稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十二話 仮初の家族(2)

  • 2018.09.03 Monday
  • 13:00

JUGEMテーマ:自作小説

ここはどこだろう?
マンションを出てから記憶がない。
ぼんやりする頭、霞む視界・・・・ゆっくりと目を開けると、知らない人の顔が飛び込んできた。
「よかった!目が覚めたみたい。」
黒髪のショートカットの女性が言う。
その隣にはもう一人女性がいて、少しウェーブの赤みがかった髪をしていた。
「大丈夫ですか?気分は悪くありませんか?」
心配そうに尋ねてくる。
私は瞬きを繰り返し、ぼやけた視界をハッキリさせようと必死だった。
鮮明になっていく景色の中、二人の顔がクッキリと見えてきた。
一人はまるで猫のような印象を受ける顔だった。
つり上がったアーモンド型の目に、やや幼く感じる丸い輪郭。
もう一人は細面だが顔立ちはハッキリしている。スーツを着ているがOLだろうか?
周りに目を向けてみると、軽井沢の別荘みたいな感じの部屋だった。(別荘なんて持ってないし軽井沢にも行ったことはないけど)
要するに避暑地のコテージみたいな感じで、丸太を合わせて作ったような壁に、木造りのテーブルや家具が並んでいる。
いったいどうしてこんな場所にいるのか分からない。
ハッキリしていることは二つ、私はマンションから出たあとの記憶が曖昧だということ、そして知らない部屋のベッドに寝かされているということだ。
《ええっと・・・・どうなってるんだっけ?マンション出てから何してたんだっけ?》
どうにか記憶をたぐり寄せる。
頭がまだぼんやりしていて、脳をシェイクされたような気分だ。
《・・・・脳をシェイク。なんか思い当たることが・・・・、》
何かが閃きかけて、すぐに「ああ!」と気づく。
「そうだ・・・あのプロレスラーみたいな男の人に顎をシュっとされたんだ。」
太い指を顎の先に当てられて、その後に衝撃が走った。
「だんだん思い出してきた・・・・。猛君を追いかけようとして、マンションの駐車場に行って、護衛の人が話しかけてきて・・・・、」
話しかけてきて、信じられない出来事が起こったのだ。
いきなり男性の声に変わって、そのあとは肉体まで変わってしまった。
ビリビリと女物のスーツが裂けていって、鍛え抜かれたすごい筋肉がむき出しになっていた。
今思い出してもあれがなんだったのか分からない。
手品?それとも目の錯覚?
意味不明な出来事を考えていると頭が痛くなってきた。
身体を起こそうとすると、スーツの女性が「無理しないで」と言った。
「平気です。それよりここって・・・・・。」
「私たちも分からないんです。どこかの山の中みたいだけど。」
そう言ってもう一人の女性を振り向くと、「私たちにもさっぱりなのよ」と首を振った。
「タカイデ・ココに警察が踏み込んできて、それを店のオーナーがぶっ飛ばして。
そのあとに鬼神川がやって来て気絶させられて、気がつけばここだもん。場所なんか分かりっこないわ。」
「あの・・・・もしかしてあなた達も誰かにさらわれたってことですか?」
「そうよ。カグラって会社の副社長、鬼神川って奴にね。」
「鬼神川・・・・その名前どこかで聞いたような・・・・、」
つい最近そんなインパクトのある名前を聞いた。
あれは確か・・・・・そう!伊礼さんからだ。
「もしかしてその鬼神川っていう人、プロレスラーみたいに大きな身体の人ですか?」
「そうそう。そんなに筋肉必要?ってくらいにガタイのいい男。」
「私・・・もしかしたらその人にさらわれたかもしれません。」
「もしかしたらじゃなくてさらわれたのよ。アイツの部下があなたをここへ運んで来たんだもん。」
「やっぱり!」
「ちなみに私たちは昨日ここへ連れてこられたのよ。けっこう頑張って抵抗したんだけどやっぱり強かったわ。」
そう言ってケロっと笑っている。
あんな人に抵抗だなんてよっぽど気が強いんだろう。
私だったら無理だ。
でも猛君を助ける為だったらどうだろう?
きっと・・・・いや、間違いなく飛びかかるだろう。
いくら鬼神川って人が大男だろうと関係ない。
ていうか猛君は今どうしているんだろう?
ここへ来てどれくらい経っているんだろう?
急いで出て来たから腕時計はしていない。
代わりにスマホで確認しようとポケットに手を突っ込むと・・・・。
「あれ?たしか持って出たはずなのに・・・・、」
「ケータイなら没収されてるはずよ。」
「そんな!じゃあ外と連絡を取るのは・・・・、」
「出来るならとっくにやってるわよ。それが無理だからじっとしてるの。」
向かいのベッドに腰掛け、「面倒なことになっちゃったなあ」呟いている。
でもその顔はあまり焦っているように感じられなかった。
誘拐されて知らない場所へ連れてこられたっていうのに、この落ち着きようはなんだろう。
「あの・・・・、」
「なに?」
「逃げ出すのは無理なんでしょうか?」
私はコテージの中を見渡した。
ここには私たち三人しかいないようである。
窓の外を見ても見張りはいないみたいだし、逃げ出そうと思えば逃げ出せるんじゃ・・・・、
「無理なんです。」
スーツの女性が言う。
「昨日私たちもここから逃げ出そうとしました。でもすぐに捕まえられちゃって。」
「じゃあ見張りの人がいるんですね。」
「山の中に身を隠しているんです。人間離れした五感と足の速さで追いかけてくるからどう頑張っても・・・・。」
「外と連絡は取れない、逃げ出すことも無理。これじゃ誰かが助けに来てくれない限りは無理か・・・・。」
ここがどこだか知らないけど、山の中であるのは間違いなさそうだ。
偶然通りかかった登山客が発見してくれれば望みはある。
それがいつになるのか分からないのが辛いけど。
「そういえばまだあなたの名前聞いてなかったよね。」
猫のような女性が言う。
私は佇まいを直し、「竹下結子といいます」と名乗った。
「会社員をやっています。」
「子供は?」
「え?」
「あなた子供がいるんじゃない?」
唐突に聞かれて「ええっと・・・」と困ってしまう。
「昔はいました。でも今は・・・・、」
「今は?」
「交通事故で亡くなりました。夫も。」
「・・・・・・・・。」
猫のような女性は険しい表情に変わる。
こういう時、普通は気を遣って謝ったりするものだと思うけど、そうはしなかった。
代わりにこんな質問が飛んできた。
「子供に当たるような人は?」
「はい?」
「実のお子さんは亡くなった。でも今はそれに近いというか、子供みたいな誰かがいるんじゃない?」
「どうして分かるんですか?」
「だってそういう雰囲気してるもの。ちなみに私も血の繋がりはないけど子供がいるのよ。今はもう一人立ちしちゃったけど。」
「そうなんですか。やっぱりそういう人には分かるものなんですね。」
「私はあの子のこと守ってあげようと思ってた。何かあったらいつでも助けてあげようって。
でも今はこのザマよ。助けるどころか自分が誘拐されたんじゃね。笑い話にもなんないわ。」
そう言いながら笑っている神経の太さに感心する。
「私はムクゲっていうの。これでも100歳超えてるのよ。」
真面目な顔で言う。
100歳なんて冗談を言われてもどう返せばいいのか・・・・。
「で、こっちが翔子ちゃん。」
そう言ってスーツの女性に手を向けた。
「大富豪の娘さんなのよ。ね?」
「そういう紹介の仕方はちょっと・・・・。」
困った顔をしながら「北川翔子といいます」と頷いた。
「稲松文具っていう会社ご存知ですか?」
ご存知もなにも、伊礼さんが勤めている会社だ。
それになにより・・・・、
「北川翔子さんって・・・・、」
「はい。」
「もしかして部長補佐をやってらっしゃる?」
「そうですけど・・・どうして知ってるんですか?どこかでお会いしましたっけ?」
「直接お会いするのは初めてです。ただ伊礼さんから名前を聞いたことがあって。」
「伊礼さん!彼のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、彼の子供を預かってるんです。」
「伊礼さんの子供さん?・・・ということは猛君?」
「あの子のこと知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、一緒に仕事をしたことがありますから。ただあの頃は別人の魂が宿っていたけど・・・、」
そう言いかけて、しまったという風に口元を押さえていた。
「それ、伊礼さんから聞いたことがあります。彼の親友の魂が宿っていたって。どうせ冗談だろうって思って聞いてたんですけど、まさかほんとのことじゃないですよね?」
「ええっと・・・冗談ですよ!冗談!」
慌てて手を振っている。
するとムクゲさんが「信じられないのも無理ないわよね」と言った。
「あなたそういうものとは無縁の人生を歩んできた感じだから。霊力もないみたいだし。」
「そういうのは信じないんです。だってもし神様とか守護霊がいるなら、どうしてあの時私の家族を守ってくれなかったんだろうって・・・・。」
「家族が亡くなった事故のこと?」
「そうです。どうして私だけ生き残ったのか・・・・今でも不思議でしょうがない。せめてあの子と代わってあげたかった。」
「酷な言い方だけど、過ぎたことは変えられないわよ。」
「そんなの分かってます!けどあの日からずっと嫌な気持ちが消えないままで・・・・。眠れば必ず悪夢を見るし。
だからたまに思うんです。息子も夫も成仏していないんじゃないかって。あの時運転していたのは私だから・・・・。」
「あなたを恨んでるから悪夢を見せてるって言いたいの?」
「そうです。」
「でもさっきはそういうの信じないって言ったじゃない。」
「それはそれ、これはこれです。」
「どう違うのよ?」
「だって私のせいなんですよ!私が運転してたから・・・・、」
「その事故ってあなたが起こしたものなの?」
「・・・違います。お酒を飲んだ車が突っ込んできて。」
「最低ねそのドライバー。」
怒っているのか目を釣り上げていた。
一瞬だけ光ったような気がするけど・・・・たぶん気のせいだろう。
「でもそれはあなたのせいじゃない。そのドライバーが悪いのよ。」
「だから分かってるんですそんなこと!理屈じゃ割り切れないから悩んでて・・・・、」
「割り切るしかないよ。あなたが悪くないのにどうして悩まなきゃいけないの?そのドライバーを恨むっていうなら分かるけどさ。」
「だって家族を亡くしたんですよ!私が運転してる時に!そんなの同じ目に遭った人じゃないと辛さは分からない!」
なんて無神経な人なんだろうと腹が立ってきた。
日常の些細な悩みならともかく、家族を失った悲しみは本人しか理解できない。
だんだんと感情が昂ぶってきて、思いっきり言い返してやりたくなる。
でも今は喧嘩している場合じゃないと、グっとベッドの端っこを握って堪えた。
「怒った?」
ムクゲさんはまっすぐに見つめながら言ってくる。
私は目を合わせずに話題を変えた。
「いま何時か分かりますか?」
「残念ながら。」
「北川さんは?」
「ごめんなさい、時計やスマホは取り上げられてるんです。このコテージにも時計はないし。」
「じゃあ・・・・私がここへ連れてこられてどれくらい経ってるか分かりますか?」
「多分だけど二時間くらいだと思います。」
「ここへ来てから二時間か・・・。じゃあつれて来られるまでの時間を考えたらもっと経ってるわね。」
窓の外はまだ陽が高い。
ということは猛君は出かけたままだろう。
《あの子が帰って来たら伊礼さんに知らせてくれるかもしれない。》
猛君はとても賢い子だ。
私がいなかったら不審に思うだろう。
しばらくは待つかもしれないが、夜遅くになっても戻って来なかったら、きっと伊礼さんに連絡を取ってくれるはずだ。
それまではここにいるしかない。
ムクゲさんの無神経な言い方のせいでまだ怒りはあるけど、こういう時に喧嘩なんてしちゃいけない。
三人で協力し合わないと乗り越えられないのだから。
気持を切り替える為にすうっと深呼吸をした。
「伊礼さんから聞いたの。今は危ない仕事に関わってるって。この前まで伊礼さん自身が誘拐されてたわ。
でも仲間の人が助けに来てくれてどうにか逃げ出せたって言ってた。だけどまだ一人捕まったままだとも言ってたわ。それって・・・・あなたのことよね?」
北川さんに目を向けると「ええ」と頷いた。
「カグラはウチのグループ会社なんですけど、どうも怪しい商売をしているみたいなんです。それを調べている途中で捕まっちゃって。」
「じゃあ本当に犯罪組織なのね?」
「密猟が本業のようなんです。けどまだまだ実態が掴めていなくて。色々と謎な部分も多いし。」
「あなたは稲松文具の娘さんなのよね?じゃあ身代金とかそういう目的で誘拐されたってこと?」
「いえ、カグラはお金を持っていますから。多分だけど脅しの為じゃないかな。」
「脅し?」
「本社を黙らせる為の。これ以上余計な詮索はするなってメッセージなんだと思います。
だけどウチの父はそんなことで大人しくなるような人じゃないから。
むしろ怒りに火がついて戦う気満々なはず。前に私たちが監禁されてたお店に警察が来たのもそれが理由だと思います。
残念ながら警察の人はみんなやられちゃったけど。」
「・・・・よっぽど恐ろしい組織なのね。」
警察を追い払うほどとなると、これはもうただの犯罪組織じゃない。
巨大なマフィアとかヤクザとかそういう組織なんじゃないだろうか。
だとしたらそんなのに関わるなんて危険すぎる。
もし猛君が伊礼さんに知らせてくれたとしても、私たちを助け出すなんて無理かもしれない・・・・。
「そう落ち込まないでよ。」
ムクゲさんが言う。
私は目を合わせずに「あなたは怖くないんですか?」と尋ねた。
「下手したらずっと帰れないままかもしれないのに。」
「んん〜・・・・ずっとってことはないと思うわよ。」
「どうして?警察でさえ歯が立たない相手なんでしょ。だったらもう・・・・、」
「いる、いるわ。カグラより強いのが。」
自信満々に言い切る。
「もしかして自衛隊とか?」
「こういう事件じゃ出てこないと思うわよ。」
「じゃあ・・・・機動隊とか?」
「それ警察じゃない。」
「分かった!あの特殊部隊のやつだ!ええっと・・・なんだっけ?さ・・・す・・・・スワット?」
「それも警察。しかもアメリカの。」
「じゃあ誰が助けに来てくれるのよ?」
「んふ。」
「笑ってないで答えて!」
こんな状況なんだからもったいぶらずに教えてほしい。
「ねえ、誰?誰が助けに来てくれるの?」
グっと詰め寄る。
するとクスっと笑いながらこう答えた。
「猫神様。」
「はい?」
「だから読んで字のごとく、猫の神様よ。」
「・・・・・・・。」
「別にいいわよ、信じなくても。」
不機嫌そうにそっぽを向く。ほんとは信じてほしいみたいだ。
だけど・・・・、
「ほんとなんです。」
北川さんが言う。
「まだ望みはあるんです。」
「ごめんなさい。冗談に付き合う気になれない・・・・。」
「気持ちは分かります。信じろっていう方が無理だって。でも私たちが捕まってる場所さえ気づいてくれれば絶対に来てくれるはず。」
希望に満ちた目で窓の外を見つめている。
このムクゲって人はともかく、北川さんまでこんなことを言うなんて・・・・。
「それに他にも仲間がいるから。冴木君に伊礼さんに・・・・きっとあの人だって。」
「あの人?」
「猫神様のお弟子さんです。」
「だからもうそういう冗談は・・・・、」
「ほんとですよ!だって私の友達でもあるから。」
「・・・・変わってるのね、あなた友達。」
嫌味のつもりで言い返したのに、「そうなんですよ」と嬉しそうだ。
「ほんとに色々変わった人なんです。タヌキと結婚するとか言い出すし。」
「?」
「あ!ええっと・・・・こっちの話です。気にしないで下さい。」
恥ずかしそうに手を振っている。
気にしなくても気にしたりしないのに。
でもこの二人は本気で信じているようだ。猫神様なるものが助けに来てくれるのを。
《こういう状況ならそういう物を信じたくなるのかな。私はそんなので希望なんて持てない。》
夢のある話は嫌いじゃないけど、時と場合による。
相手が子供なら「そうだね」と頷いて安心させてあげただろうけど。
・・・・しばらく無言が続く。
北川さんは窓際で外を見つめていて、ムクゲさんはベッドに寝転んでボーっとしている。
私はコテージの中をウロウロして、何か役立つ物はないか探してみた。
冷蔵庫の中には食料と水が入っている。
これならしばらく監禁されても心配なさそうだ。
トイレもちゃんとあるし、シャワーとバスタブもある。
ちゃんとお湯も出るみたいだから、夜になったら入ってみようか。
キッチンにはまな板と幾つかの調理器具だけで、包丁などの刃物はなかった。
武器になるような物は撤去してあるようだ。
入口から続く廊下には階段があった。
丸太を繋げただけのような勾配のキツい階段を上がっていく。
二階は・・・・屋根裏部屋のようだ。
窓は一つしかなく、光が霧のように差し込んでいる。
外を覗くと緑豊かな木立が見えるだけだった。
人がいそうな気配はない。
ここは一階よりもずっと狭くて、簡素なベッドとテーブルが置かれているだけだ。
《特に何もないみたいね。》
元いた部屋へ戻ってくると、北川さんが「探索はどうでしたか?」と尋ねてきた。
「何もなかったわ。電話もパソコンもないし、武器になるような物もない。食料と水が置いてあるのが幸いね。あとトイレとお風呂がしっかりしてる事と。」
「きっとしばらく監禁するつもりなんです。やっぱり外から救出が来るのを待つしかないですよ。」
「・・・ねえ、ちょっと試してみない?」
「なにをです?」
「ここから逃げ出せるかどうか。さっき二階の窓から見たら、見張りもいなかったみたいだし。」
「残念だけど無理です。カグラの人が潜んでますから。足も速いし力も強いし、なにより五感が鋭いからすぐに気づかれます。何もかも人間離れした身体能力の持ち主なんですよ。」
「はあ・・・まるで超人ね。カグラの人たちって何者なの?」
「・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「言っても信じてもらえないだろうと思って。」
「信じてもらえないって・・・・まさかまた猫の神様みたいな話?」
「それに近いです。」
「あのさ・・・ほんとは冗談で言ってるのよね?本気じゃないんでしょ?」
「本気ですよ。」
「だっていくらなんでも・・・・ねえ。猫の神様が助けに来てくれるなんてそんな・・・・、」
そう言いながら後ろを振り返ると、ムクゲさんがいなくなっていた。
ベッドに寝転んでいたはずなのに。
代わりにさっきまでいなかったモノがベッドの上にいた。
「猫?」
白黒模様の猫がベッドで寝ている。
顔は八割れになっていて、つぶらなピンクの鼻が可愛い。
でもどこから入って来たんだろう。
さっきまでどこにも猫なんていなかったのに。
「それムクゲさんです。」
「へ?」
「それが彼女の正体なんです。」
「からかってるの?」
「本当ですよ。」
北川さんは猫を抱き上げ、「ちょっと起きて」と言った。
「そろそろ見せてあげたらどうですか?ムクゲさんが猫又だってこと。」
そう言って軽く揺さぶると、「ミャア・・・」と眠そうに鳴いてから目を開けた。
「なによ、せっかく寝てたのに。」
「彼女に見せてあげたらどうですか?人間に化けるとこ。」
「なんでよ、眠いのに。」
「だって疑ってるから。」
「いいじゃない、信じるかどうかはその子次第でしょ。」
「そうだけど・・・・このままじゃからかってるだけだと思われちゃいます。それでもし喧嘩になっても険悪だし、良い機会だと思って。」
「はあ・・・・しょうがないなあ。」
大きなあくびをしてから、後ろ足で首を掻いている。
・・・・どうなってるんだろう、これ。
猫が普通に喋ってるし、北川さんは当たり前のように会話してるし・・・・。
「ええっと・・・竹下さんだっけ?今から人間に化けるから。ちゃんと見ててよ。」
しっぽが二つに分かれた!しかもどんどん膨らんでいく。
まるで洗車機の巨大なブラシのように。
そのしっぽで身体を包むと、ボワっと煙が上がった。
そして・・・・・、
「どう?これで信じるでしょ。」
人間の女性に変わったムクゲさんが、ニコっとウィンクを飛ばしてくる。
これ・・・これって・・・・、
《これってあの人にそっくりだ!あの鬼神川って人と・・・・・。》
一瞬でまったく別の姿に変わってしまうなんてこと、手品以外にあるだろうか?
このムクゲさんって人、実は一流のマジシャンなのかもしれない。
「あ、固まってる。」
「初めてだとビックリしますよ。私だってムクゲさんが猫又だって知った時はビックリしたし。」
「でもここまで驚かなかったじゃない。」
「だって以前にお稲荷さんや化けタヌキを見てますから。そういう超常的な動物に免疫があるっていうか。」
「竹下さんは予備知識なしだもんね。いやあ、新鮮な反応っていつ見ても面白いわ。」
ムクゲさんは嬉しそうに鼻をつついてくる。
私はなんのリアクションもできないまま、これは手品なんだと自分に言い聞かせていた。

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