水筒を担いでお茶を届けに行ったおじいちゃんとおばあちゃんの畑

  • 2018.06.13 Wednesday
  • 13:45

JUGEMテーマ:日常

誰にだって記憶に残っている景色というのはあるんじゃないでしょうか。
私にはあります。
まだ幼稚園くらいの頃、家の周りに畑が多かったんです。
おじいちゃんとおばあちゃんは近くにある畑を借りて、野菜や果物を育てていました。
夏になると、幼かった私は水筒を二つほど担いで出かけました。
畑にいるおじいちゃんとおばあちゃんにお茶を届ける為に。
畑の隅にある物置小屋のそばに腰を下ろし、一緒にお茶を飲んだことを覚えています。
それから数年が経ち、おばあちゃんは足を悪くして畑に行けなくなりました。
その頃、ちょっと大きくなっていた私はもう畑にお茶を持っていくこともなくなり、夏休みは友達と遊んでばかりでした。
ある時、家の近くの畑が一つ消えました。
そこはお茶を届けに行く時に通る道だったんだけど、いつの間にか駐車場に変わっていたんです。
それからさらに年月が過ぎ、おばあちゃんは持病で亡くなりました。
おじいちゃんは一人で畑を耕しています。
だけどさらに数年が経って、その畑も無くなることになりました。
アパートが建ったんです。
おじいちゃんはもう畑が出来なくなり、それからさらに年月が経ってから、おじいちゃんも亡くなりました。
畑もおじいちゃんもおばあちゃんも消えてしまって、あの時のことは胸の中にあるだけです。
幼い頃の景色って、自分の原風景としてずっと残ることがあります。
だけどその景色は時間と共に変わっていって、そこにあったはずの物、人、そういうものまで消え去っていきます。
あれは私の懐かしい原風景だけど、でもふと思うこともあります。
おじいちゃんとおばあちゃんが幼い頃は、まったく違った景色だったんだろうと。
お茶を届けに行ったあの頃よりも、もっとずっと畑が多くて、そういえば竹林なんかもたくさんあったと言っていました。
空き地なんてそこらじゅうにあって、道路だって舗装されていなかったそうです。
私が懐かしいと思っていたあの景色は、もしかしたらおじいちゃんとおばあちゃんからしたら、変わり果てた風景だったのかもしれないと。
甥っ子も姪っ子もまだ保育園で、今見ている景色が原風景になるかもしれません。
もし私が「あの頃はここに畑があって・・・」と説明しても、ピンとこないでしょう。
自分にとって忘れられない景色というのは、すでに胸の中にしか存在しないものです。
消えてしまったから懐かしいと思うし、二度とそこへ行けないから切なく感じます。
そこにいたはずの人に会うことも出来ないし、小さな体で水筒を担いでいくこともありません。
畑のあった場所を通る時、ただ懐かしい思い出がこみ上げるだけです。

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