稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十七話 心を開けない少年(1)

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 13:15

JUGEMテーマ:自作小説

家族に関する記憶はほとんどない。
幼稚園の頃に事故で両親を失い、児童養護施設で育ってきた。
親の記憶がほとんどないので、親がいないことを気にしたこともほとんどない。
別にそのことでイジメに遭うとかもなかったし、友達の親がヒソヒソ言っているのを聞いたこともあるけど、「だから何?」って感じだった。
アンタの子供じゃないんだからほっときゃいいじゃん。
暇なオバチャンだなあってくらいにしか思わなかった。
親がいないことを除けば、可もなく不可もなくって感じの普通の子供だった。
だけど急に人生が変わる日がやってきた。
あれは小四になったばかりの頃、僕は大きな病気にかかってしまった。
そのせいで腎臓を悪くしてしまって、移植しないと完全に治らないって先生から言われた。
いつ自分に合うドナーが現れるか分からないから、それまでは人工透析ってやつを続けることになった。
身体にチューブを繋いだまま、何時間もベッドでじっとしてなきゃけいないのだ。
食べ物だって制限されるし、飲みたいものだって飲めない。
親がいないことよりもこっちの方が辛かった。
だけど僕の場合、奇跡的にすぐにドナーが見つかった。
そして手術も上手くいって、辛い透析や食事制限から解放されたんだ。
あの時は人生で一番嬉しかった。
まだ小四だったけど、これが人生の喜びだなんて、ずっと食べたかったカツカレーを頬張ったんだ。
いったいどんな人が腎臓を提供してくれたのか分からないけど(ドナーのことは絶対に秘密らしいから)、その人にはこれからもずっと感謝しないといけない。
そう、僕は病気から解放されて自由になったのだ。
だけどそれも束の間、僕の自由はいきなり奪われた。
・・・・今でも詳しいことは分からない。
ある日いきなり意識を失ってしまって、二年近くも眠ったままだったのだ。
目が覚めた時、周りには知らない大人ばかりで、その中の一人が今のお父さんだった。
いくら聞いても僕が眠っていた間のことは教えてくれない。
『いまはまだ言えない。でもいつか必ず話す。』
そう答えるばかりだった。
お父さんと一緒に暮らすようになって二年くらいになるけど、僕はまだ心を開けないままでいる。
だっていきなり知らないオジサンに引き取られて、『俺が新しいお父さんだ』って言われても困ってしまう。
何を話せばいいのか分からないし、一緒にいても気まずい感じがするし。
だからなるべく顔を合わせないようにしている。
お父さんは一緒にいる時間が少ないことを悩んでるみたいだけど、僕としては助かっているのだ。
このままあと何年かすれば、大人になって自分の力で生きていける。
そうなればもう会うこともない。
あの人は僕が生きていくお金を稼いでくれるだけの人で、それ以上の特別な人じゃない。
どちらかというと、孤児院の時の先生だった結子さんの方が好きだ。
たまたまスーパーでばったり会って、それ以来ちょくちょく家に来てご飯を作ったりしてくれる。
僕は学校も部活もあるので、結子さんが来てくれて助かっている。
だけどそれだって特別に大事ってわけじゃなくて、ある日いきなり来なくなったとしても、困ったり悲しんだりなんてしない。
結子さんも僕と同じで家族を亡くしている。
旦那さんと二人の子供を。
だからきっと僕とお父さんの世話をすることで、自分の悲しみを埋めているんだと思う。
