稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十三話 鬼の襲撃(1)

  • 2018.08.25 Saturday
  • 13:13

JUGEMテーマ:自作小説

本社の課長というのは激務である。
俺は自分のデスクで消えない疲労と格闘していた。
激しい頭痛を薬で抑える。
このところ寝不足が続いたせいか、瞼まで重く感じる。
何度も目を揉んでいると、「伊礼課長」と呼ばれた。
振り向くと進藤がいて、「ども」と手を挙げた。
「おう。」
頭痛薬のついでに目薬も注す。
瞬きをして眼球じゅうに染みこませ、消えない疲れをどうにか誤魔化そうとした。
「なんかお疲れっすね。10コくらい老けたんじゃないすか?」
「余計なお世話だ。それよりお前、なんで本社なんかに来てるんだ?今日は店に出勤のはずだろう?」
「そうなんすよ、日曜だってのにヤんなっちゃいますよね。」
「まったくな。そのうち日本中か過労で倒れて、誰も働き手がいなくなるさ。」
「日本の終りも近いっすねえ。」
あっけらかんと笑ってやがる。
こっちは半ば本気で言ったのに。
もう一度目薬を注しながら、「そんな世間話をしに来たのか?」と睨みつけた。
「とっとと用を済ませて店に帰ってやれ。箕輪がキレるぞ。」
「いやいや、今日は休みになったもんで。」
「休み?日曜は出勤のはずだろう店長は。」
「ねえ、ヤんなっちゃいますよね。ちなみに課長も強制出勤でしょ?ブラックっすよねウチの会社は。出世するのも考えもんかなあ。」
「管理職なんてどこ行ったって一緒だ。」
ただっ広い本社のオフィスにいるのは俺と数人の部下だけ。
進藤の言う通り、こうも忙しいんじゃ出世も考えものかもしれない。
しかし今俺が忙しいのは仕事のせいだけじゃない。
不正の件の洗い直しと、カグラの調査のせいでもある。
草刈の奴はとにかく人使いが荒いもんで、裏の仕事もこなしながら課長職も手を抜くなと言う。
事が終わったら特別ボーナスを申請してやるつもりだ。
「あ、そういえば今日は部長補佐はいないんすね。あの人も管理職なのに休みっすか?」
「帰国と同時に面倒な仕事に関わることになっちまったからな。無理して倒れられても困るから、今日一日は休んでもらってる。」
「良い身分すねえ。忙しいのなんてみんな一緒なのに。」
唇を尖らせながら愚痴るので、「いいからさっさと要件を言え」と促した。
「何しに本社へ来たんだ?」
「ええっと・・・ちょっと話があって。」
「もしかして出世の件か?」
「いえいえ、そうじゃなくて。ていうかマジで推薦してくれてありがとうございました。おかげで来月から本社の係長っすよ。」
「夢が叶ってよかったな。たぶん数年後にはお前の方が偉くなってる。」
課長といっても俺は臨時、コイツは本社の社員だ。
時期が来れば俺は靴キングに戻り、コイツは本社で出世街道を歩いていくだろう。
しかしそれでいい。
俺にとって靴キングは特別な場所なので、もし正式に本社課長にならないかと誘われても、首を縦に振る気はない。
コイツみたいに実力と野心を兼ね備えた奴が上を目指せばいいだけだ。
「まさか出世祝いの言葉が欲しくて来たわけじゃないだろう。いい加減に何の用か話せ。」
禁煙パイポを口先で揺らしながら睨むと、「実はっすね・・・・」と重い声で切り出した。
「しばらく休みを貰えないかと思いまして。」
「休み?どれくらいだ?」
「さあ。」
「ふざけてるのか?」
「マジで言ってんすよ。どうしても外せない用事が出来ちゃって。」
「・・・あのな、この前昇進が決まったばかりだぞ?そいつがフイになってもいいのか?」
