稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第八話 私の居場所(2)

  • 2018.08.20 Monday
  • 11:00

JUGEMテーマ:自作小説

「この馬鹿野郎!!」
事務所に凄まじい怒鳴り声が響く。
伊礼さんだ。
バシン!とテーブルを叩きつけ、まるで人でも刺しそうな目をしながら怒っていた。
「こんな場所でこんなモンを取り出す奴があるか!」
テーブルには拳銃が置かれていて、その隣には弾丸の入ったやつ、ええっと・・・・マガジンだっけ?それも並んでいた。
危ないからってことで、伊礼さんが銃から抜き出したのだ。
「もし当たってたらえらいことだぞ!」
「す、すいません!」
「謝ってすむか!」
「だっていきなり箕輪さんが入ってくるから・・・・、」
「言い訳無用!だいたいなんで俺たちのことを喋っちまうんだ!下手に教えたら危険に巻き込むだけだろうが!」
「つい口が滑って・・・・・、」
「だったらその口縫っとけ!」
あまりの剣幕に冴木はビビリっぱなしだ。
私もちょっと肩を丸くする。
「だいたいお前はいつも隙が多いんだ。社長まで務めた人間なんだからもうちょっと緊張感をもってだな・・・・、」
そこへ北川部長補佐が「まあまあ」と止めに入った。
「少し落ち着いて。」
「これが落ち着いてられますか!」
「冴木君も反省してるはずですから。」
「して当然です。こいつはオモチャじゃないってのに・・・・。」
眉間に皺を寄せながら拳銃を睨んでいる。
20分前くらいのこと、私は危うく撃たれそうになった。
幸い弾は外れたけど、壁には穴が空いている。
あとちょっとズレていたら私の頭があんな風になっていただろう。
そう思うと寒気がしてきた。
やっぱりコイツは疫病神なんだろうか。
シュンと萎れているその姿を見ていると、半年前まで社長だったとは思えないほど情けない。
「すいません箕輪さん・・・・。決して撃つつもりじゃなくて・・・・、」
「分かってるわよ。それよりアンタ本当にスパイに戻っていいの?今まで危険な目に遭ってきたのに。」
「それはそうなんですけど、これが上手くいけば稲松文具に戻してもらえるから・・・・。」
「それだけの理由でやるわけ?」
「俺にとっては大事なことです。またここで働きたいんですよ。前はあんな事になっちゃったけど、次は心を入れ替えて働きます。」
「あの不正ってアンタだけが悪いわけじゃなかったんでしょ?さっきそう話してくれたよね。」
「でも賄賂に応じたのは俺だから。言い訳は出来ません。」
そう答える時だけギュっと表情を引き締めていた。
《なんだ・・・やっぱりこいつは冴木のままなんだ。》
ホッとして笑みがこぼれてしまう。
いつも周りに利用されて、面倒事を押し付けられて、最後には自分一人で抱え込んでしまうのだ。
みんなに迷惑をかけまいと。
今でもそれは変わっていないみたいで、じょうじき嬉しかった。
偉くなって変わってしまったのかなとショックだったけど、冴木は冴木のままで、だからこそ悪い奴らに騙されてしまったのだ。
「ねえ冴木。スパイなんてしなくたって戻って来られるかもよ。」
「へ?」
「実は今月で一人バイトが辞めるのよ。あんた応募してみない?」
「いや、無理でしょそれは。不正をした奴なんか雇ってもらえませんよ。」
「じゃあ本当にスパイに戻ってもいいの?そんなモンまで持ってさ。」
テーブルの拳銃を睨む。
これは護身用としてある人から渡されたと言っていた。
「身を守るのに拳銃が必要なんて・・・・どんだけ危険な仕事なのよ。絶対にやめた方がいいって。」
「分かってます。分かってますけど・・・・、」
「バイトの採用は店長に権限があるのよ。私から進藤君にお願いしてみる。冴木を雇ってあげてほしいって。」
「でも上の人が許しませんよ。」