別にそれは結子さんの自由なんだけど、だからって僕は結子さんの子供じゃないし、やっぱり今日から会いに来なくなっても何も思わない。
そんなに自分の家族が欲しいなら、新しい男の人でも見つけて再婚すればいいのだ。
お父さんも結子さんも、僕にとっては可もなく不可もなくって感じの人で、二人とも特別なんかじゃない。
そう・・・・特別なんかじゃないんだ。
だからお父さんがどうなろうと知ったことじゃないはずなのに、今はとても焦っていた。
三日前の月曜から、お父さんと連絡が取れなくなってしまったのだ。
家には帰って来ないし、会社にも行っていない。
とにかく緊急事態ってことで、今は結子さんのマンションでお世話になっている。
時計を見上げると午後四時、いつもならあと一時間もすれば結子さんが仕事から帰って来る。
でも今日は遅くなるって言ってたから、晩ご飯は作っておいた方がいいかもしれない。
戸棚から鍵を取り出し、ポケットに財布を突っ込み、トントンと靴を履く。
部屋を出て鍵を閉めて、エレベーターに乗ろうかと思ったけど、階段で下りていった。
空は少し曇っていて、洗濯物を入れておいた方がよかったかなと、五階の部屋を見上げる。
でも今さら戻るのも面倒くさいから、このまま行くことにした。
少し歩くと「スーパー玉入」が見えてきた。
自動ドアを潜り、カゴを片手にウロウロしながら、三日前から帰って来ないお父さんのことを考える。
とにかく真面目な人で、何も言わずに帰って来ないなんてことはありえない。
出張とかで泊まる時は必ずそう言うし、あんまり遅くなりそうな時も連絡を入れてくる。
最後に顔を合わせたのは月曜の朝で、いつもより早く起きてきたから学校へ行く前に出くわしてしまった。
気まずいから逃げるように家を出た。
あの時、お父さんは『気をつけてな』って言った。
僕は小さな声で『行ってきます』と答えた。
珍しい朝だった。
でもそれ以外に変わったことはなかった。
僕はいつものように部活の朝練に行って、退屈なのを我慢しながら授業を受けて、それが終わったらまた部活に行った。
家に帰ったのは午後六時くらい。
お父さんの帰りはもっと遅いから、学校から帰って来て一人なのはいつものことだ。
だけど夜中の12時を過ぎても帰って来なくて、ちょっと不思議に思った。
こんな時、いつもなら連絡してくるのにって。
でもたまにはこういうこともあるのかなって、その日は気にせずに寝た。
次の朝、帰って来てるか気になって玄関の靴を確認してみた。
けど・・・ない。
だからこっそり部屋を開けて見たんだけど、ベッドも空だった。
スマホにも連絡は入ってないし、出張で泊まるとかも言ってなかった。
そこで初めて不安になった。
僕があんまり心を開かないもんだから、いい加減見捨てられたのかもしれないって。
《会社にいるのかも。》
ちょっと緊張したけど、思い切って掛けてみた。
受付みたいなところに繋がって、事情を伝えると確認してみますって言ってくれた。
だけど今日は会社に来ていないし、出張の予定も入っていないらしい。
出社してきたら連絡するように伝えましょうか?って言われて、お願いしますと電話を切った。
その日は朝練は休んで、いつもより遅めに学校へ行った。
部活の先生からは休むなんて珍しいなと言われ、ちょっと体調が悪かったのでと言い訳をした。
どうしてお父さんは帰って来ないのか?
なんで連絡もないのか?
どうでもいいと思っていた人なのに、こんなに不安になるなんて自分でもビックリだった。
でもそれはあの人が大事だからじゃなくて、この先の生活のこととか、お金のこととか、そういう意味で不安を感じているんだろうと思っていた。
また施設に戻るのか?
それとも別の誰かに引き取られたりするんだろうか?