「最悪は仕方ないっすね。」
「仕方ないって・・・あれほど出世したがってた奴が言うセリフとは思えんな。いったい何があった?」
コイツは理由もなくこんな事を言う馬鹿ではない。
おそらく相当な事情があるのだろう。
「家族の誰かが寝たきりになったとかじゃないよな?」
「そういうのじゃないっす。ただまあ・・・・身内のことっちゃ身内のことなんすけど。」
「親の葬式でも出来たか?」
「誰かが亡くなったわけじゃないっすよ。」
「じゃあなんだ?」
「ええっと・・・・下手すると身内が亡くなるかもしれないほど大変な事が起きてんす。」
「なんだそりゃ?もったいぶらずにハッキリ言え。」
「言ってもいいけど絶対に信じてもらえないだろうから。」
「聞いてから判断してやる。宇宙旅行に行くとかならケツを蹴り上げるけどな。」
「近いモンがあるっすね。・・・・アンタら人間からしたら。」
最後の方だけ不気味なほど声に殺気が宿っていた。
しかも・・・・いま一瞬だけ目が光ったような・・・・。
「進藤・・・お前まさかとは思うが・・・・、」
「あ、お稲荷さんじゃないっすよ。」
「お前も例の事件を知ってるのか!?」
「まあちょっと。誰に聞いたかは秘密っすけど。」
「なんてこった。俺だけ蚊帳の外だったのか。」
新人が知っていることを俺が知らなかったとは・・・歳のせいでヤキが回ったか?
「・・・・まだ信じられん。だが部長補佐も冴木も本気で言いやがるんだ。かつてお稲荷さんにさらわれた事があると。」
「俺が休みを欲しいのもそういう類の話っす。」
「ならやっぱりお前も・・・・、」
「お稲荷さんじゃないけど、そういうのに近いモンとだけ言っときますよ。」
また目が光った・・・・。
というより顔そのものが獣のように歪んでいる。
「目薬が足りないらしい・・・・。」
念の為にもう一度目薬を落とす。
しっかりと瞬きを繰り返し、眼球の裏にまで爽快感が走るのを感じてから目を開けた。
「進藤、ちゃんと理由を言わないと休みは・・・・って、ん?どこ行ったアイツ?」
いつの間にかいなくなっている。
立ち上がって周りを見渡すがどこにもいない。
「おい進藤!どこ行った?」
大声で呼んでいると、部下の一人が怪訝な目を向けてきた。
「おい、進藤はどこ行った?」
まだ学生の雰囲気が抜けきらない新入社員に尋ねると、「進藤って誰ですか・・・?」と首を捻っていた。
「誰って・・・さっきまでここにいただろう。」
「ええっと・・・・誰もいなかったっすけど。」
「馬鹿言え!ここで俺と喋ってたろうが。」
おちょくってるのかと思い、机を叩きながら睨みつけるが、「知らないっす・・・」と怯えるだけだった。
「知らないって・・・・そんなはずないだろう!さっきまでここにいたんだぞ。」
「だってほんとに誰もいませんでしたから。」
そう言って隣に座る先輩社員に目を向ける。すると彼女もコクコクと頷いた。
「私も誰も見てません。」
「んな馬鹿な・・・・。そっちのお前は!」
「誰もいなかったと思いますけど・・・・、」
「じゃあお前は!?」
「仕事をしてたので見てません。」
どいつもこいつも進藤を見ていないという。
《俺一人だけがアイツを見てたっていうのか・・・・?》
瞼を押さえ、もしや幻覚だったのではと疑う。
疲れが溜まりすぎて、現実と幻の区別が付かなくなっているのかもしれない。
倒れるように椅子に座り、引き出しの中の栄養ドリンクを流し込む。
空になったビンを叩きつけるように机に置いた時、ふとあることに気づいた。
「なんだこりゃ?」
ビンを叩きつけた横に、何やら不思議なマークがあった。
「これは・・・・何かの足跡か?」
そう大きなモノじゃないので犬か猫か?
