稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十九話 鬼の怒り(1)

  • 2018.08.31 Friday
  • 13:44

JUGEMテーマ:自作小説

「鬼神川さん、スーツが破けてますよ。」
部下が言う。
見ると脇の後ろに裂け目があった。
「またか。」
袖を掴み、ビっと引きちぎる。
今年に入ってこれで五着目。
仕立て屋には丈夫に作るように言ってあるのだが、毎度私の筋肉に力負けしてしまう。
この前などただしゃがんだだけで背中から裂けてしまった。
有名ブランドが聞いて呆れる。
片方だけ袖がないのはバランスが悪いので、もう片方も引きちぎる。
すると脇腹の辺りまで裂けてしまったので、全てゴミ箱に突っ込んだ。
「鬼神川さん、マッチョすぎます。」
部下が笑う。
「黙れ!」と怒鳴って、副社長室を出て行った。
廊下ですれ違う社員は、私を見る度に背筋を伸ばして挨拶をしてくる。
そんな風にしろと教育した覚えはないのだが、どうも私に怯えているらしい。
「鬼神川さん、顔が怖すぎます。」
「うるさい。」
「たまには笑ったらどうですか?」
「しょっちゅう笑っている。」
「え?あの般若みたいな顔で?」
「般若?お前には笑顔に見えないのか?」
「アレが笑顔に見える奴は目がおかしいと思いますよ。」
「ふん!どいつも見る目のない。」
エレベーターに乗り、一個上の社長室まで向かう。
秘書も私を見るなり立ち上がって背筋を伸ばした。
「鬼神川さん、顔が般若ですよ。」
「もう言うな。」
うるさい部下を受け流し、「入ります」と社長室のドアを開けた。
「お呼びでしょうか?」
こちらに背中を向けている社長に尋ねる。
すると椅子を回して、「うう・・・」と唸った。
「どうしました?」
「このアイテム・・・・課金すべきかどうか迷ってるんだ。」
カグラ社長、伊藤秀典は眉間に皺を寄せながら悩んでいた。
歳は50だが外見は30代にしか見えず、足が長いので160という実際の身長よりも高く見える。
インテリでありながらギャグ漫画を好み、社長でありながら課金をケチる守銭奴でもある。
何もかもちぐはぐな男ではあるが、経営者としての腕は超一流で、たった一代でカグラを興し、上場企業にまで育て上げた。
その辣腕ぶりは本社の会長でさえ舌を巻くほどだが、真面目に働くことは少ない。
「う〜ん・・・・やっぱガチャっとくか。」
どうやら課金するらしい。
このように常日頃遊びに興じ、仕事のほとんどは部下任せだ。
それでも皆が言うことを聞くのは、一度腰を上げれば他を寄せ付けないほどの力を発揮するからである。
実は一時間ほど前のこと、社長直々に電話が掛かってきた。
『ちょっと上まで来てチョンマゲ。』
向こうから呼び出すとは珍しい。
部下と顔を見合わせ、これは緊急事態だぞと気を引き締めている次第である。
「社長、ご用件は?」
「ちょっと待って!もっかいガチャるか考え中だから。」
しばらく待つ。
数分後、「クソゲーじゃねえか!」とスマホを叩きつけた。
どうやらお目当てのアイテムだかキャラクターが手に入らなかったらしい。
「社長、そのゲームって10万つぎ込んでもレアは出ないそうですよ。」
部下が助言を出す。
社長は「マジで?」と顔をしかめていた。
「マジです。ゲーム好きの友人が言ってましたから。」
「まだ1000円くらいしかつぎ込んでないや。200時間やってるけど。」
「レアが出ないと孤島のダンジョンは行けないそうですよ。」
「その友達はいくらつぎ込んだら出たの?」
「30万くらいと言っていました。」
「あ、そ。じゃあ他のやろ。」
引き出しから携帯ゲーム機を取り出し、再び遊びに熱中し始めた。
「社長、ご用件は?」
「え?」
「用があってお呼びになられたのでは?」
「・・・・ああ!あるよ、あるある。」
小用でも思い出したみたいに言うが、社長直々の呼び出しである。