落ち着かないまま一時間目の授業を終え、休憩時間はボケっとしたまま、話しかけてくる友達の声を聞き流していた。
そして二時間目の授業が始まってすぐに、職員室に来るようにって担任から呼び出された。
直感的にピンときた。
お父さんのことだって。
会社に来たら電話してもらうように言っていたので、てっきりそのことだと思っていた。
だけど職員室に入るとスーツを着た知らない男の人がいて、ギロっと僕を睨んだ。
まるで蛇みたいなねちっこくて鋭い目で、ちょっと怖くなって先生の後ろに下がった。
『伊礼猛君?』
男の人のわりには高い声だった。
僕は『そうです』と頷いた。
『実はお父さんのことで聞きたいことがあるんだ。』
そう言ってポケットから名刺を取り出して、押し付けるように渡してきた。
《稲松文具本社取締役 草刈狩生》
お父さんの会社の人だ。
取締役って・・・たしか偉い人のことだ。
『朝に電話くれたね?』
『はい。』
『お父さん家に帰って来てないんだって?』
『はい。』
『実はこっちからも連絡が取れなくなってるんだ。昨日の朝に靴キングの配送センターへ行ったはずなんだが、その後から行方が分からなくなっている。』
『昨日の朝・・・・。』
『なにか変わったことはあったか?いつもと違う事とか、気になる事を言ってたとか?』
『・・・・特に。普段通りでした。』
『そうか。ちなみに君はお父さんに連絡は取ってみたのか?』
『まだです。』
『どうして?会社には掛けてきたのに。』
『・・・・・・・。』
『どうした?』
『あの・・・・あんまり仲がよくないんで・・・・、』
『喧嘩でもしたのか?』
『そういうわけじゃないけど・・・・、』
『君の事情は知ってるよ。義理とはいえ親子のことだもんな。そこに首を突っ込む気はない。』
『はい・・・・。』
『ただこっちとしてもお父さんと連絡が取れなくて困っている。彼は本社の課長という重要な立場だ。
それが何の連絡もなしに行方をくらますってのはなあ・・・・バイトがバックレるのとはわけが違う。なにかあったのかと心配でね。』
そう言いながら鋭い目で睨みつけてきた。
『悪いんだが今ここでお父さんに電話を掛けてみてくれないか?』
『僕がですか?』
『会社から掛けても繋がらないんだ。電源を切っているのか、それとも着信拒否にでもしているのか。』
『お父さんは真面目だから、仕事の着信拒否なんてしないと思うけど・・・・。』
『もちろん分かってる。ただ息子からの電話なら出るかもしれないだろ?一応でいいから掛けてみてくれないか?』
疑問形ではあるけど、何がなんでもすぐ掛けろってすごい圧力を感じた。
でもここでは掛けたくない。だって・・・・、
『心配しなくても先生は怒ったりしない。』
振り向きながら『ねえ先生?』と言うと、担任は『そりゃもう』と見たこともないような愛想笑いを浮かべていた。
そういえばこの学校は稲松文具からお金をもらってるって聞いたことがある。
別に悪いお金じゃなくて、寄付金みたいなやつを。
大きな会社の寄付だから、金額だってすごいんだろう。
先生がヘコヘコしてるのはきっとそのせいだ。
まあ怒られることがないならいいやと思って、ポケットからスマホを取り出す。
こっちから電話を掛けることなんてほとんどないから、けっこう緊張する。
だけど草刈って人はすごく怖い目で睨んでくるので、迷いながらもお父さんに掛けた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
出ない。
この電話は電源が入っていないか、電波の届かない場所にありますってアナウンスが流れるだけだった。
着信拒否にはこういうアナウンスもあるから、本当に電源が切れているのかどうかは分からない。
だけど会社からの電話も僕からの電話も拒否するなんてありえないので、間違いなくアナウンス通りなんだと思う。
僕の表情を見て、草刈さんは『ダメか』と呟いた。
『息子にすら何も言わずに消えるとはな・・・・。やっぱり誘拐の線で考えた方がいいか。』
そう言って『手間を取らせて悪かったな』と肩を叩いた。
『学校が終わったらそこに電話をくれ。』
名刺を指差しながら言う。
先生に『お邪魔してすいませんね』と軽く会釈してから、職員室を出ていった。
遠ざかっていく背中を見つめていると、『教室に戻れ』と先生が言った。
『あの、さっきの人が言ってたことって・・・・、』
『いいから教室に戻れ。』
背中を押され、職員室を追い出される。
窓から覗いてみると、先生は校長や教頭と一緒に奧の部屋へと消えていった。
《なんなんだ?》
しばらく待っても先生は出て来なかった。
教室に戻る途中、さっき草刈さんが言っていたことを考えた。
《誘拐がどうとかって言ってたよな。まさかお父さんが誰かに誘拐されたってこと?》
そんな馬鹿なって思いながら、渡された名刺をイジる。
学校が終わればここに連絡しろって言われたけど、またこの人が話を聞きに来るんだろうか?