「じゃあ許してもらえばいいじゃない。今ここで。」
私は伊礼さんに向き直り、「お願いします」と頭を下げた。
「バイトでいいんで冴木を戻してやって下さい。」
そう頼むと、「こりゃまた・・・」と驚いていた。
「このままじゃコイツが可哀想です。なんとかしてあげて下さい。」
「気持ちは分かるがそう簡単にはな。」
「なんでですか?ただのバイトですよ?」
「バイトだろうと立派な従業員だ。それにいつか正社員にならんと生活もままならんだろう。でもそれは難しいぞ。」
「だけど伊礼さんは冴木を戻してあげるつもりだったんでしょ?だったら無理なことはないと思いますけど。」
「あの不正行為の真実を掴めばチャンスはあるだろうさ。カグラはまともな会社じゃないことは分かってる。
向こうにも大きな責任があると証明できれば、冴木の罪は軽くなるだろう。
コイツをきちんと戻してやるには、しばらくスパイとして活動してもらわないといけないんだ。」
「だけど・・・・、」
「ずっとバイトのまんまでいいってんなら俺の権限で可能かもしれない。けどコイツは納得しないぞ。なあ冴木?」
ドンと肘を突かれて、「はい」と頷いていた。
「俺、まだまだこの会社でやりたい事があるんです。もっともっとみんなが働きやすい職場にしたい。
課長や箕輪さんみたいに、周りのことを考えながらも、自分なりに一生懸命頑張ってる人が活躍できる会社にしたいんです。
ほんとなら社長でいる時にやるつもりだったんだけど、なかなかそこまで行けなくて。」
悔しそうにしながら「もっと」と呟く。
「もっと色々出来たはずなんです。一つだけ悔いがあるとしたら、俺を信じてくれた人たちを裏切ってしまったことです。
それを取り戻すには絶対にここへ戻ってこないとダメなんです。そして次は自分の力で上に登っていく。
その時に初めてやりたい事が出来るような気がするから。」
普段はボンクラのクセに、こういう時だけ男らしい顔をするのも以前のままだ。
何がなんでも自分の信念を通そうとする。
死ぬかもしれないほど危険な目に遭ったって、絶対にへこたれない強さを持っている。
きっとこういう部分にみんな惹かれるんだろう。
私も美樹ちゃんも・・・ていうかコイツに関わった人はみんな。
《なによ・・・せっかくアンタのことを思って頼んであげてんのに。》
以前の私なら感情的になって「冴木のクセに!」と怒鳴っていただろう。
けど今は違う。
コイツは私なんかよりずっと逞しいと知ったから。
大きな事件が起こる度に、自分が真っ先に立ってみんなを守ろうとしていたから。
コイツはもう私の助けなんて必要ないのだ。
かつてこの店にいた時、私がフォローしないと発注やレジすらまともに出来なかった。
でも私が思っていたよりずっと器の大きな奴で、その気になればなんでも一人でやってのけてしまうかもしれない。
心のどこかでそれを寂しいと感じていることに、少しだけ苛立ちを感じた。
私はコイツの彼女でもなければ母親でもない。
伊礼さんに頭を下げて親身になっていることに、怒りを通り越して笑いが出てきてしまった。
「あ、あの・・・どうしたんですか?」
クスクス笑う私を不思議そうに見つめている。
でも誰が答えてやるもんか。そうやってずっと不思議がってればいいんだ。
もうここはアンタのいる場所じゃない。
とうの昔に飛び立って、こんな場所じゃ収まらないほど大きくなっている。
それに気づかずにノコノコ戻って来るなんて、笑うに決まってるじゃないか。
無言で立ち上がり、事務所から出て行こうとした。
案の定、冴木は「待って下さい!」と追いかけて来た。
「すいません、箕輪さんが怒るのは当然です。でも俺はこの会社に戻らなきゃいけないんです。例えスパイなんて危険な仕事をしてでも。」
また男らしい顔をしやがる。
普段はボンクラのくせに、こういうギャップがあるから無自覚に人を惹きつけるのだ。