急を要する事態が起きていることは間違いない。
「逃げちゃったんだって。」
「逃げる?」
「伊礼誠。」
「なんと!?」
「正確には仲間が助けに来たみたいよ。」
「仲間が・・・・いつですか?」
「今日の明け方。」
「まさか・・・たまきの仕業で?」
「アイツじゃないよ。」
「じゃあいったいどこの誰が・・・・、」
「冴木晴香。」
「冴木・・・・元社長?」
「そ。」
「あの男が一人で?」
「そう聞いてる。」
「馬鹿な・・・・あの無能が・・・・、」
「無能じゃない。超人的な記憶力を持ってる。」
「だからといってアイツ一人では・・・・、」
「可能だと思うよ。だってアイツあの店で接待受けてたんだろ?」
「・・・・間取りを覚えていたのか?防犯カメラの位置も。」
「拉致った奴はアホだよな。監禁するなら敵の知らない場所にすればいいのに。」
「・・・・・・。」
「指示したのはお前だろ?」
「ええ。」
「アホ。」
ゲーム機を投げつけてくる。
私の額に弾かれて床に転がっていった。
「面倒なことになるよこれ。」
「申し訳ありません。」
「司令塔の伊礼さえ確保しておけば問題ない。そう言ったのはお前だよ?」
「ええ。」
「逃げられちゃってんじゃん。一番大事な奴に。」
そう言って手を向けてくる。
私はゲーム機を拾い、恭しく差し出した。
「壊れてる。お前の石頭のせいで。」
「申し訳ありません。」
「今すぐゲームしたいなあ。」
「すぐに新しいものを。」
部下に目配せをすると、懐からまったく同じゲーム機を取り出した。
そいつにソフトを差し替え、「どうぞ」と差し出す。
「・・・・・・・。」
「社長?」
「お前さ・・・・、」
「はい。」
「3Dじゃないじゃんこれ。」
引き出しからリボルバー拳銃を取り出し、頭を目掛けて撃つ。
部下は「痛!」と額を押さえた。
「こんな骨董品いらねえよ。」
振りかぶって頭に投げつける。
「すぐ新しいの持ってこい。でないとこっちで撃つぞ?」
そう言って引き出しから紫色の弾丸を取り出した。
そいつを弾倉に込め、狙いを定める。
部下は青い顔をしながら固まるしかなかった。
「聞こえないの?早く持って来い。」
「は、はい!ただいま!」
いつもは軽い口調の奴が、軍人のように敬礼してから駆け出していった。
「ついでにお前。」
今度は私に銃口を向けてくる。
「なんでしょうか?」
「やること分かってるよな?」
「はい。」
「幸いまだ人質は残ってる。ボンボンの娘の方は。」
「北川翔子が?」
「伊礼を助け出すのが精一杯だったんだろうな。」
「彼女が残っているのであれば・・・・まだやり用が。」
「そうだよな。やり用がある。・・・・今度はよく考えて動けよ。」
引き金を引き、紫の弾丸を発射させる。
そいつは私の頬を掠め、皮膚と肉を抉っていった。
赤い血が足元に落ちていく。
「床が汚れる。さっさと出てけ。」
「・・・・・・・・。」
無言のまま頭を下げ、社長室を後にする。
入れ違いに部下がやってきて、ゲーム機片手に入っていった。
外で待っていると青い顔のまま出てきて、「ヤバかったですね」と肩を竦めた。
「危うく殺されるとこでした。」
「し!愚痴は私の部屋に戻ってからにしろ。」
エレベーターに乗り、一つ下の階へ下りていく。
副社長室に戻ると、とりあえずハンカチで頬を拭った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。」
普通の弾丸ならなんてことないが、あの紫の弾丸は遠慮したい。
位の高い霊獣ですら殺せる力があるのだから。
鏡を見ると思っていたよりも抉れている。
完治するまでしばらく掛かりそうだ。
「社長がご立腹なのは当然だ。まさか伊礼が逃げ出すとは。」
「まさかまさかの展開ですね。しかも冴木のせいでって。」
「少し見くびっていたか。」
無能は無能でもただの無能ではないことは知っていたが、まさか一人で伊礼を助け出すとは。
馬鹿なのか勇敢なのか?