あの人・・・・なんか苦手だからもう会いたくないんだけど。
心がモヤモヤしたまま教室に戻り、モヤモヤが晴れないまま一日の授業を終えた。
ていうか時間が経つにつれてモヤモヤが強くなっていく。
スポーツバッグを担ぎ、教室を出てテニスコートに向かう。
部活が終わったら草刈って人に電話をしてみよう。
そう思いながらコートに来ると、テニス部の先生から今日は帰るように言われた。
どうしてですか?って尋ねても、とにかく帰れの一点張りで、何も分からないままコートを追い出されてしまった。
ここまで来たらもう分かる。
なにかに普通じゃないってことくらい。
校門まで歩いてから、草刈さんの名刺を取り出した。
ここに掛けるのが不安になってくる・・・・・。
だってもし本当にお父さんが誘拐されてたらって思うと・・・・・。
不思議だった。
どうでもいいと思っていた人なのに。
お金の為だけだと思っていた人なのに。
今は心配で堪らなくなっていて、何があったのかを知るのが怖かった。
『・・・・・・・。』
しばらく悩んだあと、草刈さんにじゃなくて、結子さんに電話を掛けていた。
仕事中だから出ないかなと思ったけど、『もしもし?』と声が返ってきてホッとした。
『ごめん、いま仕事中?』
『いいっていいって。それより猛君から掛けてくるなんて珍しいじゃない。なにかあった?』
『その・・・・お父さんが帰って来ない。』
『へ?どういうこと?』
声が裏返っている。
僕は昨日の夜からのことを説明した。
お父さんが家にも会社にもいないことや、会社の人が学校までやって来たこと。
未だになんの連絡もなくて、どうしていいのか分からないこと。
結子さんは『すぐ行くから待ってて!』と電話を切り、その30分後くらいに校門の近くまでやって来た。
丸っこい感じの軽自動車から降りてきて、『猛君!』と駆け寄ってくる。
『どういうこと!何があったの?』
『ええっと・・・・電話で話した通りだけど・・・・、』
『帰って来ないってどういうこと!自分の子供をほったらかして!』
なんかすごい怒ってる。
多分だけど、お父さんが育児放棄したみたいに思ってるんだろう。
『ちょっと落ち着いて・・・・、』
そうじゃないってことを知ってもらうまでに、ちょっと時間がかかった。
結子さんは児童養護施設の先生だったから、身勝手な親のせいで辛い目に遭った子供もたくさん知っている。
だから反射的にカッとなってしまったんだろう。
とりあえず誤解は解いたけど、どうして帰って来ないのか分からない以上は、なんでいなくなったのかも分からない。
まだちょっと納得していない様子だったので、例の事を話すことにした。
『実は草刈さんって人が呟いてたんだけど・・・・、』
もしかしたらお父さんは誘拐されたかもしれない。
そう伝えると目を丸くしていた。
『誘拐って・・・なんで!?』
『分かんないよ。草刈って人がそう言ってただけだから。』
『その人の名刺もらってるって言ったわよね?』
『うん、学校が終わったら電話してくれって。』
名刺を見せると『貸して!』と奪われた。
結子さんは怒った顔で電話を掛ける。
『もしもし?稲松文具の方ですか?・・・・私?私は猛君の保護者です。
あなた今日学校まで来られたそうですが、いったいどういうことなんですか?
普通は会社の人が学校まで来たりしませんよね?・・・・だから私は保護者です!
ていうか私のことなんてどうでもいいんです!どうして伊礼さんが帰って来ないんですか!?
わざわざ学校まで来たってことは、なにか心当たりがあるんじゃないんですか?
・・・・ええ、はいはい。お迎えなんてけっこうです!こちらからお伺いしますから!
今から稲松文具に伺わせて頂きます。・・・・そうです、今からです!
あなた草刈さんとおっしゃるんですか?今から伺いますから待っていて下さい。』
ものすごい剣幕だった。
プチっと電話を切り、『行きましょ!』と車に乗り込む。
『結子さん・・・・なんでそんなに怒ってるの?』
『怒って当たり前でしょ!お父さんは帰って来ないわ、会社の人はいきなり学校へ来て猛君を問い詰めるわ!学校の先生だってどうして守ってあげないんだか。』
『なんか追い出されちゃったんだ。とにかく今日は帰れって。』
『は!?追い出す?』
『ウチの学校って稲松文具からたくさん寄付をもらってるみたいだから。先生もヘコヘコしてたし。だから面倒事に関わりたくないのかなって・・・・、』
『なにそれ!?ちょっと文句言ってやるわ!』
急ハンドルを切って学校に引き返していく。
僕は『いいっていいって!』と止めるのに必死だった。
『今から稲松文具に行くんでしょ?学校なんかどうでもいいよ。』
『でも・・・・・、』
『とにかくお父さんが心配なんだ。もし本当に誘拐されてたらって・・・・。』
さっきよりもモヤモヤが強くなって、気持ち悪くなってくる。
結子さんが『大丈夫?』と顔を覗き込んできた。
『体調でも悪い?』
『・・・・僕、どうでもいいと思ってた・・・・。』
『なにを?』
『お父さんのこと。別にいなくなったって構わないって。大人になって一人立ちしたら、もう会うこともないし、それまで面倒さえ見てくれたらいいって。
だけど本当に誘拐されてたらって思ったら怖い・・・・。もし殺されたりとかだったら・・・・。』
身近に犯罪が起きるなんて思ってもいなかったから、どう受け止めていいのか分からない。
両親が事故で亡くなった時、僕はまだ小さかった。
だから多少は悲しいって気持ちはあったんだろうけど、どこかピンとこなかった。
でも今は違う。
自分の傍にいる人が誘拐されたり殺されたりしたらって思うと、吐き気がするほど気分が悪くなってきた。
だってこんなのおかしい!
誘拐なんて身の回りで起きるなんて、一ミリも想像していなかったのに。
そんなのは自分には関係のない世界だと思っていたのに。
なのになんでお父さんが・・・・・、
泣きたいとか悲しいとかそういうことじゃなくて、なんか不気味で怖くて気持ちが悪いのだ。
そのうち本当に吐きそうになって、『止めて!』と叫んだ。
車から駆け下り、近くの側溝にゲロを吐いた。
結子さんが『大丈夫!?』と背中を撫でてくれるけど、胃の中が空っぽになっても吐き気が止まらなくて、酢っぽい胃酸がヨダレみたいに垂れていく。
結局僕は家に帰って、結子さんだけ稲松文具へ行った。
家に帰っても落ち着かなくて、外で素振りをしたり、スマホをいじったりしながら時間を潰した。
窓の外は暗くなり始めていて、いつになったら結子さんは戻って来るんだろうと、そわそわと部屋の中を歩きっぱなしだった。
夜になってもまだ帰ってこなくて、こっちから連絡しようかなと思ったけど、また気分が悪くなってきたのでやめた。
もう夕飯の時間だけど食欲は湧かない。
でもじっとしてるよりはマシだと思って、冷蔵庫の中をあさって適当に料理した。
シチューと焼き魚と肉炒め。
ボケっとしながらやっていたら変な組み合わせになってしまった。
でもどうせ食欲はないからいいやと、テーブルに並べたおかずを睨んでいた。
そういえばこの家に来たばかりの頃は料理なんて出来なかった。
ほとんど出前とか買ってきた惣菜ばかりだったんだけど、なんとなく自分でやってみたいなと始めてみて、二年後の今は普通に作れるようになっていた。
これなら大人になって一人暮らしをしても困らないだろうけど、たまにこれでいいのかなと思う時がある。
僕のやっていることって、息子というよりは奥さんみたいだからだ。
別に嫌じゃないんだけど、料理をしたりお父さんのシャツにアイロンを掛けたり、どうしてここまでやるんだろうって考える。
・・・・多分だけど、心のどこかでお父さんを大事に思っていたのかもしれない。
もし本当にどうでもいい人なら、誘拐されたってどうでもいいはずだから。
昼間から続くモヤモヤは今でも続いていて、時間と共に強くなっていく。
なんだか胃が痛くなってきて、せっかく作ったご飯も食べずにソファに寝転んだ。
・・・・でも眠れなかった。
それどころかどんどんお腹が痛くなってきて、そのうち立ち上がることさえ出来なくなった。
このままだとヤバイ・・・・。
スマホを掴み、結子さんに電話しようとした。
でもちょうどその時、『ただいま』と帰って来た。
『遅くなってごめんね!お腹減ってるでしょ?今ご飯作るから・・・・、』
そう言いかけて買い物袋を落とした。
『どうしたの!?』
ソファで苦しむ僕に慌てて駆け寄る。
『猛君!大丈夫?猛君!』
僕は何も答えられない。
だって胃がキリキリして、今にもねじ切れてしまいそうだったから。
結子さんは救急車を呼び、僕は一晩だけ病院で過ごすことになった。
ストレス性の胃炎だった。
次の日には家に帰ることが出来たけど、無理してるともっと酷くなるからと言われて、三日ほど学校を休むことになった。
・・・・そして今日がその三日目、お父さんはまだ帰って来ない。
僕はいま結子さんの所でお世話になっている。
お父さんがどこへ消えたのか?
本当に誘拐されたのか?
あの日、稲松文具から帰ってきた結子さんは何も教えてくれなかった。
病院のベッドの上でお腹を押さえる僕に向かって『心配しなくてもきっと戻って来るから』と答えただけだった。
でも僕はこう思っている。
絶対にお父さんは誘拐されたんだって。
考える度に気分が悪くなるので、あまり考えないようにしようと思っているんだけど、勝手に色々想像して落ち込んでしまう。
あの日から心のモヤモヤが晴れたことはない。
憂鬱な気分のまま買い物を続けていると、誰かと肩がぶつかった。
「あ、すいません・・・・。」
ボソっと謝ると、相手も「ごめんごめん」とチョップみたいに手を立てて謝ってきた。
若い男の人だった。
スーツを着ているので、仕事帰りに買い物に来ているのかもしれない。
だからどうだってことないんだけど、その人はしきりに独り言を呟いていた。
「まさか誘拐してくるとは・・・・。ほんっと稲松文具って次から次に事件が起こるよなあ・・・・。」
そう呟きながら、パンとコーヒーを持ってレジに並んでいる。
僕は「あの!」と叫んでいた。
若い男の人は振り向きながら「ん?」と言った。
「あの・・・すいません・・・。もしかして稲松文具の人ですか?」
「そうだけど・・・・君だれ?」
「僕は伊礼猛っていいます。伊礼誠の息子なんですけど・・・・、」
「・・・・・・えええ!?」
オーバーなほど目を見開き、「そういえば・・・」と言った。
「そうだよ!社長!・・・・加藤社長じゃん!」
「社長・・・・?」
「・・・・あ。」
なぜか固まっている。
そして「これ言ったらダメだったんだ!」と口を押さえていた。
「ごめん、今の聞かなかったことにして。じゃ。」
「・・・いやいや!ちょっと待ってよ!」
慌てて追いかけると、その人も慌てて逃げ出した。
「待ってよ!」
「ごめん!いま忙しいんだ!」
店の外まで逃げるので、僕も店の外まで追いかける。
店長さんが「金払え!」と追いかけて来た。

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