「アンタのせいで乱れた。美容院代払ってよ。」
弾丸が掠めた髪をチョキチョキすると、「もちろんです!」と頷いた。
「じゃあ私は仕事があるから。」
「あ、箕輪さん・・・・、」
なにか言いかけるのを無視してバタンとドアを閉じる。
優秀な店長のおかげで今日も忙しくて、仕事のやりがいを感じられるって幸せだなあと思う。
美樹ちゃんがパタパタ走ってきて、「あっちのお客様に接客いってもらえますか?」と言った。
「うん、すぐ行く。」
書道を始めたいというお客さんに、初心者ならこの筆がオススメですよと営業スマイルを振りまく。
だったらこれ頂戴と言われ、ありがとうございますと極上の笑顔で包装した。
一人、また一人と商品をススメて、絶えることのないお客さんの波に忙しさと充実感を覚える。
・・・・私はこれでいい。
いつものようにここへ来て、せっせと仕事をこなして、暇な時は美樹ちゃんとお喋りして、休日にはちょっと前に出来た彼氏と遊びに行く。
こんな日常が続いてくれるなら、他には何もいらない。
一番怖いのは今の生活が壊れてしまうことだ。
過去にあった大きな事件の時、この日常が崩れかけた。
誰かに平穏を取り上げられるなんて、こんな不幸なことはない。
だから二度とあんな思いはゴメンだ。
ボンクラの冴木は危険な目に遭ってもへこたれないけど、私は違う。
自分が思っていたよりもずっと弱くて、自分が思っていたよりも毎日は幸せなものだと気づいたから。
だから冴木、やっぱりここはアンタの戻って来る場所じゃない。
アンタに悪気がなくても、いつかまた周りを危険に巻き込むだろうから。
ハリマ販売所は変わり者が集まる場所であって、優秀な者が腰を下ろす場所ではないのだ。
アンタはただの変わり者じゃない。
私たちじゃ絶対に手の届かない所まで行ける、大きな器を持った人間だ。
それは今目の前でレジを打っている進藤君も同じだろう。
実は今日の朝礼で大事な報告があった。
『この前本社の人から連絡があって、出世することになっちゃいました。てことでこの店にいるのは今月いっぱいっす。
たった5ヶ月の短い間だったけど、クソお世話になりました!』
某有名漫画の戦うコックさんの真似をしながらそう言った。
予想はしていたけどけっこう早かった。
となるとまたどうしようもない店長が来るなあとか考えたり、日常の心配事は尽きない。
だけどそれでも誰かが誘拐されるとか、人が刺されるとかよりは遥かにマシだ。
こうして毎日普通に働いて、休日には遊びに行って、それ以上望むものなんて何もない。
だからどうかお願いだから、この店に災いが来ませんように!
事務所でコソコソ話している連中・・・・どっか他でやってほしい。
どうしていつもここに集まるんだろう?
冴木、伊礼さん、部長補佐、みんな嫌いじゃないけど、災いを運んでくるのであれば、ここへは来ないでほしいというのが本音だ。
そんなことを考えながら商品を補充していると、「すみません」と声を掛けられた。
振り向くと髪の長い女が立っていて、「どうも」と会釈してきた。
「わたくし玉木と申します。今日は冴木晴香さんはお見えでしょうか?」
小首を傾げながら、女の私から見ても色っぽいと思うほどの雰囲気を醸し出している。
「事務所におりますが・・・・なにか御用でしょうか?」
「お話したいことがあるんです。中へ入ってもよろしいでしょうか?」
「ええっと・・・事務所は関係者以外は立ち入り禁止なので・・・・、」
「いいよ。」
横から進藤君の声が飛んでくる。
「みんな揃ってる。」
「そう。ならお邪魔しますね。」
ニコっと微笑みを残し、事務所へ消えていく。
「・・・・・・・・。」
なんだろう・・・不穏な空気を感じる。
ゴクリと息を飲みながら立ち尽くしていると、美樹ちゃんが「誰ですかさっきの人?」と寄ってきた。
「すごい綺麗な人でしたけど・・・箕輪さんの知り合いですか?」
「ううん、冴木に用があるみたい。」
「あんな美人が冴木さんに!?」
超常現象でも目撃したみたいに驚いている。
「まさか社長時代の秘書とか?」
「さあね、あんまり関わらない方がいいよ。」
「でも気になるじゃないですか。ちょっとお客様も引いてきたし、何話してるのか聴いてこよ。」
「あ、やめなって!」
私の忠告も無視して、ドアに耳を張り付けている。
すると進藤君もやって来て「あの人俺の知り合いなんすよ」と言った。
「危ない人じゃないんで平気っすよ。」
「・・・・私にはそう思えない。」
「嫌いっすか?ああいう人。」
「そうじゃなくてさ、なんか不穏な気配を感じるんだよね。また良くない事が起きそうな気がして。」
「そういやこの会社って何度か事件があったんすよね?」
「うん。どっちも嫌な事件だった。こっちは普通に暮らしてるだけなのに、縛って監禁されたりとかしてさ。」
「それ怖いっすね。大丈夫だったんすか?」
「まあね、冴木が助けてくれたから。」
「へえ、あのオジサンけっこう男気あるんすね。」
感心した様子で頷いている。
確かに普段のアイツからは想像出来ないだろう。
なんたってアホ丸出しなんだから。
「あ、もうじきお昼っすね。先休憩行ってきていいっすよ。」
「じゃあお先に頂きます。」
事務所へ入りたくないので、このまま外へ食べに行こうとした。
けど今日に限って財布もスマホも事務所に置いていることを思い出して、「ああもう!」と舌打ちをした。
さすがに無一文で外をウロウロするのは嫌だ。
仕方ないなあとため息をつきながら事務所へ向かう。
「美樹ちゃん。」
「うわ!」
よっぽど盗み聞きに集中していたんだろう。
声を掛けただけで飛び上がっていた。
「驚きすぎよ。」
「やっぱり箕輪さんも気になるんですね!」
「違うわよ、お昼に行くから財布を取りに来ただけ。」
そう言ってドアを開けようとすると、「待った!」と止められた。
「なによ?」
「今いい所なんです。」
「いい所?」
「なんかすごく真剣な雰囲気なんです。きっと外にバレたらまずい秘密の話をしてるんですよ。」
美樹ちゃんはドアに耳を張り付けてみろとジェスチャーする。
「盗み聞きとか嫌なんだけど。」
「いいからいいから。」
背中を押されて強引に押し付けられる。
《なんなのよもう。》
こっちは面倒事に関わりたくないのに。
下手になんか聴いてしまったら気になるだけだ。
「・・・・・・・・。」
ボソボソっと話し声が聞こえる。
雰囲気からして楽しい会話ではなさそうだ。
「やっぱり私こういうのはちょっと・・・・、」
そう言って耳を離そうとすると、ふと気になる単語が聞こえた。
《その銃で撃って下さい・・・・。》
ボソっとそう言ったのが聞こえた。
今の声は・・・・さっきの玉木さんって人の声だ。
《撃つってなに・・・・?》
一気に緊張が増してくる。
冴木は拳銃を持っていて、それで誰かを撃つってことなんだろうか?
「箕輪さん耳くっ付けすぎ。」
美樹ちゃんが笑うけど、私は「し!」と黙らせた。
《・・・そうです・・・その拳銃で撃って下さい・・・。心配しなくても捕まったりしません・・・。私が保証しますから・・・・。》
《でも・・・・、》
《その銃を渡す時に説明したはずです・・・・。》
困る冴木を玉木さんが説得しているようだ。
私は冴木から聞いた話を思い出す。
あの拳銃は護身用として「ある人」から渡されたものだと。
じゃあその「ある人」っていうのは玉木さんのことなんだろうか?
《私のことは気にしないで下さい。ちゃんと防弾チョッキを身に着けますから。》
《だけどもし狙いが逸れて頭に当たったりしたら・・・・、》
《撃つのは近距離からです。まず外しません。その為にちゃんと射撃の練習もしているでしょう?》
なんか恐ろしいことを言っている。
あの銃は護身用のはずなのに、まさか玉木さんを撃つつもりなんだろうか?
《最悪は頭に当たっても平気です。》
《いやいや、それは死ぬでしょ。》
《こう見えても石頭ですから。》
《そういう問題じゃないと思うけど・・・・、》
撃てという玉木さんと迷う冴木。
二人の押し問答を聞いていると、もう我慢出来なくなった。
ガチャっとドアを開けて事務所に乗り込む。
美樹ちゃんが「ちょっと!」と止めたけど、その手を振り払った。
「アンタは向こうに行ってなさい。」
「なんで!私も気になりますよ!」
「いいから!!」
思いっきり怒鳴ると、ビクっと怯えて「箕輪さん怖い・・・」と後ずさった。
「勤務中でしょ。仕事に戻る。」
「はい・・・・。」
彼女が戻っていくのを見届けると、内側から鍵を掛けた。
いきなり飛び込んできた私にみんなが目を丸くしている。
玉木さんだけを除いて。
「・・・・・・・・・。」
無言で冴木を睨みつける。
その手には拳銃を握っていて、私は強引にそいつを取り上げた。
「あ、ちょっと・・・・、」
冴木は手を伸ばしてくるが、「るっさい!」と叩き落とした。
「あんたらねえ・・・いい加減にしろよ!!」
ナイフみたいに尖った声が出る。
こんなヒステリックな声を出したのは久しぶりだ。
だけどすぐに感情は沈んでいった。
なぜなら手にした拳銃はずしりと重くて、昔に触ったことのある兄のモデルガンとはまったく違った感触だからだ。
これはオモチャなんかじゃなくて、実際に人を殺せる道具なんだと、手を通して伝わってくる。
「なんでいつもウチでやるのよ。」
ここにいる全員を睨む。
「いつもいつも人の店で危ない話ばかりして・・・・そんなに危険なことが好きなら他所でやれよ!」
また尖った声が出る。
冴木が「箕輪さん」と立ち上がって手を向けてきた。
「それ危ないですから。」
「分かってる!私だってこんなモン持ちたくないわよ!」
「じゃあなんで・・・・、」
「怖いからに決まってんでしょ!今までの事件の時だってどれだけ怖かったか!もう絶対にあんな思いは嫌なの!」
「箕輪さん・・・・。」
「あんたらが何やろうと自由よ!でもこっちに迷惑掛けんなよ!なんでアンタらのせいでビクビク怯えなきゃいけないわけ!
こっちはただ普通に暮らしたいだけなのに!毎日ここに来て仕事して、休みには遊びに行ったりしたいだけなのにさ!
アンタらがここで集まって何かしてると、それがいつブチ壊しになるかって、怖くて怖くて堪らないのよ!!」
この拳銃を今すぐどこかに捨ててやりたい。
でも怖くてどうしていいのか分からなくて、持ち上げたまま強張る。
すると横から手を伸びてきて、サッと拳銃を奪われた。
「怖がらせてごめんなさい。」
玉木さんだった。
拳銃をバッグにしまい、「場所を変えましょ」と出て行く。
伊礼さんはバツが悪そうに咳払いし、そそくさと私の脇を通り過ぎる。
部長補佐は「箕輪さん」と呼びかけてきた。
「ごめんね。このお店の人たちの気持ちも考えずに・・・・、」
「出てって下さい。」
私の尊敬する人ではあるけど、今は顔を見る気になれない。
部長補佐は小さく会釈して去って行った。
そして・・・・冴木は傍へやって来てこう言った。
「もう絶対に危ない目に巻き込んだりしません。もし何かあっても必ず俺が守りますから。」
この言葉が嘘じゃないことは知っている。
私も美樹ちゃんも危ないところをコイツに助けられたことがあるから。
でも今は何も言い返せない。
無言のまま立ち尽くしていると、「じゃあ・・・」と出て行った。
入れ替わりに美樹ちゃんが入ってきて、「何があったんですか?」と目を丸くした。
「事務所から怒鳴り声がしてましたけど・・・・冴木さんまた何かやらかしたんですか?」
「いつものことよ、アイツがやらかすなんて。」
「そうですね、だって冴木さんですもん。」
こういう時、美樹ちゃんのあっけらかんとした性格が羨ましい。
私は財布とスマホを掴み、逃げるように店を駆け出した。
少し離れてから振り返ると、いつもと変わらない様子で佇んでいて、平和な日常がそこにあることを実感する。
「絶対に守らないと。」
平穏な日常、大好きな居場所。
これを誰かにブチ壊されるなんて許せない。
もう怯えて過ごすのはやめにしよう。
危険を遠ざけるには逃げてばかりじゃダメで、正面から向き合わないといけない。
「私が店長になれば少しは変わるかも。」
お店を、美樹ちゃんを、スタッフを守るには私が上に立つしかない。
明日、朝一番で本社の人事課へ向かうことにした。

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