というよりどうしてこんなモノが。
「・・・・進藤か?アイツのイタズラか?」
いくら優秀といってもまだ15歳、子供っぽさも健在である。
たまに下らないイタズラをしてくることはあるが・・・・、
「にしちゃ地味なイタズラだよな。いったいなんなんだコレは?」
腕を組みながらムっと考える。
喋っていたはずの進藤がいなくなり、俺以外は誰もその姿を見ていないという。
そして奴が消えたあと、机にこんな足跡みたいな物が。
「まさか進藤の奴も・・・・・。」
ふと嫌な考えが過る。
それを確かめる為に冴木に電話を掛けた。
「・・・おお、俺だ。今大丈夫か?なに・・・・ああ、そういえば張り込み中だったな。何か掴めたか?
ほう、オーナーがカグラの社員ファイルで見た男と似ていると。・・・いやいや、無理はするな。
それが分かっただけでも充分だ。それよりもちょっと聞きたいことがあってな。・・・・ああ、そうだな。じゃあいったん本社へ来てくれ。」
そして電話を切ってから一時間後、冴木が本社へやって来た。
「どうしたんですか?いきなり話があるって・・・・、」
「ちょっと確認したいことがあるんだ。この前にお前と部長補佐が言っていたお稲荷さんに誘拐されたとかいう話なんだがな・・・・、」
この前は誘拐だのお稲荷さんだのと言われて、半ば呆れながら聞いていた。
しかし真面目に話を聞いていると、一つ気になる単語が出てきた。
それは「化け猫」
なんでも部長補佐は「猫神」という位の高い「化け猫」に弟子入りしていたことがあるというのだ。
「なるほどな、お前の話を信じるなら、お稲荷さんだけじゃなくて化け猫も実在すると。」
「ええ。俺は直接は会ったことないんですけど、課長は弟子入りしてたそうですから。」
「しかしなんでまた化け猫の弟子になんか。」
「その辺は詳しく教えてくれないんですよ。友達を助ける為とか言ってましたけど。」
「友達ねえ・・・・。いったいどんな友達を持ってるんだか。」
とにかく化け猫がいるかもしれないという事は分かった。
となると・・・・、
「なあ冴木、お前これどう思う?」
動物の足跡らしき物を指差すと、「変わったオシャレですね」と的外れなことを言った。
「でも可愛いです。伊礼さんってこういうのが趣味だったんですね。」
「馬鹿を言え。こんなモンさっきまで無かったんだ。」
「え?これ自分でやったんじゃないんですか?」
「実はな・・・・、」
俺はついさっきの出来事を話した。
冴木は険しい顔をしながら「なんですかそれ・・・」と怯え出す。
「こんな昼間っからオカルト話とかやめて下さいよ。」
「自分でも信じられないんだよ。しかしアイツを見ていたのはどうも俺だけらしい。しかも気になることを言い残していきやがってな。」
「休みが欲しい理由のことですか?」
「ずいぶん意志ありげな言い方だったよ。しかも一瞬だけ目が光って見えてな。顔まで獣みたいに歪んでいたし。
これはもしやお前らが言っていたお稲荷さんとかその類なんじゃないかと思ったんだ。」
そう言いながらトントンと動物の足跡らしき物を指差す。
冴木は「う〜ん・・・・」と眉を寄せた。
「なんか・・・・アレですね。なんとも言えませんね。」
「だよな・・・。しかしどうも気になってな。」
「だったら進藤君に直接聞けばいいじゃないですか。君は化け猫か何かですかって。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・いま俺のこと馬鹿だと思ったでしょ?」
「まさか。」
「いいや、顔にそう書いてありますよ。俺は真剣に答えてあげたのに・・・・、」
「そういう意味じゃないさ。」
「じゃあどういう意味ですか?」
「今だけじゃなくて常に馬鹿だと思ってる。」
「余計ひどいですよ!」
ショックを受ける冴木を尻目に、スマホから進藤のメモリーを呼び出す。
あいつの素性はきちんと確認してある。
今までに会社の乗っ取り事件が二度もあったものだから、少なくとも本社で出世しそうな奴の素性は草刈が調べ上げている。
進藤の素性に変わったところはなく、ごくごく一般的な家庭に育っている。
両親と姉と自分、そして祖母の五人家族だ。
昔から向上心の強い性格をしていて、勉強でもスポーツでも常に上位をキープしていた。
本当なら有名な進学高校へ進む予定だったが、ネットの就職サイトで稲松文具の募集を見つけたらしい。
向上心に加えて野心も強い進藤は、進学ではなく就職を選ぶことにしたのだった。
実力のみを評価してくれるこの会社なら、若くして成功を収められるのではないかと期待して。
性格にはややクセがあるものの、仕事に対しては真面目で、常に結果を出す男だ。
多少の口の悪さはあるものの、人当たりがいいので周りからは好かれている。
優秀であるという事以外に特に変わって点はないはずだが・・・・。
《本人に直接聞いてみるか。》
あなたは化け猫ですか?なんて冴木のような質問をするわけじゃない。
さっき奴が言っていた休みが欲しい理由についてのことだ。
あの意味ありげな言葉はいったいなんなのか?