どちらにせよ恐れ入る。
「すぐにタカイデ・ココに行くぞ。状況を確認したい。」
「その前に社長の愚痴を・・・・、」
「あとにしろ。」
すぐに車を用意させ、隣街の姫道市へ向かった。
駅から伸びる一本道、その先にある商店街の奧にあるタカイデ・ココ。
ドアを開け、「鬼神川だ!」と叫ぶと、オーナーの管恒雄がすっ飛んできた。
「鬼神川さん!大変です!伊礼が逃げ出して・・・・、」
「社長から聞いた。いったいどういうことだ?」
「どうもこうも・・・・、」
うろたえながら店の中を振り返る。
「冴木晴香ですよ。奴が裏口の通気口から侵入してきたようなんです。そして地下まで降りて隠し階段へ・・・・、」
「しかしあの階段はキツネの像を置いて隠していたはずだろう?」
「そうなんです、ええ。しかしどういうわけか見破られてしまいまして。」
「見破る?あの能天気な男が?」
「・・・・おそらくですが、以前に少しだけズレていたことがあったんです。その時にバレたのかも・・・・、」
「バカモン!」
管は「ひい!」と竦み上がる。
「奴は超人的な記憶力の持ち主なんだぞ!一度見たことは決して忘れない。なのに階段を隠す像がズレていたなど・・・・どういう管理をしてるんだ!!」
「も、申し訳ありません!!」
「頭を下げてすむことか!貴様・・・・最悪は社長に殺されるぞ。」
「そんな!」
「貴様は口達者で人当たりがいい。この店のオーナーとしてはうってつけだと思って抜擢してやったのに・・・・、」
「鬼神川副社長の推薦があってこそです!感謝しています!」
「だったらなぜこんな失態を犯した!営業部長をやっていた頃の10倍の給料を払っているんだぞ!」
「ほんとうに申し訳ありません!」
ただただ平に頭を下げている。
もっと優秀な男かと思っていたが、しょせんは口が上手いだけの二流だったようだ。
使いものにならん兵隊は処分するに限るが、今はこんな男の失態を責めている場合ではない。
「伊礼は冴木の手引きによって逃げたわけだな?」
「は、はい!営業時間外に忍び込み、上手く防犯カメラの位置を避けながら・・・・。」
「何もできずに逃がしてしまったわけか。」
「いえいえ!すぐに異変に気づいて私が駆けつけました。仕事が溜まっていたもので事務所に残ってまして・・・、」
「なるほど。駆けつけておきながら何も出来なかったと?」
「もちろん捕まえようとしました、はい!しかし冴木が拳銃を持っていたもので・・・・、」
「拳銃だと?」
「二発も食らってしまいました。普通の弾丸だったので痛い程度で済みましたが。」
「貴様の無事などどうでもいい!要するに抵抗されて捕まえられなかったということだな?」
「一度は伊礼を確保したんです!あんまり暴れるものだから少々手荒に。しかしその時に銃弾を食らってしまって。」
「言い訳はいい。何も出来なかったということだろう?」
一歩詰め寄ると、管は怯えながら後ずさり、床に頭をこすりつけた。
「ほんっとおおおに申し訳ありません!!」
「今すぐ貴様を絞め殺してやりたい。」
「いや、あの・・・・もう一人の方は守りましたので!」
「もう一人・・・・あの女だな?」
「冴木は北川翔子も連れ出そうとしていました。しかしそちらはどうにか阻止しましたので!」
「今はどこに?」
「地下の隠し部屋です!」
「案内しろ。」
「は・・・はは!」
慌てて立ち上がり、手もみをしながら地下へ下りていく。
隠し階段を塞ぐキツネ像をどかして、「どうぞ!」と先導していった。
薄暗い階段を下りながら「カマクラの連中はこのことを?」と尋ねた。
「いえ、まだ何も。」
「それでいい。」
「葛之葉公子に出てこられると厄介ですからねえ。何しろあの女は・・・・、」
「余計なことは言わんでいい。」
「は・・・はは!」
地下二階へ続く階段を下りると、その先は監獄のようになっている。
狭い廊下が伸びていて、左右に鉄製の扉がある。
ここはカグラに楯突くならず者を閉じ込めておく場所だ。
我が社の本業は家具の製造販売などではなく、霊獣の密猟。
そして捕まえた霊獣を売買するのがカマクラ家具だ。
要するにこの二社は犯罪組織であり、利害一致の協力関係にある。
ゆえに敵対する霊獣も多く、その中でも最も厄介なのが「たまき」という猫神であった。
あろうことかこの女は我が社に潜入していたのである。
玉木千里という架空の人間に化けて。
より位の高い霊獣は、下の位の霊獣に変化を見破られることはない。
残念ながら我がカグラにはたまきよりも高位の霊獣はおらず、たまきのへ変化を見破ることは出来なかった。
しかしカマクラ家具にはいたのである。
現社長の葛之葉公子。
たまきに勝るとも劣らない高位の霊獣である。
もし彼女がその正体を見破っていなければ、たまきはまだ我が社に潜入したままになっていただろう。
《たまきめ・・・・必ず貴様をここへブチ込んでやる。》
怒りを宿しながら、北川翔子が監禁されている部屋へ案内された。
重いドアを開くと、手足を縛られた状態でソファに寝かされていた。
鋭い目でこちらを睨むが、明らかに怯えが混じっている。
「外にいろ。」
管を追い払い、重い扉を閉める。
「北川部長補佐。」
名前を呼びながら近づくと、身を起こして逃げようとする。
「来ないでよ!」
恐怖と怒りの混じった声はか弱く、それでも弱いところを見せまいと健気に睨みつけている。
「怖がらないで下さい。何もしやしません。」
「人をさらったクセに何言ってるのよ!」
「・・・・冴木が来たそうですね?おかげで伊礼を奪われてしまいました。」
「あの二人は必ず助けに来てくれる!その時どうなるか分かってるんでしょうね。」
「父上に言いつけますか?カグラの連中に酷い目に遭わされたと。」
「そうよ!言っとくけど父は恐ろしいわよ。本気で怒ったらどうなるか・・・・、」
「じゅうぶん承知しています。」
向かいのテーブルに腰を下ろす。
腕を組むとシャツの脇が裂けてしまった。
まったく・・・・ガタイが良すぎるのも考えものである。
「伊礼さえ捕らえればあなた方の動きを封じることが出来ると思った。しかしその伊礼に逃げられてしまっては・・・・。」
「賄賂の件を調べ直していたら、あなたたちが怪しい商売をしてるんじゃないかって疑いが出てきたわ。」
「玉木ですか?余計なことを吹き込まれたんでしょう。」
「彼女の言い分をどこまで信用していいのか分からなかった。でもあなたは実際に人をさらった。こんな場所に監禁までしてね!」
一流ホテルのスイートルームのような部屋を睨みつけている。
ここは一つの上の階にあるVIPルームとはわけが違う。
ここはただの監禁部屋ではない。
上の階は人間をもてなす場所、ここは高位の霊獣をもてなす場所だ。
人間社会で商売をする霊獣は意外に多く、そういう方々と秘密のやりとりをする為の部屋でもあるのだ。
「鬼神川副社長、あなた達のやってることは犯罪よ。となると玉木さんの言っていた動物の密猟だって・・・・、」
「ええ、やっていますよ。」
「やっぱり!」
「というよりそっちが本業です。」
「玉木さんは言ってたわ。珍しい動物を捕まえては売り飛ばしているって。・・・・一つ聞かせてほしいんだけど、あなた達ってもしかして・・・・、」
「それも想像通りです。」
「じゃあやっぱり・・・・お稲荷さんとか化けタヌキとか、そういった類の・・・・、」
「正体は明かせませんが、不思議な動物とだけ言っておきます。」
テーブルから立ち上がり、北川翔子に詰め寄る。
「来ないでよ!」
こちらに足を向け、いつでも蹴り飛ばせるように屈ませた。
しかし人間の女の蹴りなど蚊に刺されたようなもの。
気にせずに詰め寄って行くと、私の迫力に怯えたのか反撃はとまった。
「な、何する気よ・・・・。」
「そう怯えないでいただきたい。」
「怖いに決まってるでしょ!」
「怯え方が尋常じゃありませんね。もしや・・・・何かされましたか?」
「うるさい!近づかないでって言ってるでしょ!!」
甲高い声を上げ、引きつった顔をしながら呼吸を荒くしている。
よく彼女を観察すると、胸元のボタンが幾つか外れていた。
「それ・・・・誰にやられたのですか?」
指をさすと、身をよじって隠した。
「管ですか?」
「・・・・・・・・。」
「オーナーのことです。あの男が何か?」
「・・・・・・・・。」
「まさかとは思うが・・・・、」
「違う!そんなことされてない!」
「奴は少々手癖が悪いところがありましてね。実は他にもさらった女がいるのですが、そっちにも手を出そうとしていたので強く叱ったのですよ。」
「他にもさらった女の人がいるの・・・・?」
さらに怯えている。
私は首を振った。
「正確には女というよりメスです。」
「ちょっと!そんな酷い言い方・・・・、」
「誤解しないで下さい。女性をなじったわけではありません。奴は本当にメスなのですよ。」
そう言って見つめていると、「それってまさか・・・・」と呟いた。
「密猟したってこと?不思議な動物を・・・・。」
「猫又です。聞いたことくらいあるでしょう?」
「たしか尻尾が二つに分かれた妖怪のことよね・・・・。」
「ええ。ただし密猟の為にさらったわけではありません。」
「・・・・その猫又は無事なの?」
「もちろん。人質としてさらったので、下手に傷つけるわけにはいきません。管のうつけは手を出そうとしましたが・・・・、」
「最低!なんでそういう酷いことを・・・・、」
「もちろんやめさせました。しかしあなたにも手を出していたとは・・・・、」
「だから違う!私はそんなことされてない!」
「ええ、分かっています。最後まではいかなかったのでしょう。途中で冴木がやって来たから。」
管は言っていた。
仕事が溜まっていたから店に残っていたと。
しかし実はそうではないのだろう。
店が終わり、誰もいなくなるのを待っていたのだ。
この女を目当てに。
私が北川翔子をさらったのは、本社が本腰を入れて動き出した時の為の保険である。
あそこまでの大企業を敵に回すと色々やりづらい。
しかしこの女がいれば会長に脅しをかけられる。
今は警察が動いているようだが、まだここへはたどり着いていない。
やって来たところで返り討ちにするだけだが。
「冴木のおかげでピンチを脱したのでしょう?おそらくですが、あの男はまずあなたを助け出そうとしたんじゃありませんか?
冴木はあなたに惚れていると聞く。ならば鬼上司よりもあなたを連れ戻すことを優先したはずだ。」
「冴木君はそんな子じゃないわ!優先順位をつけて誰かを助たりしない!」
「では管に襲われそうになったことは認めるわけだ?」
「そ、それはッ・・・・、」
「いいんですよ、誰にも言いません。」
「私は何もされてない!本当に何も・・・・、」
「ご自分でシャツのボタンを外したので?」
「これは転んだ時にたまたま・・・・、」
「転んでもシャツのボタンは外れません。もしかして・・・・本当は最後まで襲われてしまったのでは?」
「違う!違うってば!」
必死に喚いて否定する。
しかしそれこそが何かあったという証だ。
この女は高いプライドを持っている。
だからこそ管のような下衆に何かされたなどと認めたくないのだろう。
《使えるな、この女。》
知られたくない秘密があるということは弱みである。
プライドが高いのなら尚更に。
「大人しくしていれば手荒な真似はしません。これ以上管にも手出しはさせない。」
「違う!私はほんとになにも・・・・、」
うっすらと涙を浮かべている。
これは・・・やはりそういうことなのだろう。
とにかくこの女一人では何も出来まい。
部屋をあとにし、重い扉を閉める。
管が手もみをしながら駆け寄ってきて、「生意気な奴だったでしょう?」と嫌味な笑みを浮かべた。
「大人しそうに見えて意外と凶暴でして。」
「だろうな。」
私は管に鼻を近づけた。
獣の鼻は人間よりも鋭い。
些細な臭いさえ嗅ぎ分ける。
「あ、あの・・・・副社長?」
うろたえる管、額に冷や汗が流れていた。
「貴様・・・・・やはりあの女に手を出したな?」
「あ、え・・・・、」
「べっとりとあの女の臭いが付いている。」
「そ、そりゃ付いてますよ!なにせ逃げようとしてたもんですから取り押さえて・・・・、」
「お前が取り押さえようとしたのは伊礼ではなかったか?」
「あ!や・・・その・・・あの女もです、ええ!」
「なあ管よ・・・・。」
ポンと肩を叩く。
管は「痛ッ・・・・」と飛び上がった。
「貴様を処分しようと思っていたが、気が変わった。」
「へ?」
「何かあったと証明するには、手を出した犯人の証言が必要だ。」
「いや、ですから・・・・私は何も・・・・、」
「どこまでやったのかは知らん。だが汚そうとしたのは事実だろう?」
「め、滅相もない!大事な人質に手を出すなんてそんな・・・・、」
「ムクゲには出そうとしていたはずだが?」
「あ、あれは人間ではありませんから・・・・、」
「しかし大事な人質だ。たまきを牽制する為のな。」
「あ・・・う・・・・、」
ますます狼狽えている。
その情けない顔を見ていると殴り飛ばしたくなったが、グっと拳を堪えた。
「いいか?次にくだらない真似をしたらどうなるか・・・・、」
「に、二度といたしません!」
背筋を伸ばし、直立不動で宣言する。
私は「それでいい」と肩を叩いた。
「ぎゃあ!骨が・・・・、」
「用が出来たので引き上げる。何かあったらすぐに報告しろ。」
「は、はいいいい!」
ここまで脅せばもうやるまい。
人質は傷つければつけるほど価値が下がる。
無傷のままチラつかせるからこそ効果的なのだ。
店を出ると、外で待っていた部下が「どうでした?」と尋ねてきた。
「社長の仰った通りだ。伊礼には逃げられた。」
「あちゃ〜!」
「しかしまだ北川翔子がいる。あの小娘を利用しない手はない。」
「まさか会長を脅しにかかるんで?」
「いや・・・・冴木に対して使う。」
「あの男に?」
「無能の能天気かと思っていたが、思わぬダークホースかもしれん。」
車に乗り、ハリマ販売所へ向かっていく。
もしそこにいなかったら自宅へ向かおう。
そこにもいなかったとしたら・・・・おそらく靴キングだろう。
冴木は思っていたよりも優秀な男のようで、ならば味方に引き込む方が得策である。
命懸けで仲間を助けに来た勇敢な男だ。
管よりよほど仕事が出来る。
北川翔子という人質がいる限り、いや・・・・あの女に惚れている限り、冴木は私たちの言うことを聞く羽目になるだろう。

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM