稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十一話 葛藤の日々(1)

  • 2018.08.23 Thursday
  • 13:14

JUGEMテーマ:自作小説

目覚まし時計が鳴っている。
頭はボーっとしているけど、勝手に手が伸びてアラームを止めた。
今日は日曜日、時計の針を見て《まだ眠れたな》とあくびを放った。
ベッドから起き上がり、ハンガーに吊るしたスーツに目を向ける。
『本社部長補佐 北川翔子』
約二年前、シンガポールへ転勤になったのと同時に部長補佐の肩書きに代わった。
でもあの頃はシンガポール支社の部長補佐、本社での肩書きは課長だった。
今は海外赴任を終え、日本へ戻って来るのと同時に「本社部長補佐」へと昇進した。
正直なところ、私としてはもう少しシンガポールにいたかった。
英語は喋れるからコミュニケーションは問題ないし、何より仕事のしやすさというのが大きかった。
日本にいる間は色んな所から嫌味を向けられた。
アイツは会長の娘だから出世出来たんだと。
直接言ってくる人はいなかったけど、あちこちからそういう声が聞こえた。
でもこれは我慢できた。
いくらウチが実力主義とはいえ、さすがに20代の若僧が本社の課長になるだなんて、親の七光りと思われても仕方ない。
世間はそういうものだって分からないほど子供じゃないし、時には自分を奮い立たせる燃料になった。
だけどそうじゃない嫌味もあった。
女のクセに・・・・女が偉そうに・・・・。
親の七光りに対する嫌味と違って、こっちはカッと熱くなる怒りが沸いた。
正面から言ってくる人はほとんどいなかったけど、そういう目を向けられた事、オブラートに包んだ嫌味を向けられた事は数知れない。
出世すればするほど、ヒソヒソとそういう声が聴こえてきて、思わず叫びそうになったこともある。
女のクセにという嫌味は男女両方から向けられる嫌味だったので、日本にいる時はとにかく居心地の悪さを感じたものだ。
ウチの会社は一切の差別がないのが売りなんだけど、個人個人からの嫌味だけはどうしようもなかった。
それでも自棄にならずにすんだのは、周りに仲間がいたからだ。
ハリマ販売所。
あそこのスタッフは常に私の味方でいてくれた。
冴木君、箕輪さん、栗川さん。
私がちょくちょくあの店に顔を出していたのは、あそこに居心地の良さを感じていたからだ。
みんなは私が気を遣って顔を出しているんだと勘違いしているけど、実はそうじゃない。
あのお店にいる間は、例え仕事中であっても気張らずにいられる安心感があった。
みんな私のことを慕ってくれたし、媚びようとか取り入ろうなんて打算も一切なかった。
偉くなればなるほどそういう意図をもって接してくる人間もいたので、みんなの素直な優しさにどれほど救われたか分からない。
ハリマ販売所は私にとっての精神的な聖域だった。
だけど本社に戻れば孤軍奮闘で、家に帰る頃には心も体もグッタリしていた。
『このままここにいてもいいのかな・・・・?』
そう考えるようになって、一度会社を離れたこともある。
けどあれやこれやと色んなことがあって、結局ここへ戻ることになってしまった。
日本にいる間は常に陰口や嫌味との戦いだったので、シンガポールへの赴任が決まった時は嬉しかった。
私の思った通り、アジアの経済中心地となりつつある向こうはとてもグローバルで、日本では当たり前の色んな壁を感じることは少なかった。
おかげで目一杯仕事に打ち込むことが出来たし、それなりに成果も残せたので、やりがいだってあった。
出来るならこのままここにいようか・・・・。本気でそう考えたこともある。
好きだった人にはフラれてしまうし、あまつさえタヌキと結婚するなんて言い出した時は、目の前が真っ暗になったりもしたから。
もういっそ日本を離れて、海外で生きていこう・・・・。
そう思っていたんだけど、そうもいかない出来事が起きた。
社長、冴木晴香の不正行為である。
草刈さんからちょくちょく連絡はもらってたんだけど、最初はにわかに信じられなかった。
だってまさかあの冴木君が・・・・・・って。
でもそのまさかは本当のことで、私は査問委員会で彼を追求した。
彼が社長になる時、その背中を後押ししたうちの一人は私だ。
それに社長になったあとも、しばらくは教育係りとして付き添っていた。
その彼が不正を犯したとあってはじっとしていられなかった。
『相手が冴木君だからこそ私が追求したいんです!どうかお願いします。』
渋る草刈さんだったけど、どうにか説得して、あの日彼を追い詰めた。
そして・・・・稲松文具から追い出した。
かつて彼は言っていた。
みんなが安心して働ける職場にしたいと。
いつだって周りのことを一番に考え、時には自分が危険な目に遭ってでも仲間を守ってきた。
だからその言葉はウソじゃないと信じていた。
でも冴木君は稲松文具から追い出され、じゃあその意志を引き継ぐのは誰?って考えた時に、私がやるしかないと決めたのだ。
居心地の良い場所で満足してちゃいけない。
彼の目指した理想は私も期待していたし、心からそうなることを望んでいた。
残念ながら彼は途中で道を間違えてしまったけど、だったら私がその意志を継げばいい。
まだみんなの為に戦っていた頃の冴木君のように。
そう決めた時から、日本へ戻らないといけないと思うようになった。
本社へ戻れば昇進が約束される。
支社ではなく本社の部長補佐。
28歳という若さでこの昇進は異例だった。
上手くいけば30の頃には部長になり、もっと先を目指せるかもしれない。
・・・いや、目指さないといけないのだ。
だって偉くならないと何も変えられないから。
いつか父が亡くなった時、私が後を継いで会長になるだろう。
この会社は代々北川一族が仕切ってきたので、そうなることは間違いない。
でもただそれを待っているだけでは本当に親の七光りになってしまう。
この会社を変えるには私自身に力が必要なのだ。
大きな志を灯しながら、日本へ帰る日が近づいていた。
そして帰国間もない頃になって、伊礼さんから一本の電話があった。
以前の事件で一緒に戦った仲間ではあるけど、彼は靴キングの人間なので、以降は特別な関わりはなかった。
それがわざわざ電話を寄越してくるなんて、いったいなんだろうと、ちょっとだけ不安に駆られた。
もしかしてまた大きな事件でも起きたのかなと。
・・・・それはある意味当たっていた。
『もしもし?突然電話してすみません。実は冴木の犯した不正行為の件についてお話したいことがあるんです。』
ドクンと心臓が飛び跳ねた。
もしかしてまた冴木君が何かしでかしたのかなと。
でも伊礼さんの話はその逆だった。
あの不正行為は冴木君だけのせいではなく、実際はカグラの方に大きな責任があるかもしれないと。
下手をすれば冴木君はただ騙されただけで、カグラの連中はよからぬ事を企んでいるのかもしれないと。
私は直感的に身震いした。
ああ・・・また何か大きな事件が動き出しているんだなと・・・・。
そして帰国してすぐのこと、半年ぶりに冴木君と再会した。
彼は相変わらずで、しっかりしてるのかそうでないのか分からないほど飄々としていた。
私、冴木君、伊礼さん、そして・・・・謎の女性、玉木さん。
ハリマ販売所に集まり、あの不正の件の裏側について話し合った。
事件の真実を求める為に、冴木君は再びスパイに戻ることになり、私は彼の相棒として付き添うことになった。
まったくもって今までどおりの展開に、やっぱり大きな事件が動き出していたんだなと、憂鬱になってしまったものだ。
だけど私以上に憂鬱になっていた人がいた。
箕輪さんだ。
気が強いように見えて、実はすごく繊細な人だと知っていたのに、彼女の恐怖心も考えずにハリマ販売所をアジトのように使ってしまった。
あの日箕輪さんは私たちに向かって叫んだ。
もう危険に巻き込まないでほしいと。
自分はただ平和な日常を過ごしたいだけで、それを壊されるかもしれないという恐怖に追い詰められていた。
本気で叫ぶ彼女を見て、いかに自分がまだまだ未熟であるかを思い知った。
守るべき仲間を、守るべき現場の社員を、知らず知らずのうちに追い込んでいたのだから。
これは大いに反省しないといけない。
ハリマ販売所は箕輪さんにとって大事な居場所であり、自分自身が守ってきた職場でもある。
私の無神経のせいでそれを傷つけてしまうなんて・・・・いくら謝っても足りないだろう。
一番の謝罪は、一刻も早く事件を解決し、安心させてあげることだ。
みんなが安心して働ける職場を作る。
そんな冴木君の意志を引き継ぐ為に戻ってきたのだから。
休みだからって寝ている場合じゃないと、すぐに出かける支度をした。
車に乗り込み、ゆっくりとマンションの駐車場から滑り出す。
今、私は事件解決の為に、ある人物の元へと向かっていた。
本社から少し離れた所に、とある探偵事務所があるのだ。
『有川動物探偵事務所』
あの日玉木さんからもらった名刺を見た時、驚きを通り越して胸の中まで凍りつきそうだった。
《どうしてこの人が有川さんの名刺を・・・・・。》
私がずっと想いを寄せていて、でもフラれてしまって、あまつさえタヌキと結婚すると言い出したその人である。
と同時に、かつてお稲荷さんに誘拐された私を助けてくれた恩人でもあった。
彼は人にはない不思議な力が宿っていて、その力でもってたくさんの動物を助けている。
この私だってお手伝いをしたことがある。
どうして玉木さんが彼の名刺を寄越したのかは分からない。
だけど・・・・嫌な予感がしていた。
有川さんの力が必要となると、これはもう普通の事件ではないということだ。
今までのように会社の乗っ取りといった事件ではなく、もしかしたら人ではない何者かが関わっているかもしれない。
かつて私がお稲荷さんに誘拐された時のように。
《玉木さんは言ってた、人の常識を超えた事件だって。だったらお稲荷さんだとか化け猫だとかが出てくるかもしれない。》
なんて非現実的なって思うけど、この私自身がそういう生き物・・・・と言っていいのかどうか分からないけど、超常的な出来事を体験している。
そもそもが有川さん自身が超常的な力の持ち主なわけで・・・・。
車を走らせながら悶々と考えを巡らせる。
有川さんのアパートまで車で30分ほど。
大きな川沿いの道を駆けながら、ふと窓の外に目をやった。
桜はとうに散ってしまって、代わりに新緑が芽吹いている。
鮮やかなピンクが彩る景色もいいけど、若葉が光を受けて輝くのも美しい。
四月も下旬に差し掛かり、もうすぐゴールデンウィークを迎えようとしている。
月末が土日ということもあり、かなりの大型連休になるだろう。
・・・・ここ最近ゴールデンウィークを楽しんだ記憶がない。
仕事仕事ばかりで、休日を謳歌するなんて発想そのものがなくなりかけていた。
シンガポールにいた頃もずっと働きっぱなしで、周りからもっと休むようにとお説教までされてしまった。
だけど私は仕事が好きなのだ。
もちろんどこかへ遊びに行きたいとか、好きな人とデートしたいとかもある。
けどそういった欲求を軽く抑え込んでしまうほど、今は仕事を楽しく感じていた。
景色を眺めながら川沿いの道を走り、大きな橋を渡る。
少し坂になった土手向こうの道を越え、お昼どきにはよく混むコンビニを通り過ぎ、交差点を左に曲がる。
そこから少し進んで細い路地に入ると、年季の入った木造アパートが見えてくる。
二階へ伸びる階段は錆びだらけで、よく壊れないなと感心するほどだ。
この古いアパートの二階が有川さんの住居兼事務所になっている・・・・はずだ。
《これって前のアパートよりも年季が入ってる・・・・・。》
以前に有川さんが住んでいたアパートにはお邪魔したことがある。
けどこっちへ来るのは初めてだった。
《有川さん大丈夫かな。ちゃんと仕事は取れてるのかな・・・・。》
実力はあるけど、商売は決して上手いとは言えない人なので、ちょっと心配になってくる。
錆びてギシギシ鳴る階段を注意深く上がり、左から二番目のドアの前までやって来る。
『有川動物探偵事務所』
表札の文字を睨み、深呼吸する。
《緊張するなあ・・・・。》
会うのはほぼ一年ぶり。
去年の今頃、彼と会った時に結婚するって話を聞かされた。
私はてっきり前に付き合っていた彼女と寄りを戻したんだと思っていた。
でもそうじゃなかった、なんとタヌキと結婚するなんて言いだしたのだ。
・・・・もちろん普通のタヌキじゃない。
いわるゆ化けタヌキというやつで、いろんな生き物に姿を変えることが出来る。
私もこの目で化ける瞬間を見た。
そのタヌキは普段は人間に化けていて、お世辞抜きで可愛いと思える容姿だった。
性格だってそう悪くないし、なにより有川さんの幼い頃の友達だという。
だから私が結婚に反対する理由なんてないんだけど、あの時は猛反対した。
だってタヌキとだなんて!
私はずっと想いを寄せていて、でも有川さんには彼女がいて、だからフラれてしまったんだけど、その彼女とは別れて、だったら私にもチャンスがあるんじゃないかと期待していた。
それなのにまさかタヌキと結婚するなんて・・・・・。
ていうかタヌキに負けるなんて・・・・・。
私だって動物は好きだ。
犬も猫も飼っている。
でも結婚相手に選ぶなんて考えられない。いくら人間に化けられるとしても!
だからあの時は猛反対したんだけど、有川さんは引かなかった。
『結婚をするなら友達をやめます!』と言う私に向かって、『翔子さんという友達を失いたくありません!』と突き返してきた。
なんて勝手な・・・・と思ったけど、結局認めることになってしまった。
あの時、私はとある猫のことで困っていたんだけど、それを見事に解決してくれたからだ。
動物探偵として私の悩みを解決してくれた報酬として、結婚を認めることにしたのだ。
あの時のことを思い出すと、チャイムを押す手が止まってしまう。
《もしかしたらもう結婚していて、子供だっているかもしれないのよね・・・・。ダメだ!緊張してくる。》
確かに結婚は認めたけど、化けタヌキとの夫婦生活なんて見たくない!
もし子供がいたりしたらそれこそショックだ・・・・・。
だってずっと彼のことを好きでいたのに。なのにそんな光景を見せられたら・・・・・。
「・・・・・ダメダメ!これだって仕事で来てるようなものだもん。余計な感情は捨てなくちゃ。」
ふうっと深呼吸してからチャイムを押す。
「・・・あれ?鳴らない。」
何度押しても音が出ない。
古いアパートだから壊れているのだろうか?
代わりにコンコンとノックをしてみたけど返事はない。
「いないのかな?」
悪いと思ったけど、ドアノブを回して確認してみる。
「鍵が掛かってる・・・・。」
一歩離れてドアを見上げる。
・・・・ちょっとだけホッとしていた。
見たくない光景を見ずにすんだかもしれないって。
「やっぱりいきなり来ても留守だったりするよね。今日会えませんか?ってメールしとこうかな。」
スマホを取り出し、どうしようかと悩む。
その時、誰かが階段を登って来る音が聴こえて、《もしかして帰って来た!?》と緊張が走った。
もし・・・もし化けタヌキの奥さんと手を繋いでたりしたら・・・・。
いや、それこそ有川さんは赤ちゃんを抱いているかも・・・・。
人間と化けタヌキの合いの子だから、頭の上に耳があったり、お尻からシマシマの尻尾が生えてたりして・・・・。
足音はどんどん近づいてくる。
鼓動が跳ね上がるのを感じながら、思い切って振り返ってみた。
すると・・・・、
「あら翔子ちゃん!」
そこには一人の女性が立っていた。
ジーパンにTシャツというラフな格好で、肩からカメラをぶら下げている。
凛々しい目は私を見据えていて、「何してるのこんな所で?」と言った。
この人は御神祐希さん、フリーのカメラマンをやっている人だ。
危ない場所にも取材に行くし、自分で文章を書くこともある。
要するにジャーナリストだ。
前回、前々回の事件の時、とてもお世話になった人でもある。
「どうしたの?お化けにでも出くわしたみたいな顔して。」
可笑しそうにクスっと笑っている。
私は一気に緊張が解けて、その場に座り込みそうになった。
「ちょっとちょっと!どうしたのよ?」
慌てて祐希さんが支えてくれる。
「すいません・・・」と呟くと、「こっちに帰って来てたのね」と言った。
「いつ戻って来たの?」
「つい最近です・・・・。」
「だったら連絡くらいくれればいいのに。」
「ごめんなさい、色々あってバタバタしてて・・・・。」
「顔色悪いわよ。どうせまた働き詰めなんでしょ。」
「まあ・・・・。」
「仕事好きなのは結構だけど、ちゃんと自分も労らなきゃ。病気になったらそれこそ仕事から遠のくんだから。」
「気をつけます・・・。」
確かにここ最近気はが休まることがなかった。
ていうか冴木君の不正の件があってから、いつどんな時でもモヤモヤした感情に支配されていた気がする。
「翔子ちゃんみたいなタイプって、悩み事があったりすると余計に無理するからね。多分だけど・・・・冴木君のことじゃない?」
さすが祐希さん、お見通しだった。
「ニュースで社長を辞任するってやってたから驚いたのよ。彼あれほど頑張ってたのに。
気になって私なりに調べてみたんだけど、どうも賄賂を受け取ってたみたいね。」
「さすがですね、外に漏れないようにしてたはずなのに。」
「そういうのを嗅ぎ回るのが仕事だから。」
そう言って胸を張りながら、「まあ自慢できる事じゃないけど」と肩を竦めた。
「それよりどうして翔子ちゃんがこんな所に?」
「ええっと・・・ちょっと知り合いに会いに来たんです。」
『有川動物探偵事務所』の表札を振り返る。
すると祐希さんは「翔子ちゃんも?」と言った。
「え?まさか祐希さんも?」
「ええ。ちょっと今やってる仕事が一人じゃ手に余りそうでね。」
「祐希さんが手に余るって・・・よっぽど大きな事件でも追いかけてるんですか?」
「んん〜・・・そういうわけじゃなくて、私の専門外っていうか。」
困った顔をしながら「生き物のことなのよね」と言った。
「ある人物から仕事を頼まれたんだけど、私の知識じゃどうにもならなくて。だったら専門家に頼るしかないじゃない。」
「それで有川さんに?」
「ネットで探してたらここがヒットしてね。」
そう言ってトントンと表札を叩いた。
「この彼って、翔子ちゃんがお稲荷さんにさらわれた時の・・・・、」
「そうです。私を助けてくれた人です。」
「私もあの場所にいたからね。よく覚えてるわ。」
そう、祐希さんもあの事件の時に手を貸してくれたのだ。
まさか本当にお稲荷さんがいるなんてって驚いてたっけ。
「私の姉がオカルト雑誌の編集長をやってるんだけど、次の号で未確認生物の特集を組むんだって。
それで手を貸してくれないかって依頼されちゃって。」
「祐希さんってお姉さんがいたんですか?」
「腹違いだけどね。ほんとなら未確認生物の調査なんて絶対に断るんだけど、どうしてもってお願いされちゃって。
身内にそこまで言われたら断るのも心苦しいじゃない。けど・・・・今は後悔してるわ。
ツチノコだのチュパカブラだのの写真を撮って来てくれって言われても、そんなモンどこにいるんだか。」
「実在するかも怪しいですね。」
「まったくね。しかも姉がやってるのは『月間ケダモノ』だなんてわけの分からない雑誌なのよこれが。いったい誰に需要があるんだか。」
「でも面白そう。夢があっていいじゃないですか。私はちょっと興味あるなあ。」
「やめときなさいって。アレを読んだら確実にIQが下がるわ。
しかも日付まで誤報っていうんだから某スポーツ新聞よりも下よ。今からでも断ろうかしら?」
はあっとため息を吐いている。
私は「でもやるんでしょ?」と尋ねた。
「まあねえ。一度受けた依頼は絶対にこなすって決めてるから。」
「それでこそ祐希さん!」
「けど実際問題わたしだけじゃどうしようもないのよ。だからここへ来たってわけ。」
有川さんの部屋を見つめながら、「しかも」と指を立てる。
「ここの彼ってツチノコを飼ってるって噂があるらしいのよ。以前にそういう動画がネットにアップされててね。」
「まさか。」
「ていうかあのお稲荷さんの事件の時・・・・確かツチノコがいたような気がするのよね。翔子ちゃんも見たでしょ?」
「どうだったかなあ・・・・。あの時は色々とぶっ飛んだ事ばかりだったから・・・・。あんまり覚えてないかも。」
「実は私も。だったら実際にこの目で確認するしかないじゃない。
もし彼がツチノコを飼ってたら写真に撮らせてもらうわ。そうすればこんな仕事とはもうオサラバよ。」
「もし飼ってなかったら?」
「彼に頼むしかないわ。未確認生物を見つけてくれないかって。」
「ええ〜・・・さすがにそれは無理なんじゃ・・・・。」
「でもホームページにはこう書いてあったわ。動物に関することならなんでも引き受けます。迷い犬から化け猫の捜索までって。」
「う〜ん・・・・彼なら有り得るかも。」
「でしょ!だからここへ来たんだけど・・・・もしかして留守?」
困った顔で尋ねる。私は「いないみたいです」と答えた。
「そっか。もしいるなら翔子ちゃんがドアの前でじっとしてるはずないもんね。」
「今日会えないかってメールを打とうか迷ってたんです。」
「そうなの!じゃあ打って!すぐ打って!」
目をランランとさせながら手を握ってくる。
こんな祐希さんを見るのは初めてで、《よっぽどこの仕事を早く終わらせたいんだろうなあ》と可笑しくなってしまった。
「分かりました。じゃあ送信しますね。」
メールを打ってから少し待ってみるが、返事はない。
きっと仕事で忙しいんだろう。
「返事がくるまで時間が掛かるかも。」
「そっか・・・・。じゃあそれまで待つわ。」
祐希さんは踵を返し、ギシギシと鳴る階段を降りていく。
「一緒にお茶でも行かない?奢るわよ。」
「ご馳走になるなんて悪いです。自分の分は自分で・・・・、」
「でも昇進したんでしょ?」
「え?」
「本社に戻って来たってことは偉くなったんでしょ?」
「ええっと・・・・ちょっとだけ。」
「じゃあ出世祝いってことで。」
ニコっと笑いながら「ほらほら」と手招きをする。
私は有川さんの部屋を振り返り、少し迷ってから「じゃあお言葉に甘えて」と後をついて行った。
「あ、車替えたんですか?」
「カッコイイでしょ?」
鮮やかな黄色いスポーツカーを自慢そうに叩く。
「これだけが唯一の趣味だから。」
「いいなあ・・・・私も何か趣味を探してみようかな。」
「そうしなさいよ。その方が仕事も捗るから。」
真上にドアが開く本格的なスポーツカーに乗って、有川さんのアパートから離れていく。
車高が低いせいでものすごくスピード感があった。
「ねえ祐希さん。」
「なに?」
「もしお姉さんから頼まれてる仕事が終わったら、次は私がお願いしていいですか?」
「もちろん!なに?また会社の乗っ取りでもあった?それともスパイでもしてほしい?」
ものすごく喜んでいる。
相変わらず危険な仕事が大好きみたいだ。
「実は冴木君の賄賂に関することなんだけど、どうも裏があるみたいで・・・・、」
「きたきたきた!そういうのを待ってたのよ。」
「ちょ、ちょっと!スピード出しすぎですよ!」
「いいのいいの!白バイくらいなら振り切れるから。」
「それが怖いんだけど・・・・。」
シートベルトを握り締めながら、弾丸のように駆け抜けていく景色に恐怖する。
途中で赤いランプを灯らせた車が追いかけてきたけど、あっという間にルームミラーから消えてしまった。
・・・・この日、有川さんから連絡が来ることはなかった。
その代わりに祐希さんが依頼を受けてくれることになった。
『翔子ちゃんと冴木君と私。昔の事件を思い出すわあ。』
危険な仕事だったにも関わらず、うっとりしながら思い出している様子を見て、その逞しさに感心してしまう。
《私もこれほど強くなりたい。そうすれば色んなことで一々悩んだりしないですむのに。》
一生懸命働けば働くほど、色んな悩みにぶつかる。
もしも祐希さんのように笑って乗り越えられるなら、家に帰ってからグッタリ疲れることもなくなるだろう。
《色々心配事はあるけど・・・・一番は冴木君なのよね。社長になったかと思えば不正をしたり、かと思えばただ利用されてただけだったり。
でも根っこは昔のままで、今でも周りのことを一番に考えてる。・・・はあ、なんていうか本当に手のかかる子。
こうして心配したり気を揉んだり・・・・・私がどれだけ気に掛けてるか分かってるのかな。》
あの子には言葉に出来ない魅力というか、人を集める引力みたいなものがある。
私もとうにその毒牙にかかっていて、冴木君の事となると、自分のことを後回しにしてまで手を貸してしまうこともしょっちゅうだ。
《君は前に言ったよね。私のことが好きだって。あの時は曖昧な返事しか出来なかった。
だってずっと弟みたいに思っていて、いきなり男性として見るなんて出来なかったから。》
まだシンガポールに行く前のこと、あの子の気持ちに困惑したことがある。
でも決して嫌な気はしなかった。
嬉しいような恥ずかしいような、でもどう受け止めていいのか分からずに、なんとも言えない気分になったのを覚えている。
《時間がほしいっていう私に向かって、君はこう言ったよね。
もっともっと成長して、男として見てもらえるように頑張りますって。
だったら・・・・早くそうなってよ。立派な男になって、もう一度気持ちを伝えに来てよ。
もういい加減君のことで気を揉むのは疲れてきた。こっちだってしんどいんだから・・・・・。》
仕事は大好きだし、やりたいこと、やらなきゃいけない事もたくさんある。
けど今のままじゃいつか弾け飛んでしまいそうだった。
きっと趣味を見つけたくらいじゃどうにもならない。
多少休んだところで変わらないし、かといって長く休めば他の人に追い抜かれるだけだろう。
《疲れてきたな・・・・。》
居心地のよかったシンガポールは後にするしかなかったし、ずっと好きだった人はタヌキと結婚なんて言い出すし。
・・・・支えてくれる人がほしい・・・・。
その時だけじゃなくて、ずっと傍にいてくれる人が。
頭に冴木君の顔がチラつく。
これは心配しているせいか?
それとも男性として意識し始めているせいか?
それもまた頭が痛くなる悩みの一つだ。
祐希さんと別れたのがお昼過ぎ。
帰宅するのと同時にベッドに寝転ぶと、グッタリした感覚が襲ってきた。
次に目を開けた時には新しい朝陽が昇っていた。

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