それは本人から聞くのが一番早いだろう。
しかし電話を掛けても繋がらなかった。
電源を切っているとか電話に出ないとかではない。
なぜか『現在この番号は使われておりません』とアナウンスが返ってきたのだ。
《どういうことだ?》
まさか解約したのか?それとも番号の変更か?
どちらにせよそれなら俺に教えてくるはずだ。
「どうしたんですか?なんか不思議そうな顔してますけど。」
冴木の方こそ不思議そうな顔で尋ねてくるので、「この番号は使われておりませんだとさ」と肩を竦めてみせた。
「使われておりませんって・・・なんで?」
「さあな。」
「もしかしてお金が払えなくて止められたとか?」
「そんな間抜けな奴じゃないさ。自分から解約したか変更したかのどっちかだ。」
「ええ!ということは・・・・まさかバックレ!?」
「かもな。」
「かあ〜!これだから最近の若いモンは。」
お前に嘆かれちゃ終りだろう。
しかし・・・・気になる。
もしアイツが化け猫だったら・・・・と思うと、草刈に報告することすら躊躇ってしまう。
蛇のように嫌味な笑顔をしながら『過労で頭がやられたか?』とからかわれるのが目に見えている。
いくら話しても相手にしてもらえないだろう。
「ねえ伊礼さん。」
「なんだ?」
「この話・・・・俺たちの中だけにしまっておきません?」
えらく真面目な顔で言う。「どうしてだ?」と尋ねると、「だって・・・・、」と憂いのある表情に変わった。
「こんなの課長に報告したら、余計に不安にさせちゃうだけですから。」
「まあなあ・・・確かに最近の彼女は疲れている。一日と言わず二日三日休んだらどうかと言ったんだが、周りに悪いからの一点張りでな。あれじゃいつか身体を壊すぞ。」
「それが心配なんですよ!課長って周りの為なら平気で無茶しちゃいますからね。もっと自分のこと大事にしてほしいんですけど。」
《お前も人のこと言えないがな》と言いたかったが、喉元で止めた。
「課長があそこまで疲れてるのって、多分俺のせいだと思うんです。」
「どうしてそう思う?」
「そりゃ不正をしたからに決まってるじゃないですか。選挙の時だって応援してくれて、社長になった後だって支えてもらったのに・・・・。
それを裏切っちゃったんだから落ち込むに決まってますよ。冴木君はいつになったらちゃんとした大人になるんだって・・・・俺のせいで心配掛けてるんです。」
なるほど、この二人は似たもの同士らしい。
おそらくだが向こうも同じことを思っているだろう。
ちゃんとしてよ冴木君と。
と同時に自分にも責任を感じているはずだ。
自分がもっとしっかり見ていればこんな事にはならなかったはずだと。
冴木を心配する気持ちと、早く成長してくれと願う気持ちに挟まれて、もどかしさに苛まれているに違いない。
そして冴木自身がそのことをよく分かっている。
彼女の最近の疲れは自分のせいであり、だからこそ誰よりも自分自身を不甲斐なく思っているのだろう。
冴木は昔から彼女に熱を上げていて、彼女はその気持ちをはぐらかしながらも満更ではないはずだ。
なのにこうも男女として距離が縮まらない理由はなぜか?
この二人、根が似ているせいで恋仲に発展しにくいのだろう。
どちらかが遠慮をやめれば変わるだろうが、今は余計な老婆心を働かせている時ではない。
「分かった。じゃあこの話は俺とお前の中だけで止めておこう。」
「お願いします。それよりもこっちの話の方が重要ですよ。」
「タカイデ・ココのオーナーか?」
「ええ。この前にカグラの社員ファイルを見せてくれましたよね。あの時に誰かに似てるなあって思ったんです。
そんで今日張り込みをしてて、オーナーを見た瞬間にピンと来ました。ああ、この人に似てるんだって。」
「じゃあ今すぐ確認してくれ。」
俺たちは草刈のところへ行き、カグラの社員ファイルを確認させてもらった。
パソコンに映し出された男を見て、冴木は「やっぱり間違いないです」と頷いた。
「この管恒雄って人です。」
「ほう、営業部長をやっていたのか。10年前に退職とあるな。」
「でもタカイデ・ココだと畑耕史って名乗ってるんんですよ。」
「偽名か。しかし・・・・気になるな。元カグラの社員がやっているバーで、カマクラ家具の重役たちが賄賂を渡していた。
もしかしたらこの店はその為に存在しているのかもしれない。」
「なるほど。悪いことする為の秘密基地みたいな感じですね。」
感心して頷く冴木だったが、草刈が「小学生みたいな例え方をするな」と言った。
「幾つだお前は。そんなんだからまったく仕事が覚えられないんだよ。」
「ちょっと草刈さん、俺がアホだって言いたいんですか。」
「アホですむならマシだったよ。お前が社長やってる時どんだけ大変だったか。」
そう言いながら胃の辺りをさすっている。
普段はいけ好かない奴だが、これに関しては同情を覚えた。
「とにかく良い情報を掴むことが出来た。もっと詳しく探ればお宝が見つかるかもな。」
ポンと冴木の肩を叩くと、「まあ大したことないですよ」と嬉しそうにニヤけていた。
するとすかさず草刈が「この馬鹿を買いかぶるなよ」と釘を刺してきた。
「バカなのかと思えば力を発揮するが、期待すれば肩透かしのバカを見る。お前みたいな野郎が一番使いにくいんだよ。」
バインダーでバシバシと頭を叩いている。かなり強めに。
社長時代でもケツを蹴飛ばしていたそうなので、この男のサディズムには恐れ入る。
まあ冴木にはこれくらいで丁度いいんだろう。
草刈はそのことをよく分かっているようで、蛇のような眼光で睨みつける。
「冴木よ、ちょっと上手くいってるからって調子に乗るなよ。今のお前は雇われスパイなんだ。
もししょうもないミスでもしてみろ。全身に釘を打ち付けてからドブ川に蹴飛ばしてや・・・・、」
「それじゃ俺はこれで失礼します!」
「おい!勝手に帰るな!」
ペコっと頭を下げ、ササっと走って監査室から出て行った。
よっぽど草刈のことが怖いらしい。
「ほんっとに成長せんなあの野郎は。」
しかめっ面の草刈を「まあまあ」と宥める。
「偶然とはいえ良い情報を掴んでくれた。あとはこっちで調べよう。」
「伊礼よ、アイツはお前が連れて来たんだからな。なんかあっても俺は責任取らんぞ。」
「分かってるさ。」
草刈の言うことはもっともで、冴木はある意味一番使いづらいタイプだ。
だったらどうするか?
言うことを聞くように服従させるのではなく、ある程度自由にさせてやればいい。
例えるなら長い紐をつけた鵜のように。
ほっとけばそれなりの獲物を持って帰って来てくれるはずだ。
この日、俺と草刈で不正の件を洗い直しを行った。
と同時に冴木の獲ってきた獲物も徹底的に調べた。
しかしめぼしい成果は上がらなかった。
何度調べ直しても新しい事実は見つからず、タカイデ・ココのオーナーの素性についても、社員ファイルに書いてある以上のことは分からなかった。
30年前、田舎から大阪へ出てきて、カグラに就職したこと。
コツコツと努力してカグラ本社の営業部長にまで上り詰めたこと。
そして体調不良を理由に10年前に退職したこと。
ちなみに実家は寺をやっていたが、本人が後を継ぐのを嫌がった為に、現在は閉めているらしい。
家族構成は両親と自分だけなので、後継者が途絶えてしまったのだろう。
大きな寺なら本山から住職が派遣されるが、田舎の小さな寺ではそれも難しいのだろう。
坊さんの業界も不況と聞く。
管恒雄はそうした将来を見据えて、カグラへ就職する道を選んだのかもしれない。
しかし自らその道を辞めて、今は会員制の高級バーを営んでいる。
この男がカグラを辞めてから今に至るまでの経緯を調べれば、何か掴めるかもしれない。
タカイデ・ココの調査は冴木と部長補佐に任せ、俺は管恒雄という男を調べてみることにした。
・・・その日の夜、家に帰ってから冴木たちにメールを打った。
『明日の朝8時、靴キングのハリマ配送センター内の休憩室へ集合のこと。』
今まではハリマ販売所へ集まっていたが、これ以上箕輪たちを不安にさせても悪い。
二人から『了解』と返信が来たのを確認してから、ドカっとベッドに寝転んだ。
目を閉じてウトウトしていると、寝室のドアが開いて、一人の少年が顔を覗かせた。
「ご飯どうする?」
「おお、食べる食べる。」
「じゃあ準備してくる。僕と結子さんはもう食べたから。」
「悪いな。」
今年14歳になった義理の息子である猛は、いつもと同じくよそよそしい感じてドアを閉める。
この子は前の事件の時に知り合った子で、色々と事情があって俺が引き取ることになった。
仲良くしようと努力しているのだが、中々心を開いてくれない。
仕事が忙しくて一緒にいる時間が取りづらい・・・というのは言い訳だろう。
自分で引き取ると言ったのだから、この子のことをきちんと考えてやらなければいけない。
いけないのだが・・・・、
《ごめんな、構ってやれなくて。》
今日こそは一緒に晩飯を食おうと思いつつ、いつも帰宅が遅くなってしまう。
一緒に晩飯をつついたのは・・・・確か二ヶ月も前だ。
これじゃ父親失格だなと、重い身体をベッドから起こす。
居間に向かうと、猛がせっせと晩飯を用意してくれていた。
テーブルには湯気の昇る米と味噌汁、そして彩のあるおかず。
チンと鳴った電子レンジから熱燗を取り出し、おちょこと一緒に俺の前に置いた。
「いいよいいよ、あとは自分でやるから。」
猛は何も言わずにテーブルから離れていく。
「ちょっと話さないか?」と笑顔を向けると、無言で時計を指さした。
時刻は午後11時半。「明日学校だから」と言い残し、自分の部屋へと消えていった。
「ダメだなこのままじゃ・・・。」
まったくスキンシップが取れない。これじゃいつまで経っても心を開いてくれないだろう。
手を合わせ、「頂きます」と箸を掴んだ時、茶碗の横に一枚のメモが置いてあることに気づいた。
『毎日遅くまでおつかれさま。仕事が大変なのは分かるけど、たまには猛君と一緒にご飯を食べてあげて下さい。 結子』
メモを手に取りながら《いつも申し訳ない》と謝る。
彼女は竹下結子といって、かつて猛が孤児院にいた時の先生である。
今から半年ほど前、猛が近所のスーパーへ買い物に出かけた時、偶然再会したのだ。
それ以来、ちょくちょく我が家へ来ては、こうして飯を作ってくれたり、猛の世話を焼いたりしてくれている。
それに対してなんのお礼も出来ていないことにも、自分の不甲斐なさを感じていた。
この件が終り、本社の課長からも解放されれば、今よりも少し時間が取れるようになるだろう。
《その時は彼女も誘って三人で飯でも行くか。》
湯気の立つ味噌汁の温かさが、身体の隅々まで染み込んでいった。

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