよほど引きつった顔をしていたのだろう、美桜里君が「そんなに睨まないで」と止めてくれた。
「その美知留ちゃんって子、美緒ちゃんの彼女だったんだろ?てことはその子が姉ちゃんを振った理由って・・・・。」
「俺のせいだと思う。ごめん。」
「謝ることないよ。美緒ちゃんが悪いんじゃないんだから。」
ショックだったのだろう。美桜里君の表情も奥さんに負けじと険しい。
自分の姉と付き合っていた者が警察に捕まるなんて、安易に受け止められることじゃないだろうから。
美桜里君はお姉ちゃんのことを、奥さんは美知留のことを心配し、苦虫を噛み潰した顔のまま場の空気が悪くなっていく。
互いが気に掛ける相手は違っていて、その真ん中にいる俺はとても居心地が悪く、できればこの場から立ち去りたかった。
しかし爆弾と燃料を投下したのは俺自身であり、今すぐに逃げ出すわけにはいかない。
どちらに話を合わせてもどんどん空気が悪くなりそうなので、ここは俺自身のことを話すことにした。
「俺はずっとお姉ちゃんに憧れてて、ずっと真似をして生きてきたけど、それは幻だったんだって今日ハッキリしたんだ。
美知留とは恋人の関係だったけど今は違う。アイツは俺を殺そうとした犯罪者だ。
やっくんっていう高校ん時の友達がいて、そいつは俺のことストーカーしてる。」
美桜里君が一瞬だけ表情を変えたのを見逃さなかった。
さっきお姉ちゃんと会った時のことを説明する際、流れでやっくんのことも話してしまった。
俺と美桜里君を混同していて、大きな勘違いの元に俺に付きまとっていると。
「世間は狭いんだな」と呟いた美桜里君の言葉が印象的だった。
「俺、周りに振り回されてばっかりでさ。でもそれって自分が悪いんだ。みんな好かれ悪かれ自分なりの芯みたいなのがあるのに、俺だけそうじゃない。
まるで骨のない生き物みたいにフニャフニャ生きて来てさ。でもそれって良くないことなんだと思う。
今日ここに来たのは自分と向き合う為だった。美桜里君に合えばお姉ちゃんのことだって鮮明に思い出せる。
そうすればお姉ちゃんを真似して生きてきた今までの人生がどんなものだったのか、ハッキリするかもって思ったから。
けど偶然にお姉ちゃん本人に会って、それでも答えなんて出ないままなんだ。
最近じゃ自分の幻まで見えるようになって、これっていよいよ頭がおかしいのかなって不安になったり。」
二人は黙って俺を見つめていて、目の奥には不思議そうな光が宿っていた。
いきなり自分語りかよって呆れかもしれないし、何を場違いな話を繰り出してるんだって罵りかもしれない。
自分の為に自分の話をしているのは、今日ここへ来たことが自分の為だからこそである。
俺はもうお姉ちゃんの人生には関われないし、美知留にも関わる気はない。
やっくんだって近いうちに関わりを絶つだろう。
そのうち俺は一人になって、でもその時こそ自分が見えてくるような気がしていた。
無言の圧力に耐えかねて目を閉じる。
瞼の裏に水平線が浮かんで、もう一人の俺が手を振った。

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM